300001 - 体制の崩壊 ニーチェ: はあ……人間さんの匂いがする ヴィジュー: うわぁ……なんか危ない人になってる…… 人間さん帰ってきたとき本人も嗅いだりしたらだめだよ? ジューチャオ: そうだよ、人間さんはいますごく大変で、がんばってるんだから ヴィジュー: ジューチャオがなんかきちんとした子みたいに見えてきたよ ジューチャオ: あたしがしっかりしないとダメでしょ。 テュポーンも、ガイアのことが心配って帰ってるとこだし。 何かあったらあたしが支えないと ニーチェ: な……なかなか大胆なこと言う…… ヴェルメリオ: ……支えるのは妻のわたしの役割だから ジューチャオ: で、なんで人間さんは大変なんだっけ ヴェルメリオ: ……根本的にだめだった ニーチェ: グランド・リヴィジョン…… このオトギノクニの現在を形作る、重要な仕組みが崩れてるんだよ。 そんなことも知らないなんて、素人もいいところだね ヴィジュー: ジューチャオにマウントとるのやめなよ~ ジューチャオ: それって、じっちゃんがいなくなったのと、どっちが大変? ニーチェ: μ世界の理は私は知らないけど……たぶん、同じくらい ジューチャオ: すごい大変じゃん!人間さんのじっちゃんも、きっと優しい人だよね ヴェルメリオ: ……じっちゃん前提じゃないんだよ ニーチェ: グランド・リヴィジョンは、人間界から供給されるイマジュマイトを 一元管理して、分配する仕組みなんだよ。 住民の身体に馴染みやすく濾過生成もされてる ニーチェ: これを維持するのは十二神官……ライブラ率いる、 かつての『星の革命軍』って組織の面々の犠牲あってのものだった。 この体制が崩壊したということは、おそらく…… ヴィジュー: おそらく? ニーチェ: 十二神官が……グランド・リヴィジョンの封印から、復活を果たしたってことだと思う ニーチェ: アスクレピオスが先に抜け出したいま、 ライブラひとり抜けても不安定になると思うけど…… これだけ短期間で崩壊するってことは、ライブラの他にも数名…… ヴェルメリオ: ……ごめん、アスクレピオスって誰?もう抜け出してるの? ニーチェ: 確かポステリオルとプリオルって、ふたつの身体に分離した、って聞いたけど ヴェルメリオ: ……あ。あのふたりの、元の人格がアスクレピオスって名前なんだっけ ヴィジュー: ねえねえ。そのグランド・リヴィジョンが今もうなくなったんでしょ? 何が起きちゃうの? ニーチェ: 供給体制だけがもとに戻った状態だね。 てっきりみんな自身も創造期に戻るかと思ったけど……そうはならないみたい ニーチェ: つまり……いまは、人間界での知名度に比例してイマジュマイトが直接、 みんなのところに届いてるはず ヴェルメリオ: ……あまり違いを感じないけど ニーチェ: え、そうなの……?なんだろ、まあ、例外もあるっていうか……フヒッ…… ジューチャオ: ニーチェが急に小さくなっちゃった ヴィジュー: でもライブラって創造の聖母とも繋がってるとかいう話出てたよね。 オトギノクニどうなっちゃうんだろう…… フアナ: 特務機関も総動員でポルタ島周辺を捜索しているけど、 いまのところ神官たちの行方はつかめてない フェルディナ: ……そう シェイクスピア: 肝心の十二迷宮は、入り口に強力な封印が施されていたわ。 解除するのには、かなりの時間が必要ね シンデレラ: ……各国は既に、エルマイトの供給が止まり続けていて、 社会インフラに深刻なダメージが出ているわ トリル: 場所によっては、町そのものが消滅してしまったり、 忘れ去られてしまう人が出てきたりしています。これは、おそらく―― エミリー: 『消えゆく物語』の現象……だよねぇ ジョカ: ライブラが残した功罪のうち『功』の部分だな クラース: この本部も、人間さんが直接供給してくれるエルマイトのおかげで 成り立ってるのだし、時間の問題よね ドロシー: しかも、μ世界とくっついたせいで、信民も大量に入ってきて いろんな場所で混乱が起きているみたいよ ラヴクラフト: あたしがミシェルと遊んだ町は、みんな仲良くしてたけどな~ シンデレラ: それはまだグランド・リヴィジョンが有効だった頃でしょう? シンデレラ: インフラが止まり、生活が立ち行かなくなる中で、 いわば『よそ者』とも言える人たちが大量に押し寄せる…… 軋轢を生むなというのは無理な話だわ 人間さん: 衣食足りて礼節を知る、という言葉もあるからな。 オトギノクニに住む人々の心が狭い、って話じゃない フェルディナ: ……当面はインフラを維持するために、 人間さんには働いてもらわなくちゃいけないわね 人間さん: ああ……牡蠣とかナッツとかレバーをたくさん用意してくれ。 これまで楽しく過ごしたオトギノクニへの恩返しだ フアナ: 最も確実なのは十二神官を捕まえて、封印し直すこと……ただ、難易度はかなり高いね シェイクスピア: GRを通過せずに流れ込んでいるはずのイマジュマイトが、どこへ消えているのか…… ワタシはそれを調べるわ フェルディナ: こんなときに、姉さん達がいないなんて…… 300002 - 新たな術式 ペロー: (……これまた、因果な場所を指定してきたものですね) 創造の聖母: グランド・リヴィジョンが消滅しましたか…… これでいよいよ、計画は最終段階に入りましたね キャロル: え、そうなの? ペロー: 静かに 創造の聖母: ライブラが用意した術式……なんと言いましたか ペロー: 『ヴェルト・レダクツィオン』……オトギノクニとμ世界が融合した、 現在のこの世界各地に6つの魔法陣を展開しているものです 創造の聖母: この私ですら、世界を融合するなどという大規模なものは 一苦労だったというのに……まさか人間界に本当に進出できるとは…… 創造の聖母: 私が見込んだだけのことはありますね、ライブラ…… ペロー: 既に各地の魔法陣は、順調に『根を張って』います。 キャロル: まだ見てないけど、なんかキモそう ペロー: 私もこの目で見てはいませんが、根を張るというのは比喩ではないようなので…… あなたがイメージしている通りのことが起きていると思いますよ キャロル: うえええ……マジか。触手っぽいのとか、気持ち悪いよねぇ ペロー: ただ、時間はかかります。展開しているのはいずれも、 現在のこの混沌世界でも要となる場所……おそらく邪魔も入るでしょう 創造の聖母: むべなるかな……それを排除するのが、あなたたちの仕事でしょう? ペロー: いかにも 創造の聖母: 魔法陣から根を下ろし、術式が世界と一体化する…… それらが果たされて、ようやく人間界への接続が可能となるのです。 なんとしても守り抜きなさい キャロル: …… 創造の聖母: もっとも、十二神官へは既にライブラから指示が出ています。 各地の魔法陣の維持に向かっているはずです 創造の聖母: もちろん私も手を打っています。ただ、あなた達だけが高みの見物でもないでしょう ペロー: もちろんです。全力を尽くしましょう 創造の聖母: 魔法陣を守り抜き、ライブラの復活が成されれば…… 盤石と言って差し支えないでしょう 創造の聖母: 長かった……本当に長かったですが、やっと私の宿願、人間界の支配が実現する…… ペロー: ……ただ、十二神官の皆様も復活から間もないからか、 少々混乱されている方もいるようで 創造の聖母: へえ……? ペロー: ……? ペロー: ただ、一時的なものかと。 すぐに解決して、魔法陣の定着に全力を尽くしていただけるでしょう キャロル: やっぱりライブラがいなくて、レグルスが仕切ってるのが良くないんじゃないかなぁ 創造の聖母: ふふっ、でしょうねえ ペロー: …… 創造の聖母: しかし、そうした事態のサポートこそ、あなた達の仕事なのではありませんか? ペロー: おっしゃるとおりです。すぐに対応してまいります ペロー: では、私達はこれで失礼します キャロル: ねえねえ、ペロー。ほんと、あいつ偉そうで腹たたない? キャロル: 言われた通りにするの、なんかムカつくんだけど ペロー: 気持ちは分かりますよ。しかし神官の皆さんのフォローは確かに、 私達がやらなくてはいけませんからね ペロー: それより気になることがいくつか……聖母はレグルスと面識があるのでしょうか? キャロル: さあ?たぶんないんじゃない? ペロー: しかし、レグルスに求心力がないことを、 当然の事実として受け入れていた……ように、私は思ったのですが キャロル: そうだった? でも、無能だってことは、あたしとかペローがうっかり言っちゃったかもよ ペロー: そうですね……私も口を滑らせたかもしれません。 しかし、十二神官に問題があることについても、彼女にとっても問題のはず…… ペロー: なのに私の報告に怒りも焦りもせず、まるで愉しむかのような…… キャロル: 考えすぎなんじゃないの?ペローはすぐ人の裏とか読もうとするから ペロー: ……そう、かもしれませんね (ペローたちが立ち去った後。 創造の聖母はまだ、その巨大な樹の根元に意識を漂わせていた。) 創造の聖母: ふふっ…… 創造の聖母: あまり勘違いしないことですね、ペロー。 作家は何も、あなた達だけじゃないのですよ…… (創造の聖母の言葉に応えるように、黒い影がその場で身震いし、 そして素早くどこかへ去っていくのだった。) 300003 - 世界に挟む拒絶 人間さん: 魔法陣……? シェイクスピア: ええ。解析を進めているけど、おそらくこれはグランド・リヴィジョンに代わる何かよ (俺はシェイクスピアと共にエイヴォン研究所に来ていた。) ジューチャオ: それってなんだっけ? ヴィジュー: さっきニーチェから聞いたばっかりなのに (会議で、各地にエルマイト支援のために向かう、という俺の役割が決まったので、 自宅で待ってくれていたジューチャオとヴィジューも同行してもらっていた。) (悔しいが、俺ひとりでは何か敵襲などがあった際に、歯が立たない。 彼女たちには護衛役を頼むことにしたのだ。) シェイクスピア: といっても、世界の理に関与するという意味で、グランド・リヴィジョンのように、 イマジュマイトの分配、といった機能は持っていないようね 人間さん: それは、ライブラが仕込んだものなのか……? パラケルスス: 間違いないと思うよ (シェイクスピアの後ろで金平糖をぽりぽり食べていたパラケルススが口を挟んでくる。 この事態にあって、彼女も協力を承諾してくれたのだという。) (いま、世界が存続するかどうかの瀬戸際に違いない。 さすがのパラケルススも自宅から出る決意をせざるを得なかったのだろう。) パラケルスス: 術式っていうのは、組んだ者のクセっていうのが出るからね。 アカデミーで何度もあいつの術式を見てきた僕が言うんだ。信用してくれていい シェイクスピア: おそらく、イマジュマイト不足はこの魔法陣が原因ね。 人間界から流れ込むエネルギーを、こいつが吸い取っているのよ パラケルスス: それだけ莫大なエネルギーを必要とするものだってことだ。 だから、術式そのものの効果はまだ出ていないと思う パラケルスス: 効果が大きいものほど、エネルギーも、そして時間も必要になる。 何が起きるのかは分からないけど―― 人間さん: ろくなものじゃなさそうだな ジューチャオ: ねえねえ、よくわかんないけど、そのマホージンを倒せばいいの? ヴィジュー: 魔法陣は人じゃないよ、ジューチャオ パラケルスス: いや、実はそれは間違いではないんだ。 時間がかかるという弱点を突くために、成立前に魔法陣を無効化すれば、 何であれ相手の狙いは潰せる ヴィジュー: なるほど!すごいじゃん、ジューチャオ。正解だって! 人間さん: 魔法陣はどこにあるんだ? シェイクスピア: まだ6つすべてを特定できてはいないのよ。 分かっているのは魔法の国、そしてコミッティ直轄領内…… パラケルスス: その2ヶ所も詳細な場所までは分からない。 ライブラも弱点は把握してるからね。位置情報をマスキングされてる 人間さん: そりゃそうか……。ライブラだってバカじゃない シェイクスピア: でもそれだけのエネルギーを集めていたら隠し通せるものでもないわ パラケルスス: 近くまで行けば感知できるはず (パラケルススが差し出した装置を手に取る。 つまり、これを持って各地に向かうしかないわけだ。) 人間さん: やるなら、俺が適役だろうな。 どのみちインフラ支援のためにあちこち巡らなきゃいけないし ジューチャオ: じゃあ、あたしたちも一緒ってことだよね。いろんなところ見れるの楽しそう! ヴィジュー: だめだめ。遊びに行くわけじゃないよ シェイクスピア: この術式は時間をかけて、その場所に…… つまり世界そのものと一体化しようとしているみたいなの。 食い止めるためには……これを ヴィジュー: なにこれ?栞? シェイクスピア: そう。この栞を挟むことで、進行を止めることができるわ。 止めている間に術式の解除方法を探すのよ 人間さん: なるほど…… (俺に術式解除までできるのか、と聞こうとしていたところだ。 そういうことなら、俺にもできるだろうか。) 人間さん: こいつを魔法陣に挿すんだな パラケルスス: 理論上ね。ま、何かあったら現場で判断してよ 人間さん: ええ……? (人間界で、バイト先の先輩がぼやいていた言葉がふと、脳裏をよぎる。 『本社のやつは結局、現場に丸投げなんだよ』) (ただ、今回のこの事態は、そんなレベルの話ではないし、 誰もが手探りで解決を探っている。 飄々としている彼女だって並々ならぬ苦労でこれを作ったはずだ。) 人間さん: 分かった。何かあったら連絡を入れるよ シェイクスピア: 進行度でいうと、魔法の国の進みが早いわ。 直轄領よりそちらを優先した方が良さそうね ジューチャオ: 魔法の国かぁ。わくわくするね。あたしも魔法とか使えるようになるかな? ヴィジュー: あれ?その炎は魔法じゃないの? ジューチャオ: え?これは気合だよ ヴィジュー: そっか!じゃあ私も正義の力で何か出せるかな? ジューチャオ: 重いもの持ち上げたり、大きいくしゃみしたりすると、 うっかり炎が漏れちゃったりするんだ 人間さん: それってなんか……いや、なんでもない。女子に言うことじゃないな ジューチャオ: なになに~?わかった、えっちなことだ!人間さんってばエロエロ大魔神~! 人間さん: そっちじゃないシモというか……うん、いいや、エロエロ大魔神で。 それより早く出発しよう 300004 - μに残された余白 (俺達は専用飛空艇で急ぎ魔法の国に向かった。 事前に俺からは仲間たちに連絡を入れていたので、 城に着くとすぐにシンデレラが出迎えてくれた。) シンデレラ: お疲れ様。とりあえず、いま報告書を持って来てもらうから 部屋でくつろいでいてちょうだい ジューチャオ: おお~。すごい立派なお城だね。じっちゃん、こういうお城に憧れてたんだよなぁ ヴィジュー: ちょっと分かる。なんかオトギノクニに来てちょくちょく見かけるけど、 こういうお城っていいよねぇ シンデレラ: あなた達の世界にあるお城も素敵だと思うわ ジューチャオ: 知ってるの? シンデレラ: 世界が融合した場所を視察に行ったのよ。 ジューチャオの世界も、ヴィジューの世界も見せてもらったわ アヌ: おー、きたきた。こっちこっち~ (部屋に通されると、ソファに横になってお菓子を頬張るアヌの姿があった。) 人間さん: なんて緊張感のない……ここが世界で一番、危険に近いって言われてるのに アヌ: 私が姿勢よく書類に目を通しても、事態は解決しないでしょ? ヴィジュー: そうかもしれないけど~! アヌって話には聞いてたけど、本当にこんな感じの子なんだ…… 兵士: 陛下、こちらです シンデレラ: ありがとう。人間さん、これを見て。 国内で直近に起きた、エルマイト異常と思われる事件の一覧よ ジューチャオ: うわあ、いっぱいある! 人間さん: これを全部巡るのは現実的じゃないな。書かれている内容を吟味するしかないか…… ヴィジュー: ね、アヌも手伝って!正義のためだよ! アヌ: えー? 人間さん: えー、じゃないわ。一緒に旅してたときは、もうちょっと頼りになったじゃないか アヌ: 必要に迫られると本気出すタイプなんだ 人間さん: いま、確実に迫られてると思うんだが 兵士: 陛下、失礼します。追加でご報告が…… シンデレラ: ……ここから近いわね。見慣れない謎の女が……何かを撒いている……? 人間さん: ……そこに行ってみよう。 ハズレなら仕方ないが、過去の事件現場を調査するよりも 人を捕まえて情報を聞き出すほうが早いはずだ シンデレラ: なるほどね。いいわ、案内して 兵士: はっ! アヌ: いってらっしゃい。気をつけてね~ 人間さん: お前も来るんだよ! アヌ: あううう!? シェイクスピア: 人間さんたちがうまくやってくれるといいのですが…… パラケルスス: ま、人間さんくんなら何とかするでしょ。 それより僕たちは、術式の目的を解明しないとね シェイクスピア: あら……?正面入口に誰か来ていますね。 モニターに映る顔は、どこか見覚えがあるような パラケルスス: へえ……。通してあげてよ、ウィラ オーディン: すみません、急に押しかけたりして トール: 遠慮しなくていいじゃない。大事なことなんだから シェイクスピア: 人間さんが最初に遭遇したμですか。先生、お知り合いなんですか? パラケルスス: うん、ちょっとね。それでオーディン、どうかした? オーディン: ……わたし、もっと人間さんの役に立ちたいんです。 でも、この世界だとやっぱり自分の力を出しきれなくて オーディン: パラケルスス先生なら、何かいい方法を知ってるんじゃないかと思って パラケルスス: うーん……そうは言っても、μのことはまだ研究途中だからね オーディン: でも先生ほどの人なら……! シェイクスピア: 先生はお忙しいのよ。あなたひとりのために時間は使えないし、 そもそも、いくら先生でもできないことはあって―― パラケルスス: できないなんて言ってないだろ シェイクスピア: えっ、あ、はい……? パラケルスス: 研究途中で、安全性が確立されてないから避けただけだ。 覚悟があるなら僕の仮説を試してもいいんだよ オーディン: は、はい……!わたし、覚悟はできてます! トール: ちょ、ちょっと。オーディン、無理しちゃだめよ トール: わざわざ融合したところから、あたしがこっちの世界に来たのは オーディンがひとりぼっちで心配だからなのよ。 無理して倒れるところを見たいわけじゃないわ オーディン: でもっ…… パラケルスス: 実際、これだけμの世界と繋がっているのに、 イマジュマイトの制約で、μが戦力として計算できていない。 本来の力が発揮できれば戦況に与える影響は大きい パラケルスス: きっとオーディンには出番があるはずだよ オーディン: は、はいっ……お願いします! シェイクスピア: (失敗したわ……先生の前でできないは禁句だったのに。 ただ、戦力になってもらえるのは純粋にありがたいし……) シェイクスピア: (まあ仕方ないわね……) 300005 - 無邪気な悪意 (シンデレラの案内で向かったのは、郊外の小さな町だった。) シンデレラ: でも、ペロー達の仕業だとして、どうしてこんな小さな町を……? 住民: ひいいい、助けてくれっ! ジューチャオ: どうしたの!?何があったの? 住民: あっちに、変な女が…… 人間さん: ……っ!急ごう! ???: あはははっ、びっしょびしょだ~! (急いで向かうと、そこには巨大な瓶から何らかの液体を柄杓ですくっては 周囲一帯に撒き散らす女がいた。女――というか、少女と形容すべきだろうか。) ???: んんー?誰? シンデレラ: それはこっちのセリフよ。何者なの? ???: お酒臭いのよ…… シンデレラ: えっ 人間さん: …… ヴィジュー: …… シンデレラ: 飲んでないわよ!?こんな事態なんだから! ???: 今飲んでるっていうより、染み付いてる感じなのよ シンデレラ: ほら! 人間さん: 何が『ほら』なんだよ。ちょっと自制しなきゃだめだぞ、ほんとに…… ヴィジュー: そんなことより、何を撒いてるの!?誰かを困らせるなら太陽仮面が黙ってないよ! ???: えー?でもどうせ、この人たち消えちゃうよ? そしたらこれブシャーってして、わたしの手下になってもらったほうが いいと思うのよ! シンデレラ: なんですって!? ???: この人たち、忘れられちゃいそうなんだって。ナントカが少なくなって アヌ: 例の『消えゆく物語』ってやつ?でもここ、シンデレラの国なんじゃないの? シンデレラ: ……消えゆく物語の対象になっている人を、一部、国内に受け入れていたのよ。 確かにこの町は、そういう人たちが大半…… ヴィジュー: じゃ、じゃあ……!? 人間さん: そうだとして、わけのわからないクスリを撒いて 手下にしようだなんて許されないだろ! ???: 消えちゃうのよ? シンデレラ: 消させはしないわ!私たちが必ずライブラの魔法陣を止めて、 この人たちの暮らしも守る……! ???: あ、なんだ~。知ってる人たちなのね ジューチャオ: え?やばい、人間さん。あたし、この子と会ったことあるの? 完全に忘れてるかも! シンデレラ: ……会ったことがあるんじゃないわ。 おそらく……あなた、ライブラか創造の聖母の手先ね ???: おぉー。すごいのよ。正解っ!わたし、アシェンプテル。 聖母様にラームス・エディションから連れてきてもらったのよ 人間さん: ラームスだと……!?今度は、誰だ……? シンデレラ: 誰だろうと、私の国で勝手はさせないわ!今すぐ―― (身構えようとしたシンデレラ。しかし突然、彼女は自らの額を押さえうずくまる。) シンデレラ: ……っ!?な、なに……?頭が……っ、くっ、ううっ……割れるように……っ アシェンプテル: あら!頭が痛いの?わたし、聞いたことがあるのよ。 頭が痛い原因は、血管が詰まってるからなんですって アシェンプテル: なら……血を止めてしまえばいいのよ ヴィジュー: ――くる! (唐突に攻撃モードになった、アシェンプテルと名乗った少女が うずくまるシンデレラに容赦なく迫る。) (とっさにヴィジューが庇おうと動いたが、彼女自身の防御態勢は間に合わず――) ヴェルメリオ: ……姐さん、大丈夫? シンデレラ: ヴェル!? (しかし、アシェンプテルの攻撃は途中で弾かれる。 受け止めたのはヴェル、そしてドロシーだった。) ドロシー: 城に向かう途中で何か騒ぎを聞きつけてみれば……危ないところだったわね。 なに、二日酔い? シンデレラ: 違うわよっ!あ、くうっ……まだ、痛いっ…… ジューチャオ: なんか突然こんなになっちゃったんだよ ドロシー: そう……いずれにしても、しゃがみこんで戦意を見せてもない相手に 攻撃を仕掛けるっていうのは感心しないわね、ちびっこ アシェンプテル: まあ!ちびっこってわたしのこと?でも納得いかないのよ。 一番、確実に仕留められそうな相手から狙って数を減らすべきでしょ? アシェンプテル: わたしは騎士じゃなくて、お姫様なのよ。正々堂々戦っても、意味がないわ 人間さん: 姫、か…… アシェンプテル: なんだか人も増えたし、危ないのよ。 薬を撒いても誰も手下にならないし、このへんで帰るわ ヴェルメリオ: ……あっ! (アシェンプテルという少女はひらりと身を翻すと、そのまま煙のように消えてしまう。 どうやら彼女も転移魔法を扱えるようだ。) 人間さん: どうやら創造の聖母の手先だったらしい。危ないところだった、助かったよ ドロシー: いいのよ。あなたから連絡をもらって城に向かうところだったし、 早速、役に立ててよかったわ ヴェルメリオ: ……みんなも、もうすぐ来るはずだよ 300006 - 新しい時代の始まり フェルディナ: …… (フェルディナはベッドの上で眠り続ける、ふたりの姉を見つめていた。) (断続的に意識を取り戻すようになったものの、 まだ十分に会話ができる状態ではない。 医療設備は最新のものだが、如何せんエルマイトが足りないのだ。) フェルディナ: 姉さん…… (そのつぶやきは、誰の耳にも届かない。 当然、それはフェルディナも承知だが、敢えて口に出す。) フェルディナ: 私は、姉さんたちの代役を立派に務めてみせるわ。この世界を……必ず守り抜いて…… (自分の言葉で、自らを奮い立たせるフェルディナ。 唇をきゅっと噛み締めると、彼女はその場から立ち上がった。) (俺達は、騎士団の兵士たちに町の人々のフォローを託し、城へと戻ってきた。) (ヒントになると目星を付けたまでは正解だったものの、 生け捕りにして情報を聞き出すという段階にまでは至らず。 結局、魔法陣の場所は振り出しに戻ってしまった。) ヴィジュー: そう言えば装置もらってたけど 人間さん: ああ、これな……反応はしてるみたいなんだけど、特に方向を示してくれないんだよ (装置のモニターには、周辺の地形図に光点がひとつ、 忙しなくチカチカと光るばかりだ。試しに起動したときも中央に光点があった。) ジューチャオ: こんなピカピカしてたっけ 人間さん: え?うん、たぶん ドロシー: ピュルテから連絡がきたわ。もうすぐ着くって ヴェルメリオ: ……ピュルテの感知能力なら見つけられるかも 人間さん: そうかもな。じゃあ、少し休んで待つか アヌ: おやつターイム アヌ: あ、シンデレラはどう?調子は シンデレラ: おさまったみたい。もしかしたら、あのアシェンプテルが 何かしていたのかもしれないわね ジューチャオ: そうなのかな?そんなふうにも見えなかったけど ヴェルメリオ: ……ていうか、アヌはここで何してるの?いると思わなくてびっくりしたんだけど アヌ: 世界の危機って話は伝わっててさ。こんなところでダラダラしてる暇があったら、 世界を守ってきなさいって叩き出されちゃって 人間さん: ああ、エンリルが……でも、場所を変えてダラダラしてるだけじゃないか アヌ: 何していいかわかんないし ヴィジュー: じゃあ私達と一緒にがんばろ!することができてよかったね! アヌ: ええ……全然よくない…… (遠くの空をぼんやりと眺め、デュプリはほうっと息をついた。そこへ人影が近づく。) ???: …… デュプリ: あ、この先は立入禁止ッスよ。術で入れないようになってるんで ???: 関係者なのですが デュプリ: そうなんスか? ???: あの方の様子は……? デュプリ: あ、もうほとんど復活してるッス ???: そう……それなら、少し安心です デュプリ: お姉さんは、どういう関係者なんスか? ???: どういう……そうね、どういう関係なのでしょう。ただ、救われたのは事実でしょうね デュプリ: ライブラに? ???: あなたも関係者なら、敬称くらいは付けたほうが良いのではありませんか? デュプリ: いやあ……さすがにそれはちょっと。関係者もいろいろッスから ???: まあ……わたしが口出しするようなことでもありませんが (彼女はデュプリが見ていた空を、同じように眺める。 凛としたようでもあるが、どこか儚げに感じられた。) デュプリ: (美人は得ッスね……。ボクと同じように空をぼーっと見てるだけなのに、 画になるし、なんか心配したくなる雰囲気まで出して) デュプリ: (ボクなんて……神官長に、悩みなんてあるんですか? なんて言われちゃうっていうのに) ???: ここから…… デュプリ: え? ???: ここから、そしてこの日から……世界の歴史の、新たな時代が始まるのですね…… (彼女のつぶやきはデュプリには意味が分からなかったが、 なんだかコンプレックスが刺激されそうな気がして、 問い返すのはやめにしたのだった。) (そこらじゅうに封印が破られた跡が並ぶ。 その中でレグルスはひとり、たたずんでいた。) (彼女の目前にはライブラの姿。敬愛する、信じてやまない相手の仮初の姿だ。) レグルス: ライブラ…… (手を伸ばしても、触れることはかなわない。 分かっているから、レグルスはただただ見つめるばかりだった。) レグルス: まだ……肉体を取り戻すには至りませんが、でも…… レグルス: 時間の問題ですからね、ライブラ。必ず……ワタシの手で…… 300007 - 空を焼く魔光 パラケルスス: 改めて確認するけど、覚悟はあるんだね オーディン: はい……! トール: 何させるつもりなのよ パラケルスス: では、こっちの椅子に座って オーディン: わっ……不思議な椅子ですね。細長くて、背もたれと座面が一体化していて…… パラケルスス: こういう界隈ではよく使われるものだよ。あとは歯医者とか オーディン: へえ…… オーディン: うわっ!?手足に金属の輪っかが!?ひ、ひぃ……両足首が持ち上げられて……っ シェイクスピア: 先生……まさかとは思いますけど、 これからあの子にエッチな拷問とかしようとしてます? パラケルスス: 僕をなんだと思ってるんだ。ちょっとM字開脚させたくらいで。 ちょっと恥ずかしがりな性格だから矯正しようかと トール: あんな格好、恥ずかしいに決まってるでしょ!あたしだって嫌よ! パラケルスス: オーディン、身体は辛くないかい? オーディン: 身体は大丈夫です!問題は心です……! パラケルスス: そう。じゃあ、しばらくそのままでいてね オーディン: えっ!?しばらくって、どれくら……あぁっ、置いて行かないでください! パラケルスス: さて、こっちの様子はどうかな……と トール: これは何をしてるの? パラケルスス: 各地にある魔法陣の波動を調査しているんだ。 人間さんくんには現地に向かってもらったけど、 こちらでもできるだけサポートしようと思ってね シェイクスピア: 詳しい位置情報を探っているのよ トール: へえ…… トール: ねえ、それよりオーディンは本当にあのままにしておくの? あんなのに、何の意味があるのよ。オーディンの気持ちを弄んでるなら許さないからね パラケルスス: 安心して。本題はきみの方なんだ トール: あたし? パラケルスス: オーディンの、強くなりたい……もっと人間さんくんたちの力になりたい…… その気持ちに応えるためには、まず深い関係が必要なんだよ シェイクスピア: 先生は、何をされるつもりなんです……? パラケルスス: さっきも言ったけど、これはまだ仮説にすぎない。でも、僕の考えが正しければ…… パラケルスス: きみが、もしオーディンのために何でもするという覚悟があるなら、 いざという時にこれを使うといい トール: 何これ?変な棒 シェイクスピア: 音叉……ですか……? パラケルスス: その通り。これは『レゾナンス・フォーク』…… 何か固いものに軽く当てると音が響くんだよ (キィン……) トール: おーほんとだ パラケルスス: いざという時に使えって、僕言ったよね? 当たり前のようにカジュアルに使うのやめてもらえるかな トール: え、ごめん パラケルスス: とにかく、この音が消えないうちにオーディンに先端を触れさせて。 それで……効果は得られるはずだ トール: これがあれば、みんな強くなれるんでしょ? バルドルとかスルトにも配った方がいいんじゃない? パラケルスス: もちろん。ただし―― シェイクスピア: やはりデメリットが……? パラケルスス: 1個3万ゴールドだ トール: …… トール: 有料!? シンデレラ: みんな……来てくれていたのね! ピュルテ: 当然です!オトギノクニ全体が危機に見舞われている今、 私達が戦わないといけませんから! ドロシー: このメンバーで何度も危機は乗り越えてきたものね ティンカ: そうそう!ティンカたちは最強だもん クレア: なんか、こうして全員が集まるとちょっとテンション上がるね アヌ: よかった。これだけのメンツが揃ったら私の出番はないね ジューチャオ: そんなことないよ!きっと仲良くなれるから一緒に遊ぼう! ヴィジュー: だから遊びじゃないってばー!それになんかアヌが人見知りみたいに聞こえるし ジューチャオ: え、違うの?何の集まり? ティンカ: 相変わらずジューチャオは飛ばしてんね…… 人間さん: とにかくまず、魔法陣の場所を特定しなくちゃ始まらない。 せっかく集合したけど、まずはみんなで手分けして―― ジューチャオ: うわっ!?なに、地震!? アヌ: いや、これは……外から攻撃を受けてるんだよ! シンデレラ: あれは……!? (慌てて廊下に出て窓の外を見る俺達。目に映ったのは――) ???: ふん……城ごと消し飛ばしてあげましょうか…… (空に浮かぶ見知らぬ女。そして彼女が放つ正確無比な魔法の爆撃が城を焼く光景だった。) 300008 - 十二の影、強襲 アシェンプテル: よーっし、いっぱい撒いちゃうのよ。 これを撒くとわたしの手下が増えるかもしれないし。ね、ルクバトさん ルクバト: アシェンプテルさん……それは魔法陣の定着を促す薬剤です。 エルマイトとディマイト、その他の素材をライブラのレシピで配合したもの…… 手下は増えませんよ ルクバト: しかし、そんなものがなくとも直接、魔法陣に私の力を流し込めば 定着は一気に進みますけどね アシェンプテル: でも保険は必要って聞いたのよ ルクバト: 大方、あの心配性のレグルスさんがよこしたのでしょう? まったく……少しは私の実力を信じてもらいたいですねぇ (次々と放たれる魔法攻撃が、城に深刻なダメージを積み重ねていく。 不幸中の幸いか、まだ町にはそれほど被害は出ていないようだが……。) シンデレラ: 何者なの……!? ヴィジュー: とにかくまず防御しないとやばいよっ! ピュルテ: ですね!お城が壊れちゃいます!! ドロシー: でもどうして、城だけを執拗に攻撃しているのかしら……? 人間さん: ……!まさか、これ (俺は預かっていたレーダーを確認する。 魔法陣の位置を示す座標は、変わらず自分達の現在位置にある。) 人間さん: 魔法陣は……俺達の『真下』にあるんじゃないか!? シンデレラ: 城の……地下……!? (俺達が顔を見合わせた瞬間、城のレセプションホールに 謎の女の強烈な魔法攻撃が直撃する。そして、彼女はそこへゆっくりと降り始めた。) ティンカー・ベル: あっ!あいつ、降りてく!もしかしてあっちに魔法陣があるんじゃ……! ドロシー: 急ぐわよ! (既に破壊された建物跡。その中央床に、青白く光る曲線が見てとれた。) ピュルテ: これが……魔法陣……!? アシェンプテル: あれーっ、また会ったのよ シンデレラ: あなたは、アシェンプテル……!! ジューチャオ: 誰……!? ヴィジュー: さっき会ったじゃん! ジューチャオ: そうだっけ? ドロシー: ということは、そっちにいるのも敵になるんでしょうね。 まあ、あれだけバカスカ撃ちまくって味方です、なんて言われても信用できないけど ???: なるほど……あなた達がライブラさんの言っていた人間さんと、 その仲間というわけですか リル: ふん……金魚のフンみたいな言われようだな クレア: ライブラ……!私のこと、無茶苦茶にしたくせに、今度は姐さんのお城も…… ルクバト: 私は十二神官がひとり、ルクバトと申します。以後お見知りおきを ピュルテ: 十二神官……っ!? エミリー: 封印が解かれたのは分かってたけど…… まさかいきなり対面するとは思わなかったねぇ……! ルクバト: ……お見知りおきいただいたところで、短いお付き合いにはなりそうですけどねぇ ティンカー・ベル: くぁーっ!余裕ぶっこいてるよ!この人数相手に! アヌ: 数の問題じゃないよ ティンカー・ベル: 分かってるよ!大勢でちょびっとの人達をボコボコにしても全然かっこよくないって アヌ: そうじゃなくて。あのルクバトとかいうやつ、自信満々だけど…… 根拠がないわけじゃない。裏打ちされた実力があるよ…… ヴィジュー: それは私も感じる……普通じゃない気配だよ……! ドロシー: ビビッてたら始まらないわ!やってみなきゃ分からないでしょ!! (ドロシーが先制攻撃を仕掛ける。それを合図に、クレア、リルが続いた。 後方からはエミリーとヴェル、ティンカの援護――) ルクバト: 話になりませんね (そのことごとくを、事も無げにいなすルクバト。しかし、本命はそこではない。) ピュルテ: 人間さん、急ぎましょう! 人間さん: ああ……! (俺は防御魔法を展開するピュルテと共に、魔法陣に向けて走る。 あくまでも目的は魔法陣定着の阻止。ルクバトを倒すかどうかは二の次だ。) 人間さん: こいつで……どうだ……! (俺は託されていた栞を魔法陣に突き立てようとして――) 人間さん: うわぁっ!? ピュルテ: 人間さん!?大丈夫ですか!? 人間さん: 栞が……弾かれた……? (俺とピュルテから少し遅れて、シンデレラが追いつき、魔法陣に触れる。) シンデレラ: 私の手は弾かない……栞に反応しているんだわ…… 人間さん: くそっ、パラケルススに連絡を取ってみる…… ???: この期に及んでまだ抵抗しようというのですか…… ピュルテ: あ、あなたは……!? (--) (--) レグルス: お久しぶりですね、皆さん 人間さん: レグルス……っ!? 300009 - 最後の縁 ヴィジュー: この人たち、強すぎるよっ……! ドロシー: ルクバトひとりなら、まだ釘付けにできたけど…… こんな人数が押し寄せてくるなんて聞いてないわよ……! (突如として姿を現したのはレグルスだった。かつて天空神殿の神官長として、 グランド・リヴィジョンを巡り俺達と刃を交えた相手――) ルクバト: レグルスさん?ここは私が担当すると言っていたのに、勝手なことをするんですねぇ レグルス: 彼らを侮ってはいけません。ここは最も促進が進んでいます。 勢いを止めるわけにはいきません (一方、俺はというとやっとパラケルススと繋がったところだった。) パラケルスス: ライブラの防衛魔法だろうね。この程度は先読みしていて当然か…… そうしたらね、近くに管理者がいるはずなんだ。 そいつの魔力を遮断すれば防衛魔法も解除される 人間さん: なるほど。思ったよりずっと単純明快でちょっとホッとした (俺は通話を切って、周囲の仲間にすぐに共有する――といっても、ルクバト、 そしてその仲間と思しき者達の攻撃は次々と飛来し、周辺を破壊していた。) (それらを必死にかわしながら、俺達は意思疎通を試みる。) エミリー: ってことは、あのルクバトって人が管理者かなぁ? ドロシー: おそらくそうでしょうね。 さっきレグルスと会話してたとき、『私の担当』とか言っていたし クレア: でも……ひとりだけ、狙い撃ちなんて、とても……うあっ! (鋭い攻撃がクレアを襲う。十二神官のひとりと思しき少女がこちらに狙いを定めていた。) ???: 申し訳ないが、ここは重要な戦いらしい。君たちは退いてくれると助かるのだが ???: ハマル様。残念ですが、そのような説得に応じる相手ならば、 レグルス様が苦戦を強いられることもなかったのではと ハマル: うーん……実力が劣っていようとも果敢に立ち向かう、か。 個人的には好きな姿勢だけどな。サダルスウドはあまり評価しないか? サダルスウド: お嬢様の道を阻む者は、どのような姿勢であろうと取り除くまでです ???: あ、あのぉ……レグルスさんなら、サクッと勝負をつけられるのでは…… レグルス: 残念ですが、ポルックス……ワタシもまだ復活して間もないので、本調子ではないのです レグルス: ですが、ワタシたちが戦うまでもなく勝負は決するでしょう (レグルスが指し示した方向では、魔法陣の片隅から黒い霧が吹き出しており、 そこから魔物が次々に現れては市街地へと進み始めていた。) ドロシー: させないわよ……! (ドロシーが先回りして魔物を叩く。 だが、この不利な戦況で、魔物のケアまではとても手が回らない。) シンデレラ: シャトー!いるんでしょう?魔物は騎士団で堰き止めるのよ! シャトー: 御意……しかしながら、小官の本体はご覧のありさま…… 本来の半分も力が発揮できず……不甲斐ないことで申し開きのしようもありません スーリエ・ヴェール: エラちゃん……!わたくしたち精霊はみんな、力を失いつつあります。 いいえ、精霊に限らず……町全体が……! シンデレラ: そんな……!これが魔法陣の効果……!? ピュルテ: μの皆さんと縁を結んだ私達が揃っても、 ルクバトという人ひとりに対抗するのもやっとです……!このままだと…… エミリー: 仕切り直したほうがいいかもねぇ……。 人間さんだけでも、その栞を持って逃げたほうが―― レグルス: そうはさせません! エミリー: きゃあっ! ティンカー・ベル: エミリー!! クレア: これが十二神官……想像以上だね……! シンデレラ: ……っ シンデレラ: 少しでも可能性を広げるには……っ シンデレラ: ねえ、私と縁を結んで! μたち: !! 人間さん: シンデレラ!? シンデレラ: 私だけが縁を結んでいない……つまり、この戦況で大きな伸びしろが期待できるのは 私だけ、ということよ……。お願い、力を貸して! アヌ: いいよ ジューチャオ: 即答だ! アヌ: さんざんお世話になったし、別に縁を結ぶくらいなんてことないよ。それに…… 一応、キと並ぶ『世界を作ったμ』なんだし、足を引っ張ることはないかなって シンデレラ: ありがとう、アヌ……遠慮なくその力、使わせてもらうわ! (シンデレラがアヌの手を取る。そして周囲が強い光に包まれたかと思うと――) シンデレラ: …… ティンカー・ベル: 姐さん!やったじゃん! シンデレラ: これ以上……私の国で勝手は許さないわ (シンデレラの力強い宣言とともに、周囲の空気が劇的に変化する。 絶望に染まっていた戦場に、かつての輝きが戻り始める。 見れば、崩壊していた建物の一部が、巻き戻るように復元を開始していた――) 300010 - 「土地」の顕現 (シンデレラが放った光が収まると、崩壊していた建物の一部や、 黒い霧を噴き出していた魔法陣の亀裂が、 まるで時計の針を戻したかのように修復されていた。) ポルックス: え……い、今の何……?壊れたはずの術式が逆流した……? シンデレラ: ほんの少しだけど……時間を巻き戻したのよ。魔法陣が完全に解放される前に、 その『事象』を無かったことにね ルクバト: そんなことが……!? ピュルテ: さすがシンデレラさんです……! ティンカー・ベル: やっぱりここで頼りになるのが姐さんなんだよね アヌ: 私のおかげって、誰か言ってよ ヴェルメリオ: ……うん。きっとアヌの影響も大きいと思う。わたしも、キがくれた力はすごかったから アヌ: ヴェルメリオ、優しい…… ルクバト: 確かにすごい力だと思います。でも、永遠に巻き戻せるわけじゃないんでしょう? 例えばこの建物は修復されていない…… ルクバト: おそらく一定時間が経過すると、それは事実として もう書き換えることができないんじゃないでしょうか? シンデレラ: ……っ ルクバト: どうやら図星みたいですが……つまり魔法陣の定着も、一定時間あなたに 力を使わせないよう追い込んでおけば実現するということですよねぇ…… クレア: そんなことさせない……っ! (果敢に飛び込みルクバトに攻撃を仕掛けるクレア。 しかしルクバトは顔色ひとつ変えずに魔法障壁を生み出し、その攻撃を弾き返す。) ルクバト: さあ、皆さん……彼女を狙い撃ちにしてください。その間に、私が魔法陣を―― ポルックス: な、なんですかこれ…… アヌ: ……っ!?ものすごい、エネルギーの奔流が始まってる…… どこか、キに近い気配だけど、これは……? ヴィジュー: あれ見て! なんかいるよ! (俺も、ものすごい勢いでエネルギーが渦巻いているのを感じた。 それがエルマイトなのか、ディマイトなのか、あるいはμの力なのか。 そこまでは分からなかったが……。) (ヴィジューが指した方向を見れば、そこには――) ???: …… (姿は少女だ。でもそれが、ただの少女でないことは気配で察せられた。) ノワゼッタ: わたし……ノワゼッタ……。目覚めさせたのは……誰……? リル: な、なんだ一体……!? ドロシー: 精霊、なのかしら……? レグルス: なんですか、これは……聞いていませんよ、こんなの……!! ノワゼッタ: わたしに……何かが……入ってくる……。やだ……やめて…… シンデレラ: ……っ!きっとそれは、この魔法陣よ! ノワゼッタ: ……? シンデレラ: あいつがその原因を作ってるのよ!一緒に戦って! クレア: ……ねえ、人間さん。そうなの? 人間さん: たぶん、半分くらいは当たってるんじゃないか……? シンデレラもハッタリで喋ってると思うけどな リル: 一緒に戦ってくれれば儲けもの、というところか。相変わらず食えない人だな、彼女は ノワゼッタ: ……うん。感じる……この人たち、わたしを……違う何かに……しようとしてる……! レグルス: ……っ!! (渦巻いていたエネルギーが衝撃波に形を変え、 レグルスたち十二神官に間断なく襲い掛かる。) レグルス: こ、これは……っ!? ルクバト: あなたは、一体何者なんです!? ノワゼッタ: わたしは……精霊……。魔法の国の、精霊…… ノワゼッタ: わたしは……このままが、いい……! ポルックス: こ、これは立っているのがやっとですよぉ……! ハマル: なるほど……土地に根差した、土地そのものの精霊か。 そんなものが存在するとはな……。 いや、ライブラの魔法陣で刺激したことで実体化したのか…… ルクバト: のんきに分析している場合ではありませんよ……! レグルス: 任せてください……!皆さんはワタシ以上に、復活したばかりですし、それに…… 戦闘ならワタシは誰にも負けませんから……! シンデレラ: 助かるわ、ノワゼッタ……。どうやら私のカンは当たっていたようね…… シンデレラ: ここで一気に押し返すわよ!! ノワゼッタ: ……っ!? シンデレラ: どうしたの、ノワ……う、ああっ!?な、なに……? (まだどんな存在かも定かでないノワゼッタはもちろんだが、 シンデレラすらも、急速に放つ力が弱まっていく。) シンデレラ: なに……何が、起きて……? ドロシー: ――っ!そこにいるのは誰!? ???: …… (誰かが物陰にいたのを俺も見た。だが、何者なのかは判然としない。) レグルス: ふっ……何があったかは知りませんが、 ワタシはチャンスに容赦したりはしませんよ……! シンデレラ: ……っ! (レグルスが冷酷な光を瞳に宿し、超加速で肉薄する。 無防備なシンデレラへ、その攻撃が繰り出されようとした――その瞬間。) レグルス: ――っ!? アンタレス: させないんだから。レグルス 300011 - 分裂 レグルス: アナタは……アンタレスっ!?一体、どういうつもりですか……! アンタレス: 簡単なことだよ。わたしたちは『計画』に乗らない (--) (--) アンタレス: わたしだけじゃない。アルゲディも、サマカも、アルデバランだって…… ライブラの『計画』には乗らないって決めた サダルスウド: お嬢様……!まだ、そのようなことを アルゲディ: ごめんなさい、サダルスウド。でもわたくしは、決めたのですわ サマカ: わたすも……たとえ、師匠と戦うことになっても、 行動しなきゃ後悔するって思ったんだべ ハマル: ほう……そうか。もう覚悟はできているのだな アルデバラン: 私たちが絶対に正しいなんて言わない。でも、あなたたちのやり方は違うと思う ポルックス: そ、そんな……アルデバランさんが……? ポラリス: そうだよ~っ。だからポラりんはね、カノたんともバチバチなんだっ☆ (唐突に姿を現した4人……いや、4人と1匹と数えていいのだろうか。 その一団の素性が、彼女たちの会話からおおよそ察せられた。おそらく彼女たちも――) ヴェルメリオ: ……十二神官、だよね。あの人たちも 人間さん: ああ、俺も同じことを考えていたところだ エミリー: たぶん、仲間割れだよねぇ ティンカー・ベル: ティンカはホッとしたよ。戦いの勝敗っていうよりかさ、 全員みんな大賛成で、こんなヤバいこと進めてるわけじゃないんだって ジューチャオ: どうしよう、ヴィジュー…… ヴィジュー: なに? ジューチャオ: 人がまたいっぱい出て来て……あたし、もう無理かも…… ヴィジュー: 大丈夫! 私もわかんなくなってるから! ルクバト: アンタレス……あなた、本気ですか……? アンタレス: 姉ちゃんたちは間違ってると思う。わたしだけじゃないんだ、 みんなで話し合った結果なんだから アルデバラン: ライブラが絶対に間違っていないという保証もないからね。 後戻りできなくなる前にちゃんと考え直した方がいいよ レグルス: ……! ルクバト: 主張している内容はどうでもいいんですよ。ここで立ちはだかるということは、 あなたは今後、私なしで戦うことになります。そんなことが可能だとでも……? アンタレス: やってみなきゃわからないよ! ルクバト: あはははははっ!いいでしょう、じゃあやってみなさい レグルス: なに煽ってるんですかっ!?十二神官がふたつに、割れてしまったんですよ!? ルクバト: こういう子達は、力を示して従わせるしかないのでは? そういうの、レグルスさんもお得意でしょう? レグルス: …… レグルス: ……いえ、ここは撤退しましょう ハマル: 賢明だな。未確定事項が多すぎる ポルックス: ひぃ……まだやっぱり戦うんですかぁ……? レグルス: 皆さん……ワタシたちは、十二神官としてライブラの意志を受け継ぎ、 計画を実現させます。アナタたちがそれを阻む限り……また戦うことになるでしょう レグルス: その日まで……ごきげんよう (--) ルクバト: ふん……次に会ったときは覚悟しておきなさい、アンタレス (--) (レグルスを先頭に、突然現れた十二神官たち――その半数は、飛び去っていった。) (俺達は呆然とそれを見送る。) 人間さん: (なんか、あまりにも一気にいろんなことが起きすぎて、 頭の整理が追いついてないな……) (十二神官の襲撃、魔法の国の危機、シンデレラの覚醒と、ノワゼッタ。 さらに、もう半数の十二神官が登場し、対立している構図――) アルゲディ: あの、皆様方はこの世界を守ろうと戦ってらっしゃるんですの? ピュルテ: ええ、そうなんです。そちらは全員、十二神官なんですか? アルゲディ: その通りですわ。もっとも、そのように名乗った経験自体はないもので、 まだ不慣れですけど…… アルデバラン: とりあえず、私達の事情を説明しておいた方がいいのかな ポラリス: そういうときは、ポラりんにおまかせ~☆ クレア: へんないきもの…… ポラリス: なんか失礼なこと言う人がいる~! 