0 - 悪夢の続き 雨依: いまでも、あの夜のことは覚えてる (背景切換...) 警察本部: 本部より入電、XX区XX1-13-1、 和菓子屋『寶月堂』にて女性が刺されているとの110番あり 指令室: XX了解 警察本部: 通報者は被害者の夫、発見者は被害者の長女で―― (背景切換...) 雨依: 私の運命は一変した (背景切換...) リポーター: 13日未明に起きた和菓子屋女将刺殺事件に関与しているとして強盗殺人容疑で指名手配されていた容疑者が先ほど、この駅付近で自殺を図り、間もなく死亡しました 雨依: その夜まで、私の人生は幸せなものだと確信していた。何の根拠もなく リポーター: なお、容疑者は被害者と不倫関係にあったとの証言も―― リポーター: 後継者問題で度々ベテラン従業員とトラブルになっていたと―― リポーター: 『寶月堂』は経営難に陥っており、多額の借金が―― (背景切換...) 雨依: すべて根も葉もないうわさにすぎなかった。私から見ても引くほど仲の良かった両親、 優しく穏やかだった従業員、連日のように行列のできたお店 雨依: 私はすべて事実を知っているのに、誰も聞いてくれなかった。いまなら理由はわかる。 事実なんて、捻じ曲げられた創作より、ずっとつまらないからだ (背景切換...) 雨依: なのに、私は友達を失った 雨依: そして―― (背景切換...) リポーター: XX陸橋から飛び降り走行中の大型トラックに衝突、全身を強く打って死亡した男性が、 5か月前の『寶月堂強盗殺人』の被害者遺族であることがわかり―― 雨依: 優しい両親も失った。失意の父は仕事も手につかず、従業員たちもみんな去っていき、 やがて店は血縁以外に何のつながりもないクズに売られた (背景切換...) 雨依: 私に残されたのはたったひとつ。この、金平糖のレシピだけ―― 雨依: パパ、ママ、どこ……? 雨依: そこに、誰か……いるの……? (背景切換...) 雨依: ママ……!?やだ、ママ、どうして……!?血が、いっぱいっ……! どうしよう、パパっ、ママが死んじゃう……!ねえ! (背景切換...) 雨依: ……はっ!? (私は勢いよく起き上がり、横になっていた岩肌の固さに顔をしかめた。) (自分が置かれている状況を、しばらく考えて整理する。) 雨依: (そうだ……私は、エンリルのところから逃げ出して、 そして声に導かれるがままに……) (昔の夢だ。) (しばらく見ていなかったのに。) 雨依: …… (自分の両手を見つめる。洞窟で寝たせいか、少し薄汚れている。) (それだけだ。) (でも、こうして見つめていると、血に染まっていた記憶が簡単に蘇ってくる。) 雨依: 巡り巡って、ある意味で私の手は本当に血に染まったようなものだけど (もはや戻れないところまで来てしまった。) (そんな意識で、私は自分を嘲笑った。) ???: 自分の役割をまっとうするのです……あなたにしかできない、崇高な役割を…… 雨依: わかってるわよ、うるさいわね。いま起きたところなの (頭に響く声に、私は毒づく。) (この声に従って、私はアヌやエンリルのいる世界からまた、新たな世界に渡ってきた。) 雨依: この結晶体を置いて回ればいいんでしょ……。もう少ししたら、やるから (きっとまた、これがろくでもないことになるのは目に見えていた。) (けど、私はもう続けるしかない。) (声の言いなりになっていたから、なんて言い訳はしない。) (これは私の意志。) (だからきっといつか、私は罰せられるに違いない。) (人間さん……あの人に。) (背景切換...) (エンリルとアプスーが和解してからしばらくが経った。) (相変わらず雨依の行方はわからないまま。) (そんな中、俺は……。) (芋を洗っていた。) マルドゥーク: 次はこの箱だ 人間さん: まだあるのか…… マルドゥーク: 手伝ってくれて助かる (マルドゥークが育てている農作物の収穫を手伝う、 と申し出たのだがまさか丸一日、芋を洗うことになるとは思っていなかった。) 人間さん: (まあ俺が断ったら、これをマルドゥークひとりでやるんだもんな。 それはかわいそうだ。みんなが食べる芋なんだし) マルドゥーク: 何を考えてる? 人間さん: オトギノクニにいた仲間に、人間界の港区が大好きな子がいたな、って マルドゥーク: ふうん?どうしてまた急に。ホームシックか? 人間さん: いや、芋洗坂って地名を思い出して……。わかんないよな。いいや、気にしないでくれ エンキ: あらあら、精が出るわね。はい、飲み物の差し入れよ マルドゥーク: いや、エンキ。人間さんはまだ出してない 人間さん: 下ネタかよ…… 1 - 思わぬ出会い (洞窟から外に出ると、ぬるい風が頬を撫でた。) 雨依: 結局、ここがどこなのかわからないままなのよね。 オーディンたちの世界よりはあったかくて、エンリルたちの世界よりは涼しい…… 雨依: いままでで一番過ごしやすいかもしれないわ。私、ここにずっと住みたいな (そんなことをつぶやきながら、私は森の隅に手のひらほどの大きさの黒い結晶体を置く。) 雨依: これのせいで、世界が滅んだりしなければ、だけど (結局、これが何なのかはわかっていない。) (ひとつ推測できるのは、 これがおそらくディマイトに近い性質を持っているだろうってことくらい。) (例の声の主が、監視者<サーベイ>と呼ばれるやつを通じて渡してきたアイテムだ。) (大きな麻袋いっぱいに詰まってるのを見たときは憂鬱になった。) 雨依: でも意外と、軽いんだよね。こんなに大量にあるのに、 人間界で私が背負ってたリュックの方が重いくらい 雨依: ていうか、あのサーベイとかいうの、なんなんだろ。 喋んないし、魔物なのかな。それともロボット? (広い森をひとりで歩いていると、必然的に独り言が増える。) (私の質問にも当然、答えてくれる人はいない。) (そのはずだったのだけど――) 盗賊1: こんなところで女のひとり歩きとは不用心だなぁ? 盗賊2: 俺たちが保護してやるぜ。有料だけどなぁ? 雨依: (……盗賊の類ね) (こんなのは何度も遭遇してきた。) (μのいる世界だけじゃない、オトギノクニでも、人間界でも。) (たくさんの世界を見てきたけど、人の本質なんて同じだ。) 雨依: ううん、間に合ってるわ 盗賊1: おいおい、親切は素直に受けとけよ 盗賊2: しかし、こいつ……よく見るとなかなか…… 盗賊1: ふん、そうだな。 カネがないっていうんなら、警備料金は他の方法でも受け付けてやるぜ? 盗賊2: 場合によっちゃ、家族になるかもしれないもんなぁ?くっくっく…… 雨依: ほんとキモい。無理 盗賊1: あ?なんだって? 雨依: 気持ち悪いって言ったの。道を空けて (無言で排除することは簡単だった。) (けど、生理的嫌悪があまりにひどくて、何か言ってやらないと気が済まなかった。) 盗賊1: このアマ、優しくしてりゃつけあがりやがって 雨依: それはあんたたちでしょ (男たちがつかみかかろうとするのを見て、素早く自分の指を口元に運ぶ。) (もう、この指を噛むのも慣れたもので――) 盗賊1: ぐあああぁぁっ! 盗賊2: 大丈夫か!?おい、何しやがる! 雨依: え、なに……? (私はまだ指を噛んでいない。) (そして男は正面ではなく、横からの衝撃で吹っ飛ばされたようだ。) ???: …… 盗賊2: おい、てめえ!この女の仲間か!? 盗賊1: よ、よせ…… 盗賊2: え? 盗賊1: そいつはμ……あのタルタロスだ。関わったら永遠に牢獄に繋がれるぞ 盗賊2: なっ!?こ、こいつが!? 盗賊1: ああ、何かの式典で見かけた記憶がある。間違いない タルタロス: ……その通り。私は、タルタロス 盗賊1: ひっ、ずらかるぞ! 盗賊2: あ、おい、待てって! (男たちは慌ててその場から立ち去る。) (残された私は、タルタロスと呼ばれた彼女をじっと見上げた。) 雨依: あの、ありがとう。助かったわ タルタロス: ……何をしてる? 雨依: ああ、えーと…… (助けてくれた恩はある。) (でも、それと信用できるかはまた別問題。) (大抵の場合、こちらが困っている素振りを見せれば、 それにつけこもうとする連中ばかり。) (これもまた、どの世界でも共通していることだ。) 雨依: ちょっと、山菜取りをして…… (我ながら陳腐な言い訳だった。) (昔話じゃないんだから。) タルタロス: …… (タルタロスはじっと私の全身を観察する。) (そして、手にしていた何かをぬっと突き出した。) 雨依: え?あの、えっと、これは…… タルタロス: りんご 雨依: あ、うん…… (反射的に、私はりんごを受け取ってしまう。) (タルタロスは表情を変えずに、そのまま背を向けた。) 雨依: …… (小さくなるタルタロスの背中を見送りながら、私は拍子抜けする。) (μなら、私が秘めている何らかの力を感じ取っても不思議じゃない。) (てっきり彼女の拠点に連れて行かれるかと思っていた。) (そして何らかの目的を遂げるための手伝いをさせられる。) (そんな展開まで予想していたので、拍子抜けしてしまった。) 雨依: 変な人…… 2 - いもまつり エンリル: 報告書の通りです。雨依の行方はまったくつかめませんね 人間さん: そうか…… オーディン: 前回、わたしたちの世界で姿を消したときと同じなら、 もう他の世界に行っているのかもしれませんね イナンナ: 他の世界なんてものがあるの? アヌ: 現に、4つの世界が既に存在しているからね。 ここと、オーディンのとこ、ヴェルメリオのとこ、そして 人間さん: 人間界、だな。俺もその意見には賛成だ (ここを知った時点で、2つだけのはずはないと確信していた。) (μの世界とはおそらく、神話世界だ。) (なら、北欧神話、メソポタミア神話の他にもたくさんあるだろう。) 人間さん: でも、これ以上ハシゴしたくないな…… アプスー: あ、あのさ、雨依はどうやって移動してるんだろ ティアマト: 自力では移動できないのかしら? エンリル: ……誰か、バックについていると考えたほうが良さそうですね カプーズ: そうよね。魔法陣があったのは、明らかに人工的なものだから オーディン: わたしと人間さんは、古くから伝わる場所を使ってここに来ましたけど…… たぶん、自然にできた世界のつなぎ目、という感じでしょうか 人間さん: 俺が迷い込んだのも魔法陣の影響なら……やっぱり、誰かの意図があるんだろうな イルカルラ: 別世界に行ってしまったのなら、 私たちは探すお手伝いはあまりできませんね。しょんぼり アヌ: ふむ…… キが探してくれているということだったから、そっちに期待するしかないだろうな イナンナ: 焦っても仕方ないんだから、どーんと構えてなさいよ。 その間はわたくしの美貌を見て癒されるといいわ イルカルラ: 申し訳ありません イナンナ: なんで謝るのよ!?いまのわたくし、優しかったでしょ! イルカルラ: 提供できる癒しがこの程度で申し訳なくて。しゅん イナンナ: 失礼ね!!こんな美しいわたくしを捕まえて! 毎日こんな美女を拝めるなんて、身に余る幸せだと思うけど! ティアマト: あたしも自分に自信は持ってるほうだと思ってるけど…… ねえ、アプスー。あたし、大丈夫?こんなじゃない? アプスー: うん、大丈夫だよ イナンナ: こんなって何よー! エンキ: はいはい、みんな落ち着いて。いろいろ大変だけど、 せっかく集まったんだし美味しいごはんでも食べましょ ヴェルメリオ: ……別世界のことは、キが調べてくれてるみたいだから。 わかったら、わたしを通じて伝えるって言ってる アヌ: この世界そのものになったからこそ、外の世界のことも感じ取れるというわけだねぇ。 やっぱり、キは遠くに行ってしまった感じがするよ エンリル: アヌ様って、意外と寂しがりなんですか? アヌ: うん、そうかも ティアマト: それで、ごはんは何? パイプル: まずはこれ!ベーコンポテトパイ! ティアマト: えーっ、美味しそう! エンキ: それからムサカよ 人間さん: ムサカ? ヴェルメリオ: ……ナスとかトマト、じゃがいもとか挽き肉を重ねて焼いた料理だって。 わたしも覚えて帰ろうっと ヴェルメリオ: ……ちなみにわたしは肉じゃがだよ マルドゥーク: それからポテトサラダ エンリル: どれも美味しそうですね! エンリル: 美味しそう……ですが…… ティアマト: いもいもしいわね…… マルドゥーク: たくさん採れたから。人間さんもがんばって、たくさん洗ってくれた イルカルラ: そういうことなら、全部いただかないとですね。ぺろり (背景切換...) 人間さん: ふぃー……食った、食った イナンナ: さすがに芋尽くしは重いかと思ったけど、意外と食べちゃったわ イルカルラ: イナはよく食べますし。ぽっちゃり イナンナ: 美の化身であるわたくしに、その擬音やめてくれる? イルカルラ: むっちり イナンナ: ケンカね?ケンカを売ってるのね? ヴェルメリオ: ……ふう パイプル: あれ、ヴェル姉も食べすぎちゃった? 美味しいからついつい食べて、後からボリュームが押し寄せてくるんだよね ヴェルメリオ: ……ううん、ちょっと違うかな。なんか最近、疲れやすいっていうか 人間さん: なんか中年の人みたいなセリフだな。大丈夫か? ヴェルメリオ: ……うん、ありがと。ちょっと部屋で休んでくる カプーズ: 大丈夫かしら アヌ: ……もしかすると、思っている以上に身体の負担が大きいのかもねぇ エンリル: 負担というのはアヌ様、彼女のあの強い力のことですか? アヌ: 力の強さも当然あるが、どちらかというと異質さかなぁ イルカルラ: ぴーん。別世界の力を、ここで使うことが負担ということですね カプーズ: そんな……。倒れちゃったりしないわよね? アヌ: さあ……確実なことはまだ言えないが…… 3 - 異質な存在 (それからまた数日が経って――) アプスー: ボ、ボクが? エンリル: ええ。水路を作る事業、つまり水を操るわけですから。 もちろんティアマトの協力も欠かせません ティアマト: いいじゃない。あたしと一緒ならアプスーだって不安じゃないでしょ アプスー: う、うん。わかった、がんばってみる エンリル: 達成したい目標だけはお伝えしますが、その方法についてはふたりに一任します エンキ: まあ、お姉様が任せるだなんて…… アヌ: 成長したもんだねぇ マルドゥーク: 今日の野菜だ エンキ: あらっ、助かっちゃいます カプーズ: 毎日こうして届けてくれるの、ありがたいわね マルドゥーク: うん。最近、気づいたから イナンナ: わたくしの魅力に? マルドゥーク: 違う イナンナ: くっ……イルみたいにいろいろ言われるのも悔しいけど、 マルドゥークのシンプルな否定も刺さるわね…… マルドゥーク: ひとりでバビロンにいるより、 こうしてみんなの顔を見たほうが楽しいし、食事も美味しい イルカルラ: ちょっと可愛いと思ってしまいました。きゅんきゅん パイプル: あーね。やっぱ大勢のほうがバイブス上がるもんね アヌ: そうだなー パイプル: 全然上がってなさそうなテンションの人に言われても ヴェルメリオ: ……アヌ、ちゃんと雨依の行方とか探ってる?キがなんか文句言ってたよ アヌ: えー? ヴェルメリオ: ……確かにキは世界と一体化したから、別の世界の存在をより感知しやすいらしいけど。 でもアヌも同格なんだからやれるはずだって アヌ: あー、やってるやってる オーディン: 絶対やってない人のリアクションですよね、それ アヌ: いざというときのために力を溜めてるんだよ ヴェルメリオ: ……キだけに押し付けたこと後悔してるとか泣いてたのに 嘘だったのかって、ぷりぷりしてる アヌ: 嘘じゃないってば。あと泣いてないから カプーズ: ヴェルちゃんは、体調はどうなの?キが調べてくれてるっていうけど、 それが負担になったりしてない? ヴェルメリオ: ……そういう感じじゃなさそう。 なんか、キも言ってた。わたしはこの世界にとって異物なんだって オーディン: わたしも力が制限されてしまってますからね ヴェルメリオ: ……オーディンは、世界が違うけど同じμだから、 制限されるだけで済むんだって。でもわたしは…… 人間さん: オトギノクニの住人だから、まったく種類が違うんだよな。けど、キからこの世界の力をもらって……うん、なんとなく負担がかかってそうなイメージはある エンキ: でもそれだと、人間さんも条件は同じなのでは? その、オトギノクニで使われるエルマイトを持ってるんでしょう? アヌ: あー。それはね…… ティアマト: 何か知ってるの? アヌ: んー。人間さんはちょっと別なんだよ。うん イナンナ: 絶対、途中で説明がめんどくさくなったんでしょ…… 人間さん: それ大事なところだから!まあ今日じゃなくてもいいけど、いつか説明してほしいな アヌ: いつかねー エンリル: アヌ様、先送りは良くないですよ ヴェルメリオ: ……あっ マルドゥーク: どうかしたのか? イナンナ: うっかり尿漏れでもしたんじゃない? ヴェルメリオ: ……中年じゃないもん 人間さん: ごめん、ヴェル。俺がうっかり中年ってワードを出したばかりに ヴェルメリオ: ……そんなことはいいの。大変、キが雨依の気配を見つけたって エンリル: なんですって! ティアマト: そこには行けるの? ヴェルメリオ: ……行ける。キの力で飛ばせるんだって。ただし イナンナ: きたきた。こういうときって条件が絶対あるのよね イルカルラ: 一定の知能がない者は飛ばせられないのでは? イナンナ: おっぱいがない者は飛ばせられないのでは? イルカルラ: 静かにして。ぐりぐり イナンナ: 痛い! にこーって言いながらにこにこしないくせに、なんで、ぐりぐりは実演すんのよっ! ヴェルメリオ: ……まず、一方通行になること。行ったら戻ってこれないと思えって カプーズ: あら……それはなかなか覚悟がいるわね ヴェルメリオ: ……そして、人数は3人まで 人間さん: やっぱり人数制限はあったか。ちょっと予感はしてたんだよな ヴェルメリオ: ……決まったら、すぐ行けるけどって ティアマト: 当然、あたしが行くわ!人間さんにはあたしが必要でしょ アプスー: ……っ!う、うん、そうだね……お兄さんのこと、おねがい…… ティアマト: って言いたいとこだけど、アプスーを置いてはいけないわ。 一緒にやるべき仕事も決まったばかりなんだし アプスー: ティアマト……! エンリル: それは私も同じですね。役目があり、信民たちもいます マルドゥーク: うん。信民のことは考えないと イルカルラ: そもそも私は冥界からあまり離れられませんし エンリル: いざとなれば私が天命の粘土板でなんとでも書き換えますが、 他に適任者がいるなら、その人に頼んだほうがいいでしょうね アプスー: 適任者…… 4 - 新たな世界 パイプル: つか、この世界の住民じゃない人が置いて行かれるのやばくね? 自動的にオーディンとヴェル姉だと思うんだけど オーディン: そ、そうですね……ここで取り残されるのは不安ですし…… 人間さん: パイプルの言うとおりだな。取り残されるのはさすがに ヴェルメリオ: ……ううん。わたしは、行かない カプーズ: えっ!?ヴェルちゃん!? ヴェルメリオ: ……自分の身体は、やっぱり自分がよくわかる。それにキも言ってるんだ アヌ: なんて言ってる? ヴェルメリオ: ……まず、キから力をもらったわたしは、 別世界では当然、何もない状態から始まっちゃう エンキ: あくまでもμではないわけですからね…… ヴェルメリオ: ……そして、連続してμの世界にいられる時間には、限りがあるみたい パイプル: ってことは、この世界にもいられないってことなんじゃ ヴェルメリオ: ……そう。だからわたしはオトギノクニに帰る 人間さん: ヴェル…… ヴェルメリオ: ……ごめん、人間さん。わたしはここまでみたい。 キがちゃんと帰してくれるみたいだから、それは安心して カプーズ: ということは当然、私たちも……よね パイプル: せっかくみんなとチームになれたと思ったのに エンリル: となると、私たちの中で特に何か役割を持っているわけでもなく時間に余裕があって、 すぐに動ける条件を持つとなると パイプル: 一言でいうとニートじゃね カプーズ: こら、パイプルちゃん エンキ: アヌ様か…… アプスー: イナンナ、かな…… エンリル: ではアヌ様、人間さんをよろしくお願いします アヌ: ええー?私? イナンナ: なんで二択だったのにいきなり決定したのよ! ティアマト: だって言わずもがな、別世界で頼りにならなきゃ困るでしょ オーディン: うっ……わ、わたしはこの世界でちゃんと力になれていたのでしょうか。 急に不安になってきました イナンナ: 頼りになるでしょーが!美しいだけじゃなくて、最強なのよ、わたくし! アプスー: で、でも……アヌ以上じゃなくないかな…… ティアマト: キと並ぶ創造のμよ? イナンナ: ぐぬぬぬぬ イルカルラ: それにイナも役割があるでしょう。 この世界の信民があなたの美しさを失ったらどうなるか。にこーっ イナンナ: はっ!確かに…… マルドゥーク: ちょろすぎないか エンリル: ということですので、アヌ様。ご準備を アヌ: うわぁー、なんかちょっと予感はしてたよ…… 人間さん: よろしくな、アヌ ヴェルメリオ: …… カプーズ: あ……ヴェルちゃん…… 人間さん: ……! (背景切換...) カプーズ: ヴェルちゃん……! ヴェルメリオ: ……う、ううっ、ぐすっ。な、泣いてなんか、ないから。 人間さんのためだもん、これでいいの……っ! カプーズ: だめよ、ヴェルちゃん。 みんなの前でつく嘘は優しさだけど、ひとりでつく嘘は自分を傷つけるだけ カプーズ: 本当は、辛いわよね。いいのよ、辛いって口にして。 抱えてる気持ち、さらけ出していいの ヴェルメリオ: う……うっ、ううっ、カプ姉っ…… ヴェルメリオ: ……本当は、やなのっ。ずっと、ずっと、離れてて……やっと会えたのに、 また離れ離れなんてやだよ。怖いよ。どこまでも一緒にいたい……! ヴェルメリオ: ……キは、わたしが行くことを否定しなかったよ。 本来の力が出せないのはみんな同じだからって、優しかった。でも…… ヴェルメリオ: ……わたしはμじゃない。この世界に来たばかりの頃と同じになる。 それじゃあ、人間さんのお荷物になっちゃう……。 わたしは、人間さんを助けるために来たのに、そんなのやだ…… カプーズ: だから、身を引いたのよね。えらかったわね、ヴェルちゃん。 雨依が見つかるずっと前から、このことは考えてたんでしょう? ヴェルメリオ: ……うん。う、ううっ、ごめん、カプ姉……ちょっとだけ、泣かせて…… カプーズ: 好きなだけ泣きなさい。よくがんばりました、えらかったよ ヴェルメリオ: ……う、うう、うぁああんっ……! (…………。) パイプル: ってことだから、おにぃは追いかけなくて大丈夫。ここは見ちゃだめなとこだよ 人間さん: ……そうだな。カプーズに任せる 人間さん: (ありがとう、ヴェル……。気持ちはちゃんと伝わってるから。 必ず、雨依を連れてオトギノクニに帰る……) (背景切換...) エンリル: では、お気をつけて (翌日。城の広間にみんなが集まり、俺とオーディン、アヌを見送る。) (目元を赤く腫らしたヴェルメリオが、両手をかざした。) (彼女の身体を通じてキによる転送が行われるという。) 人間さん: みんな、ありがとう。きっといつか、またどこかで (背景切換...) (そして俺たちの周囲は光に包まれて――) (背景切換...) 人間さん: ん……ここは……着いた、のか? アヌ: おお……?あれは確か、海……? オーディン: 誰か走ってきます!まさか、敵……? ???: あ、すみませーん!ちょっとお時間いいですかー? オーディン: えっ ???: あっ、ちょうど3人いる!あの、よかったら働きません? 人間さん: ええっ!? 5 - 距離の詰め方 ???: 実はちょうど3人、人手が足りなくなってて……男手も必要だし、 そっちのあなたは細かい作業も丁寧そうだし、もうひとりのあなたも…… ???: えーと ???: とにかく手伝ってほしいんです。お願いできませんか? アヌ: ねえ。なんで私だけ飛ばしたの オーディン: 仕事、ですか…… (困り顔で俺に視線を送るオーディン。) (いきなり知らない世界で、わけもわからないうちに働くのはさすがに不安ではある。) (ただ、当面ここで過ごすにあたり現地通貨を手に入れられるのは大きいかもしれない。) 人間さん: よし、それじゃあ働きにいってみようか アヌ: ええ~?うそでしょ~? (露骨に嫌な顔をするアヌだが、俺は聞こえなかったフリをする。) ???: うわあ、助かります!じゃあさっそくご案内しますのでこちらへどうぞ! ゼウス: あ、そうだ。わたし、ゼウスっていいます 人間さん: ゼッ……!? (突然の大物の名前に思わず言葉を失う。) (もちろんオーディンとアヌ、 そしてゼウス本人もきょとんとしてこちらを不思議そうに見ていた。) 人間さん: あ、いや、なんでもないんだ。えっと、俺の名前は人間さん (背景切換...) (アヌとオーディンもそれぞれ名乗りながら歩みを進めていくと、 白い石造りの建物が並ぶ街並みが見えてきた。) アヌ: へえ……。私たちの世界とはまた違った趣だねぇ オーディン: わたしの世界ともまた違いますし、いろいろなんですね ゼウス: あそこがわたしたちの家です!それで、お願いしたいのが…… (背景切換...) 人間さん: はあ、はあ、こ、この棚はどっちに…… ゼウス: あの角にお願いします! オーディン: やっときれいになった……えっと次は…… ゼウス: あっちの廊下の窓、全部拭いてください! アヌ: もうやだ……私、元の世界に帰る…… ゼウス: アヌさんは出たごみをまとめて裏手に運んでください! アヌ: ええ……まだ働くの……? ゼウス: はい、この袋もお願いしますね! アヌ: うう、容赦ない…… (軽くひと働き、くらいのつもりだったのだが、もうすっかり汗だくになっている。) (気温は少し高めだが、人間界の日本と違い湿度は低く、 とても過ごしやすい気候なのだが……) (町を散策する程度ならともかく、ここまで働くとさすがに汗が止まらない。) ゼウス: はい、かんせーい!これで掃除も模様替えも完璧です! オーディン: た、確かにこれはゼウスさんひとりでは大変だったでしょうね…… ゼウス: 助かりました。あ、これ謝礼です アヌ: おお……価値がわからないから、なんとも言えないけど、 働いてお金もらうってこういう感じなんだ ゼウス: 汗かいちゃいましたよね。お風呂、どうぞ 人間さん: えっ、いやでも、 さっき会ったばかりなのに風呂を借りるのは、さすがになんというか…… ゼウス: え?全然よくないですか?もうお湯溜めてあるので入っちゃってください オーディン: お湯が溜めてあるんですか? (オーディンたちの世界ではサウナが主だった。戸惑うのも無理はない。) (アヌのところでは一応、浴槽はあったが使用頻度は低かった。) (さらには……。) アヌ: おふろって、めんどくさいんだよねぇ (アヌは入浴を面倒がる傾向にあった。) (まあ、ゼウスの提案は滝のように汗をかいている俺に対してだろう。) 人間さん: そこまで言ってくれるのなら、せっかくだし頂こうかな ゼウス: はい。オーディンさんもどうぞ、どうぞ オーディン: ちょっと未体験ですけど、行ってみます……! (背景切換...) ゼウス: では、こちらがお風呂ですので。タオル、これです 人間さん: ありがとう (汗に濡れた服を手早く脱いで、 一糸まとわぬ姿になったところで浴室に入ろうとすると――) アヌ: うーん、これで洗って、水拭いて、着替えるんでしょ~?お風呂ってめんどくさいなぁ オーディン: そう言わずに。きっとすっきりしますよ 人間さん: えっ…… オーディン: きゃああああっ!? アヌ: ふうん。改めて見ても、やはりなかなか (手のひらで目を覆うオーディンと、まじまじとこちらを見つめるアヌ。) (ふたりもまた、生まれたままの姿で――) 人間さん: こ、混浴だったのか!? ゼウス: あ、もうみんな準備万端ですね!じゃあ入りましょう。裸の付き合いってやつです! 人間さん: いやいやいや……って、ゼウスも!? (ゼウスもまた全裸で、まったく恥じて隠す様子もなく現れた。) (しかも、思っていた以上に胸元のボリュームが……。) (着やせするタイプなのか……。) オーディン: ど、どどど、どういうことですか!? アヌ: ゼウスは大きいなぁ。うらやましい…… (騒然となる脱衣所。) (その扉が、唐突に開かれた。) ???: ゼウス?何の騒ぎで…… ???: うわあああああ!!ヘンタイだ、ヘンタイがいる!! 6 - あの子を探して パラケルスス: じゃあ、やっぱり見つからないんだね レオナ: 状況からすると、たぶん人間さんくんが行方不明なことと関係すると思うんだよね パラケルスス: じゃあ、例の別世界に飛ばされたってことか レオナ: 私は現役コミッティじゃないし、 そのあたりの情報はあまり入って来てないんだけど…… 人間さんくんは、どういう状況なの? パラケルスス: 雨依が消えた夜、レオナも一緒だったんだろう? あのとき人間さんくんは別の世界に迷い込んでしまったらしい レオナ: オトギノクニでも、人間界でもないってことよね パラケルスス: 正体不明の魔法陣が発見された。おそらく、その効果で転移したらしいね。 現在、ヴェルメリオもそれを使用して転移している パラケルスス: 術者の素性も、術式の詳細もまだ不明なままだが…… 解析して、世界を繋げられないかを試みているところのようだよ レオナ: それ、シェイクスピアから? パラケルスス: しょっちゅう相談しに来てくれるからね。あの子なりにプレッシャーなんだろう レオナ: そう……人間さんくんと雨依、か。 もし術者が意図してそのふたりを転移させたとしたら、やっぱり パラケルスス: 人間界出身だから、だろうね レオナ: もう、あの子には平和に静かに暮らしてほしいのにな。 せっかくGR2もやり過ごせたのに パラケルスス: 良からぬ考えを持ってるやつからすれば、格好の材料だろうね。 あれだけのディマイトを秘めてるんだから レオナ: 人間さんくんと違って、あの子は自分でも制御しきれない。 私がそばにいてあげられないのに、大丈夫なのか心配で…… パラケルスス: きみがそんなに誰かを気に掛けるなんて、珍しいよね レオナ: そう?……そうかもね パラケルスス: そんなに気になるなら、そばにいてあげればいい。 きみは、それだけの実力を持ってるんじゃないかな レオナ: 雨依のいる世界に転移しろって?何の情報もないのに パラケルスス: ……ぼくはちょっと、トイレにでも行ってくるよ レオナ: え?あ、うん、どうぞ パラケルスス: トイレに行くとき、ぼくはうっかり資料を置いたままにしてしまうかもね。 なくなっていても気が付かないかもしれない レオナ: ……! パラケルスス: さてと、それじゃ失礼 レオナ: ……資料って、これ?これはもしかして、転移に使われた魔法陣の……!? (背景切換...) (俺たちは湯上りのほかほかの身体で、小さくなっていた。) (ひとり、ゼウスだけが悠然と構えている。) (ハデスと名乗った、いかにもしっかりした常識人ふうの女性が こちらへの嫌悪感を隠そうともしない視線をぶつけながら深くため息をついた。) ハデス: じゃあ、模様替えの仕事を頼んで、その後にお風呂を貸したと? ゼウス: そう!友達なら家のお風呂くらい普通に貸すでしょ? (もう友達だったのか……?) (そう感じたのは俺だけではなかったらしい。) (オーディン、アヌは言うまでもなく、ヘラと名乗った少女も) (ぎろりとこちらを睨みながらつぶやいた。) ヘラ: は?友達? ゼウス: うん、今日から友達になったんだよ ヘラ: まあ、ゼウスはすぐ友達っていうもんね。でも。わたしは特別、でしょ……? ゼウス: そんなわけで、この家に3人で住んでるんです。 これからも、ちょくちょく遊びに来てくださいね オーディン: あ、あの、人間さん、アヌさん…… アヌ: うん。3人ともμみたいだね。 となると、雨依を探すにあたって協力してもらったほうが…… 人間さん: ああ、そうだな…… (やはり、このギリシャ神話世界のμたちのようだ。) (エンリルのように、いわゆる信民を支配する存在ではなさそうだが、 やはり協力を仰いだ方が、スムーズに進むだろう。) (ただ……) 人間さん: (全裸を見られた後に、こんな話をするの微妙すぎる……) (背景切換...) ドロシー: なんというか……じっと待つのって、性に合わないのよね ティンカー・ベル: 三つ編みは自分が動いてなんぼ、だもんね エミリー: けど、こればっかりはエミリーたちにはどうしようもないし。 がんばりどころは、きっとこの後だよぅ シンデレラ: ティンカちゃんがエルマイトを高めてくれたおかげで、どの世界にも繋がる空間、 通称『ハブタウン』を作り出すことはできた……けど ピュルテ: ハブタウンで、あちらの世界の人と話すことはできましたが、 お互いに元の世界に戻ることしかできませんでしたね クレア: 人間さんも、ヴェルも、戻って来れなかった リル: 本人たちに戻る意志がなかったのもあるだろうがな。人間さん殿は雨依を探してから戻ると決めていたし、ヴェル殿もずっとそばにいると固く決意していた ドロシー: でも、やろうと思ってもできなかった…… 私たちは、あっちの世界に、ハブタウンを通じて行くことはできなかったわ シンデレラ: その人の属する世界かどうか、 というよりはハブタウンにどうやって来たか、が重要みたいね ティンカー・ベル: ずきんは、ティアマトとかアプスーとかの世界からハブタウンに来たから こっちに来れなかった、ってことだよね エミリー: でも、世界が繋がって情報がたくさんもらえたからねぇ。 きっと研究も一気に進むはずだよぅ シンデレラ: そうね。シェイクスピアたちが解析してくれるまで……私たちは待つことしかできないわ ピエドゥラ: た、た、大変です~! ドロシー: ピエドゥラ!?な、何、どうしたのよ ピエドゥラ: それがっ、あの、ヴェルメリオさんが……! 7 - ずきんの帰還 キンナラ: と、突然……魔法陣のそばで、ひ、光が、ぷわぁって アグラオニケ: 気が付くと、彼女が倒れていて……そして、そばにこれが シンデレラ: ヴェルが昔から使ってるずきん、それにアップルパイ…… ピュルテ: たぶんカプーズさんとパイプルさんの本体じゃないでしょうか。 向こうで精霊のおふたりも呼び出せたと言っていましたから クレア: 何があったんだろ…… ドロシー: 本人が目を覚ましてくれないとわからないわね。 きっとヴェルのことだから……何か無理したんじゃないかしら エミリー: ヴェル……ほんと、一途な気持ちって強いんだなぁ シェイクスピア: ただ、これでかなり転移魔法の研究が進むことが期待できるわ ドロシー: ……そうね ティンカー・ベル: え、そういうもんなの? ドロシー: 向こうの世界に行って、そして戻って来た。現状、ヴェルは唯一無二の存在よ アグラオニケ: 彼女のいたるところに転移を経験した魔法の残滓があるはず。 それを解析して要素を抽出し、術式として再構成すれば シェイクスピア: 少なくとも再現性は高まるわ。 ワタシたちの都合のいいようにカスタマイズできるかは別だけど シンデレラ: ヴェル……もしかして、それを知って無理に戻って来たとか? ティンカー・ベル: ずきんならあり得るかもなぁ。人間さん大好きだけど、 みんなのためにがんばる、って子でもあるし エミリー: エミリーたち全員が向こうに行けたほうが、 結果的に人間さんのためにもなるもんねぇ リル: 自分の恋心も、その身すらも犠牲にしてか。 つくづく、ヴェル殿の思いには頭が下がるが ドロシー: 勝手な妄想でヴェルを持ちあげない方がいいわよ。 目を覚まして、全部誤解だったときにそれはそれで気にするから、この子 ピュルテ: ひとまず、私たちはヴェルちゃんの看病をしつつ、 シェイクスピアさんたちの研究を待つ、という感じでしょうか クレア: 結局、もどかしいことには変わりないんだね。もぞもぞする (背景切換...) レオナ: ……雨依は、どこで何してるんだろ レオナ: パラケルススの資料に書かれているのはもちろん、 人間さんくんの視点から見た情報ではあるけど―― レオナ: たぶん、この『何者かに操られている可能性』っていうのは、 人間さんくんは半分、優しさで付け加えてくれてるんだろうな レオナ: 確かに何者かと接触しているんだろうとは思うけど、きっと雨依は自分の意志で…… レオナ: 雨依…… アイソーポス: ずいぶん悩んでいるみたいだね レオナ: え……アイソーポス……?それに フアナ: ちょっと相談したいことがあるんだ (背景切換...) レオナ: まさかフアナまで来るなんてね。忙しいんじゃないの? フアナ: まあね。何しろ、このところ『セレスティアル』っていう、 ライブラの信奉者たちが跋扈してるものだから レオナ: あれは良くないよね。ライブラも嬉しくないでしょ アイソーポス: そうだね。ライブラの目指すものが何かもよく理解しないまま、 ただ単に反コミッティ、体制に逆らうことこそが正義だと信じてる アイソーポス: そういう連中が体制側に回っても、うまくいくとは思えない レオナ: その言い方だと、ライブラが体制側に回るのはうまくいくみたいに聞こえちゃうけど アイソーポス: レグルスに任せっぱなしにせず、ライブラ本人が天空神殿を管理していたら、 違った結果になっていたかもしれないとは思うよ レオナ: もともと思想は近いもんね、アイソーポスは アイソーポス: そうだね。