300012 - 袂を分かつ時 (激戦の傷跡が残る謁見の間。シンデレラの魔力によって 最低限の修復はなされたものの、漂う緊張感までは拭い去れていなかった。) ポラリス: えー、コホン!それでは改めまして…… 『突撃!お隣の十二神官・造反組』の事情説明会を始めるよ~っ☆ アルデバラン: ……そのふざけたタイトル、なんとかならないの? アンタレス: いいじゃん、暗い顔してたって始まらないし アルゲディ: わたくしたちは、ライブラ様の『深淵の闇計画』には反対なのです。 だから別行動をとっている……シンプルな事情ですわ ピュルテ: 深淵の闇…… シンデレラ: やっぱり、あの魔法陣を使って何か恐ろしいことを企んでいるのね? アルゲディ: ええ……。『深淵の闇計画』とは、人間界からイマジュマイトを回収し、 オトギノクニの安定を図る……聞こえはよろしいですけれど、 その過程で大きな犠牲が出る点に目を瞑るわけにはいきませんわ サマカ: ルクバトさんは、それが救いだと言ってたべ。 でも、誰かを泣かせて作る平和なんて、わたすは嫌だべ 人間さん: それで、お前達5人が結束して……ライブラ側から離脱した、と アンタレス: ここにいない子もいるけどね。『スピカ』っていう、すっごく真面目な子 アルデバラン: ……まあ、ちょっと融通が利かない子なんだけど。 魔法陣のうちのひとつを止めてくれてるわ ドロシー: なるほどね……。一枚岩だと思っていた十二神官にも、 思うところがある人たちがいたってわけか (一同の視線が、部屋の隅で所在なげに浮遊している少女――ノワゼッタへと向く。) シンデレラ: ……それで、彼女のことは何かわかるかしら? ノワゼッタ: ……? アルゲディ: 彼女は……おそらく『土地精霊』ですわね。 この魔法の国そのものの化身と言っても過言ではありませんわ サマカ: 師匠も言ってたんだべ ハマル: 土地に根差した、土地そのものの精霊か。 ライブラの魔法陣で刺激したことで実体化したのか…… アルデバラン: 本来は目に見える形をとることは稀らしいんだけど……。 強引に設置された魔法陣の干渉が、彼女を無理やり叩き起こしちゃったみたいね ノワゼッタ: わたし……みんなの、声が……聞こえる……。 悲しい……苦しい……お腹が、すいた……って。魔法の国が……泣いてるの ジューチャオ: 泣かないで、ノワちゃん!あたしが美味しいものいっぱい食べさせてあげるからね! ヴィジュー: 国全体の空腹感を背負ってるんだとしたら、 ジューチャオの弁当じゃ足りないんじゃない? ノワゼッタ: えへへ……。あったかい。あなたたち……いい人。魔法の国を、助けてくれる……? 人間さん: ああ、約束するよ (説明を終えた一行と、周辺の様子を確認するため町へと出る。 しかし、目に飛び込んできたのは、魔法陣の余波で崩れた家屋と、 怯えた表情で片付けをする市民たちの姿だった。) 人間さん: ……ひどいな ピュルテ: ええ…… クレア: ごはんどころじゃないね シンデレラ: もともと今日は、食事は城でどうにかするつもりだったけど…… とても、飲む気分にはなれないわね ティンカー・ベル: 酒浸りの姐さんにそこまで言わせちゃうか。いや、こんな状態だもんね シンデレラ: 何があっても私の国民を守ると決めたのに…… こんなことになるなんて、責任を感じるわ アンタレス: …… ドロシー: ……アンタレス?どうしたの、そんなに沈み込んで アンタレス: ……わかってたつもりだったけどさ。 わたしたちがいた『あっち側』がやったことなんだよね、これ。 世界のためなんて言って、誰かが苦しんでる。こんなの…… シンデレラ: ……責任を感じる必要はないわ。 あなたは、それを止めるためにこちらに来てくれたのでしょう? アンタレス: ……うん。ありがと サマカ: この人たちが消えちゃってもいい、なんてわたすには割り切れないんだべ ピュルテ: あの魔法陣が完成するとどうなるんですか? アルゲディ: 人間界とオトギノクニが部分的に融合するのですわ。 同じ世界になればイマジュマイトへの干渉も可能…… アルデバラン: μ世界がくっついてるのと同じ原理よ。規模はもっともっと大きいけどね ペロー: ……というわけで。十二神官のうち数名が造反し、人間さん側へ合流した模様です 創造の聖母: まあ……それは困りましたねぇ。ふふっ ペロー: (……困っているようには見えませんが) (ペローは聖母の表情を盗み見る。 その瞳の奥には、予定調和を愉しむかのような、昏い悦びが滲んでいた。) 創造の聖母: 光が強まれば、影もまた色濃くなるもの。 彼らが手を取り合うのも、すべてはシナリオ通り…… ペロー: ……承知いたしました。引き続き、特等席から観察を続けさせていただきますよ 300013 - 多発する火種 (束の間の休息も、一通の通信によって打ち切られた。 アルデバランが持つ水晶体に、激しくノイズの混じった映像が浮かび上がる。) ポラリス: あー、聞こえる!?レグたんたちが動いたよっ! ポラりんの超絶センサーがキャッチしちゃった☆ (連絡をくれたのは、ポラリスという小さくて可愛いやつだった。彼女(?)は どうやら正式な神官ではなく、サポート役として神官たちに同行しているらしい。) (ひとり、偵察に行くといって出かけていたが…… 思いのほか早く情報をもたらしてくれた。) アルデバラン: どこへ向かったか分かる? ポラリス: えーっとね、カノたん……カノープスと、 あっちのメンバーは、バラバラに散らばっていったよ ポラリス: コミッティ直轄領とレグルス教国、それに……あれはどこだろ。砂の国かなぁ。 とにかく、あっちこっちの魔法陣を同時進行させるつもりみたい! ピュルテ: 同時多発的に!?そんな……! アルデバラン: ……進行の早い魔法の国を一点突破するはずだったけど、 私たちが寝返ったせいで、力押しじゃ時間がかかるって判断したんだね アルゲディ: あちらにしてみれば、一箇所で足止めを食らうよりは、 各地で同時に進めたほうが効率的、というわけですわ 人間さん: (最悪の展開だな……。戦力が分散される上に、各地の被害が拡大してしまう) ポラリス: それとね!魔法の国には、やっぱり『ルクバト』が戻るみたいだよ。 執念深いんだから、もーっ☆ アンタレス: 姉ちゃんが……。そっか、まだ魔法陣の『管理者』だもんね…… アンタレス: ……わかった。ここは、わたしが残る サマカ: アンタレスさん……ひとりで大丈夫だべか? アンタレス: ひとりじゃないよ。シンデレラや人間さん、それに実体化したノワゼッタもいる。 わたしたちが姉ちゃんを食い止めてる間に、みんなは他の国へ行って! ヴィジュー: そうだよね!これ以上勝手はさせない。 私も、困っている人がいるならどこへだって行くよ! 人間さん: ……わかった。アンタレス、頼りにしてるぞ。厳しい戦いになるだろうけど アンタレス: うん、任せて。姉ちゃんのことは……わたしが止めなきゃだから アルゲディ: では、わたくしたちは他の国にまいりましょう。 ポラリス様、他のメンバーの行き先は分かりますの? (ポラリスから情報共有されると、 アルゲディ達3人はそれぞれの行き先について相談を始めた。) アルゲディ: ……そうですわね。アンタレスだけじゃありませんものね サマカ: うん……行き先は決まったべ ピュルテ: 世界中がこんな混乱に晒されるなんて……オトギノクニはどうなってしまうのでしょう エミリー: ねえねえ、エミリーはまだ魔法陣のこと、よくわかってないんだけどぉ、 人間さんの栞があればいいのぉ? アルゲディ: 一緒に戦ってくださるのですから、 そのあたりも説明を詳しくしておく必要がありますわね サマカ: じゃあちょっとみんなに時間をもらいたいんだべ (十二神官は一人一人が凄まじい力を持っているようだった。 本来なら絶望的な状況だが……彼女たちの半分が味方に回ってくれた。) 人間さん: (首の皮一枚繋がった。だが、まだ勝負は五分に戻っただけだ――。) (同じ頃。夕闇に染まる街道を、二つの人影が音もなく歩んでいた。) ゲーテ: ……順調、でしょうか メフィストフェレス: ククッ……。光と影、善と悪、そして『神官』の分裂。 盤面は望んだ通りに荒れ果てている。これぞ、真実のドラマというものではないか? ゲーテ: ドラマ……。わたしには、そうした娯楽としての認識はありません。 ただ、この世界が『あるべき姿』へ向かっている……その確信があるだけです メフィストフェレス: お前の言う『正しさ』は、あの人間さんたちの正義とは、 真っ向から衝突する運命にあるが? ゲーテ: ……構いません。誰に理解されずとも、わたしはわたしの職責を果たす。 それが、この世界に残された最後にして唯一の、救いなのですから (メフィストフェレスの低い笑い声が、風に乗って消えていく。 ゲーテの瞳には、迷いも、そして熱もなかった。 ただ冷徹なまでの意志だけが、そこにあった。) 300014 - 楔と番人 (窓の外では、魔法陣から噴き出した魔力の残滓が、 オーロラのように空を不気味に染めているのが見えた。) (俺達は、アルデバランが広げた古い羊皮紙を囲み、 深刻な面持ちで彼女の解説を聞いていた。) アルデバラン: ……いい、よく聞いて。あいつらが各地に展開した魔法陣―― 『ヴェルト・レダクツィオン』の真の恐ろしさは、単なるエネルギーの吸収じゃないわ ドロシー: ……それ以上の何かがあるってことね。 ライブラがただのイマジュマイト泥棒で終わるはずがないもの アルゲディ: ええ。魔法陣が完全にその土地に『根差した』とき、 その場所の概念そのものが書き換えられますの アルゲディ: 地形、歴史、住人の記憶……すべてがライブラ様の望む『編纂』された形へと変質し、 そのまま人間界へと物理的に接続されますわ シンデレラ: 私の国が……私の知らない『何か』に書き換えられるというの……? そんなこと、絶対に許せないわ! エミリー: えぇー……。それじゃあ、エミリーが大好きなお店とか、 みんなとの思い出の場所も、全部なかったことになっちゃうのぉ? アルデバラン: 最悪の場合はね。でも、根を下ろすまでには莫大なエネルギーと時間が必要よ。 だから、あいつらはその間、魔法陣を守り抜かなきゃならない 人間さん: 守るだけじゃないはずだ。ルクバトがあの時、魔法陣に自分の力を流し込んでいた……。 あれは進行を早めていたんだろう? アルゲディ: おっしゃる通りですわ。魔法陣にはそれぞれ、進行を司る『管理者』が必要なのです サマカ: さっきみたいに何人もいっぺんに来ても、 術式に直接干渉できるのはその内のひとりだけなんだべ アルデバラン: 他の神官たちは、管理者の護衛や、私たちのような 邪魔者を排除する露払いに過ぎないってわけ。 逆に言えば、その『管理者』さえ無力化できれば、術式の進行は止まる ピュルテ: そしたら、人間さんの『栞』を突き立てるチャンスが生まれる…… ということですね! ヴィジュー: なるほどね!標的がはっきりしているなら、やりようはあるよ。 管理者を集中攻撃すればいいんでしょ? ドロシー: 相変わらず威勢がいいわね。でも、相手はあの十二神官よ。 私たちと同等かそれ以上の化け物揃いなのは間違いないわ ヴェルメリオ: ……それでも、行かなきゃ。各地の魔法陣が根を張る前に、 ひとりずつでも管理者を叩いて回るしかない リル: さっきのポラリスの報告によれば、同時進行させる作戦らしい。 となると、おそらく『管理者』以外は現地にはいない可能性が高い リル: それなら小生らが参加することで、数的優位を生むことも可能だろう アルゲディ: わたくしたちも、各地へ向かいますわ 人間さん: ……よし。俺はここでアンタレスと戦うが、みんなはアルゲディたちと共に 各地へ向かってくれないか。それぞれの国で、魔法陣を止めるんだ シンデレラ: 私はここに残るわね。自分の国だもの……! 人間さん: ああ。ジューチャオとヴィジューも、俺と一緒にいてくれ。 多少なりとも土地勘があるやつが動いたほうがいいだろう ピュルテ: そうですよね。μ世界との融合が始まっていますが、それでもここはオトギノクニですし クレア: うん。任せて 人間さん: 栞はたぶん、俺じゃなくても使えるはずだ。渡しておくよ ティンカー・ベル: え、失くしそう。誰かティンカの代わりに持って ヴェルメリオ: ……しっかりして、もう (パラケルススから預かった栞のうち3つを、それぞれに手渡す。 そして一同は固い握手を交わし、それぞれの戦地へと向かった。 空に漂う不気味な光が、これから始まる過酷な消耗戦を予感させていた。) (切り立った崖の上に聳え立つ、古びた砦。かつて、シンデレラの最愛の王子が、 国を護るための熾烈な戦いの末に命を落とした、トラジェディ砦だ。) (その、月明かりに照らされた石畳の上を、 場違いなほど軽やかな足取りで跳ね回る影があった。) アシェンプテル: あらま!ここ、とってもボロボロなのね!暗くて、寒くて、カビ臭いのよ! (アシェンプテルは崩れかけた砦の、瓦礫の山を崩し、中から一通の手紙を拾い上げた。) (それは、死を覚悟した王子が、城で待つシンデレラに宛てた、最期の恋文だった。 彼女はそれを、まるでおもちゃの説明書でも読むかのように、無造作に広げる。) アシェンプテル: ……『もし私が帰れなくとも、君の幸せを願っている』……。 ふふっ、バカみたい。死んじゃったら、お願いなんて届かないのにね (アシェンプテルは手紙を読み進め、ふと動きを止めた。 その瞳に、一瞬だけ深い虚無が宿る。) アシェンプテル: ……ねえ、どうしてわたしには、王子様がいないのかしら? 聖母様はなんでも持っているのに、わたしには、何も、何も届かないのよ アシェンプテル: ……つまんない。こんな温かそうな思い出なんて、わたしには微塵もないのね! 全然、ちっとも、1ミリもわかんないのよ! (彼女は愛おしそうに眺めていた手紙を、クシャクシャに丸めて投げ捨てた。 そして、砦の窓から遠くに見える、小さな灯りの集まり――平和な村を見下ろす。) アシェンプテル: あっちの村、とっても静かなのよ。静かすぎて、お墓みたいじゃない? アシェンプテル: だから……わたしが、とっても綺麗に飾ってあげるのね! (アシェンプテルが指先をパチンと鳴らす。 瞬間、静寂に包まれていた村のあちこちから、爆発音と共に紅蓮の炎が噴き出した。) アシェンプテル: あははははっ!あっちも、こっちも、真っ赤なのよ! とってもあったかそうで、素敵なのね! (悲鳴が遠く響く中、アシェンプテルは燃え盛る村を背景に、 楽しそうにクルクルと踊り続ける。その無邪気な笑顔は、 闇夜に咲く毒花のように美しく、そして残酷だった。) 300015 - 託された背中 (鼻をつく消毒液の匂いと、規則的に刻まれる魔導心音計の音だけが響く静かな病室。 フェルディナは、祈るように組み合わせていた自らの指を、 白くなるほど強く握りしめていた。) フェルディナ: ……っ (流れでコミッティ議長代行のように振る舞い、姉の不在をなんとか埋めようと 奮闘するフェルディナ。その彼女が必ず毎日訪れるのが、この部屋だ。) フェルディナ: (姉さん……) (もはや事態は抜き差しならない。それは決して、フェルディナの失政ではなく、 おそらくジャコヴァが健在であったとしても、手の打ちようがなかったはずだ。) (それでもフェルディナの脳裏には常によぎる。もし自分でなく、姉だったら――と。) フェルディナ: ……あ。……っ、姉さん……! (長い眠りに落ちていた瞳が、ゆっくりと、だが確かに開かれた。) フェルディナ: 姉さん!?目が覚めたのね!! ジャコヴァ: ……騒がしいぞ、フェルディナ。……耳元で、喚くな…… ヴィルヘルミナ: ……まったく。相変わらず……泣き顔が似合うわね。 ……少しは、成長したと思ったけれど…… フェルディナ: あ……ご、ごめんなさい、でも……!良かった、本当に……! もう二度と、声を聞けないんじゃないかって……っ (溢れ出す涙を拭いもせず、フェルディナは二人の手を握ろうとして―― 弱々しいその力に、愕然と手を止めた。 かつての威圧感は影を潜め、横たわる姿はあまりに脆い。) ジャコヴァ: ……この私が、無様な姿を見せるのは不本意だが、無理に立って転ぶよりはマシだな ヴィルヘルミナ: ……そうよ。姉さんにしては冷静だわ ジャコヴァ: 私は冷静だ (毒づく言葉とは裏腹に、二人の呼吸は浅い。 フェルディナは、自分の無力さを突きつけられたような心地になりながらも、 生きていてくれたことへの感謝に胸を震わせた。) フェルディナ: ……ゆっくり、休んでちょうだい。また、来るから (フェルディナは深く吐息をついた。 姉が目覚めた喜びと、それ以上の重圧が彼女の肩にのしかかる。 そこへ、壁に背を預けて待っていた三女、カロラが声をかけた。) カロラ: ……よう。姉ちゃんたち目覚めたな。とりあえずよかった フェルディナ: カロラ姉さん……。ええ、起きるには起きたわ。 ……でも、あんなに弱っている二人を見るのは、初めてで…… カロラ: ま、あれだけ派手にやられたんだ。時間はかかるだろ。 ……それより、フェルディナ。これ、姉ちゃんたちから預かったぞ (カロラが差し出したのは、コミッティに支給される『ペン』だった。) フェルディナ: え……?2本あるけど、これ、もしかして…… カロラ: 『お前を支えてやれ』ってさ。……直接言うのはムカつくからって、 あたしに伝言を頼んできたんだ。……正式にお前を『代理』として認める、ってよ フェルディナ: ……っ! (認めてもらえない。ずっとそう思っていた。 足手まといだと、出来損ないだと、切り捨てられたと思っていた。 それが誤解かもしれないと、少しずつ前に進み始めたところだった。) フェルディナ: 私を……認めてくれている……? (フェルディナはペンを胸に抱きしめ、瞳に強い光を宿した。) フェルディナ: ……わかったわ。二人が安心して眠っていられるように…… 今度は私が、この世界を……姉さんたちの居場所を、守ってみせる (静寂の中に、不気味な声が響いていた。 創造の聖母は、空中に浮かぶ魔力の揺らぎに向かって、優雅に微笑みかけている。) 創造の聖母: ……ええ。報告は受けています。 神官たちの対立、いよいよ隠しきれなくなってきましたね…… 創造の聖母: ふふっ……。仲睦まじい家族ごっこも、長くは続かないもの。……構いません。 そのまま、彼女らが互いの喉元を食い破るのを、じっくり観察していなさい…… (通信が途絶え、聖母は独り、闇の中で肩を揺らした。) 創造の聖母: 十二神官の分裂……。……すべて、私の描いた美しい円環の中。 ……さあ、もっともっと、壊し合いなさい。 その果てに、私が支配する『正しい世界』が待っているのですから…… 300016 - 姉妹、放浪の果て (仲間達も各地に出発し、それなりに賑やかだった城内もすっかり静まり返っている。 俺は、窓の外をじっと見つめていたアンタレスに声をかけた。) 人間さん: ……ひとつ聞いてもいいか? アンタレス: ん?なに、お腹空いたの? 人間さん: どうしてアンタレスは、ライブラに逆らうことにしたんだ? あっちにいれば、十二神官として安泰だったはずだろう アンタレス: えーっと……。正直に言うとね、ライブラの難しい計画の話とか、 『編纂』がどうとか、わたしにはさっぱりわかんないんだよね (アンタレスは申し訳なさそうに、てへ、と笑って頭をかく。 その様子は、世界を揺るがす神官というよりは、近所の少し抜けた少女のようだ。) アンタレス: でもね、あの魔法陣が動き出してから、みんなが泣いてるでしょ? 昨日まで笑ってた人たちが、急に消えちゃったり、お家を壊されたり……。 そういうの、やっぱり違う気がするんだ。……頭悪いなりに、そう思ったの 人間さん: ……純粋だな。でも、その直感は正しいと思うよ アンタレス: ありがと。……でもね、本当は……すっごく、辛いんだ (アンタレスの視線が、かつて自分を導いてくれた姉の面影を追うように彷徨う。) アンタレス: さっきのルクバトって人はね、わたしの本当の『姉ちゃん』なんだ 人間さん: ……!実の姉妹なのか? アンタレス: うん。……あんなに怖くなっちゃったけど、昔はね、 世界で一番かっこよくて、大好きなお姉ちゃんだったんだよ…… (それは、二人がオトギノクニに流れ着いて間もない頃のこと。 ライブラという名がまだ遠い異国の噂でしかなかった時代。) (アンタレスとルクバトは、二人の連携を武器にする流しの傭兵として日銭を稼いでいた。) ルクバト: アンタレス!ぼさっとしないでください! 右から来る敵は私が叩くから、貴女は左の防衛に専念しなさい! アンタレス: う、うんっ!姉ちゃん! ルクバト: 『姉ちゃん』じゃなくて『リーダー』と呼びなさいって言ってるでしょ。 まったく、貴女は私がいなきゃ何にもできないんだから (少し傲慢で、常に主導権を握りたがる姉。 けれど、その言葉には妹を守ろうとする確かな責任感と、誇りがあった。) (夕暮れの街道に、たった二人の家族として寄り添い歩く背中があった。) アンタレス: ごめんね、姉ちゃん。……でも、姉ちゃんと一緒なら、 わたし、どんなに強い敵だって怖くないよ! ルクバト: ……ふん。調子がいいんですから。いいですか? いつか私たちが、この世界で一番大きな星になるのです。 ……それまで、しっかりついてきなさい アンタレス: うん!一生、ついていくからね! (頼れる相手も他になく、姉妹は互いだけが支えだった。 同じ世界から来た者たちは、オトギノクニにたどり着いた時点で それぞれの道を歩き始めていた。) アンタレス: みんな、元気かなぁ (野営の火を見つめたまま、アンタレスは炙った動物の肉を頬張ると、ぽつりと漏らした。) ルクバト: さあ、どうでしょうね。私達でさえ、苦労しているんです。 こんな泥臭い生活が合わない人もいるのでは? アンタレス: わたし達の世界で使えた力は、全然通用しないもんね。どうしたらいいんだろ ルクバト: μとしての力がなくとも、身体能力と魔法を操る感性があれば人並みには戦えます。 その辺に転がっている魔物程度に後れを取ることはないでしょう アンタレス: 姉ちゃんは不安じゃないの? ルクバト: 不安?それは無能な者が抱く感想です アンタレス: そっかあ……姉ちゃんは優秀だもんね。わたし達の世界にいた頃から、ずっとそう ルクバト: ……あなたも同じはずですよ アンタレス: んん…… アンタレス: (もしかして今、姉ちゃんは励ましてくれたのかな? 不安に感じる必要はないよ、って……) ルクバト: こうなってしまった以上、この世界で生き抜くしかありませんからね。 もう少し耐えれば、何かしら光も見えようというものです アンタレス: そうだよね! 住民: あんた達、魔物討伐を仕事にしてるんだって? ルクバト: ええ。依頼ですか? 住民: そうだなぁ。依頼してやってもいいが……サービスしてもらいてえなぁ? ルクバト: ……! アンタレス: おまけってこと?なんか野草とか採ってきてあげようか? ルクバト: 行きますよ、アンタレス。あまり私達を安く見ないでもらえますか? 住民: ちっ、ツンケンしやがって、嫌な女だぜ アンタレス: よかったの?断っちゃって ルクバト: 生活はかかっていますが、選ぶ権利はあります。 あなたも、そのくらいのプライドは持つのですよ 300017 - 姉の一言で (傭兵としての仕事は、決して楽なものばかりではなかった。 特に、自分の内に秘めた巨大すぎる力を制御しきれないアンタレスにとって、 戦場は常に暴走の危険と隣り合わせだった。) アンタレス: あ……う、ああああっ!! (制御を失った魔力が、敵味方の区別なく周囲をなぎ倒していく。 爆風と土煙の中、絶望に顔を歪めるアンタレスの前に、 いつも立ちはだかるのは姉の背中だった。) ルクバト: ……バカね、アンタレス!力を出しすぎだって言ってるでしょ! (ルクバトは妹の暴走する魔力を、作り出した魔法の矢で射貫くことで、 強引に霧散させる。その代償として、彼女は激しく消耗することになるのだが。) ルクバト: ……まったく。あなたを一人前にするのに、私の命がいくつあっても足りませんね アンタレス: ごめん、姉ちゃん……。わたしのせいで、またそんなに力を失って…… ルクバト: 謝る暇があるなら、自分の足で立ちなさい。学ばない者には未来はつかみとれませんが、 立ち上がらない者は未来を見ることすらかなわないのですから アンタレス: うん……! ルクバト: どうして暴走するのか、自分で理解していますか? アンタレス: 感情が押し寄せてきちゃうんだ。 今日だと、被害に遭ってきた人のことを思い出しちゃって―― ルクバト: では対策は自明ですね。後は自分で考えなさい アンタレス: ……うん ルクバト: ……見捨てはしません。あなたが私の妹である限りはね (厳しい言葉。容赦のない叱責。けれど、身を削りながらも 自分を繋ぎ止めてくれる姉の手を、アンタレスは何よりも大事にしていた。) (傭兵団のキャンプや、立ち寄る先々の酒場。 ルクバトの態度は、他人に対しても冷淡で高圧的だった。) ルクバト: 無能な者と話す言葉は持ち合わせていないのですよ (そう言って憚らない彼女は、しばしば周囲から疎まれていた。) アンタレス: ……姉ちゃん、みんながまた何か言ってるよ ルクバト: 放っておきなさい。……真実を見通せない愚か者の言葉に、 耳を貸す価値なんてありません アンタレス: うん。……姉ちゃんが正しいよ。理解できない周りが悪いの。 姉ちゃんは、世界で一番すごくて、正しいんだから! (盲目的なまでの信頼。姉が白と言えば、世界が黒く塗りつぶされていても白だと信じた。) (でも、本当の盲信とは違う。アンタレスは姉が間違っていた場面に 遭遇したことがなかった。その信頼は根拠があったのだ。) (そんな二人三脚の旅の途中、 ふと立ち寄った名もなき小さな町を出発してしばらく経った時のことだ。) アンタレス: 次の町までもう少しだね。あーあ、お腹すいたなぁ ルクバト: のんきですね、まったく アンタレス: このあたりも、なんか忘れられちゃうかもしれない場所らしいね。 さっき畑にいたおじさんとか、どうなっちゃうんだろ ルクバト: さあ……私達には関係のないことでしょう アンタレス: あっ、姉ちゃん。すっごい花が咲いてる ルクバト: ん……? ルクバト: …… アンタレス: 姉ちゃん? ルクバト: ……綺麗ですね アンタレス: …… (それは、あまりにぽつりと、こぼれ落ちるような呟きだった。) ルクバト: …… アンタレス: (姉ちゃんが……何の理由もなく、ただ感情だけを口に……?) (周囲に、人はいない。好印象を与えて利得を得る計算ではないのは明らかだ。) (吟遊詩人の歌を聞いてもずいぶん儲かっていますねとか 絵画を見ても価値が高いらしいですよとか およそ感動というものから程遠かったルクバトが――) アンタレス: (それだけ姉ちゃんの心をつかんで、揺り動かしたんだ。 この一面の花畑が……姉ちゃんの心だったんだ……) アンタレス: (あの姉ちゃんが、綺麗だねって言ったんだ。 ……あの姉ちゃんが、守りたいって思ったんだ。 だったら、わたしも……一生忘れないよ。姉ちゃんが見た、この景色) ライブラ: ――これが、深淵の闇計画の全容よ アルゲディ: 世界を……書き換える……? (時は過ぎ――グランド・リヴィジョンから解放された 革命軍改め神官たちはライブラの幻影が説く計画に、揃って目を丸くした。) ポルックス: そ、そんなことが、できるんですか……? ハマル: ずいぶんとまた大きな計画だな ライブラ: このオトギノクニはいまや、グリムに代表される強大な作家が 一方的に搾取する構造がまかり通っています。 私達の作り出したグランド・リヴィジョンも利用されてしまっている ライブラ: この構造を打破しなくてはならないわ。 私達に正義があることは、これまでの活動で明白よ ライブラ: でも活動には限界がある。これまで通り進めていても世界は変わらないわ。 丸ごと社会構造そのものを変革する必要があるの アルデバラン: その中で、一番有効な手段がこの計画ってわけね…… ライブラ: 大胆な改革が一定の成功を収めることは グランド・リヴィジョンで既にみんな体験済みでしょ? アンタレス: このリストって……? ライブラ: 展開された魔法陣がしっかり根差すためには、多少は破壊も伴うのよ。 そこは、消えてしまう場所のリスト アンタレス: (この場所……) (示された資料の中には、かつてアンタレスとルクバトが流しの傭兵として歩いた、 あの名もなき街道や小さな町も含まれていた。 あの日、姉が初めて綺麗ねと呟き、守りたいと願ったはずの景色。) アンタレス: (……姉ちゃん、大丈夫かな。 あんなに大切にしてた思い出の場所が、消されちゃうなんて……) 300018 - 独善の救済 (アンタレスは、隣に座るルクバトの様子を窺うように視線を向けた。 拳を握りしめているのか、あるいは悲しみに暮れているのか――) ルクバト: ……いいわ、やりましょう。ライブラさんでなければ、これは実行できない。 実現すれば健全なエネルギー循環となります (ルクバトの声に、迷いは微塵もなかった。まるで最初から、 あの花畑など見たことがなかったかのように、平然と消去を肯定したのだ。) アンタレス: え……?でも、姉ちゃん、ここって…… ルクバト: ……何か? アンタレス: ……ううん アンタレス: (きっと姉ちゃんのことだから、我慢してるんだ。 ここで自分のワガママを言ったらみんなが困る…… わたしにだって分かるようなことだもん。姉ちゃんなら、当然――) アンタレス: (でも、それでいいの……?姉ちゃん……) ポラリス: アンタレス~?どうかした~? アンタレス: うん……なんか、この場所がね……実は、思い出の場所なんだ…… 姉ちゃんは気にしてないみたいなんだけど…… ポラリス: それはねっ、本心じゃないと思うよっ☆ アンタレス: ……! ポラリス: 偉い人とか賢い人はね、本当の気持ちを隠してがんばるのっ☆ でもそれが本当に幸せなのかはわかんないよね アンタレス: (やっぱりそうなんだ……姉ちゃんは、我慢してる……。 だったらおバカなわたしが、バカのふりをして、わがままを言えば……) (姉ちゃんが言えないなら、わたしが代わりに言う。姉ちゃんが守れないなら、 わたしが代わりに壊してあげる。アンタレスの思考は徐々に染まっていく。) アンタレス: (姉ちゃん。わたし、決めたよ。あんな悲しい仮面から解放してあげるんだから……!) ポラリス: ふふっ☆ねえ、ちょっとお話があるよ、アンタレス アンタレス: ……っていうのが、わたしの事情! 姉ちゃん、本当はあんなことしたくないんだよ。……たぶん! 人間さん: (……たぶん、か。アンタレスの姉思いは本物だが、 それがどこまでルクバトの本意を捉えているのかは、分からないな) (アンタレスの純粋すぎる思い込みに、俺は一抹の不安を覚える。 しかし、それが彼女の俺達と共闘する理由だと聞いてしまっては、 根拠もなく異を唱えるのも躊躇われた。) アンタレス: それでね、ポラリスから他にもライブラの計画に、 なんか違うなって思ってる人がいるって聞いて…… 人間さん: あのメンバーと合流したわけか。 アルゲディも、サマカも、アルデバランも――この計画には反対なんだな アンタレス: うん。まだ少ししか話す時間はとれなかったけど……みんな止めたいって思ってるみたい アンタレス: 姉ちゃんも気が変わったらいいのに。わたし、本当は姉ちゃんと戦うのも不安なんだ 人間さん: ……顔を合わせたら、説得してみたらどうだ? (確度がそう高いわけではない。だが、反対者を集めたのがアンタレスたちだとしても、 その対を成すのが積極的賛同者とは言い切れない。) 人間さん: (それにしても……ライブラはやはり過激だな……) (思い出の場所すらノイズとして消去しようとするライブラの冷酷さに、 改めて強い違和感を抱いた。) (一方その頃。魔法の国へと急ぐ二人のμ――オーディンとトールは、 進軍する獣聖騎兵の群れに遭遇していた。) トール: ちょっと、オーディン!あいつら、逃げ遅れた村の人たちを狙ってるわよ! オーディン: ……!見捨てるわけにはいきません。トール、いきますよ! トール: 言われなくても! (トールが腕を振るうと同時に、赤い稲妻が獣聖騎兵を貫く。 続き、オーディンが武器を構えて突進する。) オーディン: やあああぁぁぁぁっ!! (複数体いた獣聖騎兵だが、ふたりの連携攻撃の前に、次々と倒れ伏していった。) オーディン: はああああっ!……ふぅ、これで最後ですか……? アシェンプテル: あらま!とっても強そうなのね! (戦場に場違いな、無邪気な声が響いた。 岩の上に座り、楽しそうに足をぶらつかせているのは、アシェンプテルだった。) アシェンプテル: ねえ、あなたたち。せっかくお掃除したのに、 また汚しちゃうなんて……とっても悪い子なのね! トール: ……何よ、このガキ。あんた、ライブラの手先ね!? アシェンプテル: わたしは、ただの可愛いお姫様なのよ! でも、ブタさんの仲間なら……ここでバイバイなのね! 300019 - 蹂躙される正義 (戦場に響くのは、鉄のぶつかり合う音ではない。重い荷物を背負わされ、 泥を這う村人たちの呻き声と、それを嘲笑うような少女の鈴の音だった。) アシェンプテル: ほらほら!もっとシャキシャキ歩くのよ、ブタさんたち! わたしの素敵なお城を作るための、大事な石ころなのね! (獣聖騎兵に襲われていると思われた人々だが、 アシェンプテルは、彼らを魔法の鎖で繋ぎ、文字通り奴隷のように使役していた。) (μ世界において、少なくともアスガルドでは信民にこのような扱いをすることはない。 μからはもちろん、信民同士であってもだ。) オーディン: ひどい……っ!? (だからオーディンは、人がこんな扱いを受けている光景そのものを 実際に現在進行形で見ることへの免疫が薄かった。衝撃で、言葉を失いかける。) オーディン: ……やめてください!その人たちは、あなたの道具じゃない! トール: だいたい、なんで自分のために働いている人たちを、 あんなやつに襲わせたままにしていたのよ! アシェンプテル: どういう意味? トール: だから……っ、あんた実力はあるはずよね!? だったらさっきの獣聖騎兵なんて一瞬で撃退できたでしょ! アシェンプテル: ああ。あれはわたしが襲わせたのよ オーディン: は……? アシェンプテル: 逃げようとしたのよ。それは困るから、獣聖騎兵を使ったの オーディン: 逃げようとした人たちを襲わせていた、ってことですか……? トール: 反吐が出るわね……。アンタみたいなガキ、お仕置きが必要よ! アシェンプテル: あらま!正義の味方さんなのね? でも、わたしの邪魔をする悪い子には……おねんねしてもらうのよ! (アシェンプテルが指先を踊らせると、周囲の空間が歪み、 どろりとした漆黒の魔力が溢れ出した。 トールが稲妻を光らせ、オーディンが神速の突きを放つが――) オーディン: なっ……身体が、動かない……!?力が、吸い取られて……っ トール: くっ……この力、ただの魔法じゃないわ……! 力の概念そのものを、書き換えてる……!? アシェンプテル: ほーら、お尻ぺんぺん。悪い子にはお仕置きなのよ! (その軽い調子とは裏腹に、強烈な魔法攻撃がふたりを襲う。 力を吸われている彼女たちが回避できるはずもなく――) オーディン: うああああっ!! トール: んぐうううぅぅぅっ!! (直撃を受け、ふたり揃って地面に倒れ伏す。 それを見下ろして、アシェンプテルは楽しげに笑った。) アシェンプテル: あははははっ、もっと一緒に遊ぼうかと思ったけど、弱っちいからつまんないのよ。 それよりわたしは、お城作りをしたいのよ! アシェンプテル: さあ、この人たちは連れて行くわね。バイバイなのよ! (アシェンプテルは嘲笑いながら、捕らえた民と共に煙のように消え去った。 静まり返った街道で、オーディンは拳を地面に叩きつける。) オーディン: ……っ!不甲斐ない……。目の前で、助けを求めている人を……私は、また……! トール: ……オーディン、落ち着きなさいよ (唇を噛むオーディンを宥めながらも、トールもまた静かに怒りの炎を燃やす。 しかしそれは、アシェンプテルに向けたものだけではない。 親友に何もできない自分自身へのものも含んでいた。) トール: (……やっぱりあたし達のいまの力じゃ通用しない。 パラケルススがくれた、あれを……使うときなのかも……) (一方、魔法の国を出発したアルゲディたちは、ポラリスが提供する、 水晶球に映し出される世界の現在地を凝視していた。) アルデバラン: ……戦況は一進一退ね。味方に回ってくれたスピカが、 自分の命を削って『オズの国』の魔法陣を封印してくれたみたいだけど サマカ: あの子らしい、不器用で真っ直ぐなやり方だべ…… アルゲディ: ええ……。ですが、あちら側も手を緩めてはくれませんわ。タルフが既に、 ディープフォレスト沖に出現した新大陸で、魔法陣の解放を開始したようです アルデバラン: μ世界と融合した土地……。あそこが完全に根差してしまったら、 魔法陣の陣取りは一対一。……でも、長くは持たないわ アルゲディ: なんとかしてあちらの魔法陣進行を抑え、 そして……無理を重ねているスピカ様を、救い出さなくてはなりませんわね ドロシー: ……敵も味方も、自分たちの信念のために命を削っているわけね ポラリス: そのためにも戦わなくちゃね☆たとえかつての仲間でも、放ってはおけないもんね サマカ: そうだべ……戦うしかないんだべ ピュルテ: ……これが深淵の闇。私がずっとうわごとのように繰り返していた、 あの言葉が……こんなに恐ろしいものだったなんて リル: しっかりしろ、ピュルテ。お前はもう過去のお前じゃない。 簡単に操られたりもしない。それにピュルテは罪を犯してもいないだろう ピュルテ: うん…… クレア: ……見て、あれ エミリー: 遠くの空に……何あれ…… (虹色に輝く光の柱が天高くそびえる塔のように、周囲を照らしていた。) アルゲディ: おそらく、魔法陣から魔力が吹き上がっているのですわ……! 300020 - アルゲディの訪問 (レグルスたちとの戦いから数日。) アンタレス: あぁー!なんか落ち着かないよ! (アンタレスが焦れていた。) アンタレス: 姉さんと戦うってすっごい緊張するのに! この状態でずっと放っておかれるの結構つらい! ジューチャオ: うんうん、分かるよ。生殺しってやつだね ヴィジュー: ちょっと違うんじゃない? 人間さん: (まあアンタレスの気持ちはよく分かる……いつ襲ってくるか 日付が分かってるわけじゃないし、集中をずっと保ってろっていうのは無茶な話だよな) シンデレラ: みんなはどうしてるのかしら ヴェルメリオ: ……魔法陣を見つけられてるかな (おおよその場所は特定できているが、詳細な位置までは分からない。 これも俺達が不利な点だ。 当然、レグルスたちは魔法陣の詳細な場所を把握しているだろう。) ポラリス: やほー☆ポラりんがきたよっ アンタレス: ポラリス!ってことは、いよいよ――? ポラリス: ううん。ルクたんはまだ来てないよ☆ アンタレス: はふぅ……なぁんだ……もう頭の血管が何回も切れてるよ 人間さん: それは感情揺れすぎだろさすがに ジューチャオ: じっちゃんもあたしと遊んで負けたりすると、悔しすぎて頭痛いとか言ってたなぁ シンデレラ: お年を召した方のそれは本当に心配なんだけど アンタレス: じゃあ何しに来たの?遊びに来た? ポラリス: お嬢たんが人間さんたんに会いたいっていうから 人間さん: おじょうたん? アルゲディ: 失礼しますわ ヴェルメリオ: ……えっ、アルゲディ? ジューチャオ: あれっ?どこか別の魔法陣を探しに行ったんじゃなかった? それはアンタレスだったかぁ アンタレス: わたしはここにいるんだけど……? ヴィジュー: それで、どうしたの?何かあったの? アルゲディ: わたくし、コミッティ直轄領に向かったのですけれど、そこで魔法陣を発見しましたの ヴィジュー: よかった!一歩前進だね! アルゲディ: いま、エミリー様たちが監視してくれていますわ。その間に、お願いをしたくて アルゲディ: 本当ならもっと早く、出発前にお願いするべきところ、申し訳ございませんわ 人間さん: なんだろう? アルゲディ: クロスしてくださいまし 人間さん: げぇほっげほげほげほげほっ!! ジューチャオ: 人間さんっ!じっちゃんより咳がひどい!寿命なの!? ヴェルメリオ: ……むせたくらいで人の夫を殺さないで。まあ、死にそうなくらいむせ込んでるけど 人間さん: な、なんだ突然。というか、それが何を意味するか分かってるのか? アルゲディ: エルマイトをいただけると伺いましたわ。 純度が高くて強力なので、決戦前に貰った方がいいとエミリー様が シンデレラ: エミリーならこうなるの分かった上で、半分くらいは面白がって言ってる気がするわ…… 人間さん: ま、まあ……あまり時間の余裕がある状況じゃないし、 アルゲディみたいな美少女なら、うん……痛っ!? ヴェルメリオ: ……あ、ごめん。ちょっと手が滑った 人間さん: 手が滑って他人の尻をつねることある? アルゲディ: 何かわたくし、変なことを言ってしまったのですか? ヴィジュー: 大丈夫だよ!気にしないで!変なのは人間さんだから 人間さん: ええ…… (つまり、そういうことなんだろうと思いながら、 夕食後は日課も控え、俺はアルゲディを待って――) 人間さん: ………… 人間さん: …………………… 人間さん: ……遅くない? (コンコン) アルゲディ: ……人間さん様、まだ起きていますか?起きていますわよね……? 人間さん: ああ、ちょうど寝るところだったが……こんな夜中にどうしたんだ……? (一応、紳士を気取ってみる。アルゲディはお嬢様だし、 いくらクロスを前提として訪ねてきたといってもあまり前のめりになるのも良くない。) アルゲディ: 少し、嫌なことを思い出してしまいまして…… あなたの顔を見たら、気がまぎれるかと思ったんですの 人間さん: 嫌なことって?……ああいや、言いにくいことなら、無理して言わなくていいんだぞ アルゲディ: ……いえ、あなたには一度お話しておこうと思っていたのです。 ですから、この機会に……少しだけ、お話させてください 人間さん: (エミリーのやつ……これ、ちゃんと詳細は伝えてないな…… そこまでアシストする義理はない、後は俺がちゃんとしろ、っていうメッセージか……) (その後、アルゲディの言葉に耳を傾けた。 お嬢様然とした振る舞いからは想像もつかない過酷な経験をしていたが、 それでも毅然と信念を貫く彼女は魅力的だった。) (彼女に訪問の目的が別にあったとしても、俺は抗えなかっただろう。 不安に寄り添い、優しく抱きしめるのに時間はかからず――) アルゲディ: ……なんだか、恥ずかしいですわ。あんなところをお見せしてしまうなんて 人間さん: 恥ずかしがる必要なんてない。すごく綺麗だった 人間さん: あ……背中、留めようか? アルゲディ: ふふっ……じゃあ、お願いしますね (彼女の服、その背中のホックを留めてやると、気恥ずかしそうに微笑んだ。) アルゲディ: あなたの温もりで、少しは不安も紛れましたわ 300021 - 忠実なる侍従 (部屋に備え付けられた魔道具でお湯を沸かし、俺はティーバッグの紅茶を淹れる。) 人間さん: 淹れ方とか詳しくないけど アルゲディ: お気になさらないで。それに茶葉はとても良いものですし (そりゃあシンデレラの王城だ。 ワイン以外もちゃんとした品質のものが揃っているのだろう。) (とはいえ詳しいわけでもなく、淹れ方もよく知らない。 お嬢様相手に振る舞うのは気が引けたが、 きっと彼女も喉が渇いているに違いないと思い用意したのだった。) アルゲディ: ありがとうございます。……ふふ、美味しいですわ 人間さん: ならよかった (ベッドに腰かけ、優雅にカップを傾ける。 隣に座ると、まだ冷めやらぬ彼女の熱が伝わってくるようだった。 頬がほんのり上気しているのは紅茶の温かさのせいではないだろう。) アルゲディ: 人間さん、手を握っていてくださいまし (なのに、その指先は対照的に冷たかった。 まだ緊張は完全に解れていないのかもしれない。) アルゲディ: ……思い出しますわ。いつだってわたくしは、 何かあるごとにサダルスウドの淹れてくれたお茶で気持ちを落ち着けてきましたの 人間さん: サダルスウドって、あっち側にいた十二神官のひとり……だよな アルゲディ: ええ。きっとコミッティ直轄領で、わたくしと対峙するのは彼女でしょう。 戦いは避けられませんわね アルゲディ: ……本当は、こうしてここに来たのはエルマイトのことだけでなく、 少しの間でも目を背けたかったのかもしれませんわ。 彼女と戦うことになる、という事実から 人間さん: それほど強いってことか?それとも―― アルゲディ: もちろんかなりの実力を持っていますわ。でも、そうではなくて…… (オトギノクニに移住を果たしてからしばらくが経っていた。) (元の世界でも忠実かつ優秀な侍従だったサダルスウドの尽力により、 名もなき移住者だったアルゲディは、 再びこのオトギノクニで貴族と呼ばれるほどの立場を手に入れていた。) サダルスウド: お嬢様。お茶が入りました アルゲディ: ありがとう、サダルスウド サダルスウド: お嬢様……ライブラ様からのご提案、いかがなされるおつもりですか アルゲディ: 『グランド・リヴィジョン』……でしたわね。もちろん、わたくしは参加しますわ アルゲディ: 『消えゆく物語』という弱き民のために身を切る、 それがわたくしの貴族としての矜持ですもの サダルスウド: ご立派でございます (決意を固めたアルゲディは、星の革命軍の会合に参加していた。) (ライブラからグランド・リヴィジョンの提案があって以降、初の会合だった。) ライブラ: 既に名を連ねる構成員すべてから、参加の意志を確認したわ ハマル: ふふ、なんだかんだ言っても、みんな熱い奴らだな ポルックス: こ、怖くないといったら、嘘になりますけど……っ アルゲディ: え、すべて? (アルゲディはハッとしてサダルスウドに視線を向ける。 彼女は凛とした佇まいのまま、頷き返した。) サダルスウド: お嬢様の向かうところ、私あり。どこまでもお供させていただきます アルゲディ: サダルスウド……!? アルゲディ: 聞いていませんでしてよ! サダルスウド: 失礼しました。ご報告申し上げるまでもないことかと アルゲディ: ……いえ、報告がなかったことを問題にしたいのではありませんわ。 本質は、あなたも参加するという事実 アルゲディ: 侍従として仕えてくれているのは、あくまでもあなたの人生の一部にすぎませんのよ。 でもこのグランド・リヴィジョンへの参加は人生のすべてを左右するもの…… アルゲディ: わたくしが参加するからといって、あなたに付き合わせる謂れはありませんことよ。 ちゃんと自分のことを考えて―― サダルスウド: いいえ、問題ありません アルゲディ: えっ? サダルスウド: 私の人生は、お嬢様そのものです アルゲディ: ――っ!? アルゲディ: ――と、彼女は言うのですわ ハマル: ほうほう アルゲディ: ハマル様……他人事だと思って軽いですわね ハマル: なに、重く考えたところで結果は変わらないよ。 もちろんアルゲディが悩むのもよく分かるけどね アルゲディ: ……わたくしは怖いのですわ。自分のことなら、信念に従って行動すれば良いこと。 結果がどうであれ、後悔することはありません アルゲディ: でも、サダルスウドを巻き込んでしまったら、わたくしは…… ハマル: 責任が取れない、って? アルゲディ: 責任逃れをするつもりはありませんのよ。でも―― ハマル: 彼女だって子どもじゃない。その選択は尊重されるべきものだと思うよ アルゲディ: …… 300022 - 確固たる決意 アルゲディ: ――という状況なのですわ ポルックス: な、なるほどぉ……? (ハマルに相談を持ち掛けたアルゲディだったが、 それでもまだ納得できず、ポルックスを相手に同じように話を聞いてもらっていた。) (もっとも、意見を聞く目的だったハマルとは違い、 ポルックスには率直な心情を吐露していた。) アルゲディ: わたくし、ずっとこれまで『与える側』にいましたわ。 少々、おこがましい言い方ですけども ポルックス: ううん、分かりますよぉ……アルゲディさん、 元の世界の頃からずっと貴族として生きてこられましたもんねぇ ポルックス: わたしたちμは、信民とお互いに支え合う構図ですから、 一方的に与えるとか守るって意識とは少し違いますからねぇ…… ポルックス: あっ、あっ、もちろんその、えっと、結果的にはμって、 信民の安全を守ったりはするんですけど、そうじゃなくて、あの アルゲディ: ポルックス様が言わんとすることは分かりましてよ。 そう、μのあり方とはまた別に…… わたくしは貴族として、民のために尽くすという精神を誇りにしてまいりましたわ アルゲディ: でもそれは、わたくしだから。貴族だからですの。 サダルスウドに強いるつもりなどございません ポルックス: μではあっても、貴族ではない……ってことですよねぇ…… アルゲディ: わたくしからすれば、サダルスウドだって守るべき民のひとり。 なのに……貴族の誇りなどという個人的事情に巻き込んで…… ポルックス: あっ アルゲディ: え? サダルスウド: お嬢様…… (背後から聞こえた声にハッとして振り向くアルゲディ。 広々とした屋敷のどこから、自分の姿を見つけたのだろう、 とサダルスウドの観察眼と、気配を感じさせない振る舞いに驚かされる。) サダルスウド: どうかお嬢様、お願いです。私の決意を奪わないでください アルゲディ: ……! アルゲディ: わたくしは……そんなつもりでは…… (そこまで言いかけて言葉に詰まる。 サダルスウドの主張は、的確かもしれない。そう思えていた。) アルゲディ: ……っ (後日、グランド・リヴィジョンは実行された。 その場にサダルスウドは居合わせることになったのだった。) (だが、しかし――) アルゲディ: こ、これが……っ、グランド・リヴィジョン……っ (迫りくる巨大な円錐状のオブジェクト――トゥルム・ランツェは、すぐ目の前だった。) (円形に配置された金属製の椅子には、器具が備わっており 両手両足はしっかりと固定されている。 外れないようにとアスクレピオスが確認して回ったものだ。) アンタレス: 姉さんっ、わたし怖いっ、怖いよぉおおぉっ! ルクバト: 騒ぐんじゃありません……っ、こ、これくらいっ、未来への……投資……っ サマカ: ひぃ……師匠ぉ……っ!こ、こんなの死んじゃうんだべ……! アルデバラン: ほ、本当にやるのねっ、ポルが逃げないなら、私だって……!うぁ、あぁっ…… (この場に揃った星の革命軍は、いずれも経験豊富な歴戦の猛者と言って差し支えない。) (グリム家を相手に続けてきた革命闘争はもちろんのこと、 かつてのμ世界消失にあたっても、生き延びるのは容易なことではなかった。) (そんな彼女達でも、目の前に迫る避けようのない 『死の恐怖』には抗いきれるものではなかった。 首謀者のライブラ、そして辛うじてハマルくらいだろうか。) アルゲディ: はぁっ、はぁっ、はぁっ……サダル……スウド……! (悲鳴こそあげないものの、過呼吸寸前に陥ったアルゲディは、 隣席のサダルスウドに視線を送る。) アルゲディ: こわい……こわいよぉ……わたくし、死にたくないのぉ……っ (それはかつて過酷な経験をした際に生まれた、アルゲディの幼い副人格だった。) サダルスウド: お嬢様……っ。私は覚えています……どんなに弱気を見せても、 この恐怖に打ち勝ち、立派に貴族の務めを果たしたお姿を……っ サダルスウド: どうか……またお会いできますよう……。 そのときは……美しい笑顔を見せてくださいませ……! サダルスウド: そのときまで、しばらくお別……れぇ……っ、ぐ、ふぅ……っ…… (トゥルム・ランツェの先端がサダルスウドの腹部を捉える。 容赦なく、しかしじわじわとゆっくり、それは彼女の身体に沈んでいく。) (ライブラの事前説明では死なないとあった。 トゥルム・ランツェが纏うもの、そして術式内で循環するもの、 それぞれのイマジュマイトが満ちていくことで傷を負ってもすぐに回復する、と。) アルゲディ: サダルスウドぉ……っ! (いっそ一息に絶命した方が楽なのかもしれない。生きながらにして じわじわと腹を抉られる痛みと不快感に苛まれ、サダルスウドの顔が歪む。) アルゲディ: いやああああぁぁぁぁっ!! 300023 - 関係値 ライブラ: 今回の事態は、グランド・リヴィジョンの発展的解消よ。失敗ではないわ (グランド・リヴィジョンが解消され、アルゲディたちは封印から解き放たれた。 もちろん誰ひとりとして腹に穴は開いていない。) アルゲディ: ……よかったわ、サダルスウド。無事でいてくれて サダルスウド: お嬢様こそご健勝で何よりです (まだ復活後まもなくの、落ち着かない状況の中で、 アルゲディは真っ先にサダルスウドに声をかけた。) ライブラ: 次の段階、つまり『深淵の闇』計画を実行に移すための準備段階よ。 これには、あなたたち全員の力が必要になる サマカ: で、でも、それまでの間に、消えゆく物語のみんなは、 消えちまう人も出てくるんじゃ…… ライブラ: 世界を作り変える前の尊い犠牲よ。 それを減らすのは、みんながどれだけ迅速に進められるか (尊い犠牲――以前なら、率先して自分がその犠牲とやらになるべきだ、 とアルゲディは考えただろう。) (今でも、他人に犠牲を強いるより自分が、という意識はある。 ただ、誰を犠牲にするか以前のことが気にかかった。 すなわちその犠牲は必要なのか?――) アルゲディ: (尊い犠牲、という表現にはまるで魔力が備わっているようですわ。 犠牲が出るデメリットは認めつつも、それを高尚なものとして扱い、 否定を封じるような空気を生み出す……) アルゲディ: (……なんだか、ずるい気がします) (アルゲディは手を挙げて、彼女のもっとも聞きたいことを口にした。) アルゲディ: この計画で、またわたくし達は封印されるのでしょうか? (貴族として、民のために尽くすことを厭わなかった彼女の、 封印解放後に最初に問いただしたのは、これだった。それは自身の恐怖ではない。) アルゲディ: (もう……サダルスウドをあんな目に遭わせたくはない……) (どれほど説得しても、彼女は曲げない。 それはグランド・リヴィジョン前でよく分かっている。 ならば、選択の余地がないように、可能性を排除するしかない。) アルゲディ: (そうですわ……わたくしはやっと気づきましたのよ…… わたくしは、貴族である前に、ひとりのただのアルゲディ) アルゲディ: (大切な友人を失いたくない。それは貴族の誇りよりも、 優先すべき大切なことだと、魂が訴えているのですわ) サダルスウド: ……お嬢様? アルゲディ: (そう……サダルスウドはわたくしにとって、侍従などではありませんの。 誰よりもわたくしを知る、唯一無二の友人――) (そこまで語り終えると、アルゲディは手にしたティーカップを傾ける。 俺は彼女の想いに触れ、深く頷いた。) 人間さん: アルゲディは間違っていないし、正しい選択をしたと思う アルゲディ: そうなのでしょうか? 人間さん: この場合の正しいっていうのは、正義とか倫理の話じゃない。 たぶん、もう一度同じことが起きてサダルスウドを失ってしまったら アルゲディの心は壊れてしまうんじゃないか? アルゲディ: ……確かに、そうかもしれませんわ アルゲディ: でも、怖いのです (アルゲディは目を伏せる。) アルゲディ: わたくしは迷いました。ライブラ様から離反する決断をしたとき、 彼女を連れて行くべきかどうか アルゲディ: わたくしなりに考えはあります。でも客観的には裏切り者。 そんな道に彼女を連れて行くのが怖かったのですわ (グランド・リヴィジョンの負い目があればこそ、だろう。 アルゲディは自分の決断が厳しいものであるほど、サダルスウドの追従を躊躇うはずだ。) アルゲディ: でも、こうして戦うことになってしまって……それも怖いのです。 サダルスウドを、様々な意味で失うかもしれませんもの (言葉を濁すアルゲディだが、戦いである以上はどちらかが倒れ、 命を落とす可能性も否定できない。) (或いは、全力の対決によりかつての関係や、信頼といったものも 失われてしまうかもしれない。彼女のいう様々に含まれるのは、こうしたことだろう。) アルゲディ: わたくし……自分がまだ信じられません。 サダルスウドを相手に、本気で戦えるのかどうか アルゲディ: いえ、戦えたとしてもスタートラインに立っただけで、 彼女の実力は本物ですから、勝てるかどうかも分かりませんが 人間さん: ……たぶん、アルゲディはまだサダルスウドに伝えるべき言葉を 抱えたままなんじゃないか 人間さん: それを伝えるまでは、倒れちゃいけない。 サダルスウドへの思いを支えにすれば、きっと向かい合える アルゲディ: 伝えるべき……言葉…… アルゲディ: そう、ですわね。ええ、分かります アルゲディ: でも人間さん様……?また弱いわたくしが顔を見せてしまうかもしれませんの。 だから……もしお時間が許すなら、その…… 人間さん: ああ。ここでの戦いが終わったら、すぐにでも直轄領に向かう。 アルゲディの戦いを見届ける アルゲディ: はいっ……! (安堵の笑みを浮かべるアルゲディ。 俺はその表情を見つめながら、ふと疑問を抱いていた。) 人間さん: (盲目的に追従するサダルスウドが、誘われなかったとはいえ、 アルゲディの離反についてこなかったのは……何故なんだ……?) 300024 - 進行する侵蝕 テュポーン: ガァ?テュポ、おやつほしい (人間さんとしばらく旅をしていたテュポーンだったが、 連戦で傷ついた身体を癒すため、ガイアの元へと戻っていた。) (マイペースで、戦うことにも積極的な彼女だが、 やはり非日常が続くことのストレスと無縁ではいられない。) (しかし――) ガイア: さっき食べたところではないですか。 というか、朝からずっとおやつを食べてはごろごろ、 ごろごろしては食べ……さすがに不健康ですよ テュポーン: テュポ、なにもしない。ごろごろがいい ガイア: 帰ってきたと思ったらずっとこの調子……さすがに心配になりますね (一度緩んだタガは、緩みっぱなしになってしまい、 すっかり自宅でダラダラするだけの生活になってしまっていた。 人間界でいうところのニート、μニートの爆誕である。) テュポーン: ごろんごろん ゼウス: こんにちは!ゼウスです! ガイア: あら、ゼウス……どうしたんです、急に ゼウス: ちょっと相談があったんですが……テュポーンは? ガイア: そこに落ちてますよ テュポーン: ごろんごろん ゼウス: 何してるんですか? テュポーン: なにも。なにもしない、をしてる ゼウス: ええ…… ガイア: 戻って来てからずっとこんな感じなんです。 最初は疲れているだろうし、傷だらけでもあったので、 かわいそうになって私も甘やかしすぎたところはあるのですが ガイア: それより相談というのは? ゼウス: オトギノクニとの融合が、この世界でも始まってるんです。 かなり不安定になっていて、アディス周辺はとても危険で ガイア: やはりそうなのですね。なんとなく、良くない気配は感じていたのですが ゼウス: わたしは最強なんですけど、 身体はひとつしかないのでさすがに誰かに手伝ってもらいたくて ガイア: あら。でもあなたには―― ヘラ: ねぇー!ゼウス、まだー?ちょっと声かけてくるって言ってたのに。 もう『ちょっと』は経ったと思うー! ハデス: やめなさい、ヘラ。いま話をしてるところでしょう ゼウス: もちろん仲間のふたりは一緒ですよ!でも範囲が広すぎて追いつかないんです ガイア: なるほど。そういうことでしたら、テュポーン。あなたの出番ですよ テュポーン: ごろんごろん ガイア: これ以上うちにいても、おやつは出ませんよ テュポーン: ……うう テュポーン: しかたない。テュポ、がんばる ゼウス: 心強いです!ではさっそく行きましょう! テュポーン: ゼウス、すごいやる気 ヘラ: あんたも来れば分かるって。すごい量の魔物なんだから (ゼウス、ヘラ、ハデスに連れ出されたテュポーンは、 アディスの惨状を目の当たりにして、さすがに言葉を失った。) (町の至るところに魔物が溢れかえっている。 見れば、住民の避難は既に完了しているようだ。) タルタロス: ……来た ゼウス: お待たせしました!わたしが来ればもう安心!全部なぎ倒していきます! ハデス: ゼウスとテュポーンであの正面の群れを散らしてちょうだい。 私とタルタロスで、崩れた群れを叩くわ。ヘラとエロースで後方支援を ヘラ: はぁーい テュポーン: むれ?あれが? (当初、範囲が広いというのにアディスに集中しているではないか、 と思ったテュポーンだったが、群れの規模に目を丸くする。) (あまりに数が多いので、群れの端から端まででも、かなりの広さを魔物が陣取っていた。) ゼウス: いきますよ、テュポーン! テュポーン: はぁい (彼女なりに覚悟を決め、ゼウスと共に突撃する。) ゼウス: やあああぁぁぁっ! テュポーン: えええええいっ! (果敢に飛び込むふたり。そこでテュポーンは――) テュポーン: ? (魔物の群れの中心に佇む人影を見つけた。) (その頃、コミッティ本部――) フアナ: 周辺住民の避難は順調に進んでいるよ。いまのところ人的被害もない。ただ…… フェルディナ: 復旧の見通しは立たない、というところよね (この周辺一帯では、急速なイマジュマイト量の欠乏が起きていた。 都市機能を維持できず、危険と判断して住民の避難を開始。 事態の原因は明らかなのだが……。) カロラ: 例の魔法陣ってやつは見つかったんだろ? フアナ: うん……でもとんでもなく強い相手が、あたし達を寄せ付けない。 たぶん十二神官のひとりだと思う フェルディナ: このままじゃ……土地が完全に枯れてしまうわ。 私は姉さんたちから託されている立場なのに……!! エミリー: フェルディナ! ティンカー・ベル: 相変わらずしょぼくれた顔してんね フェルディナ: エミリー!? フアナ: それにティンカも……! エミリー: エミリー達が来たしもう大丈夫だよぅ。みんなでその魔法陣、止めにいかなくちゃ 300025 - 適切な戦い方 (再びコミッティ直轄領に向けて出発したアルゲディを見送り、 俺達は迎撃準備を進めていた。) シンデレラ: 私たちは町への被害を最小限に抑えることを第一に動くわ。 ガラスの騎士団に、王都を中心とした対空防衛装備を配置、 私とヴェルはその支援に回る ヴェルメリオ: ……人間さんは、例の栞を挿すんだよね 人間さん: 既に、魔法の国だけじゃなく各地で、魔法陣は土地に根を張り始めているはずだ。 なんとしても止めなくてはいけない ジューチャオ: どうやったら止まるの? ヴィジュー: 詳しい人に話を聞いたんだよね? 人間さん: ああ……エイヴォン研究所に連絡をとった。 魔法陣と土地の癒着を止めるには、魔法陣の破壊が最も早い 人間さん: そのためには魔法陣の核、『星のしずく』を破壊する必要がある ヴィジュー: 問題は、それを見つけられるかどうか、だよね シンデレラ: そうね……当然、妨害はしてくるでしょうし 人間さん: 一応、ジューチャオとアンタレスと一緒に魔法陣を確認してきた。 とは言っても外から眺めただけだが アンタレス: ヴェルト・レダクツィオンは、魔法陣ごとに管理者が設定されてるって話したけど…… 干渉するにはその人の許可が必要なんだ ヴェルメリオ: ……ルクバトがここで許可するわけない。ということは、力ずく? (必然、そういうことになるだろう。 とはいえ、ヴェルメリオにしてはずいぶん物騒な表現だ。) (……いや、この子は時々こういうところあるな。) アンタレス: あと、姉さんがやりそうなのは、この城の周りをぶっ壊すこと ジューチャオ: ええー!?過激だなぁ アンタレス: 土地の精霊、ノワゼッタが出てきたのを見てるからね。 たぶん土地そのものにダメージを与えて、その守りを弱めようとすると思うんだ アンタレス: あ、でも……姉さんは違う方法で弱めてくるかもだけど。 わたしだったら、ぶっ壊すかなって思っただけで ジューチャオ: 過激なのはアンタレスだった! シンデレラ: 私達の守りもカギになるってことね…… (森の中で、オーディンとトールは焚き火を見つめたまま、互いに無言だった。) オーディン: …… トール: …… (トールはオーディンをちらりと見やる。彼女の表情は沈鬱そのもの。) トール: (やっぱり……自分が力不足だって落ち込んでるわよね) トール: (あのアシェンプテルとかいうやつ、かなりの力を持ってた。 あたしどころか、オーディンでさえ手も足も出ない……) トール: (オーディンが本来の力を出せていたら、もっと……) オーディン: このままじゃわたし (ふいにオーディンが口を開き、トールははっと意識を戻す。) オーディン: 人間さんの役に立てないだけじゃなくて、本当に大切な人も…… 信民や、それにトールたちのことも、守れないと思います オーディン: 先生のところでM字開脚もしましたが、 わたしが不甲斐ないせいで効果はあまり出ていないようですし…… トール: 違うのよ、あれは―― オーディン: え? トール: あ……ううん トール: (……もう、こんなつらそうなオーディンを見てられない。 たとえあたしが、どうにかなっても……) (あのとき、パラケルススは言った。デメリットはあるけど、効果は期待できる……って。) トール: 有料ってどういうことよ! パラケルスス: そりゃあ実費はいただくよ。言っておくけど儲けはないからね トール: あたしたち、オトギノクニの世界のお金なんて持ってないのに パラケルスス: ツケにしておこうか トール: まあいいわ。お金でオーディンが強くなって、自信を取り戻せるなら安いものよ パラケルスス: それだけじゃないよ トール: まだ何か取る気!? パラケルスス: 君自身の力だ トール: ……? パラケルスス: エルマイトとμの力、似て非なるものを掛け合わせることで反作用を生み、 エネルギーを増幅させる―― パラケルスス: おそらくこれがイマジュマイト・アディションの原理だ トール: それって、人間さんの周りの子達が、他のμ世界に行って強くなった話のこと? パラケルスス: そう。でも僕が作ったこの『レゾナンス・フォーク』は……同系統、 つまり同じμの力を共鳴させることで増幅させ、 それを取り込むことで強化できるという仮説に則っている トール: よく分かんないけど、どうなるのよ パラケルスス: 1+1を2ではなく、3にも4にもできる可能性がある。 ただし、それは……片方だけがすべてを掌握することになる パラケルスス: つまり、君は力を失うことになる トール: ……!? トール: (死ぬわけじゃない、とは言っていた…… 力を失って、あたし自身が本当の役立たずになるかもしれない) トール: (あたしは覚悟できてる。でも……オーディンにそのまま伝えたら絶対に拒否するわ。 タイミングを見て切り出さないと……) オーディン: トール? トール: ううん。今日はもう寝ましょ 300026 - 黒い炎 パラケルスス: さて、いい感じに仕上がったね シェイクスピア: 先生……それは例の『レゾナンス・フォーク』ですか? パラケルスス: うん。さすがに一つじゃ不安だし、もうちょっと作ろうと思って シェイクスピア: ふふっ……親友のために自分の力を犠牲にする……。まさに悲劇的な展開……! シェイクスピア: さすが先生、悲劇に必要な要素を理解されてらっしゃるのね…… パラケルスス: 別に、君の趣味を充実させるために作ったんじゃないけどね (魔物の群れの中で見つけた人影に、テュポーンは慌てて近づく。) テュポーン: あぶないよ。にげて ???: 逃げる……? テュポーン: うん。まもの、いっぱいだから ???: ああ……ご心配なく。これは私が用意した魔物です テュポーン: !? (言うなり、その女は黒い魔力を生成すると、テュポーンに容赦なくぶつけた。) (--) テュポーン: うあああぁぁっ!? ゼウス: テュポーンさん!? (吹き飛ばされたテュポーンに駆け寄るゼウス。 彼女の無事を確認すると、さっと顔を上げて現れた女を睨む。) ゼウス: あなたは何者ですか!? ゲーテ: 私……?私は、ゲーテ。 かつてインペリウム・コミッティ、第12号委員だった者です ゼウス: コミッ……ティ……?それって確か人間さんの……? ヘラ: ゼウスっ!大丈夫!? ゼウス: わたしなら平気です。テュポーンも、大きな怪我はないようです テュポーン: びっくりした ゼウス: コミッティの人なら、人間さんの仲間でしょう!? どうしてこんなことを! ゲーテ: 仲間?誤解しているようですね。 あの男はコミッティを解散に追い込み、内部から瓦解させ、私の安寧を奪った張本人 ゲーテ: 仲間どころか、仇敵と言っていいでしょう ゼウス: ……っ! ヘラ: こいつ、ヤバいんじゃない!? ゼウス: そうですね……どうやら誤解とかじゃなくて、本当に人間さんの…… つまり、わたしたちの敵、と言ってよさそうです ゲーテ: あまり敵などと決めつけるものではありませんよ。 ただ、目的のためにやむを得ず淡々と―― ゲーテ: 排除するのみです (ゲーテの目が鋭くなったかと思うと、黒い炎が巻き起こり、ゼウス達に降りかかる。) ゼウス: くっ……! テュポーン: あぶないっ (すんでのところでかわすゼウス達だが、炎は意思を持った生き物のように追跡する。) テュポーン: あっち! ゼウス: ……?妙ですね ヘラ: どうしたの、ゼウス。何か気づいた? ゼウス: 今の魔法……あのゲーテとかいう人、本人が生み出したんでしょうか? 何か、別の場所から出てきたような ゲーテ: はあ……μとやらも、この程度ですか。どうしましょうか、メフィスト メフィストフェレス: 構うことはない。排除すればいい ゲーテ: 後々問題になったりはしませんか? メフィストフェレス: μは生け捕りにしろ、という指示は出ていないだろう。 むしろここで叩いておいた方が有利に事が運ぶ ゲーテ: そうですね。では……お願いしますよ、メフィスト (再び黒い炎の濁流がゼウスたちを襲う。) ゼウス: もしかしてこれ、あの隣の犬から生み出されているんじゃ……! (--) テュポーン: うわああぁっ!! (続々と届けられる報告に、創造の聖母はひとりほくそ笑んでいたが、 ついに声を上げて哄笑する。) 創造の聖母: ふふ……あはっ、あははははっ……! 創造の聖母: ライブラは油断ならない相手ですが…… これで完全に、主導権は私が握ることになりますね…… 創造の聖母: 理想だけを口にしていれば人がついてくるなど幻想です。 実利を無視した結果ですよ、愚かな 創造の聖母: これで私を脅かす勢力は間違いなく半減する。 ……引き続き監視すると共に、『正義の声』は届け続けるのですよ (遠く離れた相手に指示を送る創造の聖母。 その反応は窺い知れないが、聖母の満足げな笑みからすれば、 相手が素直に従っていることは間違いないだろう。) 創造の聖母: この状況を維持しつつオトギノクニと人間界との接続さえ実現すれば、 私の復讐もほぼ成し遂げられ、支配体制も盤石です…… 創造の聖母: 人間界から流入するイマジュマイトが絶大であることは、 この私自身が身をもって知っていますからね…… ラームス世界を完全に支配できたのもそのおかげ 創造の聖母: すべての世界を……私が支配する日はすぐそこです……! 300027 - 自分の居場所 (迎撃準備を進める中での、とある夜。 昼夜を問わず警戒を続ける騎士団が巡回する中、 ぽつんとアンタレスが窓の外を見上げていた。) 人間さん: どうした アンタレス: あ……人間さん…… 人間さん: 元気がないじゃないか。まだ短い付き合いだが、らしくない気がするぞ アンタレス: うん……怖くなってきてるんだ。また、自分が暴走してしまうんじゃないかって…… 人間さん: いつもルクバトに止めてもらってたんだもんな アンタレス: そう。その姉さんと戦うってなったら…… もし暴走したときどうしようもなくなっちゃう アンタレス: 姉さんのいないところで戦った経験もないんだ。 だからすごく不安で、潰れそうで 人間さん: どうして暴走するんだ? アンタレス: ええ?そんなのわかんないよ 人間さん: いや、よく考えるべきだ。必ず理由があるんだよ。 じゃなきゃ、今ここで暴走してもおかしくないことになる アンタレス: 今したら頭おかしいじゃん!戦ってるときだけだよ アンタレス: あ…… アンタレス: つまり、戦いの中に原因がある……? 人間さん: そういうことだ。意外と地頭がいいみたいだな アンタレス: 意外とってなんだよ!失礼だな! アンタレス: ……でも、そっか。原因か 人間さん: おそらくだけど、暴走状態というのは ディマイトが過剰に出てしまってることに近いと思う 人間さん: だとしたら、俺のエルマイトである程度は抑制できるはずだ。 でも……それは本質じゃない 人間さん: アンタレスが、自分自身に向き合ってみないとな アンタレス: ……わたし、カッとなっちゃうんだよね アンタレス: 感情が抑えらんなくなっちゃう。それで暴走しちゃうんだよ 人間さん: もう少し掘り下げてみようか。なんでカッとなる?毎回じゃないんだろ? アンタレス: ええー?そんなのいろいろだよ。嫌な戦い方されたり、逃げ回られてイライラしたり アンタレス: あと、こっちが反撃する暇もないくらい攻撃されるとか 人間さん: 戦い方か……ルクバトはそれを熟知してるだろうから、 仕掛けてくるのは予想できるな…… 人間さん: でも、それで暴走するほど怒りを感じるのか アンタレス: わたしには、戦い方しかないから 人間さん: ん……? アンタレス: わたし、ぶっちゃけ頭悪いでしょ?さっき地頭いいかもとか言ってくれたけど アンタレス: 得意なこと、他になーんもないんだ。 だから姉さんの役に立てるのはこれくらいだし アンタレス: だから、それがうまくいかないと……なんか…… わたしが要らない存在みたいになっちゃう気がするし…… 人間さん: (なるほどな……自己肯定感の拠り所になっているのか……) アンタレス: あはは、なんかこんなこと初めて言ったかも。 ううん、言うだけじゃなくて考えたこともなかった 人間さん: それだけでも一歩前進だぞ。 言葉にするだけで思考っていうのは整理されていくもんだから アンタレス: でも……別にこんなの、解決しようがないよね 人間さん: 分かりやすい解決はできないな。それはアンタレスの、心の問題だから アンタレス: だよね。ごめん、変なことに付き合わせて―― 人間さん: でも、これは言っておく。俺達はアンタレスを信じてる。 誰に何を言われようと、どんな戦いだろうとだ アンタレス: ……! 人間さん: 信じるっていうか、頼りにしている、かな。 そうじゃなきゃ、ルクバトを全部任せたりできない アンタレス: 人間さん…… 人間さん: 出会って間もないけど、俺にとってアンタレスは……信じるに足る存在だよ アンタレス: う、うん……! (そのときだった。けたたましい鐘の音が鳴らされる。) 人間さん: ……来たか アンタレス: うん……! (前回のルクバトによる襲撃で破壊されたレセプションホール周辺の一画は、 既にシンデレラの指示で解体され、魔法陣だけが更地に残されていた。) (遮蔽物もなく、吹き抜ける夜風が俺達の髪をなびかせていく。) アンタレス: きたね、姉さん ルクバト: 愚かな子ですねぇ。いえ、アンタレスというよりも…… この子に全ベットしている、あなたたちが一番愚かなのですが……? (こちらに侮蔑的な視線を送るルクバト。) ルクバト: まあ、いいでしょう ルクバト: それより、あくまでも私と戦うという姿勢には変わりないのですね? アンタレス: うん……わたしは守りたいものがあるんだ ルクバト: そんなものがあなたに?初耳ですよ (アンタレスとルクバトが睨み合う。その後ろで俺達は最終確認をしていた。) シンデレラ: アンタレスがルクバトを抑え込んでいる間に、 人間さんは魔法陣に仕込まれた『星のしずく』を探し出して 人間さん: ああ。そこで何とか干渉できないか試してみる……だな? ヴィジュー: 人間さんの護衛は私とジューチャオに任せて ジューチャオ: うん!人間さんのことは大好きだから、いつでも守るよ! ヴェルメリオ: ……それじゃ、ミッションスタートだね 300028 - 相まみえる姉妹 (深い森の中、彼女は報せを受けて思わず口元を緩めた。 いよいよ十二神官の対決が始まる、という第一報だ。) 創造の聖母: そうですか……ふふっ……。彼女たちには何の恨みもありませんが、 やはり……狙い通りに事が進むのは気持ちのいいものですね 創造の聖母: あなたは引き続き監視と報告を続けなさい。くれぐれも……慎重に (相手の連絡が途絶えたところで、 いよいよ創造の聖母は笑いがこらえきれない様子で、声を漏らした。) 創造の聖母: さあ……存分につぶし合ってください……! デュプリ: 神官長……意外とみんなのこと気になるんスね レグルス: どういう意味です デュプリ: ライブラ以外に興味ないのかと思ってたんで レグルス: ……そのライブラにとって肝いりの計画です。 その成否を分ける戦いに注目するのは当然でしょう デュプリ: ああ、そういう デュプリ: でも……それだけじゃないッスよね? レグルス: ワタシを見透かそうとするのはやめなさい デュプリ: 見透かそうとなんてしてないッスよ。自然にわかっちゃうんス。 だって神官長、すぐ顔に出るから レグルス: …… デュプリ: 褒めてるんスよ? レグルス: そんなわけがないでしょう デュプリ: 神官長のことだから、ルクバトさんが損得だけで計画に参加してるのが ちょっと許せなかったりするんじゃないスか? だめですよ、ちゃんと応援しないと レグルス: 許せないわけではありません。 ただ、そういう人がいる事実に……少々驚いただけです レグルス: ワタシは、ちゃんと自分の役割をまっとうします デュプリ: 役割とかあったんでしたっけ? なんか勝手にルクバトさんが魔法の国に向かって行っちゃって、 ボクらそれを追いかけてるだけッスよね? レグルス: 魔法陣の防衛という重要な役割がありますから デュプリ: だってルクバトさんが管理者になってるんで、魔法陣は安泰なんじゃないスか? レグルス: そのルクバトが敗北したら? デュプリ: 仲間の勝利を信じてあげましょうよ レグルス: 或いは……本当に管理者が健在なら、魔法陣に手出しできないのか。 魔法に絶対はありませんから デュプリ: ライブラの作った術式を疑ってるんですか?珍しいッスね レグルス: レシピは疑っていませんよ。でもライブラ自ら魔法陣を張ったわけではありません デュプリ: ……ペローのことを疑ってる、ってわけッスね レグルス: 彼女はそもそも作家ですし、術式にとても詳しいというわけではありませんからね デュプリ: 万一に備えるわけッスか。まあ慎重派の神官長らしいけど レグルス: もちろん……何も起きないに越したことはありませんが…… キャロル: きゃはははっ、そろそろ魔法の国で戦いが始まる頃なんじゃない? あたしも血が流れるところ、見に行きたかったなー♪ ペロー: ……そうですね キャロル: あれ、どうしたの?なんか元気ないみたい ペロー: 十二神官が対立し、戦うことになるなど……私もさすがに予想していませんでした キャロル: まあね。勝手に仲良しだと思い込んでたところあるよね ペロー: 星の革命軍が活動していた時期は、彼女たちはレジスタンス…… その内情が明るみに出ることはあまりありませんでしたからね ペロー: 私もライブラと通じていたのみで、個別の事情までは把握していませんでしたし…… ペロー: ただ、少なくともこの事態をライブラは望んでいないでしょう。 彼女は、メンバーの離反など欠片も想定していなかった キャロル: いいんじゃない?別に十二人いなくたって、計画は進められるんだし ペロー: 私に止めることもできませんし、そう割り切るしかありませんね。 ですが、世に広く知られるのは避けたいところです ペロー: オトギノクニを救った天空神殿という筋書きは、まだ使い道がある…… ここで仲間割れなどしていると知られれば、 レジスタンスの内紛と捉えられ、一気に世俗的になってしまう キャロル: ま、そんなに長い戦いにはならないでしょ (俺は、姉と相まみえるアンタレスを気遣い視線を送る。 その表情には多少の緊張はあったものの、恐れや迷い、 あるいは気負いといったものは見られなかった。) アンタレス: 姉ちゃん。やっぱり戦うんだね ルクバト: それはこっちの台詞です。やめるなら、今のうちですよ? アンタレス: ううん……わたしは、戦う! 300029 - 力比べ (人間さんたちが見守る中、ついに姉妹の対決が始まった。) アンタレス: はあああぁぁっ!! (口火を切ったのはやはりアンタレスだった。 彼女は近接戦を得意とするだけに、まずは間合いを詰める。) (それを魔法の障壁を使いながらひらりとかわすルクバト。 魔法で飛べる以上、この距離感をいかに使うかが、双方にとって戦いの焦点だろう。) ルクバト: 相変わらずまっすぐに突っ込んで来るんですねぇ アンタレス: わたしには、この戦い方しかないから! ルクバト: その通り。よく自分を知っていますね。そのことは褒めてあげますが…… (ルクバトが放った魔力の光が、弾丸のように細く、そして素早く降り注ぐ。) ルクバト: つまりそれは、あなたに勝機が無いことと同義…… そこまでは理解できませんでしたか? アンタレス: やってみなきゃわかんないでしょっ!! (弾丸を器用にかわすアンタレス。かいくぐり、そしてルクバトに迫る。) アンタレス: はあっ!! ルクバト: させませんよ? (片手を上げるルクバト。頭上に瞬時に巨大な魔力の塊が生まれたかと思うと、 彼女が手を振り下ろすと同時にアンタレスへと飛来する。) アンタレス: なんのぉおおおおぉぉぉっ!! (間合いが近く、塊が大きい。これをかわすだけの余裕はないとみてか、 アンタレスは拳を魔力に向けて突き出した。) アンタレス: むうううぅぅぅぅぅうううううぅぅっ!! (アンタレスの拳と、魔力の塊がせめぎあう。 彼女の拳に巻き付けられた布も魔力を帯びているので、 完全な生身で対抗しているわけではないのだが……。) ヴェルメリオ: ……すごいね。あれを、げんこつひとつで弾き飛ばそうとするなんて ジューチャオ: きっとすごく骨が固いんだね ヴィジュー: そういうことじゃないと思うよ ルクバト: へえ……さすがアンタレスね。でも、これはどう? (巨大な塊と五分の展開をみせるアンタレスに向けて、 ルクバトはもうひとつ、魔力の塊を追加する。) (二つの塊は繋がり、そしてルクバトの手のひらにも繋がった。 魔力を介してはいるが、ルクバトも拳で対抗しているかのような構図だ。) ルクバト: 私の魔力はこんなものではありませんよ……! アンタレス: こっちだって……まだまだ負けない……っ!! (片手で対抗していたアンタレスは、左手もかざし押し返す。一進一退の攻防が続く。 これに負けた方が、魔力に飲み込まれる――という様相だった。) アンタレス: (大丈夫……わたしは落ち着いてる……!) アンタレス: (ここで熱くなったらだめなんだ……!) 人間さん: 俺達はアンタレスを信じてる。誰に何を言われようと、どんな戦いだろうとだ 人間さん: 信じるっていうか、頼りにしている、かな 人間さん: 出会って間もないけど、俺にとってアンタレスは……信じるに足る存在だよ アンタレス: わたしは……人間さんと、みんなと、戦ってる……! ひとりじゃないんだから……っ! アンタレス: あああああああぁぁぁぁっ!! (ひときわ強く気合いを入れ直すアンタレス。その瞬間、魔力の塊が霧散した。) ルクバト: やりますねぇ…… アンタレス: はあっ、はあっ、まだまだこれから! アンタレス: (人間さん……おまえの言葉が、わたしに勇気をくれたよ……) (人間さんのことを思うと同時に、ふとアンタレスの脳裏に 並行して進んでいるはずの作戦のことがよぎった。) アンタレス: (人間さんたちは……無事に魔法陣の核を見つけられたのかな。 姉さんの意識はかなり逸らせてると思うけど……) (あれだけの高出力の魔法をコントロールしていたら、他のことに集中はできないだろう。 魔法陣の構造は不明だが、何らかの一助になっていればとアンタレスは祈る。) (そこで、はたと気づいた。) アンタレス: (あれ……?) (どうして気が付いたのか?それは誰にも分からない。 根拠などなく、ただの直感だった。) アンタレス: (姉さんが……こんなにも力押しで戦ってる……?こんなの、まるでわたしみたい……) アンタレス: (いつもなら……後ろから、相手が嫌がるところに ピンポイントで、少しの魔力で的確にダメージを……) アンタレス: (だって姉さんは、すぐ魔力がもったいないとか言って――) (それは、時間にすればほんの数秒だっただろう。 アンタレスはハッとして反転し、全速力で人間さんたちの元へと向かう。) (彼らは魔法陣の外縁に差し掛かろうというところだった。) アンタレス: 人間さん!!罠だ!! 300030 - 妹の個性 (戦いが始まってすぐ、一気に間合いを詰める妹を眺めながら ルクバトは内心ほくそ笑んでいた。) ルクバト: (やはり……きましたねぇ……) (まずは牽制にと、魔法の弾丸をいくつか放つ。 アンタレスはそれを鮮やかにかいくぐり、こちらに迫る。) ルクバト: (さて……ここからが本番ですよ……私と力比べをしましょうか、アンタレス) (巨大な魔力塊を発生させると、それを無造作にアンタレスへと投げつける。 間合い、そして大きさからして回避は不可能。) (アンタレスはそれを拳で受け止めた。――ルクバトの予想通りに。) ルクバト: (分かりやすくて、いい子ですねぇ) ルクバト: (……アンタレスと正面からやり合うのはリスクが高すぎます。 勝てないとまでは思いませんが、この戦いでプライドなど邪魔なだけ。 確実に勝利を得ることが優先です……) ルクバト: (そのためには……アンタレスを熱くさせるのが近道ですからね。 私を相手に怒りを露わにすることはないでしょうが……) ルクバト: 私の魔力はこんなものではありませんよ……! アンタレス: こっちだって……まだまだ負けない……っ!! (片手で対抗していたアンタレスは、左手もかざし押し返す。 一進一退の攻防が続く。その状況を見つめながら、ルクバトは内心でほくそ笑む。) ルクバト: (こういう力で押し合うような展開になれば、 負けず嫌いなアンタレスは必ずムキになって対抗すると思っていました。 それも、周りが目に入らないほど夢中になって――) (ルクバトは魔法をコントロールしながら、 視界の端で魔法陣に接近を試みようとする人間さんを捉えていた。) ルクバト: (前回の対決で撤退するときに、既に魔法陣に罠を仕掛けた…… あのちょこまか動いている別働隊をそれで叩けば、 アンタレスは更に熱くなり、魔法陣は安泰。勝負ありです――) アンタレス: 人間さん!!罠だ!! (アンタレスの叫びが響く。) (刹那、ルクバトの視界から別働隊が消え失せた。 次いで爆音とともに舞い上がる粉塵。) ルクバト: ……っ!? (目を凝らすルクバトの視線の先には、 人間さんたちを庇って魔法陣の外縁に倒れ込んだアンタレスの姿があった。 彼女はゆっくりと立ち上がり、不敵な笑みをルクバトに向ける。) アンタレス: 残念だったね、姉さん。そうはいかないよ ルクバト: まさか……私の手の内を読んでいたとでも……? (アンタレスの身体能力、とりわけ反射速度を考えれば、 常人では考えられないスピードで察知し、 カバーに入ることもあながち不可能ではないかもしれない。) (ルクバトは罠が不発だと悟ったとき、そうした可能性も考えたが アンタレスの余裕ある表情から、違う筋書きなのだと察する。) アンタレス: いつまでも姉さんの足手まといではいられないから。 少しはわたしだってやるんだってところ、見せないとね ルクバト: 成長したんですねぇ……? (思わず目を細めるルクバト。) (こうして立場を異にして戦ってはいても、アンタレスは妹であることに変わりはない。 彼女が自分の庇護なしに独り立ちしている姿に、思わず感じ入る。) ルクバト: とはいえ――勝負は勝負。この計画を遂行しなくては私の目的は達せられません。 覚悟してもらいましょう……! アンタレス: 望むところだーっ! (勢いづいて拳を振り上げるアンタレス。そのままの勢いで距離を詰めてくる。 ルクバトは彼女に向けて手のひらを広げ、魔法障壁を発動する。) アンタレス: いまのわたしなら、これくらい……ぶち破ってみせる! ルクバト: 確かにそれだけのパワーがあるでしょう。並の魔法障壁なら、ですが アンタレス: くうっ……!さすが姉さんの盾……っ、簡単じゃない……! アンタレス: でもっ、ここは諦めずに―― アンタレス: ――っ!?さっきより固くなってない!? ルクバト: 黒孔魔法盾<カー・メトリック>――その盾を破壊することは絶対にできませんよ。 さあ、ではこちらの番です (ルクバトが合図すると同時に、 突如として血に濡れた鉤爪が具現化し、アンタレスを襲う。) アンタレス: うああああぁぁぁっ!! ルクバト: あなたが成長したことはよく分かりました。 その上で、私に勝つことはできません。これは実力ではなく、相性の問題なのです アンタレス: ……っ (拳で戦うアンタレスにとって、魔法で長短の攻撃を使いこなすルクバトは、 相棒にするには最適だが、対決するとなると相性が悪い。 しかし、それは最初から織り込み済みだった。) アンタレス: そんなこと、分かってる……わたしは、それでも! 300031 - 考えるよりも、信じて (アンタレスは不利な戦いを強いられながらも膠着状態に持ち込んでいた。 相性の問題を前提にすれば、善戦していると言っていい。 だが、当然ながらアンタレスはそれで満足はしない。) アンタレス: (わたしが勝たなきゃ、意味がない……! 姉さんを倒して、管理者から外れるようにしないと、魔法陣は止まらないんだから) アンタレス: (絶対に、負けない!!) (しかし、この高い意欲が徐々にアンタレスの意識を侵食する。) (カッとなった感情的なものとは違う。目的意識を持った、真っ直ぐな情熱。 極めて健全なのだが、熱くなってしまうことに変わりはない。 アンタレスは戦いに夢中になり、視界にルクバトだけを映していた。) アンタレス: どりゃあああああぁぁぁぁぁっ!! ルクバト: くっ……! (ルクバトが展開した鉤爪<トライファド>を、アンタレスの拳が打ち砕く。 その衝撃波は凄まじく、人間さんは危うく吹き飛ばされかける。) ジューチャオ: アンタレス、大丈夫かな ヴィジュー: 戦いに飲まれてる、ってほどじゃなさそうだけど……でも アンタレス: 絶対に、勝つんだっ!負ける、わけには……! ルクバト: 諦めなさい。あなたはよくやりましたよ ルクバト: 血裂爪<トライファド>―― (再び鉤爪がアンタレスを襲う。 ぎりぎりのところでかわすも、別方向から飛来した魔力の弾丸が目前に迫った。) アンタレス: このぉーっ!! (複数の弾丸をアンタレスは無造作に弾き飛ばしていく。それらは軌道を変えて――) ジューチャオ: うわああああぁぁぁぁ!? シンデレラ: 人間さん、危ない!! (人間さんたちへと降り注いでしまう。 ハッと我に返ったアンタレスが振り向いたとき――) 人間さん: ぐわああああぁぁぁぁっ!! (土煙に人間さんの姿が消える。アンタレスは血相を変えた。) アンタレス: 人間さん!! ルクバト: 結局、いつもの負けパターンですねぇ? アンタレス: わたしの……負け、パターン……? (愕然とするアンタレスだったが、薄らぐ土煙の中から、 よろけながらも人間さんは笑顔を見せた。) 人間さん: なんて顔してんだ、アンタレス アンタレス: あ……よ、よかった……。でも、わたし…… 人間さん: 勝ち戦だぞ。そんな顔をする場面じゃない アンタレス: え……だ、だって…… 人間さん: 言っただろ。俺達はアンタレスを信じてる。 なのに、お前自身が信じてなくてどうするんだよ アンタレス: …… 人間さん: 勝負はいつどう転ぶか分からないだろ。 負ける要素を探すのは楽だけど、勝てる要素もいくらでもある アンタレス: 勝てる……のかな……? 人間さん: 俺にはそうとしか見えない。お前はどうなんだ。 あの姉に勝てないと思うのか?追い込んでるとは思わないのか? アンタレス: (わたしが……姉さんを、追い込んで……?) ヴェルメリオ: ……わたしが寸前で、矢を放って軌道を変えたからよかったけど、 一步間違ってたら死んでたかもしれないのに。 なんで人間さんはそんなに余裕でいられるわけ? 人間さん: いや……さすがにヒヤッとしたわ。ありがとな、ヴェル。 まあ修羅場は初めてじゃないし、俺もアンタレスに言ってる以上、強気じゃないとな ヴェルメリオ: ……そういうところも、すき ヴィジュー: この状況でノロケられるヴェルも大物だよ アンタレス: (そうだ……姉さんの、こんな魔法……見たことない…… それだけわたしに本気で挑んできてる。つまり、追い込まれてるんだ) ルクバト: ふん……あんな男の一言で自信を取り戻すなんて単純ですね。 でも、私の魔法の前では無意味です。 どう攻略するべきかなんて、思いつかないでしょう? アンタレス: うん ルクバト: は? アンタレス: わたしは頭が良くないから、姉さんよりすごいことなんてなにも考えられない。 でも、その代わり―― アンタレス: わたしにはこの拳がある!! ルクバト: ひとつおぼえですか……!通用しないと言っているでしょう!! (アンタレスの拳とルクバトの魔法障壁が激しくぶつかり合う。 相手の攻撃を吸収し、更に防御へとエネルギーを転化する、 最強の盾<カー・メトリック>だが――) ルクバト: なっ……!? (その盾が軋み始めた。) アンタレス: わたしは絶対に諦めない!このまま押し切る!! ルクバト: くうううっ……させませんっ、私にも意地があります……! アンタレス: (冷静になったところで、魔法のことなんて分かりっこない。 わたしは、自分にできることを信じて貫き通すだけ!) アンタレス: 力でねじ伏せる……それがわたしの戦いだから! ずっと姉さんと一緒にやってきた、戦い方なんだ!! 300032 - 姉妹決戦の行方 (激しいぶつかり合いは、強烈な魔力の奔流を起こし、そして――) ルクバト: うぁあああああぁぁぁぁっ!! (弾き飛ばされたルクバトの身体は、近くの城壁に叩きつけられた。 肩で息をするアンタレスの目の前には、破壊され、 粒子に姿を変える<カー・メトリック>があった。) アンタレス: はあっ、はあっ、はあっ…… ルクバト: バカな……どうして、私の盾が…… ルクバト: ……っ! (そこでルクバトは自身の術式構成に思い当たる。) ルクバト: (私の盾は……相手から一撃を加えられるごとに、 そのエネルギーを吸収して、自らの防御へと転化する……) ルクバト: (そう……一撃を加えられるごとに……) (一撃とは、どう数えるべきか。その定義をルクバトは攻撃が盾に触れ、 再び離れたときとして術式を組んでいたのだ。) (触れ続けている間は攻撃中であり、防御吸収への転化が発動できない構成になっていた。 そしてアンタレスは――ずっと拳を押し付け続けていたのだ。) ルクバト: (当然……こんなことをアンタレスが見破れるはずがない……偶然なのでしょうね。 でも、たとえ偶然でもそれをやりきって私の盾を完全破壊するまで諦めなかった……) アンタレス: 姉さん。もう戦えないでしょ?魔力もかなり使ったし、身体も…… ルクバト: ……っ (城壁に叩きつけられたときに受け身も取れなかったことで、 胴と壁に挟まれた腕がひどく痛んでいた。骨に影響しているかもしれない。) ルクバト: ……そうね。この状況を踏まえると、決断すべきでしょうね。 これだけ戦えるようになっているのなら、アンタレスに味方した方が得策でしょうから アンタレス: 姉さん…… ヴェルメリオ: ……えっ、この人は『まいりました』って言えないの? シンデレラ: まあまあ、いいじゃないのヴェル ルクバト: ……それにしても、こんな戦い方をするアンタレスは初めて見たわ。 ほんの少し見ない間に、ずいぶん成長したのね アンタレス: 姉さん……! アンタレス: へへっ、そうだよ!もうわたし、姉さんの足手まといになんかならないんだから!! 人間さん: (いい笑顔だな。なんだかんだ、俺があれこれ言うよりもずっと、 ルクバトからかけられる言葉が一番効く、ってわけか) 人間さん: (ちょっと妬けなくもないけど、結果良ければすべてよし、だな) シンデレラ: それじゃあ、魔法陣を解除してもらいましょうか ルクバト: ええ。とは言っても、私にも完全解除はできないわ。あくまでも管理者というだけ ルクバト: だから干渉権限を解放する。その後の手段は、あなたたちも用意しているんでしょう? 人間さん: ああ ヴィジュー: それじゃあ魔法陣に入ってみよっか ジューチャオ: あーっ、真ん中になんかキラキラ光る石があるよ。これかな?星のなんとか ヴェルメリオ: ……しずく ジューチャオ: それそれ 人間さん: よし……それじゃあ栞を挿すぞ。んっ…… ジューチャオ: なんか光ったけど…… シンデレラ: これで止められたのかしら? ノワゼッタ: 大丈夫…… ジューチャオ: うぅわ!?びっくりした!! ノワゼッタ: 土地に流れる魔法陣のイマジュマイトが止まった……もう安心…… シンデレラ: ノワゼッタが言うなら間違いないわね アンタレス: 姉さん、歩ける? ルクバト: 平気ですよ、これくらい。久しぶりの戦いだったから、ちょっと疲れただけ アンタレス: あのさ、大事なことだから言っておかないとと思って ルクバト: なにをです? アンタレス: わたし、姉さんのこと嫌いになったから敵になったんじゃないよ。 逆に、大切だから……戦わなきゃいけなくなったんだ ルクバト: ……知ってますよ アンタレス: 本当に?でも一応、全部説明したい ルクバト: 長くなりそうだからまた今度でいいです アンタレス: ええーっ!? 人間さん: …… 人間さん: (ひとまずこれで魔法の国は落ち着いたな。 だが、まだこんな魔法陣がいくつも残されている……) シンデレラ: 人間さん 人間さん: ん シンデレラ: 行っていいのよ。もう、次の場所に向かうつもりなんでしょう? 人間さん: ああ。ジューチャオ、ヴィジュー。ついてきてくれ。 飛空艇を出す。移動中に寝てくれ ジューチャオ: 次はどこに行くんだっけ? ヴィジュー: ちょっと前にアルゲディが来てたのに…… 人間さん: 目指すはコミッティ直轄領だ。2つ目の魔法陣も、必ず取り切るぞ! 300033 - 都市の弱体化 フェルディナ: ……第二タンクも全て停止してしまったと? トリル: これでもう第一タンクを除いたすべてのイマジュマイトタンクが機能不全に陥りました ヴィジュー: あの、人間さん。なんかすごく偉い人がいっぱいいるけど、 私達が一緒にいて大丈夫なの? 人間さん: 気にするな。みんな知り合いだし、いいヤツらだよ。 それより、一緒に話を聞いていてほしい ジューチャオ: わかった! 人間さん: あ、うん 人間さん: (ジューチャオには話の内容理解は求めてないけど…… まあ、本人がやる気ならいいか) (俺はジューチャオ、そしてヴィジューを伴い、コミッティ直轄領を訪れていた。) (言うまでもなく例の魔法陣『ヴェルト・レダクツィオン』対策のためだ。 魔法の国で勝利した経験も活かし、しっかり守りきりたい。) 人間さん: (けど……魔法の国より遥かに状況は不利なようだな) クラース: このままだと都市機能を維持できないわ トリル: 既にこの本部の情報収集能力も無力化されています。 