彼女が否定されるべきは、その手法だと思っている。 自分を正義だと確信しなければ、私も立ち回りを変えただろう アイソーポス: ライブラは自分と相反するものを排除しようとした。 私をコミッティに迎えて取り込んだジャコヴァとは対照的だ レオナ: 私は、そういう生臭い世界とはもう縁を切ったつもりだよ。 好きな研究をのんびりやることにしたんだ アイソーポス: ああ、すまない。話がそれて、誤解を招いてしまったね。 レオナを政治に巻き込むつもりはないよ フアナ: あたしたちが話したいのは……雨依のことなんだ レオナ: ……! フアナ: 人間さんくんと同時に、雨依もオトギノクニから姿を消した。 ある意味で、元に戻ったとは言えるんだけど…… アイソーポス: イマジュマイトの総量が激減している。非常に脆弱な状態だ レオナ: あのふたりがいることに、世界そのものが慣れきっていた……ってことね アイソーポス: 黒幕の狙いはそこにあるはず フアナ: だから協力してほしいんだ。雨依を連れ戻すために レオナ: …… 8 - 居候生活 ゼウス: ほら、見て。海がきれいでしょ? 今度、船を用意するのでみんなで遊びに行きませんか? アヌ: ええ……?あんな大量の水、怖いなぁ…… オーディン: 世界を創ったレベルのμがそんな弱気な……? まさか、あの世界に海がないのって、アヌさんが水が苦手だからとか アヌ: そ、そんなんじゃないよ。なんとなく作らなかっただけ。キも何も言わなかったし ゼウス: あ、みなさーん!この前お話した、金髪の子のこと、何か聞いてませんかー? 信民1: いやあ、知らないねぇ 信民2: 私も分かりませんねえ。あ、ゼウスさん、りんご食べます? ゼウス: わあ、ありがとうございます!いただきまーす (全裸事件のことは一旦おいて、こちらの事情をゼウスたちに説明したのは数日前のこと。) (やはりハデスもヘラも警戒していたが、ゼウスはあっさり受け入れてくれた。) (その日のうちに、このオリンポスの町全体に広めてくれて、 情報収集する態勢を作ってくれたのだ。) 人間さん: (まだ成果にはつながってないけど……) ゼウス: あっ、ハデスとヘラだ!何してるんですかー? ハデス: お風呂に使うこれを選んでいたところよ アヌ: なにこれ。うわ、いい匂い ハデス: 果物の葉や香草を乾燥させたもの。 これを浴槽に浮かべて入浴すればリラックス効果があるのよ 人間さん: 入浴剤みたいなものかな。確かにいい匂いだ ハデス: …… (並んだ商品の匂いを確かめようと、 少し近づいた途端にハデスが眉をひそめて俺から距離をとる。) (やはり全裸で出会った印象が悪すぎるのだろうか……気まずい……。) ヘラ: え……ゼウス、またその人たちと一緒にいるの……? ゼウス: うん、楽しいですよっ! ヘラ: 楽しいんだ……そう…… ゼウス: そうだ、まだ歓迎会をしてなかったですよね。今夜はごちそうにしませんか? ヘラ: それはいいね。 歓迎するつもりはないけど、ゼウスといっしょに美味しいごはんは食べたい オーディン: 歓迎はしてくれないんですね…… ヘラ: ……オーディンさんのことは、歓迎してもいいけど オーディン: 許された……? ヘラ: もうゼウスと一緒にお風呂に入ったりしないで。それ約束してくれるなら、考えてもいい オーディン: は、はい、それはもちろん…… ゼウス: えーっ、そうなんですか?一緒にみんなで入って、楽しく洗いっこしたいんですけど ハデス: ゼウスはお風呂におもちゃを持ち込むからだめよ ゼウス: ハデスはそれ絶対許してくれないんですよね ハデス: ひとつやふたつならまだしも アヌ: そんなに大量に持ち込むんだ…… ヘラ: ハデスはゼウスに厳しすぎるよ。いいと思うけど、水鉄砲連射しながら走り回ったって ハデス: お風呂場で走るなんて危険すぎるでしょう。転んだら大変なんだから ゼウス: 大丈夫、転ばないよ!わたし、最強だし! ハデス: 先週、思いっきり転んだのを忘れたの? ヘラ: お尻を打って涙目になってるゼウスも尊かったね ゼウス: そうだっけ?頭を打って記憶をなくしちゃったのかもしれません ハデス: 打ったのはお尻だといまヘラが言ったでしょう。 あなたの記憶はお尻に格納されてるわけ? ヘラ: ゼウスのお尻、大きいからたくさん覚えてられるね ゼウス: ああっ、人が気にしてることを!ヘラってばひどいです ヘラ: ち、違うの、大きなお尻は魅力だからっ、ね、ほんとだよ? ゼウスのお尻は大きくても小さくても可愛いし大好き アヌ: なんか、3人の空間ができあがってるねぇ…… 人間さん: 3人は付き合いも長いのかな ゼウス: そうですね。もうずっと一緒にいますよ ヘラ: そしてこれからもずっと ハデス: もう、あなたたちも薄々気付いていると思うけど、 ゼウスから目を離すと何が起きるかわからないのよ ゼウス: つまり、可能性の塊ってことですね オーディン: いま、絶対そんなポジティブなニュアンスじゃなかったと思いますけど…… ゼウス: よーし、それじゃあヘラ、歓迎会の食材を買いに行きましょう! ヘラ: ふおおおお!ゼウスとふたりっきりで買い物!これはもはや夫婦! 行きます、行きましょう、いますぐに! オーディン: に、賑やかですね…… アヌ: うん……。でもちょっとうらやましいかな。キがいなくなってから、 あんなふうに誰かとあれこれ言いながら過ごすことも少なくなってたし…… オーディン: そ、それは、わたしも分かります……。ラグナロクの光景を見て以降、 ずっとひとりで閉じこもってましたし、その前もあまり外に出なくて 人間さん: それになんか、この世界は平和な空気に包まれてるしな。ラグナロクも、戦争もなくて ハデス: 何もないわけではないのよ オーディン: そ、そうなんですか……? ハデス: ええ。ゼウスには宿敵がいるから。ゼウス本人が相手をどう捉えているかは別だけど アヌ: そんなやつがいるんだ? ハデス: ええ。ゼウスの宿敵、ガイア―― 9 - 見つけた場所 ゼウス: たくさん買いすぎちゃったでしょうか? ヘラ: ううん、ゼウスが食べたいと思ったんだから、これでいいんだよ。 ただ荷物持ちが必要だし、さっきのあの男でも呼ぼう? ゼウス: 人間さんって、なんか変わった人ですよね。気になっちゃう ヘラ: はあ!?き、ききき、気になるって、それはまさか ゼウス: なんか気配が見たことない感じしません?誰とも違うっていうか ヘラ: ああ、そういう意味で……。そうだね、μじゃないし信民でもない ゼウス: そうなんですか? ヘラ: なんとなくしかわかってなかったゼウス、可愛い ヘラ: そうだよ、オーディンさんもアヌさんもμみたいだけど…… 人間さんはどちらでもなさそう ゼウス: そうなんですね。変わった人と話すのは面白そうです。 もっと人間さんと仲良くなりたいですね ヘラ: ならなくていいと思うよ 信民: ああっ、ゼウスさんにヘラさん!た、大変なんだ! ゼウス: どうかしたんです? 信民: それが、またアレが…… ゼウス: 出たんですね!?わかりました、ヘラも一緒に行きましょう ヘラ: えへへへへへ、ゼウスとふたり (背景切換...) オーディン: こ、これは……魔物、ですか……? ハデス: μよ アヌ: あれが、μだと!? ゼウス: あっ、もうハデスも来てたんですね! ハデス: 大騒ぎになってたからね。遅いわよ、ゼウス ヘラ: 人間さん、荷物持ってて 人間さん: あ、うん。って、な、投げるなよ! (信民たちが大騒ぎしてハデスを呼びに来たので、 一緒についてきたのだが……そこには異形の魔物がいた。) (ハデスによればμだというが、とてもそうは思えない。) ゼウス: よーし、やりますよっ! μ?: ウ、ウウウウ…… 人間さん: これがμだって……? μ?: 今週ノ、ビックリドッキリ!新型μダヨ! アヌ: え…… μ?: ガイア様ノ世界征服ノタメ、張リ切ッテ突撃!! オーディン: な、なんかテンションがよくわかりませんけど、 でもっ、こっちに突っ込んできますよ!? ハデス: 問題ないわ。バイデントよ、私に力を (ハデスの声に応え、手にした杖が紫色の光を放つ。) (そして瞬く間に光線が、μだという異形に向けて放たれる。) ヘラ: いくよ、ゼウス!わたしについてきて! (ハデスの魔法らしき光線で足止めされたμに向けて、) (ヘラが立ち向かっていく……のだと思われるが、何故かその姿は見えない。) μ?: アダッ!?ド、ドコカラ……? ゼウス: ナイス牽制です、ヘラ! ヘラ: えへへへへぇ、ゼウスに褒められた~! ゼウス: そして最後は!最強のわたしが愛剣『ケラウノス』で!てえええええいっ!! (どうやらヘラが牽制攻撃で引き付けていたようで、その隙をつくように、 ゼウスが手にした剣を大きく振りかぶって攻撃する。) ゼウス: 終わりです!! μ?: アギャアアアアッ!? μ?: 作戦失敗~!秘密ヲ守ルタメ、今週ノμハ自動的ニ消滅スル! オーディン: 自動的に……? 人間さん: まずい、なんか嫌な予感がするぞ ゼウス: みなさーん!伏せてくださーい! μ?: ハイ、派手ニ参リマショウ!ボッカーン!! (背景切換...) アヌ: のわあああぁぁぁ!? (背景切換...) (すさまじい爆発とともにあたりが光に照らされる。) (落ち着いた頃を見計らって顔を上げると、 既にμだという異形の姿はどこにも見当たらなかった。) 信民: 今回もありがとうございます、ゼウスさん! ヘラ: ふふん、みんなゼウスにもっと感謝して ハデス: まったく、今回も無駄な動きが多かったわね。討伐できたからいいものの ゼウス: 楽勝ですよっ!わたし、最強ですから!! (周囲の信民たちも、あんな大爆発が目の前であったのに、 怯えた様子もなくゼウスたちに称賛を向ける。) 人間さん: (これはこれで、なかなか変わった世界だな……順応できるかな、俺……) (背景切換...) (目が覚めると、既に辺りは暗かった。) (このところ、私は日没後に目を覚ますことが多い。) (本当は、ここから結晶体を配置しなくてはいけないのだけど何だかそんな気にもなれなくて、町に出ては酒を買ってきて洞窟でひとり酔いに身をまかせる日々だった。) 雨依: はあ……また買ってこようかな。ここがストローの存在する世界でよかったわ (もちろんプラスチック製ではないけど、吸えればそれでいい。) (軍資金はサーベイを通じて大量にもらっていたから、 安く手軽に酔わなくても、好きなだけ買って来ればいいのだけど。) 雨依: 習慣って別世界に行っても、そう簡単に変わらないものなのね。 この世界にあるお酒の度数が何パーセントなのか知らないけど…… (何もする気がなくて、簡単な食べ物と酒を口にしてだらだら過ごし、 朝方に眠りにつく。そんな日々を過ごしていた。) 雨依: あ、また…… (ふと見ると、洞窟の入り口にりんごが置かれていた。) (他にも、穀物の類もある。) (調理ができないので、私にはどうしようもないけど。) 雨依: あ……煮てある……? (それを見越したのか、今日の穀物は煮込まれていて、木皿に盛り付けられていた。) (触れてみると、まだ温かい。) 雨依: …… (自分でも、どうしてなのかわからない。) (私は森に向かって走り出していた。) タルタロス: ……? (彼女はすぐに見つかった。) (直感したとおり、まだ置いていってから時間が経っていなかったようだ。) 雨依: 私…… (単にふらりと現れて食べ物を置いていくだけ。) (私を見つめる瞳には何の感情も宿っていなかった。) (値踏みするでもなく、憐れむでもなく、何の意志もない。) 雨依: 私、その…… タルタロス: ……? 雨依: 一緒に、ごはん食べない? タルタロス: …… (タルタロスは、わずかに微笑んだように見えた。) 10 - 大切な人の元へ シンデレラ: 人間さんのところに自由に行き来できるっていうの……!? シェイクスピア: 自由ではないわ。制限はいくつもあるもの。完全な自由ほど哀しいものはないし…… ティンカー・ベル: いや悲劇とかもういいから!話を進めて! ピエドゥラ: まず、一度に世界を渡ることができるのはおひとりです アグラオニケ: さらに時間に限りがあるわ。ずっとは行けない ドロシー: それでも直接、人間さんがいる世界に行けるなら力になってあげられるわよね クレア: ヴェルが戻ってきてからこの短時間で、こんなに進むとは思わなかった アグラオニケ: もともと研究はある程度は進んでいたのよ。彼女は最後の1ピースだった…… ピエドゥラ: 実際に行って戻ってきた人の身体に刻み込まれた、 魔力としての記録はとても貴重です アグラオニケ: 本当は、どのタイミングで何が起きたのか、 もっと詳しく聞きたいところなのだけど…… エミリー: まだヴェルは目を覚まさないからねぇ…… シェイクスピア: おそらく……あれは魔力的な影響を受けての衰弱よ。 いつかは目を覚ますけど、それがいつになるかはわからない…… ピエドゥラ: なので師匠たちに判断を仰ぎたいと思ってお声がけしたんです シンデレラ: つまり……まだ不完全な状態だけど、 誰かが人間さんのところへ向かうのか、それとも ドロシー: 完全な状態まで待ち続けるか。ただしいつになるかわからない リル: ……答えは出ていると思うのだがな。向こうで何が起きているかはわからないが、ヴェル殿がこうしてこちらに戻ってきた以上、戦力がダウンしているのは明らかだ ピュルテ: リルちゃんの言うとおり。時間的な猶予はないですよね。 早く人間さんのところに急がないと…… ティンカー・ベル: よし、それじゃあ行くよ! エミリー: え、待って。ティンカが行くつもりなのぉ?この前、 ハブタウンへのルートを開くのに、かなりエルマイトを使っちゃってたよねぇ ティンカー・ベル: それはそうだけど…… クレア: さすがに今回はティンカはお休みだと思うよ ティンカー・ベル: う……クレアにまで諭されたらわがまま言えないじゃん エミリー: あー。エミリーのことは雑に扱っていいと思ってるんだ。 エミリーは一生懸命、ティンカの心配してるのに ティンカー・ベル: いやいや、わかってるけど!普段あまり言わない子の発言って重みが違うっていうか エミリー: じゃあもうエミリーはティンカの心配してあげませぇん リル: 貴君らの関係性は一体なんなんだ…… ピュルテ: なら、私が行きます ドロシー: ピュルテが!?そ、それはそれで、大丈夫なのかしら クレア: え?どういう意味? ドロシー: だってピュルテはその…… ピュルテ: レグルス神官長に作られた存在だから、ですか? ドロシー: ヴェルとはまた存在がちょっと違うわけでしょ。 無事にたどり着けるか分からないじゃない シンデレラ: ……だからこそ、という考え方もあるわ リル: ……だからこそ? リル: はっ、まさか……シンデレラ殿っ!!それではピュルテは! シンデレラ: そんなに怒らないで。私は可能性の話をしてるだけよ ティンカー・ベル: あの、ごめん。そこしかわかってないからちゃんと解説して? ピュルテ: 私本人も置いていかれちゃってるので…… リル: あ、ああ。そうだな、すまない。要するにシンデレラ殿は、 違う存在だからこそ道が開ける、という可能性を論じているんだ シンデレラ: ピュルテちゃん以外の私たちは、ヴェルと条件は同じ。 つまり同じ轍を踏む可能性があるわ クレア: ヴェルがどうして戻ってきたか、わかんないもんね アグラオニケ: ただ、魔力的な衰弱で外傷はない。 戦闘、そして敗北の末にこの結果になったとは考えづらいわ ピエドゥラ: もともと時間に限りがあるとはいえ、 下手すると一瞬で同じ状況が起きて戻ってくることになるかも…… シンデレラ: でもピュルテちゃんは違う。そして人間界にしばらくいた実績も持っているわ リル: だが逆に言えば、ヴェル殿の成功体験をトレースできるかもわからない…… ピュルテの身に危険が及ぶかもしれない シンデレラ: ごめんね、ピュルテちゃん。私はどうしてもこういうとき、 感情よりも成果を求める考え方をしてしまうの シンデレラ: 冷たいと思うかもしれないけど―― ピュルテ: いいえ。お友達でいてくれるリルちゃんも大事ですが、プリンセスとして冷静に判断してくれるシンデレラさんも同じくらい大事な存在だと思ってます リル: 本当にいいのか……? クレア: 危ないかもよ ピュルテ: 人間さんを救うためですから。リスクなんて、覚悟の上です ピュルテ: ヴェルちゃんだって同じことをしました。 それも考える時間なんて、ほんの数秒だったのに エミリー: ピュルテ…… アグラオニケ: 話はまとまったようね。それじゃあ、この台座の上に乗って ピュルテ: はい。それじゃあ、皆さん。行ってきます……! ティンカー・ベル: え、なに、もう行くの!? ピュルテ: 一晩待ってる意味なんて、ないですから ドロシー: 信じてるわよ、ピュルテ……! ピュルテ: はいっ! 11 - ピュルテの危機 ピュルテ: はっ……! ピュルテ: ここは…… (先ほどまで周りにいた大勢の仲間の姿は、誰ひとりとして見当たらない。) (もちろん魔法陣もなく、ただの野原だった。見た目には何の特徴もない野原なので、 オトギノクニのどこかという可能性もまだ否定できない。) (しかし、ピュルテには――) ピュルテ: (私の感知能力でまったくエルマイトを感じられない…… 似たような力は充満しているけど、これは別物……) ピュルテ: (間違いない。私がいるのはオトギノクニとは違う別の世界。 人間さんがいるのかはわからないけど……) ピュルテ: よしっ、第一関門は突破したんだもん。がんばらなきゃ! とりあえず町を探さないと、こんなところじゃどうにも―― (足を踏み出したところで、 異様な気配を察知したピュルテは素早くその場から飛び退る。) ピュルテ: ――っ! (地面から鋭い爪が伸びていた。つい先程までピュルテが立っていた場所だ。) ピュルテ: また! (続く第二撃。どうやらこの世界にも魔物はいるようだ。) ピュルテ: (でも……なんだろう、違和感が……?) (エルマイトが感じられない時点で予想できたことだが、 魔物のような相手からもディマイトは感じられない。) (だが、彼女の抱いた違和感は、襲ってきた相手に対してではなかった。) ピュルテ: 身体が……重い……? 魔物: グゥォオォオオァァァアアアァァ! (ついにしびれを切らしたか、地中に潜んでいた魔物が姿を現す。 その異形を目にしても、ピュルテはまったく怖気づかなかった。) ピュルテ: これくらい、いままで何度も戦ってきましたから……私は、負けませんよ!! (武器を構え、そして魔物に斬りかかる。その攻撃は見事に魔物の側面に直撃したが……。) 魔物: グウウウゥゥゥ……! ピュルテ: 効いてない!? 魔物: グゥォオォオオァァァアアアァァ! ピュルテ: きゃああぁぁっ!! (魔物の薙ぎ払うような攻撃。かろうじて直撃をかわすも、 その衝撃を受け止めきれずにピュルテは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。) ピュルテ: く……ぅっ、ううっ、そ、そんな……こんなに歯が立たないなんて、まるで…… (脳裏によぎった考えに、ピュルテは戦慄する。) ピュルテ: (まるで……私がまだ、みなさんと一緒に戦えなかった、あの頃みたい……!) (人間さんと共に、戦闘には参加できなかったあの頃。力を得て間もない頃は、気を抜けばそれが失われるような気がして毎朝のように不安に駆られたものだった。) (そんな感情も、このところはすっかり忘れていた。 だからこそシンデレラの提案にも迷わず乗ったのに。) ピュルテ: (貴重な1枠を使ってこの世界に来たのが、まったく戦えない私だったら……) ピュルテ: (エルマイトの感知能力も使えないみたいなのに、そんな私に一体どんな価値が……) 魔物: グゥウウウウゥゥゥアアアアァァ! ピュルテ: はっ!しまっ…… (感情に囚われていたピュルテは、魔物の続く攻撃に反応が一瞬、遅れる。) ピュルテ: (このままじゃ、私――) ???: そこのお姉さんっ、伏せてー! ピュルテ: えっ、はい! (突然の声にピュルテが反射的に反応すると、 すぐそばを真っ直ぐな軌道を描いて何かが飛んでいった。そしてそれは――) 魔物: グゥアアアアァァァッ!? (魔物の身体に刺さり、相手は大きく身体をよじって咆哮する。 そしてそのまま、転進するとどこかへ消えていった。) ピュルテ: いまのは……矢……? ???: おーい!大丈夫だった?ケガはない? ピュルテ: あ……!危ないところをありがとうございました! おかげでなんとか助かりました……! ???: こんなところ、ひとりでうろついてたら危ないよ。なに、道に迷っちゃった? ピュルテ: あ、えっと……そんなところです。近くに町がないでしょうか ???: えー?いちばん近い町でいいのかな?それなら、うちが案内してあげるよ (そう頼んではみたものの、いまの自分が人間さんのところにたどり着いて…… その先に何があるというのだろう。) (ただ単に頭数が増えただけでは負担にしかならない。 こんなことになるはずでは、なかったのに――) エロース: そだ、うちのこと知らないよね?名前はエロース、おしゃれのことならまかせ…… エロース: って、ちょっとお姉さん!? ど、どした、やっぱりケガして痛いところがあるとか!? ピュルテ: え……? (動揺するエロースの様子に、ピュルテは不思議そうに首をかしげ、 そこでようやく自分の頬を涙が伝っていることに気がついた。) ピュルテ: あ……。あはは、なんでだろ。どうして私、涙なんか…… 12 - 存在意義 エロース: なるほどねぇ……。異世界、かぁ (出会いからしばらくして。エロースと名乗ったμの案内で町に到着したピュルテは、 すぐに文無しだということにも気づいた。) (エロースのはからいで宿屋を手配してもらい、 その代償として何かさせてくれないかとピュルテから頼み込んだところだった。) (何故、文無しなのか。自分に何ができるのか。それを説明するために、ピュルテは自分がこの世界の外から来た存在だと話すほかなかったのだが。) ピュルテ: そうなんです。あまりに突拍子もない話で信じてもらえないかもしれませんが、 だからお金もないのにあんな場所でひとりで突っ立っていたんです エロース: んーん、ピュルテっちの話は信じるよ。 うちらがいる場所以外に、同じような世界があるのはなんとなくわかってたし ピュルテ: そ、そうなんですか? エロース: うん。うちさ、この世界のこと大好きだから、 けっこういろいろじっくり眺めたりしてきたからさ ピュルテ: 眺めてると他の世界の存在を知れる……?そういうものなんですか? エロース: なーんとなくだよ。第六感ってやつ? エロース: それよりピュルテっち。ひとりで心細くて泣いちゃったん? 大丈夫だよ、うちが面倒見てあげるから ピュルテ: あ……いえ、さっきのは、その……私が不安とか心細いとか、 そういうのではなく、ええと…… エロース: 話したくなかったら、無理しなくていいかんね? (優しくピュルテの髪を撫でるエロース。ピュルテはその胸に飛び込んで声を上げて泣きたい、という衝動にかられるのを、必死に抑え込んだ。) ピュルテ: 私……大切な人のためにこの世界に来たんです。 役に立ちたくて、ピンチを救いたくて。なのに、この世界で私は非力で―― (ふとピュルテは考えた。もしかしたら、とっくにオトギノクニでも非力だったのでは。 戦闘する機会がなかっただけで。) (人間さんがいなくなって、エルマイトの供給もなく、 果たして自分はどこまでやれたのだろうか。) エロース: ん……そうやってネガティブになるの、よくないよ ピュルテ: そうですよね…… エロース: ピュルテっちの世界ではどうだったのかわかんないけどさ、自分のこと、 自分自身が信じてあげないと。じゃないと力なんて、出てこないよ (言い切るエロースに、ピュルテは微かな違和感を抱いて俯けていた顔を上げた。) ピュルテ: 力が出るって、その……? エロース: あー、ごめん。うちが勝手にそう思ってるだけのハナシ。 それより、その大切な人のこと聞かせてよ。恋バナっしょ? ピュルテ: えっ、恋って……! エロース: 愛する恋人を追いかけて、別世界まで来ちゃったんだもんね。 いいじゃん、いいじゃん ピュルテ: 私と人間さんは、まだその、恋人というわけでは…… も、もちろん、そうなったらいいなとは思いますけど エロース: キスはした? ピュルテ: はわっ!?そ、そう、ですね…… エロース: その先は? ピュルテ: ………… エロース: ピュルテっち、おっとなー! ピュルテ: そ、そんなことないですっ! エロース: うちさ、恋バナとか大好きでさ。 そういうハナシを聞くとくっつけたくなっちゃうんだよね! ピュルテ: ええっ!?ま、まあその、協力してもらえるんなら、ありがたくはありますけど…… (背景切換...) ゼウス: んー、なかなか見つかりませんね 人間さん: 漠然とした特徴で探してるだけだしな……そう簡単にはいかないのは覚悟の上だよ ヘラ: わたしたしは、そんな覚悟なんてできてないのに、勝手につきあわされてさぁ…… ゼウス: まあまあ。お散歩だと思えばいいでしょ。 それよりハデスはまだ戻ってこないのかな…… ハデス: 待たせたわね ゼウス: おかえり!どうでした? ハデス: ……ちょっと気になる証言があったわ。 見慣れない女の子が海岸の方に向かうのを見た、って…… 人間さん: そ、それってどこなんだ? ハデス: 焦らないでちょうだい。いま、案内するわ (背景切換...) ヘラ: こんなところに、人間さんが探してる、雨依って子がいたの? ハデス: 雨依本人かはわからないけど…… ゼウス: あれ……?あそこに誰かいますよ。もしかして、あれがその女の子なんじゃ…… ???: ………… 人間さん: いや……残念だけど雨依じゃないな ゼウス: そうですか……。でも、あんなところで独りぼっちなんて、 なんだかちょっと気になります。声をかけてみましょうか ヘラ: ゼウスはすぐそうやって、みんなに優しくするんだから…… ゼウス: あのー。友達いないんですか? ハデス: 聞き方!! ???: ……こわす 13 - もっと恋はわがままに ピュルテ: えーっと、ここがオリンポス……ですか? エロース: そ。このあたりだと一番大きい町だから ピュルテ: でもあの、宿屋が高くなってしまうのでは…… エロース: 大丈夫!うち、μだから!信民に頼めば宿代なんてあってないようなもんだし エロース: それより!この都会でいろんなこと試して、ピュルテっちの女を磨かなきゃ!! ピュルテ: え、ええっ!? (背景切換...) ピュルテ: ふう……この世界にもエステ的なものがあるんですね。 機材とかないかわりに、施術してくれる方の技術が高い…… エロース: なに言ってるかよくわかんないけど、なんか自信出たっしょ? どんな男の子もメロメロになるよっ! ピュルテ: は、はあ…… ピュルテ: (こんなことして何になるの、って気持ちもあるけど…… でも戦う力を取り戻す方法なんてわからないし) ピュルテ: (こうしてエロースさんと一緒にいると気が紛れるし、もし人間さんと会うことになったら……役に立てないならせめて、可愛いと思われたい……) エロース: ピュルテっち?なんか、顔が暗いよ エロース: どんなに肌ピカピカにして、ばちこりメイクして、可愛い服着て、 髪もつやつやで巻いたりして、えっちな下着とか仕込んでおいても…… ピュルテ: し、仕込んでません! エロース: でもさ、やっぱり暗い顔してると魅力は半分になっちゃう。 男の子は、女の子の笑った顔に弱いんだから ピュルテ: ……そうですよね。ありがとうございます、エロースさん エロース: そんなに戦わなきゃいけないの? ピュルテ: え……? エロース: いや、うちが戦いとかあんまり好きじゃないからさ エロース: ピュルテっちの世界の治安とか、 よく知らないし戦えないと生きていけない世界なのかもしんないけど ピュルテ: いえ、そんなことないですよ。それに、エロースさんのおかげで ちょっとずつ考えを変えていこうと思えるようになりました ピュルテ: 戦えないなら、何か違う方法で役に立てればいいんですよね。それが何か、 まだ思いついてないですけど……できないことを悩んでいても仕方ないですし エロース: てか、それがまず要らなくない? ピュルテ: え? エロース: 役に立たなくて良くない? ピュルテ: そ、それはちょっと エロース: 別に好きになっただけじゃん。好きなら、そばにいたいじゃん。それで良くない? エロース: それともピュルテっちの好きな人間さんっちはさ、 役立たずは俺の周りをうろつくな!とか言っちゃう系の人? ピュルテ: 人間さんは、そんなこと言いませんよ! エロース: でしょ?だったらいいじゃん。理由を探してるのって、 ピュルテっち自身がそばにいてもいいのか、不安だからだもん ピュルテ: ……っ、そ、そうなのかも……しれません…… エロース: だったらこうして可愛くして、自己肯定感上げてさ。 そういうのがあれば十分じゃない? ピュルテ: エロースさん…… エロース: そだ。ほら、これ ピュルテ: これは……矢、ですか? エロース: うん、さっき魔物を追い払った矢なんだけどね。 うちが特別に、気持ちを込めた特別な矢なの エロース: 魔物除けにもなるんだけど……うちさ、恋愛相談とか人間関係の相談とかも よく受けてて、そのときこれ、おまじないにしてるんだよね エロース: 大切な人と、仲良くなれますように。っていう ピュルテ: 大切な人…… エロース: まあ、おまじないだからさ。気の持ちようっていうか ピュルテ: いえ、ありがとうございま…… ピュルテ: えっ、な、なんですかこれ、身体に何か……!? エロース: ちょっとピュルテっち、大丈夫!? ピュルテ: ……?な、なんでしょう、身体がなんだかふわふわして…… エロース: ピュルテっち、大丈夫? ピュルテ: ええ、私は特に何も。エロースさんは平気ですか?いったい何が―― ピュルテ: ――っ! エロース: どうしたん? ピュルテ: さっきまで感じなかった、強いエルマイトを感じます! それに、そばにエルマイトに似た強い力……!? エロース: ええっ!?そんなんわかるの? エロース: てかさ、それって人間さんっちなんじゃない? こっちの世界にエルマイトなんてないもん ピュルテ: きっと、そうですね。たぶんこの、エロースさんの矢のおまじないのおかげ、かも エロース: んじゃ、もうやること決まってるくない? ピュルテ: ……はい。私、人間さんに会いに行きたいです。役に立てなくても、何もできなくても、私はそばにいたい。人間さんが好きだから エロース: せっかく来たんだし、会わなきゃ寂しいじゃん。ほら、急いで急いで ピュルテ: はい!ありがとうございます、エロースさん エロース: いてらー 14 - 寡黙な刺客 ゼウス: え、あの、壊すって何をですか? ハデス: ゼウス!離れなさい、危険よ! ???: …… (ハデスの声と同時に、少女の髪がふわりと浮かび上がる。 まるで別の生き物のように動いたそれは、鋭くゼウスめがけて繰り出された。) ゼウス: うわっ!?あ、あぶなっ…… (すんでのところで身をかわすゼウス。彼女がいた場所は、 勢いよく砂が飛び散り、直径10センチほどの穴が空いていた。) (穴の直径は小さいが、深そうだ。つまり、それだけの威力があったということになる。) ヘラ: ゼウスっ!大丈夫!?ケガしてない!? ゼウス: うん、大丈夫ですよ。あのくらいは余裕でかわせます。わたしは強いので ハデス: あなたが強いのはわかってる。でも未知の相手よ。魔物の類でもない。十分、警戒して ゼウス: うーん、そもそもこの子、誰なんでしょう?えっとすみません、お名前は? テュポーン: なまえ?……テュポーン 人間さん: (テュポーン、だと……?) 人間さん: (この世界は間違いなくギリシャ神話の世界だ……。 となると、テュポーンが相手ではゼウスはもしかすると……) 人間さん: 相手はかなり危険な相手だ。ゼウスは下がっていたほうがいい ゼウス: その言い方だと自分が戦う的なニュアンスに聞こえますけど人間さん、 そこまで強くないですよね? 人間さん: う……でも、ゼウスとはたぶん相性が悪い。 一旦、ヘラとハデスに任せてみたらどうだ ヘラ: は?わたしだってゼウスのために身体は張るつもり。 でもあなたに指図されるいわれはない ゼウス: ほら、ヘラも怒っちゃった。それにわたし、仲間に相手を押し付けて見学なんて、 そんなことできる性分じゃないんで ハデス: 戦うなとは言わないけど、ひとりで突っ走るのはやめて、って言ってるのよ ゼウス: なんてことないですって。ほら、テュポーン。来るなら来てください テュポーン: むう…… 人間さん: (まずい!策もなしに正面から戦ったら、きっとゼウスは……負けてしまう……!) (ゼウスの挑発に乗り、テュポーンはまたも髪を自在に動かして 間合いを取りながらゼウスを攻撃する。) (まずは様子見なのか、先ほどと威力もさほど変わらないように見えたのだが……。) ゼウス: これくらい、全然……え、うわぁっ!? (かわし損なったゼウスは、肩口に攻撃を受けてバランスを崩す。 その機を逃すまいと、次々に髪の束が触手のように襲いかかった。) ゼウス: なっ……!? ハデス: させない!! (あわやというところで、ハデスとヘラが間に入り事なきを得る。) (しかし、初撃をかわしたときよりも、 明らかにゼウスの動きが鈍かったのが気がかりだ。) ゼウス: なんで……?わたしの身体、なんか変……。 思うように動いてくれない……ちょっとの差なんだけど 人間さん: (神話でテュポーンがどう戦ったかなんて覚えてないぞ……。 でも、この様子だと何か弱体化させる術を使うのかも) 人間さん: (といってもテュポーンは第二撃まで、ゼウスの身体に触れていない…… どうやって弱体化させた……?) ハデス: 加勢しますよ、ゼウス。文句はないわね ゼウス: う、うん…… テュポーン: 全員、こわす ヘラ: くっ、また髪……違うっ、触手!? (髪が触手のようだと思っていたが、実際に触手も操ることができるようだ。) (そして無数の髪束、そして触手が俺達を囲むように 大量に出現し狙いを定めると次々に襲ってきた。) (ターゲットは俺を含めた全員――) (背景切換...) ピュルテ: だめええぇぇぇっ!! (鋭い叫びが響いた。俺は攻撃に備え、防御姿勢をとっていたのだが…… 攻撃は来なかった。) 人間さん: いまの声は……? (見渡すと、砂浜には髪や触手の残骸が散っている。その中央に、彼女はいた。) ピュルテ: え、あれ……?私、戦えなかったはずじゃ……? 夢中で突っ込んでしまいましたけど…… 人間さん: ピュルテ!? ピュルテ: はっ、そうだ、人間さん!無事ですか!? 人間さん: ああ。ありがとう (背景切換...) ゼウス: あれ、知り合い?なんか助かっちゃいました。ありがとうございます ハデス: だからゼウスはうかつに近づかない! ゼウス: でも人間さんのお友達ですよね? ピュルテ: え、ええ…… テュポーン: ……じゃま、するの? ピュルテ: ――っ!す、すごい殺気……皆さん、下がっていてください。ここは私が!! ピュルテ: って、え、これ……ディマイト……? 15 - ピュルテの合流 テュポーン: むう…… ハデス: あのよく分からない子を追いこんでるわ。ピュルテとかいう人、かなりやるみたいね ヘラ: ゼウスの見せ場になるはずだったのに…… ハデス: そこは、助けてもらってありがとうでしょう? ヘラ: う…… (未知の存在に追い込まれていた俺たちを救ったのは、 何故かこの世界に現れた、ピュルテだった。) (未知の存在といっても、彼女はテュポーンと名乗った。 十中八九、μであるのは間違いない。) ピュルテ: どうなってるのかわかりませんけど、 やっぱり私、戦えるみたい……それも、前より強いような テュポーン: テュポ、まけない (何やら戸惑っている様子のピュルテ。事情がわからないので心配ではあるのだが……。) (そんな彼女に向けてテュポーンが構え直す。と、そのとき――) テュポーン: うん、テュポだよ。なあに? (急にテュポーンはその構えを解いて、虚空を見つめながら ひとりで何事かつぶやき始めた。まるで、誰か相手がいるかのようだ。) テュポーン: ううん、海。なんか、いじめられてる ピュルテ: えっ!?い、いえ、私は別にそんな、いじめたりするつもりはなくて テュポーン: そっか。うん、わかった。帰る ヘラ: 誰と喋ってんの、あいつ……危ないやつね テュポーン: はぁい (テュポーンは淡々と、俺たちには見えないし聞こえない相手に受け答えを続けていたが、 急にこちらに背を向けた。) テュポーン: テュポ、帰る ゼウス: え、帰るって…… テュポーン: 今週のびっくりわくわくメカ (背景切換...) (いうや否や、テュポーンは地面に何やらボールのようなものを力いっぱい投げつける。 すると、ボールからは大量の白煙が吹き上がった。) 人間さん: 煙幕弾!? ピュルテ: 周りが何も見えません……っ、人間さん無事ですか!? 人間さん: あ、ああ。俺はなんともない (背景切換...) (煙が晴れた頃には当然、テュポーンの姿はもうなかった。