本来ならオトギノクニ各地の戦況も把握しなくてはいけないのですが フェルディナ: 何が起きているかも分からない、というわけね…… 手探りで戦うなんて、それだけでもかなりの不利なのに トリル: ただ、この本部周辺、直轄領のイマジュマイト供給量に異常が起きているのは…… 魔法陣だけの影響とも思えなくて…… トーテンヘム: あ、あの フェルディナ: トーテンヘム!?ちょっと、どうしたのよ急にこんなところまで フェルディナ: ていうか、あなたから私のところに訪ねて来てくれるなんて、初めてじゃない? 待って、いまお菓子を用意するから トーテンヘム: あ、遊びには、来ない トーテンヘム: これ、渡された クラース: 映像スフィア……? フェルディナ: 誰に!? トーテンヘム: しらない、ひと。フェルディナに、渡せ、って フェルディナ: ……まさか、十二神官がわざわざスフィアを? 人間さん: 見てみるしかないな フェルディナ: 部屋が映っているけど……ここ、どこかしら アシェンプテル: ばあ! フェルディナ: ひっ!? アシェンプテル: みんな、ごきげんよう~。これ、撮れてるのかな? アシェンプテル: わたしの国にはこんな便利なものがないからよく分かんないけど。 ねえ、始めて大丈夫なの? アシェンプテル: じゃあ、はい。こっち来て シュティフト: くうっ……こ、こんな屈辱…… (引きずられるような動きで少女が現れる。肉眼では何もないように見えるが、 どうやら魔法によって拘束されているらしい。) クラース: 魔力で練り上げた縄で縛られているみたいね。それを使って引きずっているのよ (俺の疑問を読み取ったのか、クラースが解説してくれる。やはり予想通りのようだ。) アシェンプテル: わたし、とってもいい子だから、今からこの精霊をいじめるの。 そしたらみんな、諦めて魔法陣を好きにさせてくれるでしょ? アシェンプテル: あっ、いけない。この精霊が何なのか分からないと、 いくらいじめても諦めないよね。ほら、自己紹介して シュティフト: この……コミッティ直轄領の、土地精霊……シュティフトよ アシェンプテル: もうわかったよね?土地精霊だよ。 この魔法陣を巡る戦いで、めちゃくちゃ守ったりしてくれるの アシェンプテル: 逆にいうと、この精霊が弱まるとそっちはすごーく戦いが不利になっちゃう シュティフト: こ、この映像を見てるのは……コミッティ本部の連中よね?そうなんでしょう!? シュティフト: 私の力が無くてもあなた達なら勝てる!だから…… シュティフト: きゃああああっ!? (シュティフトが全身を震わせ、のたうつ。 魔法の縄から電流でも流れているのだろうか。) シュティフト: はぁっ、はぁっ……諦めないで……っ。 こんな映像くらいで、諦めちゃだめ……こいつらをまとめて、倒して……! アシェンプテル: 邪魔しないでよ シュティフト: んんぎいいぃいぃぃぃっ!! アシェンプテル: ほら、土地精霊がわたしに捕まってこんな目に遭わされてるよ。 こんなの戦っても無意味だね、って思うでしょ? (そこからは延々とシュティフトが拷問されるさまをスフィアが映し続けていた。) 人間さん: 魔法の国でも遭遇したんだが、こいつはとんでもない感性の持ち主だな…… 兵士: 申し上げます!魔法陣の位置、特定できました! 既に、アルゲディ様という方がそちらに向かわれています! フェルディナ: なんですって!もう、みんな勝手なことばかり…… 人間さん: 俺が到着しているのを知らないのかもな。急ぐぞ! ジューチャオ・ヴィジュー: うん! アルゲディ: 久しぶりですね、サダルスウド サダルスウド: お嬢様におかれましては、ご機嫌うるわしゅう…… ポラリス: やっほー☆サダルたん、元気そうだねっ カノープス: バカ、空気読め。そんな楽しい会合じゃないぞ、これは アルゲディ: 早速ですけど、準備はできてまして? サダルスウド: もちろんです 300034 - 優雅なティータイム フェルディナ: こんな町中に魔法陣が……!? ヴィジュー: 住んでいる人たちがいるんじゃない!? フェルディナ: すぐに特務機関を呼んで避難を開始させるわ 人間さん: いた……!あれが魔法陣か ポラリス: 人間さんたんだっ☆まってたよ~ アルゲディ: あら、人間さん様。ちょうどよかったですわ。今から始めるところですのよ アシェンプテル: あーあ。すぐ攻撃すればよかったのに、 のんびりしてるからブタさんたちが来ちゃったのよ 人間さん: ぶ、ブタさん……!?俺のことか? サダルスウド: アシェンプテル様は控えていただけますか。この戦いは私とお嬢様のものです アシェンプテル: 二人がかりで痛めつけた方が話が早いのよ サダルスウド: 控えていただけますか アシェンプテル: ……!わたしは良かれと思って言ってるのに、そんなに怖い顔することないじゃない カノープス: まあまあ、あれでサダルスウドは怒らせると怖いし、無理して押し通すことないだろ エミリー: 人間さん! 人間さん: エミリー!よかった、合流できたな エミリー: スホマが全然使えなくなって困ってたんだよぅ。 エミリーは魔法陣を探してたんだけど……どういう状況なのぅ? 人間さん: 今まさにアルゲディとサダルスウドの戦いが始まろうとしているところだ ジューチャオ: あれ?なんかいいにおい ヴィジュー: えっ……あの人達、何やって……? ポラリス: うんっ☆あのふたりのルーティーンなんだよっ サダルスウド: お嬢様、お待たせしました。お茶のご用意が整いました アルゲディ: ありがとう、サダルスウド (魔法陣の真っ只中で、どこから持ち出したのか、サダルスウドはティーポットを、 アルゲディはカップを手にしており優雅にお茶を飲み始めた。) アルゲディ: やはり、お茶はサダルスウドに淹れてもらわないといけませんわね サダルスウド: もったいないお言葉です ジューチャオ: ああいう戦いなのかな? ヴィジュー: ううん、普通にお茶を飲んでるだけだと思うけど アルゲディ: 精霊を人質にとったそうですわね? サダルスウド: ええ。お嬢様はご承知かと思いますが、 確実に勝利を手にするため私は何でもする主義ですので アルゲディ: 結構ですわ。でも拷問とは、少々乱暴がすぎるのではなくて? サダルスウド: 申し訳ありません。こちらの陣営で、暴走した者がおりまして アシェンプテル: わたしはそれも、勝つためにがんばったのに。そんな言い方ひどいのよ サダルスウド: ところで……私達が封印されている間に、 お嬢様の所領はグリムどもに奪われてしまったそうですよ アルゲディ: 仕方ありませんわ。もともと物語の所在も曖昧な領民たちです。 わたくしたちが勝手にグランド・リヴィジョンに参加してしまったのですから アルゲディ: むしろ面倒を見ていてくれたことに感謝すべきでしょう。 自らの所領など、大した問題ではございませんから サダルスウド: 失礼いたしました。お嬢様は自らの所領よりも民を優先されるお方。 その御心を正しく理解していないなど、私としたことが エミリー: ねえ、人間さん……戦う雰囲気じゃ全然なさそうなんだけどぉ……? アシェンプテル: なに、のんきにお茶なんて飲んでるのよ!? アルゲディ: 貴族たるもの、たとえ戦場でも優雅でなくてはいけませんわ サダルスウド: この気品を理解できないとは、嘆かわしいことですね カノープス: こっちは貴族でもなんでもないんだけどな アルゲディ: とはいえ (ふいにアルゲディがカップを置き、立ち上がる。) (それを合図に、サダルスウドもポットをテーブルに置いた。) アルゲディ: 皆さまをお待たせしてしまうのも申し訳ありませんし、そろそろ始めましょうか サダルスウド: かしこまりました、マイ・レディ 人間さん: ……っ!? 人間さん: (ふたりとも、すごい殺気だ……いきなりスイッチが入った……!) サダルスウド: お嬢様の目を覚ましてごらんにいれましょう アルゲディ: わたくしは、あなたをその呪縛から解き放って差し上げますわ (先ほどまでカップを傾けていたアルゲディの指先には魔力の光が宿り、 ポットを手にしていたサダルスウドは投げナイフへと持ち替えていた。) (一瞬にして空気が張り詰める。俺は懐に忍ばせた栞を指先の感触で確かめた。) (管理者たるサダルスウドが倒れるか、 あるいは集中を切らすほどの大ダメージを負わせるかしないと、これの出番はない。) (だが一瞬のチャンスが不意に訪れることもあるだろう。 俺はその瞬間に備え、固唾を飲んで二人の対峙を見守った。) アルゲディ: では、まいります サダルスウド: お覚悟を 300035 - 主従の対決 アルゲディ: はあああっ!! サダルスウド: まずは小手調べ、ですか?甘いですよ、お嬢様! (口火を切ったのはアルゲディだった。) (--) (サダルスウドの言葉通り、間合いを測るような魔力弾が放たれる。 それを難なくかわし、サダルスウドは指の間に挟むようにして持った 細い投げナイフを、腕を払うような動作と共に複数本飛ばす。) アルゲディ: そちらこそ、ですわ (魔力障壁がナイフをことごとく撃ち落とす。 必要最低限の面積しか障壁を発生させないのは、高い技術の表れだろう。) アルゲディ: サダルスウド……まさか、あなたに刃を向けられる日が来るとは 予想だにしていませんでしたわ サダルスウド: 私もですよ、お嬢様 アルゲディ: これまでのあなたの働きを思えば、 これがイレギュラーであることは疑いようもありません アルゲディ: それほどまでに、あなたを衝き動かすものがあるのですね サダルスウド: 申し上げたはずです、お嬢様。これは反逆ではございません。 お嬢様を思うからこそ刃を向けるのです (ふたりは言葉を交わしながらも、魔力弾とナイフを次々に繰り出す。 しかし、アルゲディは魔力から生成しているので理解できるが、 サダルスウドはどこにそれほどのナイフを仕込んでいるのか。) アルゲディ: わたくしのため、というのですね サダルスウド: これが私の辿り着いた真の忠義です アルゲディ: どうして、これがわたくしのためになるのです サダルスウド: お嬢様に、貴族の心を取り戻していただくためでございます (彼女たちから感じられるのは、一貫して相手への想い。 それが外野の俺達にもはっきりと伝わってくる。) (だから、だろうか。戦いにこんな感情を持ち込むこと自体が ナンセンスなのかもしれないが、どこか胸が締め付けられるような感覚を味わう。) エミリー: なんか……つらいねぇ (それはエミリーも同じようだった。) (魔法の国で展開されたルクバトとアンタレスも、 姉妹でありながら対決することになった。それはそれで切ない想いは確かにあった。) (ただ、アンタレス側はそうでもルクバトは自分の考えを貫いた結果だった。 それが、このふたりとは少し違う。) ヴィジュー: なんで……お互いのため、って考えてるのに…… こんなふうにすれ違っちゃうんだろうね…… ジューチャオ: そうだよね。あたしも、操られてたとはいえ、 パイフーたちと戦ったのは切なかったな…… (そう言えば、大切な相手同士で戦った経験は、ジューチャオも持っていたのだった。 もちろん聖母に操られていたので状況は違うのだが。) ジューチャオ: でも操られてたし、あんまりよく覚えてないんだけどね。 もしかしたら切なくなかったかもしれない (ちょっと胸の締め付けられる感覚が緩んだ。こいつ、適当すぎるだろ。) アルゲディ: -- アルゲディ: 貴族の心とは? (激しく動き回りながらも、ふたりはまったく息が切れていない。 特にサダルスウドは、アルゲディの攻撃をすべて体術でかわしている。 消耗しないはずはないのだが、それだけ鍛えているのだろう。) (だがその鍛錬は本来、アルゲディを守るためであったはずで――) サダルスウド: お嬢様は貴族です。多くの民のために行動しなくてはなりません。 そういうお立場なのです サダルスウド: それが、たったひとりの、それもあろうことか 侍従のために主義を曲げてしまわれるなど、あってはならないこと サダルスウド: 私ひとりのために心を砕くなど、もってのほかなのです アルゲディ: あなた……わたくしの考えをすべて理解しているのですね……!? サダルスウド: 分かりますとも。グランド・リヴィジョンで、 トゥルム・ランツェに身体を貫かれた瞬間、お嬢様の悲痛な表情が目に焼き付いています サダルスウド: 私だってグランド・リヴィジョンの間際では後悔したのです。 あんな顔をお嬢様にさせてしまうなんて、と アルゲディ: それなら! サダルスウド: でも、それでもお嬢様は貴族であらせられる。相応しい行動があります サダルスウド: もちろん、お嬢様が納得されるために私ひとりが残り、 儀式に参加しない道もありましょう アルゲディ: でもそれは、あなたが自分を許せないのでしょう? サダルスウド: よくご存知ではないですか。ですから、貴族としての誇りを貫かれるお嬢様と、 それに追随する私。この構図を守りたいのです アルゲディ: …… アルゲディ: ……忠臣などと言いながら、あなたも結局はエゴなのですわ サダルスウド: なんですって? アルゲディ: でも、それでいいのです。わたくしのこれも、エゴ。 人はみな、エゴイズムで生きている。それでいいではありませんか…… 300036 - 垣間見えた心 (ひときわ強力な魔力の弾丸がサダルスウドの足元に次々と着弾する。 彼女自身を狙っていないその軌道に、サダルスウドは足を止めた。) (周辺に次々と打ち込まれたことでサダルスウドは回避するでもなく、 しかし迂闊に身動きが取れなかったのだ。) (足を止めたといってもほんの数秒のことだ。しかしアルゲディはそれを見逃さない。 というよりも、これを狙ってあえて外したのだろう。) アルゲディ: はあああぁぁぁぁっ!! サダルスウド: ――っ!? (これまでずっとサダルスウドは投げナイフで、 そしてアルゲディは魔力の弾丸を飛ばして応戦してきた。 しかし、ここで初めてふたりは接近する。) アルゲディ: やああぁっ!!はっ、たぁっ! サダルスウド: お嬢様が……近接戦闘を……っ!? アルゲディ: わたくしが接近戦はできないなどと、一言でも言いまして? (次々と繰り出す魔力をまとったナイフによる攻撃。 どうやら、いつの間にか落ちていた投げナイフを拾い上げていたらしい。 さすが貴族、その身のこなしは鮮やかで、思わず俺の目を引く。) サダルスウド: くっ……これまで、ほとんど拝見してきませんでしたので……ここまで動けるとは……っ アルゲディ: 侮らないでいただきたいですわね! サダルスウド: 思い切りましたね、お嬢様……っ アルゲディ: わたくしはまだ、少し迷いがあったのですわ。あなたと戦うということに アルゲディ: でも……すべてを知った上で、自分のエゴのために サダルスウドが対決を望むのだと分かった以上、 わたくし自身がエゴイズムを抱えていることに負い目はなくなりましたの サダルスウド: それ……納得できませんね……!私の献身がエゴだと? アルゲディ: 笑わせますわ。『献身』という言葉は 自分に矢印を向けて使う言葉ではありませんでしてよ。 あなたは役割に酔っているだけなのですわ アルゲディ: 本当にわたくしを想うなら、再び封じられたとき 誰もがわたくしの名を忘れないように語り継いでくださればいいのです サダルスウド: ……それは アルゲディ: 結局、ひとりが怖いのでしょう? サダルスウド: ……っ (アルゲディが次々と攻撃を繰り出し畳み掛けていく。 勢いを削がれたサダルスウドは押され気味だ。) 人間さん: いまがチャンスかもしれない。魔法陣に干渉できないか? エミリー: まだダメみたいだねぇ…… ヴィジュー: でも星のしずくの場所くらいは探せないかな ジューチャオ: 真ん中じゃないの? ヴィジュー: たぶんね。人間さん、これ見て (ヴィジューが魔法陣の外縁に触れると小さな火花が散った。) 人間さん: おいおい、それ痛くないのか? ヴィジュー: チクッとするくらいだよ。こうしておけば、干渉が緩んだ瞬間を逃さずにいけるかも エミリー: おっけい。じゃあエミリーと交代でテストし続けよう 人間さん: 分かった。ふたりとも頼む。 ジューチャオは俺をつかんで中心まで一気に飛んでくれ。俺が走るより速いだろう ジューチャオ: わかった!じゃあいくよ! 人間さん: 違う違う違う!魔法陣に干渉できるようになった瞬間の話!今すぐじゃない! (俺達が来たるべき瞬間に備えている間にも、ふたりの戦いは激しさを増していた。) サダルスウド: くっ……! アルゲディ: さあ、これで決めますわ!お覚悟を! サダルスウド: 『ここまで、か……』 アルゲディ: ……? (とどめの一撃を狙おうとするアルゲディの動きが僅かに鈍り、 表情も怪訝そうに見える。何かあったのだろうか。) サダルスウド: 『ずっと……私はお嬢様を盛り立てることに心血を注いできた…… 元の世界にいたときも、オトギノクニへ移住してきたときも……』 サダルスウド: 『ずっと……出会って、拾っていただいてから今日まで…… この長い時間はなんだったのだろう……』 アルゲディ: (これ、は……?サダルスウドの口は動いていない…… まさか、心の声が聞こえているとでも……?) サダルスウド: 『この戦いに負けるということは、 これまでの私の生き方そのものが否定されてしまうようなもの……』 サダルスウド: 『敗れた後、私はどうすればいいのだろう。 お嬢様はきっともう、私という存在を必要としなくなってしまう…… 私の居場所は、どこにあるのか……』 サダルスウド: どうしました、お嬢様。まさかこの期に及んで怖気づきましたか サダルスウド: 『さすがはお嬢様、私がまだ何か隠していると考えて警戒しておられる。 でも……もう、私はすべて出し尽くしましたよ……』 アルゲディ: (サダルスウド……あなたは……) サダルスウド: 『きっと私は間違っていたのだろう。 正しい道がなんだったのか、未だに分からないが……』 アルゲディ: サダルスウド……っ 300037 - 聞こえた声 エミリー: アルゲディの勢いが急に弱くなっちゃったよぅ?どうしたんだろ ポラリス: お腹が痛くなっちゃったのかなっ? 人間さん: 分からない。だが、これはまずいぞ……! (原因はともかく、アルゲディの動きが鈍ったのは事実。 そして、サダルスウドはそれを見逃すほど甘くはない。) サダルスウド: お嬢様……最後の最後でどうして……。 ですが!私はここで躊躇するような甘い女ではありません!! アルゲディ: しまっ…… アルゲディ: ――っ!! 人間さん: アルゲディ!! (強烈なサダルスウドのカウンターが決まる。アルゲディは膝から崩れ落ちた。) ジューチャオ: あっ!?なんか魔法陣の色が変わっていく!? もしかして飛ぶ?人間さん、つかまってて! 人間さん: 逆だ!これは…… (俺も初めて見る現象ではあるが、 魔法陣の色がどんどん濃くなり黒に近づいていくこの状態は……) エミリー: 魔法陣の定着…… 人間さん: おそらくな。エミリー、すぐにフェルディナに連絡を。 避難勧告範囲を拡げた方がいい エミリー: わかったよぅ! ポラリス: ていうか、もう直轄領自体に住めないかもねぇ…… サダルスウド: お嬢様 (動けなくなっているアルゲディに、 サダルスウドが近づきその場でひざまずいて視線を合わせる。) サダルスウド: お見事な戦いぶりでした アルゲディ: サダルスウド…… サダルスウド: 最後の最後、紙一重で上回ることができたようです。正直、ほっとしております サダルスウド: お嬢様の覚悟は自分を上回るものではなかったのだ、と サダルスウド: 私ひとりのためにあるべき姿を放棄する、 そんなことが許されていいはずはないのですから アルゲディ: この結果で、そう断じられるのは不本意ですわね。 わたくしの気持ちに嘘や甘えはありませんでしてよ アルゲディ: ですが、最後の最後にあなたの声に耳を傾けてしまった…… あなたのために戦うことを決意したからこそ、ここで迷ってしまったのですわ サダルスウド: 声、ですか? アルゲディ: ……きっと、あなたの意図するところではなかったのでしょうね。 それはなんとなく分かっておりましてよ サダルスウド: なんのことです アルゲディ: あなたは、わたくしが勝負を決めようというとき…… これまでの自分の全てを否定しようとしていましたわね サダルスウド: ……っ!? アルゲディ: そのことが、わたくしの心を揺さぶってしまった サダルスウド: な、何故それを アルゲディ: 結果はどうあれ、あなたのその考えは否定しておきますわ。 これまでのあなたの働きがわたくしを支えてきたのは紛れもない事実 サダルスウド: お嬢様…… アシェンプテル: お疲れ様、よくやったのよ。後は、変に他の地点で加勢されないよう とどめをさしてしまうのがいいのよ サダルスウド: ……つくづく、品のないことを言う人ですね。勝負は決まったのです サダルスウド: 私が計画を推進する理由をきちんと理解してください。 そうすれば、ここでお嬢様にとどめをさすなどと言えないはず アシェンプテル: なんなのよ、文句ばっかり! カノープス: いや、お前もそろそろ学べよ。絶対こう言われるって分かるだろ (勝負は決した。もう魔法陣は定着してサダルスウドの目的も達している。 関係からしても、サダルスウドがこれ以上、 アルゲディに攻撃を加えることはないだろう。) (だが……) 人間さん: (アルゲディは何を言っているんだ?心の声が、聞こえた……?) ヴィジュー: 人間さん!あそこ、誰かいる! 人間さん: !? (ヴィジューの声に反応して視線を移すと、ビル陰に人影があった。) ???: ………… (女と思しき人影は、俺が気づくと同時に姿を消した。 もしかして、あいつが何かしたのか……?) (真相は分からないままだ。 しかし、結果として直轄領を失ったのは事実。非常に重い事実だ。) キャロル: きゃはっ。アシェンプテルから連絡が入ったよ。直轄領、とれたみたい ペロー: ふふっ……計画のためにはもちろん、 できるだけ多く、可能ならすべての魔法陣を押さえたいところですが…… ペロー: グリムの根拠地とも言うべきあの場所は是が非でも取りたかった。 グリム家の連中の顔を直接拝めないのが残念です キャロル: ほんとに嫌いなんだね ペロー: 好き嫌いの問題ではありませんよ。これでグリムの名は地に落ちた…… ああ、この事実だけでも、私の心はこんなにも晴れる…… 創造の聖母: これで陣取り合戦は振り出しに戻りました…… そして確実に十二神官は疲弊し続けている…… 引き続き監視と、そして誘導を続けるのですよ 創造の聖母: μと言えども、やはり感情で動く愚かな生き物…… あと少しで、私の人間界への復讐も……ふふっ…… 300038 - 敗戦後の痛み サダルスウド: ……勝負はつきました。もう、私がこの地に留まる理由もありません アルゲディ: サダルスウド…… サダルスウド: 先に行っています。お待ちしていますよ、お嬢様 サダルスウド: 私はいつだって、お嬢様のお帰りを待っています (サダルスウドはそれだけ言い残すと、 ビル群が並ぶ空へとふわりと舞い上がっていった。) アルゲディ: ……力及ばず、申し訳ありませんでした (サダルスウドを見送っていた俺達の耳に、絞り出すような声が届く。 視線を移せば、俯き加減のアルゲディの横顔が目に入った。) アルゲディ: わたくしに期待を寄せていただいていたのに…… この町の住民にも申し訳ないことをしてしまいました ジューチャオ: アルゲディのせいじゃないのにどうして気にしてるの? みんなが避難してるのは魔法陣があるからだよ (悪いのは魔法陣を仕掛けたライブラ一派だ、という意味なのか 本気で因果関係を理解していないのか、判断が難しい。 とりあえず前者ということにして、俺も同調する。) 人間さん: ジューチャオの言う通りだ。アルゲディはできる限りのことをしたと思うぞ アルゲディ: でも…… 人間さん: 勝負は時の運ともいうだろ。ただ……声っていうのはなんだったんだ? アルゲディ: サダルスウドの声が聞こえたのですわ。あれは、きっと彼女の内心だと思うのです ヴィジュー: そんなことあるの!? ポラリス: そういう術は結構あるよ☆ 相手の思考を読み取るとか、念話とかテレパシーみたいなのとか アルゲディ: でもサダルスウド自身が伝えてきた感じではなくて…… わたくしが読み取っていたことを伝えたらびっくりしてましたわ 人間さん: 当然、アルゲディの能力でもない…… となると、第三者があの戦いに介入したことになる ポラリス: ライブラの関係者かな? 人間さん: ……かもしれない。だが、ひとまずアルゲディも消耗しているし、 一旦コミッティ本部に引き上げよう アルゲディ: ええ……お気遣いありがとうございます フェルディナ: レオナ街道は封鎖済みね?南区画の避難が遅れていたのはどうなった? 特務機関員: 自動ゲートが機能不全に陥っているため迂回路に誘導中です。 まだ完全避難までには1時間は必要かと フェルディナ: ……なんでもかんでも、エルマイト制御に頼りすぎたツケが回ってきたってところね フェルディナ: 別区画の避難が完了したところから応援に向かわせて。 人数がいればいいってものじゃないだろうけど、足りないよりマシよ 特務機関員: 了解! エミリー: すごいねぇ、フェルディナ フェルディナ: こんなの、ただの敗戦処理だわ エミリー: だとしても、誰にでもできることじゃないよぅ? フェルディナ: 本当は、私の手で守り切りたかった。戦いの結果はもちろんだけど、 誰かに任せきりにするしかなかったのもすごく心残りで…… エミリー: いまエミリーが言ったでしょ。 フェルディナには、フェルディナしかできないことがあるんだよぅ フェルディナ: エミリー…… 特務機関員: 人間さん委員と同行者の皆様が戻られました!敬礼!! (コミッティ本部入口をくぐると、 居並ぶ特務機関所属兵士たちが一斉に敬礼で出迎えてくれた。) アルゲディ: 申し訳が立ちませんわ。敗れたわたくしに、このような出迎えなんて…… 人間さん: 堂々と受け取れ。あれは勝利や戦功に対する敬礼じゃない。 勇気を持って戦いに臨んだことへの敬意だ ジューチャオ: そうだよね。アルゲディはがんばったもん アルゲディ: ありがとうございます。そうですわね、顔を上げなくては テュポーン: あっ、人間さん!いたー!やっと会えたー! ジューチャオ: あっ、テュポーン! ゼウス: 無事みたいでよかったです! 人間さん: ゼウスも一緒だったのか。でも、どうしたんだ? それぞれの世界でがんばってるのかと…… テュポーン: あいにきた! ゼウス: 詳しいことは説明しますね! ジューチャオ: ふむふむ、なるほど~。そうだったのかー ヴィジュー: 分かったフリはやめようね 人間さん: そうか、あれがゲーテだったのか……! (ゼウスたちが遭遇したという、ゲーテを名乗る女。 その外見的特徴を聞き出すと、俺が先ほど見かけた女と一致した。間違いないだろう。) ヴィジュー: 人間さんを敵視していたんだね ゼウス: はい。最強のわたしとヘラ、ハデスで応戦してもまるで歯が立ちませんでした…… ゼウス: でも途中で『やるべきことがある』と立ち去ったんです。 危険は承知で、わたしとテュポーンは追いかけることにして…… 人間さん: (俺たちがジャコヴァから解散を引き出した。 そして再編時、ゲーテはアサインから漏れた……) 人間さん: (確かに恨まれても仕方がないかもしれない。しかし……ペローに与するとは……) ゲーテ: さて、メフィスト……次なる地へ向かいましょうか。 それとも、他のμ世界をまた襲いますか? メフィストフェレス: 好きにしな。俺はお前についていくだけだ ゲーテ: ふふっ……では、今回は寄り道せずに向かいましょうか…… 300039 - 介入者 (俺はエミリーやフェルディナとも合流し、 ゼウス達から聞いた情報を残っていたメンバーに共有した。) (と言っても、他のメンバーも避難対応に追われていて、 本部にいたのはフェルディナ、エミリー、カロラ、そしてトリルだけだが。) カロラ: ゲーテのやつ、そんなに思い詰めてたのかよ。 解散からどれだけ時間経ったと思ってんだ? トリル: 直接はよく知らないんですが、そんなに執念深い人なんですか? フェルディナ: 人生が激変したんだもの。 執念深い人じゃなくたって、感情をずっと抱えてたんじゃないの? カロラ: お。恨みつらみの第一人者は言うことが違うな フェルディナ: からかわないでよ! フェルディナ: 冗談抜きで、分かるのよ。たぶん私と近いんじゃないかしら。 自分じゃどうにもできない、でも理不尽は感じていて、無力感いっぱいで。 そんなときに……あいつが甘い言葉をかけてきたとしたら エミリー: ペロー、だねぇ…… ゼウス: そのペローが黒幕なんですか? わたしはてっきり、ゲーテが創造の聖母なのかと思いました 人間さん: それはたぶん別人だな。 ただ、ゲーテも……さっきのアルゲディとサダルスウドの戦いに関与した可能性がある ゼウス: なら、わたし達がそれを叩きましょう! テュポーン: うん!テュポ、がんばる ヴィジュー: えっ!?で、でも、歯が立たなかったんだよね? テュポーン: すごくがんばる! ヴィジュー: 根性論は危険すぎるよ! ゼウス: 神官さんたちは、それぞれの戦いがあるんですよね? そして人間さんは、そのサポートとか栞を挿したりとか役割があるんでしょう? ゼウス: じゃあゲーテを追いかけるのはわたし達しかいないじゃないですか 人間さん: それはそうだけど…… 特務機関員: 失礼します。人間さん委員に緊急の用件でとお客様がお見えです。 オーディン様と仰るのですが 人間さん: オーディン……?大丈夫だ、通してくれ (姿を見せたのはオーディンとトールのふたりだった。) (彼女たちの事情を聞くうち、アシェンプテルと遭遇したことが分かる。 それらの情報に、俺は考えを巡らせた。) フェルディナ: それって、どういうことなのかしら?アシェンプテルっていうのは、何者なの? エミリー: アシェンプテルは、ラームスって別世界の姐さん――シンデレラだと思う。 そうだったよねぇ、人間さん 人間さん: 十中八九、そうだと思う。 つまり、聖母の直接の配下と言えるな。そしてゲーテの動き…… カロラ: どう見る? 人間さん: 今回の戦いは、十二神官を中心に回っていると思ったが、 実はその裏で、かなり聖母が動いているのかもしれないな フェルディナ: ゲーテはペローが動かしてるんじゃないの? カロラ: ――と思うんだが、魔法陣攻略の手助けに専念すべきだろ? こっちの人間さんみたいに ヴィジュー: 余計な動きが多い、ってこと? アルゲディ: 最終的には、わたくし達の戦いに干渉した疑いがあるのですよね? 人間さん: 俺の見間違いじゃなければな アルゲディ: だとすれば、それは『寄り道』ですわ。 つまり、本来の使命とは別に動いているということ…… ヴィジュー: 十二神官側で、聖母とかゲーテのことは共有されなかったの? アルゲディ: いいえ。ライブラ様からはただ『協力者がいる』とだけしか聞いておりませんわ。 おそらくサダルスウドも同じではないかと オーディン: 人間さん。わたし達はアシェンプテルを追います。 もし相手の神官さんの支援をするだけだったとしても、 それを足止めできるかもしれませんし―― トール: 別に何か画策してることがあるなら、それを突き止められるってわけね! ゼウス: なるほど!じゃあわたし達はゲーテに対して、 オーディンさん達と同じようにすればいいんですね テュポーン: んん?わかんないけど、がんばる ヴィジュー: 結局、それだとゲーテの脅威に対して解決してなくない? トール: 脅威……って、ゲーテがめっちゃ強いとか、そういう? ゼウス: わたしは最強なので、今度こそなんとかなりますよ! テュポーン: テュポがんばる。さっきから、おなじことしか、言ってない。 だからテュポ、あたま、わるそうかも。でもがんばる ジューチャオ: なんで?頭悪そうとか思わないよ。ていうか、同じことって何言ってた? テュポーン: ほんものだ……! トール: ……ねえ、ゼウス。話しておきたいことがあるんだけど ゼウス: え?なんですか? トール: もしかしたら、この先……役に立つかもしれないから。 テュポーンじゃ心もとないから、一旦ゼウスに説明しておくわ ゼウス: ……? 300040 - 王子様はどこに アシェンプテル: えい! アシェンプテル: いまの見た?だいぶ正確になったのよ ハマル: よさないか。今のはたぶん廃屋だと思うが、 もし誰かが住んでいる家だったらどうする アシェンプテル: どうする? アシェンプテル: ……別にどうもしないのよ。 そんなことより、これだけ遠くでも当てられたことを見てほしいんだけど ハマル: やれやれ…… アシェンプテル: わたし、いま怒られてるの? ハマル: 怒ってはないが、注意はしているな アシェンプテル: 全然わかんないのよ。新しい力を聖母様にもらっただけだし ハマル: それはいいんだ。でもやたらと力を誇示するのは、褒められることじゃないよ アシェンプテル: なんでなのよ?使ってみないと分からないことも多いんだから、 試し撃ちは絶対に必要でしょ? アシェンプテル: あ、動かない標的を狙っても意味がないってこと?それなら納得なのよ。 今度、誰か通ったらすぐに撃ち殺すから待ってて ハマル: 違う違う!逆だよ、逆。なんだい、それが聖母の方針なの? アシェンプテル: 聖母様にはなんにも言われてないのよ。言われてもどうでもいいし ハマル: どうでもいいんだ?君の世界の絶対的存在じゃないのかな? アシェンプテル: 知らないのよ。なんか、突然わたしのところに出て来て新しい力をあげるとか、 王子様を探す手伝いをするとか言って アシェンプテル: その代わり協力してほしいっていうから、 ちょっと面白そうだしやってみることにしただけで ハマル: 刹那的な生き方をしてるねえ。王子様? アシェンプテル: わたしは理想の王子様を探してるのよ! ハマル: ああ……まだ見ぬ運命の相手ってことかい アシェンプテル: うーん……でもわたし、本当は王子様を知ってる気がするのよ。 ただの理想じゃなくて、実在したみたいな…… ハマル: ……? アシェンプテル: だから迎えに来てくれるのを待ってるのは違うと思うのよ。 探しに行かなきゃだめだと思って! ハマル: よく分からないが、受け身ではなく積極的なのはいいことだね アシェンプテル: やっとハマルが褒めてくれたのよ! ハマル: なに、私に褒められたかったの? アシェンプテル: 褒めて伸ばされたいの ハマル: 伸びるタイプ、とかじゃなくてただの希望……? アシェンプテル: もっと褒めて ハマル: いやあ……そうだね、さっきの攻撃は狙いが正確だと思ったよ アシェンプテル: ふふん! ハマル: …… アシェンプテル: それから? ハマル: あ、やっぱりおかわりか……そうだよね。えーと、顔がかわいい アシェンプテル: ふふん! ハマル: 服のセンスがいい アシェンプテル: それはわたしじゃなくてデザイナーさんを褒めてるのよ ハマル: なるほど確かに ハマル: (ちょっと面倒くさいな……) アシェンプテル: じゃあ褒めやすいように、もっと強いところを見せるのよ。 わたしもまだまだ試し撃ちしたいし ハマル: いや…… アシェンプテル: ちょうどよく向こうから馬車が来るのよ ハマル: だめだめだめ!ストップ、ストップ アシェンプテル: ええー!? (ガラガラガラガラ) 御者: こんにちは。いい夜ですね ハマル: ええ、本当に。道中お気をつけて 御者: ありがとう。そちらも良い旅を (ガラガラガラガラ) アシェンプテル: 行っちゃったのよ。背後から撃てってこと? ハマル: そうじゃない。あんな善良な人を傷つけようとしちゃだめだよ ハマル: 君なりの論理があるのは分かるが、倫理を顧みない行動はいつか身を滅ぼしてしまうよ アシェンプテル: なんだか言ってることが難しいのよ ハマル: そ、そうかな……? アシェンプテル: ちっとも褒めてくれないし、嫌になってきたの。 わたし、他のことする方が効率的だと思う ハマル: え、どういうことかな? アシェンプテル: イライラしながらついていっても、わたしの才能がちゃんと発揮されないと思うの。 だからここからは別行動! ハマル: えっ、おい、待っ…… ハマル: ――行ってしまった。とんでもなく自由な子だな…… ハマル: 聖母の指示で私についてきたのではなかったのか……? どう考えても、このタイミングで秘密裏に別の指令を受けた、 という感じではなかったし…… カノープス: よう、苦労してるな ハマル: カノープスか。なんだ、見ていたなら助けてくれてもいいじゃないか カノープス: いま来たところだって ハマル: 絶対それは嘘だろ カノープス: それより……サマカのやつ、なかなかうまく立ち回ってるみたいだ。 どうするんだ、お師匠さん ハマル: そうか……うん、それは楽しみだな フェルディナ: ふう…… 人間さん: お疲れ様。避難状況はどうだ? フェルディナ: ひとまず完了したわ 人間さん: それはよかった フェルディナ: 人が大変なときに、あなたはジューチャオとババ抜き? 人間さん: 飛空艇のメンテ待ちなんだって フェルディナ: ふたりでババ抜きなんて面白いの? 人間さん: うん。本来とは違う楽しみ方だけどな ジューチャオ: うーん……人間さんが持ってるやつの、どれがジョーカーなんだろう……? フェルディナ: (ジューチャオの手札にジョーカーがあるけど……!?嘘でしょ……!?) 人間さん: とにかく、役目は果たしたってことだろ。フェルディナも少し休め フェルディナ: そうね……ほんと、改めて私は自分の才能の無さに絶望するわ。 こんなリーダーシップとってやるなんて、向いてないのよ 人間さん: そんなことないって ジューチャオ: フェルディナってリーダーシップないの?たぶん、あたしもないよ!仲間! フェルディナ: そんな仲間にされても…… ジューチャオ: でもファンロンがリーダーだから、別に平気だよ。 フェルディナも困ったらファンロンに相談すればいいよ フェルディナ: いや、ファンロンはあなたたちの―― フェルディナ: (ううん、これは例えよね。私にとってのファンロン…… 足りないなら、他の誰かを頼れって、そういう……) ジューチャオ: ファンロンは断るの下手っぴだから、 フェルディナが涙目で訴えたら絶対助けてくれるよ!たぶんお金も貸してくれる! 人間さん: お金はやめとけって フェルディナ: (気のせいか……) 300041 - ジューチャオの決断? (数日後――) エミリー: 気を付けてねぇ、人間さん 人間さん: ああ。次の目的地はレグルス教国……あのレグルスの、いわばお膝元だ。 あいつと直接対決になるかもしれないな フェルディナ: こちら側からはピュルテが現地に行ってるのよね? エミリー: 因縁が深いからねぇ ジューチャオ: 因縁って深いものなの?つけるものじゃなくて? ゼウス: 意外と厳ついこと言いますね ヴィジュー: そう言えば神官は、こっちは誰が行くんだろ? なんかアンタレスも、アルゲディも、相手と縁があったけど トール: そういう視点で対決してるわけじゃないし、分かんないんじゃない? 人間さん: いや、でも……自由に選べるなら、 縁のある相手と敢えてやり合いたいと思うものなんじゃないか? 人間さん: アルゲディだってサダルスウドとの戦いを他の誰かに譲るつもりはなかっただろ? アルゲディ: そうですわね……彼女の想いは、私が受け止めなくてはと心に決めていましたし、 きっとサダルスウドも同じですわ オーディン: レグルスさんと因縁があるとしたら? 人間さん: 真っ先にポステリオルの顔が浮かぶが…… いや、レグルス教国だからってレグルスが出て来るとは限らないんじゃないか? エミリー: そうかもねぇ。レグルスって今回、向こうの神官のリーダーっぽいし? ヴィジュー: オーディンたちはゲーテとアシェンプテルを止めに行くってことで決めたの? オーディン: そのことですが……相談しまして、 4人でアシェンプテルを追いかけようということになりました ゼウス: 二手に分かれてしまうと戦力的に厳しくなるかもしれませんから 人間さん: (ゼウスがこんな謙虚なことを言うなんて…… それだけ相手の実力を感じ取っているということか……) トール: もしうまく情報を聞き出せるとしたら、たぶんアシェンプテルの方がうまくやれそうだし ヴィジュー: なるほど……私はゲーテのことよく知らないけど、 アシェンプテルはわりと情報とか漏らしそうだよね オーディン: そう都合よく事が運ぶかは分かりませんが…… テュポーン: あと、めだちそう、ってみんな言ってた 人間さん: 確かにあいつは、隠れてコソコソ行動するのとか、 あまりしなさそうなイメージだったな…… ヴィジュー: じゃあ、ここで4人とはお別れだね。みんな、気を付けるんだよ オーディン: は、はい……!必ず、人間さんのお役に立ってみせますから 人間さん: あまり気負わなくていいんだぞ。無理はするな オーディン: 人間さんはやっぱり優しいですね……♪ トール: いや、普通だから。ここで『よし俺のために死んで来い』とかいうやつ、 間違いなく頭おかしいから ヴィジュー: オーディンは人間さん大好きなんだね 人間さん: 気持ちは嬉しいが、無事に帰ってくることが一番だからな。 その他のことで愛情を推し量ろうなんて思ってないぞ ゼウス: 恋する乙女は一直線ですね! オーディン: ま、待ってください…… わたしが人間さんのこと大好きという前提で話が進んで…… トール: それより、あんたこそ気を付けなさいよね。 それこそ、無理したら替えが利かない存在なんだから 人間さん: ああ、分かってる。……それじゃあ、そろそろ行こうか ジューチャオ: あ。あたしここに残る! ヴィジュー: へっ? エミリー: どうしたのぉ。何か忘れ物でもした? ジューチャオ: ううん、あたしフェルディナが心配になっちゃって フェルディナ: 私? ジューチャオ: 昨日もさ、私は無能なクズで何もできないくせに弱音だけ一人前、 なんて言って自虐モード入っちゃってたし フェルディナ: そこまで言ったかしら…… ジューチャオ: でね、あたしファンロンに相談すればいいじゃんって言ったの。 でも気づいたんだ。ファンロンここにいないじゃんって フェルディナ: やっぱりポジション的な例えじゃなくて、 本当にファンロンそのもののことを指して言ってたのね…… 人間さん: ずいぶん時間差だったな…… ジューチャオ: だから、あたしがファンロンの代わりになればいいと思ったの。 しっかりしてるし、頭もキレるし エミリー: ええ……自認やばぁ…… ペロー: お疲れ様です、ゲーテ。貴方の活躍のおかげで、あのグリムの直轄領を攻略できました。 これは大きく戦況を左右するでしょう ゲーテ: ……私、貢献できているのですね ペロー: ええ、もちろん ゲーテ: 良かったです。ねえ、メフィスト。言ったでしょう、 やはりここが私の居場所なんだわ メフィストフェレス: …… キャロル: (メフィスト……?ゲーテはいったい……) 300042 - 教国の祈り ピュルテ: 人間さん! サマカ: 遠いとこ、よく来たんだべ 人間さん: ええと…… ピュルテ: こちら十二神官のひとり、サマカさんです。 私がここに来て魔法陣の場所を調べようとしたら、声をかけてくださって サマカ: ピュルテさんが一生懸命やってるとこ見て、 あーきっとこの人はいい人なんだべ、って思って 人間さん: そうだったのか。ありがとう、サマカ。ピュルテが世話になったな サマカ: なんもなんも!わたすも魔法陣は止めないといけねかったし ピュルテ: サマカさん、すごいんですよ。 人間さんものんびりした印象をお持ちだと思いますけど もう魔法陣の場所も特定しちゃったんですから ヴィジュー: えっ、すごい!仕事が早いね! サマカ: 大したことねえべ。ピュルテさんてば、大げさに褒め過ぎだべ ピュルテ: 魔力探査系の技術は本当にすごいんですって! 人間さんたちが飛空艇で近づいてることだって早々に気づいちゃったんですから 人間さん: それでこうして出迎えてくれたってわけか ヴィジュー: 降りたらいきなりいたから、びっくりしたよね。そういうことだったんだ? ポラリス: すごいねっ☆サマカは心強いし今回は勝てちゃうかな? サマカ: それは分かんねえべ。ポラリスだって知ってるべ?師匠がどれだけすごいかを…… ポラリス: あ、やっぱりハマルがいるの? サマカ: わたすが勝手してるのに、師匠が黙ってるわけねえべ サマカ: こうしている間も、師匠は魔法陣が根付くようにって、魔力供給をしようとしてるべ。 いまんとこ、プレイントが守ってくれてっけど…… ヴィジュー: プレイント? ピュルテ: このレグルス教国そのものが具現化した精霊さんなんです 人間さん: やはり、ここにもいたのか。でも俺達に味方してくれるんだな ピュルテ: ええ、ご案内しますね ヴィジュー: ここが…… ポラリス: あっ、誰かいるよ☆あの子が土地の精霊かな? プレイント: 私はこのレグルス教国に根付く精霊、プレイントと申します。 まずはこの出会いの奇跡に感謝し、祈りを捧げましょう…… ヴィジュー: 祈り……って、誰に? 人間さん: レグルスだったら笑えないんだが プレイント: 誰に?いいえ、いま申し上げた通りです。この出会いの奇跡に、です 人間さん: ああ……なるほど ピュルテ: えっ、人間さん分かったんですか? 私、プレイントさんの言ってることよく分からなくて 人間さん: たぶん……神という概念が抜け落ちてるんだ。 もともと天空神殿にも神なんてものはいなかったんだから 人間さん: (μが人間界の神話由来だと考えると、 結果的にあながちいなかったとも言い切れないけどな) 人間さん: だからこの土地に浸透した、 『信心』や『祈り』という要素だけを精霊として引き継いでるんじゃないか? ピュルテ: はあ……なんとなく分かった気がしますが、ピンときませんね 人間さん: とにかく、プレイントはレグルスに味方するわけじゃないんだな? プレイント: あの方は……ご自身で整えられたこの国のありようを、 すべて破壊して作り直そうとされているようです。 この魔法陣が、それを物語っています プレイント: 私の使命は、この国に住まう人々の心の安寧を祈ること。 土地に根差した精霊という私の出自を考えても、容認できる計画ではないのです ヴィジュー: ジューチャオがいたら頭から煙吹いてそうだなぁ 人間さん: なるほど、わかった。できるだけ時間を稼いでおいてくれ。 その間にサマカがハマルと決着をつける。そうだろ? サマカ: ……えーと 人間さん: だよな。で、その間にハマルが隙を見せるか、あるいは倒れたら、俺が栞を…… って、なんだ?ずいぶん弱気な顔をしているな サマカ: ハマルっていうのは、わたすの師匠なんだべ。 それだけで伝わるか分かんねけども……簡単に勝てる相手じゃなくて…… ピュルテ: そんな……サマカさんはすごく優秀じゃないですか サマカ: 師匠の教えのおかげで、だべ。 技もだけど、精神もあの人にいろいろ叩き込まれたんだべ…… サマカ: うわぁ~!でっかいべ! これがフローレ・アカデミー……オトギノクニ最高の教育研究機関! サマカ: こんなとこに、わたすが入れるなんて……それだけでひっくり返りそうだべ サマカ: ここで毎日、勉強して研究して……夢みたいだけど、本当についていけるんだべか…… ライブラ: サマカ、よく来たわね サマカ: あーっ、ライブラさん! ライブラ: どう?わくわくするでしょ?ここで色んなことが学べるのよ サマカ: うん!ライブラさんが推薦してくれたおかげだべ! ライブラ: 推薦だけでは合格できないわ。サマカの実力があってこそよ サマカ: へへ……照れるんだべ 300043 - 師との出会い サマカ: でも、わたすのことを見つけてくれたのはライブラさんだから。 誘われなかったら、こんな場所で勉強するなんて考えたこともなかったべ ライブラ: それは世界の損失ね。あなたの才能は正義のためにこそ役立てるべきなのに サマカ: 正義……? ライブラ: そう、正義。世界には秩序と正義が必要なの。 特定の誰かだけが利益を得るのではなく、 みんなが平等で、争わずに済む世界を実現するのよ サマカ: 争いはよくないべ。ケンカしないで、仲良くするんだべな ライブラ: 争いというのは何も暴力だけではないのよ。 言葉で、弱い人を言いくるめて搾取することだって、ひとつの争いの形なんだから サマカ: へえ……ライブラさんはいろんなこと考えてるんだべな ライブラ: この世界にあるものはすべて、住んでいるみんなのもの。 なのに対価を求めたり、義務を負わされたりするのは違うわ サマカ: なんだか難しい話だべ。でも世界を変えるって、すごく大変なことだべ ライブラ: 変えようと思うから大変なのよ。作り替えればいいの……私は必ずやり遂げるわ…… サマカ: (ライブラさんって、こんな怖い顔する人だったべか……?) ライブラ: じゃあ、私は予定があるからこれで。楽しいアカデミーライフを送って サマカ: あ、うん…… サマカ: さて、と。お弁当にするべ ハマル: やあ、美味しそうだね サマカ: あっ、ハマル助教 ハマル: どう?アカデミーに入って1ヵ月……環境にも慣れてきたかな? サマカ: はい。楽しく勉強してるんだべ。 でも……ライブラさんは、ちょっと変わった気がするんだべ ハマル: それは君の入学当初から?それとも―― サマカ: 元の世界にいた頃と比べて、だべ サマカ: 世界をよりよくするために、作り替えるんだって…… そのためには破壊も辞さない……あんなに執念深くて、怖い人だったべか…… ハマル: そうだね……彼女の試みは学術的には非常に興味深いが、 その理念というか目的については危ういものがある ハマル: きっと彼女は世界の汚い部分を目にしすぎたのかもしれないな。 なに、君はあまり気にしなくていいんだよ サマカ: いいんだべか?でもライブラさんのおかげで―― ハマル: 彼女は君にきっかけをくれた。 それを活かして研究に没頭する。十分な恩返しだと思うよ サマカ: うん……そうだべな。難しいことは後回しにして、 いまは魔法研究だけに集中するんだべ (万雷の拍手が響く中、サマカは照れくさそうに壇上から降りる。 それをハマルが出迎えた。) ハマル: おめでとう、サマカ。今回の優秀賞受賞は、君にとっても良い成功体験になったね サマカ: いえ……師匠が丁寧に指導してくれたおかげだべ。 途中で何度もくじけそうになったけど、師匠の言葉が支えになったべ ハマル: そう言ってくれるのは嬉しいけど、その『師匠』というのはどうにかならないかな? こっちがなんだか落ち着かないんだ サマカ: いんや、呼ばせてほしいんだべ。わたすにとって、ハマル助教は師匠。 それはアカデミーでもみんな知ってることだべ ハマル: まあ確かに、君が頭角を現すようになって以降、 私の一番弟子、という肩書がついて回っているようだね サマカ: 弟子なのは事実だべ。でも一番だなんて、それは言いすぎだべ ハマル: サマカは本当に謙虚だね。 しかし、もし弟子が事実なのだとしたら一番弟子で間違いないよ ハマル: 私の教え子の中でも、君が最も才能に恵まれているし、努力も厭わない…… 素晴らしい研究者だよ サマカ: もったいない言葉だべ…… サマカ: (こんなに褒めてくれる師匠こそ、理想的な研究者だべ。 魔法の知識も、コントロールする技術も一流のもので……) サマカ: (しかも、人としても視座が高くて……わたすなんて到底、敵わないんだべ……) 300044 - 師匠と共に (それからまた時は経ち――) (修士課程を修めたサマカは、 さらに研究を深めていくためにアカデミーの研究施設に所属することとなった。) (直接の指導を受ける立場ではなくなったものの、 それでもサマカは折に触れてハマルの教えを請うように――) サマカ: 師匠~? サマカ: あれ?留守なんだべか。相変わらず、ごちゃごちゃの研究室なんだべ サマカ: これでちゃんと思考が整理されてるんだから、やっぱり師匠はすごいんだべな サマカ: ……?それにしても、何の研究をしてるんだべか…… 師匠がいま、何をメインで研究しているのか聞いてなかったべな…… ハマル: ああ、サマカか。来てたんだね サマカ: あの、わたすの研究について意見を聞かせてほしくて ハマル: もちろんだとも。今回は何を研究しているのかな? サマカ: あせもが治る魔法だべ ハマル: いいね。君が作り上げた魔法理論から、様々な商品が生まれ世の中を豊かにしている。 それは研究者としてまさに理想的な仕事だよ サマカ: だといいんだべ ハマル: まだ自信が持てないのかい? それはもう実績不足ではなく、生まれ持ったものなんだろうね サマカ: 師匠は、これは……どんな研究をしてるのか、聞いてもいいんだべ? ハマル: ああ、これは……そうだね、 そろそろサマカもこの世界の魔法にだいぶ慣れてきたことだろうし、話しておこうかな サマカ: ごくり…… ハマル: このオトギノクニというのは、非常に不安定な状態にある。 構造としては、私達の失われた故郷と同じで、人間界に依存している サマカ: やっぱりそうなんだべ。いろいろ文献をあたっても、そんな気はしていたんだべ ハマル: 人間界から流入するイマジュマイトは、量も質も非常に流動的で安定性に欠けるんだ。 それが何に由来しているものなのかは、現時点では謎だがね ハマル: これをどうにかコントロールできないか。それが私のこの研究の主眼だよ サマカ: ええ……!?ものすごい大きな規模なんだべ ライブラ: そうよ サマカ: あっ、ライブラさん……! ハマル: なんだ、珍しいな。私の研究室に来るなんて ライブラ: 届け物があったからね。ノックはしたのよ?でもお話に夢中だったみたいだから ハマル: 勝手に話してしまったことは怒らないのかな? ライブラ: あなたのことは信用してるから。おいそれと誰にでも話してるわけじゃないでしょう? ライブラ: サマカはあなたの一番弟子だもの。むしろ今まで話していなかったことが驚きだわ ハマル: ならよかった ライブラ: それに……星の革命軍に、サマカも入ってもらおうと考えていたところだったし サマカ: 星の……? ハマル: ライブラが立ち上げた組織だよ。世界をよくしていくための活動をするんだそうだ。 私も最近、そこに名を連ねたところでね ライブラ: 最大の目標は、私とハマルのこの共同研究を実現することよ。 これを私は『深淵の闇』計画と名付けてる サマカ: なんだか怖そうな名前だべ ライブラ: 協力者に『作家』もいてね。彼女が生み出した言葉なの。 『深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ』―― ライブラ: かつて私達の世界を滅ぼし、 そして流れ着いたオトギノクニさえ依存しきっている人間界…… でも彼らは支配しているつもりで、いずれ支配される側へと変わる ライブラ: それを実現するという願いも込めて、名付けたのよ。 いつまでも私達を意のままにできると思ったら大間違いだわ サマカ: そんな話が……でも、それってライブラさんの嫌いな争いになってしまうんでねえべか? ライブラ: これは争いではないわ。改革よ。世界を変えるための必要な犠牲なのだから サマカ: (どう違うんだべ……?) サマカ: (なんにしても……よく分かんないナントカに誘われそうだべ…… 怖いし、お断りするしかないんだべ……) ライブラ: 集まってくれてありがとう。 現在のメンバーになってから、私達『星の革命軍』もかなりの時間が経ったわ サマカ: (結局、断れなくて……入ってしまってからずいぶん、時間が経ったんだべ……) サマカ: (でも思ったより怖くなくて、研究の目的とか内容に口出しされるようになっただけ…… それに、師匠と一緒に活動できるのが嬉しいんだべ……!) ライブラ: いよいよ計画を一歩、進めるときがきたわ アルデバラン: 何かしら…… アルゲディ: 例の『深淵の闇』計画ではありませんこと? ライブラ: グランド・リヴィジョンを実行に移す。詳細を説明するわ サマカ: グランド……リヴィジョン……?それって確か…… 300045 - 正義のための戦い ポルックス: こ、これって……!? ルクバト: ……なるほど。私達の覚悟が問われているのですねぇ…… サマカ: (みんなざわついてる……当然だべ、 こんな……自分の身を犠牲にして実現する術式なんて……) サマカ: (わたすだって理論構築のお手伝いをしていたときは、恐ろしくて震えたべ…… ううん、いまだって……まさか本気で実行に移すなんて、そんな……!) サマカ: (どうしよう……どうにかして止めないと…… ううん、ライブラさんが止まるわけないんだべ。 だったらもう、わたすが逃げ出すしか) ハマル: サマカ サマカ: ……! ハマル: 怖いんだろう。 この研究に多少なりとも携わり、その術式を理解していればなおのことだ サマカ: いえ、その……えっと ハマル: いいんだ。無理をする必要はない。 これは覚悟を求められる術式だ。断ってもいい ハマル: 参加するのが当たり前なんかじゃない…… 自分の人生を最優先にしていいんだからな サマカ: 師匠…… サマカ: (そうか……師匠はもう覚悟を決めてる側の人なんだべ。 なのに、わたすはまだ迷って…… 他のみんなと違って、たったいま内容を知らされたわけでもないのに……) サマカ: いえ……大丈夫だべ ハマル: 大丈夫とは? サマカ: もう、覚悟はできてるんだべ サマカ: あんときは、師匠が行くならついていくんだと決意してしまったんだべ。 どういう目的で、内容で、とかそんなの考えもしないで サマカ: 自分が無理をすることが師匠への尊敬を表現できる、みたいに錯覚してたんだべなぁ ピュルテ: グランド・リヴィジョンの裏側でそんなことが……そんなに恐ろしいものなんですね 人間さん: そういった話は俺も、アンタレスやアルゲディから聞いた。 以前からシェイクスピアとかからうっすら聞いてたけど、 なかなか生の声というのは……刺激が強いものだよな ヴィジュー: 今回のこの、ヴェルト・レダクツィオンについてはハマルはなんか言ってなかったの? サマカ: 自分で考えればいい――優しい顔で、淡々と言ってたべ サマカ: たぶん師匠は今回もライブラさん側につくと思ったけど、 わたすは……今回は自分の直感を大事にしたかったから ピュルテ: ライブラさんへの、ですね サマカ: あの人は怖い人だべ。直感だけど……何しでかすか、わかんないし ピュルテ: 結局、私達も元々のライブラさんのことは、 伝聞でしか知らないので分かりませんけど…… 行動を見る限りちょっと危ないなとは思いますね…… 人間さん: 世界をこんな状態にするのが、ミスでもなんでもなく、 狙い通りだっていうんだから、普通じゃない ポラリス: そうだねー。真面目過ぎちゃうのかな☆ ポラりんみたく、のんびりすればいいのにね サマカ: 同じ世界の仲間だと思ってたし、アカデミーも世話してくれた恩人なんで できるだけ協力したいとは思ってたけど…… 今度だけはわたすは、自分を通そうと思ってるんだべ ヴィジュー: 正義のための戦い、ってライブラは言ってるんだよね。 なんか……正義って何かわかんなくなってきちゃったな フェルディナ: ふう……なんとか一般住民の避難は終わったけど、 まだ都市機能の保全のために……ええと…… ジューチャオ: おやつないの? フェルディナ: あなた、何のためにここに残ったのよ。私を手伝ってくれるんじゃないの!? ジューチャオ: えー?そんなこと言ってないよ。だってあたし何も分かんないもん フェルディナ: こいつ……開き直った…… ジューチャオ: でも言われたことは手伝う!何すればいい?あ、わかった。えい! フェルディナ: きゃっ!?ちょっと、何でいきなりコップの水ひっかけようとするのよ!? ジューチャオ: 顔がカサついてたから…… フェルディナ: 保湿!?馬鹿じゃないの!? 水なんかかけたって逆効果よ!こういうのは保湿液を…… フェルディナ: カサついてた? ジューチャオ: うん。えくぼのとこらへんとか フェルディナ: ……ケアする余裕もないものね ジューチャオ: ごめんね。あたし火の人だからさ、 乾かすことはたぶんできるけど、濡らすの得意じゃないんだ フェルディナ: 別にあなたを保湿要員にするつもりはないわよ ジューチャオ: よかった!じゃあおやつ食べよう! フェルディナ: どういう理屈でそこに繋がったのよ!? フェルディナ: (……でも、こういう夜にひとりじゃなくて良かったかも。 きっとまた無力感に苛まれるところだったわ) 創造の聖母: まったく……アシェンプテルの勝手には、手を焼かされますね 創造の聖母: ですが、計画の大筋には何も影響はありません。 もうハマルとサマカが潰し合うのも避けられない状態ですし…… 創造の聖母: 他の神官にもちゃんと、よく希釈したアレを使うのですよ。 少しずつ効いて、好戦的な思想に傾いていくはず…… 創造の聖母: 引き続き、あなたたちは私の目となり耳となり、監視を続けなさい。 最後まで油断はしないように…… 300046 - 師弟対決 (魔法陣を挟んで相対するハマルは、落ち着き払った様子だ。 やはり師匠というだけあって貫禄がある。) ハマル: 久しぶりだね、サマカ サマカ: 師匠…… (ただ、隣のレグルスは何故か表情が暗い。不安要素でもあるのだろうか。 それは裏を返せば、俺達に付け入る隙があるという意味になるが。) 人間さん: レグルス……俺達も久しぶりだな レグルス: え?あ、ええ……そうですね 人間さん: ……? (どうも心ここにあらずという感じだ。一体、何を気にしているのだろう。) デュプリ: 久しぶりッス!元気でした? 人間さん: ああ、うん……お前は相変わらずだな……いろんな意味で…… ヴィジュー: 知り合い?ていうか、なんとなく似た人を知ってるような……? (俺はデュプリの立ち位置を簡単に説明しておく。 ヴィジューの表情はこわばっていった。) ヴィジュー: ライブラと同じ人を作り出そうとした、って…… なかなか趣味の悪い話だね…… デュプリ: 神官長、なんか言われてます レグルス: 言わせておきなさい。 それよりワタシ達は、自分の役割を全うすることに集中しましょう ハマル: 約束は忘れないようにな レグルス: 分かっています。あなたたちの戦いには手出しせず見守りましょう。 ワタシ達は、より迅速に魔法陣が定着するよう、プレイントを抑えておきます ハマル: 理解してもらえて助かる サマカ: 手を出すなって……師匠……? ハマル: 久々の弟子との手合わせなんだ。私達だけで楽しもうじゃないか サマカ: 望むところだべ……! (ハマルに向かって果敢に飛び込んでいくサマカ。 最初から力を温存するつもりもないのか、出力全開で魔法の弾丸を次々に放つ。) ハマル: いいね、そうこなくちゃ (サマカの魔力に呼応するように、周辺を飛ぶ2体の魚のような個体が虹色に光っていた。 一方のハマルも同じように、周辺に羊のような何かを漂わせている。) ピュルテ: 最初から全力ですね、サマカさん……! でも人間さん、あの魚はなんでしょう? 人間さん: さあな……そもそもが、彼女たちはオトギノクニの生粋の住人ではないみたいだから、 元の世界に由来があるのかもしれないな (ぱっと見た印象では、彼女たちの周辺を飛び回るそれは、 何か機械的なもののようだが、オトギノクニにあるそれとは少し違って見える。) 人間さん: (そう言えばヴィーナス達も、 思い返してみると服装からしてちょっと異質だったもんな……) ヴィジュー: 見て、プレイントが……! (サマカ達が激しい戦いを始める傍らでは、プレイントとレグルスが相対していた。) (魔法陣の一画に陣取ったプレイントは、 近づけさせまいと次々にレグルスに向けて攻撃を放つ。 それを軽々とかわしながら、レグルスは何かを狙っているようだった。) プレイント: 祈りを阻む不届きものには天に代わって罰します……! そこに居直りなさい……!! レグルス: ワタシの名を冠する土地の精霊から、 これほど手厚い歓迎を受けるとは、なかなか予想外でしたね レグルス: しかし、所詮は目覚めたばかりの未熟な精霊……力の使い方を知らないと見えます デュプリ: いやあ、戦闘だけは一流の神官長を相手にしたら、どんな精霊だってこんなもんッスよ。 プレイントが悪いみたいな言い方はかわいそうッス レグルス: ……戦闘『だけは』と言いました? デュプリ: 気のせいッス ピュルテ: 人間さん……私達にできることは……!? (これだけの展開を前にして傍観しているわけにはいかない。 そんな焦りが滲むピュルテに、俺は頷き返す。) 人間さん: 魔法陣は管理されている以上、手出しできない…… が、ちょっとした隙が生まれれば干渉できる可能性はある。 まず『星のしずく』の場所を特定するんだ ヴィジュー: 了解だよ! (動き出す俺達を横目に、ハマルは羊型の何かを操ってサマカの放つ魔弾の軌道を変える。 ついで、もうひとつの羊からは青い光線がサマカに飛んだ。) サマカ: ……っ! (身を捻り、それをかわす。同時に魚たちが相互に顔を見合わせるように 向かい合ったかと思うと、二匹の魚の間に魔法障壁が展開される。 直後、ハマルの放った魔法の雷撃が障壁と衝突した。) ハマル: 素晴らしいコントロール、そして判断力だよ サマカ: ……最近はずっと研究のことしか話してなかったけんど、 実戦でもこんなに動けるなんて……さすが師匠だべ ハマル: それはこちらの台詞だよ。戦術理論は多く語ってきたが、 手取り足取り指導してはいない。なのに、こんなに体現できるなんてね ハマル: ふふ、どうやらこれが最後のレッスンになりそうだね サマカ: 最後だなんて、やめてくんろ。師匠は……ずっと師匠だべ 300047 - 師匠からの指導 (互いに強力な魔法を放ちながらも、体術を使ってかわし、或いは魔法障壁で跳ね返し、 一進一退の攻防を続けるふたり。ふと、ハマルは懐かしそうに目を細めた。) ハマル: こうしてゆっくり君の顔を見ていると、あの頃のことを思い出すよ (客観的に、『ゆっくり顔を見る』という状況とは思えないが、 彼女にとってはそうなのだろう。) ハマル: 覚えているかな? アカデミーの『研究論文奨励賞』……初めて開催されたときのことだよ サマカ: わたすが『生ごみを無臭で処理する魔法』で優秀賞をもらった話だべ? ハマル: 『最優秀賞』だよ。あれで一気に君の名前はアカデミーに広まったんだ サマカ: 師匠がアドバイスしてくれたおかげなんだべ。わたすひとりじゃ、あれは…… ハマル: いいや、君の才能だよ。私がアドバイスしたことも含めてだ。 並みの学生なら、あれほど熱心に指導したりはしなかった ハマル: 能力が高いだけじゃない。君のひたむきさもまた、才能のひとつだよ サマカ: 師匠……!?そんなふうに手放しで褒めてくれたことなんて―― ハマル: 甘い (ハマルの言葉に、サマカが僅かに動揺をみせる。 尊敬する師匠からの率直な賞賛に、心が動かないはずもない。) (だがその隙を突いて、ハマルの鋭い魔力光線がサマカを狙う。 あわやというところで、サマカは直撃を避けたが――) サマカ: ……っ! (無傷というわけにはいかなかったようだ。) ハマル: そういうところが甘い。気を抜かないように サマカ: は……はいっ……! 人間さん: (本当にこれじゃハマルの言葉通り、レッスンじゃないか) (一方のプレイントとレグルスの戦いも、ある意味ではレッスンかもしれない。 この土地に国という概念、住民の流入を呼び起こしたレグルスに対し、 そうした変化があったからこそ生まれたプレイント。) (どうやらレグルスはプレイントを消耗させる算段らしく、 痛烈な反撃はしてこないものの、プレイントの防衛本能を刺激し 攻撃を誘い出している。) プレイント: くっ……ぅっ、いつまでそうして逃げ続けるつもりですか……! レグルス: アナタが動けなくなるまで、でしょうか。 ワタシはこうして回避し続けていても、何も消耗しませんので ヴィジュー: 嘘でしょ……あんなに動いてるのに、まるで涼しい顔してる。 本当に消耗してないの……? デュプリ: 神官長は戦闘能力だけは一級ですから レグルス: デュプリ? デュプリ: あと美人ッスよ レグルス: そこではありません ピュルテ: レグルスさん!いつまで、こんなことを続けるつもりなんですか……! レグルス: ……?さっき言ったばかりでしょう。プレイントが動けなくなるまで、です ピュルテ: 違います。この戦いをです。同じオトギノクニに住んでいる同士なのに、 どうしてこんなふうに争い合わなきゃいけないんですか? レグルス: …… ピュルテ: サマカさん達だってそうです。同じμ世界からやってきた仲間じゃないんですか!? (レグルスはライブラを盲信している。 ライブラが言うことなら何故それが必要なのかなど考えもしないだろう。) (だが、可能性はある。きっとピュルテは彼女の正義感から口走ったのだろうが、 ここは俺も一口乗るべきだと判断した。) 人間さん: ピュルテの言うとおりだ。オトギノクニはもう、今の体制で確立されているんだぞ。 こんな仕掛け、住民の反発を呼ぶだけだ レグルス: その辺の無能な住民に、この高邁な考えが理解されるとは最初から想定していません 人間さん: 実力で押し切るんじゃなく俺達に意見を届けよう、とは思わないのか? その方が理想を実現する近道なんじゃないのか? レグルス: それは……違うと、ライブラが判断したのですから…… 人間さん: 十二神官だって、意見が分かれているんだろう? だからこの戦いなんじゃないのか? (畳みかける。現状、スピカなる神官が押さえているという 1箇所を勘定に入れれば2対1と、こちらがやや優勢だ。) (しかし、この先の戦いがどう転ぶかは分からない。 和平交渉を持ちかけるなら、こちらが優勢なうちにするのが鉄則だろう。) 人間さん: (とはいえ、レグルスは自分で何かを判断するわけじゃない。 ライブラの指示もなく和平に乗るとは思えないが…… それでも楔を打つ価値はある……!) ピュルテ: 人間さんの言うとおりです!争いは、争いしか生まないんです! 人間さん: そもそも……ライブラの理念とやらは、 十二神官という枠内でさえどこまで共感されてるんだ!? レグルス: ……っ!? (予想外なことに、レグルスは動揺を見せた。 ライブラの事は微塵も疑わないはずだが……?) カノープス: おいおい、何をちんたらやってんだよ。 レグルスなら、さっさとその精霊を無効化できるんじゃないのか? レグルス: カノープス…… カノープス: ライブラが何を望んでるか、忘れるなよ? 300048 - ぶつかりあう師弟 サマカ: そうだったべ……相手にしてるのは師匠なんだから、 つまんねことで迷ってたらだめだべ…… サマカ: 情けない戦いじゃ、師匠をがっかりさせてしまうから…… 成長したわたすを、しっかり見てもらうんだべ……!! (サマカが気合いを入れ直した瞬間、彼女の身体の周囲を覆う魔力のオーラが 光の強さを増した。俺の目にも分かるほどなので、かなりの出力だろう。) 人間さん: (サマカはまだこんなに力を残していたのか……! さっきまで互角だったんだ、これなら……勝てる!) (次々にハマルが放つ攻撃を、サマカは余裕をもってことごとく防ぎきる。 身をかわし、あるいは魚に防御させ、自らも障壁を張って――) サマカ: これが、わたすの積み上げてきたものだべ! ハマル: ほう、見事なものだね サマカ: もう褒めてもらっても調子になんか乗らないべ。 この勢いで師匠に勝ちきるっ……!! ハマル: あ、いやいや ハマル: まだサマカ『も』本気じゃなかったんだな、と思ってね サマカ: え……『も』って―― 人間さん: !? (対するハマルの周囲を覆う魔力のオーラも、輝きを増す。 あまりに楽観視していた自分を恥じるほかなかった。) ピュルテ: すごいエルマイトです……!まさか、こんなに……! ヴィジュー: これまで見てきた十二神官を超えてきてない……!? ハマル: 申し訳ないね サマカ: 師匠……っ! ハマル: 師匠気取りで手を抜くなんて、サマカに無礼だった。 ここからは私も、本気でいくよ (言うなり、次々とサマカに向けて魔法の矢を放つハマル。 少しずつ時間差をつけて襲い来る攻撃を、 サマカはギリギリながら器用にさばいていく。) (魔力の高さや魔法技術だけでなく、戦闘センスも卓越しているのだろう。 俺は思わず感嘆の声を漏らした。) レグルス: 見事なものですね。さすがはハマルですし、その弟子であるサマカもまた…… デュプリ: そんなこと言って、十二神官の皆さんのことなんて、 神官長はあんまり把握してないでしょ? レグルス: そ、そんなことはありません。 彼女たちのことは、ちゃんと顔と名前も一致しますし デュプリ: いや、それ普通ッスからね レグルス: それに、師匠と弟子という関係性ではありますが、 あのふたりがとても良好な関係であることも把握していましたから デュプリ: そうなんスか? レグルス: サマカがハマルをリスペクトしていることは言うまでもありませんが、 ハマルもまた愛情をもって接していたものと承知しています カノープス: ま、そうだろうな。今のあの戦いを見てても分かる デュプリ: あのふたりに限らないッスけどね。 ルクバトさんなんて姉妹だし、サダルスウドさんだって…… レグルス: ……そうですね。ここまで、縁のある同士が戦う流れになっていますからね レグルス: でも、因縁ではない……この戦いに入るまでは、 むしろ共に歩み、過ごしてきた組み合わせ…… レグルス: そもそも、どうして争うことになっているのでしょう。 同じ世界のμで、同じく移り住んだ仲間であり、そして星の革命軍の同志だった…… レグルス: 良好な関係なら、もし意見が違っても 話し合うことで解決を図れたのではないでしょうか デュプリ: そッスね。歩み寄りができるはずだし、そうするべきなんスけどね カノープス: 話はそう簡単じゃない。信じた理念のためなら妥協はできないだろ デュプリ: そういうもんスか? カノープス: まずはこうして、本気でぶつかり合わなきゃだめだ。 その上で見えてくるもんはあるだろうよ レグルス: ……そうかもしれません レグルス: (……でも、このままではワタシ達十二神官の戦力が、大きく削がれてしまう……) ペロー: 非常にまずいですね…… キャロル: 戦力の消耗ってこと? ペロー: もしもグリムや人間さんが、このヴェルト・レダクツイオンが完成した後の 対応として、何かカードを残していたら……場合によっては逆転の可能性もあります ペロー: 残る神官だけでも、なんとか戦いを避けないと…… 勝敗に関わらず、ここまで4名とも消耗が大きすぎる…… キャロル: しょうがないじゃん?もっと血を見たほうが盛り上がるよ♪きゃはははっ! ペロー: ……ゲーテは、何か考えはありますか? ゲーテ: いいえ。私もこのまま静観で良いと思います。 第三者が口を挟めるものではないでしょう ペロー: それは、確かにそうかもしれませんが…… ゲーテ: それに、ねえ?メフィスト ペロー: ……? 300049 - サマカの決意 ゲーテ: そもそも、です。予定調和で物事を進めてもそれは正しい姿とは言えません キャロル: ふんふん? ゲーテ: 葛藤や混乱から調和は生まれるのです ペロー: あなたのその主張は分かりますが…… 計画に支障が出るのは困るのですよ。真の調和でなくてもいいわけですし ゲーテ: そのように計画を優先しすぎると、遅かれ早かれ綻びは出るものですよ。 ねえ、そうでしょう? メフィスト: 時間の問題というやつだな。寝かせた分だけ爆弾の威力が増すこともある キャロル: あたしは血が見られるなら、どっちでもいいけど~。 でも我慢してたらつまんないし、みんな言いたい放題で殴り合えばいいんじゃない? ペロー: ……? ペロー: 気のせいか…… ゲーテ: 何がです? ペロー: いえ……ところでゲーテは、何故このタイミングで姿を見せたのです? ゲーテ: 何故……そうですね、この不安定な情勢を見て、 今こそわたしの能力を活かせると思ったから、でしょうか ゲーテ: 派手な特殊能力はありませんが、実務的な調整力は高いと自負していますし…… メフィスト: そんなに謙遜しなくていいんだぞ。もっと強気に出ろ ゲーテ: そ、そうですね。もちろんコミッティとして、 数々の政策立案も行ってきたわけですし、魔法の扱いも…… メフィスト: 一流だろう ゲーテ: い、一流だなんて言っていいのでしょうか。でも悪くはないかと メフィスト: ったく、これだけ言っても押しの弱いやつだな ペロー: もちろん、あなたの実力は私も認めていますよ。 こうして戻ってきてくださったことは心強いです ゲーテ: よかった…… ペロー: ……味方なら、ですが シェイクスピア: ……驚いたわ。あなたがここに来るなんて ニーチェ: い、いや……別に来たくはなかったんだけど…… でも、あなたたちは波長が合いそうな気もしたし…… パラケルスス: なんか、やだなぁ ニーチェ: !? カロラ: おい、そういうこと言うなよ。それなりに勇気を出して来てやってんだしさ パラケルスス: それで、どういう用件なんだい シェイクスピア: 単刀直入ですねぇ。もうちょっとアイスブレイクが必要でしょう? ワタシですら、そんな判断ができるのに カロラ: 常識人があたしひとりって負担でかいなぁ ニーチェ: あの……聞いたところだと、どうも……イマジュマイト・アディションや μ同士の強化などについて、アドバイスをしたと聞いて…… パラケルスス: 結果を保証するものじゃないけどね ニーチェ: 私も、少し思っていることがあって、それで……ふひっ ハマル: まだまだいくよ サマカ: くっ……なんのっ!わたすだって、まだできるんだべ! (戦況だけで言えば、どちらも決定打には至っておらず互角の勝負だった。) (だが……サマカには疲労が色濃く滲む。 途切れずに戦いが続いている状況では、俺からエルマイトを渡すことも難しいだろう。) 人間さん: (もっとも、チャンスがあったとしても サマカの感情的には俺の支援を受け入れるかは分からないけど) サマカ: はぁっ、はぁっ、まだだべ……! ハマル: だいぶ無理をしているように見えるよ。かなり苦しいんじゃないかな サマカ: そうだべ……同じ魔法を使っても、 師匠ほどの経験があればわたすより楽に使いこなせる…… (燃料タンクの量も、性能も同じ車だとしても、ドライバーの力量で燃費が変わる。 きっと、そういうことなのだろうと俺は解釈する。) サマカ: でも……まだ踏ん張れるんだべ。わたすがぶっ倒れる前に勝負を決めるんだべ……! ハマル: その意気や、よし ハマル: (——と言いたいところだけど) ハマル: (そろそろ勝負を決めないといけないな…… あまり長期化して魔力的疲労が蓄積すると、サマカの身体も心配だ) ハマル: (ここはサマカを気絶させて、この戦いは終結としよう。 人間さんくんとやらも、サマカが戦線離脱すれば無駄な抵抗はしないだろうし……) (ハマルから更に強力な波動を感じる。まさか、まだ力を残しているというのか。) ハマル: さあ勝負を決めようじゃないか サマカ: やっぱり師匠はすごいべ…… サマカ: わたすが勝つなんて、まだまだ無理だべ…… ピュルテ: サマカさんっ!? ヴィジュー: 心が折れちゃったの!?これだけの力を見せられたら気持ちは分かるけど……っ! サマカ: いんや サマカ: 戦いには勝てそうにないってだけなんだべ。でも…… (サマカはこちらに微笑みかけたかと思うと、 彼女もまたハマルと同じく魔法を発動する。) ハマル: ……っ、サマカ、それは……!? サマカ: 付き合ってもらうんだべ、師匠 300050 - サマカの献身 ハマル: ……っ、サマカ、それは……!? サマカ: 付き合ってもらうんだべ、師匠 (無防備にハマルとの距離を詰めたかに見えたサマカ。 しかし、彼女の身体が光を放ち、周囲がホワイトアウトしたかと思うと――) (ふたりは、魔法陣の一画で睨み合ったまま動かない。) (しかし、誰もが異変にすぐ気づいた。) ピュルテ: もしかして……おふたり、動いてない……ですか? (決意を込めた表情でハマルを睨むサマカ。 対して、ハマルは驚いたような表情で硬直している。明らかに不自然だった。) ポラリス: 凍結魔法だね ヴィジュー: 凍結……? (普段のテンションとは一転、冷静につぶやくポラリス。 その視線の先で硬直するふたりは、 言われてみれば確かに凍り付いているかのようだった。) ピュルテ: どうして、そんなことを……? ポラリス: 捨て身の戦術…… (そこで、ふいにポラリスは自身を見つめる俺の視線に気づき、 にっこり笑顔を浮かべた。) ポラリス: かなっ☆ ヴィジュー: そんないい笑顔でいうことじゃなくない? ポラリス: たぶん、サマたんは師匠に勝てないと思ったんだよ。 だから、自分もろとも極大凍結魔法を展開することで、 ぜーんぶ終わらせちゃったんだね☆ ポラリス: ハマたんを凍結しちゃえば、 もうこれ以上は魔法陣にエネルギーの注入はできなくなっちゃうもんね☆ ヴィジュー: そっか……じゃあサマカは身を挺して守ってくれたってこと? ピュルテ: そんな…… 人間さん: 元に戻す方法はあるのか? いや、その前にサマカの気持ちに報いるためにも、 まず星のしずくを探し出して栞を挿さないと―― ポラリス: あ、ううん。管理権限はハマたんが持ったままだし、 凍結って現状維持で動かさないってことだから…… 人間さん: 良くも悪くもこのまま、ってことか…… ヴィジュー: ちょっと試しに魔法陣に触ってみる! ピュルテ: ちょっとヴィジューさん、あぶなっ…… ヴィジュー: えいっ ヴィジュー: あだっ! ピュルテ: 無茶したらだめですよ! 人間さん: つまり……勝敗は引き分けみたいなものだな ポラリス: そうだねっ☆ ヴィジュー: 師匠との勝負っていって、すごく気合いも入ってたのに…… そこにこだわらないで、冷静に判断してくれたんだね ピュルテ: さすがです、サマカさん…… デュプリ: どうするんスか、神官長 レグルス: どうするも何も……あんな凍結魔法、ワタシにもどうにもできません カノープス: となると、このまま撤収するしかないか レグルス: 仕方ありません。次の魔法陣に急ぎましょう 人間さん: レグルス!! レグルス: ! 人間さん: いつまでこれを続けるつもりなんだ。 GR2を巡る戦いで、お前も気付いたんじゃないのか? 人間さん: あの戦いで敗れて、GR2は俺達の意図する通りに改変された。 その後、オトギノクニはどうだ?どこの誰が傷つき、苦しんでる? 人間さん: これは誰のための戦いなんだよ レグルス: ……っ デュプリ: ばしっと言い返しちゃってください、神官長 レグルス: …… デュプリ: 言われっぱなしですよ 人間さん: ライブラが主導してるんだろう? でも、まだ封印されたままで外に出て来ていない。 過去しか知らない彼女が状況を把握できないのも仕方ないことだ 人間さん: この戦いを止められるのは、お前しかいないんじゃないか? レグルス: ……行きますよ デュプリ: あれ、言い返さなくていいんですか? レグルス: 勝手に言わせておきなさい (レグルスは、デュプリとカノープスを連れて立ち去る。 俺はその背を見送りながら、溜息をついた。) 人間さん: ……で、ライブラって封印されたままってことであってる? ポラリス: そだよ☆ ヴィジュー: そんな大事なところ、ふわっとしたまま見切りで喋ってたの? ピュルテ: せっかくカッコよかったのに台無しです 人間さん: げふんげふん。じゃ、俺達も次の魔法陣に向かうか…… ポラリス: あ 人間さん: え? ポラリス: ポラりんのセンサーに反応ありっ☆ なんか、オーたんとテュポたん、見つけたみたいっ ピュルテ: オーたん……オーディンさんのこと、ですよね……? ヴィジュー: 見つけたってもしかして、アシェンプテル!? ポラリス: そ♪もう戦い始めちゃうところみたいだねっ☆ 300051 - トールの賭け オーディン: な、何をするつもりなんですか、トール……!? トール: パラケルススから教えてもらったわ。こいつの使い方をね オーディン: それは……!? (トールが取り出したのは銀色に光る1本の音叉。 彼女が、パラケルススから預かった魔道具——) トール: レゾナンス・フォークよ。これを響かせて、鳴りやむ前にオーディンが触れば…… あたしのμとしての力をオーディンに渡せる トール: その力は単純な1+1=2という計算式に収まらない。3にも4にもなり得る…… オーディン: そのとき、トールはどうなるんです! トール: さすがオーディン……カンがいいわね オーディン: 簡単なことです。そんな都合のいい強化方法があるなら、 あなたはとっくに使っているはずですから オーディン: ここまで温存したということは何かしらの制約があるはず…… わたしの力が2どころか、3にも4にもなるのなら、 トールはどうなってしまうんですか!? トール: 死にはしないわ。μの力を失って、何もできなくなるだけよ オーディン: そんな…… オーディン: ……ここまで温存したということは、元に戻る方法はないということですよね…… トール: あんたって本当に、頭の回転が早いのね。 もう隠しても無駄だし言っておくわ。その通りよ オーディン: ……っ (オーディンは逡巡する。 確かにこのままアシェンプテルと戦っても、勝率が高いとは言えない。) オーディン: (こうして4人がかりで戦っても……あの人は涼しい顔をしてる。 何か決定打がなければジリ貧になってしまう……) トール: 迷ってる暇はないの、オーディン。 あんたの未来視で、あたしが死んだり消えたりしてるところ、 見えたわけじゃないでしょ? オーディン: それはそうですが……でも、わたしの能力で見えないからといって、 絶対に発生しないというわけではないです。 すべての事象を見通しているわけでは…… トール: そんなこと分かってるわ (トールはオーディンの手を握る。僅かに、震えていた。) (オーディンの手が、ではない。それだけで、安易な考えで パラケルススの発見した手段に乗っているわけではないと察せられた。) トール: でも、あたしが望んでるの。 オーディンが望む新たな力で、この厄介な相手をどうにかして、守り抜いてほしいの オーディン: 守る……この、世界を…… トール: そうよ。あたしとオーディンが過ごした世界も、 オーディンが人間さんとか出会った連中と過ごした世界も、 等しく守ることができる…… トール: それにね、自分の力が足りないと嘆くあんたの姿、もう見たくないの。 だってオーディンは、誰よりも強いはずなんだから オーディン: トール…… (視線を移せば、ゼウスとテュポーンは懸命に奮闘してアシェンプテルを抑え込んでいる。 だが、いつまでもつかは未知数だ。) ゼウス: なかなか、やりますね……! 最強のわたしと、ここまで互角以上に渡り合うなんて……っ! アシェンプテル: 聖母からもらった力があれば、すぐにでも終わらせられるのよ。 でもそれじゃあ、もったいないから アシェンプテル: ちょっといろいろ試させてもらうわね? (アシェンプテルは腕を振るうと、魔力の渦が回転を始める。 車輪のように回転するそれは、不規則に飛び跳ねながら、周辺を駆け巡る。) テュポーン: うわっ!?なんかとんでくる!? ゼウス: どういう効果があるかは分かりませんが、当たったらアウトです!たぶん! テュポーン: わかった、よけるっ! アシェンプテル: なかなか使えそうなのよ テュポーン: !? (魔力の車輪を回避することに集中していたテュポーンのすぐ背後に、 アシェンプテルが迫っていた。) ゼウス: テュポーン!! アシェンプテル: はあっ!! テュポーン: うあああぁぁぁっ!? (吹き飛ばされるテュポーン。アシェンプテルの放った魔法が直撃していた。) アシェンプテル: うーん、でも他に味方がいると困るかも。 この魔力の輪、どう動くかわたしにも分からないのね アシェンプテル: ま、ひとりで戦えば済むことなのよ! ゼウス: ……っ (新たな力を試す余裕すらみせるアシェンプテルに、 ゼウスは奥歯を噛み締めて睨みつけることしかできない。 そんな戦況を見つめ、トールはそっと音叉を掲げた。) トール: 可能性に怯えていたら何もできないわ。 少なくとも目の前の現実は、確かにそこにあるんだから トール: この音叉の響きが消える前に、触れて。それだけでいいの オーディン: ……っ (トールはオーディンの返答を待たずに――) (キィン……) (音叉を鳴らした。) オーディン: トール……わたしは、必ず……! (覚悟を決めたオーディンが、澄んだ音色を響かせるそれに指先を伸ばし――) 300052 - レゾナンス アシェンプテル: ほらほら、数を増やしてみるのよ ゼウス: 車輪が、3つに……っ!? テュポーン: ゼウスっ、うしろ! ゼウス: くうっ……! アシェンプテル: うーん、さすがに同じ手は通じないみたいね。 でも、これだけ数が増えたら避けるので精一杯なのは間違いないはず (アシェンプテルが繰り出した魔力の車輪は、 本人すら把握できない不規則な軌道でゼウスとテュポーンを襲う。 ふたりはアシェンプテルの言葉通り、回避だけで疲弊していた。) アシェンプテル: あはははっ!なにこれ、見たことあるのよ。 そうだ、これ鉄板の上に乗せたお姉様とおんなじ……! アシェンプテル: ……?お姉様……?どうして、わたしはお姉様を鉄板になんて…… アシェンプテル: ――っ!? (アシェンプテルがふと何かに思い当たりかけたとき、周囲を眩い光が照らした。 その場の全員が注意を向けると、そこには――) オーディン: そこまでです……! ゼウス: これは……!? オーディン: あなたの凶行はわたしが止めます! (オーディンが一気に距離を詰め飛び込む。 アシェンプテルはその攻撃を、寸前で魔法の盾を出現させ、受け流した。) アシェンプテル: さっきまでと全然違う……?何が起こったの……? オーディン: 背負うものが、ひとつ増えたんですよ (強化されたのは誰の目にも明らかだった。 その戦いを見届けながら、トールはその場にへたり込む。) トール: あはっ……やっぱりオーディンは強いよね……。逆にしなくて大正解…… トール: でも……もう、あたし一歩も動けそうにないわ……。 逃げる自信ないし、ちゃんと仕留めてよね…… (攻撃を次々に繰り出すオーディンを、なんとか捌くアシェンプテル。 ここぞとばかりにテュポーンも追撃する。) テュポーン: えいっ!! アシェンプテル: くっ……いきなり、なんなの? まるでわたしが聖母から力をもらったときみたいな……!? テュポーン: オーディン、つよくなった! オーディン: トールのおかげです。全部、彼女がわたしに託してくれたから…… (切なげな表情のまま、非情に斬撃を繰り出すオーディン。 それをかわしたアシェンプテルを――) アシェンプテル: きゃうんっ!? (雷撃が襲った。その赤い稲妻は、言うまでもなくトールの専売特許だったもの。) テュポーン: いまの…… オーディン: トールから、これも受け継いだみたいです。 意識しなくても、当たり前のように使えました アシェンプテル: ふふっ……なかなかおもしろくなってきたのよ。 ここで撤退するよりも、先に潰しておくのがベストなはず。わたしも本気でやるのね! (先ほどまで遊び半分だったアシェンプテルの表情が変わる。 おそらく手加減無しで挑んでいるのだろう。 それでもオーディン、そしてテュポーンの共闘でぎりぎり互角。) (いいように遊ばれていた先ほどまでとは雲泥の差—— そんな戦況を見つめていたゼウスもまた、 笑みを浮かべながらも、どこか覚悟を決めた様子だった。) ゼウス: そういうことですか、トールさん…… これがあなたの教えてくれた『レゾナンス』というものなんですね ゼウス: だとしたら…… (ゼウスは、懐から取り出したものを手に取り見つめる。 それはトールから渡された『レゾナンス・フォーク』だった。) ゼウス: テュポーン! (ゼウスはオーディンとともに攻撃を繰り出していたテュポーンに素早く近づく。 そして少し考えてから口を開いた。) ゼウス: テュポーンも、強くなりませんか テュポーン: なる! (反射的に答えたものの、すぐに首を傾げる。) テュポーン: どうやって? ゼウス: これです テュポーン: ぼう? ゼウス: わたしがこれを鳴らします。音が鳴っているうちに触れてください テュポーン: そうすると? ゼウス: 強くなります テュポーン: かんたんすぎる ゼウス: うまくいくときって、そんなものですよ (答えになっているような、いないような、 曖昧なゼウスの回答に当然テュポーンも納得はしていなかったが、 あれこれ議論をする状況でないことは彼女も理解していた。) テュポーン: わかった。テュポ、やるよ ゼウス: お願いします。本当なら最強のわたしが受け取るべきなのかもしれませんが…… テュポーンのほうがオトギノクニに馴染んでるでしょうし テュポーン: ともだちはできたよ? ゼウス: 大事なことですね (無邪気なテュポーンの答えに微笑み返しながら、ゼウスは音叉を鳴らす。) (キィン……) (言われた通りに、テュポーンは音叉に触れた。) 300053 - 記憶との相違 アシェンプテル: なんでそんなに強くなったのか分からないけど、わたしにもやらせてほしいのよ オーディン: あなたには……できませんよっ! (振り払うような大胆な攻撃を、 アシェンプテルは紙一重でかわし、カウンターで魔法を放つ。) (オーディンもそれを難なく弾き飛ばすと、 普段の気弱さを微塵も感じさせない気迫で、アシェンプテルを睨む。) オーディン: あなたは、自分のことしか考えていない。誰かのために戦う重みを知らないからです アシェンプテル: 何それ、変なの―― (アシェンプテルの言葉を遮るように、周辺を再び光が覆う。 そして、収まるかどうかというタイミングで、 新たな姿となったテュポーンが飛び込んできた。) テュポーン: やあああぁぁぁぁあああぁぁぁっ!! アシェンプテル: !? (テュポーンの突撃を食らい、声を発することもできずに吹き飛ぶアシェンプテル。) アシェンプテル: ……っ!な、な……っ、また、増えたのね……!? オーディン: テュポーンさんも……同じように力を得たんですか?ということは、ゼウスさんと…… テュポーン: よくわかんないけど、たぶんそう オーディン: これでもう、わたしたちは独りではなくなりました。 わたしはトール、テュポーンさんはゼウスさんの、 それぞれの想いも背負っているんです テュポーン: テュポ、むずかしいことはわかんないけど、ゼウスがテュポの中にいるかんじはする ゼウス: あはっ……なんかわたしのこと、食べちゃったみたいな言い方…… それにしても最強のわたしが、μの力を失うと、 こんなに何もできないものなんですね…… ゼウス: 戦いの結末を見届けられるか、怪しいかもです……意識がふわふわしてきました……。 こんなとこ見たら、ヘラが大騒ぎですね…… (今にも消え入りそうな声でゼウスがつぶやく。そして力なく、その場で崩れ落ちた。) アシェンプテル: なんなの、二人がかりでよってたかって…… それもきれいごとばっかり言って、そんなお気持ちだけじゃ戦いには勝てないのよ! オーディン: では、勝てるかどうか試してみればいいと思います テュポーン: テュポ、まけないもん オーディン: それに4人でも余裕だと言っていたじゃないですか。 ちょっと強くなったからって、言ってることをコロコロ変えるのは感心しませんね テュポーン: いった!いってた! アシェンプテル: ふん……いいのよ。別にこの程度なら戦えるし。相手をしてあげるのよ! オーディン: いいでしょう。わたしたちも、あなたを見逃すつもりもありませんから テュポーン: ゼウスがテュポのこと、しんじてくれた。がっかりさせないっ! ペロー: 気になることがあるんです キャロル: なになに? ペロー: 私も星の革命軍メンバーについて、詳細に把握はしていません。 ですが、仮にも長期にわたって志を同じくしていた仲間でしょう。 こうも揃って戦う展開になることに違和感があるのです キャロル: お腹の中で何考えてるかなんて、わかんないよ。あたしたち、部外者なんだし ゲーテ: …… ペロー: もちろん、その通りです。私だってコミッティの一員として長らく職務に就きながら、 裏ではライブラと繋がっていましたし キャロル: そう、それ。あたし、全然知らなかったし。びっくりしたんだから ゲーテ: そうですね。つかみどころのない人だとは思っていましたし、 グリム家と関係が良くなさそうだとも察していましたが ペロー: そこは察していたんですね。表向きは友好的に接していたつもりでしたが キャロル: いや、それは無理があるって。 フェルディナとかシャルロッテにはそれなりに普通に接してたかもだけど キャロル: でもさ、ペローもそうだし、あたしだって…… 解散までは、全然普通にやってたのに、こうして今はペローといるじゃん? キャロル: だから、心なんてわかんないもんだよ。あ、ゲーテもあたしとおんなじクチか ゲーテ: ……行かなくては ペロー: はい? ゲーテ: まだ、やるべきことがあるのです。行かなくては ペロー: どこへです?やるべきこととは? ゲーテ: 行かなくては……私の役割をまっとうしないと…… ゲーテ: ああ、メフィスト。その通りです。もちろん忘れてはいません ペロー: ……? ゲーテ: そうですね、メフィストがいれば私も心強いです。それでは急ぎましょう ペロー: あ、ちょっと、だからどこへ…… ゲーテ: 行かなくては ペロー: …… キャロル: イッちゃってんね ペロー: そうですね…… ペロー: (何らか異常をきたしているのだとして、それでも……どこか印象が違う……) ペロー: (もともと真面目で堅物、融通の利かない人ではありましたが…… あれはもはや強迫観念のような……) 300054 - 生まれた絆 フェルディナ: …… フェルディナ: (姉さんたちは、まだ……時々は意識を取り戻すけど、絶対安静…… ほとんどを眠って過ごしている……) フェルディナ: ……私、どうしたらいいの (病室には、フェルディナのつぶやきと、エルマイト供給装置の無機質な音だけが響いた。) (既に直轄領の魔法陣は完成し、誰にも手出しはできない。 エルマイトもディマイトも、周辺の供給経路は魔法陣に侵食され ほとんどが使い物にならなくなっていた。) フェルディナ: この直轄領はもう、壊滅よ。 なんとか住民は避難させられたけど……都市機能はもう、戻らない フェルディナ: レオナの頃から言い伝えられているそうよ。 装置は使用して消耗するより放置して劣化するほうが何倍も早いって。 今後もし魔法陣が解決したとしても、そのときはもう…… フェルディナ: 私は何も守れなかった…… (眠り続ける姉ふたりの前で、フェルディナはうつむき、鼻をすすった。) (姉たちも、エルマイトが潤沢に供給できたら状況は違っただろう。 そして彼女たちがいればこの危機も脱せたのではないか。 すべてが連鎖して現在に至る――フェルディナはそう捉えていた。) フェルディナ: せめて、姉さんたちだけでも守って―― ジューチャオ: ねえねえ!何で骨から味がするの!? フェルディナ: !? (突然、病室のドアが勢いよく開けられた。 フェルディナが驚いて振り向くと、そこにはジューチャオの姿が。 その後ろから看護師が、慌てて彼女を止めようとしている。) フェルディナ: ここ面会謝絶になってるのよ!? ジューチャオ: え、でもフェルディナは面会してるよ フェルディナ: 私は身内だから! ジューチャオ: 心の壁か…… フェルディナ: 血縁よ!心じゃなくて! ジューチャオ: でもお姉ちゃんたち、寝てるんでしょ?何してたの? フェルディナ: 何って…… ジューチャオ: それより豚骨ってどうして味が出るの? フェルディナ: ここまで押し入ってきて聞くこと!?それ!? ジューチャオ: だってフェルディナが帰ってくるのを待ってたのにさ、 ずっと病院に行ったまま帰ってこないじゃん ジューチャオ: 早くしないと、何が疑問だったのかも分かんなくなっちゃうでしょ? フェルディナ: あなたねぇ……! ジューチャオ: 寝てるお姉ちゃんのことはそっとしといてあげなよ。 