目を凝らすと、遥か彼方の空に猛烈な勢いで飛んでいく星のように小さくなった彼女の姿があった。) ハデス: い、いったい何だったの……!? ピュルテ: すごく強かったのに、最後はふざけた感じでしたね……? ゼウス: や、本来はあんな感じなんですよ。 さっきまでのあの、シリアスな空気がイレギュラーというか ハデス: とにかく、助かったわ。あなたは、人間さんの仲間? ピュルテ: あ、は、はいっ ゼウス: ってことは、わたしとは友達ですね! ピュルテ: え? ゼウス: 友達ならおうちに招待しても当然です。 だからいまから、わたしたちの家に来ませんか、ピュルテさん ヘラ: またなんか増えた…… (背景切換...) (こうしてピュルテが合流し、ゼウスたちの家に戻ったのだが――) (背景切換...) オーディン: あ、ど、どうも……ご無沙汰してます、オーディンです……! アヌ: 雨依を探しに行ったら、別の仲間を連れて帰ってくるなんてね ピュルテ: オーディンさんだけでなく、アヌさんもいらしてたんですか! これからお世話になります。よろしくお願いします アヌ: こちらこそ。まあ、お世話になってるのは私たちもなんだけど ヘラ: ほんとだよ。もっと遠出したほうがいいんじゃないの。もちろんゼウスは置いていって ハデス: そういうことを言うものじゃないわよ、ヘラ。 だいたい、ゼウスが黙って見送るわけないんだから 人間さん: ピュルテならピンとくると思うけど、ギリシャ神話のμなんだ ピュルテ: あ、それは、はい。実は既にμのおひとりとお会いしたんですが…… 人間さん: え、ここに来る前にか ピュルテ: エロースさんという方です。すごく良くしていただいて…… こちらにお住まいではないんでしょうか ハデス: ああ、エロースね。面識はあるけど、この家にはいないわよ ピュルテ: あの、よろしければご自宅を教えていただけませんか。さっきは緊急事態だと思って急いで来てしまったので、まともにご挨拶もできてなくて ゼウス: オリンポスにもいないんじゃないでしょうか。あの人、自由人ですから。 いろんなところを気ままに旅してるみたいですよ ピュルテ: このオリンポスに着いたところまでは一緒だったんですが…… しばらくどこかに滞在していたりは…… ヘラ: どうかな。まあ、町をふらふらしてれば、そのうち会うかも ピュルテ: そうですか…… 人間さん: 大丈夫、オリンポスまで一緒だったならきっとまた会えるよ オーディン: そ、それにしても、ヴェルさんに引き続いてすごいパワーですね。 オトギノクニって平和なのかと思ったら意外と、大変な場所なんですか……? ピュルテ: いえ、この世界に来たときはパワーも財布も空っぽでした。 エロースさんには、そういう意味でもお世話になったのに…… 16 - 母のように テュポーン: ふんふんふん (人間さんたちの元から立ち去ったテュポーンは、 オリンポスから少し離れた森の中をひとり、あてもなく歩いていた。) テュポーン: ふんふんふん。ふん、ふんっ (本人は鼻歌のつもりだが、メロディはまったくついていない。 先ほど激しい戦闘があった直後だが、それを感じさせない呑気さで森を進む。) テュポーン: きのこだ (突然立ち止まったテュポーンは、樹の根元に繁殖しているきのこに目を止める。 そして手を触れずに、屈みこんで鼻先だけ近づけて観察を始めた。) テュポーン: くんくん テュポーン: 毒かな?食べ物かな? テュポーン: くんくん。くんく……げほげほげほっ (嗅いでいる途中で気管に何か詰まったのか、むせてしまう。 テュポーンは難しい顔をして立ち上がり、きのこを見下ろす。) テュポーン: 毒だ (それが毒性を持つかはテュポーン含め誰にもわからないが、 むせたのを毒のせいだと結論付けて、テュポーンは再び歩き出す。) ???: テュポーン……聞こえますか、テュポーン…… テュポーン: あっ。テュポだよ。聞こえるよ ???: いま、どこにいるのです テュポーン: もり ???: 早く戻ってきなさい テュポーン: はぁい テュポーン: あっ、あのね。さっきテュポ、毒キノコ、見つけた ???: まさか食べたのでは…… テュポーン: 毒、見破った。すごい? ???: ああ、そういうことですか。よく見抜きましたね テュポーン: へへん ???: もうこれ以上は寄り道せずに帰ってくるのですよ テュポーン: わかった! (もう声が聞こえなくなっても、テュポーンはご機嫌で森を軽い足取りで進んでいった。) (背景切換...) (耳元に装着していた小さな装置を外すと、彼女はふうっと息をついた。) ???: ふう……。テュポーンはかなり強い力を秘めているものの、その精神性はまるで子どものよう……。実戦投入は早すぎると考えていたのですが、予期せぬ事態でしたね (子に手を焼く母のように、彼女は悩まし気な表情を作る。 が、すぐに口元を笑みに変えた。) ???: しかし、収穫もあったと言えます。今後に期待ですね ???: 私も母なる存在として、綿密に計画を立てなくては…… (背景切換...) ゼウス: この町のことなら何でも聞いてくださいね! ピュルテ: ありがとうございます……! 一応、ちょっとだけエロースさんに案内してもらいましたので オーディン: す、すごいですよね…… わたしなんて、まだほとんど、この町を出歩いていないというのに…… アヌ: 既にエステに行ったことがあるとか、ピュルテは美意識高いの? ピュルテ: ど、どうでしょう。それほどでもないと思いますけど アヌ: ならよかった。私の世界で美意識が高いのは、イナンナってやつなんだけど…… だからちょっと印象悪くて ピュルテ: シンプルにイナンナさんへの悪口ですよね? ゼウス: あ、そっか。町だけじゃなくて、この世界そのものも知らないですよね 人間さん: そっちはまだ俺たちも聞いてないし、教えてほしいな ゼウス: μと信民がいて…… アヌ: ふむ。基本は私たちと同じなんだね ゼウス: そして、わたしがμの中で最強です!そんなところでしょうか オーディン: お、終わりですか……? アヌ: この前、襲って来たあの正体不明の妙なμは何者なのか、とか ゼウス: あー!あれはですね、 変なμをたくさん作るのが趣味でやたらとわたしに絡んでくる人がいるんですよ 人間さん: μを、つくる!? ゼウス: それがμとしての能力みたいですね。人呼んで『母なるガイア』―― 人間さん: 母……なる…… (ふと『母』というワードが引っかかった。) ピュルテ: 人間さん……確か、ラームス世界の人たちから聞いた支配する存在って確か…… 人間さん: 『創造の聖母』だったな。いや、まさか…… ゼウス: どうしたんですか、ふたりとも。難しい顔して小声で ゼウス: 大丈夫です、安心してください。この前みたいにしょっちゅうμを 仕向けてきたりしますけど、被害なんてほとんど出ないんですよ ゼウス: わたし、最強なんで! オーディン: う、うらやましいくらいポジティブですね、ゼウスさん…… (背景切換...) (タルタロスの後を追ってしばらく進むと、 なんだか怪しげな雰囲気の場所にたどり着いた。) 雨依: (ここって……なんだか薄暗くて気味が悪いけど、でも) (その、気味が悪い場所には人々がたくさんいた。たぶん、信民だろう。) (その人たちは決して楽しげではなかったけど、怯えや絶望も感じないし、 それに私に敵意を向けてこない。その雰囲気ほど警戒すべき場所ではないのかも。) 雨依: ねえ、ここはどこなの タルタロス: ――アディス 17 - 冥界アディス 雨依: アディスって、この場所の名前? タルタロス: そう (それだけ短く答えると、タルタロスはさっさとどこかへ姿を消してしまう。) 雨依: あ、ちょっと…… (呼び止めようとして、やめた。タルタロスはついてこいとは言っていないし、 私も彼女に許可をとったわけでもない。勝手についてきただけ。) 雨依: (タルタロスにだって都合もあるだろうし……案内までさせるのはちょっと図々しいよね) 住民1: お姉さん、新人さん? 雨依: え?ええ……さき、この町に着いたところなの (この場所を町と呼んでいいのかすら怪しいけど、私はそう答えた。) 住民1: よかったら俺が案内するよ 住民2: またアンタは。若いきれいな女の子だからって。お嬢ちゃん、騙されないようにね 雨依: あー、はい、大丈夫です (こんなのは、もう慣れっこだ。人間界では当たり前の光景。 こっちも下心があるのをわかった上で利用するつもりだった。) (別に連絡先交換するだけで満足してくれる人も多いし。 夜職のスカウトだったことも多いけど。) 住民2: 根は悪い奴じゃないから。変なことはしないから安心しな 住民1: ちぇ、だったら何で邪魔したんだよ 雨依: ふふっ、仲いいんですね。皆さん、そうなんですか? 住民1: どうだろうな。結構ここはいろんな事情で来てる人もいるし、 なかよしこよし、って感じではないよ 雨依: ふうん…… 雨依: (正直、周りに興味ない人の集まりのほうが、気楽で助かるけど) 住民1: あ、敬語じゃなくていいからね。年も近いだろうし 雨依: あ、じゃあ遠慮なく。みんな、ここの人はタルタロスの信民なの? 住民1: ほとんどはね。他にμはいないから。でも、もう誰の信民にもならない っていう人もいるし、タルタロスはそういう人も受け入れてる 雨依: ああ、そんな感じする。来るもの拒まず、去る者追わず、みたいな (勧誘したり、引き止めたりとか、すごく苦手そうだし。 でも、そんなことするμはいないか。) (そこまで考えて、私は彼の言葉を頭の中で反芻する。何か違和感があると思った。) 雨依: 『もう』誰の信民にもならないっていう人?その言い方だと、 前は誰かの信民だったみたいに聞こえるけど 住民1: ……きみ、このへんの人じゃないの?遠くから旅してきたとか 雨依: ああ、うん。そんな感じ 住民2: それじゃあ知らないものなのかもね。 あのね、ここいらですごく力を持ってるμがふたりいてね 住民1: ゼウスとガイア、っていうんだけど 雨依: それは強いでしょうね 住民2: 名前でわかるのかい 雨依: あ、ううん。強そうな名前だなって思って 住民2: とにかく、そのガイアってμはね、新たにμを生み出すんだ 住民1: ところが、何を考えてるのかガイアはその新しいμで やたらとゼウスにちょっかいをかけるんだよ 住民2: 正確にはゼウスが治める町ね 住民1: そうなったら当然、ゼウスたちは新しいμを倒すよな。 残されたのは、μを失った信民たち、ってわけだ 雨依: μがいなくなる……そんなことがあるのね (考えもしなかったけど、確かにμだって永遠不滅ってわけじゃないんだろう。 じゃあ信民はどうなるのか。その答えがこのアディス――) 雨依: なんとなく聞いてる感じ、ガイアっていうのは悪い奴なの? μを作ってるのは、ゼウスの町を襲わせるためなのよね タルタロス: 違う (ふいに割って入った声に振り向くと、タルタロスが背後にいた。 ゆっくりした動きで、私たちの輪に参加する。) 雨依: 用事はもういいの? タルタロス: 用事?そんなものはない (じゃあ私を置いてどこに行ったのか…… と聞くよりも先に、タルタロスは右手を差し出した。) タルタロス: ん 雨依: あ、りんご……私に?もしかして、そのためにどこか行ってたの? タルタロス: …… (表情をまったく変えずに無言のまま。でもさっきガイアの件は否定したのだから、 無言は肯定、と解釈してもいいんだろう。) 雨依: ありがとう。いただくわね 信民1: タルタロスはこの通り愛想はないけど、懐の深いμなんだよ 雨依: なんとなく、それは感じてたわ。ねえでも、さっきの話。 ガイアは悪者ってわけじゃないのね?じゃあ、戦争状態ってこと? (当然、ひとつ前の世界でのアヌとアプスーの関係が頭をよぎる。あの声の狙いはたぶん、私にμ世界で火種を作らせること。だとすれば、今回はそのふたりが標的なんだろうか。) タルタロス: 戦争?そんなものない 信民1: なんていうんだろうなぁ。子どもがじゃれあうみたいな…… たぶん本気でゼウスを潰すつもりはないだろうし 雨依: そうなの?でも、なのにμを作っては倒すって…… (ずいぶん勝手な話だ。作り出したμに信民がいることはガイアだって承知のはずなのに。 それにゼウスだって、倒す以外に方法はないのか。) 雨依: (アヌたちの戦いをけしかけた私がこんなこと考えるのも、 どの口がいうんだって感じだけど……) 雨依: (でも……力のある人たちに振り回されて、 行き場をなくしてしまうなんて……なんだか……) (ふと、アディスを見回す。この人たちは、ある意味で私と同じなのかもしれない。) 18 - 食文化 ゼウス: あっ、ハデスとヘラですよ!おーい、こっちこっち! ヘラ: また人間さんと一緒にいる…… 人間さん: なんかごめん……そんなに睨まないで…… ハデス: ゼウスはまたそうやって、家のことを何もしないで遊び惚けているのね。 ちゃんと役割は果たしなさい ゼウス: わかってますって。この後みんなで掃除しますから アヌ: みんなで……? オーディン: まあまあ、わたしたちは居候ですから。ね、アヌさん ヘラ: ピュルテさんだっけ ピュルテ: あっ、はいっ ヘラ: ちゃんと人間さんを捕まえておいてよ。ゼウスが構ったりできないように ピュルテ: そ、それはもちろん……私も人間さんとたくさん一緒にいたいですけど ゼウス: そうですよね。人間さんに会うために、 別の世界から飛び越えてきたんですもんね アヌ: ヴェルメリオといい、人間さんはずいぶん愛されてるんだねぇ オーディン: う……わ、わたしも、世界を飛び越えるかもしれません……。た、たぶん…… ゼウス: そうだ!ピュルテさんの世界ってどんなところなんですか? わたし、異世界のことたくさん知りたいんです ゼウス: アヌさんとオーディンさんの世界もすごく面白かったです。 だからピュルテさんのことも知りたいなって ヘラ: よかったね……知りたいって言われて…… 人間さん: (あ……男の俺だけじゃないんだ、ヘラのそういう目が向けられるのって……) ゼウス: 確かピュルテさんはミナトクって場所から来たんだとか。 人間さんが教えてくれましたよ ピュルテ: 人間さん……私のこと、港区女子だと思ってるんですか 人間さん: い、いや、つい反射的にそう答えちゃって ピュルテ: もちろん、何度も出入りしましたし詳しいですけどね ゼウス: わー!聞かせてください、どんなところなんですか? ピュルテ: タワマンと呼ばれる高い建物がたくさんあるんです。 それから夜はずっと煌びやかで、色とりどりに輝いてます 人間さん: (白金とか高輪あたりも港区なんだけど…… ピュルテがよく行ってた場所は偏ってるんだよな……) アヌ: なんと、夜でも明るいとは……ふしぎな町だねぇ ゼウス: 海はあるんですか? ピュルテ: もちろんです。港ですからね。芝浦ふ頭から船が出てたりするんです。 湾をぐるっと回りながらお酒と夜景を楽しむんですよ ピュルテ: 雰囲気がすごくいいのでオススメです! オーディン: 夜景って、夜の景色ですよね。それ見て楽しいんでしょうか……? ハデス: 星空を見るんじゃないの? ゼウス: 名産品は!?何かありますか!? ピュルテ: 名産品……?食べ物は一通りなんでもありますが、 なんでもあるので、特徴的なこれというものは……? ピュルテ: よくタクシーをつかまえた交差点でアイスのお店があって 乗る前にお土産に持たせてもらったりしましたけど…… 人間さん: ほほう ピュルテ: そ、そんな顔しないでください、人間さん! エルマイトをたくさん持ってる人を探すためです!私利私欲じゃありませんから! ゼウス: ピュルテさんは普段どんなものを食べてたんですか? ピュルテ: 隠れ家的なお店によく連れて行ってもらいましたね。 路地裏でひっそりとやってる感じの…… アヌ: 隠れ家って、ピュルテは盗賊だったのかな ヘラ: ゼウスは本当に友達を選んだ方がいい…… ハデス: なんだかピンとこないわね。隠れ家の食事って何かしら ゼウス: あっ、そうだ!!今日の晩御飯はピュルテさんに作ってもらうというのは ピュルテ: えっ!? 人間さん: おお、ピュルテの手料理かぁ ピュルテ: わ、私その、人間界では忙しくて! なので、ひとりで帰るときは大抵デパ地下で揃えちゃうというか ゼウス: でぱちか料理!食べてみたいです! ピュルテ: 違うんです!既に完成したものを買っているので、 私はちょっと温めるくらいしかしてなくて…… 全員: あ…… 人間さん: ごめん、なんか。 いつもヴェルが担当してくれてるからピュルテが料理できないこと忘れてたよ ピュルテ: できなくないですよ!?か、かかか、家庭的ですから! 皆さんにわざわざ振る舞うほどのものじゃないってだけで! アヌ: いいと思うよー?売ってるってことは需要があるってことでしょ。 みんな作るのめんどくさいんだよー ヘラ: 残念だったね、ハデス。料理担当をお休みできると思ってちょっと喜んだでしょ ハデス: 別に。というか、そんな気遣いするならヘラが作ればいいのよ ヘラ: いいけど、わたしが作る料理は不健康だって、ハデスが怒るでしょ ハデス: 味が濃すぎるのよ ゼウス: あ、ちなみにわたしは食べる係です ピュルテ: い、潔い オーディン: せめてお皿くらいは洗ったほうがいいのでは…… 19 - やっと会えたから 人間さん: 結局、ハデスが夕食担当になっちゃったな。 お世話になりっぱなしだし、明日は俺が作るか…… (コンコン) 人間さん: はいはい。開いてるよ 人間さん: (あっぶな……危うく日課を始めるところだった……普通に鍵を閉め忘れてたぞ) ピュルテ: 失礼します 人間さん: ピュルテ…… ピュルテ: そ、その、こっちに来てからまだゆっくりお話しできてなかったので、と思って…… (ピュルテは恥じらう素振りを見せながら、ベッドに座る俺の隣に腰かけた。 彼女の長い髪からふわりと花のような匂いが舞った。) 人間さん: なんか、いい匂いがする ピュルテ: !! ピュルテ: 気が付いてくれましたか!さすが人間さんです!そう、こっちの世界に来てから 知り合ったエロースさんと、買い物したときに見つけたヘアオイルで ピュルテ: あ、すみません……テンションが上がって早口になっちゃいました 人間さん: 気にしなくて大丈夫だよ ピュルテ: あ、あのっ (どことなく様子がおかしい気がしていたが、 どうやら彼女は勇気を出して夜のお誘いに来たようだ。) (気付いた時点でこちらが主導権を握ってもいいのだが、 まだ何か話そうとしてくれているので様子を見ることにする。) ピュルテ: エロースさんに言われたんです。無理に役に立とうとしなくていいんじゃないかって。 実はこの世界に来た当初は戦う力がなかったので…… ピュルテ: 好きな人のそばにいたいのは普通のことだから、理由なんか作らなくたっていいんだって (その話は簡単には聞いていた。魔物相手にまったく歯が立たなかったが、エロースと出会ってしばらく過ごすうちにいままで以上の力がわいてきたのだという。) 人間さん: (やっぱり異世界だから、なのかな……) (俺自身、μたちの世界に来て以来、思うようにエルマイトを扱えていない。 何か法則があるのだろうか。) ピュルテ: どうやったらお役に立てるか、そればかり考えていましたが、 気持ちを切り替えることにしました (ピュルテは俺に向き直ると、そっと手をとる。) ピュルテ: だから、エロースさんに教えてもらってヘアオイル買ってみたり、 それに……エステにも行ったんですよ 人間さん: らしいね ピュルテ: 何もできなくても、 魅力を磨けばそばにいさせてくれるかな、喜んでくれるかな、って…… ピュルテ: きれいになった肌、触れてみてほしいです 人間さん: いつになく大胆だな……。でも、気持ちが伝わってきて嬉しい ピュルテ: 久しぶりに会えたから、でしょうか。 自分でも、その……普段よりずっとドキドキしてるんです ピュルテ: それに、ずっと……人間さんに触れたくて…… (彼女の潤んだ瞳にこちらも鼓動が早くなっていく。そのまま背中に手を回して――) ゼウス: ゲームしませんかー! ピュルテ: ――っ!? (唐突に扉が開け放たれた。俺とピュルテは互いに飛びすさる。) ヘラ: あー…… (後ろに控えていたヘラとハデスは、すぐに俺たちの状況を察したようだったが……。) ゼウス: ゲームしましょう!オーディンさんとアヌさんにも、これから声をかけますので! ハデス: ゼウス、わかるでしょう?ここは遠慮したほうが ゼウス: えっ、なんでですか? ハデス: ベッドに男女がふたりよ?ゲームどころじゃないわよ ゼウス: え?寝てるとこだったら遠慮しますけど、ちゃんと起きてるみたいですし? ハデス: ベッドは睡眠以外にも使うでしょ!って、なに言わせるのよ!察しの悪い子ね! ヘラ: おたのしみタイムなんだよ。ふたりにしておこう? ゼウス: っあー!わかりました!えっちなことですね! ピュルテ: ………… ゼウス: 人間さんとピュルテさんってえっちなことをする仲だったんですね。 知らなかったです 人間さん: いや、まあその…… ゼウス: じゃあ終わったら合流してください!みんなで待ってますから! ピュルテ: い、いえっ、大丈夫です!人間さん、ゲームしにいきましょうか! 人間さん: そ、そうだな!ゲームしよう!うん! ゼウス: えっ、いいんですか? ヘラ: これ素でやってるからゼウスって本当に怖いよね ハデス: 私、もし恋人ができても絶対にこの家には連れて来ないわ ピュルテ: た、楽しみですねー!どんなゲームかなー! (背景切換...) トリル: では、続いての議案です。お手元の報告書はご覧いただいていますでしょうか ジャコヴァ: ……特異点の観測について、だと? シェイクスピア: 例の、μ世界への転移魔法……この研究を進めていくうちに、思わぬ副産物があったのよ フアナ: 特異点って、いったいどんなものなの? シェイクスピア: 本来、あの魔法にはエルマイトとは似て非なる力が使われているわ。 それを解析する過程で、新たな力を計測する魔道具を開発したのだけど シェイクスピア: 魔法陣がある場所以外に、新たな力が観測されたわ。このオトギノクニで―― 20 - 特異点の調査 シンデレラ: 新たな力を観測……それって、もしかして例の、サーベイとかいう連中なんじゃ シェイクスピア: 詳細はわからないわ。ただ力を観測しただけだもの。 その場所で悲劇が展開されているかどうかは、この目で見ないことには ヴィルヘルミナ: それで、この発議ね。特異点の観測調査の進言と予算編成…… エミリー: やる、やらないは議論するまでもないよねぇ。問題は、誰が、どうやって、ってところ ラヴクラフト: えっちな力ならあたしが絶対行くんだけどなぁ ジョカ: 行くとしたらシェイクスピアか、クラースあたりだろう? クラース: 私~?まあ、いいけど シェイクスピア: 魔法関連に詳しい、という人選なんでしょうけど…… 現地で戦闘になる可能性もあるわ。悲劇に備えて人員は揃えるべきよ フアナ: それもそうだね。誰であれ、ひとりで行くのは避けるべきか ドロシー: なら、私が行くわ エミリー: 武闘派だもんねぇ ドロシー: 私の特務機関8番隊メンバーを連れて行くわ。 肩書だけで寂しそうだったからちょうどいいでしょ ジョカ: おお、噂の新8番隊だな シンデレラ: そういえばドロシーは自分の特務機関をちゃんと設置したんだったわね ドロシー: みんなヒマだっていうから…… ジョカ: 暇つぶしで予算を使うな ドロシー: いいじゃない、いま役に立とうとしてるんだから クラース: じゃあドロシーたちに任せるのでいいかしら フック: 良いのではないでしょうか。何かあってもドロシーならなんとかしてくれるでしょうし ドロシー: まかせときなさい (背景切換...) ドロシー: ということで、いよいよ我が8番隊、人呼んでドロシー特務機関の初任務よ! みんな気合いを入れなさいよね ピエドゥラ: ひゃ、ひゃいっ! トーコツ: 情けない。声が裏返ってるじゃないか ルビー: ドロシーちゃん!もう移動の準備は整ってるよ! ダークマター: 魔法はピエドゥラさん、戦闘ならトーコツさんとドロシー、そして移動はルビーさん…… みんな役割があるのに、私だけ何の役にも…… トーコツ: 最終兵器はダークマターだよ、どう考えても ドロシー: 今回はこのメンバーで行くわ。留守をお願いね、みんな コル: ええ、任せて チューチラ: 気を付けてね! レーウ: 帰ってきたら話を聞かせてくれよ! (背景切換...) ドロシー: それじゃあ今回の任務のおさらいよ ドロシー: 特異点が観測されたエリアは、ここ。バブミビーチから沖合に出た 海の真ん中にある島よ。ただ、現在も特異点は若干の移動をしているみたい トーコツ: つまり、生き物ってことか ピエドゥラ: そうとは言い切れません。まだこの装置の精度はそこまで高くありませんから、 半径2~3マイルくらいは誤差の範疇です ドロシー: そうなのね。じゃあ、モノの可能性もあるわけか…… ダークマター: う、うう……怖い魔物だったらどうしよう…… トーコツ: なに、あたしと師匠が揃ったら怖いものなんてないって ドロシー: 特異点で観測されたエネルギーって、エルマイトと似てるんでしょ? ディマイトじゃないなら、魔物ではないんじゃない? ピエドゥラ: あくまで似ているだけですから、断言は難しいですが…… 転送魔法には、あのサーベイが関わっている可能性もありますし ピエドゥラ: ただ……実は、サーベイからはそのエネルギーは検出されていないんです ドロシー: ああ、私が捕まえたやつを調べたのね ピエドゥラ: はい。なので、サーベイもいるかもしれませんが、特異点そのものではないかと トーコツ: 転移魔法に残ってただけなら、そこにも魔法陣があるんじゃないの? ピエドゥラ: それが一番、濃厚な説ですね。でも、もうひとつ検出されたパターンがあって ダークマター: ど、どこから……? ピエドゥラ: 戻ってきたヴェルメリオさんの身体からです。 どこで接触したのかは、意識が戻らない現状ではわかりませんが…… ドロシー: 向こうの世界に行ったんだもの。接触する機会なんて、いくらでもあったでしょうね ドロシー: (でも……もしエルマイトと同じ性質なら、そう長い時間は皮膚の表面に残滓が 残ることはないはずだわ……あれはあくまでもエネルギーなんだから) ドロシー: (もしかして、ヴェル本人がその力を宿している、とか……?) トーコツ: 現地に到着するまでまだ時間があるんでしょ? なんか小腹が減ったなー。肉まんとかない? ルビー: そのへんの棚に簡単な食べ物なら保管されてるはずだよ ピエドゥラ: へー。じゃあ私も何かいただい……うぐっ!? ダークマター: だ、だめだよ、それ私の本体…… ドロシー: いいわよ、食べても。また作るから ピエドゥラ: え、遠慮しておきます…… 21 - アディスという場所 (タルタロスについていってアディスに腰を落ち着けてから、数日が経過していた。) (この場所では、集まった信民同士でそれなりの交流はあるけど、ここに来るまでのことを詮索しようという人は少ない。もちろん、私に対しても同じ。) 雨依: (たぶん、ゼウスにやられたμの信民が多いからだろうけど) (信民にとって、μを一度失うということがどんな感覚なのか、 私には理解できないけど、いい思い出じゃないことは確かだ。 お互いに、深く聞かないのが暗黙のルールになっているんだろう。) 雨依: (人間界で私が出入りしていた場所も、そんな感じだったな) 雨依: (興味本位で来た子もいたけど、大抵なんか事情がある子ばかり。 そういうの、聞かなくても雰囲気でなんとなくわかるんだよね) 雨依: (気が合えば一緒に行動するけど、基本はひとり。 そういうところ、アディスに似てたかも) 雨依: (相手から頼んでもないのに近づいてくるのはロクな連中じゃない、 っていうのも、あそこで学んだっけ……) タルタロス: 雨依 雨依: え?あ、うん、ごめん。いつからいたの? タルタロス: たったいまだけど (タルタロスは、他人に無関心というスタイルの筆頭だろう。 そんな彼女も最近は、私の名前を覚えてくれたみたいだ。) タルタロス: これ、食べて 雨依: あ……ありがと (そしてこうして、食事を恵んでくれる。) (サーベイからはこの世界の資金を渡されていたけど、このアディスではお金はあまり意味を持たないらしい。だから彼女の厚意は本当に助かっていたんだけど。) 雨依: お世話になりっぱなしじゃ気まずいわ。ただで食べさせてもらうわけにもいかないし、 何か私に手伝えることがあるなら遠慮しないで言ってね タルタロス: わかった (本当にわかったのか怪しい反応で、タルタロスは一応うなずいた。) 雨依: それにしても、ここにいるのって ほとんどがゼウスのせいでμを失った人たちなのよね。ずいぶん多くない? タルタロス: ガイアとゼウスの戦いはずっと続いている 雨依: ガイアも身勝手だとは思うけど、μを作るなって言ったら この人たちは存在しなかったかもしれないんでしょう? タルタロス: μが生まれると、信民も生まれるから 雨依: そうなるとガイアを責めにくいわよね。それよりμを倒したゼウスのほうが腹立つわ 雨依: どういう戦いなのか知らないけど、ずいぶん見境ないわよね タルタロス: ゼウスのことは、よく知らない 雨依: (今日はたくさんお話してくれる……) 信民: ねえねえ、タルタロスさん。その子、手が空いてるの? タルタロス: 暇らしい 雨依: 言い方…… 信民: そしたら子守をお願いできないかしらね。 大人が働いている間、面倒を見る人の数が足りなくて タルタロス: 雨依、やることが見つかった 雨依: 子守かぁ……いいわ、やるわよ 雨依: (本当は子どもって苦手なんだけどね。そんな贅沢を言うのもどうかと思うし) (背景切換...) ゼウス: 人間さん、どうですか?オリンポスにはだいぶ慣れましたか? 人間さん: ああ、おかげさまで。 ゼウスが毎日のように案内してくれたしすっかり隅々まで知ることができたよ オーディン: 距離の詰め方は戸惑いましたけど、 こうして案内してもらえたのはありがたかったですね……! アヌ: 私たちの世界では最初、ティアマトに投獄されたんだよね?ひどいことするなぁ 人間さん: あれは仕方ない状況ではあったんだけどね ゼウス: ということは、そろそろ飽きたんじゃないですか? 人間さん: えっ? (いくらなんでも数日で町全体に飽きることはない。 しかし、彼女の言葉の裏を読むとすれば……。) 人間さん: (そろそろ出て行け、ということかな……。 いや、何日も居候なんて図々しいし、当然の反応か……) オーディン: そ、そうですよね…… 1日ずっとこうしてダラダラしているのは、さすがに申し訳ないというか…… (そして、その解釈をしたのは俺だけではなかったようだ。) ピュルテ: 私が来る前から皆さんいらしたんですもんね オーディン: わ、わかりました……!ま、町で、働いてみます……っ ピュルテ: そうですね。バイトを探しましょう! アヌ: えー?別によくなーい?だらだらしてようよ ピュルテ: アヌさん、ここは空気を読まないと! オーディン: 人間さんも、さ、さあ、行きましょう……! 人間さん: あ、ああ。 でもこの後、ハデスに小麦粉の積み下ろしを頼まれてるからその後で合流するよ ピュルテ: 力仕事ですね!頼もしいです、人間さん。では、後ほど アヌ: い~や~だ~!はたらきたくな~い! ゼウス: ……? 人間さん: どうした? ゼウス: 皆さん、急にお出かけされてしまいましたね 人間さん: いや、だって ゼウス: 町にも飽きた頃だろうから、海にでも行きませんか?とお誘いするつもりだったのに 人間さん: えっ!? 人間さん: (そ、そうだよな……考えてみれば、ゼウスの言葉に裏なんかあるわけないか……!) ゼウス: じゃあ人間さんとわたしのふたりで行きましょう! 人間さん: いやみんなが戻ってから計画を立て直して―― ゼウス: なに言ってるんですか、もう太陽があんなに高いんですよ!さあ、出発です! 人間さん: えっ、海って今日!?いまから!? 22 - 思い出の味 子ども1: わきゃーっ!! 子ども2: わぁあああ! 雨依: うるさ…… (子守とはいっても、子どもたちは勝手に遊んでくれるようで、 私は危ないことをしないかを見守るだけで役割はまっとうできるみたい。) (とは言っても問題なのは、私が子どもをまったく可愛いと思えなくて 甲高い嬌声がストレスにしかならないということ。) 雨依: はあ……みんな、元気でいいわね 子ども1: うきゃあああああ! 雨依: 頭痛がしてくる……ちょっと飲まなきゃやってられないわ (アディスにも酒場はある。お世辞にも質の良い酒とは言えないけど、 手早く酔うにはちょうどいいクオリティだった。 人間界でも、ロング缶1本で不自然なほど酔う酒があったっけ。) 子ども1: ねーねー!雨依お姉ちゃん、それ何飲んでるの? 雨依: あんたたちにはまだ早いわよ。これは大人の飲み物 子ども2: えーずるーい!飲みたい飲みたい! 雨依: めんどくさ…… (うっかり飲ませたら当然、後から大問題になるだろう。かといって飲ませないと、 飲ませてもらえなかった僻みからあらぬ噂を立てられるかもしれない。) (子どもは純粋で天使なんていうやつがいるけど、大間違いだ。 こいつらほど打算的で残酷な存在はいない。) 雨依: こんな飲み物よりもっといいものがあるんだけど 子ども1: えー、なになに? 雨依: ほら、これ (この窮地を脱する最適な方法は、他に興味をそらすこと。 そして興味を持った方を惜しみ無く与えること。 私はポケットから、残り僅かな金平糖を取り出した。) 雨依: 見て。きれいな色でしょう? 子ども2: わあー!すごーい! 子ども1: それでままごとでもするんだろ。つまんないよ、そんなの 雨依: 違うの。これは食べ物なのよ。ほら、1個ずつあげる 子ども1: え……?ぱくり…… 子ども1: うわあ!あまーい!! 子ども2: なにこれ、すごい!美味しい! (子どもたちの笑顔が花開くのを見て、私も自然と頬が緩む。 それに気づいて、慌てて表情を引き締めた。 冗談じゃない、私は子どもなんて嫌いなんだから。) 雨依: これはね、金平糖って言って……お姉ちゃんのふるさとに伝わる伝統的なお菓子なの 雨依: 見た目も綺麗で、甘くて、美味しいでしょ? 子ども1: お姉ちゃんのふるさと?いいなぁー!美味しいお菓子がいっぱい? 雨依: お姉ちゃんのお父さんはお菓子職人だったの。 だから小さい頃は甘い匂いがいっぱいしてたわ 子ども2: これもお父さんが作ったの? 雨依: んー、もうお姉ちゃんのお父さんはお菓子が作れないんだ。 これはお姉ちゃんがお父さんの真似して作ったやつ (このμがいる世界に迷い込んでからは作っていない。 これはレオナの家でさっと作ったものだ。) (我ながら幼稚だと思うけど、 この砂糖の塊を口にするとなんだかあの頃に戻れたような気がするから。) 子ども1: え、じゃあここでお姉ちゃんが作れるってこと? 子ども2: もっといっぱい食べたーい! 雨依: んー……じゃあ、タルタロスに砂糖があるかどうか、聞いてみるわね。 手に入りそうなら作ってあげる 子ども1: やったー! 子ども2: いつできる? 雨依: 材料さえ揃えば何時間かで作ってあげられるよ。本当は2週間くらいかけて作るんだけど (案外と、手間のかかるお菓子だということは知られていない。 毎日、熟練のカンを頼りに大きな容器をかき混ぜていた、父の背中が脳裏に蘇った。) 雨依: (あんなに手間をかけてるのに、サービスとして出しちゃうんだもん。 ほんと、商売が下手っていうか) (上生菓子より金平糖が好き、なんて娘に言われた父の困った顔。昨日のことのように思い出せるはずなのに、何故かその顔はもやがかかったようにしか思い出せない。) 雨依: (精神医学はよくわかんないけど、きっと自己防衛なのよね。どうしても顔を思い出そうとすると、あの事故の直後のことがフラッシュバックしちゃうから……) 子ども1: お姉ちゃん? 雨依: ああ、ごめん。 それじゃちょっとタルタロスに聞いてくるから、ちゃんといい子で待ってて。 いい?危ないことしたら金平糖はナシだからね 子どもたち: はぁーい! (タルタロスはどこか近くにいるはず……そう考えて歩きだしたとき。) ???: 使命を果たすのです…… 雨依: うるさいな…… ???: これは貴方にしかできない重大な使命なのです。 役割を果たしてこそ、あなたの未来に光が差すのです 雨依: わかったわよ (持っていた布袋に無造作に入れていたディマイトの結晶体。 私はそれを、通りかかった谷底に放り捨てた。) 雨依: これでばらまいたことになるでしょ (背景切換...) テュポーン: ふんふんふん (オリンポスからゆっくり気ままに歩いてきたテュポーン。 ふと、黒光りするものを目に止める。) テュポーン: ぴかぴかだ (テュポーンの目も輝いていた。拾い上げたそれを、しげしげと眺める。) テュポーン: 毒かな? テュポーン: くんくん テュポーン: あっ……いい匂い!お花の匂い! (テュポーンは満面の笑みになったかと思うと――) テュポーン: ぱくん (彼女が口に含み、そして飲み下したのはディマイト結晶体。 花の匂いと形容したのは雨依の香水の香りだった――) 23 - 相変わらずな姉妹 シャルロッテ: もう!本当にフェル姉さまは恥ずかしいですわ!名門グリム家がそんなこと! (ジャコヴァの特命を受けたグリム姉妹は、とある街道で大いにもめていた。 