身体しんどいのに、フェルディナのつまんない愚痴を聞かされたら 具合ますます悪くなっちゃう フェルディナ: なんですっ……て…… フェルディナ: …… フェルディナ: そう、ね……姉さんたち相手に泣き言を言ったって、何も始まらないわ。 ジューチャオの言う通りかもね…… ジューチャオ: 泣いてたの? フェルディナ: な、泣いてなんか……! ジューチャオ: だって泣き言っていうから フェルディナ: 実際に泣いてなくても言うものなの! (言いながら、フェルディナは目尻をさりげなく拭い、もう一度だけ鼻を鳴らした。) フェルディナ: もういいわ。戻りましょ ジューチャオ: 元気そうでよかった フェルディナ: 寝たきりの人によくそんな台詞が吐けるわね ジューチャオ: や、フェルディナが。 レグルス教国の魔法陣も、結局なんか引き分け?に終わったみたいだし。 なんかうまくいかない流れ作ったの自分かも、とかヘコんでるかなって フェルディナ: ……そりゃあ、気にはするわよ ジューチャオ: フェルディナってナルシストなんだね! フェルディナ: は!? ジューチャオ: みんなが私に注目してるって思ってるんでしょ? 私が世界を動かしちゃうぞ、みたいな フェルディナ: ……っ ジューチャオ: いいじゃん。ナルシストの人って美形なイメージだし。 フェルディナ、顔はいいと思うよ フェルディナ: ……あなた、どこまで意識して喋ってるのかしらね。 それが全部、演技だったらすごいわよ ジューチャオ: ……? ジューチャオ: はっはっは!そうだ、演技なのだー。あたしはすごい子なんだぞー フェルディナ: ……バカバカしい フェルディナ: でも、ありがと (2対1という数的有利はもちろんだが、 新たな力によって躍動するふたりはもはやアシェンプテルを脅威と捉えていなかった。) オーディン: この戦い、いけますね テュポーン: うんっ、やっつける! アシェンプテル: わ……本当に負けちゃいそうなのよ。 なんなの、その力。わたしもほしいから、もっと観察するのよ アシェンプテル: もっと見せて。もっと色々やって。 わたしもきっと、まねっこして同じように強くなってやるから (戦況的に追い込まれていてもなお、 アシェンプテルはどこか飄々として見慣れない力に興味を示す。) (だが当然、ふたりは悠長に手の内を晒すつもりもなかった。) オーディン: テュポーンさん……! (オーディンの目配せに、テュポーンがうなずく。) テュポーン: つぎで、きめる! (タイミングを合わせたふたりの攻撃がアシェンプテルに届き――) 300055 - 幕引き アシェンプテル: く……ううっ、さすがにだいぶやられたのよ…… (ふたりの連携攻撃は、アシェンプテルに確かな傷を負わせた。 しかし、致命傷には至っていない。 そう確認したアシェンプテルは、再び立ち向かおうと身構える。) オーディン: あれだけの傷を受けて、まだ戦意を喪失しないなんて テュポーン: せんとーみんぞくだ。人間さんから聞いたことある アシェンプテル: ふん、やられたけど、まだ戦えるんだから……だったら戦うべきなのよ アシェンプテル: まだ、わたしの攻撃がどれくらい通用するか、見極めてないし…… 情報は多いほうが、後々役に立つはず! ???: そこまでです (ふいに響いた、静かだがよく通る声。 アシェンプテルがハッと視線を移すので、 オーディンとテュポーンも森の木陰から現れた相手に注意を向ける。) アシェンプテル: ゲーテさん……! テュポーン: あ、あいつ!ねえゼウス、あいつだよね? (テュポーンが声を上げるが、 ゼウスは既に手近な木の幹にもたれたまま気を失っていた。) オーディン: あいつって……テュポーンさんたちの世界で遭遇したっていう…… そうですか、彼女がゲーテ…… アシェンプテル: どうして止めるの、ゲーテさん。 わたしはまだ戦えるし、ここからが腕の見せどころなのよ ゲーテ: ここで無理をするメリットがありません。たまたま移動中に遭遇しただけでしょう? アシェンプテル: メリットはあるわ!わたしが気持ちよくなる! ゲーテ: あなた個人の、ではなく全体のメリットの話です。 それに彼女たちと戦う機会だって、後々また発生するでしょう。 そのケガを押してまで、いま強行する必要はありません アシェンプテル: う……それは、うん……そうかも。でもゲーテさんが来たら勝てるんじゃない? ほら、ツェンなんとかがあるでしょ ゲーテ: どうでしょうね。相手が悪いですから。 あなたをいじっても、向こうに干渉しても、あまり効果が得られないでしょう オーディン: 干渉……?何の話でしょう……? テュポーン: さっぱり アシェンプテル: だってアルゲディさんは? ゲーテ: 彼女はもう完全に馴染んでますから。そこのふたりとは違いますよ アシェンプテル: むうう…… ゲーテ: 他に何かありますか? アシェンプテル: わかったのよー!帰る!帰ればいいんでしょ! ゲーテ: そうです アシェンプテル: でもつまんないのよ。何かしてないと落ち着かないし ゲーテ: 私を手伝ってください。それでいいでしょう? アシェンプテル: はーい (それまで、内容のよく分からないやり取りを見守っていたオーディンだったが、 アシェンプテルがどうするつもりなのかを察し、テュポーンに向けて頷きかける。) オーディン: これ、逃げるつもりですよね……? テュポーン: だめ、にがさない オーディン: 同感です! (アシェンプテル達に向けて同時に攻撃を放つふたり。 当然、ゲーテも巻き込まれる範囲にいたが――) オーディン: (あのゲーテという人がどれほど強いかはわかりません。 でも、いまのレゾナンスの力を得たわたしたちなら……!) オーディン: (なにより、せっかくここまでアシェンプテルを追い詰めたんです。 ここで逃がせば、また被害が……) (激しい光が明滅する。直後、なぎ倒された木々の枝や、土煙が巻き上げられ――) テュポーン: なんだ、これ…… (彼女たちの目の前にいたのは、巨大な黒い塊だった。) (よくよく目を凝らすとそれは――) オーディン: 犬……? ゲーテ: メフィスト、ご挨拶を オーディン: くっ!? (ゲーテの声に応じるように、巨大な犬は唸り声をあげ、 それと同時に黒い炎を吐き出した。) テュポーン: うわっ! (ふたりはとっさに回避する。 だが、その隙にゲーテとアシェンプテルは、姿を消していた。) (そして犬は再び炎を吐き出す。ただし地面に向けて。) オーディン: これは……っ、目眩まし!? (吹き上がった土煙が収まる頃には、犬の姿も消えていた。) テュポーン: にげられた……? テュポーン: んんんぅーっ!にがした!くやしいっ! オーディン: ……仕方ありません。惜しいところでしたが、ゲーテの力は未知数、 こちらはゼウスとトールが気絶している…… テュポーン: え?あ、ほんとだ オーディン: 無理をしすぎるのも危険でしたし、一応は勝利と言っていいでしょう。 まずはふたりを介抱しないと テュポーン: うん、てつだう オーディン: (しかし……魔法陣の状況はどうなっているのでしょう。 レグルス教国と、そしてあとひとつ……だったでしょうか……) 300056 - 次なる魔法陣へ (俺達はレグルス教国を後にし、次なる魔法陣へと向かっていた。) 人間さん: 砂の国の、もうちょっと先にあるμ世界と融合した場所か…… ヴィジュー: どのμ世界と融合したんだろ。ヴィーたちの世界かなぁ 人間さん: いずれにしても、ここまで1勝1敗1分…… 勝敗の数で何かが決まるってわけでもないが、まったくの五分となる展開だな ポラリス: それはどうかなっ? 人間さん: え? ポラリス: 魔法陣の管理者権限って、 そもそも元にあったところからハマルたちに移したものなんだよね ヴィジュー: 元の、ところ? 人間さん: ライブラか……! ポラリス: そう。だからライブラが復活すれば、魔法陣に介入できちゃう ヴィジュー: えっ!サマカがあんなにがんばったのに? ポラリス: 凍結魔法はライブラでも手出しできないんだけどねっ☆ 管理者権限をハマルから自分に移すことは、 そもそもの術式を組んだライブラならできちゃうと思うなっ☆ ヴィジュー: ということは、結果を先送りにしただけで 実際には敗戦に近い、ってことになっちゃうよね…… 人間さん: そうだな……だが、それでもサマカの行動は無駄じゃない。 時間を稼いでくれたんだ 人間さん: ライブラがいつ復活するのか、何に手間取っているのか、 詳しいことは分からないが……この時間を有効活用するしかない ヴィジュー: そうだね!今度こそ完璧に勝ち切らないと! 人間さん: でも、俺たちの努力でどうにかなる感じじゃないんだよな…… ほぼ神官頼みだし…… ヴィジュー: うっ……で、できることを探すのも大事なことだよ! バステト: ニャッ? 人間さん: おお、バステトじゃないか バステト: 人間さんサマ、久しぶりニャ。 おんニャの子を二人も連れ回して、変な生き物まで連れて…… 相変わらず優雅に過ごしてるみたいニャ 人間さん: いや、まったくそんな悠長な状況ではないんだが…… ポラリス: 変な生き物って言われたこと否定してよっ☆かわいいマスコットなんだよっ バステト: マスコット?じゃあ踊れるニャ? ポラリス: どういうロジック……? ヴィジュー: まあ実際『変な』は可哀想だけど、 じゃあポラリスが何かって言われるとヴィーも答えらんないなぁ バステト: 悠長じゃニャいってことは、ニャにか目的があって旅してるニャ? 人間さん: その通りだ。ちょうどいい、もし知っていたら教えてほしいんだがここ最近、 この辺りで異世界と融合した地点がないか知らないか? バステト: ははぁん。それなら分かるニャ。案ニャいしてあげるニャ! ヴィジュー: わぁっ、助かるー!ていうか人間さんって本当に顔が広いね! バステト: あれ、なんか飛んでくるニャ?カラスかニャ? ヴィジュー: こっちに来る……?あっ、あれは オーディン: 人間さんっ……! (オーディンがトールを、テュポーンがゼウスを抱えながら、 こちらに向かって飛んでくる。) テュポーン: やっと、おいついた トール: あたしたちのことをレグルス教国で待っててくれてもいいじゃない! 人間さん: 置いて行ったつもりはなかったんだが…… アシェンプテルと遭遇したんだろ?その感じだと……勝てたのか? ゼウス: もちろんです!わたしは最強なので! ゼウス: ――と言いたいところなんですが、微妙ですね バステト: よくわかんニャいけど、積もる話もあるなら立ちばニャしは疲れちゃうニャ。 お勧めのお店を紹介するニャ (場所を移した俺達は、 ゼウス達からアシェンプテルとの戦いのあらましを一通り聞いた。) テュポーン: だから、にがした。くやしい オーディン: せっかくトールが自分を犠牲にして力をくれたのに…… トール: あの場は、ああしなかったら全員やられてたわ。 自分の身を守っただけなんだから、気にしなくていいんだってば ヴィジュー: トールとゼウスは大丈夫なの?力を渡しちゃったんでしょ? ゼウス: 1回気絶しましたけど、普通に生活する分には問題ありませんよ! わたし、最強なので! トール: でもまあ、μとしての力の行使はできないから…… 落ち着いたタイミングで自分の世界に戻らないとね 人間さん: しかしゲーテの言った『あなたをいじっても勝てる見込みは薄い』という言い方…… 気になるな…… 人間さん: (ゲーテの能力は一体、なんなんだ? その詳細が分かれば、いつか対決するときに有利になるはずだが……) ゼウス: これ、美味しいですね! バステト: それはコシャリっていう料理ニャ。この辺りの人はみんニャ、これが大好きニャ オーディン: お米と、マカロニ……それにお豆も何種類か入ってますね ヴィジュー: ヴィー、これ好きかも! 300057 - 創造せし土地精霊 (バステトと出会った砂の国の、とある町を出てしばらく。 周囲の風景が変わり始め、世界の融合を感じさせる。) バステト: 申し訳ニャいけど、ここから先は遠慮させてもらうニャ ヴィジュー: それだけ危険ってこと……!? バステト: そうだニャ。ミナサマを送り届けた後、 ワタシはひとりでこの道を戻らニャいといけないし…… バステト: この辺りは人目も少ないから変質者が襲ってくることが 日に十数回はあるらしいニャ オーディン: 変質者…… トール: どこの世界もそんなやつばっかりね 人間さん: 本当にな…… バステト: 見ての通り、もうμ世界に入ってるニャ。 ここから先はワタシも土地勘があるわけじゃニャいし バステト: これだけたくさんのμに囲まれてれば、 人間さんサマの身に危険が及ぶこともニャいでしょ? ゼウス: それもそうですね! 人間さん: (あれ?バステトにμの話ってしたっけな?) オーディン: あ、ありがとうございました、バステトさん……! バステト: はーい!またみんニャ一緒に踊るニャ~! ???: まったく……貴君らは少々緊張感に欠けるようだな (ふいに聞こえた声に視線を向けると、そこにはリル、 そしてエンリルとエンキが並んでいた。) エンキ: 迎えに来ましたよ ヴィジュー: ヴィー達が来るの知ってたの……?もしかして予知能力とか……? オーディン: えっ……こ、困ります……予知とかそういうのは、あの…… トール: 別世界のμの能力に文句は言えないでしょ オーディン: うう……そ、それもそうですね……でも…… エンリル: 安心してください。予知ではありませんよ。融合が始まっているとは言え、 別世界から誰かが来たことは、察することができるんです。キ様なら、ね 人間さん: キ? リル: そう。ヴェル殿に力を与えたあのキ殿だ。百聞は一見に如かず、早速案内しよう エンキ: もう魔法陣の位置も特定されているんです。 いまはマルドゥークさんが見張っていてくれます (エンリル達に案内された先には、確かに魔法陣が展開されていた。 もはや見慣れたものだ。) マルドゥーク: おお、来たか。久しぶりだな 人間さん: マルドゥーク!元気そうで何よりだ マルドゥーク: 私は元気だが……事態はあまり良くないな。 この魔法陣はやはり、キ様でも干渉できないらしい ヴィジュー: そのキ様というのは…… キ・シャル: 久しいな、人間さんよ。いや、こうして対面するのは初めてだが 人間さん: お前がキ……!? キ・シャル: さよう。アヌが世話になっているようだな オーディン: キさんは……どういった方なんです? キ・シャル: 余はこのμ世界をアヌと共に作りし存在。創造のμである テュポーン: えっ、アヌってそんなにすごかったの?創造って、ガアとかと同じ感じだよね? ヴィジュー: ジューチャオがよく話をしてた『じっちゃん』みたいな感じ? 人間さん: まあ、そんなところだな ヴィジュー: そっか。じゃあキッちゃんって呼ぶね キ・シャル: んなっ……!? ヴィジュー: ジューチャオがいたらそう呼ぶと思うし エンリル: キ様に向かってキッちゃんとは…… 人間さん: キは、世界を作るために身体を失ったとか聞いたが、事情が変わったのか? キ・シャル: 余の存在そのものは消えていなかった…… それはヴェルメリオの件で、お前も把握しているだろう。 魔法陣からの刺激を受けて、その存在が実体化したのだ ヴィジュー: あ、じゃあこれまでの土地精霊みたいな感じ? キ・シャル: さよう。もっとも、生まれて間もないヒヨッコどもと 同列に扱われるのは余も不本意ではあるがな ヴィジュー: じゃあ今回の対決ではキッちゃんも手伝ってくれるってことだね! キ・シャル: ぐぬ……キッちゃん…… トール: 対決と言えば、神官はまだ来てないの? エンキ: 来てますよ。私達の城で休まれています。ではそちらにもご案内しますね アルデバラン: ああ……来たんだね。知らない顔もいるし挨拶しとく? アルデバラン: フローレ・アカデミーきっての天才と呼び声の高い、 星の革命軍、斬り込み隊長!極星のアルデバランとは私のことよ! テュポーン: ほわぁ……かっこいい…… ポラリス: かぁっこいいねっ☆ オーディン: は、はい…… トール: ちょっと、オーディンはそっち側にいかないでよ!友達として悲しくなるわ! ヴィジュー: 言いたいことは分かるけど、そっち側ってなかなかの悪口 人間さん: アルデバランはアカデミーの出身なんだったか アルデバラン: そうよ!ライブラの推薦でね。 思い起こせばアカデミーに入ったのも、ポルとふたり同時だったわ…… エンリル: ポル、というのは? アルデバラン: ポルックス。私の最大のライバルにして、おそらく今回の私の対戦相手よ 300058 - ライバル宣言 (ライブラの推薦によりフローレ・アカデミーに入った、アルデバランとポルックス。 そのふたりは常に成績トップを争っていた。) アルデバラン: おはよ! モブ女子: わっ、アルデバランだ!見た?今回も成績上位だったよ! アルデバラン: 当然っ! アルデバラン: ……って、何?上位?トップじゃなくて? モブ女子: え?あ、うん…… アルデバラン: ちょっと成績表見てくる! アルデバラン: (……2位、か。トップはやっぱり……) ポルックス: ん……?あ、成績…… ポルックス: はぁ…… アルデバラン: (興味も無さそうに、素通りしていった…… そう、トップで当然、私なんかに出し抜かれる心配なんて、微塵もしてないってわけね) アルデバラン: (確かに今は、1位と2位といっても差は開いてる……でも、見てなさい! そのうち発表時にそわそわするくらい、迫ってやるんだから!) サマカ: おはよう~。そんなところで突っ立って、どうしたんだべ? アルデバラン: あ、サマカ…… サマカ: はぁ……またポルックスさんとアルデバランさんで上位独占なんだべ。 ふたりとも優秀だべなぁ アルデバラン: ……でもポルはまったく気にしてないわ サマカ: こういうの、興味ある人とない人で別れるんでねか? アルデバラン: ポルは余裕があるのよ。だから私なんて相手にしてないだけ サマカ: そうだべか……? アルデバラン: でも、嫌でも意識させてみせるわ! (もともとフローレ・アカデミーは『探求の学府』とも呼ばれ、 知識量や技術を他者と競うより、各自の興味がある分野を掘り下げていく方針だ。) (本来はこの成績表も、競わせる意図はアカデミー側にはなく 遊び惚けている学生を炙りだすための、むしろ下位に注目させたいものだった。 ただ、順位が出れば競いたくなるのが人の性なのかもしれない。) アルデバラン: (廊下の向こうから来るのは……ポル……!) アルデバラン: ポル! ポルックス: は、はひっ!? アルデバラン: 今回はトップの座を譲ったけど……次はそうはいかないわ (周囲の学生たちが何事かとざわつき、 ふたりを取り囲むように成り行きを見守り始める。) アルデバラン: 私はポルのライバルとして、必ずトップを奪ってみせる! ポルックス: あ、あの、アルデバランさん、声をもうちょっと小さく…… アルデバラン: いまはまだ追いつけていない……それは認めるわ。 でも、ライバルとして恥ずかしくないように、迫ってみせるんだから! 油断しないことね! (おお……と周囲からどよめきが漏れる。 ポルックスはそれを聞いて、小さく縮こまっていた。) ポルックス: う、うう……あの、分かったのでもう…… アルデバラン: 分かってないわ!私は本気よ! ポルックス: いえ、もう、大丈夫……じゃあライバルということで、 はい、よろしくお願いします…… アルデバラン: 次の機会では絶対に負けない!見てなさい! アルデバラン: ――という感じで、ライバルとしてはとりあえず認めてもらえたわ。 でも、大事なのはこの先よ サマカ: うっわあ……ポルックスさん、大丈夫だったんだべ? アルデバラン: 大丈夫って?なんか余裕そうだったわよ。 私のことなんて、まるで脅威に感じてないみたいだった サマカ: あ、はい…… アルデバラン: それにしても、どうして私はポルのことがこんなに気になるのかしら…… アルデバラン: もともと同じμ世界の出身だってこともあるし、 ライブラっていう共通の知り合いもいるし、何より成績トップだけど…… すごく注意を引かれるっていうか…… サマカ: 何か引き付けられるものがあるんだべなぁ アルデバラン: あ、変な趣味はないわよ? サマカ: 別に恋愛だけが人を引き付ける要素じゃない…… もし思い当たらず一目惚れでもないなら、それは魂の共鳴かもしれない アルデバラン: なんか深そうなこと言うわね サマカ: 師匠の受け売りだべ。本当に一言一句、この通り言ってたんだべ アルデバラン: サマカのそういうところ潔くていいわね サマカ: でも、これで次のコンクールは ライバルとして認められてからの初めての対決になるんだべ アルデバラン: コンクール? サマカ: えっ、知らないんだべか?ライブラさんの発案で、 なんだかのコンクールが来月あたりに開かれるんだべ。 当然、参加するべ? アルデバラン: もちろんよ!よーし……絶対に優勝するわ!そして一番になるの!! 300059 - 屈辱 アルデバラン: あっ、ポル!例のあのコンクール、あなたもエントリーしたのよね? ポルックス: は、はい……まあ一応…… 学生: おい、ライバル関係のふたりが鉢合わせしたぞ! 学生: こりゃ見逃せない! アルデバラン: 今度のコンクール、必ず私が勝ってみせる!覚悟しておくのね!! ポルックス: あの、それはいいんですけど、えっと……声をもう少し小さく…… アルデバラン: 落ち着いてるわね。さすがだわ ポルックス: ……あの、アルデバランさん。今度のコンクールが終わったら…… そ、その、おね、お願いが、ありまして…… アルデバラン: お願い……? アルデバラン: (ははぁん、優勝した方がなんでも相手に言うことを聞かせられる、みたいなやつね! そんなことで怯んだりしないわよ!) アルデバラン: いいわ。私も言いたいことを言わせてもらうわよ! ポルックス: は、はいっ…… (ポルックスは珍しく朗らかに笑う。 その表情にアルデバランは多少の違和感を抱いたものの―― 気に留めることもなく、コンクール当日を迎えた。) アルデバラン: 術式の生成とコントロールが前半戦、 戦闘用自動人形との戦いでタイムアタックが後半戦…… アルデバラン: 精密な調整と、高い魔力が求められる…… でも、私なら、これくらい何の問題もないわ! (コンクールはエントリーした学生たちによる、トーナメント形式で進められていった。 そしてもちろん決勝は――) アルデバラン: ポル……やっぱりきたわね! ポルックス: へへ、どうも…… アルデバラン: (いつも冷静沈着なポルが、笑っている……?それだけ余裕ってこと?) アルデバラン: (いえ、違うわ……たぶん、強いやつと戦うと血沸き肉躍るっていう、 そういう感じになってるんだ……!) アルデバラン: さあ、勝負よ!どっちが頂点にふさわしいか決めましょう!! (勝負はまさに白熱、拮抗した展開になっていた。だが……) ポルックス: …… アルデバラン: ……っ!? アルデバラン: (どうしたの……ポルがいきなり失速した……?) (ごく僅かな差でアルデバランは、ポルックスの成績を上回り、 見事に優勝を果たしたのだった。それは彼女にとって初の戴冠だったのだが――) 職員: おめでとう!優勝はアルデバラン! 学生: おめでとう~! アルデバラン: (……あのとき、ポルが失速しなかったら私は負けていた…… まさか、とは思うけど……) (釈然としない中、トロフィーを受け取るアルデバラン。 そこへポルックスが駆け寄ってくる。) ポルックス: あっ……あの、アルデバランさんっ、ゆ、優勝……おめ、おめで……と…… アルデバラン: ポル……ありがとう ポルックス: そ、それでですね…… あの、コンクールが終わったらお話を、ってことになってましたけど…… え、あの、えっと アルデバラン: ポル……さっき最終局面で、失速したわよね ポルックス: ぬぁっ、な、なんのことだか アルデバラン: (ポルは嘘がつけない子だから……すぐに分かる…… 優勝なんて、ポルに譲ってもらっただけ……) アルデバラン: (どうしてこんなことをしたのよ……っ! 私は、ライバルでさえなくて、勝負を受ける価値もないってこと……?) アルデバラン: 悪いけど、私からは何も言うことなんてないわ アルデバラン: (譲られた優勝で、調子に乗って言うことを聞かせるなんて、 そんな最低のクソダサい真似、できるわけないじゃない……) ポルックス: えっ……? アルデバラン: 悪いけど、私はもう……ポルと話せないわ ポルックス: アルデバランさん……!? アルデバラン: ――そこから、私はポルと話さなくなってしまったわ。 その後、星の革命軍にふたりともスカウトされたけど……そこでも会話はなかった ヴィジュー: その、手を抜かれたというのは確かなんですか? アルデバラン: あのポルが、大事な場面であんなミスをするはずないのよ。 それでも確信は持てなかったけど…… トール: 相手の反応が決め手になったのね アルデバラン: だから、今回の事はいい機会だと思ってるわ。 ライブラに離反する仲間がいると知って、私は心を決めたの アルデバラン: 離反すれば、きっとポルと真剣勝負をできるはず、ってね 人間さん: ってことは、ライブラの考え方がどうこうじゃなくて、 ポルックスと戦うためにこっち側についたってことか? アルデバラン: そうよ。ライブラが何を考えてこんなややこしいことをしてるのか…… 私は全然知らないし、興味もないの ゼウス: 最強を証明するための戦いですね。応援してます! アルデバラン: ええ、今度こそ……全力のポルをねじ伏せて、私が勝つのよ! 300060 - ゲーテの要求 (フェルディナはこの日も、姉が入院している病院を訪れていた。 ほぼ毎日、時間を見つけてはこうして見舞いを欠かしていない。) 看護師: あ……フェルディナ様。毎日のようにお見舞い、お疲れ様です フェルディナ: ううん……私にできることは、こんなことくらいだから。 あなた達も、無理しすぎないようにね フェルディナ: (この私が他人を気遣うなんて……余裕がないのは変わらないけど、 少しは昔より成長できているのかしらね……) フェルディナ: (ううん……その程度で成長とは笑わせる、なんて姉さんに鼻で笑われちゃいそうだわ) フェルディナ: 姉さん、調子は…… ゲーテ: …… (病室に入ると、既にヴィルヘルミナの傍らに佇む人物がいた。 フェルディナは驚いて目を丸くする。) フェルディナ: あなた……ゲーテ……?久しぶりね。どうしたのよ、急にこんなところに (しかし、フェルディナはゲーテが、現在の一連の流れにおいて どういった立ち位置なのかを把握できていなかった。 人間さん達から事細かに情報共有されていなかったのだ。) (そのため、懐かしい知人の顔を見つけたことで、むしろかすかな安堵すら感じていた。 しかし――) ゲーテ: ヴィル……まさか、あなたがこんなふうに倒れ伏してしまうなんて、 さすがにわたしも驚いていますよ フェルディナ: ゲーテは昔からヴィル姉さんとはウマが合っていたのよね。 コミッティのときも実務面ではふたりで回していたようなものだし フェルディナ: どういう風の吹き回しか分からないけど、 こうしてお見舞いに来てくれてヴィル姉さんも喜ぶわ。 たまに目を覚ますから、もしよかったら時間の許す限りいてあげて ゲーテ: ジャコヴァさんも一緒に倒れてしまうなんて…… こういうときに、姉妹が支えになればよかったのでしょうけど。 でもいつも一緒に行動していましたからね (うっすらと抱いていたフェルディナの違和感が、はっきりと輪郭を成した。 さっきからゲーテは、こちらを向いていない。 かけた言葉にも反応していない。まるでフェルディナなど、いないかのように。) フェルディナ: (この感じ……) (かつてグリム家の落ちこぼれとして居場所がなかった彼女が味わった、 疎外感が再び襲う。その嫌悪感に耐えられず、彼女はとっさに口を開いていた。) フェルディナ: 無視しないでちょうだい、ゲーテ ゲーテ: …… (ゆっくりと顔を上げるゲーテ。病室に入って以来、初めて視線がぶつかった。) フェルディナ: 私はここにいて、あなたに話しかけているのよ ゲーテ: ……アイソーポス街道の8番街 フェルディナ: ? ゲーテ: キャロル街道の西3番交差点付近、ダンテ街道の陸橋下 (当初は何を言っているのか測りかねていたフェルディナも、 3カ所目に至ったところでハッとする。) フェルディナ: それ……この直轄領の基幹インフラ制御システムのある場所…… ゲーテ: 罠を仕掛けました (コミッティ管理下にあるイマジュマイトは、 流通ルートから魔法陣に吸い取られ枯渇してしまっている。 ただ、都市機能そのものが損なわれたわけではない。) (エネルギーさえ再充填できれば機能は復活する。 あまりに莫大なので復活のめどが立たないだけで仕組みはあるのだ。) (だが、そこに何らかの攻撃がなされれば、 今度こそこの町のすべての機能が停止しかねない。) ゲーテ: わたしも、この町を破壊することが目的ではありません。 ですが、罠を発動すれば都市としては立ち直れないほどの打撃を受けるはずです フェルディナ: どうして、そんなことを…… ゲーテ: 事態を打開したいと思うのなら、 グリム家が備蓄しているイマジュマイトをわたし達に提供してもらいましょう フェルディナ: ……っ、イマジュマイトが目的で……!? (グリム家の備蓄は確かにあった。 だが、魔法陣の影響を都市が受け始めたところで、 住民避難を行うためにそれらを使用したため、ほとんど残っていない。) フェルディナ: (そんな……ありもしない身代金を要求されて、町を人質にとられて…… こんなの、どうしたらいいっていうのよ……!?) ポラリス: きらりん☆ 人間さん: なんだよ、急に ヴィジュー: 何かあったの? ポラリス: ちょっと異変を感じ取ったんだよっ☆ もしかしたら直轄領あたりに何かあったかも 人間さん: 直轄領に……!? アルデバラン: ふう、ひとまず今日の訓練はこのくらいにしとこうかな。 この後、ポルが挑んでくるかもしれないし アルデバラン: ん?なんかあった? 人間さん: いや、なんでもない。ゆっくり体を休めておけよ アルデバラン: うん、ありがと! 人間さん: ……ポラリス。さっきのことはアルデバランの耳には入れるな。 いま、余計な情報を与えて変な重圧になっても良くない ポラリス: 了解☆人間さんたんは優しいねっ 人間さん: ちょっと連絡してみるか…… (だがスホマはつながらなかった。こっちが原因ではなさそうだ。) ポラリス: イマジュマイトが不安定になってるからかな? 人間さん: そうだな、魔法陣にあらかた吸い取られているし…… 人間さん: (大丈夫だろうか……何事もなければいいが……) 300061 - 懊悩 フェルディナ: (こんなの、どうしたらいいっていうのよ……) (誰もいないコミッティ本会議場で、フェルディナは頭を抱える。 彼女が座るのは、4号委員席。現役だったときに与えられていた座席だ。) フェルディナ: (期限は……わずか2日……) (数時間前、病室でゲーテと対面したフェルディナは、どう対応すべきか迫られていた。) フェルディナ: (もうイマジュマイトの在庫なんて残っていない…… でもそれをゲーテが信じるとは思えない……) フェルディナ: (つまり『交渉に応じる』という選択肢が私には欠けている。 事情は知らないけど、グリム家の備蓄を当てにするくらいだから 僅かに残った在庫だけで満足するとは思えないわ) ゲーテ: ……応じる気はありませんか。なら、仕方ありませんね (険しい表情を浮かべ、無言で思考を巡らせるフェルディナの態度を、 拒絶と受け取ったゲーテは嘆息した。) ゲーテ: 望むところではありませんが、罠を発動することになります フェルディナ: ……時間がほしいわ ゲーテ: 時間? フェルディナ: グリム家の資産だから……姉妹全員に聞かないと。私の独断では決められないのよ ゲーテ: ……ジャコヴァさんから全権を委任されたのでは? フェルディナ: ……っ、……それはコミッティ議長の職務の話よ。グリム家単体とは別 ゲーテ: なるほど フェルディナ: (時間稼ぎなんて……あまりに稚拙な策だけど…… この場で妙案をひねり出す自信はないし、こうするしか…… でもゲーテがこんなあからさまな時間稼ぎに乗るかもわからないわ) ゲーテ: いいでしょう。では2日後にお答えをいただきます フェルディナ: 2日……!? ゲーテ: このふたりは見ての通り。残りの3人に連絡を取るだけのこと。 2日もあれば十分でしょう フェルディナ: ……そうね。いいわ、わかった フェルディナ: (2日……時間の猶予は少し手に入ったけど、どうしたらいいっていうのよ) フェルディナ: (ジャコヴァ姉さんから任されたのに、何もできないでは済まないわ。 なのにまったく考えがまとまらない……) ジューチャオ: おかし食べる? フェルディナ: 今、それどころじゃ…… フェルディナ: って、ジューチャオ!?突然どうしたのよ! ジューチャオ: 突然じゃないよ。しばらく、隣に座ってたのにフェルディナが全然気づかないから ジューチャオ: あとちょっと気づかなさそうだったら顔に落書きしようと思ってた フェルディナ: ……ちょっと悩んでたのよ。落書きなんてしていいわけないでしょ ジューチャオ: ふーん。人間さん、聞こえるー?なんかフェルディナ忙しそう フェルディナ: 人間さん!? ジューチャオ: うん。フェルディナのスホマがなんか鳴ってたから 適当に触ったら人間さんの声がしたんだ ジューチャオ: フェルディナと話したいっていうから、 先にあたしと連想ゲームして遊ぼうって言ったの フェルディナ: は、早く渡しなさいよ! 大体なんで画面を開けるのよ。パスコード設定してるのに ジューチャオ: 『3333』でしょ? フェルディナ: ……打つの面倒だからって、打ちやすい番号にしたのがアダになったわね 人間さん: おーい。フェルディナは見つかったのか? フェルディナ: あっ、人間さん?私よ 人間さん: なんか悩んでるんだって?ジューチャオが言ってたけど フェルディナ: べ、別に……大したことじゃないわ…… 人間さん: …… 人間さん: まあ、それならいいんだけど フェルディナ: …… 人間さん: こっちはμや神官とも合流できたし、ひとまず順調だ。あとは神官の対決次第だな フェルディナ: そう…… 人間さん: エンリルとしては複雑だろうけどな。こっちの、まあ王様的な立ち位置のやつなんだけど フェルディナ: …… 人間さん: 対決は神官に託すしかないし、 土地精霊は大先輩にあたるμとかいろいろ思うところはあるはずでさ。 でも……それで目的が達成されるならいい、と割り切ってるんだろう 人間さん: 誰かの力を借りることって、無力じゃないんだよな。 誰の力を、どこで借りるか、その判断ができていることが、 エンリルの実力って言えるんだろうなと思うよ フェルディナ: ……そう 人間さん: 話が逸れたな。まあジューチャオと仲良くやってくれ。それじゃ フェルディナ: …… ジューチャオ: おかし食べる? 人間さん: ふう…… (通話を切った俺は安堵のため息をついた。 今まさに崩壊している、なんてレベルの事象ではなさそうだ。) (ただ……フェルディナとも付き合いが長いので、 彼女の声音から何か決断を迫られているのではないかとは推測できた。 そして、それを例によってひとりで抱えているであろうことも。) 人間さん: (直球で言っても聞かないだろうから、 それっぽい話をしてみたけど……うまく伝わったかな……?) ???: すごく気遣いができるのね 人間さん: !? (振り返るとそこには、アシェンプテルの姿があった。 まさかこのタイミング、こんな場所で襲撃してくるとは――完全に油断していた。) アシェンプテル: あなたのこと、見極めさせてもらうのよ 人間さん: どういうことだ……? アシェンプテル: あなたは、王子様? 300062 - グリム家たる所以 ゲーテ: 懐かしいですね…… (コミッティ本部の記録室に立ち入ったゲーテは、当時の議事録を手に取る。) (イマジュマイトを失った本部のセキュリティは、 レオナの開発した装置も稼働できず全てマンパワーで補っている。 ゲーテの実力なら、見つからずに侵入することなど容易だった。) ゲーテ: 本当なら、懐かしさなど感じることなく、 これらはすべて現在のわたしと地続きになっているはずのもの…… ゲーテ: あの日、あの解散で……わたしは何もかも失ってしまった。 コミッティに就任後、誠実に職務に向き合い…… オトギノクニのために働いてきたつもりです。なのに メフィストフェレス: すべての努力が報われるとは限らないからな ゲーテ: 分かっています メフィストフェレス: でもお前が不満を持つのもまた、自然なことだ ゲーテ: ジャコヴァさんは何も不法行為をしたわけではありません。 コミッティ発足時から、明文化されていました。議長には解散権があると ゲーテ: 議長を始めとするグリム家に改選がないことも、あらかじめ規定されていた。 それが不公平だと騒いでも、発足当初にアイソーポスさんが条件を飲んだ以上、正当です メフィストフェレス: なら、お前は何が不満だ ゲーテ: 一言もなかったのですよ ゲーテ: わたしとヴィルは個人的にも親交がありましたし、 コミッティの実務もふたりで運用してきた自負があります ゲーテ: 思いつきのようなことを勝手に喋るあの人たちの言葉を拾い、 実際に運用できる政策に落とし込んで反映させる……それはわたしたちの実績です メフィストフェレス: いわば戦友とも呼ぶべき間柄だったわけだ。すくなくとも、お前の中では ゲーテ: 事前通達があってしかるべきでしょう。 いくら議長の専権事項であっても反発を招くのは分かりきっている。 根回しがあってもいいはずです メフィストフェレス: それがあれば、お前なりに準備できたからな。 一瞬にして路頭に迷うようなことはなかった ゲーテ: 何もできなくなった、何者でもなくなったわたしに…… 声をかけてくれたのがペローでした メフィストフェレス: 恩義に感じているわけだ ゲーテ: 野垂れ死んでいたとまでは思いませんが、 ずっと沈み続けていた可能性だってありましたから メフィストフェレス: ペローのため、協力することにしたわけだな ゲーテ: 解散後、彼女は反グリムとして動いていたようです。 もうわたしも、ほとほとグリム家には愛想が尽きていましたから メフィストフェレス: とは言え、あんな反社会的組織にお前が属するとは、意外に思う者も多いんじゃないか ゲーテ: そうでしょうね。 実際、ライブラの思想については正直、ついていけないと思っています。 あれは過激すぎるでしょう ゲーテ: はっきり言って、正義を履き違えている典型例です。 ……こんなこと、あなたにしか言えませんけどね、メフィスト メフィストフェレス: お前は、俺にしか言わないことが多いな ゲーテ: あなたと話すようになったのは……創造の聖母と出会った、少し後でしたか。 元来、あまり本音を表に出すのが得意ではないので貴重な存在です メフィストフェレス: そりゃどうも。それで?あのグリムの四女はどう動くと思う ゲーテ: さあ……わたしが知る限り、彼女は……言葉を選ばずに言えば『無能』ですから。 いたずらに時間を浪費するだけではないでしょうか (グリム邸の一室に、4人が顔を揃えた。 すなわち、カロラ、エミリー、シャルロッテ。 そして呼びつけた当人であるフェルディナ。) フェルディナ: ――というわけなの カロラ: おー…… シャルロッテ: むう…… フェルディナ: (私ひとりじゃどうにもできない……そう思って声をかけたけど、 やっぱり……何もできない落ちこぼれだ、って言われるわよね……) フェルディナ: (私が何か話した後に、気まずい空気としかめっつら…… これまで何度も見てきた光景だわ……) カロラ: とりあえず、時間稼ぎできたのは上出来だな。 その場で変に即決しなかったのは正しい シャルロッテ: ですわね。こうして私たちに相談する余裕が生まれましたし エミリー: やれることは全部やろうねぇ フェルディナ: え……? エミリー: なぁに?どうしたのぅ? フェルディナ: 使えない無能が、とか言わないの? カロラ: あ?あたしらが、お前に、ってこと?なんでだよ シャルロッテ: その場でゲーテを前にして、とっさに自分が取れる行動が フェル姉さまを上回る自信があれば、罵ってるかもしれませんわね エミリー: でも、ちょっと無理だよねぇ。町に罠が仕掛けられてるなんて、重すぎるし フェルディナ: あ…… カロラ: ま、無い袖は振れないんだ。現実的な対策を考えようじゃねーの 300063 - 手を取って カロラ: とりあえず、まずは警備体制を整えないとな シャルロッテ: でも避難も進めている中で人員には限りがありましてよ カロラ: それな。システムがイマジュマイト不足で稼働できない以上、 人でなんとかするしかねーんだけど エミリー: 修復が特に大変なところを、警備の人に選んでもらお? エミリー達が直接行けばなんとかなるんじゃないかなぁ カロラ: だな。本部に残ってる委員とか特務機関も総出でやるしかねーもんな シャルロッテ: 少し前なら、グリム家が備蓄を渋っている尻拭い、と捉えられてしまう 可能性もありましたけど、今ならきっと協力してくれますわ フェルディナ: みんな…… カロラ: フェルディナでよかったよな。ジャー姉ちゃん、ナチュラルに感じ悪いから 協力したくないとか言い出すやつ、絶対出てくるし フェルディナ: 私って、感じがいいの? エミリー: ううん、悪いんだけど……ジャコヴァとはちょっと違うんだよねぇ フェルディナ: 悪いの!? カロラ: しょうがねえな、助けてやるか……とは思わせる何かがあるんだよ。 感じ悪くても種類が違うっつーか フェルディナ: えっ、ねえ、感じ悪いの……? フェルディナ: (でも……私は独りじゃなかったのね……言ってみて、よかった……) カロラ: んじゃ、あたしはフアナの方に声かけてくっから。 お前は頭なんだから、フラフラしてねーでどっしり構えとけよ フェルディナ: 分かってるわよ フェルディナ: はあ…… ジューチャオ: なになに?元気ないじゃん フェルディナ: またあなたなの……どこにでも現れるわね ジューチャオ: この建物から出てないよ? フェルディナ: ……それもそうだったわね。危ないから出るなって言ってあったんだわ。 広いとはいえ本部内をうろうろしていれば顔を合わせることもあるか…… ジューチャオ: 溜息ついてたけどお姉ちゃんにいじめられたの?ムノーって言われた? フェルディナ: 言われてないわよ!失礼ね! ジューチャオ: フェルディナが自分で心配してたんじゃん フェルディナ: う……まあ、そうだけど……。でも優しくしてくれたわよ。 みんな予想外に、応援して、手伝ってくれて ジューチャオ: よかったじゃん。ぽかぽか姉妹だね フェルディナ: でも、姉さんだったらきっと自分でなんとかしていたのよ ジューチャオ: ふーん フェルディナ: 私は……そんな能力ないから ジューチャオ: 別によくない?あたし、いっつも五獣のみんなに、すっごい助けてもらってるよ ジューチャオ: 嫌いなやつに何かされるのは癪だけど、五獣のみんなのことは大好きだから、 助けてもらってありがとう!ってきもち フェルディナ: 好き、だから……? ジューチャオ: 助けるとかはさ、お互い様だもん。 この人になら助けられてもいい、そう思える相手だから助けるんじゃない? ジューチャオ: どうせあたしひとりじゃ、うまくいかないんだもん。 最初からみんなで助け合ったほうがいいなって! フェルディナ: ジューチャオ、あなた……。……うん、そうよね 特務機関兵: あっ……フェルディナ議長代行!こちらにいらしたのですか! フェルディナ: ……?どうしたのよ、そんなに息を切らして 特務機関兵: 大変です……敵勢力と思しき何者かによって、附属病院が襲撃を受けています! フェルディナ: 病院……!?姉さんたちの……っ!! (王子様かもしれない――) (そう言い出したアシェンプテルと、何故か一晩中過ごしてしまった。) (すぐにエンリルに連絡して、おすすめの高級レストランを予約し、 高台から夜景を眺め、部屋ではふたり手を取り踊った。 何せ王子様かどうかを見定めると言われたのだ。手は抜けない。) アシェンプテル: もうすぐ夜が明けるのよ。一晩ずっと一緒に過ごしたけど、とっても楽しかった…… アシェンプテル: もしかしたら、あなたは本当に王子様かもしれないのよ 人間さん: だとしたら、どうなんだ?俺を連れ帰るか? (うまくいけば調略できるのではないか。 だが、その欲を表に出せば相手はきっと醒めきってしまう。 俺は慎重に言葉を選びながら出方を窺った。) アシェンプテル: いずれはそうするのよ。でも、今は……わたしもあなたも、 それぞれのお役目があるから、簡単には動けない 人間さん: 王子様と争うのか アシェンプテル: それは悲しいから避けたいのよ。 だから……わたしだけ、黙ってどこかに遊びに行くかも アシェンプテル: でも、とっても素敵な出会いだったから、また会いたいのよ。 もし本当に王子様なら、自然に会える運命だし、また素敵な夜になるはずなのよ アシェンプテル: ……あなたが王子様なら、わたしもやっと見つけられる。 ずっと、ずっと、探していた王子様に アシェンプテル: 運命に期待して、今日は帰るわ。またね、王子様候補 (それだけ言い残してアシェンプテルは立ち去る。 俺はその背中を見送りながら、困惑しきっていた。) 人間さん: (何を言っているのかさっぱりだったが…… でも、あいつもやっぱりチャイムみたいに何かを抱えているのかもな……) 300064 - フェルディナの奮闘 (郊外にあるコミッティ附属病院が襲撃された――) (その急報に接し、フェルディナはとるものもとりあえず飛び出していた。 何をするにも良く言えば慎重、実のところ腰が重い彼女が、 相手が何者かさえ確かめることなく。) フェルディナ: 姉さん……っ! フェルディナ: (今の姉さん達じゃ、例えゴブリン1匹でも抵抗なんてできやしない。 もし捕まったら、何をされたものかも分からないわ……!) ジューチャオ: ちょっとー!フェルディナってば早いよ! フェルディナ: 当たり前でしょ、一刻を争うのよ!そっちが私に合わせなさいっ! (息を切らせて彼女がたどり着いた病院で見たのは――) ゲーテ: ずいぶん早い到着ですね フェルディナ: ゲーテ……!約束が違うじゃない! ゲーテ: 約束、ですか? フェルディナ: まだ期限までは時間があるわ。それまで手は出さないって―― ゲーテ: 言いましたか?わたしが? フェルディナ: え…… ゲーテ: あなたの回答を待つと言ったのです。 その間の行動を制限するような約束をした覚えはありません フェルディナ: そんな、屁理屈だわ…… ゲーテ: そうでしょうか。むしろわたしは柔軟に対応していると思います。 約束したわけでもないのにインフラ施設には手を出していないでしょう? ゲーテ: これはあなたとの交渉材料ですから、 回答を待たずに破壊するのは不義理に当たると考えたのです。 ただ、病院は対象外かと フェルディナ: ……っ (唇を噛むフェルディナ。当事者たる彼女としては到底、 承服できるものではなかったが、客観的にはゲーテのほうが筋が通っている、 と彼女も感じてしまった。) ジューチャオ: 難しいこと言ってるね。でも姉ちゃん守るために戦わなきゃなんじゃないの? フェルディナ: ええ……そのとおりよ! (ここは法廷ではない。正当性を争うことになんの意味もなかった。 フェルディナはためらうことなく魔法攻撃を繰り出す。) ゲーテ: さして脅威というわけでもありませんが…… 二人がかりとなると厄介ですし、あなたには大人しくしておいてもらいましょう フェルディナ: え? ゲーテ: ツェンズーア フェルディナ: ……っ!? (ゲーテが指を鳴らして合図した瞬間、 フェルディナが放った魔力の弾丸は霧のように空気に溶けてしまう。) フェルディナ: なっ……なによ、これっ……!? ゲーテ: メフィスト (そしてメフィストフェレスが炎を吐き出す。 それがフェルディナに直撃しようかというところで、別の炎が彼女を包んだ。) ゲーテ: μですか…… ジューチャオ: μじゃない!あたしはジューチャオだよ! ゲーテ: メフィストが放つ霊力の炎を、精霊系の炎で打ち消す…… なかなかの力技ですが、有効なようですね ジューチャオ: あたしの炎ってすごいから フェルディナ: 助かったわ、ジューチャオ。あなたは普通に戦えるのね ジューチャオ: うん。でもなんか、調子が悪いんだよね。 本当ならもっと勢いの強い炎になってるはずなんだけど…… フェルディナ: 多少は効いてる……?それじゃ長くは持たないんじゃ…… フェルディナ: (せめて時間稼ぎくらいはしたいのに…… エミリーもシャルも警護を担当する設備に向かってしまったから…… 一報は入れたけど、ここに到着するまでにまだ時間がかかるはず……) フェルディナ: 応援が来るまでは、私達だけで戦うしかないわ。絶対に……ここを通さない (病院の建物を背に、フェルディナは毅然とゲーテに立ち向かう。) ジューチャオ: 姉ちゃんのこと、大事にしてたんだね。 普段はあれこれ言ってるから嫌いなのかと思ってた フェルディナ: そんなわけ……ないでしょ……っ フェルディナ: 大事な姉なの、もしここで失えば……私は……っ ジューチャオ: んー、ちょっとわかる。あたし、じっちゃんいなくなって、 本当に毎日ぼんやりする時間ができちゃってるもん ジューチャオ: そっか。姉ちゃんはじっちゃんか フェルディナ: 何をよく分からないことで納得してるのよ ジューチャオ: わかった。じゃあ、あたしフェルディナのこと強くする フェルディナ: は? ジューチャオ: パイフーとリルがやったみたいなこと、あたしもフェルディナにしてあげる フェルディナ: なにそれ、どうするのよ ジューチャオ: え、わかんない フェルディナ: わかんない!? ジューチャオ: でもなんかうまくいくって。やってみよ! 