その内容は、特命とは一切関係なく――) フェルディナ: いいじゃない! 宿屋のアメニティを持ち帰ったくらいでなんでそんなに言われなきゃいけないのよ! カロラ: お前ら、よく飽きないでケンカできるよな。あたしはもうお腹いっぱいだぞ シャルロッテ: だってフェル姉さまが! フェルディナ: シャルが! カロラ: あたしもどっちかっつーとお気楽極楽な人生が好きだけど、さすがに緊張感なさすぎだろ カロラ: 例のあいつ……ようやく足取りがつかめたところなんだぞ フェルディナ: う……そ、そうね…… シャルロッテ: そうでしたわ。大事の前の小事、 フェル姉さまが貧乏くさいのなんていまに始まったことじゃありませんのに フェルディナ: くさいんじゃなくて、実際に貧乏なのよ カロラ: そんなことないだろ。人間さんが言ってたぞ。 そこらの限界大学生に比べたら全然恵まれてるって フェルディナ: それが何なのかピンとこないんだけど カロラ: うん、あたしもだ シャルロッテ: とにかくフェル姉さまは品位を保ってくださいまし。 これから、あの方に会うかもしれないのですから、最初が肝心ですわ カロラ: まあな。偉そうすぎても良くないけど、なめられるわけにはいかないし フェルディナ: ……この人、何者なのよ カロラ: イマジュマイトにエルマイトとディマイトの 2種類があるってことを最初に提唱した作家だよ。 保有量も少ない弱小作家だったんだけど、ライブラに見つかってからすっかり有名人だ フェルディナ: その作家を連れ帰るのよね。ライブラ派なのに協力してくれるのかしら シャルロッテ: だから品位が必要なのですわ フェルディナ: 力ずくで、みたいなのは嫌よ。私は カロラ: そっちよりカネだろうな。相手は元々弱小作家だ。 ライブラの後ろ盾がなくなったいま、裕福な暮らしはできてないだろ フェルディナ: なんだか他人事だと思えないわ…… シャルロッテ: そんな弱小作家なのに、重要人物なんですのね。 ライブラに取り立てられたり、お姉さまたちに探されたり カロラ: あたしも詳しくは聞いてないけど……これだけ身を隠してるって時点で怪しいからな カロラ: さ、急ぐぞ。もうケンカすんなよ、お前ら (背景切換...) ドロシー: ここから先は船で行くことになるのね ルビー: そっちのほうが小回りが利くから、いいと思うの トーコツ: 空からだと気付かれやすくなるし。 相手が敵だったとき、先に気付かれるのは不利になるからな ダークマター: うう……いよいよなんですね、ドキドキしてきました…… ピエドゥラ: 船は明日の朝から借りることができました。 なので、とりあえず今日のところはのんびり休息ですね ドロシー: ま、一刻を争うってものでもないし、いいんじゃないの? ルビー: ちょっと町をぶらぶらして、買い食いでもしよっか! トーコツ: いいんじゃないの?なんか美味いものあるかな ドロシー: じゃ、行きましょ ダークマター: 知らない町をいきなり地図もなしに歩き出して大丈夫……? ドロシー: 困ったら人に道を聞けばいいのよ。夜までに宿屋に着けばいいんだから。 それに……こっちの道に何かある、って私のカンが言ってるの ピエドゥラ: 師匠のカン……!もしかして、謎の力関連で何か見つかるかも!? トーコツ: いや、美味しい匂いをかぎ分けてるんじゃないの? ドロシー: あっ!あれを見て! ピエドゥラ: 自転車……レース……? ドロシー: 1着を当てるんですって!楽しそうだわ。ちょっとやっていきましょうよ トーコツ: ギャンブラーの嗅覚だったか…… ピエドゥラ: だ、だだだ、だめですよ!ここですってんてんになったら大変です! ドロシー: ほどほどにしておくから ピエドゥラ: 師匠っ、嘘はよくないです! ドロシー: 私が持ってる分だけなら迷惑かからないでしょ?ね、いいじゃない。ちょっとだけ ルビー: 持ってる分だけなら、ってごくごく当たり前のことを…… 路銀に手を付けていいわけがないのに……! (背景切換...) ドロシー: さあ、じゃんじゃん持ってきて!みんな好きなだけ食べていいわよ ピエドゥラ: まさか勝つとは…… ルビー: 明日に向けて幸先いいね! トーコツ: 師匠は気前がいいんだよなぁ。あれだけ、あたしたちが止めてたんだからヘソ曲げて、 自分だけごちそう食う、とかやってもおかしくないのに ドロシー: そんな小さいやつじゃないわよ、私は ドロシー: ただまあ、これで私の腕を信じて、次からは止めないでほしいけどね! ピエドゥラ: いえ、それは毎回止めますよ? 24 - 海へ行こう ゼウス: 楽しみですね、海! ちょっとまだ泳ぐには早いですが、景色がすごくいいのでオススメなんです 人間さん: それは楽しみだなぁ 人間さん: (って、ゼウスに誘導されるがまま来ちゃったけど、 ふたりっきりで海に来るってシチュエーションはいいんだろうか……) 人間さん: (ピュルテたちは仕事を探しに行ったのに遊び惚けてたら怒られそうだし、 ヘラは問答無用で俺のことクソミソに言いそうだし……) ゼウス: どうしました?人間さん……わたしといるの、楽しくないですか……? 人間さん: そ、そんなことはないよ! ゼウス: よかったです!じゃあ行きましょう!そうそう、海辺はお魚が美味しいんですよ (ゼウスはどこまで意識しているのか、ごく自然に腕を組んでくる。 出会った初日に見た彼女の裸身が思い浮かび、慌ててそれを振り払った。) ゼウス: ほら、ここ!いい眺めですよね! (気が付くと、それは海岸線に近い小高い丘だった。オリンポスの町並みが見渡せる。) ゼウス: わたし、山も、海も、この町が持つすべてが大好きなんです。 もちろん、町に住む信民の皆さんも (目を細めながら、沖合からそよぐ潮風を受けるゼウス。 その横顔に胸が少しばかり高鳴ってしまう。) ゼウス: もちろん、ハデスとヘラのこともですよ。 わたしあまり自覚ないですけど、たぶん迷惑かけちゃってるはずなんです。 でも、ふたりとも一緒にいてくれるんです ゼウス: もう、ふたりは友達というより家族かな。 切っても切り離せない関係っていうんでしょうか ゼウス: それで、ですね。人間さんもお友達になったんですから。 わたしの好きなもの、あなたにも好きになってほしいなぁって (もちろん、よろこんでとうなずきかえすと、ゼウスは笑顔で応える。) ゼウス: それじゃ、ここからは小舟に乗り換えて、ちょっと沖のほうまで出て見ましょうか。 気持ちいいんですよ! (背景切換...) ヘラ: ね、ハデス。ゼウス見なかった? ハデス: それが…… ヘラ: 何このメモ。『人間さんとふたりで海に行ってきますゼウス』 ヘラ: ふたりで!?ふたりっきりで!?マンツーマンってこと!? ハデス: 落ち着きなさい、同じことしか言ってないわよ ヘラ: もう人間さんのことは殺すしかない…… ハデス: 物騒なこと言わないの。しょうがないでしょ、ゼウスの意志なんだから ヘラ: そうだけど……どうしてなの、ゼウス…… ハデス: 案内してあげたかったんでしょ。それだけよ。そういう子でしょ、ゼウスは ヘラ: ほんと、誰にでも優しいもんね…… ピュルテ: 戻りましたー!聞いてください、仕事が見つかりましたよ! オーディン: さ、さっそく明日から働くことになりました……! アヌ: もういまから行きたくなさすぎて憂鬱…… ハデス: 仕事?何があったのよ ピュルテ: ゼウスさんが、そろそろ働いたほうがいいんじゃないかって ヘラ: 絶対そんなこと言わないと思うけど ピュルテ: ……。そうですよね、あのゼウスさんですもんね オーディン: で、でも仕事はもう決まっちゃったから……行かないと…… アヌ: いいよ、飛んじゃおうよ ピュルテ: アヌさん、あまりにも発言が社不なんですが アヌ: シャフってなに? オーディン: い、いずれにしても……お世話になりっぱなしというわけにもいかないですし、 ちょっとはお金を入れるようにしますので……! ハデス: そんなこと気にしなくていいのに。まあいいわ、決めてきちゃったんだし アヌ: いまからでも事情を説明すれば間に合うんじゃない? ヘラ: ちなみに何の仕事? ピュルテ: 私は果物屋さんで売り子をすることになりました! オーディン: わ、わたしは……倉庫で梱包作業を…… アヌ: 建物の解体作業の現場なんだよ。はぁ ハデス: 一番やる気のない人が、ハードな仕事についてるわね…… アヌ: 私のμの能力、星を落とすっていうのが評価されちゃったんだ。 ほら、違う世界に来たら弱体化したから、ちょうどいい力加減に…… ハデス: い、いまの揺れは何!? ヘラ: まさか、もう星を落としたの? アヌ: ち、違うよ。 そんな無駄な労力使わないし、それに……いまの私じゃこんな威力も出ないし オーディン: で、では、いまのは……? ピュルテ: 窓の外を見てください!! ハデス: ――っ!?あれは、ガイアのμ……!?でも…… ヘラ: あんなふうに派手に町を壊すだなんて、なんかいままでと違う……? ピュルテ: それに…… ピュルテ: はっきりと感じます。これは似てる力とかじゃなく、ディマイトそのものです……! 25 - 青い海、白い砂浜 ゼウス: 見てください!海ですよ、海!海~っ!! (ぜひオリンポス近くの海を案内したい。 そんなゼウスの申し出を受けて、俺たちは海辺にいた。) (本来はピュルテたちも含めたみんなで来るつもりだったようだが、 いろいろな行き違いがあってふたりきりとなっている。) 人間さん: きれいな海だなぁ……透き通るような青じゃないか ゼウス: 素敵ですよね。見ているだけで心が洗われていくようです ゼウス: あっ、こっちこっち!おすすめのコースなんです (ゼウスがこちらの手を引いて連れてきてくれたのは、見事な眺望が見渡せる道だった。) ゼウス: この前ふらっと来たときに地元のお兄さんに聞いたんですよ。 愛を語る恋人同士がひっきりなしに訪れる、いわばラブスポット! 人間さん: ら、ラブ…… (まだ知り合ってからそれほど時間が経っていないが、ゼウスは元気で明るいが、 そういった色っぽい話題には縁遠いのだと勝手に思い込んでいた。) (しかし、しっかり俺をこんなところに連れて来るなんて。 この後、告白でもされるのだろうか。油断していただけに、思わず気を引き締め直す。) ゼウス: どうしたんですか?なんか緊張してません? 人間さん: い、いや……そんなことないよ ゼウス: あっ、ジューススタンドですよ。ちょっと喉が渇きませんか? 人間さん: そうだな。なんならカラッカラだ…… ゼウス: おばさーん!こんにちは! ジュースおばさん: あら、ゼウスさん。ジュースがほしいの? ゼウス: はいっ、えーとこのトロピカルってやつください。特大サイズで! ジュースおばさん: はいよ。LLってことは、そっちの彼氏と半分こかい 人間さん: (もしかしてストロー2つ挿して、一緒に飲んじゃうアレか!?) ゼウス: ううん、これはわたしの分です。人間さん、どれにします? 人間さん: (違ったのか……) 人間さん: じゃあこの『大人の渋み』っていうのを…… ゼウス: あははっ、人間さんってば大人ぶってるんですか? 渋いイケオジになりたいとか ジュースおばさん: ゼウスさんの彼氏だもの、十分イケメンよねぇ 人間さん: いやあ、ははは…… ゼウス: 彼氏じゃないですよー!友達です、友達! 人間さん: えっ ゼウス: えっ 人間さん: い、いや、そう!友達! (背景切換...) ゼウス: ふう……風が気持ちいいですね。ここ、わたしのお気に入りの場所なんです。 よくハデスとヘラの3人で遊びに来るんですよ 人間さん: 3人はいつも仲がいいよな ゼウス: もうずーっと一緒ですからね。でも、ちっとも飽きたり嫌になったりしなくて新鮮な気持ちっていうか。この先もこんな感じでずっといられたらな、って思います 人間さん: なんか、聞きようによっては恋人に向けた言葉みたいだ ゼウス: え……そ、そんなこと言うものなんですか!? ゼウス: わたし、恋愛とかあんまりわかってないんですよね。 ヘラにもよく、ゼウスは友達が多いわりに恋愛とか無縁だよね、って言われるんです 人間さん: 意外だなぁ ゼウス: そうなんですか!?わたしって恋愛の達人みたいなイメージです!? (慌てて否定する。思わず出てしまった感想は、目の前の彼女自身のイメージではなく、 ゼウスという名前のイメージからだった。) (酔っ払いのシンデレラが仲間にいる時点で、 そんな固定観念は意味がないとわかっているのに、つい頭をよぎってしまった。) ゼウス: も……もしかして、さっきジューススタンドのおばさんが人間さんのこと彼氏って言ってたのも、わたしが思わせぶりな態度をとってたから、とか……? 人間さん: いやいや、そんなことないよ。きっぱり否定してたし ゼウス: ……彼氏かぁ。人間さんがもしわたしの恋人になったら、 どんな感じになるんだろう ゼウス: ちょっと、気になります (じっと見つめられて思わずどきりとする。前言はやや撤回。 行動に起こしていないだけで、俺が知っているゼウスの片鱗はあるのかもしれない。) ゼウス: 人間さんにも選ぶ権利あるのに、 なに勝手なこと言ってるんだって感じですけどね 人間さん: いや、ゼウスは十分に魅力的だと思うけど ゼウス: 本当ですか?わたしが人間さんの恋人になりたいって、 急に言い出してもウェルカムなんですか? 人間さん: いやまあ、段階は必要だと思うけど ゼウス: そっか。友達になったの最近ですからね。 じゃあもっと一緒にたくさん遊びに行きましょう! (それではまるで、恋人になるのがゴールかのように聞こえるが……たぶんゼウスはあまり深く考えていないのだろう。無邪気な笑顔を見ながら、察するのだった。) (背景切換...) ヘラ: ゼウスが……なんで、ふたりで出かけたりするの……っ! ピュルテ: それは私のセリフですよ!お仕事を見つけてきたら、ふたりで海辺デートだなんて! ハデス: これはふたりが帰ってきたら、またひと悶着ありそうね…… 26 - 3人いっしょに ピュルテ: はあ……新しい世界でライバルも少ないだろうから、 その間にぐっと距離を縮めておきたかったのに アヌ: そのライバルは、ピュルテの仲間でもあるんだよね? ピュルテ: そうですよ アヌ: ……なんかこう、抜け駆けして悪いなー、みたいな感じは ピュルテ: え、ないです アヌ: ないんだ…… ピュルテ: だってこの世界に来て人間さんに出会うために私、結構がんばりましたから。 エロースさんの協力があってのものですけど ピュルテ: たとえ仲間でも、人間さん関連のことについては遠慮はしないで、いけるならグイグイいっても恨みっこなし。って、一番遠慮がちな子が言ってましたし ヘラ: そっちの世界の友情、意外と殺伐としてて怖い…… ハデス: 怖くないでしょ。むしろ信頼や友情が強いから、成り立ってるんじゃないかしら ヘラ: 信頼と友情!?じゃ、じゃあ、わたしだって ハデス: ヘラとゼウスが同じ人を好きになる日なんて、永遠に来ないと思うんだけど ヘラ: わたしが既にゼウス大好きだからね オーディン: 前から薄々感じてたけど……ヘラさんの愛情はすごいよね…… ピュルテ: 薄々だったんですか?私から見るともう特濃でしたけど アヌ: ヘラはちょっと特殊だとしても、3人は仲いいよねぇ ヘラ: 長い付き合いだから。 ハデスにはいつも面倒見てもらってありがたいなーって思ってるよ ハデス: という割に、私に甘えすぎなのでは? ヘラ: 適材適所っていうか アヌ: ハデスは何の担当なの? ハデス: 細かいことは大体、私ね。お金の計算とか オーディン: そ、そういえば……お金を使ってるんですよね……。 わたしは信民の皆さんにいつも、いろいろ頂いているのでびっくりして ハデス: 形式上はね。でも別に働いているわけじゃないわ ヘラ: 町の何か所かに『μの箱』が置いてあって、信民がお金を入れていくの。 特に、魔物が襲ってきたり、ガイアのμが暴れたりで撃退するとごそっと入るみたい ピュルテ: 賽銭箱みたいなものでしょうか オーディン: 使い道がいろいろ選べるので便利かもしれませんね…… わ、わたしの世界では、大漁だからとサーモンが山ほど届いたりもして…… ヘラ: ナマモノはヤバいね…… オーディン: あ、ありがたいんですよっ、ほんとにっ。でもどうしても毎日だと…… ピュルテ: アヌさんはどうだったんですか? アヌ: え、わかんない…… アヌ: エンリルとエンキが全部いい感じにしてくれてたから……私は部屋でごろごろしてると、ちょうどいい時間に呼ばれて毎日、いろんな食材の美味しいごはんが…… ピュルテ: クソニートじゃないですか アヌ: ニートの意味はわかんないけどクソってついた時点で絶対悪口だよね……? オーディン: まあ……μとしての力は、自然とわいてくるので、 そのあたりに頓着しなくてもなんとかなりますからね…… ハデス: …… ヘラ: ……? オーディン: えっ……わ、わたし、何か変なこと言いました……!? わ、わ、わたしもクソニートですか……!? アヌ: 『も』って。私のクソニートもまだ確定してないから ヘラ: や、別の世界だからかもしれないけど ハデス: μの力は自然とはわいてこないわよ。これは信民から得られる力だから オーディン: あ、それはもちろん ハデス: 信民がμのことをどれくらい信じているか。それが力の源でしょう? だから私たちはその信頼を裏切ってはいけないの オーディン: え……信頼……? (背景切換...) (オリンポスから遠く離れた、とある洞窟。 そこはこの世界の多くを創り出したμ、ガイアの住まう場所だった。) ガイア: はあ…… テュポーン: ガア、どうしたの。あたま、いたいの? (散歩から帰って来たテュポーンは、ガイアをガアと呼んで心配そうに顔色を窺う。) ガイア: ちょっと調子が悪いだけです。心配いりませんよ テュポーン: テュポ、おくすりつくる?ガア、げんきになって ガイア: おくすり……? テュポーン: ガアがつくるとこ、みておぼえた。みてて! ガイア: あ、いえ……大丈夫ですから…… テュポーン: こんな、どろどろしたやつ ガイア: したやつ、というか泥そのものなんですが、それ テュポーン: ねっとねと!ねっとねと! テュポーン: ガアのまねだよ ガイア: そんな奇声を発した記憶はありませんが、 確かに粘性の高い素材や薬草などを練って丸薬を作ったことはありましたね ガイア: それよりテュポーン。ゼウスと戦ったというのは本当なんですか? テュポーン: うん。なんか、いやなかんじした。なぐった。けんかになった ガイア: 殴ったら、それは当然ケンカになるでしょう ガイア: いいですか、テュポーン。私はちゃんと言いましたよね。 お外に出るのはいいですが、私の許可なく戦闘してはいけないと テュポーン: そうだっけ ガイア: (この子は秘めたるポテンシャルがかなり高くなってしまった…… ゼウスとの小競り合いに出すにはあまりに不適格……) ガイア: (完全に制御できるようになる前にうかつに戦闘すればゼウスが 倒されることはないにしても、周囲に甚大な被害を出してしまいかねない……) テュポーン: はい、ガア。できた。のんで ガイア: ですから、それは泥ですよね テュポーン: しんぱい ガイア: そうですね、本当にちょっと頭が痛くなってきて……少し横になって休みましょうか…… テュポーン: うん……。あ、おみやげある。きれいだよ。げんきでるかな? (テュポーンは持ち帰っていた布袋をひっくり返す。そこからは変わった色の貝殻や、まんまるな石などが転がり出る。その中に、真っ黒な結晶が混じっていた。) ガイア: それは……? テュポーン: うん、きれいでしょ? ガイア: ……っ!あ、頭が……割れるように……!? 27 - 泰然自若 タルタロス: 雨依、ありがとう 雨依: は?何よ唐突に (無口な人というのは往々にして言葉が足りない。 説明不足なのはもちろんだけど、まず主語がなかったりもする。) (私も決して対人コミュニケーションが得意なタイプではないけど、こういう人は苦労するな、と思って見ている。その点、タルタロスは恵まれているのかもしれない。) 信民1: タルタロスさんや、うちで作った煮物食べるかい タルタロス: ありがとう 雨依: ……私への『ありがとう』は何のことよ タルタロス: コンペイトウ?作ったこと。子供たちが喜んでいた 雨依: ああ……そう、よかったわ タルタロス: お父さんは、お菓子職人だったのか 雨依: ん……まあね (タルタロスが私のことに興味を持って聞いてくるなんて珍しい。) タルタロス: 好きなんだな 雨依: 父のこと?そう? タルタロス: 作り方を教えてもらったんだろう。それを、別世界に来た今も覚えている 雨依: ……そうね。覚えてるっていうのは、そういうことなのかも 雨依: 実際、大好きな父だったわ。ケンカもしたことないし、怒られたこともない 雨依: 嫌なことがあるとすれば唯一、私を置いていったことくらい (娘の私から見ても仲睦まじい夫婦だった。父にとって母はすべてだったんだろう。) (根も葉もないうわさで従業員も離れ、店も傾いたけど、どのみち父があの状態では時間の問題だったはず。それくらい、母がいなくなってからの落ち込み方はひどかった。) 雨依: 私がいるのに、ね…… (結局、父の世界に私はいなかった。でなければ、血を流しながらでも立ち上がったはずだし、私を置いて母を追いかけるようなこともなかっただろう。) タルタロス: よかった 雨依: よかった?何が タルタロス: 雨依は、愛されていた。そういう時間があった 雨依: …… (人間界でも、生まれてから一度も親から愛されたことのない子供がいる。この世界にも、やはりそんなことがあるのだろうか。私は聞き返せなかった。) (そんな言葉が出てくる時点でじゃあ、タルタロスは? という疑問が頭をかすめてしまい、うかつなことは言えないと感じたから。) 雨依: ……ねえ、ゼウスは知ってるの? 自分が倒したμの信民が、こうしてアディスに流れてきてること タルタロス: さあ (私の強引な話題転換に疑問を持った様子もなく、タルタロスは首をかしげてみせた。) 雨依: さあって…… タルタロス: 気にしたこともないから 雨依: イライラしないの? タルタロス: なんで? 雨依: だって流れてきた人たちのことはタルタロスが面倒見てるでしょ。 ある意味、押し付けられたようなものよ 雨依: 押し付けるって言い方は信民の人たちに悪いか…… でもさ、しなくていい苦労をしてるわけでしょ 雨依: それに信民たちだってかわいそうだし。 行き場を失って、彷徨って、やっとの思いでここにたどり着いて タルタロス: 信民たちがゼウスをどう思ってるかはわからない。でも私は、あまり気にしたことがない 雨依: あ、そう…… (実際のところ、10日に1度くらいの頻度で多くても十数名、 というのがアディスに流れてくる元信民の規模らしい。 彼らを受け入れたからといって、大きな負担になるわけではない。) (ただ、実際の影響はともかく、感情的にはイラッとするものがある。 でも当事者のタルタロスはこの調子だ。) 雨依: ……でも、タルタロスが正しいのかもね 雨依: 私はすぐ何にでも噛みついちゃうし、イライラしてキレ散らかすの。 それでよかったことなんて何もないのに タルタロス: ………… 雨依: オトギノクニに来てからはディマイトがすごいなんて チヤホヤされてこういう私でいいんだと思ってたけど…… (そうやって肯定されたことが私の心を安らかにしてくれたのも事実だけど。 何をやってもうまくいかなくて死にたかった頃に比べたら、 みんなに必要とされるのは私は存在していいんだと感じられた。) (でも少なくとも、このμの世界に来てからは何もいいことがない。) 雨依: 私も穏やかな心を持ちたい タルタロス: ? 雨依: どうしたら、タルタロスみたいになれるのかな タルタロス: さあ 雨依: だよね 雨依: タルタロスは、怒ることあるの? タルタロス: わからない 雨依: はあ……パラケルススから抑制薬、たくさんもらっておけばよかった (実際には、手持ち以外にももらっていたけど家に置いてきていたので パラケルススが奮発したところで事態は変わってないだろうけど。) 雨依: (こういう感覚も……エルマイトの塊みたいな人間さんには わかってもらえないのかな……) 28 - 迫る脅威 ???: 正しくなくてはいけない…… (彼女の声はいつものように淡々と穏やかなようでいて、どこか苛立ちが滲んでいた。) ???: 美しいものだけを残さなくては…… (思うようにならない苛立ち、うねる大きな流れへの焦り、 そして繰り返されるのではないかという恐れ――) ???: すべてが等しく、争いのない、ただ淡々とした日々が続く。権力、金銭、そして性…… どれも人が求めない穏やかな世界……私はそれを実現しなくては…… ???: 消えてしまう (背景切換...) ガイア: ――っ!? (ガイアが身を起こすと、そこは見慣れた我が家だった。地下洞窟にしつらえた簡素な部屋。彼女はμとして絶大な力を誇りながら、自身に無頓着だった。) ガイア: ……っ、頭痛はおさまったようですが……なんでしょう、この不快感は…… ガイア: 例えるなら、服の中に虫が入り込んできたような感覚…… あるいは靴の中に小さな石が…… ガイア: それに、私は何かしなくてはいけなかったような気がします。 でも思い出せない、頭の中に何か引っかかっているような…… (ふいに扉が開いた。テュポーンが水差しを持って入ってくる。) テュポーン: あっ。ガア、起きたの? (すれすれまで入った水差しを片手にテュポーンが駆け寄ってくる。 一歩進むごとに、中の水はびちゃびちゃと床にこぼれ、 彼女がガイアの傍らに着くころには4分の1ほど減っていた。) テュポーン: おみず ガイア: …… (じっと自分を見つめるガイアを、テュポーンは不安げに見上げる。) テュポーン: どうしたの、ガア。おみず、いらない? ガイア: いえ…… (ガイアは水差しを受け取ると、一息に飲み干した。) テュポーン: おとこまえだ ガイア: 思い出したのです。私がやらなくてはいけないことを (背景切換...) ヘラ: 絶対いや ハデス: そうはいってもヘラ。ゼウスは人間さんとふたりで出かけると決めたのよ。 それを邪魔して、ゼウスはどう思うかしら ヘラ: どうも思わないわよ。みんな来てくれたんですね、わーい!って感じでしょ ピュルテ: それはそんな気がしますね…… ヘラ: でしょ。人間さんは邪魔されて怒り出すかもしれないけど オーディン: そ、そんなこと……ないと…… オーディン: あっ!?う、うぁっ…… アヌ: なに、どうしたの。 過去に人間さんにあんなことやこんなことされたのを思い出した? ピュルテ: 人間さんを変態みたいに言わないでください! ヘラ: 変態だよ。男はみんな変態なの。 早く行かないとゼウスのおっぱいがわたし以外に揉まれちゃう ハデス: 変態度で言えばあなたもいい勝負よ オーディン: た、大変です……っ、あ、あの、わたし、 未来を見通す能力が、あ、あ、あるんです、けど……っ オーディン: こ、この町が……火の、海に……っ ハデス: なんですって? 信民: ハデスさん!ヘラさん!またガイアのμが出ました! オーディン: ……っ!? ハデス: 落ち着いて。 確かにガイアはゼウスの宿敵だし、世界征服を目論むようなやつよ。でも…… ヘラ: 町を火の海って、そんなに外道なことはしないわ オーディン: そう、なんですか……? アヌ: 確かに前回のμのときも、そこまでの悪意はなかったね。 ゼウスたちと戦って勝つのが目的なのかな ハデス: そんなところよ。まあ、だからといって放ってはおけないわ。いくわよ、ヘラ ヘラ: うん、わかった ピュルテ: でも……ゼウスさん不在で大丈夫なんでしょうか…… (背景切換...) ゼウス: 人間さん、今度は水着を持ってきましょうね。わたし、泳ぎも得意なんです 人間さん: (笑顔がまぶしい……) ゼウス: あっ、そうだ。さっき買ったライスボウル食べましょっか。 人間さん、あーん 人間さん: (食べさせてくれる、だと……!? でもたぶん、ゼウスのこの感じ、本当に狙ってなくて無意識にあざといんだな) 人間さん: (そういうタイプで、仲のいい女友だちにふたりも恵まれてるなんて、 ゼウスはツキもあるのかもしれない) ゼウス: なんですか、人間さん。じっと見てきて。もしかして見惚れちゃいました? 人間さん: あーそうかも…… (いろいろ考えていたせいで、彼女への返答がおざなりになってしまう。 が、ちょうどゼウスの問いかけと噛み合ってしまった。) ゼウス: そ、そそそ、そうなんですか?へー、そ、そっか。 わたしに見惚れるとか、そんなことあるんですね。ふ、ふーん 人間さん: あ、いや…… (訂正すべきか、乗っておくべきか、迷ったとき――) 人間さん: うわっ!? ゼウス: いまのは……爆発!? 人間さん: あ、煙が出てる。あれみたいだな ゼウス: あれはオリンポスの町の方……!? ゼウス: ……ごめんなさい、人間さん。急いで戻りましょう 29 - ゼウス登場 ゼウス: はぁっ、はぁっ、煙がひどくなってますね……! (俺とゼウスは海辺からオリンポスの町に向かって、懸命に走り続けていた。) (日頃から走り込みをしていたおかげで、ゼウスに置いて行かれる事態は避けられたが……一体、何が起きているというのだろう。) 人間さん: 考えられるのは魔物の襲撃……でも、ハデスもヘラもいるのにな ゼウス: 数が多すぎるとか、いろんな方向から来たとか……可能性はいくつか考えられます (いくらμとはいっても物理的に数量で押されてしまっては どうしても綻びが出るのは当然か。) ゼウス: とにかく無事でいてくれれば……! わたしが到着すれば、何が相手でも蹴散らせますし! 人間さん: (相変わらずすごい自信だな……実際、強いけど) (背景切換...) ゼウス: やっと着いた……! (煙が出ているのは、もう少し先の区画のようだ。このあたりは見た目には特に被害は出ていない。ただ、町の空気はどこか騒然としていて、非常事態であることを感じさせる。) ゼウス: このあたりは無事みたいですね 信民: ああっ、ゼウスさん!よかった、戻ってきたんだね ゼウス: うん!ハデスとヘラはどこ? 信民: 西地区です。そっちに魔物やμが出てきて…… ゼウス: μが? ゼウス: 妙ですね。ガイアが仕掛けてくるμが魔物と 連れ立って行動するなんて、いままでになかったのに 人間さん: ハデスたちに合流して話を聞いてみるしかないな (背景切換...) 人間さん: この辺りはだいぶ被害が出ているな…… ゼウス: あれは……! (正面に何か黒くうごめくものがあった。目を凝らすとそれは、無数の魔物の群れだとわかる。そこにハデスやピュルテたちが取り囲まれているのが見えた。) (当然、局面ごとでは魔物に後れを取るようなことはないのだが、魔物の数が多く、 そして守るべき信民たちも大勢いるとなると手が回らなくなり、 後手を踏んでしまっているようだ。) (さらに、中心には巨大な魔物が武器らしきものを振り回している。 いや、あれは魔物ではなくもしかすると――) ゼウス: μですね。まさかμが魔物を従えている……? 人間さん: まずいな、なんとかしないと―― ゼウス: まかせてください! (背景切換...) ゼウス: いきますよっ!!やあああぁぁぁっ!! (言うや否やゼウスは猛スピードで突撃する。) ゼウス: わたしの友達に手を出さないでください!! (そのひと振りで数体の魔物があっけなく消滅する。更に返す刀でもう一体。) (そこに戦術など無かった。あるのは、ただただ圧倒的なパワー。 そして友を救いたいという強い意志。) (この局面をどう打開すべきか考えようとしていたが、 ゼウスの戦いぶりを目の当たりにして、そんな考えは不要だったと思い知らされる。) ゼウス: ヘラ!ハデス!無事ですかっ!! ヘラ: ゼウス……!来てくれたんだね! ハデス: 助かったわ。いいタイミングよ ゼウス: よかった、ふたりとも無事ですね!皆さんもお揃いで ゼウス: わたしが来たからにはもう安心ですよ。残りの魔物も一気に蹴散らしてやります! ゼウス: わたし、最強ですから! (背景切換...) (ほどなくして、取り囲んでいた魔物は余すことなく殲滅された。) (中心にいたμはその巨体に似合わない逃げ足の速さで森へと撤退していく。 ゼウスはふうっと息をついて、武器を収める。) ゼウス: 何があったんです? ヘラ: μの出現報告があってから、わたしたち急いで向かったの。 そしたらもう、ばんばん武器をぶん投げてた ハデス: 投げた後、手のひらから同じ武器が出現していたわ。それに投げた武器は直撃後、消滅していた。つまりμの力で生み出されている存在じゃないかしら ゼウス: μが、そんなことを……!? なんだかんだ町はずれにしか来ないから建物に被害なんて出なかったのに ヘラ: それに、わたしたちが到着する前にもう攻撃してたの。 いままでは、威嚇するだけでゼウスが来ないと動かなかったのに ハデス: 極めつきは魔物よ。言葉を発していたわけではないけど、 明らかにμから指示を出していたし、組織的な攻撃をしてきたわ ピュルテ: それは私も感じました。連携というほどすごくはないのですが、 本能だけで襲ってくる魔物とはちょっと違うというか アヌ: 前回のμのような挙動が、これまでの普通だったのなら…… 相手方で何かが変わったのだろうな…… オーディン: でも、未来視のように火の海にまでならなくてよかった…… 人間さん: きっとみんなががんばってくれたから、未来を回避できたんだよ (オーディンにねぎらいの言葉をかけながら、俺は唇を噛んだ。それこそ未来視でも使わなければ予期できない事態とはいえ、ゼウス不在になった一因は俺にもある。) (ゼウスも同じように考えてしまっているかもしれない。 自分を責めないようにと、ふと彼女を気にすると――) ゼウス: ヘラ、怪我をしたんですか!? ヘラ: あ、大丈夫。信民の人の上にガレキが落っこちてきちゃって。 とっさに庇ったらちょっとすりむいちゃった ゼウス: でも、けっこう血が ヘラ: この程度で怪我なんて言ってたら怒られちゃうよ。だって、ほら―― (ヘラの視線の先には負傷した多数の信民たちが、こちらの様子を窺っていた。) (彼らの瞳に、不在だったゼウスを責めるニュアンスは感じられない。 ただ、不安になっているのは明らかだった。) ゼウス: ……追い討ちをかけるまでは必要ないと思いましたが、 そういうことなら逃がさないほうが良かったですね ハデス: あいつを捕まえれば何かわかると? ゼウス: 可能性です ヘラ: うん…… あいつ、見た目の割には足が速かったけど、まだ今なら間に合うんじゃないかな ハデス: 南東の方向、あの森のほうに消えたわね ゼウス: よーし…… (ゼウスはきっ、とハデスが指した方向を睨み、次の瞬間には飛び出していた。) ハデス: ゼウスっ!罠かもしれないわよ! ゼウス: 絶対に捕まえます!じゃないと何もわかりませんから!! ハデス: ああ、もう!仕方ないわ、私たちも行くわよ、ヘラ! ヘラ: わかった! (ハデスとヘラもすぐに後を追う。このまま見送る選択肢はない。) 人間さん: みんな、俺たちも一緒に行こう ピュルテ: もちろんです! オーディン: このままにはできませんからね アヌ: ええ~?本当に~? (背景切換...) ゼウス: 5分ならまだ急げば追いつけるはず……っ! ハデス: ゼウスっ!思ったよりも速かったとはいえ相手は俊足ではないわ。 だから……あまり焦りすぎないで ゼウス: ハデスたちもついてきてくれたの……? ヘラ: 当たり前でしょ。ゼウスとわたしはいつだって一緒だよ ヘラ: それに、もしかしたら待ち伏せされてるかも。 いまのうちにゼウスは、わたしの姿を消しておいてよ ゼウス: そっか、待ち伏せ……。全然そんなこと考えてなかった (ゼウスが足を止め、そして追いついてきたヘラを抱きしめる。) ヘラ: えへへ……あったかい…… ハデス: 抱きしめられたくて立案したんじゃないでしょうね ヘラ: 待ち伏せの可能性は本当にあるってハデスも考えてるでしょ。 じゃなかったら、こうしてもらう前に止めに入るくせに ハデス: その通りよ。でも慎重にね (みるみるうちにヘラの姿が透けていき、目の前から消えてしまう。 それを目の当たりにしていた俺たちは思わず感嘆の声を漏らした。) ピュルテ: すごい能力ですね……普通に戦うだけでも強いのに ヘラ: ゼウスとわたしだけの特別なんだよ。それじゃ先に進むからついてきて アヌ: 見えない人を追いかけるの難しくない? ヘラ: 大丈夫、安全が確認できたらわたしが声をかけ―― (ヘラの声だけが少し遠くなっていったと思った、そのとき。) ヘラ: のわああああぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁ!? ゼウス: ヘラーっ!? (ヘラの叫び声だけが急速に遠ざかっていったのだった。) 30 - ヘラを追って ゼウス: ヘラっ!!どこですか、ヘラっ!! (オリンポスを襲った、謎のμ。ガイアの手先と思われたが、 どうも普段と挙動が違うことからゼウスを先頭に俺たちは追跡を開始した。) (敵の待ち伏せを警戒して、ゼウスの能力で姿を消したヘラが斥候役を買って出てくれたのだが……突然、悲鳴を上げたかと思うと、それきり応答がなくなってしまった。) ピュルテ: まだ、私たちからそう離れていなかったはずです。