300065 - 新たな力への試み フェルディナ: 待って?リルがどうこうって、それ確か…… イマジュマイト・アディションのことなんじゃ…… ジューチャオ: それは知らないけど、なんかあるじゃん。 強くなるやつ。μと、こっちの人で何か新しくなるの フェルディナ: だからそれが、イマジュマイト・アディションだって言って―― ジューチャオ: とりあえずなんかくっつけばいいんじゃない? フェルディナ: ふがっ!? (ジューチャオはいきなりフェルディナに抱きつく。 その遠慮のない抱擁に、フェルディナは抵抗する隙もなく――) フェルディナ: え……ま、待って、なんだか身体が熱くなってきたわ。 これって本当にアディションが起きてるんじゃ…… ジューチャオ: よくわかんないけど、きっとうまくいきそう……! ゲーテ: イマジュマイト・アディション……面白い。ぜひ見せていただきましょう フェルディナ: あ……あ……っ、ああああああっ!! ジューチャオ: おおーっ、見た目がなんか変わった!! フェルディナ: んんー……なんだか胸があったかくなるなー ゲーテ: こ、これは……? ゲーテ: いえ、見た目で判断はできませんね。メフィスト! (メフィストフェレスが吐き出した炎がフェルディナを襲う。) フェルディナ: どぅあぢぢぢぢぢぢぢ! ジューチャオ: よっわ!そのくらい自分でなんとかできてたのに……弱くなっちゃってる!? フェルディナ: どうしてくれんのよ!さっさと戻しなさいよ! ジューチャオ: そんなこと言われてもよくわかんないんだよ、あたしも。 とりあえず、えーと……ちちんぷいぷい! フェルディナ: 何やってんのよ。あなた、そもそも魔法使いでもないでしょ ジューチャオ: でも人間が教えてくれたんだもん。 誰でも使える、なんにでも効く魔法の呪文だぞって フェルディナ: またあいつ、適当なことを教えて…… ジューチャオ: じゃあ……これでどうだ! (ばちぃいいいいぃぃぃん!!) フェルディナ: いったあああぁぁぁぁ!? フェルディナ: はっ!?も、戻った……? ジューチャオ: 失敗だったね。ま、次いこ次 フェルディナ: 簡単に言うけど、今までイマジュマイト・アディションで失敗した人なんて私、 聞いたことないわよ! ジューチャオ: フェルディナが初だね。おめでと フェルディナ: めでたくないわよ!! ジューチャオ: でも姿が変わったから惜しいところまできたんだよ フェルディナ: それは確かに……なんにも起きなかったわけじゃないわよね。 何かを軌道修正すればいいのかしら ジューチャオ: さっき、あたしはとりあえず抱きついたでしょ ジューチャオ: ってことは、あったかいんだよ。 胸があったかいとかフェルディナも言ってたじゃん フェルディナ: まあ、確かにそうね ジューチャオ: 人肌の温もりであんな感じになるなら、もっと温度を上げればいいんじゃないかな フェルディナ: まってまって ジューチャオ: なに? フェルディナ: あんたの炎なんかで焼かれたら、私は普通に大火傷よ ジューチャオ: えっ、すごい!なんで、あたしの考えがわかったの?天才じゃん。 じゃあもうゲーテの考えてることも読めちゃうんじゃない? フェルディナ: わかるわけないでしょ。これは特殊能力じゃなくて、ただの予測よ ジューチャオ: やってみなきゃわかんないじゃん フェルディナ: はあ……?まあ、そうね…… ゲーテ: …… フェルディナ: こいつら、この場面で緊張感なさすぎるだろ、とか? ゲーテ: 当たらずとも遠からずですね ジューチャオ: え?それって当たったの?外れたの? ゲーテ: 当たってはいませんが、惜しいということです ジューチャオ: じゃあハズレだ。諦めてアディション?とかいうのやろ ゲーテ: 惜しいを評価しない人ですか。 まあいろんな基準がありますからね…… ジューチャオ: やっぱり、身体がくっついたりするのは効果ありそうだよね。うへへへへ フェルディナ: な、何するつもりなのよ!? ジューチャオ: どりゃああああああ!! フェルディナ: んぎっ!? (背後からジューチャオが、 がばっと回り込むと羽交い締めのような姿勢のまま、 思い切り胸を揉みしだく。) フェルディナ: いやああああ!? フェルディナ: はっ!? ジューチャオ: おおーっ、変わった! フェルディナ: おおーっ、じゃないのよ!変わればいいってもんでもないでしょ! ジューチャオ: そうなの? フェルディナ: これで戦えると思うわけ!?見たでしょ、さっきのあの強烈な炎! ジューチャオ: あたしの方がすごいもん フェルディナ: じゃあジューチャオが戦えばいいじゃない! ゲーテ: まいりましたね……本当にこの人たち、緊張感がないようで…… 300066 - イマジュマイト・アディション (またしても背中をひっぱたかれて元に戻ったフェルディナ。 この局面での二度の失敗に、さすがに焦りの色が見える。) フェルディナ: ちょっと……もう失敗してる場合じゃないわよ! ゲーテだっていつまでも待ってくれないんだから ゲーテ: 本当ですよ。イマジュマイト・アディションへの興味があるので お待ちしていますけども ジューチャオ: そんなこと言ったってさあ…… ジューチャオ: じゃあもう、あたしが思いつくのだとこれしかないっ! フェルディナ: ちょっ…… (ジューチャオはフェルディナの腰に手を回すと、 もう片方の手を顎に添えて、僅かに上を向かせる。 そして有無を言わせず唇を重ねた――) フェルディナ: だあああぁぁっ!!さっきもこういうエロ寄りの行動で失敗してるのに、 どうしてこんなこと! ジューチャオ: おお…… ゲーテ: これは…… フェルディナ: え?あ、うそっ、もしかして……成功した!? ジューチャオ: たぶん!おめでと! フェルディナ: 結局ジューチャオとのキスで発動するとか、 すっごい不本意だけど…… でも確かに、新しい力がどんどん湧いてくるわ フェルディナ: 待たせたわね、ゲーテ! ここから一気に勝負を決めさせてもらうわ! (反転攻勢、フェルディナは湧き上がる力を魔力の槍に変えて、 次々にゲーテめがけて放つ。 その先制攻撃はメフィストフェレスが難なく叩き落としたものの――) ゲーテ: 明らかに力の流れが変わった……!? これがイマジュマイト・アディション……! ゲーテ: くっ……ツェンズーア…… (手のひらをフェルディナに向けてかざすゲーテ。 しかしフェルディナは怯むことなく果敢に飛び込むと、再び攻撃を連続で放つ。 正面からの攻撃をメフィストフェレスは受け止めるが――) ゲーテ: くうううっ!? (押し切られ、ゲーテもダメージを受ける。) ゲーテ: どうやら……イマジュマイト・アディションで自信を得たことで、 作家としての『格』を上げた……というか、 人並になったようですね フェルディナ: 人並ってなによ!素直に褒めたらどう? ゲーテ: あなたが半端な作家もどきだと思ったからこその行動だったのですが…… フェルディナ: なんですって!? メフィストフェレス: ハナっから作家相手にツェンズーアをキメようなんて 無茶もいいとこだろうが メフィストフェレス: おまえのツェンズーアは本来、 物語に対して、自作でなくとも干渉できる…… そういう能力なんだからな ゲーテ: 作家としてあまりに半人前なので、効いてしまったのでしょうね。 だけど、もう自信を得てしまったフェルディナは受け付けなくなった フェルディナ: なんだか知らないけど、 さっきからずいぶん失礼なことばかり言ってくれるじゃない! ジューチャオ: そうだそうだ! フェルディナはちょっと変なやつだけど、強いんだぞ フェルディナ: 私……ずっとゲーテが羨ましかったのよ ゲーテ: うらやましい……? フェルディナ: ヴィル姉さんに頼りにされて、 ジャコヴァ姉さんからも一目置かれて…… そういう存在になりたかった…… フェルディナ: 私は、ゲーテみたいな立ち位置につきたいと、ずっと思ってたわ。 特にヴィル姉さんから信頼されてるっていうのは…… 本当に、私の嫉妬心を煽ってたのよ ゲーテ: 知ったことではありませんね。 あなたが勝手に嫉妬していただけのこと フェルディナ: そうよ。あなたを責めているわけじゃないの。これは私の勝手 フェルディナ: 勝手に嫉妬して、勝手に羨んで、そして……勝手に今、 けじめをつけようとしてる。 自分が成り代わりたかったあなたを、私がここで倒すことで フェルディナ: ――過去の自分と決別するのよ ゲーテ: この戦いをどう解釈するかは、どうぞご自由に。 ただ……わたしは負けるつもりはありませんよ 300067 - ゲーテの決断 (矢継ぎ早に繰り出される魔法攻撃。 それをゲーテは捌くので精一杯だった。) (フェルディナの攻撃はお世辞にも、戦闘センスがあるとは言い難い。 彼女は実戦に出た経験も、訓練を積んだ経験も少ないのだ。 ただただ、あふれる力をその勢いのままぶつけているだけ。) ゲーテ: (ですが……迸る力があまりにも多く、強い……!) メフィストフェレス: 単純な攻撃なんだがな。 力押しでも、これだけの差があるとさすがに押されてしまう (力押し作戦が軌道に乗っているのは、 フェルディナ自身もまたそこに疑問すら持たずに勢いづいているからだ。 あふれる力が彼女の自己肯定感を強めている。) ゲーテ: (こんな戦い方でいいのか、という迷いが見られない。 こうなるとどうしても押し込まれてしまいますね……) メフィストフェレス: こりゃあ退いたほうがいいんじゃないか? いくらお前でも、このまま続けてりゃ無傷とはいかないだろ ゲーテ: わかっています……でも、簡単には退けません…… (力押しだが、単調ではない。 強弱を織り交ぜ、タイミングもずらしながらの連続攻撃。 ゲーテが目の前に迫る魔法攻撃を弾くと、フェルディナがすぐそこに迫る。) フェルディナ: そこよ! ゲーテ: くっ…… (間合いを詰めた相手からの至近距離の攻撃だが、 ぎりぎりのところでメフィストフェレスが防ぐ。 しかし完全には弾ききれず、ゲーテの身体をかすめていった。) ゲーテ: くううう……っ!? メフィストフェレス: 悪いな、さすがに間に合わなかった。 やっぱり潮時だぞ、これは ゲーテ: ……あれだけコミッティのために尽くしたわたしを使い捨てにしておいて…… 結局、議長代行に選んだのはこの出来損ない…… ゲーテ: この環境で、ですよ。 現役の委員ですらない身内から指名するなんて。 そんなこと、受け入れられません (もちろんゲーテも、件のロートによる襲撃後に 自分が議長代行として呼び戻されるとは、さすがに微塵も期待していない。 だが、せめて選び方の筋は通すと考えていた。) (現役の委員の中から、民主的な方法で選出されるものだろうと。 なにせゲーテが所属していた頃から『作品』すらメンバーに入るなど、 改革が進んでいるように、傍目からは見受けられたのだ。) ゲーテ: ですが、結局は身内……血筋が優先で、 民主的な手続きなどまるで期待できない組織なんですよ ゲーテ: アイソーポスさんが、発足当初に目指したコミッティの理念なんて どこにも残っちゃいません。やはり権力は腐っていく…… メフィストフェレス: それはわかるが、どうするんだ。 この出来損ないに何を見出している ゲーテ: ジャコヴァさんと、ヴィルが間違っていたことを証明するんですよ。 ここでフェルディナを叩くことでね メフィストフェレス: なるほど。目指す形はわかる。 だが、それだと正面から殴り合うだけだ。 これだけの力を持つ相手とな ゲーテ: それを打ち負かしてこそ……! フェルディナ: 何をさっきからぶつぶつと……! 私との戦いに余裕を見せようってわけ……!? (強力な連続攻撃が次々に飛来する。 ゲーテは必死に応戦するが、またしてもかすり傷を受ける。) メフィストフェレス: ほらな。こういうことになる。 それよりも、もっと深い絶望を与えるべきなんじゃないか ゲーテ: どういうことです……? メフィストフェレス: あいつの背後にあるコミッティ附属病院。 あの7階個室にジャコヴァとヴィルヘルミナが眠っているだろう? 位置関係は把握してるはずだ。やつらの部屋の窓は、ここから見える ゲーテ: ……それで メフィストフェレス: フェルディナが前のめりになっている今こそ、 容赦なく攻撃してやるんだよ メフィストフェレス: あいつ、急に力を手に入れて勢いづいてやがるから…… 背後のことなんて気が回ってない。 なんのために戦ってるのかさえ、一瞬忘れてるんじゃないか ゲーテ: つまり……身動きできず、 意識もろくにない重症者を、一方的に攻撃しろということですか メフィストフェレス: 必要な犠牲だ……仕方ないだろう…… ゲーテ: しかし…… メフィストフェレス: 必要な犠牲だ……必要な犠牲だ…… メフィストフェレス: 必要な犠牲だ……必要な犠牲だ……必要な犠牲だ…… 必要な犠牲だ……必要な犠牲だ……必要な犠牲だ…… 必要な犠牲だ……必要な犠牲だ…… メフィストフェレス: 必要な犠牲だ……必要な犠牲だ……必要な犠牲だ……必要な犠牲だ…… 必要な犠牲だ……必要な犠牲だ……必要な犠牲だ……必要な犠牲だ…… 必要な犠牲だ……必要な犠牲だ……必要な犠牲だ……必要な犠牲だ…… ゲーテ: あ……あ……ああああ……あああああああぁぁぁっ!! フェルディナ: !! (ゲーテはフェルディナの虚を突いて、病棟に向けて強烈な攻撃を放った。) 300068 - 誰かは見ている フェルディナ: しまった……姉さん……っ!! ジューチャオ: え?うっそ、やばい……! (ゲーテによって放たれた攻撃はまっすぐ病棟へと向かう。 すぐに相手の意図を察したフェルディナ達だったが、 もはや間に合わない。) フェルディナ: 姉さんっっ!! (その直後。) フェルディナ: !? ゲーテ: なっ…… (攻撃は展開された魔法障壁によって阻まれる。そして姿を現したのは――) クラース: 何よ、水くさいじゃない。勝手にひとりで飛び出して行っちゃうなんて トリル: 私達にもお手伝いさせてください フェルディナ: あなたたち、どうして……!? ジョカ: お前が暴走して現場に行ったのを、 カロラがちゃんと把握してたんだ。 それで我らに声をかけた クラース: ゲーテさん、だっけ?ずいぶんじゃない。 非戦闘員にいきなり攻撃を仕掛けるなんて……まあ、そんなモラルなんて、 今のこの戦いには最初からないのかもしれないけど ゲーテ: ……っ、わ、わたしは……! フェルディナ: カロラ姉さんに言われたとは言っても、 これは私が身内を助けたいっていう、個人的な事情なのに……? ジョカ: 言っておくが、我の目は節穴ではない。 唐突に押し付けられた議長代行の職務、 お前はちゃんと懸命に向き合っていた クラース: 結果はそりゃあ、ベストとは言えなかったかもしれないけど、 そんなの誰がやっても同じことよ トリル: だから……一生懸命だったのは知ってるから、 みんなフェルディナさんのことは助けたいと思ってるんですよ フェルディナ: ……っ クラース: まあ、私は個人的にいろいろ因縁もあるといえばあるんだけど フェルディナ: そうよ……結果はともあれ、私はあんたのことを利用しようと…… クラース: それも全部事情を知って、その上で私は決めてるわ。 そんなの雪解け水に流しちゃおうって フェルディナ: クラース…… ジューチャオ: フェルディナって人望あったんだね。意外! フェルディナ: い、意外って何よ! ゲーテ: ………… ゲーテ: (血筋を優先した、民主的合意など何もなかった指名だったはずなのに…… どうしてこんなにも周囲が受け入れているんです……!?) ゲーテ: (こんなはずはないのに…… 誰もが内心、不満を抱えているのではないのですか……!?) フェルディナ: さあ、ゲーテ。よくも姉さん達を狙ってくれたわね。 でも、それもここまでよ。覚悟しなさい! ゲーテ: ……メフィスト メフィストフェレス: ん? ゲーテ: ……撤退です メフィストフェレス: 妥当な判断だ (次の瞬間、ゲーテの姿はその場から一瞬にして消える。) トリル: あっ……転移魔法!? フェルディナ: 逃がした……っ!? ジューチャオ: あーあ ジョカ: なに、この場はこれで良い。 いずれまた対決する機会はあるだろうて フェルディナ: そう、よね……ちょっとジューチャオ、あーあって何よ ジューチャオ: わかんない。フェルディナがしまった!って顔するから、 そうなのかな?って思って普段からの習慣で反射的に言っちゃった。 ごめんね フェルディナ: ぐぬぬ…… ジューチャオ: でも、フェルディナの勝ちだよね?おめでとー! フェルディナ: ……なんかいろいろ不本意だけど、でも…… 勝てたのは、ジューチャオのおかげよ。 いろいろと救われたのも事実だし ジューチャオ: えっへん! フェルディナ: 謙虚さが足りない! クラース: フェルディナに言われたくないけどね? カノープス: お デュプリ: なんスか? カノープス: ゲーテが直轄領から撤退したみたいだな レグルス: カノープスは神官メンバーだけでなく、 ゲーテの動向まで把握できているんですか カノープス: ざっくりだけどな レグルス: そうですか……直轄領から撤退、 つまりグリム家の備蓄イマジュマイトを奪うことはできなかったと…… カノープス: まんまとせしめて戻って来る、という感じではないな デュプリ: そんなことまで分かるんスね レグルス: 計画では、ここでイマジュマイトを大量に保有することで、 ライブラ復活の足がかりにするはずだったのに…… カノープス: ま、方法は他にもあるさ レグルス: ……?そうなんですか? カノープス: というか、もうそれしかないだろうな デュプリ: ………… 300069 - 残された手段 レグルス: 他に方法があるというなら、さっさと共有してください。 ライブラはどうやって復活できるんです? (カノープスの能力によれば、グリム家の備蓄イマジュマイトを狙ったゲーテは 失敗し逃走したのだという。) (やはり計画は思い通りに進まない。レグルスはそんな思いを新たにしながら、 カノープスが口走ったフレーズを繰り返した。) (すなわち、ライブラの復活――) レグルス: ライブラが復活するためには莫大なイマジュマイトが必須…… そのためにゲーテは直轄領に向かい、グリム家の備蓄を狙ったのですよ レグルス: 別の解決策があるのなら、彼女が行く前に示すべきでしょう。 徒労に終わってしまうではありませんか カノープス: そんなに割り切って考えられるもんでもないと思うけどな レグルス: どういう意味です カノープス: そいつだよ レグルス: え……? カノープス: デュプリ・ライブラ……そいつが内包するイマジュマイトで ある程度までならカバーできる レグルス: つまり、デュプリがイマジュマイトを分け与えると? カノープス: 違う違う。ていうか、わざとすっとぼけてんのか? レグルス: …… デュプリ: やっぱりそうなるんスよねー。 ゲーテさんがしっかり、グリム家のイマジュマイトを 持ってきてくれればよかったんスけど (あっけらかんと言い放つデュプリ。 その表情やニュアンスは空元気と呼べるものではなかった。 あまりに明るい彼女の言葉にレグルスは戸惑う。) レグルス: デュプリ、アナタ…… デュプリ: 神官長だって分かってたでしょ?ボクはもともと、ライブラのコピーなんスから。 そっくりさんなんて、こういう使い道するって相場が決まってます デュプリ: 肉体を復活させるコストが高すぎるっていうなら、 適当な『容れ物』があれば節約できちゃいますから。 普通はそんな都合のいいもの、あるわけないんスけど…… カノープス: コピーだからな。本体復活までの繋ぎとしては最適だ レグルス: …… (言葉を探すように、口を開きつつも声を出せずにいるレグルス。 そんな彼女を横目に、デュプリは歩みを進める。) デュプリ: じゃ、十二迷宮に行ってくるッス レグルス: ま、待ちなさい デュプリ: はい? レグルス: もっと良い方法がないか模索した方がいいのでは…… デュプリ: え、でも急いだほうがよくないスか? カノープス: お前はライブラを復活させたいんだろ?違うのか? レグルス: それは…… カノープス: 今の状況を踏まえたら、『深淵の闇計画』を遂行するためにも ライブラ復活は外せない条件だと思うんだが (カノープスの主張は正論だった。レグルスの現在の目的は、 ライブラの悲願を達成するために計画を粛々と進めていくこと――) レグルス: (ワタシの……目的……?) (レグルスは、視線を落とす。) レグルス: (ワタシの……目的は……ライブラの……) レグルス: (本当に……?) デュプリ: 神官長?特にお話がないなら行くッスよ。あんまりゆっくりしてるのもアレなんで レグルス: アナタは……どうしてそんなに、あっさりしているんです? 自分の身体が、他人に使われるんですよ!? デュプリ: 他人っていうか……まあでも、そッスね レグルス: 事態が落ち着いたら返してもらえる、という保証もありません! デュプリ: そッスね レグルス: 返してもらえたところで、元通り無事だとも限らないんです! デュプリ: そッスね (必死に訴えかけるレグルスだが、デュプリは冷静な態度を一貫して崩さない。) レグルス: アナタはそれでいいんですか!? デュプリ: 神官長はボクにどうしてほしいんスか? レグルス: え…… (淡々と、デュプリは質問を返す。レグルスは勢いを削がれ、ぽかんとしてしまった。) デュプリ: 泣いて嫌がってほしいんスか? どうしたらいいんだーって悩んだり迷ったりしてほしいんスか? デュプリ: それ、なんのために必要なんスかね? レグルス: なんのため、って……それは…… デュプリ: ボクが拒否して、神官長が説得する…… そういうくだりがないと、神官長の役目がなくなっちゃうからッスか? レグルス: そんなことのために言っているのではありません! レグルス: ありません……が…… (では、何のために。その質問が繰り返されることが予想されて、レグルスは失速する。) (そもそも、反射的にデュプリを止めようとした自分の行動を、 彼女は言語化できずにいた。) デュプリ: じゃ、これで 300070 - 決戦前の空気 レグルス: ワタシは……どう、して…… ポルックス: あの~…… (レグルスがデュプリを前に言葉に詰まっていると、 近づいて来たポルックスがおずおずと声をかける。) (空気を察知することには長けているポルックスは、 すぐに場に漂う妙な緊張感に気付く。) ポルックス: ……出直しましょうか? カノープス: や、用件は伝えておいたほうがいいんじゃないか? ポルックス: そろそろ、その……魔法陣が安定してきたみたいなので、 わたしの対応を始めたほうが…… つまりその、アルデバランさんと戦わなきゃいけないのかなと…… デュプリ: いいんじゃないスか? ポルックス: あ、はい…… デュプリ: 神官長。ボクも長引くと結構辛いとこあるんスよ?こう見えて レグルス: デュプリ…… デュプリ: なんで、あっさり別れるほうがいいです レグルス: ……分かりました デュプリ: あっさりしすぎって言うけど、ダラダラお涙ちょうだいやってると 気分も下がりますからね レグルス: ワタシはそんなつもりでは―― デュプリ: ただ デュプリ: 最後に、ライブラの追っかけじゃなくて、 神官長自身がどう考えているのか、それを聞きたかったッスけど レグルス: ……っ デュプリ: じゃ、本当にこれで (背を向けるデュプリ。彼女はそれっきり、振り返ることはなかった。) (俺達はポラリスからの情報、そしてフェルディナからの連絡により 起きている事態を把握する。) (ゲーテが直接、ジャコヴァとヴィルヘルミナがいる病院を襲撃したとは 予想外だったが、フェルディナがなんとか対応して事なきを得たらしい。) ヴィジュー: ジューチャオも頑張ってくれたみたいだね エンリル: 本当に、同時多発的に事態が展開しているのね 人間さん: ああ……世界中、いやμ世界にまたがって戦いが続いてる。 でも、もう魔法陣を巡る戦いも後半戦だな…… (魔法陣の拠点は6カ所と聞いている。そしてこのエンリル達の世界が4カ所目だ。) アルデバラン: ここは私がきっちり勝ち切るよ!! (鼻息の荒いアルデバラン。フェルディナとの面識はもちろんないだろうが、 友軍の勝利に勢いづいているのだろう。) (当初は直轄領の事態は彼女には伏せておくつもりだったが、 既に結果が出たこと、味方の勝利だったことも踏まえて共有することにした。) 人間さん: (というか……まだ迷っていたんだが、ポラリスがうっかり アルデバランの前で口を滑らせてしまったからな……) エンキ: できる支援は力を尽くしますが…… 戦いが始まれば、もうアルデバランさんに託すしかありませんよね ヴィジュー: そうだね。何度か、魔法陣にアタックしてみようと試したこともあったけど…… 人間さん: やはり管理者をどうにかしないと、干渉は難しいみたいだ オーディン: でも人間さんは傍で見守っていてあげた方が…… 人間さん: いざというときに、エルマイトを補給しないといけないからな アルデバラン: そんな、いざというときなんて来ないわよ。 私はピンチなんかなく、圧勝しちゃうんだから アルデバラン: 今度こそ、絶対に勝つ……ポルには負けられない……っ 人間さん: (気合いが入っている、と言えばそうだが……ちょっとかかりすぎかもしれない……) 人間さん: アルデバラン、もし何か俺が力になれそうなことがあれば、遠慮なく声をかけてくれよ アルデバラン: え……?ええ、そうね。分かったわ ポラリス: きっともうそろそろ、決戦のときだよっ☆それまで……準備はしっかりね! (その夜。俺が声をかけておいたからか、それとも関係なく彼女の意志か。 部屋にアルデバランが訪ねてきた。) アルデバラン: ……よかった、人間さん。まだ起きていたのね。 まあ、起きてると見込んで踏み込んだわけだけど。さっすが私! アルデバラン: 実は……ちょっとだけね、不安になっちゃったの 人間さん: 不安? アルデバラン: 意外そうな顔してるわね。 私だって、戦いの前にこんな気持ちになるなんて思っていなかったわ。 他の誰よりも、私自身が驚いていることよ アルデバラン: 今度のポルとの戦いに負けるわけにはいかない。 もちろん、私自身の力で勝てるなら、それに勝ることはないわよ? アルデバラン: でも、ポルが相手となると話は別。 フローレアカデミーの首席争いをしているとき、 私はポルに手を抜いてもらって、ようやく勝てたの アルデバラン: 実力はポルのほうが上なのは、嫌ってくらい自覚してるから…… だから、次の戦いで本当に勝てるのかどうか、不安になっちゃった 人間さん: アルデバラン…… アルデバラン: ……だからね、人間さん! 私がポルに勝てるように……勝って、オトギノクニに平和が訪れるように、 あなたのエルマイトをわけてほしいの! 300071 - 理想の意味 (小高い丘にひとり佇み、レグルスは空を見つめた。 その視線の先には星空が広がっているが、彼女の瞳には何も映ってはいない。) レグルス: ……思えば、デュプリとはずいぶん長いこと一緒でしたね (誰にともなく、レグルスは声に出してつぶやいた。当然、それに反応する者はいない。) レグルス: 天空神殿体制を発足した直後でしたからね…… ワタシひとりでいることに耐えられずに、デュプリを生み出して…… その後、5体に分割したりして…… レグルス: 賑やかでしたね。 ワタシの孤独をまぎらわせるのが目的だとするなら、 成果はまさに期待以上といったところでしょうか。ふふっ…… (それまでの静謐な空気が嘘のような毎日。 神殿という名称が学園にでも変わったのではないか、と思うほど 騒がしかったことを思い返し、レグルスは笑みを漏らした。) レグルス: ……目的 (ふと、自身が口にしたキーワードに反応し、レグルスはハッとする。) レグルス: デュプリを失うことになったのは……『深淵の闇計画』のため。 ライブラを復活させることが目的…… レグルス: そう……理想のために必要な犠牲……だからワタシは、本当ならこんなところで デュプリとの思い出に浸っている場合ではない…… レグルス: …… (自分の隣に視線を移すレグルス。何もない、岩がちな丘だ。 まばらに雑草が生えている。普段ならそこには、デュプリの姿があった。) レグルス: 理想のために必要な……犠牲…… レグルス: 犠牲が必要な、理想……? レグルス: 誰かのために力を尽くす、それがこの計画であるはずなのに 他者を犠牲にしなくては成り立たない…… 1人を犠牲にして100人が便益を手に入れる、それは正しいこと……? (それは人間界に伝わる『トロッコ問題』にも似た命題ではある。 これまで物事を深く考えてこなかったレグルスが、 初めて向き合う問題でもあった。) レグルス: そうまでして成し遂げるべき理想は……どれほどの価値があるのでしょう…… (ライブラがレグルスに対し、計画の意義について熱く語ったことはない。 語るまでもなく、ついてくることが明らかだっただろうか。 それともレグルスの理解力に疑念があったからだろうか。) (それでも骨子程度は、第三者に語るライブラの横顔を見ていたおかげで 一応、頭に入ってはいる。) レグルス: でも……誰もそんなこと、口にしていませんでした…… レグルス: ルクバトも、サダルスウドも、ハマルも、ポルックスも…… みんな、それぞれの事情があって、たまたまこの戦いがうまく、 当てはまっただけで…… レグルス: 誰も共感していない……理想のために戦おうなんて、ひとりも考えていない…… デュプリ: 最後に、ライブラの追っかけじゃなくて、 神官長自身がどう考えているのか、それを聞きたかったッスけど レグルス: ……ワタシ自身は? (ライブラ本人からもろくに理念を語られていない彼女が、強く共感しているはずもなく。) (すぐに自分自身の行動原理に思い当たった。) レグルス: ワタシも……同じですね……。 理想の内容なんてどうでもよくてただライブラについていきたいだけ、 あわよくば気に入られたいと思って……それだけで…… レグルス: ……じゃあ、ワタシはそんなことのためにデュプリを ポステリオル: 感謝 アリア: ここまで送り届けてもらって助かったわ ヴィーナス: うん。気を付けるんだぞ。なんならまた、我らと一緒に遊ぼう。 もっと気楽なのがいい。せっかくオトギノクニに来たんだから アリア: 十二神官の皆さんもそう考えてくれると助かるんですけどね (ヴィーナスたちの飛空艇が飛び去るのを見送りながら、 ポステリオルはふう、と息をついた。) ポステリオル: こんな小さな村に住んでいるとは アリア: ひっそりと過ごしたい、という本人の意向らしいですね ポステリオル: 発見。さすが狭い村 プリオル: そろそろ来る頃だと思っていましたし、あんな大きな飛空艇で来たら気が付きますよ ポステリオル: 誤解はしないでほしい。村の小ささをバカにしたわけではない プリオル: そんなふうには思ってませんよ。実際、小さな村ではありますし ポステリオル: ……用件も察しがついている? プリオル: なんとなくは ポステリオル: 勝手に切り離しておいて、いまさらこんなことを言うのはあまりに勝手がすぎる。 それは理解している。でも プリオル: 再びひとつになろうと、そういうのですね ポステリオル: そう。十二神官のひとり、アスクレピオスに 300072 - Ramus Edition (アルデバランの訓練を見守り、帰りに一緒に食事をして…… 部屋に帰り着いたところで、俺はソファに深く座ると これまでの戦いを思い返した。) 人間さん: (これで4戦目……戦況は思わしくない。なんとか今回は勝ちたいところだが……) 人間さん: (でもそれは短期目標だ。もちろん魔法陣を守り切る戦いに全力を注ぐが、 その後のことも考えておかなくちゃいけないよな……) (ライブラが推し進める『深淵の闇計画』については、技術的な面はともかく 理念は理解している。コミッティのメンバーからも話を聞いているし、 グランド・リヴィジョンを巡る戦いを通じて理解したつもりだ。) 人間さん: (エルマイトの再分配……誰もが平等に、無条件に受け取ることができ、 差をつけることなく、消えゆく物語も救済する……) (思想は理解するし、現コミッティも消えゆく物語を見捨てようとは思っていない。 きっとこれは、しっかり話し合えば歩み寄れるんじゃないか。 少なくとも俺は現代の民主主義社会から来たので、感覚的にそう思う。) (しかし、問題は――) (コンコン) 人間さん: どうぞ ヴィジュー: あ……人間さん、戻って来てたんだ。よかった 人間さん: アルデバランの訓練に付き合ってたんだ。どうかしたのか? ヴィジュー: ううん、よかったら一緒に巡回しに行こうよ、って誘いに来たんだ 人間さん: そうだな。ちょうど気分転換に外の空気を吸いたいと思っていたところだ ヴィジュー: ねえ、人間さん。創造の聖母って何者なんだろうね 人間さん: ちょうど俺も、聖母のことを考えていたところだったんだ (俺は先ほどまでの思考を共有する。 ライブラはまだ話し合いで歩み寄る余地があるが、創造の聖母については 目的やその背景も明らかではなく、そんな道があるかも分からない。) (だが敵を知ることは、きっと少なからず戦いにも影響を与える。) ヴィジュー: ラームスって世界の人なんでしょ?で、オトギノクニを支配しようと狙ってる? 人間さん: 狙いはまだはっきり分かっていないんだけど、たぶん、そんなところだろうな ヴィジュー: ラームスって世界は、ヴィーたちみたいなμ世界とは違うんだよね? 人間さん: それなんだが…… たぶん、もうひとつのオトギノクニ、っていう世界なんじゃないかと予想してるんだ ヴィジュー: もうひとつの? 人間さん: 俺がいた人間界で、おとぎ話として伝わってる物語があって―― (おとぎ話に登場する人物が、このオトギノクニで生きていること。 そして、ラームス世界から来たというメルヴェやピオンたちも、 同じくおとぎ話の人物であることをヴィジューに説明する。) ヴィジュー: ふうん……じゃあ、同じ物語の人で、オトギノクニとラームス世界の人、ふたりが会ったらどうなっちゃうんだろうね 人間さん: ……!確かに……そのあたりのことを考えてなかったな…… (ドッペルゲンガーという都市伝説がある。 全く同じ姿をした者が世界には3名いて、出会うと死ぬというのだ。) 人間さん: 死なないまでも、消えちゃったりしたかもしれないよな。 わりとカジュアルに会わせたりしちゃってたぞ…… ヴィジュー: えええ!?で、でも、会っても何も起きなかったんだよね? 人間さん: 今のところな……でも指摘されたら急に怖くなってきた…… ヴィジュー: でも、なんでふたつもあるんだろ? 人間さん: 確かなことは分からない。 μ世界の存在だって、どういうものなのかまだはっきりとは説明できないからな 人間さん: でも……人間界の影響を強く受けているんだとは思う。 オトギノクニにしろ、ラームスにしろ ヴィジュー: 聖母はなんかさ、やたら『正義』を強調するところない? あれ見て、ヴィーも自分の活動のことをちょっと見つめ直したりしたから すごく印象的だったんだよね 人間さん: それも心当たりがある。俺が人間界からオトギノクニに来た頃―― あの当時の人間界にも既に、そういう空気感はあったんだ。 人間界そのものに変化が…… ヴィジュー: ――っ!人間さん、下がって! レグルス: …… 人間さん: レグルス!? ヴィジュー: ひとり……?こんな、エンリルの城下町に堂々と出てくるなんて、どういうつもりなの レグルス: 人間の子、人間さんよ……アナタに確かめたいことがあるのです 人間さん: 確かめたいこと、だと……?なんだ、それでこの戦いをやめてくれるのか? レグルス: アナタは…… (挑発混じりの俺の言葉は無視して、レグルスは言葉を続ける。 どこか、その表情は追いつめられているようにも見えた。) レグルス: どういう思いで戦っているのですか 300073 - 理念 (ヴィジューとふたりで町の見回りに出ている途中、突如として姿を現したレグルス。) (かつてオトギノクニを支配した天空神殿において神官長として、 そしてレジスタンス組織『星の革命軍』の唯一封印から逃れた者として、 長らく暗躍してきた彼女が、俺に問いかけたのは――) レグルス: アナタは……どういう思いで戦っているのですか 人間さん: どういうって…… (そもそも質問の意図も分からず、俺は困惑する。 だが、この回答が今後を大きく決定づける…… そんな気がして、迷いを気取られまいと、すぐに言葉を継いだ。) 人間さん: 仲間を守りたい。それだけだ レグルス: 仲間を…… 人間さん: 一番身近な、大切な人に幸せになってほしい。根源的だし、素朴な動機だと思うがな レグルス: ……では、もうひとつ伺いましょう。 アナタにとって、オトギノクニの理想の形とはどんなものですか 人間さん: そんなもの、考えたこともないな レグルス: なんですって? 人間さん: 形なんて考える必要がないからだ。 その時々で、さっき言った仲間の幸せを守る選択をする。 それが結果として何らかの形になるんじゃないか? 人間さん: 理想はこうだから、なんて決め打ちでは行動しているつもりはない レグルス: オトギノクニを変えたいとか、ここは守りたいとか、 そういった理念はないのですか……!? 人間さん: 別に。そういう考えが、何か幸せを運んでくるのか?俺はピンとこないな レグルス: ……っ (彼女が望む答えでは、おそらくなかっただろう。 だが、ここで嘘をついても仕方がない。) (レグルスはしばらくその場で何か考え込んでいたが、 やがて神妙な表情でひとり、うなずいた。) レグルス: アナタの考えは、よく分かりました レグルス: でも……ワタシには、ワタシの考えがありますから (それだけ一方的に言い残すと、レグルスは姿を消した。) ヴィジュー: いまの、なんだったの? 人間さん: さあ…… ポラリス: そろそろ動き出しそうだよっ☆ アルデバラン: いよいよ……ポルと対決ね……! エンキ: なんだか緊張してしまいますね。自分が実際に戦場に立つわけでもないのに…… エンリル: キ様の様子は? マルドゥーク: それは実際に行って見た方がいい エンリル: そうですね。では向かいましょう。 この世界で起きていることなのです、見届ける義務はあるでしょう キ・シャル: む……来たか エンリル: 状況はいかがですか? キ・シャル: 魔法陣は安定している。悪い意味でな ヴィジュー: 悪いことなの? キ・シャル: それだけ土地に根ざし始めているということだ。 余が抵抗していたのだが、それを押し切られている キ・シャル: 安定するということはすなわち、余の影響を受けずに 順調に世界の改変が進行するということ エンキ: そんな……この状況で相手が来るなんて、不運ですね…… キ・シャル: いや、運ではない。奴らは、魔法陣が安定するのを待っている。 定着が甘い段階で干渉しても時間がかかるだけだからな ヴィジュー: あー、そういうことなんだ。なんか今まで、すぐには来なかったりとか バラつきあったの、なんでだろうって気になってたんだけど エンリル: 少なくとも今回は万全のタイミングということですね アルデバラン: 大丈夫よ。私がポルを倒せば管理者権限が手に入るんだから ヴィジュー: そこでヴィーたちと人間さんが栞を挿せば解決、ってことだよね 人間さん: ただ……魔法の国以来、そのパターンが再現できてないんだよな…… マルドゥーク: 弱気になるな。勝てる戦いも勝てなくなるぞ テュポーン: そうそう。テュポ、がんばるし オーディン: 皆さん。どうやら来たようです……! ポルックス: あう……知らない人がいっぱい……!? アルデバラン: 来たわね、ポル……こうして対決するのも久しぶりだわ ポルックス: あ、は、はい、お久しぶりです、アルデバランさん…… アルデバラン: 私は……自分が前にすすむためにも、ポルのことは絶対に倒したい。 手を抜いたら承知しないからね ポルックス: は、はい…… ポルックス: (……本当は戦いたくなんかないけど、 でもきっとこれは、友達になるために必要な試練……っ) ポルックス: う、う、受けて立ちます……っ! アルデバラン: よく言ったわ。もちろん私も本気でいく。じゃないと勝てないから ポルックス: そ、そうなんですか……? アルデバラン: 人間さん、見守っててね 人間さん: ああ。アルデバランを信じてるぞ ポルックス: うう、緊張してちょっと吐きそう…… 300074 - 明かされた心 アルデバラン: いくわよ、ポル!! ポルックス: ひっ……顔が怖いです……っ!? (勢いよく飛び込み攻撃を放つアルデバラン。 対するポルックスは怯えたように身を縮こまらせる。) (だが、そんな体勢でも防御壁は展開し、迫りくる攻撃のすべてを撃ち落としていた。) ヴィジュー: すごいね……あれが天才って言われてた理由…… エンキ: アルデバランさんが警戒していたのも理解できますね (初撃を防がれることはアルデバランも織り込み済みなのだろう。 すぐに反転して次の攻撃を重ねる。 もちろん、それもまたポルックスによって防がれる。) アルデバラン: ポル……っ!手を抜くなって言ったはずよ!そっちからも仕掛けてきなさいよ……っ ポルックス: そ、そんなつもりじゃ…… アルデバラン: あの時と違って、今回はお遊びじゃないんだから。 ポルだって負けるわけにはいかないはずでしょ!? ポルックス: あの時…… アルデバラン: 忘れたとは言わせないわ。 ううん、ポルは忘れてるのかもしれないけど、私は絶対に忘れられない アルデバラン: 真剣勝負の場だと思って臨んだのに、手を抜いて勝ちを譲られた…… あの屈辱は絶対に……! ポルックス: あ、あれは、わたしも忘れてなんか……で、でもっ…… アルデバラン: ライバルだと思っていたのは私だけだった。 ポルは私を、哀れな挑戦者としてしか見ていなかったのよね ポルックス: い、いえっ……そんなことなくて……っ アルデバラン: でも、ポルのことは変わらず尊敬してるわ。それだけの才能があるから アルデバラン: 同じ土俵に立てなかった私の実力不足だったのよ。 それなら次こそは……そう思って、こういうチャンスが巡ってくるまでに、 ずっと牙を研いできた アルデバラン: だから、今日こそは、必ず勝つわ!! ポルックス: ち、ち、違うんです! アルデバラン: そうね。ポルから見たらまだ私なんて格が違うように見えるわよね。 でも、過去のままじゃない。私だって努力してきて―― ポルックス: そうじゃなくてっ! アルデバラン: ……っ? ポルックス: そ……そうじゃ、なくて……わたしは、アルデバランさんと、 と、ともっ……友達に、なりたかったん……です……っ アルデバラン: は? ポルックス: ふあああああああああああああああああああああ! ポルックス: 言っちゃった言っちゃった言っちゃった!どうしようどうしようどうしよう! ポルックス: すっごい呆れた顔してるううぅぅぅ……!やっぱりわたしなんかが、アルデバランさんみたいな一軍女子と友達になんて、あまりにも無謀というか何言ってんだこいつみたいな アルデバラン: ちょ、ちょっと、落ち着きなさいよ! とりあえず呆れてるんじゃなくて、びっくりしてるだけだから! アルデバラン: ていうか、えっ?友達になりたいって、この対決する流れで?なんでそう思ったのよ ポルックス: いま思ったわけじゃなくて……ずっと前から、 アカデミーにいるときから、そう思ってたんです…… アルデバラン: え……?あのさ、まず大前提として聞いておきたいんだけど…… ポルックス: は、はい……? アルデバラン: 私達って友達じゃないの? ポルックス: えっ フェルディナ: はあ……無事に病院も守りきれたし……安心したら、なんだか眠くなってき―― ジューチャオ: ねえねえ!いま、じゅま?なんとかが足りないから大変なことになってるよ! フェルディナ: ――っ!? フェルディナ: なに、どうしたの!?すぐに現場に向かうわ! ジューチャオ: 現場?ううん、これ見て フェルディナ: チーズ? ジューチャオ: 食べていいよぅ、って言われたから楽しみにしてたの。 どんな味かなってわくわくしてて フェルディナ: その喋り方からするとエミリーね ジューチャオ: マジでこれ美味いから。 まあ人選ぶからお前がハマるかはわかんないけど。とも言われたんだけど フェルディナ: それはカロラ姉さんね ジューチャオ: でね、冷蔵庫に入ってるの、さっき取り出したらほら!カビ!すっごいカビ! フェルディナ: それは、そういうものなのよ ジューチャオ: そうなの? フェルディナ: そんなことで騒がないでちょうだい。私、ちょっと休もうかと思ってたのに…… ジューチャオ: ……本当かなぁ。フェルディナ、食べてみてよ フェルディナ: 休もうかと思ってたって言ったでしょ! なんで寝る直前にブルーチーズ食べなきゃいけないのよ! 口の中が発酵食品になっちゃうじゃない ジューチャオ: フェルディナが騙そうとしてるかもしれないじゃん。あたしのことバカにして フェルディナ: してないわよ! ジューチャオ: 怪しい~ フェルディナ: はあ……仕方ないわね。じゃあワイン開けるから一緒に飲みましょ。 それで私も気持ちよく寝ることにするわ ジューチャオ: 高いワイン? フェルディナ: まあ、それなりに。ヴィル姉さんのストックだし ジューチャオ: わ、いけないんだ フェルディナ: これくらい正当な報酬よ。ジューチャオが黙ってればわからないんだし ジューチャオ: ふたりの秘密だ。ドキドキするね。 よく言うよね、秘密を共有すると変な感じになるって。 フェルディナってば、あたしのこと好きになっちゃうんじゃない? フェルディナ: ……いいからさっさとグラス持ってきて ジューチャオ: はーい フェルディナ: それはティーカップ!ワイングラス持ってきなさいってば! 300075 - 満を持しての対決 ポルックス: アルデバランさん……?いま、なんと……? アルデバラン: 私はとっくにポルとは友達になってるつもりだったのよ。 なに、勘違いだったわけ?恥ずかしい ポルックス: ええ?だって アルデバラン: 今回のこれは特例よ。私はポルに勝たないと前に進めなかった。 だから対決することを選んだだけ ポルックス: じゃなくて、アカデミー時代も…… ライバルだ、次は負けない、みたいなことしか言わないから…… 友達ではなくライバル、って認識だったんですけど…… アルデバラン: え…… アルデバラン: 待ってよ!?友達とライバルは両立するでしょ!? ポルックス: すると思いますけど、すごくライバルを強調してくるので、 馴れ合うつもりはない!みたいな意思表示かなって ヴィジュー: なんか……世界の命運を決める戦いだったはずなのに、 急に甘酸っぱい青春の匂いがしてきたね…… エンリル: ああいう行き違いは人の常なのかもしれませんね エンキ: お姉様も、そうでしたもんね エンリル: 余計なことは言わなくていいの アルデバラン: う……振り返ってみると確かに、 ライバルだからどうこう、みたいな会話しかしてなかったかも…… ポルックス: そ、そうですよね? 試験前にピリつくことがあっても、普段は一緒にクレープ食べに行ったり、 オムライス食べたり、パンケーキ食べたりしますよね? アルデバラン: なんで食べ物ばっかり、しかも卵の比率が高めなのはよくわかんないけど、 でも……一理あるわ…… ポルックス: だから、わたしみたいな陰キャとは友達にはならない、 ただひたすらライバル扱いなんだって思ってて…… ポルックス: で、でもっ、友達になりたくて…… アルデバラン: なんか、すごくごめん ポルックス: だからわたし、あのとき手を抜いたんです! アルデバラン: ……っ! アルデバラン: 初めて……認めたわね……。そうよね、私の勘違いじゃなかったのよね…… アルデバラン: でも、何でなのよ!『だから』って意味が分かんないんだけど! ポルックス: きっとこの人、自分が勝つまでずっとライバルって言い続けて 何も関係が進まないんじゃないか、って思って…… ポルックス: だから、勝てばライバルって鎖から解き放たれて、 そしたら、わたしから友達になりたいって言おうって決めてて…… アルデバラン: はあ!? アルデバラン: ……もしかして、あのとき『話がある』みたいに言ってたのは、 そのことだったの……? ポルックス: わたしが間違ってたのは分かってます! 友達になりたい人に、敢えて手を抜いて花を持たせるなんて、 そんなの間違ってた! アルデバラン: ……っ ポルックス: アルデバランさんの気持ちなんて、何も分かってなかった。 ただ勝てば満足してくれる、そんなふうに考えて…… すごく失礼なことをしたの、わたし自身もいまなら分かります ポルックス: ……ごめんなさい アルデバラン: ポル…… ポルックス: ……だから アルデバラン: ……!? ポルックス: 今回は全力で戦うことを約束します! (言うなり、ポルックスは武器を構える。そして次々に攻撃を放った。) (彼女の武器は、銃のように見える。 そこから放たれる魔力の弾丸は精密にアルデバランを狙っていた。) アルデバラン: くうう……っ! (それを紙一重で防ぎ切るアルデバラン。) アルデバラン: これが……ポルの本気……! アルデバラン: いいわ。ここでポルを超えて、勝てなかったら…… 私も本当の意味で友達になんかなれない……! アルデバラン: ずっと劣等感を抱きながら友達づきあいなんてできっこない。 全力のポルを上回ってこそ、対等な関係になれるはず……! (一気に戦いが激しさを増す。 ふたりの攻撃の応酬を前に、俺はただ息を呑んで見守るばかりだった。) エンリル: これが……十二神官とされる人達の本気ですか…… 人間さん: とても割って入れそうにはないだろ? マルドゥーク: 悔しいが、そのようだな ヴィジュー: ……なんかさ ヴィジュー: ヴィーは正義の味方でいたいって思ってたんだ。 