近くに痕跡があるかもしれません! ハデス: 全員、うかつに動くな!! ピュルテ: !! オーディン: ひっ……! ハデス: 周りにどんな罠が仕掛けられているのかわからないのよ。 二次被害が起きないとも限らない ピュルテ: た、確かに…… ハデス: 特にゼウス!やみくもに突っ込むのはやめて ゼウス: そうですよね。ごめんなさい (口調は少々厳しいが、ハデスの言っていることは正論だ。 姿が見えないことで、ヘラに何が起こったのかすらわかっていない。) (しかし、その迫力にみんな少し萎縮してしまっていたようだった。 ただ唯一アヌだけは平然と普段通りの態度を崩さない。) アヌ: 悲鳴は聞こえた。葉ずれの音も。方向的にわりと正面だったと思うんだよね アヌ: でも枝が大きく揺れたのは見てない。みんなはどう? ゼウス: そう言えば、そんな気がしますね アヌ: 飛び道具が発射される音も聞いてない。となると後はトラバサミだけど、 私たちに応答しないのは変。トラバサミで気絶はしないでしょ アヌ: となると、考えられるのは――あ、ほら (アヌがゆっくり近づいて行った先で地面を指す。 みんなでそこに集まると、大きな穴が口を開けていた。) オーディン: お、落とし穴……! アヌ: やっぱり ゼウス: すごいです!アヌさん、名推理! アヌ: 考えてから行動すると労力を減らせるからね ピュルテ: せっかくの活躍なのに行動理由がちょっと…… ハデス: やるわね、アヌ。それにしても、かなり大きな穴だわ ゼウス: ヘラの体格なら、このまますっぽりですね ピュルテ: でもこの落とし穴、底が見えませんよ オーディン: ほ、本当だ……落とし穴って普通、底に何か武器とかを設置して 敵が落ちるのを待つものだと思ってました 人間さん: 普通はそうだよな。でも、これじゃ落とし穴というよりまるで…… ゼウス: 秘密の抜け穴、ですね。 ヘラは足を滑らせて、そのまま滑り落ちてしまったのかもしれません ゼウス: ハデス、ちょっと照らしてみてくれませんか ハデス: わかった。このくらいかしら (ハデスは杖を振るうと、小さな光の玉が出現した。 オトギノクニの微精霊にも似ているが、さすがに別物のようで意思表示する様子はない。) (その玉はふよふよと穴の入り口を漂う。) ゼウス: 見てください。落とし穴って普通、垂直に続くはずですけど ピュルテ: 斜めに折れている……?まるで滑り台です 人間さん: ということは、ヘラの応答がないのはこの斜面に沿って滑り落ちてしまって…… このあたりには、もういないわけか ゼウス: 追いかけましょう!この穴をゆっくり辿って行けばヘラに追いつけるはずです! いいですよね、ハデス ハデス: ……そうですね。この先にヘラがいるのは間違いなさそうですし、 ここはリスクを承知で行くしかありません ハデス: この穴がどこに通じているのかは分かりませんが…… (背景切換...) (その頃、オトギノクニでは。) (感知された新たな力を調査すべく、ドロシーたちは特異点のある海域に赴き――) (背景切換...) ピエドゥラ: ひいいいぃぃぃ!! (嵐のど真ん中にいた。) ドロシー: これくらいの嵐に私の女子力が負けるもんですか! トーコツ、しっかり舵を握ってなさいよ!やああああぁぁっ!! ダークマター: すごい……この嵐の中なのに、マストに飛び乗っちゃった…… ルビー: う、うぷっ……うごけないぃ……。うごいたら、たぶん、出る…… ピエドゥラ: 何がかは聞かないでおきますね…… トーコツ: 師匠っ、そんなとこよじ登ってなにするつもりなんだ!? ドロシー: この風で帆を張ったままにしたらマストが折れちゃうでしょ! どこに連れて行かれるかわからないし……きゃっ!? ダークマター: ああっ、ドロシー!落ちそう! トーコツ: 片手を残してぶら下がってるぞ!危ないっ…… ドロシー: はあっ! ピエドゥラ: すごい……あの状態からマストに復帰した……! ピエドゥラ: でも何がすごいって、落ちそうになった理由が 風でスカートがめくれそうになったのを抑えたからっていう…… ダークマター: 女しか乗ってない船なのにね…… ドロシー: これでよし、っと ドロシー: ふう……これでマストが折れるっていう最悪の事態は避けられるはずよ トーコツ: さすが師匠! ダークマター: ひぃっ! ピエドゥラ: ま、まだ波が高く……神様、どうかお助けを……! ドロシー: 神様なんて、いるかどうかもわからないものに頼るんじゃないわよ! それよりしっかり捕まって…… 全員: うわあああぁぁぁ…… 31 - 新型μの暴走 ゼウス: ずいぶん深い穴ですね…… オーディン: しかもかなりの急斜面です。 きっとヘラさんは止まれずに、ずっと滑り落ちてしまったでしょうね アヌ: こうしてゆっくり進んでいても、足を滑らせそうだからね ピュルテ: あっ、でも向こうに光が見えます!永遠に続く穴ってわけではなさそうですよ (背景切換...) オーディン: ここは……? (長い穴を抜けると、少し開けた場所に出た。 どことなく全体的に薄暗く、ひんやりとした空気に包まれている。) 人間さん: 穴の出口近くにヘラがいないか、探ってみようか ゼウス: いえ、その必要はないですよ。ヘラは、見えるところにはいません オーディン: え、でも……見えるところって、だって ハデス: ゼウスの姿を消す能力は、対象が離れすぎると効果を失うの。 この穴の長さを考えると、先に滑り落ちたヘラはもう、姿を現しているはずだわ ピュルテ: ということは…… アヌ: 誰かに連れ去られた、かもしれないね オーディン: ええっ……!? アヌ: 普通、本人は元に戻ろうとするはず。 急斜面だし滑りやすいけど、絶対に登れないような穴じゃなかった ピュルテ: そんな……!じゃあ、例のあのμに? ゼウス: どうしてμがこんなことするんでしょう ハデス: ――っ!ゼウス! ゼウス: !! (戸惑う俺たちの目の前に巨大な影がゆっくりと近づいてくる。その体躯ゆえか、それとも自信の表れか、隠れて近づこうというつもりはまったくないようだ。) ???: …… ゼウス: さっきのμです! ハデス: ……いえ、ちょっと微妙に違う気がするわ ゼウス: えっ、じゃあこいつは……? ???: …… (全員が武器を構える。) 人間さん: でも倒せるのか……?さっきのやつと見た目が似ているからって 強さも同じ程度とは限らないし……しかもヘラはいないんだぞ ゼウス: 人間さんってば、わたしは強いって知ってるじゃないですか 人間さん: (ただ、さっきのやつも……まだまだ戦う余力はありそうだった。 落ち着いていて、倒される恐怖から逃げ出したようには見えなかったし、 もし戦略的撤退だとすると、ここで挟み撃ちにされる可能性も……) (俺は背後を気にするが、もう一体現れる様子はない。 と、そこで目の前のμが動きを見せた。) ???: 今週ノ…… ピュルテ: 喋った!? アヌ: 前回のμも喋ってたもんねぇ ???: コココ今週 オーディン: で、でも……様子がおかしいですよ……? ???: コン、コンシュ、シュ (首をかくかくと震わせながら片言の言葉を、 壊れたラジオのように繰り返していたμは、ぴたりと動きを止めた。) テュポーン: ブロンテス、がんばって ハデス: あ、あれは! (ふいに聞こえた声に視線を移せば、ブロンテスと呼ばれた巨体のμの足元に、 小柄な少女が立っていた。その姿には、俺も見覚えがある。テュポーンだ。) 人間さん: 前に襲って来た、あのμか! ピュルテ: あのときの……!この人も関係していたんですね! テュポーン: もうちょっと。いえるかな、ブロンテス ブロンテス: 今週ノ、マモノォ……! ゼウス: !? (周囲から無数の魔物が突如として出現した。 そして、魔物たちからは覚えのある気配が漂っていた。) 人間さん: ピュルテ、この魔物…… ピュルテ: ええ、ディマイトをまとっています!そんなバカな、どうして……!? (エルマイトが存在せず、μは別の力を使役している。 当然、対となるディマイトも存在しないはずだ。) テュポーン: よくできました。もっとだせる? ブロンテス: 今週ノ、マ、モノォ……ッ! ゼウス: 数がさらに増えた!? ハデス: 気を付けて。普通の魔物じゃないみたいよ ゼウス: ふふん、わたしを誰だと思ってるんですか?こんなの一瞬ですよ テュポーン: じゃあブロンテス、いこ。テュポについてきて アヌ: む……あいつらはまた逃げるつもりみたいだよ オーディン: 早く魔物を討伐して、後を追いかけましょう……! テュポーン: あっ、そうだ (ブロンテスを先導する形になっていた彼女はぴたりと足を止め、 そしてこちらをちらりと見る。) テュポーン: ブロンテス、はやくいこ。アディスににげよう ハデス: アディス……? (今度こそμたちは背を向け立ち去っていく。しかし、いつまでも その背中を見送っているわけにはいかない。次々と魔物が襲い掛かってくる。) ゼウス: まかせてください!やあああぁぁぁっ!! 32 - 善悪の彼岸 フェルディナ: え……こ、ここ? シャルロッテ: 山小屋にしか見えませんけど…… カロラ: 隠れ住んでたんだから、こんなもんだろ フェルディナ: それにしたって、オトギノクニにおける 歴史の1ページを動かした作家が住んでいたとは…… カロラ: あたしやレオナと同じ、物語を持たない実用系の作家だからな。もともと裕福じゃなかったとは聞いてるし、こういう暮らしも別に苦じゃなかったんじゃないか? カロラ: むしろ、引っ張り上げられてチヤホヤされてたときの方が、 居心地悪かったかもしれないぞ フェルディナ: そういうものなのかしら シャルロッテ: みんながみんな、フェル姉さまみたいに承認欲求の塊ではありませんのよ フェルディナ: わ、私のことは今いいでしょ!! (背景切換...) フェルディナ: 思ったよりきれいね。もっとこう、かび臭かったりするのかと思ったわ シャルロッテ: もう誰も住んでいないとは思えませんわね カロラ: さて……何か痕跡が残ってるといいんだけどな フェルディナ: 祈るしかないわね。でも、名前も出せずに調査してきて、 元住居までたどりついたんだもの。私たちならなんとかなるでしょ シャルロッテ: ほとんどカロラ姉さまの頭脳に頼り切りだったのに…… フェルディナ: それはシャルも同じでしょ シャルロッテ: 私はイキってませんもの カロラ: うるせーな、手を動かせ、手を おばあさん: あら、誰かいると思ったら フェルディナ: ひっ!? カロラ: なんだ、ばーちゃん。まさかここに住んでたのか?悪い、空き家だと思ったんだ おばあさん: 空き家よ。ただちょっとね、定期的に掃除だけしてるの シャルロッテ: どういうことですの? おばあさん: ここに住んでた人……エリーザベトっていうんだけど、とっても優しくしてくれて、 いろいろ物知りで……何度も助けられたわ おばあさん: ちょっと精神的に不安定だったけどね フェルディナ: ……エリーザベト? カロラ: 偽名だろ。頭使えよ フェルディナ: ぐっ…… おばあさん: いつか帰ってくるんじゃないか、なんてね。きっと可能性は限りなくゼロだけど、 そのときのために掃除してるの。まあ、自己満足よ シャルロッテ: おばあさん…… カロラ: なあ、何か置いていったものがあるか知らないか? おばあさん: 書斎にいろいろ置いてあるわよ。私は手をつけてないけど…… いいんじゃないかしら、本人が置いていったんだから勝手に触っても (背景切換...) フェルディナ: こんな山小屋みたいな建物なのに、立派な書斎ね カロラ: 腐っても作家だからな。書斎だけはちゃんとしたかったんだろ シャルロッテ: じゃあ、また調べてみましょうか フェルディナ: …… シャルロッテ: …… カロラ: …… フェルディナ: ……ねえ、これ カロラ: お、封筒か シャルロッテ: 黒い封筒なんて、なんだか不吉な……って、え、違いますわ。 これ、びっしりと文字が書いてあるのですわ!? カロラ: 誰かさんを彷彿とさせるな フェルディナ: 私ってこんなに病んでた?やめてよ、黒歴史なんだから シャルロッテ: 黒い封筒だけに? フェルディナ: 殴るわよ シャルロッテ: 最低ですわ フェルディナ: 『ごめんなさい』か……こんなにびっしり書くほど、誰に謝ってるのかしら フェルディナ: あ……中の手紙は普通っぽいわね カロラ: あたしにも見せろって (触れてはいけないものがある。明らかにすべきでないものがある。 私はそんなことにも思い当たらず事実を突き止めてしまった。) (イマジュマイトには二種類ある。そんな事実を発見したのは些細な偶然だった。 論文を発表したが誰も見向きもせず、私もそれに悲観しなかった。) (その程度の発見、そう思っていた。だが、彼女は違った。 私の発見を称賛し、研究費を集め、更に考察を深めるよう言った。) (それからの日々は、イマジュマイトにすべて支配された。そう、初めて当たるスポットライトに私は酔いしれてしまったのだ。大きな罪の始まりであるとも知らずに。) フェルディナ: この彼女って…… カロラ: ……。……おそらく、ライブラだろうな (もしこれが三種類だったら、話はきっと変わっていただろう。 2という数字は不吉なものだ。人はみな、善と悪に区別しようとしてしまうのだから。) (善悪の彼岸を語った私が――この世界を善悪の二極に巻き込んでしまうとは皮肉だ。) (この罪を背負い続け、私は旅をしていこうと思う。贖罪の旅だ。 いつ終わるともわからない、いや永遠に続くであろう旅路につくのだ。) (赦されはしないだろう。この世界を変えてしまったのは私の手なのだ。 それでも留まれば、私は自我を保てない。だから、旅に出る。) フェルディナ: 最後に、善良なる隣人に感謝を記して。……フリードリーケ・ニーチェ 33 - アディスという場所 ゼウス: そんなに速く移動できそうにはなかったですけど…… さすがに時間稼ぎをしっかりされてしまいましたね…… (ブロンテス、そしてテュポーンのふたりを追いかけて、 俺たちは彼らが去った方向へ走り続けていた。) (しかし、その姿は見当たらない。取り囲んだ魔物には苦戦こそしなかったものの、 その数に押されてそれなりに時間を使ってしまったのだった。) ピュルテ: 微弱なディマイトはまだ感じられます。こっちです! オーディン: この状況だと、ピュルテさんの感知能力にとても助けられますね アヌ: しらみつぶしに調べるわけにはいかないもんねぇ。やってられない ハデス: …… ゼウス: でもどうして、さっきの魔物は異世界の力……ディマイトなんて持っていたんでしょう ピュルテ: 私がこの世界に来たことで変な影響が出てるとか……? アヌ: それは気にし過ぎじゃないかな?人間さんなんかもっと前からいるんだし 人間さん: ディマイトのこともだけど、ここがどこかも問題だよな。 ……ハデスは何か知ってるんじゃないのか? ハデス: えっ!? 人間さん: なんとなく ハデス: あ……その、もしかしたら、なんだけど ゼウス: 心当たりがあるんですか? ハデス: ……ここは、アディスなのではないかと ピュルテ: アディス……? ハデス: この世界のどこかにあるとされる監獄です。 死者の住まう冥界のさらに下、一度入れば抜け出せないとも ゼウス: へえ……そう言われると聞いたことがあるかも…… ゼウス: って、抜け出せない!?入っちゃいましたよわたしたち! オーディン: たっ、大変です……! アヌ: まあジタバタしたって仕方ないよ。ダメそうならここで暮らせばいいんじゃないの? ピュルテ: 達観しているようで、ただ面倒になってるだけですよね ピュルテ: それにしても監獄……。ヘラさんもそこに捕らわれているということでしょうか ハデス: そうだとして、相手の狙いはいったい何なのかしら…… (背景切換...) ヘラ: ……っ?ここ、は…… (意識を取り戻したヘラは、周囲をさっと見回した。見覚えはまったくない。) ヘラ: なにこれ……えっと、わたしどうなって…… (記憶を辿っていくうちに、ようやく自分が落とし穴にはまったことも思い出していく。 そのまま穴の底へ向けて滑落して、それで――) ヘラ: そこから記憶が無いわね。下まで降りたところで捕まったのかな。それにしても…… (ヘラは自分の四肢を見つめる。 そこからは細い糸のような魔力が絡みついていて、牢屋の扉へと続いていた。) ヘラ: 封印かぁ。時間かければ破れる程度のものみたいだけど。 きっとゼウスが心配してるし、ここはがんばってやるかな ヘラ: それにしても、ここはどこなんだろ (鉄格子のはまった小さな明かり取りの窓を覗き、外の様子を窺う。 静かな森のど真ん中で、人の気配は一切なかった。) (背景切換...) ドロシー: んん……?あれ、私……どうなって…… (意識を取り戻したドロシーは、ゆっくりと身体を起こす。 顔についた砂を無造作に払い落とし、周囲を見回した。) ドロシー: 砂浜……そうだわ、私たちは船で嵐に巻き込まれて ドロシー: ルビー、ピエドゥラ、トーコツ、ダークマター……みんな無事ね。 ん?みんないる……? (並んで倒れている自分の仲間の顔を確かめ胸をなでおろしたが、 視界の端で燃える焚き火に注意を向ける。) ドロシー: みんな倒れているなら、誰がこの焚き火を…… ???: 気が付いたか (背後からかけられた声にドロシーが振り向くと、そこには精霊の姿があった。) ドロシー: あなた、確かトリアイナとかいう トリアイナ: その通り。私のご主人、ポセイドンが愛用する武器の精霊 ドロシー: 助けてくれたのね。ありがとう トリアイナ: 礼には及ばない。船はあちらに繋いであるから、気になるなら後で見ておくといい トリアイナ: しかし昨晩の嵐はかなりひどかった。よくあんな天候で海に出たな。 あまり海を侮らないほうがいいぞ ドロシー: 侮ったつもりはなかったんだけど……この結果じゃ何も言えないわね。 なんでも女子力で解決できると思っていた私の驕りだわ トリアイナ: 驕りというか、女子力ってそもそも、そういうものではないような ピエドゥラ: はぅあ!! ドロシー: ああ、ピエドゥラも目が覚めたのね。 よかったわ。ここにいるトリアイナのおかげで、全員無事よ ピエドゥラ: よ、よかった……いますごい悪夢を見てました…… トリアイナ: 私は打ち上げられたあなたたちを介抱しただけだ。 ここまで運んできてくれたのは海の守り神と言えるだろう ピエドゥラ: ううっ、神様ありがとう……! ドロシー: 神様、ね 34 - ラームスとの境界線 ルビー: よかったね、船はなんとか動かせそう トーコツ: ちょっと修理が必要だけどな ダークマター: ちょっと、ですか……?これ…… トリアイナ: 大破はしていないからな。中破、といったところか。 この島にも資材の備蓄はあるから使ってもらって構わない ピエドゥラ: ええっ、いいんですか!?通りすがりの私たちの船に使わせていただいても トリアイナ: 私はこの海の安寧を守るようにご主人から言われている。 難破した船の救援も、もちろん含まれている トーコツ: 気前がいいな。じゃあ遠慮なく使わせてもらうか トリアイナ: ところで、あんな大荒れの海に出てまで、どこに行こうとしていたんだ? もし目的地があるなら、先に私の船で送り届けてもいいが ドロシー: あっ!そうだったわ!船の中に例の装置をおいたままよね ダークマター: それならさっき、見つけたけど……これ…… ピエドゥラ: 潮水でびっちゃびちゃですね トーコツ: そりゃ当然そうなるよな ドロシー: ちゃんと動くのかしら。機械って大抵、水につけるとだめって聞くんだけど ピエドゥラ: とりあえず風魔法で乾かしますね。しっかり持っていてください ドロシー: はい、トーコツ トーコツ: 師匠が持つんじゃないのか。まあ、どっちでもいいけど ドロシー: だって風魔法をまともに受けると髪が傷みそうだし ダークマター: ごくまれに本当に女子力らしき何かを発揮するのやめて…… トーコツ: ひどいぞ師匠!それじゃあたしの髪がどうなっても ピエドゥラ: てええええい!! トーコツ: のわああああぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁ! ルビー: トーコツが吹っ飛ばされたけど ピエドゥラ: ちなみに私も師匠へのリスペクトを込めて三つ編みに ドロシー: ふーん ピエドゥラ: ヘアオイルも同じものを使ってるんです ドロシー: へー ルビー: 1ミリくらい興味持ってあげよう? トーコツ: はぁ、はぁ、ピエドゥラこのやろう、手加減しろよ! ピエドゥラ: 師匠ならあれくらい余裕なのに トーコツ: ぐぬぬ ルビー: ドロシーちゃんにあんな仕打ちされても平気な顔してる。 おっぱい魔女も、なかなか心が鍛えられてるね ドロシー: それでどう?動きそう? ピエドゥラ: 一応、反応はしていますね ルビー: わりと近いよ? トーコツ: ちゃんとした場所を指し示してるのかはわかんないけどな トリアイナ: その装置は、いったい何だ? ドロシー: エルマイトでも、ディマイトでもない特殊なエネルギー……それを感知するための装置よ トリアイナ: ほう…… ドロシー: 私たちはその正体を確かめるために、ここまで来たの。 そうだ、トリアイナ。何か心当たりはない?この海のことなら、詳しいでしょ? トリアイナ: そうだな……。ところで、その正体を確かめた後はどうするつもりだ? ドロシー: それは相手次第よ。場合によっては トリアイナ: よっては? ドロシー: 殴るわ (背景切換...) トリル: では次の議案に移りますね~ シンデレラ: はぁい シェイクスピア: ゲーテの淡々とした進行に慣れきってたけど、これはこれで癒しねぇ ヴィルヘルミナ: 悲劇の探究者が癒しとか求めてるわけ? シェイクスピア: 積極的に求めはしないけど、癒しを感じる感性くらいはあるわ フアナ: 可愛い女の子がにこにこしながら議事進行してくれるって、幸せなのは間違いないでしょ ラヴクラフト: おっぱいも大きいし。今度、先っぽしか隠せないどちゃくそエロい制服を開発しない? フック: 作るのは自由ですが、着るのも自由かと ラヴクラフト: トリルなら話の持っていき方次第で着るはず ジョカ: 確かに着そうだから心配だな…… トリル: 私ってそんなに頼りないですか? クラース: はいはい、脱線しない。ほらシェイクスピア、あなたの研究報告でしょ ジャコヴァ: では聞かせてもらおうか シェイクスピア: 新型エネルギーの特異点については現在、ドロシー委員が調査中。 よって現在の研究は、主に『ラームス』と呼ばれる世界との境界線…… シェイクスピア: サーベイなる存在が複数、オトギノクニ内で確認されている以上、 恒常的に出入り可能な境界が存在するはずよ ジャコヴァ: 向こうから来た、サーベイではないまともな連中はどうしてる ヴィルヘルミナ: アリス・ミルズ特務機関員が保護を担当しているわ。ミルズ、証言台に アリス・ミルズ: はい。特に異変は起きていません。 ただ当人たちへの聞き取りの結果、転移の瞬間は記憶がないようです フアナ: それじゃあ、どこから、どうやって来たのかは、分からずじまいだね アリス・ミルズ: ただし、気になる点があります 35 - 過去の経路 アリス・ミルズ: ラームスから来た面々には共通して記憶の改変が見られました ジャコヴァ: ふむ……? ヴィルヘルミナ: 詳しく聞かせて アリス・ミルズ: 私たちで言うところの創造期……彼女たちの生い立ちや過去について 記憶が書き換えられていた、という証言を得ています アリス・ミルズ: いずれも、このオトギノクニに来て人間さん殿に出会って以降、 本来の記憶がよみがえるという現象が起きたようです シンデレラ: それ、どっちが正かはわからないんじゃない?もちろん意図してはいないだろうけど、 人間さんの影響で違う記憶が植え付けられた可能性もあるでしょ? アリス・ミルズ: もちろん、それは否めません。ただ彼女たちの認識は、現在の記憶が正であり、 何らかの理由で別の記憶で上書きされていた、というもので一致しています フック: 何かの事故で別の記憶を植え付けられたにしても、 認識が全員一致するのは確かに不可解ですね フアナ: それに、新たに植え付けるなら古いものは消去したほうが都合がいいはず。 いま、両方持ってるのは不自然だよね エミリー: エルマイトが強すぎて、無自覚に事故っちゃってるならそういうこともあるのかなぁ? ラヴクラフト: だとしたらさぁ、ラームスにいた頃は本来の記憶を封印されて、 別の記憶に差し代わってたわけでしょ?それはなんでだろ? ラヴクラフト: あたしはときどき、ぜーんぶ忘れちゃって初めて♡のときのドキドキを 思い出したいって思うことはあるけど トリル: は、初めて…… ジョカ: みんながさっきもてはやした清純派女子がむっつりに進化してるぞ トリル: そ、そんなんじゃないですっ フアナ: どんな記憶だったか、聞いてる? アリス・ミルズ: まだ、そこまで詳しくは。 ただ、現状で聞く限り、本来の過去はあまり良い思い出ではなさそうですが…… ラヴクラフト: あんまり話したくないよねぇ。あたしも期待してた絶倫メンズが 途中でダメになったことは、いま思い出しても傷つくからやだもん エミリー: ラヴクラフトは下ネタ以外にないのぉ?まあちょっと共感するけど フック: なんとか詳しく聞いて傾向を見出したいですね。 全員が書き換えられているからには、何者かの何らかの意図があるはず シンデレラ: それなら適任がいるわ。誰とでも仲良くなれて、気持ちに寄り添える、 コミュニケーション能力の高い友達がいるの フック: ははぁ……なるほど ジャコヴァ: ん、任せる シンデレラ: わかった、連絡しておくわ ヴィルヘルミナ: 境界線の件は引き続き研究を進めてちょうだい シェイクスピア: ええ。ただ……いまの時点でも少し気になっていることがあるの ジャコヴァ: 言ってみろ シェイクスピア: かつての旧GR2計画で、大量のディマイトを送信する遠隔装置を 私が各地に設置したことは覚えているわね? ヴィルヘルミナ: 本来はレグルス教国の地下『リブロ・リベル・クロノス』に送られるはずが 『ルンペル』に注ぎ込まれてしまって暴走を招いた件ね ジャコヴァ: 忌々しい ヴィルヘルミナ: それがどうしたっていうの シェイクスピア: ラームスが出現したと言われる地点……この2ヵ所に見覚えがあったわ フアナ: まさか…… シェイクスピア: いずれも装置の設置地点から徒歩20分圏内よ シンデレラ: じゃあディマイトの影響でラームスへの入り口が開いたってこと? シェイクスピア: そこじゃないわ。実はもうひとつ共通点があるの。 いくつか装置はあるけど、そのうちの何ヵ所かだけ…… シェイクスピア: 『グリゼリディス』の航行記録と重なる ヴィルヘルミナ: なんですって!? ジャコヴァ: うんうん クラース: グリ、なんですって? フック: 飛空艇『グリゼリディス』号…… ディマイトエンジンを8機も積んだ、ペロー専用の超弩級戦艦ですよ シンデレラ: ペロー、ですって……? フアナ: 確かにあたしも見たよ。ヴェルザーム絡みだったんだけど、 装置にいるペローの姿を……フェルディナとシャルも一緒だった エミリー: でもあのときは、その装置で悪いこと考えてたんだし、 ペローが立ち寄るのは普通なんじゃないのぉ? シェイクスピア: もちろん、その通りよ。でも装置をすべて回っているわけではないの。 複数ある装置の何ヵ所かだけを回っている。そしてラームスの発生地点と重なる…… シェイクスピア: ラームスに至っては、たったの2ヵ所。偶然の可能性も高いわ。 でも……出てくる名前がペローとなれば ジャコヴァ: 調査しておくべき、か シェイクスピア: できればペローに少しでも関連のある者をメンバーに ジャコヴァ: ……ヴィル ヴィルヘルミナ: シェイクスピア委員の報告を踏まえ、提案するわ。本件、装置とペロー双方に関わった経験のあるフアナ委員を担当とし、調査メンバー一切を委任する。ではトリル、採決を トリル: はいっ フアナ: ……え?あたし? 36 - ハデスの心 ピュルテ: 確実に近づいていますね。向こうの動きは止まったみたいです ゼウス: そこが敵の拠点、ということなんでしょうね!よーし、待っててくださいね、ヘラ! ハデス: うかつに飛び込まないでよ。ヘラもそれで失敗してるんだから ゼウス: わかってますって! オーディン: ま、まあ、一刻も早く助け出したいわけですし……ね? ピュルテ: そ、そうそう。意気込みは大事ですし。行動に移す前に慎重になれば、ですよね ハデス: …… 人間さん: (ん……?) アヌ: ねえねえ、ちょっと休憩しない~?ちょっとでいいから。ねー? ピュルテ: またですか、アヌさん ゼウス: まあ動きが止まったみたいですし、慌てなくてもいいんじゃないですか? わたしも小腹がすいちゃいましたし! (背景切換...) ゼウス: このままのペースだと、どれくらいで着きそうですか? ピュルテ: そうですねぇ…… ハデス: …… 人間さん: (ハデス……) (背景切換...) リル: ヴェル殿は大丈夫だろうか…… ティンカー・ベル: お医者の話では、もうそろそろ目が覚める頃だって。信じて待つしかないよね リル: エルマイトの点滴などよりも、人間さん殿がいれば一発で目が覚めるのだろうが ティンカー・ベル: ま、いないんだから言っても仕方ないでしょ。 でもこれ毎回になるのも困るから、ピュルテがいい方法を見つけてきてくれないかなぁ シャペロン: 交代でお世話するの、手伝ってもらえて助かってるよ。 ヴェルは本当にいい友達を持ったね ティンカー・ベル: いやいや、こういうときこそ助け合いだから リル: ああ。当然のことだ。感謝するようなことでもない ティンカー・ベル: いまはエミリーも姐さんも議会?に呼ばれて忙しいし、 三つ編みは出張だし、ピュルテは異世界だし クレア: 私たちはニートで暇だからね リル: ニートっていうな! ティンカー・ベル: 自由度が高いだけだから! クレア: 図星をつかれて怒ってる。ちなみに私もニートだよ リル: ……というかクレア殿。ヴェル殿についていたのでは?交代の時間だったか? クレア: ううん。ヴェルが起きたから シャペロン: 本当かい!? ティンカー・ベル: それを早く言えーっ!! (背景切換...) ハデス: はあ…… (輪から外れて、森の中にたたずむハデスの姿を見つけ、俺はそっと隣に歩み寄った。) 人間さん: ゼウスはわかってくれてる。それはハデスも承知なんだろ? ハデス: ――っ!? (ハデスほどのμが俺が近づいたことにも気づいていないようだった。 彼女は動揺を一瞬顔に見せたあと、静かに俯いた。) ハデス: そうだと信じているわ (少し前からハデスの表情がどこか浮かないことに、なんとなく気づいてはいた。 しばらく観察して、俺はひとつの推論を立てていたのだが……。) 人間さん: 確かにちょっとキツく聞こえる言い方だったとは思うけど、 ゼウスとはもう長い付き合いなんだし (ヘラの姿が見えなくなった瞬間、うかつに動こうとしたその場の全員を厳しく注意したハデス。的確な判断だったと思うが、直後から様子がおかしかったのだ。) (それ以降も観察していたら、ゼウスが勇み足を踏みそうになるたび ハデスがそれをたしなめ、そしてひっそりと表情を曇らせる…… といったことが繰り返されているように感じていた。) ハデス: もちろん、私のああいう言い方はいまに始まったことではないわ (どうやら、推論はほぼ当たっていたようだ。 ハデスは顔を俯けたまま、ぽつりとこぼした。) ハデス: だからゼウスもわかってくれている……そうだと信じたい、 けど……本当のところはわからない ハデス: ヘラに対してもそう。ふたりは自由だから、 つい私が口うるさくあれこれ指示したり注意する役割になってしまう ハデス: あっ、違うのよ。ふたりのせいだって言いたいんじゃないの。 そもそも、私の生来の性格だから…… 人間さん: さっきくらい厳しい言い方も、ゼウスの反応からすると珍しいわけじゃなさそうだ ハデス: ……他の人たちはびっくりしてたわよね。当然だわ。あんな、強い言い方をしたら…… 人間さん: 確かに驚いただろうし、ピュルテとオーディンは態度も少し変だけど、 でもそれは、まだゼウスとハデスの関係がよくわからないからだし、 どちらかというとゼウスに気を使ってるんだよ 人間さん: ハデスは、そのままでいいと思う。少なくともゼウスとヘラから直接何か言われるまでは ハデス: 人間さん…… 人間さん: えっ (ハデスはふいに、こちらの胸に顔を埋める。予想しなかった行動に、俺の声は上ずった。) ハデス: 私……嫌われたくないんです……ふたりとも大事だから……っ ハデス: 私だって本当は、ヘラのために一刻も早くって思ってます……! けどっ、やっぱりいろいろ考えてしまう……そういう性分で…… 人間さん: う、うん……わかってると思うよ、ふたりとも。ハデスは口調は厳しいけど、 理不尽なことじゃない。俺でさえわかるんだ、ふたりがわからないはずないよ ハデス: そうだと思います。信じていないわけでもないんです。 でも時々、無性にこうして不安になってしまって 人間さん: 仕方ないことだよ。 不安を吐き出す場所が必要で、俺にそれが務まるなら喜んで引き受けるし ハデス: ありがとうございます……人間さん…… 37 - ヴェルメリオの目覚め ヴェルメリオ: ……みんな、心配かけたみたいでごめんね ティンカー・ベル: ずきーん!!よかったぁー! ヴェルメリオ: ……うぷっ、急に抱き着いたら苦しいよ ティンカー・ベル: だってだって!大丈夫だとは聞いてたけどさ、実際に起きるまでは不安じゃん カプーズ: ヴェルちゃんが復活してくれたおかげで、私たちもまた実体化できたみたいね パイプル: ヴェル姉がいないと、うちら精霊でもなんでもないからね クレア: そういう感じなんだ…… リル: なんにしても、無事でよかった。気分はどうだ? ヴェルメリオ: ……うん。特になんともないよ クレア: でも、ちょっと元気ないね ティンカー・ベル: 当たり前でしょ。さっきまで昏睡してた人が、 目が覚めた瞬間に元気MAXフルパワーもりもり大作戦!にはならないって ヴェルメリオ: ……精神的なもの、かな ティンカー・ベル: え、なんかあったの!? シャペロン: 人間さんのことかい ヴェルメリオ: ……最後まで一緒にいられなかった、から リル: うむ……戻って来たのには、何か事情があるんだな ヴェルメリオ: ……どうしても期間の限度はあるみたい。人間さんは別っぽいけど ティンカー・ベル: オトギノクニの住人になったとはいっても、元は人間界から来てるしなんか特殊なのかな クレア: とりあえずごはん食べる?ずっと寝てたからお腹すくよね シャペロン: いきなり固形物を入れると胃がおかしくなるからね。 最初はおかゆにしとこうね。あたしが作ってあげるから フアナ: あっ ティンカー・ベル: ん?あれ、フアナじゃん。ちょうどいま、ずきんが起きたとこだよ フアナ: ちょうどよかった!相談したいことがあるんだ リル: フアナ殿、少し待ってほしい。ヴェル殿は本当にたったいま起きたんだ フアナ: あ、うん。ヴェルはまだ休んでいてもらって大丈夫なんだ。 あたしが用事あるのは、ほかのふたりで ティンカー・ベル: ……どのふたり? (背景切換...) 雨依: はあ…… (大鍋から沸き上がる湯気を浴びながら、私はひたすらヘラでかき回していた。 横から子どもがひとり、ひょいっと覗き込む。) 雨依: 危ないって。火傷するよ 子ども: これ、こんぺいとう!?いっぱい作ってるの? 雨依: 見ればわかるでしょ。芋を煮てるのよ (口に出した後で、嘆息する。見ればわかる、なんて言わなくていい。 笑顔でお芋だよと言えばいいのに、私はそれができない。) 子ども: いもかー! (でも、子どもは何も気にした様子もなく笑顔で私を見上げる。傷つけてしまわなかった、という事実に安堵する。同時に、そんなことを気にしている自分に辟易する。) 雨依: (そういえば……) (子どもの面倒を見る担当になって久しい。 十数人の子どもを相手にするのはなかなか忙しかった。) (日没後は解放されるけど、この集落を少しでも離れれば漆黒の闇。 うかつに出歩けない環境ではある。) 雨依: (っていう言い訳はあるんだけど…… 結晶体をばらまくの、もうだいぶ長いことサボってる気がする) 雨依: (けど、あの声は何も言ってこないな……) (1日、ちょっとダラダラしただけでせっついてきたくせに。 もしかして見放されたのだろうか。) 雨依: それはそれでいいか…… 子ども: 何が? 雨依: ううん、なんでも―― (言いかけたとき、甲高い悲鳴が響いた。) 雨依: 何……? タルタロス: 魔物 (建物の中で穀物の袋詰めをしていたはずのタルタロスが飛び出してくる。 その表情は険しい。) 雨依: そう言えば、アディスに来てから魔物を見かけてない気がする タルタロス: ここまで来る前に倒してた 雨依: そうだったの……。気が付かないうちに入り込んだってわけね。いいわ、手伝うわよ タルタロス: いい 雨依: タルタロスは知らないだろうけど、私はけっこう戦えるのよ。 ちょっとした魔物くらいなら一瞬で―― タルタロス: 知ってる。でも、いい 雨依: 知ってる……!? (私が問い返す頃には、タルタロスは悲鳴の聞こえたほうへと飛び出していった。) 雨依: ちょっと……たぶん強いんだろうけど、 ひとりじゃ数をさばくのに限界あるでしょ。もう…… (言っているそばから、茂みから魔物が数体、姿を現す。 この程度なら、自分の魔物を召喚するまでもない。 指を噛み続けるうちに、徐々に私は自分の力を使えるようになり始めていた。) 雨依: (それに……) 子ども: こわいよ、ういちゃん 雨依: (子どもたちの前で、魔物召喚なんてしたくないし……) (私は、ひとりで練習してきた感覚を思い出しながら、手のひらに意識を集中させる。 黒いオーラが集まり始めた。) 雨依: (別に実戦だって初めてじゃない。 ひとりでうろついていて襲われたことも一度や二度じゃないんだから) (でも、自分の身を守るのと、誰かを守るのでは緊張の度合いが違う。 そんなことに私は初めて気づいた。) 雨依: 消えて……! (私の手のひらから高速で飛んで行った黒い塊は、魔物を消し飛ばした。) 38 - 行き違い ゼウス: ねえ、ハデス。今度はもう突撃していいですよね? ハデス: また、ゼウスは……慎重に行動しなさいと言っているのに ゼウス: 慎重だから、事前にハデスに意見を聞いてるんですよ。 ヘラを絶対に助けなきゃいけないんですから ハデス: ……なるほど ゼウス: 今度こそ逃がすわけにはいきません ゼウス: なので、敵拠点を見つけたら向こうが行動するよりも早く、 主要な拠点を破壊しつつヘラを捜索します ハデス: 電撃作戦ってわけね。いいわ、それでいきましょう ゼウス: っと……言ってるうちに、もうお迎えが来たみたいですよ (数体の魔物が姿を現す。ゼウスは武器を構えた。) アヌ: 拠点の防衛線ってところかな。それにしてはずいぶん貧弱だけど ピュルテ: ……っ!目標地点付近から、強力なディマイト反応です! オーディン: む、向こうも、本気で迎撃するつもり、かもしれません…… ゼウス: もたもたしていられません!ヘラのために、行きますよ!! (背景切換...) (現れた魔物を倒すのは、あまりにもあっけなかった。 そのまま真っすぐ進むと、いくつか建物が見え始めた。) ゼウス: ヘラ!どこですか!! (ゼウスは次々に建物の扉を蹴破って突入する。強引だが、事前の作戦として確認した通りだから、ハデスも何も言わず、むしろ次の事態に備えて杖を構えている。) ゼウス: いません、次に行きましょう! 人間さん: ……でも、妙だな。誰もいないじゃないか ピュルテ: 言われてみれば、そうですね (敵の拠点なのだから、いくらかでも魔物や何らかの敵勢力が配置されていてしかるべきだ。ヘラが捕らわれている場所に戦力を集中させているのだろうか。) オーディン: ――っ!何か、こっちに来ます! (オーディンの声とともに俺たちの目の前に現れた彼女は、静かに一言だけ口にした。) タルタロス: やめて ゼウス: あなたは……? タルタロス: 私は、タルタロス ゼウス: ……一騎打ちというわけですか、タルタロス。 わかりました!最強のわたし、ゼウスがお相手します! ハデス: 1対1の勝負なんて、ナンセンスよ!このμ、かなり強いわ! ゼウス: わかってます。でも……わたしは負けません! (互いの武器が激しく交錯する。その金属音が周囲に響き渡る。 だが、それすら上回る声が――) 雨依: ちょっと!なんなのよ、あんたたち! (響く声に目を向けると、そこには雨依の姿があった。 手のひらには黒いオーラがにじんでいる。間違いない、ディマイトだ。) 人間さん: 雨依……! 雨依: 人間さん……さん……!? オーディン: あ……う、雨依さんと、ここで会うなんて…… アヌ: でも、穏やかには済みそうにないね。完全に攻撃態勢だし ピュルテ: 人間さん、ここは下がっていてください (背景切換...) (魔物が出現したあたりから避難してきた人たちを、 いくらかでも丈夫な建物に集めたところで、私はタルタロスのもとへ向かった。 周囲の魔物は倒し終わって、もう出てくる気配もなかったからだ。) (まだいるかもしれない、としばらく様子を見たけど……一向に出てこないし、こうしている間もタルタロスが囲まれてるかも。その不安に耐えきれなくなったから。) (そうして向かった先には、タルタロスひとりに対して複数のμらしき相手が取り囲むようにしていた。魔物はもういないようだけど、μの方が魔物より格上に違いない。) 雨依: ちょっと!なんなのよ、あんたたち! (私は叫びながら駆け寄り、手のひらに力を集中させる。 相手が攻撃してきたらカウンターを食らわせるつもりで。) (だけど――) 人間さん: 雨依……! 雨依: 人間さん……さん……!? 雨依: (なんで……ここに人間さんがいるの……。 でも、人間さんが相手なら、事情を聞けば……) (このとき、私は自分がしでかしたことを一瞬だけ忘れていた。起こした事実、立場の違い、そんなものより久しぶりに見た彼の顔があまりにも懐かしくて。けど。) ピュルテ: 人間さん、ここは下がっていてください (ピュルテとオーディンが人間さんの前に立ちはだかる。 それはそのまま、私と彼の間にある距離を表しているようで。) 雨依: (そうよね……もとには戻れない、って…… そういう覚悟で、私は行動したのに……何を甘いことを……) 雨依: (でも……) (私はちらりと周囲を見る。 粗末だけど、そこにはここに住む人たちの生活が息づいていた。) (行き場を失い、なんとかここまでたどり着いた、μを失った信民。 そんな彼らの住居は、容赦なく扉を破壊されていた。) 雨依: (私がしたことを断罪したいのなら、私だけを吊るし上げればいい。 自分が正義だからって、こんなやり方が許されるわけないじゃない……!) タルタロス: 雨依、だめ 雨依: 何が!? タルタロス: 戦うのは、だめ 雨依: ……!? 39 - 理性の“たが” タルタロス: もう、やめて。帰って ゼウス: ヘラを返してくれるまでは引き下がれません!どこにやったんですか!! ハデス: ゼウス!あまり距離を詰めすぎないで! 攻撃してこないのはおかしいわ、何か罠があるかもしれない! ゼウス: ……っ! (目の前に現れた雨依の姿に驚いていた俺だったが、 状況が少し見えてくるにつれ、心に絶望感が広がっていった。) (ヘラがさらわれ、それを追いかけた先にいたのは 強いディマイトを手に攻撃態勢に入っている雨依と、タルタロスと呼ばれたμ。 つまり、前の世界で起きた構図がそのまま繰り返されている。) 人間さん: (本当にもう……雨依は戻ってこれないのか……。 ヘラを捕らえ、魔物をけしかけ、μをそそのかして……) タルタロス: 帰って。ヘラなんて知らない ゼウス: ……シラを切り通せると思ってるんですか (いつも快活なゼウスだが、さすがに声音に怒りがにじむ。 大切な友人の安否がかかっているのだから、当然だろう。) 人間さん: (でも、魔物を配置しておいて、どうしてここで戦わないんだ。ゼウスが強すぎることを察しているのか。それともやはりハデスの言うように罠があるのか……) (視線を雨依に送れば、彼女は強い怒りをたたえてこちらを睨んでいる。 ニヴルヘイムで決別したときを、遥かに超える強い感情だ。) 雨依: 私の自業自得、そうなのかもしれない……でも、こんなやり方、間違ってるわ ピュルテ: なんのことですか……? 雨依: それに……ここは私の……っ (背景切換...) (朦朧としていた意識がふいに鮮明になる。 ガイアは、はっとして目の前の映像に視線を移した。) ガイア: え?ここは……? テュポーン: アディスだよ (映像から聞こえる音声は、確かにテュポーンのものだった。ガイアは耳を疑う。) ガイア: アディス!?テュポーンっ、どうしてそんなところに テュポーン: ガアがいったんだよ ガイア: わた、くし……が……? テュポーン: ブロンテスもがんばった ガイア: ブロンテスもそこに……!? テュポーン: あ、そろそろ大丈夫そうだよ、ブロンテス ブロンテス: 発射マデ……3、2…… ガイア: あ、あなたたち、何をして……くぅっ!?う、うぁっ、あたま、が……っ、あ、あぁっ! テュポーン: ガア、どうしたの。やめる? ガイア: …… テュポーン: ガア? ガイア: ……予定通りに (背景切換...) タルタロス: 争ったら、終わり 雨依: タルタロスが優しいのはわかってるわ! だけど……こんなふうにやられっぱなしでいいわけない! タルタロス: 何も、生まない 雨依: だけど! タルタロス: 知らないことは、知らないっていう。帰ってほしいとお願いする。それで十分 ゼウス: あの……もしかして、本当にヘラのことは知らないんですか? ごめんなさい、だとしたら教えてほしいんです (さすがに様子がおかしいと気づいたゼウスが、冷静さを取り戻して態度を軟化させる。) 人間さん: そうだよな。あまりにも戦う意志が感じられない アヌ: だよね。雨依が何かまた企んでるのかと思ってたけど、なんかそんな感じでもないし オーディン: でも……すごく怒ってます。ラグナロクのときくらい……それに、あの力。ピュルテさん ピュルテ: はい、強烈なディマイトですよ。 人間さんでも、あんなふうに攻撃魔法のようには扱えないっていうのに…… ハデス: 急にケンカ腰で悪かったわ。こちらも仲間を探していて、少し気が立っていたのよ ゼウス: あの、このあたりで変な力を持ったμの二人組を見かけませんでしたか? たぶん、それがわたしたちの仲間をさらったんです タルタロス: たぶん見てない。力になれなくてごめん。でも見たら教える ゼウス: ぜひお願いしたいです タルタロス: 特徴を教えて。仲間のほうも (タルタロスがゼウスに歩み寄りかけたところで、ふいに雨依のほうへと振り向く。) タルタロス: ほら。戦わなくてよかった 雨依: ……そうね (それは久しぶりに見た、雨依の屈託のない笑顔だった。) 雨依: 私はいつも、被害妄想ばっかり先にきちゃうから。タルタロスが止めてくれて、よかった タルタロス: うん (そしてタルタロスはゼウスに歩み寄り――) (刹那、何らかの魔法攻撃がタルタロスを貫いた。) (肩に近い背中から脇腹にかけて。) タルタロス: ……っ!? (よろめきながら振り向くタルタロスに向けて、同様の攻撃が次々と飛来し、 立ち尽くす彼女の身体は何度も貫かれ――) 雨依: いやあああぁぁぁっ!! 40 - 守るべきもの (地面には血だまりができていた。) 雨依: うそ……でしょ……。タルタロス…… (ヘラの行方を追ってアディスと呼ばれる場所まで来た俺とゼウスたちはそこで、 タルタロスというμ、そして雨依に出会った。) (一触即発かと思われたが、タルタロスの穏やかな物腰に ゼウスも落ち着きを取り戻して、友好的に協力を依頼しようとした―― その直前、どこからか飛来した魔法攻撃にタルタロスが撃ち抜かれた。) ゼウス: いったい何が起きて…… オーディン: と、とにかく治療を…… 雨依: 近づかないで!! (鋭い雨依の声に、誰もが足を止める。声の気配や表情だけではない。 彼女の全身から強烈なディマイトが漏れ出ているのが、俺でもわかった。) 雨依: タルタロス…… 雨依: やっと……見つけたと、思ったのに……。 ここが、タルタロスの隣が、私の居場所だって……思えたところなのに…… タルタロス: ………… 雨依: 私は、あなたたちを許さない!! ゼウス: うわっ!?待ってくださいっ! ハデス: いまの攻撃は私たちじゃないわ!あなた、見てなかったの!? 背後から撃たれたでしょう! 雨依: すべて策略通りってわけでしょ。油断させたところで、 後ろから撃ち抜けるように狙っていた……誰か、もうひとり仲間を隠して……! 雨依: やり方が汚いわね。でも、どんな手を使おうと関係ない。 私がすべて潰してやるから……! (次々に撃ち込まれる黒い光弾。 ディマイトをここまで自在に操れるようになっているとは。) ピュルテ: ……っ、な、なに?身体が、う、動かない……っ? はぁっ、くぅっ、肝心なときに、私……っ! 人間さん: どうした、ピュルテ!? ピュルテ: なんか、身体が言うことを聞いてくれないんです……っ、どう、して……っ オーディン: だ、大丈夫です……っ、わたしたちは動けますから、ここはまかせてください……っ アヌ: ま、別世界での戦いでどこまでやれるか、ちょーっと未知数だけどね~ ゼウス: 心配ありません!このわたしがいますから! (いうや否やゼウスは雨依に向かって剣を繰り出す。しかし、雨依の身体に届く前に、黒い障壁が突如として出現し、剣は弾かれ、大きく反動を受ける。) ゼウス: うあっ!?なんですか、今の…… 雨依: ……ようやく本性を現したわね 41 - 私の居場所 ハデス: ゼウスっ!うかつに飛び込んではいけないと言ってるでしょう! ゼウス: まさかあんな壁があるなんて思わなかったんですよ! (雨依を守った壁はもう目に見えない。 どうやら攻撃が当たる瞬間だけ可視化できる性質のようだ。) (こうなると、どのように雨依の周囲に展開されているのがわからず 隙を見出すのが難しい。) ハデス: 壁のこともそうですが……まだ最後のギリギリ、 わずかに残っていた説得できる可能性が、いま消えてしまったんですよ ゼウス: えっ…… ハデス: ……まあ、今さら言っても仕方ありませんね。 こうなった以上は、覚悟を決めて戦いましょう ゼウス: そ、そっか。あのタルタロスを撃ったのがわたしたちじゃない、 ってことを、もっと伝える選択肢もあったんですね…… オーディン: あの雨依さんが、こうなってしまったらどこまで聞いてくれるか、 すごく微妙ですけどね…… 雨依: ……あなたたちは、正義の味方気取りなんでしょう? いつだってディマイトは悪い力だって嫌ってきたんだもんね アヌ: 私たちはエルマイトとかディマイトとか、よくわからないよ~? ピュルテ: ディマイト……もしかして、雨依さんの強烈なディマイトに 私のエルマイトが影響されて、それで身体が動かないのかも……? 人間さん: ありえそうだな。実は俺も、思うように身動きできない。 ピュルテほどじゃなさそうだけど 雨依: 大義名分があって嬉しいんでしょう?正義面して相手を力いっぱい殴れるなんて、すごく気持ちがいいんだと思うわ。そのためには、どんな汚い手段も使う…… ゼウス: ご、誤解なんです!本当に! 雨依: ね、人間さん 人間さん: ……っ! 雨依: 私から居場所を奪って楽しい?やっとひっそりと静かに、ゆっくり過ごせる場所だったのよ。アディスとタルタロスまで失ったら、私にはもう何も残ってない 雨依: 結局、私が甘かったのよね。悪者として生きていく覚悟を決めたはずなのに心地よさについ緩んでしまった……。そうよ、タルタロスを殺したのは、私なのかもしれない…… オーディン: ……っ、邪悪な気配がさらに強くなっています!皆さん、気を付けて! 雨依: 邪悪、ね オーディン: あっ……!い、いえ、雨依さんがどうというわけではなく 雨依: みんな……私を置いていく。両親も、友達も、みんな……みんな……! 雨依: 私が、いなければ……巻き込むこともなかったのに……! みんな、私が殺してしまった……っ!! 雨依: あああああぁぁぁぁぁっ!! 42 - 変貌 (脳裏によぎったのは喉を割かれた畳の上の母。 車に挟まれて関節が逆向きになった路上の父。 下半身の骨が露出したホテル駐車場前のマキ。) (そして全身を何ヵ所も貫かれたタルタロス――) (みんな私と関わり、そして私を置いていなくなってしまう。 制御できない怒りと悲しみにまかせ、私は叫んでいた。) 雨依: ……っ!? (叫ぶと内側から何か力が解放されるような感覚が起きる。気が付くと私の周囲は――) (背景切換...) (どす黒い闇に包まれていて。) (背景切換...) (闇が晴れたかと思うと、全身にディマイトがみなぎっていることにいやでも気が付いた。) (途端に湧き上がる怒り、そして闘争本能――) ピュルテ: こ、これは……いったい……!? オーディン: う、雨依さんっ……!? 雨依: ……もう逃げるのはやめたわ。人間さん。ここで全部終わらせるから (背景切換...) ヘラ: ふう……なんとか封印を外せた……。 きっとゼウスたちが心配してるはず。早くここから出なくちゃ ヘラ: えー、扉にも鍵……?もうっ、わたしとゼウスの間を邪魔しないで、よっ!! ヘラ: ふん、ふたりの間を引き裂くなんて絶対にできないんだから (背景切換...) ヘラ: って言っても、ここどこ……。外に出たはいいけど、全然わかんない ヘラ: きっと集中すればゼウスの居場所くらい、わたしなら、 わかるかもしれない……そんな能力ないけど…… ヘラ: んんんんん! ヘラ: !? ヘラ: ゼウスの気配はつかめてないけど、でも…… この強烈な力、きっとゼウスはあそこに……! ヘラ: 急がなくちゃ!!ゼウスのピンチは、わたしが助けるっ!! (背景切換...) オーディン: あ……ああ……! アヌ: これはまた、すごいことになってるねぇ (俺たちの前にあった地面は大きく抉られていた。 言うまでもなく、雨依による魔法攻撃だ。) 雨依: ふん…… (その姿は黒く、禍々しいものへと変貌を遂げていた。 そして瞳には一切の迷いを捨てたような冷たさが。) 雨依: 自分で力を使うのも、だんだん慣れてきたみたいね。 それなりに威力が出るようになってきたわ 雨依: これなら、全員殺せそう 43 - 無惨な戦い (わざと地面を狙って魔法を撃ち込んだ雨依の狙いは、威嚇か、あるいは試し撃ちか。 彼女の様子を見る限り、どうやら後者のようだった。) 雨依: ……覚悟はいい? ゼウス: 速いっ!? (一気に距離を詰めた雨依は、至近距離でゼウスに魔法を放つ。 防御姿勢でそれを受けるも、ゼウスの身体は弾き飛ばされた。) ゼウス: うぅああっ!! オーディン: ゼウスさんっ…… ハデス: 甘い! (攻撃を放った直後を狙ったか、ハデスの鋭い声とともに杖から魔法が雨依めがけて飛ぶ。) 雨依: …… ハデス: くっ……これが例の障壁ね。 本人が意識してなくても展開されるのか、それとも本人に隙がないのか…… オーディン: おそらく自動展開です。雨依さんはそこまで戦闘経験はないはず。 わたしの世界にいたときは、少なくとも前線には立ちませんでした ピュルテ: 私たちの世界でも戦っているところは見ていません。 きっと経験はほとんどないはずです! 雨依: 経験?笑わせないで (間髪おかずに黒い光弾が次々と打ち出される。) ピュルテ: ――っ! アヌ: ピュルテ、私の後ろに (ディマイトの影響か、動けないピュルテを庇うように立つアヌ。 いつもの気の抜けた様子から一転、その表情は真剣なものだった。) 人間さん: (つまり、雨依はそれだけの力を持っている……) ハデス: 援護します!ゼウスも手数を増やして魔力障壁の隙間を探して! ゼウス: わかりましたっ! 雨依: …… (次々に撃ち込まれるハデスの攻撃魔法、そしてゼウスの剣戟。 雨依に当たる寸前で障壁が展開される。) (消えるよりも先に次の攻撃が飛んでくるが、それらもすべて弾かれた。一連の波状攻撃でようやく、彼女を包む障壁が球体であることが見てとれるようになる。) 人間さん: (でも……形状がわかったところで……) 雨依: それで?もう終わり?なら、こっちから行くわ ゼウス: うああああぁぁぁっ!! ハデス: ゼウス!! 雨依: そっちも ハデス: っくうううぅぅ! (吹き飛ばされるふたり。 間合いが空いたところで、雨依はゆっくりとこちらに視線を向ける。) 雨依: タルタロスの痛み、じっくりと味わわせてあげるわ (雨依が俺に手のひらを向ける。もはや弁解する間もない。覚悟を決めたそのとき――) タルタロス: う……い……? (タルタロスが立ち上がった。) 44 - あなたのために タルタロス: うい……なの……か……? 雨依: タルタロス!? (瞬時に、俺に向けていた攻撃を中断して、雨依は立ち上がったタルタロスに駆け寄る。) (立ったとは言っても満身創痍であることには変わりないようで、 その足元は未だふらついている。雨依の支えを得てようやく、といった様子だ。) 雨依: タルタロス……っ、よかった、死んじゃったかと思った タルタロス: 大丈夫 雨依: 大丈夫ではないでしょ、こんなケガして……! でも、よかった……。本当に、あなたがいなくならなくて、よかった (涙ぐむ雨依に微笑みかけるタルタロス。) (彼女たちの間に、これまでどんなやり取りが交わされたのかは知る由もないが ゼウスとハデス、ヘラにも負けない絆が感じられた。) オーディン: よかった……!これで雨依さんも落ち着いてくれれば…… アヌ: さあ、それはどうかなぁ…… (背景切換...) テュポーン: あ、おきたよ ブロンテス: オキタ…… テュポーン: これってしっぱいかな?テュポたち怒られちゃう? ブロンテス: モウ一度撃ツ テュポーン: あ、だめだめ。テュポたちのことばれちゃうよ。それは絶対だめってガアがいってた テュポーン: んー……どうしよ。ガア、きこえる? テュポーン: ガア、へんじして テュポーン: ……寝ちゃったのかな。さいきん、よくガアはおひるねしてる ブロンテス: ヒルネ テュポーン: さっきブロンテスが攻撃したとき、みんなここから撃ったのは気づいてたよね テュポーン: なかなおりしたら、探しにきちゃうかも。ブロンテス、おうちかえろ? ブロンテス: カエル テュポーン: きっとガアは怒らないよ。おやつはもらえないかもだけど…… (背景切換...) (ふらつくタルタロスを支えると、ガシャリ、と彼女の腕を拘束する鎖が音をたてた。) (私は、彼女の鎖のことを聞いたことはない。でもきっと理不尽な出来事があったんだろうと勝手に思っている。なのに優しいタルタロスはひとりでじっと耐えていたんだ。) タルタロス: 雨依……その姿は、どうした……? 雨依: 姿?あれ、なにこれ…… (そこで初めて私は自分の姿が変わっていることを自覚した。 姿見がないから腕や脚くらいしかわからないけど。) 雨依: わかんない。あなたが撃たれて、ただ夢中で (私の返答に、タルタロスは不思議そうに見つめてくる。) タルタロス: なんで……? 45 - 孤独の出口 雨依: なんでって? タルタロス: 私が撃たれて、何に夢中に? 雨依: やり返すために決まってるじゃない。 私の大切な場所が壊されて、大切な人が襲われたんだから 雨依: タルタロスは優しいし平和主義だから反対するのかもしれない。 でもこういうとき、私は迷わないことにしてるから (きっとタルタロスは止めようとするだろう。 でも、彼女が無事だからといって襲った事実は消えない。) 雨依: 止めないで、タルタロス。私はもう徹底的にやるから タルタロス: ……私の、ため? 雨依: え?うん、そうよ。自分のためとも言い換えられるけど (もしタルタロスが死んでいたら、その意志を確認するすべはない。 彼女のために復讐するなんていうのは、結局は自己満足。 そのくらいは私も自覚している。) (けど、タルタロスは気恥ずかしそうにつぶやいた。) タルタロス: そんなこと、初めて言われた 雨依: ……! (その一言は、私の心に大きな波紋を作る。) 雨依: (タルタロス……あなたも、ずっと孤独だったの……? 自分のために行動してくれる人は、いなかったの……?) (考えてみれば、信民はある程度の信頼関係があるといっても、 タルタロスの庇護を必要とし、そのために従っているにすぎない。) (第一、一度はμを失って流れ着いた人々なわけで、 タルタロスを失っても次にまた行けばいいと考えてしまうのも無理はないだろう。) 雨依: (そっか……あなたも……) (気が付くと、私はタルタロスの手を強く握っていた。もう、あなたは独りじゃない――) タルタロス: え……傷が……? 雨依: あ、えっ……? (気が付くとタルタロスの傷がみるみるうちに塞がっていく。) 雨依: (もしかして……私の力で……?) タルタロス: ……私も、戦う。雨依と一緒に 雨依: ……! 雨依: ……うん。やってやろう。あなたを傷つけたこと、許しちゃいけない。後悔させるの (敵に向き直ったとき、私は自分の内側からふつふつと湧き上がる昏い感情を感じていた。 そしてそれが、力になることも。) (私は独りじゃない。この怒り、苛立ちを共有できる相手がいる。言いようのない高揚感が私を捉えて放さない。そこからはもう、何も考えられなくなっていた。) 46 - ヘラの合流 雨依: いくよ、タルタロス! タルタロス: うん (タルタロスが立ち上がったとき、事態は解決するのではと 俺は少なからず期待していた。だが、それはあっけなく打ち砕かれる。) ゼウス: うあっ!?くっ、相変わらず速いっ ハデス: ゼウスっ、後ろ! (雨依の魔法攻撃をかわしたゼウスの背後に、素早くタルタロスが迫る。) タルタロス: ふんっ! ゼウス: うあっと!!あ、危なかったです (鎖に繋がれている姿だが、その瞬発力はかなり高い。 更に、拘束している鎖ごと、腕を振り下ろして攻撃してくる。) ハデス: くっ……ふたりになって、更に厄介になったわね…… アヌ: タルタロスが前衛に回ったことで、雨依のディマイト魔法が より効果的になっている……。これは攻略するのは骨が折れるよ オーディン: このままだと狙いを絞られすぎてしまいます。 アヌさん、ピュルテさんと人間さんをお願いできますか アヌ: ん、わかった ピュルテ: ううっ……せっかく、この世界に来たのに……私が、こんなじゃ……!! (唇を噛み、うなだれるピュルテ。かける言葉が見当たらなかった。) オーディン: ゼウスさんっ!わたしがタルタロスさんを引き付けます! ゼウス: お願いします! (オーディンがタルタロスに向けて武器を振るう。その攻撃を鎖で受け止め、いなすタルタロス。そして薙ぎ払うように半回転してオーディンと距離をとると、ゼウスへの一撃。) ゼウス: 読まれてたっ!? ゼウス: うぐううぅぅっ!! (どうしても急造ペアとあって連携攻撃も単調になってしまうからか あっさりと読まれてカウンターを食らってしまっている。) ゼウス: ど、どうしたら……っ 雨依: あはははははっ! 私とタルタロスの前じゃ、誰も敵になんてならないのよ。思い知りなさいっ!! (雨依らしからぬ高揚した様子で笑い声をあげる雨依。) オーディン: わたしだって……別世界に来たとはいえ、最強と呼ばれた身……! こんなあっさり負けるわけには……っ! タルタロス: 動かないで オーディン: ……ぁっ!? (タルタロスが腕を振り上げた瞬間、オーディンは地面に伏せた。 いや、彼女だけではない。ゼウスも、ハデスも、俺たちもだ。) 人間さん: (なんだ……!?身体が、重いっ……! さっきまでのディマイトの影響とは全く違う……!) 人間さん: (まさか、これは重力魔法……!?) ハデス: くっ……ゼウス、この魔法……たぶん…… ゼウス: はぁっ、ふぅっ、や、やっぱりハデスも気づいた……?でも、いまさらかも……! 雨依: すごいわ、タルタロス!もう一気に片づけちゃおうよ タルタロス: わかった ???: そこまでよ タルタロス: くぅっ……!? 雨依: うあっ!? (素早い連続攻撃が雨依たちを襲う。) ヘラ: ゼウスのことはわたしが守る……命に代えても 47 - 反撃 ハデス: ヘラ!?無事だったの!? ヘラ: うん。捕まってたんだけどね、相手はわたしのことなめてかかってたみたい。 普通に逃げ出せたわ。見張りもいなかったし ヘラ: それより…… ゼウス: えっ? ヘラ: ゼウス~!大丈夫っ? こんなにケガしてるなんてっ!わたしが来るのが遅かったせいで! ヘラ: なんか無駄に遠かったの……!これでも一生懸命走って来たんだよっ! ゼウス: だ、大丈夫ですって。ヘラは捕まってたんだから仕方ないですし ヘラ: でもでも!ゼウスを守るのはわたしなのに! 人間さん: (遠かった……?ヘラはこの場所に捕まってたんじゃないのか……?) ハデス: なんにしても助かったわ。ヘラが来てくれれば勝算もある 雨依: 勝算?いまの一撃で勝った気になってるの? ゼウス: もちろんです。わたしは最強ですが…… ヘラとハデスが揃ったら、もっと最強になります ヘラ: ゼウス~!そうだよねっ、わたしに一緒にいてほしいよね! ハデス: そういう話はしてないでしょ ゼウス: あれ、そうです?わたし、ヘラとハデスに一生そばにいてほしいし、 いまってそういう話だと思ったんですけど ハデス: ……っ ヘラ: ゼウスだいすき~! 雨依: 私、こういう友達ごっこ嫌いなのよね。嘘臭くてイライラするわ ヘラ: わたしとゼウスの愛に嘘なんてないもーん! オーディン: なんかヘラさんが子どもみたいになってますね……。こんな人でしたっけ……? アヌ: まあ、ゼウスが絡むとおかしくなる子だからねぇ タルタロス: 黙らせる オーディン: うあっ!?ま、また……! ピュルテ: 重力魔法ですっ!くっ、ううっ……指一本すら動かせない……!? タルタロス: 後はひとりずつ倒す 雨依: 待って、タルタロス!いまの新顔がいないわ! タルタロス: !? ゼウス: くっ……はぁっ……!ヘラっ、どうですか……!? ヘラ: ぜーんぜん平気だよ! 雨依: どういうこと!?というか、どこにいるのよ! ヘラ: ここだよ! タルタロス: ぐっ……!? 人間さん: タルタロスが重力魔法を使う寸前に、ヘラの姿を消したのか……! 雨依: くっ……援護しようにも姿が見えないんじゃ…… タルタロス: 問題ない……! ヘラ: うあっ! (姿を消していたはずのヘラだが、タルタロスの拳は的確にヘラを捉えたらしく、 彼女の小柄な体は吹っ飛ばされてしまう。) タルタロス: 気配でわかる ゼウス: なかなかやりますね……!? ハデス: でも、予想通り重力魔法は、相手を視界に入れないといけないのね。 発動前に距離をとったのは全員を視界に入れるため…… ゼウス: なんかきょろきょろしてましたし タルタロス: …… 48 - 雨依の暴走 タルタロス: ……魔法がひとりだけ効かない。それだけ 雨依: これが勝機だというなら笑っちゃうわね (雨依がタルタロスの身体に触れると、俺ですら感じられる闘気がさらに高まったのが伝わる。いくらゼウスでも、正面からまともにやり合っても勝てるかどうか。) (近接戦で圧倒的なタルタロスと、魔法で援護する雨依という組み合わせも 攻略を難しくしている。そして雨依は鉄壁の守りを誇る上に――) ピュルテ: 雨依さんのディマイト、どんどん増えています……! オーディン: そんな……まだ上があるっていうんですか……! ハデス: …… ゼウス: だ、大丈夫ですっ…… こんな重力くらい、最強のわたしにかかればなんてことっ、ないですっ……! ヘラ: ゼウス……! ゼウス: わたしが引き付ければヘラも隙を狙いやすいでしょう?いきますよっ!はあっ!! (まるで重力魔法などないかのように素早く飛び掛かるゼウス。再び姿を消したヘラも、きっと近くにいるのだろう。タルタロスとは互角の勝負に見えた。) ゼウス: はあっ!! タルタロス: ぐっ……! (重力の制約があっても、ゼウスの剣はタルタロスを捉え、 その身体を掠めた。うっすらと切り傷がつく。) ゼウス: まだまだぁ! 雨依: させないわ!! (返す刀でさらにタルタロスを追いつめようとするゼウス。 しかし、雨依から再び黒い球がいくつも飛来する。) ヘラ: ゼウス!! (寸前で、ヘラがゼウスの前に立ちふさがり、光球を弾く。 しかしすべてを弾き切れずに――) ヘラ: うああああっ!! ゼウス: ヘラっ!! 雨依: ……また、タルタロスに傷をつけたのね。 もう許さない……私の大切な人を、これ以上奪わせはしない!! (それはもう援護ではなかった。無数に放たれた魔法攻撃が、ゼウスとヘラを襲う。) ハデス: ふたりとも、私の後ろに!障壁を展開するわ! 雨依: あなたも防御魔法が使えるの?でも、いつまで持つかしらね! タルタロス: 雨依、やりすぎ……! 雨依: いいのよ!徹底してやってやらなきゃいけないの! 二度とあなたを傷つけようなんて考えられないくらいに! (雨依の身体は宙に浮かび、打ち下ろすようにディマイトの塊が次々と打ち出されて行く。) (激しい連続攻撃が続くため、逆にタルタロスはこちらに攻撃できずにいた。 しかし、雨依の魔法だけでハデスたちは釘付けにされている。) ピュルテ: こ、このままじゃ……! 雨依: もう私はひとりじゃない!大切な、守るべき人がいる!二度と失ったりしないわ!! 雨依: 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっっ!! ピュルテ: そんな、まだディマイトが上がっていきますっ! 49 - 幕切れ 雨依: 死ね死ね死ね死ね!跡形もなく消してやる!! タルタロス: 雨依っ 雨依: はああああああぁぁぁっ!! (雨依の身体から、黒いオーラが滲みだす。 それはやがて球状に輪郭を作り始め、まるで雨依に黒い後光がさしているようだった。) 雨依: さっさとっ、消えてよ!!これで終わっ…… (雨依が両手を振り上げ、その手のひらの中にひときわ大きな黒い球が生まれる。 その瞬間――) (背景切換...) (キィンッ……) (金属が擦れるような甲高い音がしたかと思うと、周囲が真っ暗になってしまう。 しかし、それはほんの一瞬で――) (背景切換...) 雨依: ……っ (雨依の周囲に渦巻いていた黒いオーラは消えており、 突然、彼女は空中から自由落下を始める。) タルタロス: 雨依! (駆け寄ったタルタロスが無事にキャッチしたが、 彼女の腕の中で雨依はぐったりと動かないようだった。) オーディン: え……ど、どうしたんでしょうか…… ピュルテ: オーバースペック…… ピュルテ: あまりにもディマイトが高まりすぎて、自分で制御できる 範囲を越えてしまったんだと思います。普通ならあり得ませんが…… タルタロス: …… (タルタロスはこちらにちらりと視線を送ると、無言で背を向け、一気に走り出した。) オーディン: あっ、逃げた!? アヌ: ……いまは放っておくしかない。もう、戦える状況ではないからね (アヌの視線の先には、疲弊し傷ついたゼウスたちの姿があった。) ハデス: はぁっ、はぁっ、な、なんとか私の魔力が持ってくれてよかった…… ヘラ: うう……でも、わたしのせいで、みんなをこんな危険な目に…… (膝をつき、息を乱しながらも、ひどい負傷をしている様子はない。 ただ、もう体力も魔力も限界だろう。何よりもゼウスは――) ゼウス: ……わたしが、勝てなかった (背景切換...) ガイア: こ、この光景はいったい……? (ガイアは投影した映像の様子に、驚愕していた。あの少女が何者なのかもわからない。だが、μであるタルタロスと組んで、同じμのゼウスと争っていたのは明らか。) ガイア: 私とゼウスの戦いとは種類が違いすぎる……。 一体どうして、この世界でこんな争いが起きてしまってるんです テュポーン: ガアがいったんだよ ガイア: テュポーン!お、おかえりなさい。いつのまに帰ったんです ガイア: え、待ってください。いま、私がいった……と? テュポーン: んー、テュポにやりなさいって言ったんだよ。がんばったんだから テュポーン: でも、うまくいかなかった ガイア: そんな……私がそんなことを……? 最近、時々記憶が飛んでいるような気がしていましたが、まさか…… テュポーン: でも次はがんばるね。ブロンテスもがんばるっていってた ガイア: ……! ガイア: 私のこともそうですが……テュポーン、あなた…… その黒いオーラはいったい、どうしたんです…… テュポーン: 次は、みんなころす 170046 - 異質な存在 ピエドゥラ: はぁ、はぁ……つ、疲れた…… トーコツ: 使い道のないでかいもんを胸にぶら下げてるからだろ ピエドゥラ: 失礼しちゃいますね!使い道がないってなんですか! トーコツ: じゃあ何に使うか言ってみろよ ピエドゥラ: うっ……え、えと、これをゆさゆさすると、男の人がちょっと優しくしてくれるのよ ダークマター: それ、狙ってやってるんですか…… トーコツ: だいたい師匠はもっとでかいのに、音を上げずにずんずん進んでるじゃないか トリアイナ: 良かったのか?少し休んでから出発しても構わなかったのだが ドロシー: 手がかりが目の前にあるのにのんびり休んでられないわよ。そうよね、みんな トーコツ: もちろん! ルビー: 特務機関8番隊の名にかけて! ピエドゥラ: ひ……ひぇ……。へ、平気ですぅ! ダークマター: 名にかけるも何もできたてほやほや初任務だけど…… ドロシー: ほら、大丈夫だって トリアイナ: 無自覚なパワハラでは……?いや、私が口を出すことではないのだが…… ドロシー: ここでみすみす手がかりを逃しちゃう方が、後であちこちアテもなく 歩き回ることになるじゃないの。労力だって2倍、3倍に膨れ上がるわ トリアイナ: なるほど。ただ、これから案内する『手がかり』は逃げも隠れもしないがな ピエドゥラ: 人、なの……?その言い方だと トリアイナ: もう間もなく着く。自分の目で確かめるんだな (背景切換...) シンデレラ: 好きなもの、どんどん注文してね! ティンカー・ベル: うぉ、すんごい高いんですけど シンデレラ: でも美味しいのよ ティンカー・ベル: 久しぶりに二人でごはんでも行こうなんていうからついてきたら…… なんじゃ、このセレブリティ空間は……やっぱ姐さんって実はセレブなんだね シンデレラ: えー?私は庶民派プリンセスよ シェフ: ようこそおいでくださいました。今夜のシェフを務めさせていただきます シンデレラ: よろしくね~。この子、すっごく舌が肥えてるんだから気合い入れなきゃだめよ~ ティンカー・ベル: 変なハードル上げないで!? シンデレラ: じゃあとりあえず生ひとつ~。