でも……正義って、意外とふわふわしたものなんだよね ヴィジュー: ああやって、誰かのためにとか、何か信じるもののために、 戦うほうがずっと強いんだなって思う 人間さん: そういう『誰かのために』っていうのも正義のひとつだからな。 それくらい幅が広い言葉なんだよ 人間さん: それにヴィジューだって、太陽仮面として活動してたとき、 まずは『信民のために』って考えてたんじゃないか? ヴィジュー: あ、そっか…… 人間さん: だからヴィジューが信じる正義もまた、同じ種類なんじゃないかな 人間さん: (違うとすれば、それは…… 己の理想を正義と信じて固執すること、かもしれないな……) 300076 - 戦いの果てに見えたもの ポルックス: はぁっ、はぁっ、はぁっ…… (ふたりの激しい戦いは終焉を迎えた。) ポルックス: さすがアルデバランさん……ですね…… (どちらが勝つか、予想もできない伯仲した展開だったが、最後に立っていたのは――) ポルックス: 正直に言って、次にまた同じように戦ったらどうなるか分かりません。 アルデバランさんが勝つかもしれません…… アルデバラン: ……っ (勝者はポルックスだった。 俯瞰してみれば手痛い敗戦ではある。 だが、死力を尽くしたのは明らかで、アルデバランを責める気にはなれない。) ポルックス: あ……!で、でもっ、今回はわたしの勝ちです!わたしが強かったんです! (かなり無理した様子で、強気の発言をするポルックス。 そんな彼女の前で膝をついたアルデバランは、ふっと笑みをこぼした。) アルデバラン: 無理して強気にならなくていいんだけど ポルックス: あ…… アルデバラン: ポルが謙虚なのはもう分かってるから。 そんな言い方しなくても……私はもう怒らないよ。 こうして本気で戦って、私を打ち負かしてきたんだし ポルックス: アルデバランさん…… ポルックス: ……でも、これで諦める人じゃないですよね。 今回のこの戦いはわたしの勝ちで終わりましたけど、 また挑戦しに来るんですよね、どうせ (アルデバランに分かってると言わせながらも、 まだ強気な態度を崩しきらずに口を開くポルックス。 でもその姿は、付き合いのない俺からも無理していると分かるものだ。) ポルックス: だ、だったら……わたしも、何度でも受けて立ちますから。 気が済むまで、来てください アルデバラン: ……そうね ポルックス: 本当は……一緒にお弁当を食べたり、クレープ食べたり、 オムライス食べたりしたいけど……っ アルデバラン: だから何でそんなに卵なのよ ポルックス: でもアルデバランさんはきっと、そんな関係を望んでないと思うので、 だから……いいんです。 また挑戦して、こうして向き合う時間があるなら、それで…… アルデバラン: ポル…… アルデバラン: そうね。ポルに勝つまでは、私はなんだか前に進めない……そんな気がしてる ポルックス: はい…… アルデバラン: でも……アカデミーのときの態度、私は正直、自覚してなかったの。 恥ずかしい話だけど アルデバラン: だから、どの口が言うんだって思うかもしれないけど…… 四六時中、バチバチにしたいわけじゃないのよ ポルックス: え…… アルデバラン: ポルが望む関係性と、私がポルに勝ちたいって気持ちは、別に両立できると思う アルデバラン: 別に敵対したいわけじゃない。勝ちたいだけ。 クレープ食べた翌日に、こうしてやり合ってもいいんじゃない? ポルックス: ほ、本当ですか!? じゃあ、あの、アカデミーの近くに、 すっごく可愛くておしゃれなオムライス専門店があって アルデバラン: ストップストップ ポルックス: あれっ…… アルデバラン: そうは言っても、私達はいま、別の陣営にそれぞれ属して敵対してるわけだから…… ふたりの関係とは別に、問題があるでしょ ポルックス: そ、そうですよね アルデバラン: けど……そういう周りの環境が変わったら、 今度こそ……そういうの、付き合わないでもないわよ ポルックス: は、はいっ…… ヴィジュー: なんか丸く収まってよかったなぁ、なんてじんわりしちゃったけど結局この結果だと…… キ・シャル: 魔法陣の管理権限はポルックスにある。 もはや余の力で抑え込むのも限界……定着は避けられないだろうな 人間さん: ……嘆いても仕方ない。次の手を考えるしかないな 人間さん: (しかし……レグルスは姿を現さなかったな……) デュプリ: ……来たッスよ。これでいいんスよね ライブラ: ええ。それでいいのよ、複製体 デュプリ: あ…… デュプリ: (感じる……ボクの中に異物が入ってくる感じ…… だんだんと、意識もぼやけていくような……) デュプリ: (そっか……身体を乗っ取られたことなかったッスけど、こういう感覚なんスね……) ライブラ: 思ったより怖がっていないのね? デュプリ: いずれこういうことになるとは思ってたんで。 それに……バックアップのための素体にしては、 これまで結構、人生エンジョイしたんスよ デュプリ: ま……そんな記憶も、失くなっちゃうんでしょうけど ライブラ: 安心しなさい。記憶は無くならないわ。 それらをコントロールするのが私になるだけだから ライブラ: あなたも私が経験したかのように、取り込ませてもらうだけよ デュプリ: あー……そういうことなんスね。 だとすると、神官長の……あなたにあまり見せたくない場面とか、 普通に見せちゃうことになるなぁ…… ライブラ: 今更、あの子に幻滅することもないわよ デュプリ: (けど……ライブラは、神官長のことを大切にしているわけじゃない。 大丈夫かなぁ……ボク無しでうまくやれるかなぁ……) デュプリ: (無事でいてくれますように……神官長。今まで楽しかったッス……) 300077 - ゲーテ急襲 アルデバラン: ……ごめん。あんなに大きなことを言ってたのに エンリル: いえ……貴方が死力を尽くしたことは、この目で見ています。 私達にもどうにもできなかったのですし アルデバラン: ……ポルが気にすると思ったから、見せられなかったけど…… 私っ、勝てると思って……っ (ポルックスは既に姿を消していた。 魔法陣は定着しているし、これ以上の妨害を俺達はできない。 そう判断しての撤退だろう。) (術式としてまだ何か工程があるのかもしれないが、 彼女もレグルスからそこまで共有されていないらしい。) アルデバラン: 勝ちたかったのに……っ、でも……届かなかった……! みんなにも、迷惑かけて……っ 人間さん: よせ。自分を責めるな。全力だったんだろう?なら、それが答えだよ アルデバラン: 人間さん……っ。エルマイトも、もらったのに……それでも…… 人間さん: もういいんだ (見ていられなくて、思わず俺はアルデバランを抱き寄せる。) ???: ふーん。やっぱりちょっと王子様の気配がするのよ ヴィジュー: ――っ!? (ふいに聞こえた声に注目を移すと、そこにはアシェンプテル、 そしてゲーテの姿があった。) ヴィジュー: ふたりセットで来たね。やっぱり繋がってるんだ アシェンプテル: 王子様なら、わたしと一緒に来ればいいのに ゲーテ: アシェンプテルさん。もうその話はしましたよね アシェンプテル: 分かってるのよ オーディン: 皆さん、下がっていてください……ここは、わたしたちが……っ! テュポーン: こんどこそ、にがさない ヴィジュー: エンリルたちは、アルデバランのことをお願い! ヴィーは人間さんを守るから! エンリル: おまかせを。さあ、アルデバランさん。私達のところへ (力を出し尽くしたアルデバランは、自分の身を守るのも難しいだろう。 そしてそれは、力を持たない俺も同じだ。) (それぞれに護衛をつけるとなると、戦力はオーディンとテュポーン、 この2名に頼ることになってしまう。新たな力を手に入れた彼女たちだが……。) ゲーテ: それでは、消えてもらいましょうか オーディン: ……っ!! (黒い炎が地を焼く。) ゲーテ: もはや、この段階まで進行した計画を止めるのは不可能ですが、 それでも最も阻害要因になり得る存在は、確実に仕留めなくては ゲーテ: すなわち……あなたのことですよ、人間さん テュポーン: 人間さん! ヴィジュー: 大丈夫……っ、ヴィーが守るからっ!! (黒い炎がこちらに迫る。 ヴィジューは俺の前に立ちはだかり、懸命にそれを押し返した。) 人間さん: ヴィジュー……! ヴィジュー: 大丈夫だよ。ヴィーだって大事な人を守るっていう、 自分の『正義』があるから……っ! (しかし、その声は震えていた。声だけではない。 押し寄せる炎の魔力に対抗するため、彼女は全身を震わせ、 ありったけの力で防いでいた。) ヴィジュー: う、ううっ……うああああっ……!絶対にっ……守るんだから……っ!! アシェンプテル: ずいぶん粘るのね。でもわたし達も、前に戦ったときと同じじゃないのよ オーディン: ……どういう意味です ゲーテ: 彼を確実に仕留めるようにと命を受けた際に、聖母から力を頂いているのですよ アシェンプテル: パワーアップさせるのは、あなただけの専売特許じゃないんだから テュポーン: まえより、つよくなった?でも、そんなのテュポ、関係ない! (果敢にアシェンプテルに向かっていくテュポーン。それをいなすアシェンプテル。) オーディン: くっ……どうやら口だけではなさそうですね。 以前やり合った時よりもずっと、余裕があるようです……! ゲーテ: 聖母の力を甘くみないことですね。わたしも格段に力が増しているのですよ 人間さん: …… 人間さん: (こいつらは聖母の指示で動き、聖母から力を受け取っている……? おそらくラームス世界から来ているであろうアシェンプテルはともかく、 作家であるゲーテまで……) 人間さん: (主導権はライブラではなく、聖母にあるのか……?) ゲーテ: どれくらい積み上げられているかというと……このくらいですね……! テュポーン: うあっ!? (強烈な近接攻撃を叩き込まれ、テュポーンの体勢が揺らぐ。 その隙を見逃さず、どこからともなく黒い炎が沸き起こり、こちらへと迫った。) ヴィジュー: くうううっ……!? (懸命に受け止めるヴィジュー。 だが、すべてを押さえきれず、溢れた炎が俺の方へ――) ヴィジュー: ――っ!人間さんっ!!避けて! 人間さん: くっ……! (だめだ、間に合わない。そう観念したとき――) (炎が切り裂かれ、俺の左右側面を通過していった。顔を上げると、そこには――) リル: まったく、相変わらず世話が焼けるな ペロー: おお…… キャロル: 本当に、戻ってきたのね ペロー: この時を待っていましたよ ペロー: ――ライブラ ライブラ: …… 300078 - 王子様のイメージ (絶体絶命だと覚悟を決めた次の瞬間、俺の前に現れたのは――) (--) リル: 思った通りだったな 人間さん: リル……!いないと思ったら、どこにいたんだ リル: 妙な動きをするこのふたりに気付いたものでな。 ただの神官同士の戦いでは 終わらないと踏んで監視していたんだ リル: そこで偶然、彼女たちと合流してな 人間さん: 彼女達って…… (視線を移した俺は、 見覚えのある顔に思わず声を上げる。) 人間さん: シンデレラ!?それに、雨依も……! アシェンプテル: なんですって? シンデレラ: 何でここに、って顔ね。 まあ当然だけど……でも詳しい話は後よ 雨依: まずはここを乗り切らないとね 人間さん: ああ……そうだな リル: そちらのμの方々は今のうちにアルデバラン殿を安全な場所へ エンキ: は、はい。お姉様、城に運びましょう エンリル: 皆さん……後のことは、お願いします……! (エンリル、エンキ、そしてマルドゥークは、 激闘で疲弊したアルデバランを抱えるようにして移動を始める。) アシェンプテル: 逃げちゃうのよ? ゲーテ: 聖母からは彼女たちについて指示は受けていませんし、 計画に支障をきたすこともないでしょう ゲーテ: それよりも目の前の彼…… エルマイトを扱う存在こそが、わたし達の脅威です。 必ず計画を成し遂げなければ シンデレラ: 計画……いったい、何の計画かしらね? ゲーテ: あなた達には関係のないことです オーディン: み、皆さん……っ、相手はかなりの力を持ってます。 気を付けてください……っ リル: ああ、オーディン殿も無理しすぎるな ゲーテ: さっきのμのように逃げるなら目こぼしもしますが、 邪魔をするというのなら容赦はしません ゲーテ: メフィストの炎に飲まれなさい……! 雨依: くっ……!? (地面から黒い火柱が上がる。 予想していなかった足元からの攻撃に、 全員がとっさに回避行動を取り――) リル: しまった……! (俺の周辺にぽっかりとスペースが空いた。 この黒い炎は、仲間を遠ざけるための牽制だったのだ。 そう気が付いた時にはすでに、目の前にアシェンプテルが迫っていた。) (--) アシェンプテル: チェックメイトなのよ 人間さん: ……俺は王子様じゃなかったのか? アシェンプテル: ……! (緊張感に指先が震えそうになるのを必死にこらえ、 俺は平静を装って問いかける。) アシェンプテル: わたしも最初は王子様だと思ったのよ。でも……やっぱり違うみたい 人間さん: ずいぶんじゃないか。楽しんでくれたと思ったのにな アシェンプテル: 楽しかったのよ!そこに嘘はないの。 本当に人間さんのことは王子様みたいだと思ったのよ。 だけど……わたしの王子様……は…… アシェンプテル: う……あぅ……王子様が……っ、見えなくなるの……! どんな人なのか……あ、ああっ…… 人間さん: ……? アシェンプテル: やだ……わたしの王子様って……どんな、人……? シンデレラ: 人間さんから離れなさいっ!! (動きの鈍った――というか、 頭を抱えてうずくまりそうになっているアシェンプテルに、 牽制攻撃を放ちながら飛び込んでくるシンデレラ。) アシェンプテル: くっ!? シンデレラ: 何だか調子が悪そうだけど、さすがにかわしたわね。 簡単にはやらせないわよ アシェンプテル: もうひとりの、わたし…… シンデレラ: ……ラームス世界の創造期がどんなものか知らないけど、 あなたは王子様にまだ出会えてないのね アシェンプテル: 自分が出会えたからっていい気にならないで! この、クソビッチ! シンデレラ: なっ……なんですって! アシェンプテル: だってそうでしょ。その言い方なら、 もうひとりのわたしは王子様を見つけてる。 なのに、人間さんにも色目を使って誘惑する、とんでもない悪女なのよ! シンデレラ: あ……ああ、なるほど…… 人間さん: それはまあ、妥当な誤解だな……俺も最初、びっくりしたし…… アシェンプテル: そうだ!あなたの王子様をわたしのものにするのよ。 そしたらみんなハッピーでしょ アシェンプテル: もうひとつの世界にいる王子様なら、きっとわたしの王子様! シンデレラ: ……そうね。確かにそれならハッピーだわ。 奪われたら、また取り返せばいいだけだものね アシェンプテル: ふうん、強気なのね 人間さん: エラ…… シンデレラ: もう、未練はないってば 人間さん: いや、そんなつまらない嫉妬とかじゃないって アシェンプテル: わたしの前で、わたしの分からない話をしないでよ! 人間さん: いや、だからその…… シンデレラ: 私の夫――王子様は、もういないのよ。 死んでしまったから アシェンプテル: ふぁっ……!? 300079 - ライブラへの質問 ライブラ: ……待たせたわね、ペロー ペロー: こうして言葉を交わすのも久しぶりですね キャロル: へえ……やっぱりデュプリとは雰囲気が違うんだね ライブラ: キャロル、だったわね。 あなたもコミッティの一員だったはずだけど キャロル: うん、だって勝手に解散しちゃって行き場ないし、 面白いことしてる方についたらいいかなって ライブラ: なるほど キャロル: ゲーテって子もいるけど、同じような感じだよ ライブラ: そう。同志が増えるのは喜ばしいことね。 権力の中にいても理想に目覚め、 世界を変革する意識を持つなんて素晴らしいことだわ ペロー: 早速ですが、ライブラ ライブラ: 未定着の魔法陣はあといくつあるの? それをひとつずつ定着させて術式を完成させていかないと ペロー: そうですね。まずここから最も近い魔法陣というと―― レグルス: ライブラ ペロー: レグルス……? ライブラ: ちょうどいいところに来たわね。 あなたにも手伝ってもらいたいのよ レグルス: ひとつ聞きたいことがあります ライブラ: なに? レグルス: ライブラは、どういう思いで戦っているのですか ライブラ: もちろん理想の世界を実現するためよ レグルス: 理想の実現……そうですよね ライブラ: どうしたの、レグルス。なんだか変よ レグルス: そのために、革命軍の仲間達が争うことになったのですが ライブラ: 話は聞いているわ。 一部の同志が離反したのよね。嘆かわしいことだけど、 起きてしまったことは仕方ないわね ライブラ: でも結局、各地の戦いでは同志がほとんど勝利を収めて計画に大きな支障は―― レグルス: 仲間達だけに限りません。 この『深淵の闇』計画を進めるほどに、 世界には犠牲が増え続けています ラビイブラ: それも仕方のないことよ。 変革するにあたり、多少の犠牲はつきものなんだから レグルス: ……っ ライブラ: ……? ライブラ: なんだか様子がおかしいわね。何かあった? レグルス: ……いえ、確かめてみたかっただけです ペロー: それよりレグルスは、 μ世界の魔法陣を押さえ手伝いをするために、 砂の国方面に向かっていたのでは? カノープス: そいつはちょっと補足させてもらうけどよ キャロル: ちっこいの、いつのまに来たのよ カノープス: お前らが鈍いだけだろ。 それより……砂の国近くの魔法陣だが、あれは完全に定着したぞ。 ポルックスの勝利を確かめてきたから間違いない ペロー: なるほど。では今更行っても誰もいないわけですね カノープス: いや、ゲーテとアシェンプテルが向かった。 人間さんを叩こうとしてるみたいだな レグルス: ……人間さん、ね…… リル: なん、だ……!?身体が、重い……!? シンデレラ: 一体、何をされているの……!? (ゲーテとアシェンプテルに対峙する仲間たちだが、 戦いが本格化してすぐ、異変を訴え始めた。 特にリルとシンデレラが影響を強く受けているようだが……。) 人間さん: 俺も……かなり苦しい……。身体が思うように動かない……なんだ、これは…… ゲーテ: ツェンズーア。あなた達はわたしの決めた枠の中でしか動けないのですよ リル: 枠……? 雨依: 異変は感じるけど、そこまでひどい?なんで人間さんまで…… オーディン: 大丈夫です、わたしたちはまだ動けます……っ! テュポーン: でも、まえより、へん…… ゲーテ: そうでしょうね。世界がこれだけ融合しているのですから、 もはや両者の境目など無くなっているに等しい ヴィジュー: どういうこと……!?本当ならμには通用しないはずなの……? 人間さん: (雨依は影響が小さく、μも限定的…… これはオトギノクニの『作品』に 最も効果を発揮するスキルということか……!) 人間さん: (俺は……オトギノクニの住人になると決めた。 だから雨依よりも『作品』寄りなのかもしれない……) ゲーテ: さあ、アシェンプテルさん。動きの鈍い者から各個撃破を アシェンプテル: それだと相手の戦力を削ったことにあまりならないのよ ゲーテ: は? アシェンプテル: ゲーテさんが抑えているうちに他を潰す方が正しい戦略でしょ! そこのおちび!わたしが叩きのめすのよーっ! テュポーン: むう!テュポ、おっきい! ゲーテ: ちっ……乗せ方を間違えましたね…… メフィストフェレス: ふん……勢いに乗って油断したな。まあ、一理なくもない。 数を減らしている間に戦力を無効化できれば、 残るのはゴミだけだ ゲーテ: それもそうですね。では、わたしはあっちのμでも狙いますか 人間さん: (……あいつ、さっきからひとりで何をぶつぶつ言ってるんだ?) 人間さん: もしかして……?雨依、ちょっと来てくれ 雨依: え、なに?私が必要なの? 人間さん: ああ……出番かもしれない 300080 - 崩れる支柱 雨依: それで私は何をすればいいわけ? 人間さん: 幻術破りだ 雨依: は?私、そんな特殊スキル持ち合わせてないんだけど 人間さん: キャロルのときにやったじゃないか。 雨依のその……なんていうか、ほら、アレなところを活かして…… 雨依: ……もう言いたいことは分かったから、 言葉を濁さなくてもいいわよ。 どうせネガティブで冷めてて夢がなくて捻くれたつまんない女ですよーだ 人間さん: そこまで思ってないって! 雨依: でも、誰が幻術を使ってるってわけ? 人間さん: まだ、そこまでは分からない。 ただ……ゲーテのあの言動…… 独りのはずなのに誰かと話しているようなんだ 雨依: ゲーテが幻術にかかってる……!? 人間さん: もしかしたら、な。 確かなことは分からないが試してみる価値はある ゲーテ: わたしの相手はあなたが務めてくれるのですね オーディン: トールに貰った力……無駄にはできませんから……! ゲーテ: そう言えばお仲間の姿はありませんね メフィストフェレス: 死んだのでは? ゲーテ: なるほど、力を託して死んでしまったというパターンですか オーディン: しっ……!?え、縁起でもないこと言わないでください! 休んでいるだけです!! ゲーテ: 違ったようですよ 雨依: そんなものは……存在しない! オーディン: ――っ!? テュポーン: テュポ、しってる。それべろちゅーしたときのやつだ ゲーテ: 何を言ってるんでしょうね、あの人は 雨依: ゲーテ……隣にいるそいつのことよ! ゲーテ: メフィストですか? 雨依: そう!そんなのは存在しない! ゲーテ: 何を言っているんです。 ちゃんといるではありませんか 人間さん: メフィスト、だと? ゲーテ……メフィスト……そうか、ファウスト……? 人間さん: すまない、雨依。違うみたいだ。存在自体はする…… 雨依: はあ? 人間さん: だが……耳を貸せ 雨依: …… 雨依: なるほど ゲーテ: つまらないたわごとはそのくらいに……! 雨依: あなたの隣で話しかけてきたりはしない! ゲーテ: ……っ? 雨依: 隣で……話し相手になることもない。 困ったときに助言をくれることもない。 自分は独りじゃない、なんて思えるはずがない! ゲーテ: !? (--) 雨依: (効いた……人間さんの読み通り……?だいぶ強引な仮説だったけど……!) 雨依: (ひとりで行動しているのに誰かそばで会話する幻影を見る…… あまり社交的ではなく、会話相手に依存しがち……存在しないものではなく、 身近な何かが自分の味方だったらいいのに、という幻影……) 雨依: (ダメ元で人間さんが言う通りにしてみたけど、 あの反応からすると、意外といいセンいってたみたい……!) ゲーテ: メフィスト……っ!?へ、返事をしてください……っ! あなたはこれまで、ずっとわたしの話し相手に……っ ゲーテ: このままあなたが何も言わなければ、 幻影だということになってしまう…… お願いですから、メフィスト……っ 人間さん: ゲーテ、目を覚ませ。メフィストと会話できるようになったのは、 いつからなんだ?創造期の頃からか? ここ最近のことじゃないのか? ゲーテ: それは……っ ゲーテ: や、やめてください。いまの、わたしは……っ。 人間さん: 今なら戻れるかもしれない。 自分の行動を疑え!良かれと思ってやってるんだろ? でもそれがほんとに正しいのか!? ゲーテ: う、あ、ああ……わ、わたしは……っ、これが正義、だと……っ アシェンプテル: ゲーテさん! ゲーテ: ……っ! アシェンプテル: 正義なんてお題目はどうでもいいのよ。 動揺しちゃだめ。自分の気持ちに正直になればいいだけよ! ゲーテ: ……! アシェンプテル: ね?自分がどうしたいか、なのよ ゲーテ: どうしたいか……? ゲーテ: わたしが考えることなんて、 何の意味もないんですよ……自分が正しい、 それがわたしにとって最も大事なことで…… アシェンプテル: え……? ゲーテ: 自分が正しいと信じていたから、 それが自信だったんです。でも…… どうして、わたしは自分が正しいだなんて思ったのか…… ゲーテ: その思考の経緯が分からない、覚えていないんです…… これでは盲目的に信じ込んでいたと言われても反論できない…… アシェンプテル: 難しく考えすぎなのよ!?自分の目的があるでしょ? わたしでいう王子様みたいな! そこに向かって一番の近道は何か―― ゲーテ: だから!そんなもの、ないんですよ……っ! 人間さん: (これはチャンスだ……! アシェンプテルとの思想の差が大きくて、 フォローがまったく機能しないどころか逆効果になっている) 人間さん: (この不安定な一瞬を狙えば……っ!) 300081 - メフィストの暴走 シンデレラ: 身体の違和感が……消えた……? リル: 雨依殿と人間さん殿でゲーテを動揺させた結果だろう。 この好機を逃すな! 雨依: ふたりとも援護をお願い!私がいくわ! ゲーテ: ……っ!? オーディン: わたしたちも畳みかけましょう! いまなら、黒い炎の援護もありません! テュポーン: むんっ!テュポ、かっこいいとこ、みせる! アシェンプテル: これは……まずいのよっ! (自由を取り戻したシンデレラとリルが攻勢をかけ、 その援護を得て雨依がゲーテに果敢に仕掛ける。) (同時に、広範囲に及ぶ黒い炎の攻撃がやんだことで、 オーディンとテュポーンも気兼ねなく、 アシェンプテルへの攻撃に集中。) ヴィジュー: 何が飛んでくるか分かんないから、 人間さんはヴィーのそばにいてね。絶対に守るから 雨依: ゲーテ!あなたに恨みはないけど、 メンブレしてる間に勝負を決めさせてもらうわよ! ゲーテ: くっ……! (動揺しつつも雨依の攻撃をなんとか受け止めるゲーテ。 だが、その表情に先ほどまであった余裕は見られない。) (戦いには、理屈では通らない流れというものがある。 いま、まさに俺達にその流れがきている、 という実感を得ていた。) 人間さん: ヴィジュー。ここは勝負に出るぞ ヴィジュー: え、勝負って…… 人間さん: 俺はゲーテに接近する。護衛を頼めるか ヴィジュー: ええっ!?だ、だって人間さんは…… 人間さん: 戦えないだろうって?その通りだが……俺にはエルマイトがある ヴィジュー: わ、分かった。よく分かんないけど、分かった シンデレラ: 完全に捉えたわ!リル! リル: 承知した!はあああぁぁっ!! ゲーテ: な、なに……これじゃあ、まるで……わたしは……っ! リル: 愚かだな。正義などにこだわるとは。誰かを守りたい…… その想いで動いたとしても間違うことがあるのに、 たかが理念などに道を踏み外さない保証があるはずもない リル: 自分が正しいと妄信し、他者を排除し、 己を貫く――何を目的にするにせよ、 その行動は大抵は……悪と呼ばれるだろう ゲーテ: 違う、わたしは……ああ、わたしはただ、誰かのために…… リル: 違うな。己のためだ。 誰かのために尽くしている自分に酔いしれている、 そんな己の快楽のために貴君は道を見誤ったのだ ゲーテ: くうっ……! 人間さん: 雨依!ディマイトを送り込めるか!? 雨依: 人間さん!?なんでこんな戦場の近くに!? 人間さん: いいから!ゲーテを操っているのはおそらく聖母だ。 どっちが効くか分からないが、幻術を完全に解除するには、 両方を叩きこむのが間違いないだろ! 雨依: ……っ、分かったわ! ゲーテ: な、何を……!? 人間さん: リル!ゲーテを足止めしてくれ! リル: ふっ……本当に貴君は人使いが荒い……!いいだろう、任せておけ! ゲーテ: なっ、何をするつもり……っ! リル: はああああぁぁぁぁっ!! (リルの、尋常でない連続突きが放たれる。 防御するので精一杯になったゲーテはその場から動けなくなった。 そう長く続けられるような攻撃ではないだろうが、一瞬あれば十分――) 雨依: 人間さん! 人間さん: ああ、いくぞ! ゲーテ: や、やめ―― ゲーテ: うああああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁ!? アシェンプテル: ゲーテさん!? ゲーテ: あ……ああ……メフィ、スト……っ メフィストフェレス: グルルル…… ゲーテ: わたしは、まちがって、いた、のですか……? メフィストフェレス: グルルル…… リル: まさか、その黒い犬がメフィスト……? シンデレラ: ずっと犬と話していたの……? ゲーテ: やは、り……わたしは……幻の中に、ずっと……いた、ということ……ですか…… (気を失い倒れ伏すゲーテ。) 人間さん: これでまずひとり……後はアシェンプテルだけか アシェンプテル: これはさすがにまずいのよ。逃げるしかないのよ オーディン: 今度こそ、簡単に逃がすとは思わないでくださいね テュポーン: テュポ、つかまえる! アシェンプテル: うっ……!? (逃走を図ろうとするアシェンプテルの背後に回り込むオーディン。 相対するテュポーンが捕獲しようと身構えた。そのとき――) メフィストフェレス: グルルルルルルルル……グウウウゥゥゥ…… ヴィジュー: ん……?な、なんか犬の様子がおかしいんだけど メフィストフェレス: グウウウウゥゥゥ……グォアアアアァァァァ! (鼓膜を破られるのではと思うほどの咆哮をあげる黒犬。 身体の周囲にまとわせていた黒い霧が、 あっという間に濃くなったかと思うと――) 雨依: 犬が……巨大化するっ!? シンデレラ: まずいわ……おそらく、ゲーテが気を失ったことで、 聖母から受け取ったエネルギーが制御できなくなって暴走してるのよ! オーディン: な、なんですか、これは……っ! メフィストフェレス: グォアアアアァァァァ!! アシェンプテル: これはチャンス……! なんとか脱出しなくちゃいけないし、 そのためにはこの獣を使うしかないのよ (--) (アシェンプテルは黒い犬――メフィストのそばに素早く身を移すと、 それを背にして俺達を見下ろし、勝ち誇った笑みを浮かべる。) アシェンプテル: こんな暴走エネルギーを抑え込むなんて無理でしょ。 これでわたしは無事に逃げられる…… アシェンプテル: 獣の牙にかかって、全滅するといいのよ! 無残にはらわたを引き裂かれればいいのよっ!! シンデレラ: あいつ……っ! アシェンプテル: さあ、犬!やってしまうのよ! オーディン: そう簡単にやられるわたしたちでは―― (――無残に爪が突き立てられるのを目の当たりにして、 オーディンは途中で言葉を失った。) テュポーン: え…… (滴る血。彼女はそれが自身の腹から漏れていると気付くも、 理解できないと言うようにきょとんとした表情で見つめる。) アシェンプテル: え……どう、して……? (メフィストの爪に貫かれたのは、アシェンプテルだった。) メフィストフェレス: グウウォオォォォアアアアァァ! リル: 彼女のことは後だ!まずはメフィストを止めるぞ! オーディン: はいっ……!絶対にここで止めてみせます!! 300082 - 黒幕への怒り メフィストフェレス: グゥウウウゥゥゥ……ゥゥゥ…… (低い唸り声をあげながら、メフィストが倒れる。 同時に、その巨体はみるみるうちに縮んでいった。) オーディン: どうやら……なんとか鎮静化できたようですね…… テュポーン: いぬ、つよかった (誰もがメフィストを倒した安堵に息をつく中、 俺は一目散に駆け寄った。) 人間さん: アシェンプテル! シンデレラ: ……っ! (俺の行動に仲間達がはっと息を呑む気配が伝わってくる。) 人間さん: しっかりしろ!大丈夫か! アシェンプテル: おう……じさ、ま……? 人間さん: ……ああ、王子様だよ アシェンプテル: ……っ (アシェンプテルを抱き起こすと、 彼女はきゅっと俺の手を握る。 思っていた以上に華奢で小さな手のひらだ。) アシェンプテル: 嘘ばっかり……女の子に期待をもたせるようなこと言って…… そんな悪い人は、やっぱり……王子様じゃないのよ…… アシェンプテル: でも最後まで……王子様を探したけど、見つからなかった…… 聖母様も助けてくれるって……言ってたけど…… どうなったのかな…… 人間さん: もういい……喋るな…… (彼女の背中に回した俺の手に、ぬるりとした感触が伝わる。 かなりの出血量で、 色白を通り越して青ざめた彼女の顔色がその容態を明確に表していた。) アシェンプテル: わたし、がんばった……から…… 最後に聖母様が……おうじ、さまを…… 見つけてくれたら、いい……のに…… アシェンプテル: やっぱり……人間さん……あなたが、おうじ……さ……ま……? (そうつぶやいて、アシェンプテルは静かに瞼を閉じる。 俺はそっと彼女の身体を横たえた。) シンデレラ: この子のことは、私が 人間さん: ああ…… (シンデレラに頷きかけ、その場を離れようとして―― 思わず湧き上がる感情を拳に乗せ、 地面に叩きつけた。) 人間さん: くそっ!! オーディン: 人間さん……! 人間さん: なんなんだ、聖母っていうのは……! リル: ゲーテは孤独につけこまれ、 正義などという耳心地のいい存在意義を与えられ、 その承認欲求を利用した…… シンデレラ: アシェンプテルは、もっと純粋で…… ただ王子様を見つけたい、 その気持ちを利用されて…… 雨依: ふたりとも、聖母にいいように踊らされてた、ってところね…… 人間さん: 自分では何も手を下さず、高みの見物か……! 人の心を何だと思ってる……! オーディン: 人間さん……そうですよね、本当にひどい…… ポラリス: でも、まだ魔法陣は残ってるよ? ヴィジュー: ちょっとポラリス、いまはそんな空気じゃ…… 人間さん: ……いや、すまない。俺が感情的になっても仕方ないな。 ポラリスの言うとおり、 奴らの企てを止めるためにも次の魔法陣に―― ペロー: そうはいきませんね リル: ペロー……!? シンデレラ: それに、あなたは……! ライブラ: これは……ゲーテもアシェンプテルも、 あなたたちが倒したのね? ヴィジュー: そうとも言えるけど、そうじゃない気もする…… ライブラ: 同志を倒されたとあっては、ますます見逃せないわね ポラリス: 魔法陣はもう定着したのに、これ以上ここで何するつもり……? ライブラ: 本来はゲーテたちと合流するだけのつもりだったけど……いい機会ね。 ここで、人間さん……あなたを潰しておくわ 人間さん: ……っ!? テュポーン: させないっ! (テュポーンがすかさず攻撃を仕掛けるが、 ライブラは顔色ひとつ変えずに彼女との間に魔法障壁を展開する。) テュポーン: うあっ!? (壁に激突し、倒れるテュポーン。) ライブラ: あのグランド・リヴィジョンを改変した、あのとき以来ね。 聞いた話では、ずいぶん大きな顔をしてるとか 人間さん: ライブラ……ついに復活してしまったのか…… ライブラ: 以前のようにうまくいくとは思わないことね。 私はもう身体を手に入れ、レグルスの失態もない…… あなたたちに勝つ要因はないのよ 雨依: (身体を『手に入れ』……?) ヴィジュー: あれ、レグルスは……? ライブラ: なんだか調子が悪いみたいだったし、 戦闘する想定ではなかったから置いてきてしまったわ ペロー: しかしレグルス抜きで問題ありません。 完全復活したライブラの強さは本物ですから ライブラ: そうね……せっかく復活して最初の戦いだし…… ここは肩慣らしということで、 ペローは手を出さずに待っていて ペロー: 分かりました。楽しみにしていますよ オーディン: ひとりで……っ!?この人数を相手に!? ライブラ: 戦闘というとみんなレグルスのイメージだろうけど、 私だって結構やれるのよ? 300083 - 心強い援軍 オーディン: な、なんですか……この力は……! リル: 単なる力の差というだけではない。 それを使いこなし、コントロールする技術…… シンデレラ: 魔法使いとしての力量が圧倒的だわ……! (ライブラとの戦いは、想像していた以上に一方的なものだった。 なすすべなく、俺達は防戦一方となっていた。) ライブラ: ふうん……だいぶ身体の状態もいいみたいね。思った以上に馴染むわ ペロー: 何よりですね。もともと、こういうときのための保険ですから、 そうでなくては困るのですが 雨依: ……? シンデレラ: まずいわね……レグルスの方が戦闘力は上、 なんて聞いていたから術式の構成は得意でも戦うのはあんまり……だと思っていたのに 人間さん: 超えられるのはレグルスだけ、というレベルだったわけか…… ヴィジュー: ひとりで戦ってるとは思えないよ……! どこから攻撃しても、どんなにみんなで連携しても、 目がいくつついてるんだってくらい、あっさり対応してくるし オーディン: たぶん……目というより、脳がいっぱいあるんでしょうね…… 複数の術式を同時並行でコントロールしているんです。 見えない防御魔法がそこらじゅうに張り巡らされているはず…… テュポーン: はなし、むずかしい。でもあいつ、すごくつよいのはわかる 人間さん: (まずい……ここまで力の差があるとは…… せめて、事前に入念な準備ができていたら、 もう少し違った展開もあったかもしれないが……) ライブラ: さてと……あといくつか試したい術式もあるけど…… リル: くっ……完全に実験台扱いか……! ライブラ: ん……? (ライブラが顔を上げた先――そこには見慣れた顔が並んでいた。 俺は思わず笑みをこぼす。) 人間さん: みんな……! ピュルテ: お待たせしました!人間さん! ティンカー・ベル: なんかヤバいことになってるって、連絡が回ってきたからさー エミリー: ポラリスからアルゲディに連絡があったんだよぅ ドロシー: 十二神官に対しては、一方的に伝えられるみたいよ、その子 ポラリス: えへへっ☆こんなこともあろうかと思ってみんなに伝えたのっ。 すごいでしょ?ポラりん、優秀っ☆ リル: これで形勢逆転だな……! μと縁を結んだ小生たちが揃えば、 きっとライブラ相手にも戦える……! クレア: これ、前から言いたかったんだ。 『まったく、貴君らは本当に世話が焼けるな』 リル: ふっ……まったくだ。世話になる ヴェルメリオ: ……久しぶり。そんな顔だったんだね、キ キ・シャル: すっかり余から得た力も使いこなしているようだな。 だが、油断するな。余をもってしても、 こいつはとてつもない力を持っている…… ライブラ: ぞろぞろと出てきて、見苦しいわね。それで逆転できるとでも思ってるの? キ・シャル: やつはμと、お前達の世界の力――エルマイトを融合させ、 独自に増幅させている。厄介な力だが……余の力を借り受けたヴェルメリオ、 それに類する力を持つお前達なら通用するはずだ ピュルテ: 今度こそ人間さんのお役に立つときですね! キ・シャル: 奴は……もともとμだ。何かの事情でお前達の世界に移り住んだのだろう クレア: え、μ?ライブラが?そうなんだっけ? 人間さん: ……というか、十二神官がそうなんだ。 彼女達から直接、話を聞いていても確信した キ・シャル: ゆえに、絶望してはならない。絶望はやつの強さを信じることと同義…… μの力の源は、他者の信じる心だ リル: 先ほどまでの小生たちは、まさに悪手だったわけか シンデレラ: 仕方ないわ。あの状況で絶望するな、なんて……でも、もう違う ドロシー: μだかちゅーだか知らないけど エミリー: ドロシーってばえっち ドロシー: とっ、とにかくっ、四の五の言ってないでまずは―― ドロシー: 殴り飛ばす!! ライブラ: ふん…… (言うやいなや拳を振り上げ距離を詰めるドロシー。 しかしライブラは動じることなく指を弾いた。) ドロシー: ちっ……!魔法合戦ってわけね? どちらがオトギノクニ随一の大魔法使いなのか決めようじゃないの! (行く手を阻む魔法障壁が発生するが、ドロシーはそれを拳で叩き割った。 1枚だけではない、次々と障壁は生じる。 それを彼女は拳のみならず、肘、膝、額とすべて使って割り砕く。) ティンカー・ベル: いいぞっ、三つ編み! ピュルテ: 援護します!あの障壁をドロシーさんが自分で壊してたら、 勢いを削がれちゃいますから! クレア: ドロシーだけに攻撃をまかせっきりにしちゃだめ。行くよ、リル リル: もちろんだ! (一気呵成に畳みかけにいく仲間たち。その勢いに、俺も希望を抱く。) ライブラ: ……何も分かってないのね (だがライブラの顔には、うすら笑いが浮かんでいた――) 300084 - 遅れてきた理由 ドロシー: こ、こいつ……どうなってるのよ……っ、く、ふぅっ……! (咳き込みながらドロシーが毒づく。 増援を得て勢いに乗ったかに見えた俺達だったが、 ライブラは一枚も二枚も上手だった。) ティンカー・ベル: 強すぎるってぇ…… ライブラ: もう私のことは調べたのよね? グリム家の圧政を打ち崩そうって女が非力だと、 どうして思うかな エミリー: ここまで手も足も出ないなんて、思わないよぅ…… (オーディン達μも参戦し、数は十分すぎるほどいた。 だがライブラはペローの手も借りずに圧倒したのだ。) ピュルテ: もう、打つ手は……ないんでしょうか…… オーディン: 分かりません……何か見逃してるのかもしれませんから…… でも、いまの時点では何も思いつきません…… (絶望に打ちひしがれる中、こちらに向けて高速で飛来する影があった。 目を凝らすまでもなく、それはあっという間に距離を詰めてきて、 俺達の目の前に降り立つ。) レグルス: ライブラ…… ライブラ: 何をしてるの?待ってなさいと言ったじゃない。調子は戻ったわけ? レグルス: …… シンデレラ: 人間さんには触れさせな――きゃあっ!? (俺を守ろうと前に出るシンデレラだが、 レグルスの展開する障壁に弾き飛ばされてしまう。 そして、レグルスは俺の首根っこをつかんで身体を引き上げた。) 人間さん: レグルス……! 人間さん: (さすがにこれは詰みだ……どうしようもない……。 俺の人生もここまでか……) (レグルスの魔力で頭を一瞬にして吹き飛ばされる――そんな未来が容易に想像できた。) (せめて、この場の仲間が助かる方法だけでも思いつければいいのに、 迫る死の恐怖に思考が追いつかない。) レグルス: 人間さん…… 人間さん: やるならひと思いに頼む (精一杯の強がりを、レグルスは表情ひとつ変えずに無視して、言葉を続けた。) レグルス: エルマイトをよこしなさい 人間さん: え? レグルス: アナタも信念があるのでしょう? なら、ワタシに力を貸しなさい 人間さん: レグルス……? ヴィジュー: 人間さんの力を絞り尽くしてから消すつもり!? ライブラ: もったいないと思う気持ちは理解するけど、 ひとりが受け取れる量には限界があるのよ。 さっさとカタを付けたほうがいいわ レグルス: ……そういうことだから、さっさとよこして 人間さん: ……? 人間さん: (なんだ……?会ったときと雰囲気が違うような……) ライブラ: ……?レグルス、あなた……身体を取り戻して……? レグルス: さすがライブラ。気づきましたか ライブラ: 分かるに決まってるでしょ。 レグルスは一部だけ実体を持っていたけど、 ほぼ精霊になっていたはず レグルス: ええ……十二迷宮に残した髪だけを元に、実体を得ました ライブラ: そうよね。あのとき……『この子』に刺されたままなんだから 雨依: やっぱり……! (ライブラが自らの胸に手を置いてそう言ったところで、 雨依が声を上げた。) 雨依: その身体……ライブラ本人のものじゃないのね!?たぶん、デュプリの……! ドロシー: なんですって……!? ライブラ: ディマイトちゃん、優秀じゃない。その通りよ。 これは保険でレグルスに作らせておいた私の分身…… デュプリ・ライブラの身体を使ってるの ピュルテ: デュプリさんはどうなったんですか!? ライブラ: 消えたわ レグルス: …… 人間さん: (もしかすると……いや、きっとそうだ。 だとしたらこれは最後の…… 絶対に失敗しないように、万全を期して……) 人間さん: ……ヴェル、ちょっと ヴェルメリオ: ……え? ライブラ: そんなことはどうでもいいのよ。 本来の用途に活用しただけ。 それよりレグルス、どういうつもり?答えて レグルス: ワタシの身体はちゃんと保管してくれていたんですよ。 あのグランド・リヴィジョン改変の事件で、刺した後も…… 治療して、大切に保管してくれていました シンデレラ: それってデュプリが、ってことよね…… ティンカー・ベル: 自分で刺しといて、大切に保管ってわけわかんないけど 雨依: そう?手に入らないから刺した、手に入ったから大事にする。 何も矛盾してない気がするけど レグルス: デュプリの真意は、いまとなっては分かりません。 肉体の保管場所だって、 あの子はワタシに伝えていなかったんですから レグルス: でも、保管場所は予想できていました クレア: どこだったの? レグルス: 天空神殿の建物が墜落した、あの跡地ですよ。 デュプリの考えそうなことです。 あの子の考えそうなことはだいたい予想できるんですよね ライブラ: 質問に答えてないわ、レグルス。 何のためにわざわざ肉体を取り戻したの? このタイミングで、私に断りもなく レグルス: デュプリのことは予想できますが……アナタのことは分からない。 何を考えているのか、どこに幸せがあるのか。 きっともう、今のアナタはワタシの理解を超えてしまった レグルス: そうでしょう、ライブラ 300085 - 小さな王の果てより手繰りし夢 ライブラ: なんですって?私を、理解できない? レグルス: アナタの掲げた理想のために、 多くの仲間が戦い、傷ついた……そう思っていますか? ペロー: 下がりなさい、レグルス レグルス: それは半分正解で、半分間違いです。みんな、自分のために戦っていました。 アナタの理念など誰も考えていない。 けど争いの舞台を生み出したのは、間違いなくアナタです ライブラ: まさかと思うけど、私に盾突こうとしている? レグルス: あのとき、ワタシを刺したデュプリの気持ち…… ようやく、少し分かった気がします レグルス: ワタシは、自分を見てほしかった。その一心で動いてきた。 でもアナタの瞳にワタシはまったく映っていない…… レグルス: それが誰よりも辛いことだと知っているのに、 ワタシもまた、デュプリにそれを強いてしまった…… ライブラ: くだらない。理想のために必要なことに力を尽くすべきで、 私の評価がどうこうなんて、ただの承認欲求だわ レグルス: そうですね。アナタにとってすべては駒でしかない。 心があることを忘れてしまったみたい。 以前はそんな人ではなかったはずなのに…… ライブラ: もう無駄話は結構よ。盾突くというのなら、排除するまで。 たとえ最強と謳われるあなたであってもね レグルス: 同感です。もう話しても仕方がないのでしょう。ねえ、デュプリ ライブラ: ……っ!?な、なに……身体が痺れるような感覚……っ、 まさか肉体にまだ、デュプリケーションの意識が……!? ペロー: ライブラ、加勢します!私が加わればレグルスと言えど―― ペロー: ……!?人間さんの手が、レグルスに触れて……? いえ、この人たち全員で、手を…… ドロシー: イマジュマイト・アディションを果たした私達なら、 きっとレグルスにも力を与えられるはずだと思ったのよ ヴェルメリオ: ……力の相性がいいなら、戦うだけじゃなくて、 力を渡すのにも都合がいいはずだと思って ペロー: ば、馬鹿な…… レグルス: 皆さんのおかげで新しい力をたっぷり発揮することができそうです。 さあ、いきますよ―― (周囲が白い光に包まれたと思った次の瞬間には、 目の前にオーラを放つレグルスの姿があった。) レグルス: ずっとライブラの背中を追ってきた、こんなワタシですが…… 戦闘で負けるつもりはありませんから ライブラ: レグルス……正気なの? レグルス: ええ、もちろん。むしろ今こそ正気と言えるかもしれませんね レグルス: きっと、この決断は遅すぎるのだと思います。 それでも、このまま何も無かったことにしてついていくよりはいい。 そんなふうに目を瞑ることは、もうワタシにはできません レグルス: ずっと……ずっと……目を背け続けてきた年月でした。 ライブラが、ワタシのことなんて必要としていない、ただの駒でしかない、 薄々分かっていたのに見ようとしなかった レグルス: そんな弱いワタシを、ひとりの、ただのレグルスとして認め、 支えてくれたデュプリに……ワタシは応えたい ライブラ: くだらない…… レグルス: 大いなる理想の前では、ですか? では比べてみましょう。 どちらが本当に価値あるものなのか レグルス: 神官長の名において、神官・ライブラを裁きます――! ピュルテ: すごい…… (それは圧倒的な破壊力だった。さすがライブラ、 直撃は食らうことなく巧妙にかわしてはいるが、 誰の目にもレグルスの優勢は明らかだ。) エミリー: もちろん、エミリーたちが渡した力も大きいとは思うけど…… ドロシー: さすがの戦闘センスだわ。 力をここまで活かしきってるのには、もう感心するしかないわね レグルス: ライブラ……!こんなふうになってしまう前に、 もっとワタシが……ちゃんと止めればよかったのですよね……! ライブラ: まるで私が何か失敗しているとでも言いたそうね……! 道を間違えているとしたら、レグルスの方よ! (火花が散り、空気が揺れる。俺たちはもちろんのこと、 ペローも割って入ることもできず傍観するしかなかった。) クレア: でもたぶん、これは時間の問題 シンデレラ: ええそうね。きっと押し切れるわ オーディン: ライブラさんを倒したら、魔法陣も戻るのでしょうか…… 雨依: さあ、それはまだなんとも――ん? (ふいに雨依が首を傾げる。彼女につられて、魔法陣に注意を向けた。) 人間さん: 魔法陣の表面が蜃気楼のように波打っている…… これは定着が進んだということなのか……? (波打つ魔法陣から、鉤爪のような形状のものがひょっこりと現れる。 大きさにしておよそ10センチ弱。) ティンカー・ベル: なんだ、あれ…… レグルス: そろそろ終わらせましょうか、ライブラ! アナタの理想はここまでです! ライブラ: くっ……やむを得ない……ここは引き上げるしか…… レグルス: さようなら、ライブラ