あと梅水晶 ティンカー・ベル: この雰囲気でまったくブレないところが逆に本物のセレブって感じがする シンデレラ: ティンカちゃんは? ティンカー・ベル: えっ。えと、あの、じゃあこのシェフおすすめ前菜盛り合わせで シェフ: お飲み物はいかがいたしましょう ティンカー・ベル: ふぇっ!? ティンカー・ベル: (正直もう水でいいんだけど、こういうところはちゃんとお酒とか頼まないと 失礼って人間さんが前に言ってた気がするんだよな……) ティンカー・ベル: (この雰囲気だし前菜盛り合わせ頼んじゃったし、 ここはやっぱりワインとかでカッコよく……えーと、メニューこれか) ティンカー・ベル: (って全然わからん!!普段飲まないし! エミリーにモテるワインの選び方とか聞いとけばよかった! って姐さんにモテてどうする!しっかりしろティンカ!) シンデレラ: ティンカちゃん? ティンカー・ベル: あ……生ふたつで…… シェフ: 承りました。少々お待ちください ティンカー・ベル: ふう……それで?なんでこんな豪華な店に連れてきたわけ? なんかティンカに頼み事なんでしょ? シンデレラ: ティンカちゃんにはお見通しよね。 まあ、値段というより完全個室がいいから、っていう理由もあったんだけど ティンカー・ベル: 内緒の話?まさか人間さんの赤ちゃんがお腹に!? シンデレラ: そ、そういうんじゃないから! シンデレラ: ちょっとね、頼まれてほしいことがあるのよ。 ある人と……ううん、ある人たちと、仲良くなってほしいの ティンカー・ベル: たち? シンデレラ: えーと、8人くらいいるんだけど ティンカー・ベル: 多いな! シンデレラ: ティンカちゃん、人と仲良くなるの得意だと思って ティンカー・ベル: まあねーん。なんなら魔力よりコミュ力の方が高い、なんて言われてるんだから シンデレラ: 誰に? ティンカー・ベル: フックに。え、これ悪口かな? シンデレラ: ちょっとね ティンカー・ベル: あんのやろ!ティンカ、素直に喜んだんだけど! ティンカー・ベル: ま、それはいいとして、全然いいよ。 でも、ただ単に仲良くなればいいわけじゃないんでしょ? シンデレラ: さすがカンがいいわね。聞きだしてほしい話があるのよ ティンカー・ベル: 出た出た。ていうかさ、どういう人たち―― (コンコン) シンデレラ: はーい! シンデレラ: また、後で話すわね シェフ: お待たせしました。生ビールふたつと前菜盛り合わせ、それから梅水晶です ティンカー・ベル: めっちゃオシャレな皿で梅水晶きた……ていうか用意してくれるんだ…… 170047 - 敵は誰か (気を失った雨依を連れてタルタロスが去った後。 俺たちはすぐに追うことはせず、それぞれの回復に努めることにした。) (追いついても戦える状況ではないことが第一だったが、 そもそも状況を整理する必要があると考えたことも理由に挙げられる。) ハデス: それじゃあヘラは誰にさらわれたのか分からないのね ヘラ: うん……気が付いたら牢屋に入れられてたんだ アヌ: そして封印の魔道具で拘束されていた、か…… ハデス: あの雨依って子は魔法を使ってはいたけど、 有り余る魔力と才能でなんとかしていただけで、ほぼ素人だと思うわ アヌ: 同意見だな。魔道具を使って封印、という行動にはどうも違和感がある ピュルテ: ええ、雨依さんが仲良かったのはレオナさんですけど、 そんなこと教えてるとは思えませんし ハデス: けど、タルタロスだって、完全に物理で勝負するタイプよ (本人は何か拘束具を付けてはいたが、直接の関係はないだろう。 ヘラによれば形状もまったく違うらしい。) ハデス: つまり、ヘラをさらって閉じ込めた者が最低でもあとひとり アヌ: そして……タルタロスに不意打ちをかけたのは誰か ヘラ: そいつのせいで、あの子たちと戦うことになったんでしょ? オーディン: それまではちょっと行き違いもありましたが、最終的には友好的に進みそうでしたからね ピュルテ: ……ふう。どうですか、身体のほうは ゼウス: あ、はい……。問題なさそうです オーディン: あの、大丈夫ですか?ピュルテさん、立て続けに3人も治癒魔法なんて使って ピュルテ: もう雨依さんがいなくなったらディマイトの影響もないですし、 もともと私はこういう回復とかが得意なんです!見た印象通り癒し系っていうか アヌ: え?あーうん、癒し系ね?そうかもね ピュルテ: なんで疑問形なんですか!人間さんだって私に癒しを感じますよね! 人間さん: あーうん ピュルテ: ひどいですよ!人間さん! ピュルテ: (それに……さっき、私は何もできなかったから。 わざわざオトギノクニから来たのに、何の役にも立てなかった) ピュルテ: (エロースさんは、役に立つかどうかなんて気にしなくていい、 なんて言ってくれたけど……さっきのあの戦いは、いくらなんでも……) 人間さん: まあ冗談はさておき……無理はしないようにな。責任を感じるところじゃないよ、あれは ピュルテ: 人間さん…… 人間さん: ゼウスも ゼウス: ……! ヘラ: そ、そうだよ!あんなの反則みたいなもんだし!重力って、そんなの無茶苦茶だから! ゼウス: 責任、とかじゃないんです ゼウス: わたしは最強だって自分で信じてきたのに……勝てなかった。 さっきのあれは、雨依さんが自滅しただけじゃないですか ハデス: ヘラもいなかったし、行き違いが起きているのは明らかだったわ。 全力で倒すのが正解って場面でもなかったでしょう ゼウス: じゃあハデスはわざと勝たなかったってことですか? ハデス: そんな余裕はなかったわよ、あれだけの相手に。 でも、絶対に勝たなきゃいけない戦いでもなかったんだから、 引きずらなくていいってこと ゼウス: ……そう、ですよね ヘラ: そうだよ!さっきの戦いって別に負けてないでしょ。 続けてたら勝てたかもしれないんだし。ゼウスが最強なことに変わりないと思う! ゼウス: …… ゼウス: ですよねー!?別にわたし、負けてないですもんね! 引き分けだし、逃げたの向こうですから! オーディン: 切り替えが早い…… 人間さん: なあ、ハデス。あれはゼウス、無理してるのか? ハデス: そう思うでしょ。全然。あれ本気で言ってるから 人間さん: そ、そうなのか……健康的でいいな…… ハデス: 話を戻すけど、タルタロスを攻撃したのは誰かが問題よ ピュルテ: 雨依さんは私たちだと決めつけてましたが、当然それは誤解です アヌ: タルタロス本人が狙いだった可能性はもちろんあるけど…… 私たちを争わせるため、って説が濃厚じゃないかな オーディン: そんな、誰が……!? ハデス: 私たちがここに来たのはヘラの誘拐だけど、 それも元をただせばオリンポスがあのμに襲われたからよ ヘラ: これが全部仕組まれた出来事なんだとしたら……背後にいるのは、ガイア……ってこと? ゼウス: ガイアがこんなことを? ピュルテ: ゼウスさんたちは、ガイアさんのことも知ってるんですよね? そんな人じゃない、ってことですか? ハデス: ……そう思っていたのだけどね ゼウス: なら、決まりです!ガイアに会いに行きましょう!! オーディン: いっ、いきなり敵かもしれない相手の本拠地に乗り込むんですか!? ゼウス: 大丈夫!いきなり襲ってくるような人じゃありませんし、わたしがついてるんですから! 人間さん: う、うーん……本当に大丈夫かな…… 170048 - オトギノクニのμ ドロシー: え……ポセイドン……? ポセイドン: ん?どしたの、トリアイナ。こんなに大勢連れてきちゃってさ~ トリアイナ: こちらの方々がご主人と話をしたいと ポセイドン: お話?まあ、じゃあ適当に座って。おじさん、焼きそばひとつー 海の家のおじさん: はいよ! ピエドゥラ: えっと、あの、ここで話すんですか? ポセイドン: え、うん。あーっ、ごめん!気が利かなくて~。みんなは何食べる? ピエドゥラ: いえ、そういうことではなく…… トーコツ: しょうゆラーメン! ルビー: 塩やきそば! ダークマター: 食べられればなんでも……あ、焼きトウモロコシとか…… ドロシー: 私はイカ焼きと、あとそのサザエも欲しいわ! ピエドゥラ: 私が……間違ってるの……? トリアイナ: 前を向くのだ。ほとんどの場面ではピエドゥラ殿が常識人と言われるだろう ポセイドン: なんか問題あった? ピエドゥラ: あ、あの、世界を揺るがすかもしれない大事な話なので、 こんなにオープンでいいのかなと ポセイドン: おじさーん、明日世界が滅ぶって言われたらどうする~? おじさん: ざっけんな!昨日大量に仕入れたんだ、これをさばくまでは勝手に滅んでんじゃねえ! ポセイドン: ね?別に気にしなくて良さそうだと思わない? ピエドゥラ: そ、そうですね…… ドロシー: さっそくだけど本題に入るわ。私、腹を探り合うようなやり取りとか苦手なの ポセイドン: いいね、いいね~。そういう人、結構好きだよ ドロシー: 実は―― (背景切換...) ポセイドン: ふんふん、だいたい事情はわかったよ~ ピエドゥラ: って時間経ちすぎじゃないですか!もう夕方ですよ!? トーコツ: まあ、合間にいろいろ食ったり飲んだり、海で遊んだりしたから…… ドロシー: それで、未知のエネルギーを探してここに来たってわけ。 トリアイナが言うには、ポセイドンが何か知ってるって ポセイドン: ……知ってるも何も、あたしそのものだから。 たぶん、その機械が反応したのは、あたしが持ってる力にだよ ポセイドン: おにーさんが行っちゃった世界で特別な力を持つ存在、 それがμって呼ばれるやつなんだけど ポセイドン: あたし、そっちの世界から来たμなんだ (背景切換...) オーディン: ガイアさんって、どんな人なんですか? (俺たちはガイアがいるという場所に向かっていた。その真意を探るためだ。) ゼウス: 一言でいうと、なんだろう。変な人ですよね ハデス: ぱっと見は優しいお姉さんって感じだけど ヘラ: でもね、この世界ができたときからいるって言われてる オーディン: それってなんか、アヌさんとキさんみたいですね アヌ: 言われてみればそうだねぇ ゼウス: 変なのはμを創り出したり、そのデザインセンスが尖ってたり わたしに突っかかってきたり、そういうところです ゼウス: 人柄としては、どっちかっていうとマトモな人ですよ アヌ: 突っかかるっていうのは、最初に見たμの襲撃みたいな、ああいうやつだよね? ハデス: お遊びみたいなものだと思ってたのよ。でも、あれじゃない? ゼウスが1回も負けてあげないから ゼウス: すねちゃった? ヘラ: ゼウスが負けるわけないもん。天才だから戦いだけじゃないんだよ、強いの ゼウス: 砂浜ダッシュ対決とかもあったんですよ。ガイアが作ったμが走るの得意だっていうから アヌ: 確かに、ふたつの勢力を意図的に争いに仕向けるなんて、 胸糞の悪いやり方をしそうにはないねぇ ハデス: へえ。意外と怒ったりすることもあるのね、アヌって アヌ: 別に怒ってないよ。ただ見てておもしろくないっていうか イライラするっていうか、ひとこと言ってやりたいというか 人間さん: それを怒ってるっていうんじゃないか? ヘラ: それにしても……アディスなんて、初めて入った気がするけど、あんな感じなんだね ハデス: アディスはもともと監獄だったのよ ゼウス: 監獄っ!? ヘラ: あ、だから牢屋があったんだ ハデス: あのタルタロスは、そんな場所でずっとひとりだった……おそらくね ゼウス: 友達とか、いなかったってことですか? ハデス: ゼウスにとってのヘラみたいな相手はいないと思うわ ヘラ: ふふ、ハデスから見てもお似合いだって言われちゃった アヌ: 言ってないと思うけど…… ゼウス: そんなの、わたし耐えられませんよ!ひとりで何すればいいんですか! ハデス: 何をしていたのかはタルタロスに聞くことね。 それでたぶん、雨依って子も孤独だったんじゃないかしら。 だから、ああいう共依存みたいな関係になってるというか 人間さん: 一応レオナってやつはそばにいたけど…… 俺もあまり深い付き合いはしてこなかったからなぁ…… ピュルテ: ……っ 人間さん: ピュルテ?どうした、顔色が悪いぞ ピュルテ: す、すみません、ちょっと立ち眩みが……うっ オーディン: ピュルテさん!? 170049 - 孤独の出口 レオナ: ……ここでもない、か (レオナは手元のノートに、さっと何か書き付けるとそのまま布袋にしまいこんだ。) レオナ: (パラケルススから共有……いや、私が盗み見た魔法陣。 あの術式を再現するだけでは足りなかった……) レオナ: (おそらく、残るピースは『場所』…… その土地の力が術式に左右するというもののはず……) (確実に術式が動作する土地、それは直轄領近くの森の中。 ヴェルメリオやピュルテが向こうの世界に行く際に使った、 元々、魔法陣のあった場所だ。) (あるいは、異なる世界を繋ぐ特殊な場所をロゼッタが作ったとも聞いているが、 いずれも警備が厳重であることは言うまでもない。) レオナ: (現職コミッティじゃない私が許可なく入るのは無理だよね。 となれば……他に術式が使えそうな場所を探すしかない) レオナ: 次は…… (地図を開くレオナ。そこにはいくつか印がつけられていた。) レオナ: いまいる場所から一番近いのは、ここかな (背景切換...) 雨依: ん…… (意識がゆっくり戻ってくる。ここは、どこだろう。) (周囲を見回すと、石造りの建物が目に入る。といっても、朽ち果てていて ほとんどガレキ同然だ。私の身体はその、平たい石の上に横たえられていた。) タルタロス: 雨依。起きた? 雨依: タルタロス……。そうだ、私は (立ち上がると同時に走る痛みに顔をしかめる。 全身が軋むような痛み。筋肉痛にも似ているが、もっとひどい。) タルタロス: まだ安静に 雨依: 確か、タルタロスが襲われて、それで私はカッとなって―― タルタロス: うん。私が目覚めたら、その姿になってた 雨依: (これは、何……?見た目まで変わるなんて。それに……) (ぼんやりとしか残っていない記憶を手繰り寄せる。そう、私はゼウスたちμと互角に渡り合っていた。私でも知っている、あの有名なゼウスが弱いはずがない。) (でも、人間さんがエルマイトを思うように使えないように この世界ではディマイトも意味がないはず。) 雨依: (ということは、ディマイトじゃないってこと? 私の魔物を呼び出したりする能力が進化して……) タルタロス: 雨依 (タルタロスの呼びかけに、私は思考に沈みかけていた意識を彼女のほうへと引き戻す。) 雨依: なに? タルタロス: ありがとう 雨依: え……そ、それは私が言うことでしょ。 気を失った私をここまで運んできてくれたんだから タルタロス: ううん。雨依は、私のために戦ってくれた 雨依: それは……うん、そうだけど タルタロス: そんなの、初めてだった 雨依: …… (タルタロスがどれくらいの時間を過ごしてきたのか、私は知らない。 でも、私の人生よりはずっと長いだろうとは予想できる。) (確かに信民はタルタロスが傷ついても武器をとり戦おうとはしない。 μと信民は共助関係にあると言いながら、信民はμが倒れれば新たなμを探すだけだ。) 雨依: (アディスにいる信民も、元はガイアが作って ゼウスが倒したμについていた信民なんだから……) 雨依: タルタロスは……孤独だったんだね タルタロス: あまり考えたことがない。でも、きっとそう 雨依: ……考えてみたら、私も同じかも タルタロス: そう? 雨依: 私のために戦ってくれた人なんて、いない (でも、それはもう答えが出ている。そもそも私が誰かのために 戦ったことなどないからだ。一方的に守られようなんて虫が良すぎる。) タルタロス: じゃあ、お互い様 雨依: そうなるわね タルタロス: なら……もう孤独じゃない。私も、雨依も 雨依: ……っ タルタロス: どうした? 雨依: そういうこと、サラッと言えちゃうタイプなのね。なんか、そんな感じはしたけど タルタロス: 食べる? (タルタロスは手にしていた布包みを開いた。中にはいくつもの木の実が詰まっている。) (特別なことを言った気負いなんてちっともなくて、 さっさと話題を変える彼女の姿に、私は思わず笑みを浮かべた。) 雨依: そうね。一緒に食べよう タルタロス: 体力、回復させて 雨依: 言われてみれば、すごく身体が疲れてるのよね。あちこち痛いし…… タルタロス: 無理しすぎてた。止められなくて、ごめん 雨依: 私が勝手に暴れてたんだから、いいのよ。 タルタロスの傷は、私が治せたのよね?ちゃんと治ってる? タルタロス: うん、大丈夫 (その答えに私は胸をなでおろす。でも私は治癒魔法なんてやったことがない。 本当に完治しているか、しばらく注意しておかなくちゃ。) 170050 - 心の危うさ (それにしても、と私は木の実をかじりながら激しかった戦いを思い返す。 ゼウスたちのあの、必死な表情。あれは、何もわかっていない顔だ。) 雨依: 腹立つわね。あいつら、何も反省してないわよ。 どうして怒ってるんだろう、何がいけなかったんだろう、なんて何も考えてない 雨依: ああいう明るく楽しく暮らしてる連中には通じないのよね。 きっと『強かったー』とか『勝てなくて悔しい』とかそんな感想しかないのよ (さっきまでタルタロスの言動に、ほっこり笑顔になっていたはずなのに私はすぐに険しい表情になってしまう。こういうところが情緒不安定と言われるんだと自覚もしている。) タルタロス: 私を撃ったのも何か理由があるのかも 雨依: タルタロスは本当にのんきね タルタロス: そう? 雨依: (でも……) 雨依: (私がこれまでやってきたことも、似たようなことなのかも。 エンリルを煽って、アプスーと争わせたり……) (よぎる思考を振り払うように頭を振り、私は努めて明るく聞いた。) 雨依: それで?この後どうするつもりなの? タルタロス: アディスに戻らないと 雨依: あ、ここはアディスじゃないんだ タルタロス: はずれのほう。境界線に近い 雨依: でも、戻ったらあいつらに出くわすかもしれないわよ タルタロス: 大丈夫。もっと、すごく奥のほうに行く 雨依: そこに何があるの? タルタロス: 何も。さっきの人たちがいなくなるまで隠れる 雨依: ほんと、平和主義ね……。でも、いいわ。タルタロスの方針にしたがう タルタロス: ん (背景切換...) ハデス: 休める場所があってよかったわ。気分はどう? ピュルテ: あ、はい……ありがとうございます。すみません、何から何まで…… ハデス: 気にしなくていいの。無理をしてるのはわかってるわ アヌ: ……もしかしたら、長くないかもしれないね ピュルテ: えっ…… ゼウス: そ、そんな!?何か病気とかなの!? アヌ: あ、ごめ、ち、違うよ。 この世界にいられる時間が、って意味で……誤解される言い方して本当にごめん…… オーディン: そ、そういう意味ですか。びっくりしました……。 でも確かに、ヴェルメリオさんのときとちょっと似ているかも ピュルテ: わ、私、まだやれます! ピュルテ: というか、まだ何もしてません 人間さん: 何もしてないなんて、そんなに卑屈にならないで。ピュルテが来てくれただけでも 俺は心強かったし、実際にテュポーンとも戦ってくれたじゃないか ゼウス: そうですよ!ピュルテさん、めちゃくちゃ強かったです! ピュルテ: でもなんか一発屋というか…… 人間さん: 何を言ってるんだ。一発当てるのがどれだけ大変か。 それにテレビに出なくても営業でしっかり稼げてたりするし ヘラ: 人間さん、言ってる意味は全然わかんないけど、たぶん話がずれてる 人間さん: ハッ!……ごめん、一発屋と言われる芸人で好きな人がいたもんでつい ハデス: とにかくよ。ピュルテは自分を追い込みすぎなのよ。 少し肩の力を抜いたほうがいいわ。特に、この世界ではね ピュルテ: は、はい…… ゼウス: 体調が悪いのはしょうがないですから、少し休みましょう。 わたしが看病しますから安心してください! ハデス: ゼウスが看病? ヘラ: いいなぁ!わたしもされたい。ねえねえゼウス、もしかしたらお熱があるかもしれないの ハデス: ヘラは私と来なさい。急なことで旅支度もできてないから、食料はここで調達しないと ヘラ: え~?ゼウスにおでこコツンってされたいのに~! ゼウス: 頭突きですか? オーディン: 絶対違いますからね……? ハデス: オーディン、人間さん。悪いけど後のこと頼むわ。ちゃんと見守ってあげてて。 ゼウスの看病ってちゃんとできるか信用ならないから オーディン: あ、はい……なんとなく言わんとすることはわかりますので…… アヌ: ねえ。なんで私には言わないの ハデス: …… アヌ: なに ハデス: いくわよ、ヘラ アヌ: 無視なの~!? (背景切換...) ヘラ: 近くに信民の集落があるみたいね。何か食べ物もらえると思うから行ってみる? ハデス: そうね。何か美味しいものを食べればピュルテも少し気持ちが上向くかもしれないし ヘラ: ゼウスもね ハデス: あの子は大丈夫よ。 さすがにちょっとヘコんでたけど、負けたわけじゃないと自分で考えられれば ヘラ: まあ、ね。わたしが心配しすぎると逆効果だと思うし、 黙って見守ることにしたけど。でも心配は心配だし ハデス: ゼウスはいつも元気で明るいけど、だからこそ心配よね。 いつも病んでるヘラは、自力で回復できるってわかってるから気にしてないけど ヘラ: ちょっとはわたしのことも心配してよ ヘラ: でも、わかる。だからやっぱり、ゼウスのそばにいつもわたしがいなくちゃだめなのよ ハデス: 結局、そこに結論を持っていくのね…… 170051 - ポセイドンの正体 ドロシー: ポセイドンが、μ……ですって? ポセイドン: うん、そだよ~ ダークマター: 話し方のせいで緊張感がまるでないですけど、めちゃくちゃ重要なことでは……? ドロシー: μっていうのは、向こうの世界で力を持っている存在よね。 だから、この機械にも反応した…… ポセイドン: ってことなんだろうね。これまではほら、そんな装置も存在しなかったから 誰もあたしに注目してなかったけど トリアイナ: いいのですが、ご主人。簡単にお伝えしてしまって ポセイドン: おにーさんが行っちゃってるっていうんだもん。力になってあげたいかなって トリアイナ: なるほど。出過ぎたことを、失礼しました ドロシー: 聞きたいことはいろいろあるけど、まず……どういう方法かは一旦おいとくとして、 ポセイドンの存在が人間さんの助けになることはある? ポセイドン: あははっ、さすがだね。言ってみればあたしって世界の特異点でしょ? そんなのが急に目の前に出てきたのに、まず聞くのはおにーさんのことなんだ ドロシー: この調査自体、人間さんのためにやってることだもの ポセイドン: ま、力になれるとは思うよ~ ドロシー: 助かるわ。嵐の中、来たかいがあるってものよ ピエドゥラ: さ、さすが師匠です。落ち着いて話を進めています…… トーコツ: こういうときのクソ度胸こそ、師匠の真骨頂だからな ドロシー: じゃあ詳しく話を聞こうかしら。まず、あなたは何のためにオトギノクニに来たの? ポセイドン: 目的なんてないよ。気が付いたら迷い込んじゃってた ドロシー: ふうん……?それじゃ、向こうの世界について教えて ポセイドン: 町並みとかはこっちにもありそうだし、 やっぱり最大の違いはエルマイトとかがないってことじゃないかな ドロシー: エルマイトのない世界、ね。異世界だし、予想はしてたけど。でも魔物はいるのよね? ポセイドン: μには特別な力がある。これがあれば戦えるってわけ。 おにーさんを助けられるっていうのも、そういう意味だよ ドロシー: オトギノクニに来てからそれなりに経つんでしょう?まだ力は残ってるの? ポセイドン: 使わなければ、消えずに身体にずっと残り続けるから。あたしは、もう使わないものだし ドロシー: 人間さんを連れ戻せる力ってわけじゃ……ないのよね? ポセイドン: エルマイトみたいなものだと思って。 いろいろ使えるけど、そんな変わったことはできないの ドロシー: ポセイドンみたいに、こっちに来ている人は他にもいるの? ポセイドン: さあ、どうだろ。あたしはオケさんとふたりでここに来て、それでずーっとこつこつ エルマイト溜めてきたけど、その間に同じような人とは会わなかったよ ポセイドン: っていっても、同じ世界じゃないと顔見てもわかんないけどね。 μだからってすぐ気づけるわけじゃないし ドロシー: 同じ世界じゃないと……?μの世界はいくつもあるの? ポセイドン: そういうの研究してる詳しい友達がいたんだよね~。その子によると、μの世界っていっぱいあるんだってさ。あたしもオトギノクニに来たとき、最初はそっちかと思ったんだ ドロシー: その友達に詳しく聞きたいところね ポセイドン: 元気にしてるかなぁ。エロースって子なんだけどね (背景切換...) ゼウス: さあ、ありったけの毛布を持ってきました ピュルテ: えっ…… ゼウス: 全部頭まで被ってくださいね。いま、暖炉をつけます ピュルテ: あ、あの、なんでこんなことを? ゼウス: 調子が悪いときは汗をかくといいんですよ!わたし、詳しいんです! オーディン: それ発熱してるときのやつですよ…… 人間さん: 発熱だとしても、ここまでやったら死んじゃいそうだけどな ゼウス: えっ、違うんですか!?じゃあ、えーっと、そうだ!逆に冷やせばいいんですね! 氷水を用意するのですっぽんぽんになってください! アヌ: こらこら。ピュルテに恨みでもあるの? ピュルテ: あとゼウスさんって、わりとカジュアルに裸にさせようとしません? ゼウス: 女の子どうしなんですから~ ピュルテ: ハデスさんとヘラさんにも、そんな感じなんですか? ゼウス: え、はい。一緒に住んでいる、家族同然のふたりですし アヌ: ヘラがちょっと歪んでいった責任の一端はゼウスにもありそう (コンコン) 人間さん: ん?ノック? オーディン: あ、ハデスさんたちが戻ってきたみたいですね。いま開けますよ~ 人間さん: いや、待て。ふたりなら勝手に入ってくるはずで、ノックはおかしい―― オーディン: え、あっ……? エロース: おっつー。ピュルテっち、いる? 170052 - 力を「加える」ということ ピュルテ: あの……お久しぶりです、エロースさん エロース: ピュルテっち、なんか元気ないねー?そっちの彼が人間さんっちじゃないの? 人間さん: っち……? 人間さん: あ、いや、ピュルテが世話になったって聞いたよ。いろいろとありがとう エロース: いーの、いーの!うちはピュルテっちが大好きな、愛する人間さんっちと ラブラブちゅっちゅしてるところを見たくてやってるんだから オーディン: らっ……!? ゼウス: ちゅっ……!? ピュルテ: エ、エロースさんっ!人間さんの目の前でそんなこと……! エロース: なのに、全然ラブラブでもないし、逆にピュルテっちはなんか元気ないし。つまんないの エロース: え、まって?ピュルテっちと人間さんっちってカレカノじゃないん? アヌ: あー。これ、あれか。どうせエロースと人間さんが会わないと思って 彼氏設定であることないことノロケ話をしちゃった的な ピュルテ: そんなことしてませんよっ!ちょっと勘違いが起きてるだけですっ オーディン: そ、そうですよね…… ピュルテさんなら、ちょっとありえるかなって思っちゃいました……ごめんなさい ピュルテ: 皆さんの中の私のイメージどうなってるんですか~! エロース: で?彼氏じゃないからちゅーもしてないしラブラブでもないとして元気がない理由は~? あー、もしかして ピュルテ: え、あの、エロースさんっ?急に手なんて握って何を エロース: 身体にちょっと触ってみないと確かめられないからさー。 別に手じゃなくておっぱいでもよかったんだけど ピュルテ: えっ!?そ、それはさすがに! エロース: あー、そっかぁ。やっぱり力が使えなくなってきてるみたい ピュルテ: ……っ!! エロース: これはうちの責任かも。ごめんね ピュルテ: エロースさんは何も悪くないです。どうしてそんなことを エロース: たぶんさ、うちのクピドに触ったから、 この世界での力を手に入れたんだと思うんだよね ピュルテ: あ……そういえば、あのとき…… エロース: まだ、うちも分かってなくて、ごめんなんだけど。 あのとき、たぶんうちと何か『縁』が繋がったんだと思う (俺がちらりと見やると、アヌと視線がぶつかる。 同じことを考えていたようで、互いにうなずきあうと 俺はエロースにヴェルメリオのことを話して聞かせた。) (既に世界と一体化していたキと、 こうして意思を持って行動できるエロースとは事情がおそらく異なるだろう。) (でもピュルテに起きている事象はきっと ヴェルメリオと共通しているのだと思ったからだ。) エロース: はー、なるほどねー。じゃあ異世界から……とりま、オトギノクニから来た人は、 μと縁を繋ぐことで、力を使うことができるんだろうね アヌ: その力がどこからきているのか、私にはわからない。 ただ、世界と一体化したキなら無限に使えたかもね 人間さん: でも限界はあった。力が尽きたというよりは、ヴェルのほうに無理がきた感じだったな エロース: 考えてみれば当然なんじゃない? 本来なら自分の身体に入ってこない力で動いてるんだもん。健康にはならないっしょ ゼウス: じゃあピュルテさんも無理がきてしまったんですか? エロース: ヴェルっちに比べたら、うちなんかと繋がっちゃってピュルテっちにはほんとごめんだわ ピュルテ: そ、そんな!あのままだと私は本当に何もできなかったし、 それにエロースさんのせいだなんて エロース: たぶんね、相性ってあると思うんだ。 まったく別の力でも何か共通する部分があれば、だましだまし期間を伸ばせるはず アヌ: あ……! エロース: アヌっち、心当たりある? アヌ: キって、わりとこう、ネク……大人しいタイプなんだよね。 ひとりでウジウ……じゃない、じっくり考えちゃうというか オーディン: アヌさん、トゲが隠しきれてませんよ…… ピュルテ: 性格ってことですか!? エロース: だけじゃなくて、いろいろパターンはあるだろうけど。 でもピュルテっちとうちだと、特に見当たらないもんねぇ ゼウス: それじゃあピュルテさんはもう、帰らなきゃいけない……? エロース: まだ大丈夫だよ。十分、戦える。でも長くはないかな ピュルテ: そう……なんですね……。いえ、来たときから期間限定なのは覚悟してますから ゼウス: うう、ピュルテさぁん。寂しくなりますぅ…… ピュルテ: ゼウスさん…… エロース: ってことで、いまのうちに人間さんっちとちゅーしたほうがいいよ。 うち、ここで見てるから ピュルテ: 皆さんの前でそんなの無理です! 170053 - 浸蝕する異変 (タルタロスにアディスの辺境だという場所に案内された。 見たところ、私の知っているアディスと大きな変化はない。 ただ人の――信民の気配はなかった。) (背景はどうあれ、そこに確かに人々の生活が息づいているという 確かな気配が私が滞在した場所にはあった。ここには、それがない。) 雨依: なんか見捨てられた場所、って感じがする タルタロス: そう? 雨依: 元いた世界でも、私はそういう場所にいたし、自分自身も見捨てられた存在だったから 雨依: たくさんの人の中にいるはずなのに、ずっと独りで タルタロス: 雨依の言う通り 雨依: 何が? タルタロス: ここ。というかアディスそのものが、見捨てられた場所 タルタロス: この世界の、表に出してはいけないものを閉じ込めておく。アディスは、そういう場所 雨依: ……そこに、タルタロスはずっといるんだね タルタロス: そう (それ以上は深く聞かなかった。でも、彼女の言葉をそのまま受け取るなら、 タルタロス自身が表に出してはいけないものだと取れる。) (臭い物に蓋をする、という言葉を思い出す。 確かにそこにあるのに、見えないフリをしたところで解決にならない。 むしろ私の痛みは増すばかりだった。人間界の記憶がふと甦る。) タルタロス: …… 雨依: どうしたの? (タルタロスがふと足を止めた。 顔を上げた彼女の視線を追うと、少し先に大きな塔が見える。) 雨依: あれは何? タルタロス: 監獄 雨依: 誰か捕まってるの? タルタロス: 捕まってた。でももう、いまは誰もいない 雨依: ……何か気になる? タルタロス: 誰もいないのに、良くない気配がする (私は、もう一度その監獄と呼ばれた塔を注視する。確かにどこか禍々しい気配がするような気もする。でも見た目や監獄という情報に影響されただけかもしれない。) タルタロス: 離れよう 雨依: あ、うん…… タルタロス: アディスを出て、別の場所に行く 雨依: でも―― (脳裏に、私にまとわりつく子どもたちの顔がちらつく。全てを捨てて、愛する人も裏切って、悪に徹する。そう決めたのに、ここにきて情にほだされている自分が情けない。) (タルタロスは、そんな私の心をどこまで見透かしたのか、ふっと小さく微笑んだ。) タルタロス: 大丈夫。しばらくしたら戻る 雨依: あ……う、うん (しばらくして戻って、そして私は平穏な日常を送るのだろうか。 手を濡らす血は消えやしないのに?罪が赦されることもないのに?) (きっと、私はこのしばらくの間に何かを決めなくちゃいけない。そんな気がした。) (背景切換...) フアナ: おやつは必要だと思うの! リル: フアナ殿がそう思うのなら買っていけばいいのでは フアナ: ええー?なーんでー?一緒に選ぶのが楽しいのに! リル: わかった、わかった。こんな道の真ん中で騒ぐんじゃない フアナ: 冒険パーティーの旅支度なんだから、別行動なんて寂しすぎるよ。 ちゃんとリルが見たいものも一緒に行くから。ね? リル: 小生の買い物は、ひとりでできるから付き合わせるつもりは…… フアナ: ええー? リル: わかったから。じゃあ小生にもつきあってもらおう フアナ: やった♪ふふふん リル: しかし冒険パーティーといっても、小生とフアナ殿のふたりきりか。 さすがに不安は残るな。回復薬を多めに買っておかなくては フアナ: 遊びに行くわけじゃないし、そこは真剣に考えないとだよね リル: (遊びに行くわけではない、と理解していたのか……。 さりげなく釘を刺したつもりだったのだが……) リル: 小生とヴェル殿に白羽の矢を立てたのは、 やはりペローとの因縁を考慮して、ということか フアナ: その通りだよ。あたしじゃ気づかない手がかりにも目を光らせてくれるかなって リル: コミッティは、ペローがラームス世界の者たちを手引きした、と考えているんだな フアナ: そこまでの確証はないけど、疑わしいなら調べておこう、っていうスタンスに近いかな。 本人にも尋問したみたいだけど、だんまりだったらしいし リル: GR2という大事を成し遂げ、ライブラも封印、ペローも捕縛…… 状況的につい錯覚してしまいがちだが、実は奴らの計画は明るみに出ていない…… リル: しかしラームスとは、一体何なのだろうな フアナ: そこはティンカがうまくやってくれると信じてるけど リル: ティンカ殿をシンデレラ殿の会食に行かせたのは、それが主題だったのか フアナ: そういうこと。まあ、おかげでこっちは手薄になるけど―― ???: ……それなら ヴェルメリオ: ……わたしも連れて行って リル: ヴェル殿!? (背景切換...) ガイア: ……何かがおかしい (ガイアは住み慣れた場所で、頭を抱えていた。) ガイア: 意識していない間に、私の知らない私がいるかのような…… 誰がテュポーンとブロンテスにあんなことを ガイア: それにテュポーンの様子も少し違和感が…… いえ、短期間に成長したという可能性もありますが…… ガイア: この世界で、一体何が起きているのです…… 170054 - ディマイトを追って 人間さん: もう大丈夫なのか? ピュルテ: はい!少し休んだら元気になりました! ハデス: 私たちの回復に力を使わせすぎてしまったのかもね ピュルテ: いえ、もっと根本的な事情みたいなので……何かあれば遠慮せず言ってください アヌ: ま、回復を使うってことは傷つくってことだからね。 そんなこと起きないほうがいいに決まってるけど オーディン: ガイアさんの居場所はこの先なんですか? ゼウス: 結構遠いんですよね。ばばーっと移動できちゃえば楽なんですけど 人間さん: そういえば乗り物は使わないんだな (町では荷車などは見かけたが、あまり一般に普及していないのだろうか。 普及率が低いと必然的に費用も高くなることが多い。 俺もコミッティとして楽をすることに慣れ過ぎていたかもな、と反省する。) ハデス: まあ、そうね。あまり乗り物って多くないのもあるし、それに……ね ゼウス: わたし、乗り物苦手なんです!すぐ気持ち悪くなっちゃって! 人間さん: 最強を自負しているのに、意外な弱点があったのか…… ヘラ: いいんだよ。歩いたほうが健康的だし。ゼウスはそのままでいいの ゼウス: もちろんです。わたしも克服するつもりはまったくありません! アヌ: すがすがしいほど前向きだね ゼウス: 本気になれば、どの乗り物より速い自信もありますし! オーディン: ゼウスさんの身体能力なら、あながち大げさってわけでもなさそうですね 人間さん: 一刻を争うってわけでもないしな ピュルテ: ……っ! (和やかな空気の中で突然、ピュルテが息をのむのが気配で伝わった。 しかし、周囲にさっと視線を送っても、何か変わった様子はない。) 人間さん: ピュルテ? ピュルテ: あちらの森から強烈なディマイトの気配が伝わってきます……! もしかしたら、雨依さんかもしれません (全員、顔を見合わせた。) (ガイアのところに状況を確認しに行く途中ではあるが、雨依のほうがより手がかりを持っている可能性は高い。しかし、先ほどから状況が何も変わらない中、彼女と相対しても――) ゼウス: 行きましょう オーディン: う、雨依さんのところに、ですか……!? ゼウス: ええ。今度こそバシーンときれいに勝ってみせますよ! ヘラ: ゼウスぅ!?で、でも…… (言いかけて口をつぐむヘラ。 彼女の立場として、ゼウスの勝利を疑うようなことは言えないだろう。) ハデス: さっきと何も変わっていないのよ。同じ展開が繰り返されるだけだわ ゼウス: お互いに手の内は分かっているんです。同じじゃないですよ。 それに、わたしは負けませんから! (背景切換...) (言うが早いが、ゼウスは一目散に森の方へと駆け出す。 俺は半ば反射的に彼女の後を追いかけていた。) (少し遅れて、足跡が後ろから聞こえてくる。だが全員分ではない。 揃って向かうべきか、誰かがガイアのほうへ回るべきか、判断に迷っているのだろう。) (それを確かめるために後ろを振り返るような余裕はなかった。 軽やかに走り抜けるゼウスに、引き離されないようにするだけでも一苦労だったのだ。) (やがて深い森を抜け、木立がまばらになった場所に出る。 そこにいたのは雨依ではなく――) ゼウス: あなたは、テュポーン……!? (背景切換...) ヴェルメリオ: ……わたしなら、もう大丈夫だから。フアナ、連れて行って フアナ: ほ、本当に大丈夫なの!? そりゃあ一緒に行く友達は多いほうが楽しいし、もし危険があっても対処しやすいけど ヴェルメリオ: ……ペローが関係してることなんでしょ?だったらわたしも関わっておきたいの ヴェルメリオ: ……それに、離れていても人間さんのために少しでも何かしたいから リル: ヴェル殿…… フアナ: ど、どうしよう、リル リル: やれやれ、今回のパーティーリーダーはフアナ殿ではないのか? 小生は、体調面に不安がないのなら、ヴェル殿を歓迎するが フアナ: だ、だよね!うん、それじゃあヴェルも一緒に……けど、本当に大丈夫なの? ヴェルメリオ: ……素直に白状すると、まだ万全じゃないとは思う。頭がふらつくし、倦怠感が残ってる ヴェルメリオ: ……でも逆に言うと、それだけ。 こっちに戻ってくるとき、わたしはケガしたわけじゃないから フアナ: そっか、ならよかった。……ただ、向こうで何が起きたのか、 っていう話をシェイクスピアやコミッティに共有してもらうのが先かな ヴェルメリオ: ……そうだね。きっとそれが、人間さんのためにもなる フアナ: そうと決まったら明日にでもコミッティ本部に行こう。あたしがついていくから ヴェルメリオ: ……ありがと、フアナ フアナ: そうと決まったら、今日のところは旅支度をしようよ。三人でお買い物、楽しそう! リル: まったくフアナ殿は、どこまで本気なんだか 170055 - 敗北と分断 ピュルテ: はぁ、はぁ、追いつき、ました……っ! 人間さん: ピュルテ……。それに、みんなも (俺とゼウスがテュポーンと邂逅した直後、後ろから茂みを揺する音を聞き、振り返る。 そこには息を切らせたピュルテと、他の面々も続いていた。) (結局、二手に分かれる選択肢は捨てたのか、誰も欠けることなく顔が揃っていた。) テュポーン: きたきた ゼウス: テュポーンさん、あなたはここで何を……いえ、それよりも ゼウス: ピュルテさん。さっき感じたディマイトの相手って、テュポーンさんですか? ピュルテ: ……そうみたいです 人間さん: μがディマイトを? (μが使うのはエルマイトでもディマイトでもなく、 彼女たちの世界にある別のエネルギーだと、これまでの経験を踏まえそう解釈していた。) (故に、μからエルマイトやディマイトを感じるはずがない。) ピュルテ: 私と会ってから、何があったというんでしょう…… 人間さん: (そうだよな。ピュルテは一度、テュポーンに会っている。 あのときは感じなかったわけだ) ハデス: 悪いけど、私たちはあなたと遊んでいる暇はないのよ テュポーン: テュポもだよ ハデス: なんですって? テュポーン: ガアが、かえってきなさいって オーディン: ガイアさんのところにテュポーンさんも……?それなら―― テュポーン: あとテュポ、つまんないもん ピュルテ: つまんない……? テュポーン: みんなよわよわ ゼウス: なっ……何を言ってるんです!?わたしは強いのでテュポーンさんにも勝ちますから テュポーン: このまえよわかったよ ゼウス: あれは……っ ピュルテ: 私が来て逃げて行った人が何を言ってるんですか! ハデス: ゼウス……? 人間さん: (雨依とタルタロスとの戦いに参加できなかったピュルテが実績を歪められるのに敏感なのはわかる。でもゼウスも……もしかして、やっぱり気にしてるのか……?) テュポーン: だって、かみのけだよ テュポーン: かみのけにかって、よろこんでる ピュルテ: あのときはテュポーンさん本人と戦う前に!テュポーンさんがいなくなったから! ゼウス: そうです……わたしは負けてなんか……! テュポーン: ばいばーい (背を向け木立の中へと姿を消すテュポーン。その後を、いち早くゼウスが追った。 今度こそ、俺も含めて誰も反応できず、彼女の背を見送る形になってしまう。) ハデス: いけない、追いかけるわよ! ヘラ: うんっ! (背景切換...) テュポーン: きたきた ゼウス: くっ……すばしっこい人ですね。逃がしませんよ! テュポーン: にげてないよ ゼウス: 逃げながら言うって、説得力ゼロじゃないですか! テュポーン: ちらり ゼウス: とにかくっ、待ちなさい! テュポーン: はぁい ゼウス: あだぁっ!? テュポーン: いたい ゼウス: それはこっちのセリフです! テュポーン: ちゃんとまえみて ゼウス: あんな急停止されたら避けられませんよ! テュポーン: とまれっていったのに ゼウス: 言いましたけども! テュポーン: それに テュポーン: これ、よけられないの?よわいから? ゼウス: ……っ!? テュポーン: じゃあテュポとしょうぶするひと。このゆびとーまれ ゼウス: ……なるほど。 わたしとタイマン勝負がしたかったんですね。それでこうして走り回っていたと ゼウス: 言ってくれれば、仲間に手出しさせずに受けて立ちましたのに テュポーン: ちがうけど。ま、いいか テュポーン: テュポにはかてないよ (背景切換...) ハデス: 完全に見失ってしまったわね ピュルテ: ここは手分けして探しましょうか ヘラ: うう、ゼウスのことだから大丈夫だろうけど、無理してないかなぁ…… (逃げるテュポーン、それを追うゼウス。俺たちは完全に見失ってしまった。) (ピュルテもディマイトを感じなくなってしまったというから、 テュポーンは本当に逃げに徹しているのかもしれない。) 人間さん: じゃあ俺はこっちを ハデス: 何か見つけたらすぐに仲間を呼ぶこと。人間さんだけでなく、 これは全員が徹底するのよ アヌ: はいはーい。言われなくてもひとりで対処なんかしないよ~ (背景切換...) (こうしてしばらく、周辺の森の中を捜索していた。どれくらい経っただろう。時間の感覚もなく、そういえば再集合する時間も決めていなかったな、と思い当たったそのとき――) (激しい爆音と地響き。かなり近い。) (俺は一瞬、みんなを呼ぶか逡巡したが――) 人間さん: (こんな大きな衝撃なら、全員が気づいたはずだ。みんな向かっているはず) (そう考え、音のした方へと急ぐ。そんなに広い森でもないだろうし、 タイムラグがあったとして多くても5分程度だろう。) (戦績が何もないのは俺もだが、ゼウスやピュルテと違い焦りはない。 状況を慎重に確認して、仲間の到着を待つ冷静さは持っている――) (はずだった。) (背景切換...) (だが、開けた場所で傷だらけで倒れ伏しているゼウスの姿を見て、俺は思わず茂みから身を乗り出してしまった。駆け寄ってしまうほど愚かではなかったが、しかし。) テュポーン: みっけ 人間さん: テュポーン……!? テュポーン: らっきーだ 人間さん: ラッキーって……?うっ!? (素早くこちらの懐に飛び込んできたテュポーンは、 俺のみぞおちに当て身を食らわせてくる。) テュポーン: じゃ、いこ 人間さん: な……にを…… (背景切換...) (俺の意識はそのままブラックアウトした。) 170056 - 大切な人へ (アディスの片隅だというこの場所で、私たちは野営を続けていた。 タルタロスはサバイバル能力が高いので、生活に困ることはない。) 雨依: ……タルタロスは、何も聞かないよね (私は焚き火を見つめながら、ふとつぶやいた。) タルタロス: そう? 雨依: 私がこれまで何をしてきて、どうしてここにいるのか……大抵の人は聞くと思う タルタロス: 雨依は、いまここにいる。見えてるものだけでいい 雨依: ……そうね。タルタロスはそう言ってくれると思った。だからこそ、聞いてほしくて タルタロス: ん 雨依: 私は大切な人を裏切ったの。善意を踏みにじって、傷つけて、 何も関係ない人たちを争いに巻き込んで 雨依: もうきっと戻れない。そう考えたら悲しくて、辛くて、自分が嫌いで。悪い方にどんどん進んでいっちゃって。このまま悪者として振り切っちゃえばいいんだって……思い込んで タルタロス: …… 雨依: 私は居場所がほしかった。ここにいてもいいんだよ、って誰かに言ってもらいたかった。 できるなら、私の好きな人に…… 雨依: あの人の横にいたかった。だけど、そこに居場所はないんだって気付いちゃって―― タルタロス: ここにいて 雨依: タルタロス…… タルタロス: 私は、雨依にいてほしい。私の隣を居場所にして 雨依: うん……タルタロスが居場所になってくれるって、私も感じる。 だから最近は落ち着いて過ごせてたし、変な声も無視し続けてたの タルタロス: ずっと……探してたの? 雨依: どうかな。人間界にはなかったけど、 オトギノクニではこんなに情緒不安定になることは少なかったかも タルタロス: そばにいてくれる人がいた? 雨依: ……うん タルタロス: そっか。じゃあ、いつかは戻らないと 雨依: でも、タルタロスは―― タルタロス: 雨依みたいに私を必要としてくれる人がいた、っていう事実だけでも支えになるから タルタロス: だから、雨依は戻って。その時が来たら 雨依: ……どうするかなんて、決められない 雨依: でも、もし戻るとしてもそれは、やるべきことをやらなきゃ。 じゃないとオトギノクニで、そばにいてくれた人にも顔向けできないから タルタロス: やるべきこと? 雨依: そう。全部を帳消しになんてできないってわかってるけど、それでも…… (背景切換...) レオナ: おじさーん、一部屋空いてるかな? 宿屋の主人: はいよ。いい部屋は埋まっちまってるけど、Bクラスの部屋でいいなら レオナ: 全然。シャワーからお湯が出て、ベッドに虫がいなければそれ以上は私は求めないよ 宿屋の主人: いくらなんでも、そんなひどい部屋はないって。 最近は本当にエルマイトも充実しているからねぇ レオナ: そうなんだ? 宿屋の主人: なんだっけ?どこかの国でものすごくどでかい魔法陣が動いたとかなんとかで、 エルマイトが豊富に使えるようになったらしいよ レオナ: へぇー…… レオナ: (GR2のことだろうなぁ。あの術式自体は直接エルマイトの量には関係ないけど、 あれで天空神殿体制が崩壊したから) レオナ: (これまでプールしていたエルマイトを、コミッティは市場に大量に流通させたらしいし。非常時に備えていたディマイトも開放したっていうから、そりゃあね) (背景切換...) レオナ: うんうん、悪くない部屋だね。それじゃあ明日はどのあたりを調査しようかな、っと レオナ: …… レオナ: (パラケルススから盗み見たのは魔法陣の術式だけじゃない…… コミッティの、一連の調査記録もあった……) レオナ: 人間さんくんの行方についてはいろいろと手を回してる。 でも……雨依のことは何も記述がなかった レオナ: もちろん人間さんくんはコミッティの一員っていう肩書がある。わかってはいるけど……これじゃ、雨依はただのエネルギー源で、道具みたいな扱いじゃないか…… レオナ: 雨依はこっちのことをどう思ってたのかわからない。けど、わたしにとっては友達。 だから……絶対に助けに行くわ。待ってて、雨依…… 170057 - 決死の捜索 ヘラ: どうなってるの……?ゼウスも、人間さんも消えちゃうなんて…… ピュルテ: 森で、あの大きな爆発があった瞬間は確かに強いディマイトの反応がありました。 爆発を起こしたのはテュポーンさんで十中八九、間違いありません オーディン: でも、人間さんもゼウスさんも見当たりませんでした…… ヘラ: けど!残されてた、この服の端切れは間違いなくゼウスのだよ! わたしが見間違うはずない! ハデス: 同じく残されていた血の跡からして、ゼウスは負傷しているわね。 ほんの少しだから、軽傷だとは思うけど アヌ: 爆発が起きた場所の範囲からすると、人間さんは近くにいたはずだよね。 手分けしたとき、あのあたりを担当してた ピュルテ: それでも見つからない、テュポーンさんもいない……ということは ハデス: 誘拐されたのよ。ふたりともね ヘラ: ゼウス……っ! アヌ: これは本当に手を抜きたいから言うわけじゃないけど、 相手が意図的にさらったのなら、闇雲に探しても埒が明かないよ ハデス: 当然、見つからないようにしているでしょうからね ヘラ: ピュルテさんの能力なら、 テュポーンのディマイトを探り当てて場所を特定できるでしょ? ピュルテ: さっきみたいに派手に動いてくれればいいのですが…… 力を使っていないと感知するのは難しいです…… ハデス: あれはきっとゼウスとやり合ったのよね。 少なくともμと対面しないと、あんなパワーは使わないでしょう オーディン: μと対面……といってもガイアさんにパワーを使うはずもないです。 となると、私たちの誰かと遭遇したとき、ってことになっちゃいますね アヌ: 堂々巡りだねぇ ヘラ: ううう……じゃあ、どうしたら……! アヌ: 考えるしかないんだよ。相手がどこに連れていくか ピュルテ: 普通に考えればガイアさんがいる場所なのでは?帰ると言っていましたし オーディン: そ、そうですよね……!あまり難しく考えなくても…… ヘラ: わかった!それじゃあガイアのところに行こう!いますぐ! オーディン: 向かっている途中で追いつくかもしれませんよね……! ハデス: ……その前に、一か所だけ確かめたいの。そこへ寄ってからでもいいかしら ヘラ: どこへ行くっていうの!? ハデス: おそらくゼウスは気を失っているわ。推測できる程度の軽傷なら 簡単に誘拐されるはずない。強くないとはいえ人間さんもいるのに ピュルテ: そうでしょうね。あのゼウスさんですから ハデス: でも、いつかは目を覚ますわ。生半可な拘束ではあの子を留め置くことはできないわよ ヘラ: 確かに……!ガイアのいる場所にどんな仕掛けがあるかわかんないけど あのゼウスをずっと縛り付けておくなんて ハデス: ガイアが、拘束する能力に特化した新型のμを創り出している、 という可能性もあるけど……私なら避けるわ。 本当にゼウスに通用する保証はないんだから アヌ: それらしいμが、テストのために出てきたこともないんだよねぇ? 確かにハデスの言うとおりかも ハデス: けど、確実にμを繋ぎ止めることができる場所はある オーディン: そ、そんなものが……? ヘラ: あっ……! ハデス: そう。アディスにある、『監獄』よ (背景切換...) ゼウス: う、うう……?こ、ここは……? 人間さん: よかった、気が付いたか (目を覚ましたゼウスに、俺はほっと安堵の溜息を洩らした。大した傷ではなさそうだったが、それでもなかなか起きないので少し不安になっていたところだ。) ゼウス: 人間さん!?あ、痛っ!? 人間さん: そこ、怪我してるから気を付けて。 一応、傷口を洗うくらいはしたけど……大した治療はできてない ゼウス: こんなのかすり傷ですよ!このわたしにとっては大したことじゃ…… ゼウス: あ、でも、ありがとうございます、人間さん。お気持ち、すごくうれしいです ゼウス: それであの、ここは一体……? というか、何が起きたんでしたっけ。確かわたしはテュポーンと 人間さん: たぶんテュポーンの攻撃を食らって気絶していたんだと思う。 俺はその姿を見つけて、ついうっかり近づいたんだ。そこをテュポーンに捕まった ゼウス: ということは、わたしたちはテュポーンにさらわれたんですか!? 人間さん: そうなるな。ここがどこなのかは見当もつかないけど、どこかの塔みたいな建物の中だ (俺は意識のある状態で、空飛ぶテュポーンに手首をつかまれこの建物に運ばれてきたので、状況はある程度把握している。ただ、土地勘がなさすぎて場所はわからない。) (といっても、それほど長い距離ではなかったように思う。 風景もあまり印象が変わらなかったので、おそらくはアディスからそう遠くないはずだ。) ゼウス: こんな鉄格子なんて、あっという間に壊してみせますよ!はあああああっ!! (ゼウスは鉄格子をつかむと、気合いを入れて捻じ曲げようと試みるが……。) ゼウス: な、なんて頑丈な鉄格子……わたしが開けられないなんて ゼウス: ……まさか、ここは 170058 - 打ち砕かれた自信 人間さん: アディス監獄……? (ゼウスは先ほどまでの勢いを急速に失い、俯きながらその名前を口にした。 俺が問い返すと、力なくうなずく。) ゼウス: この世界の吹き溜まりとも言われるアディスですが、その由来はこの監獄なんです ゼウス: 捕えたものを絶対に外に出さない。かつて、様々なμがここに囚われたと聞きます。 そして誰一人出て来なかったとも 人間さん: な、なるほど…… (なんだかんだ、ゼウスならここを突破できるのでは、 とどこか甘い考えを持っていた俺は、自分の浅はかさを恥じる。 考えてみれば、相手もゼウスの強さは織り込み済みなのだ。) (となれば、ゼウスが語るような伝説級の監獄を用意しているのは当然のことだろう。) ゼウス: ……わたし、何やってるんだろう 人間さん: ゼウス…… ゼウス: 結局、雨依さんに勝てないどころか、テュポーンにはハッキリと負けてしまいました。 それどころか、人間さんまで巻き込んで…… 人間さん: そのことなんだけど (ゼウスが目覚めるまでの間、思った以上に時間があったこともあり いろいろと状況について考えを巡らせていた。) (ずっと引っかかっていたのはテュポーンのラッキーという言葉だ。) ゼウス: ラッキー、ですか? 人間さん: ああ。そして二人をさらって引き上げたんだ。 つまり、本当の狙いは俺だったのかもしれない (テュポーンの強さからすれば、全員は難しいとしてもある程度は戦力を削ぐことが できたはずだ。なのに引き上げたということは、目的を達したことを意味する。) (倒れたゼウスを囮に使い、俺をおびき寄せた。そう考えるべきではないだろうか。) ゼウス: ……そうだとしても、わたしが役立たずで足を引っ張っていることには 変わりありません。むしろ、敵の策にまんまと利用されて…… ゼウス: ずっと負けたことがなくて、わたしは最強だと信じてました。 でも、それは生きてきた世界が狭かっただけ…… 人間さん: (……ゼウスは実際に強い。だからいままで負けなしだった。 たぶん、これが初めての挫折なんだろう。 こうなると一気にメンタルが崩れてしまうかもしれない) 人間さん: (こういうときこそヘラやハデスにそばにいてほしいけど…… 果たして俺が、傷ついたゼウスを支えられるだろうか) ゼウス: 弱いわたしなんて、何も価値がありませんね。もうどこにも、居場所なんてないんですよ 人間さん: ヘラもハデスも、強さなんかで友達を選んでなんかないって、ゼウスもわかってるだろ ゼウス: そうですね。ふたりだけは友達でいてくれる……でしょうか。けど、信民は…… 人間さん: 信民たちだって同じだよ。いつもあんなに仲良く話してるのに 1回負けたからって手のひらを返すような真似しないだろ (強引に根拠もなく言い切ったが、正直なところ信民についてはμをどう思っているか、 いまひとつ見えない。ただ、いまはそんな細かいことを考える必要はないだろう。) 人間さん: とにかく、ここから出よう ゼウス: いえ、わたしは足手まといになってしまいますから 人間さん: (こりゃ重症だぞ……) ゼウス: というか、無理ですよ。アディス監獄ですよ。絶対に出られない鉄壁の監獄なんです ゼウス: 人間さんにはなんてお詫びしたらいいか…… わたしが不甲斐ないせいで、こんなことに 人間さん: (出るには間違いなくゼウスの力が必要だ。けど、何か突破口を見付けないと、 絶望したままじゃモチベーションを維持できないよな……) 人間さん: 見たところ普通の鉄格子なんだけど、そんなに固いのか ゼウス: 普通の鉄ではなくて何かの魔力をまとっていると思います。 そのせいで、μの力が無効化されている感じがします ゼウス: 無効化されたら、μも信民も同じです。素手で鉄なんて曲げられるわけがありません 人間さん: なるほど…… (逆を言えば、腕力でこれを突破できる人物なら脱出可能なのだろうか。) (人間界では、たまに鉄棒を曲げたりする力自慢の姿をテレビや動画で見たことはある。 だが、太さもあるし、そうした人でも容易ではないだろう。) ゼウス: そんな人、いるわけありませんから。μはみんな、信民たちから頼ってもらった力で 常識外の行動ができるようになってるんです ゼウス: 自力で鉄が曲げられるような人がいたら、μのことなんて誰も頼らなく…… いえ、こんな弱いわたしじゃ結局は誰も信じてくれないでしょうけどね 人間さん: (うーん……ちょっとネガティブが行き過ぎて面倒な感じになってきちゃってるぞ……。 いや、病み始めはこういうものか……黙っておこう……) 人間さん: まあ、そうだよな。奇跡を起こすからμは特別扱いされるわけで 誰にでもできるようじゃ…… 人間さん: (……でも、約一名、素手で鉄を曲げそうな顔が浮かぶんだよな。 といっても、ここに来てくれるわけがないけど……) 170059 - 絶望の未来 オーディン: またアディスに戻ってきちゃって大丈夫でしょうか……? ピュルテ: ゼウスさんを欠いた私たちが、 タルタロスさんや雨依さんとまともに戦えるとは思えませんからね…… ヘラ: でもゼウスはアディスの監獄にいるんだよ!?行くしかないっ ハデス: あくまでも可能性よ。絶対にいるという確証はないわ オーディン: そ、そうだ……!私の未来視で確かめてみれば…… アヌ: どうだろ。一応、やってみる? ヘラ: じゃあほら、そこに隠れて。いつあいつらに見つかるかわかんないし ピュルテ: しゃがんでおいたほうがいいかもしれません。 みんなで周りに立ってオーディンさんが見えないように隠しましょう アヌ: なんかトイレ我慢できなくなった人みたいに見えるよね オーディン: へ、変な例えはやめてくださいっ……。では、い、いきますよ…… (背景切換...) ???: ……は……でさらに……って…… ???: …………じゃ、もう……! (背景切換...) ハデス: さすがにこれは……太刀打ちできないわ……! ゼウス: 諦めてどうするんですか、ハデス! オーディン: あ……よかった、ゼウスさんとハデスさんが一緒にいる……! それに屋外だから、たぶん捕まったところから救出できて…… ヘラ: だけど、本当にめちゃくちゃだよ、あいつ…… ねえ、いざというときはゼウスだけでも逃げてよね!? アヌ: いよいよ覚悟を決めないといけないかな……約束守れなくて、ごめんね……キ…… オーディン: だけど、状況はかなり悪そうな……? ハデス: ――っ!何か来るわ!この強力な気配、まさか!? 雨依: ………… ヘラ: そ、そんな……もう、無理だよ…… 雨依: ……結局、私が行き着く答えってこれしかないのね 人間さん: やめろっ!雨依っ!! (背景切換...) オーディン: ――はっ!! アヌ: どう?未来、見えた? ヘラ: ゼウスはアディスの監獄にいるの!?ねえねえ、どうなのっ!? オーディン: あ……えっと、ですね…… オーディン: (いま見たことをありのまま伝えるべき……?う、うう、でも……) ピュルテ: ど、どうなんですか?オーディンさん オーディン: (人間さんに相談したいよ……でも、いまは……うう) オーディン: えっとですね、結論からいうとゼウスさんが捕まっている場所は 見ることができませんでした…… ハデス: そうでしょうね アヌ: まあ仕方ないよ ヘラ: え、ふたりとも結果を予想してたの!? ハデス: アディスはμでさえも誰も出て来れないとされる監獄よ。 ということはμの力に対して何か封じる手段があるはず アヌ: 同感。だからオーディンの力も弾いちゃうんじゃないか、って思ってたんだよね~。 でもまあ、やってみないとわかんないし ピュルテ: そうだったんですか…… オーディン: ただ、ゼウスさんと人間さん、 ハデスさんとヘラさんが一緒にいる場面を見ました ヘラ: えっ、じゃあ ハデス: なるほど……救出には成功しそうということね オーディン: 未来は変わります。これは人間さんに間接的に教えられたことですが 現在の行動次第で未来は変わるんです オーディン: (だから、いま見た絶望的な状況だってきっと……) アヌ: ってことは、アディス監獄に向かってるいまの方向性の結果が オーディンが見た場面ってことで…… ピュルテ: 絶対ではないけど、このまま進んで大丈夫そう、ってことになるわけですね オーディン: そ、そうなりますね……! アヌ: ……ふうん。それで、他には何を見たの? オーディン: えっ ヘラ: どういうこと? アヌ: 顔を見てればわかるよ。 何か見ちゃった、でも言うべきかどうか迷ってる……っていう感じじゃないの? オーディン: ……っ! アヌ: 私は共有しておくべきだと思うよ。だからこうして突っ込んでる。 意地悪で言ってるわけじゃないからね ヘラ: そ、そうなの……?何を見たの!? まさかゼウスはいたけど、死んじゃってるとかじゃないよね!? オーディン: ……私が見た時点では、皆さん無事でしたよ ピュルテ: 『時点では』……? オーディン: とても強力な『何か』と戦っていて、苦戦しているようでした。 それこそ、覚悟を決める人も出て来るくらいの…… ハデス: ……!! ピュルテ: それってもしかして、雨依さんが相手……ですか? オーディン: 相手は見えませんでした。でも、雨依さんではないです。苦戦して追い込まれているところに現れて、私たちを絶望に叩き落としたのが……雨依さんでしたから ピュルテ: そんな……! ハデス: やはり、あの雨依って相手とは分かり合えないみたいね アヌ: ……なるほどね。うん、納得したよ。でも、わかっていれば避けることも できるかもしれないからね。未来の通りになるとは限らないよ オーディン: ……だと、いいのですが 170060 - 捜索の果ての再会 ハデス: 監獄までは、あと少しよ ヘラ: その後のことは一旦おいとくとして、まずはゼウスを助け出さないとだもんね。 こうしてる間も辛い目に遭ってるかもしれない……っ アヌ: 問題は、どうやって助けるか、だよね オーディン: ハデスさんやアヌさんの言うように、監獄がμの力に対抗できる何かを 用意しているとしたら……まともに入っても救出するのは難しいはずですからね ピュルテ: 私のエルマイトが通用すれば…… ハデス: 正直、頼みの綱はそれしかないわ。 かなり体調が悪いのは承知の上で、本当に申し訳ないけど ピュルテ: いえっ、私がお役に立てるなら……! ピュルテ: たぶん、ここが踏ん張りどころだとも思いますし。 後のことを考えて出し惜しみしてる場合じゃないです……! ヘラ: わたしたちは何も手伝えないのかな。歯がゆいよ…… ハデス: 見えたわ。あれよ オーディン: あれは……塔、ですか? ピュルテ: お約束通りなら、きっとゼウスさんと人間さんは最上階ですね アヌ: だいぶ高いなぁ。これを突破するのは簡単じゃないよ、きっと ヘラ: それでもゼウスが待ってるならっ ピュルテ: 皆さんっ……! ハデス: ……もしかして、例のディマイト? ピュルテ: 近いです。かなり強力なディマイトですが……テュポーンさんとはまた違うような……? ハデス: ここに来て、新手ですか!? ピュルテ: あっ、き、来ます!! ヘラ: こいつら、オリンポスの町を襲った奴らだ! アルゲース: コンシュウノ…… ブロンテス: カンゴクみゅーハコチラ!! ヘラ: うわあああああっ!? オーディン: なんてパワー……! ピュルテ: オーディンさん!すぐ次が来ます! アルゲース: ウオオオオオオオオオッ!! オーディン: わああああぁぁぁっ!! アヌ: オーディンが見たとんでもなく強いのってこいつら……? でも、ゼウスも人間さんも合流してないのに…… アヌ: 未来は変わる、ってこと……? (背景切換...) (すっかり黙りこくって、隅で膝を抱えたまま床を見つめるゼウス。むやみに言葉をかけても彼女の心には届かないだろう。そう判断して、俺はそっとしておくことにした。) (その間、どうにかして脱獄できないかと考えていたのだがどうにも答えは出ない。) 人間さん: でも……どんなに強固な牢屋だとしても、出る方法はある。たぶん、力押しじゃなくて 人間さん: 元はここは空いていた。そこに俺たちが入れられた……出入りはできたんだよな。 わけがわからなくて、じっくり観察できなかったけど (テュポーンに連れてこられたとき、彼女の手でこの部屋に文字通り放り込まれた。 態勢を立て直すうちに、扉は閉められてしまっていた。) (どうやって施錠したのかがわかれば、その逆をやれば開くはず。 しかし、放り込まれて転がっているうちにそれは終わってしまった。) ゼウス: ……テュポーンは、わたしたちを生かしておくつもり、ってことですよね (ふいにゼウスが口を開いた。) ゼウス: 殺そうと思えば、テュポーンはそれができる。躊躇うタイプにも見えません 人間さん: そうだな。あの無邪気さはたぶん、善悪がよくわかってない感じだ。 罪悪感とは無縁なんじゃないかな ゼウス: 誰かが……たぶん、ガイアが指示してるんですよね。 とにかく、生かしておくつもりなら……そのうち来ると思うんです 人間さん: ……来る? ゼウス: μであるわたしも、人間さんも当然、 ここに閉じ込められたままでは衰弱して死にます。つまり…… (牢屋の前は細い通路があるだけで、薄暗いせいもあってよく見えない。 その通路の奥から、カツン、カツン、と音が聞こえる。) 人間さん: そうか……看守のような存在が、食事や水を運んでくる…… ゼウス: 人間さんだけでも逃げてほしいんです。 まだ、このチャンスをどう活かすは思いついていませんけど…… (ようやく前向きになれたのかと期待したが、まだゼウスの心は晴れないらしい。) (背景切換...) ヘラ: こ、こいつらとんでもないパワーなんだけど ピュルテ: テュポーンさんと同じではないでしょうか。 μとしての力に、ディマイトが上乗せされているんです ハデス: そうね。ピュルテはディマイトを感じるんでしょう?私たちもμの力を感じるわね アヌ: いいとこどり、ってことかな。それはずるいよねぇ ハデス: やってやれないことはない、絶望的な相手ではないわ。 二体いるのが厄介だけど……ここは慎重にじっくり攻略するわよ オーディン: わ、わかりました……! ???: そんなに時間かけてる場合じゃないんでしょ?一気に反撃するわよ!! ピュルテ: えっ……!? 170061 - ペローの足跡 フアナ: 話を聞けたよー! リル: ああ、こちらも聞き込みを終えたところだ。 どうやらその表情からすると、同じく成果を得られたようだな ヴェルメリオ: ……ペローはこの町に来ていた、だよね? フアナ: 宿についてた朝食はクロワッサンを選んだみたいだね リル: それはどうでもよさそうだが…… ヴェルメリオ: ……選ぶってことは他にもあったの? フアナ: おかゆ ヴェルメリオ: ……ペローはクロワッサン派だろうね。その二択なら フアナ: さすがヴェル、ペローへの理解度が高いなぁ ヴェルメリオ: ……たぶん作品じゃない人でもこれはわかる リル: それよりも気になったのが、チャーターした馬車の行き先だ。 郊外の辺鄙な場所に足しげく通っている フアナ: ペローが乗った飛空艇の航行記録と、ディマイト発生装置、ラームスから来た子たちが いた場所……それが重なっている、っていうのが調査の発端だけど リル: この町はディマイト発生装置の設置場所から近い。 航行記録が重なったのは、その装置の何らかの対応のためと考えるのが普通だ リル: しかし、馬車の行き先は発生装置とは方向が違う ヴェルメリオ: ……発生装置以外にも、他に何か目的があった? リル: ラームスからの来訪者が現れた地点は、実はあいまいだ。人間さん殿の日記と、 土地勘のない来訪者たちの証言以外に手がかりは残されていない フアナ: でも、ペローの行動を追えばその場所が浮かび上がってくる……ってわけだね フアナ: そうそう。こんなものが見つかったんだよ リル: これは……? フアナ: ペローが泊まっていた部屋に落ちていて、忘れ物として預かってくれてたんだ。 ほら、あたし生き別れの姉を探してるって設定で聞き込みしたから ヴェルメリオ: ……クロワッサンより絶対重要なんだけど リル: とはいえ、何に使うものかわからないな フアナ: それより、馬車の行き先に向かったほうがいいかもね。何か見つかるといいんだけど ヴェルメリオ: ……わたしたちも馬車をチャーターしよう フアナ: ねえねえ、あたしが真ん中の席でいいかな? リル: 好きにするといい…… (背景切換...) リル: ここか…… フアナ: う、うぷ……酔った…… ヴェルメリオ: ……馬車の中で自叙伝を読み上げようとするからだよ フアナ: で、でも大丈夫!これしきのことで! リル: しかし、実際に来てみると絶望するな。 このだだっ広い土地の何を手掛かりに、痕跡を探せばいいのか ヴェルメリオ: ……え。この場所じゃないの?御者さん、言ってたよ。この大木のところで降ろしたって リル: 降りた地点からすぐの場所で何かするとは思えないだろう。 乗って来た馬車を帰したとしても街道沿いだぞ ヴェルメリオ: ……じゃあちょっと歩いたところってこと?確かに、範囲が一気に広くなるね リル: とはいえ、そうそう遠くに行くとも思えない。半径1.5キロ程度で考えていいだろう ヴェルメリオ: ……三人で調べるには十分広いよ フアナ: なんのなんの!友達みんなでがんばればいけるよ!お弁当も買ってきたし! ヴェルメリオ: ……いつのまに リル: なあ、フアナ殿。これは皮肉でもなんでもなく純粋な疑問なんだが、 今回のこの件について、ずいぶん気合いが入っていないか? フアナ: あ……そう、見えちゃった? リル: めったにない友達との共同作業だから、というには些か前のめりに過ぎる。かと言って、貴君はペローと深い繋がりがあったとは聞いていない。何か他に理由があるのか? フアナ: …… リル: ああ、無理に聞くつもりはない。さっきも言ったが、単純な興味だ。 言いにくければ無視してくれ フアナ: シャルがね リル: ん?グリム家の、あのシャルロッテ殿か? フアナ: うん。あの子……コミッティを解任された後、ジャコヴァに何か特命を受けて 動くことになったみたいなんだ。さすがに中身までは聞いてないけど ヴェルメリオ: ……それ、たぶんコミッティでは共有してないよね。 姐さんもドロシーもそんなこと言ってなかった フアナ: うん、あくまで非公式にってことだろうね リル: それと、今回の件がどう繋がるんだ フアナ: ……あの子、いろいろあって成長したし変化もあったと思う。 けどやっぱり、グリムの名前に誇りを持っているのは変わらないはずだから フアナ: あの銃弾を受けて倒れて以降、大好きな人間さんくんのために何もできず、目覚めた頃にはいろいろ進んでいたし……ようやく解決したらコミッティを解任、でしょ フアナ: やっぱり肩書きには思うところがあるはずなんだ。 そんな中であたしは副議長になってしまった リル: なるほどな。情けない姿は見せられない、か フアナ: しっかり成果を出して、シャルを納得させてあげたいんだ ヴェルメリオ: ……家名とか、肩書きとか、難しいね。 でもシャルロッテはフアナのこと、きっと好きだし友達だと思ってるよ フアナ: それは信じてるよ。だからこそ……友情に応えたい、っていうかね ヴェルメリオ: ……難しい 170062 - 術式のポイント フアナ: 暑い…… リル: 気温はそう高くないが、陽射しが強いからな…… ヴェルメリオ: ……雨が降ってくるよりはいいよ フアナ: 日焼けしちゃったらヴェルのせっかくの柔肌が リル: 小生の肌はどうでもいいと言いたげだな フアナ: うわあっ!?何気ない一言が友達との間に溝を!? 経験値のないあたしには難易度が高すぎる! ヴェルメリオ: ……ねえ、フアナ フアナ: わかってる、ちゃんとうまくやるからっ ヴェルメリオ: ……じゃなくて。あそこ、誰かいる フアナ: ええ?こんなところにいったい誰が…… リル: 待て、こっちに来るぞ フアナ: え?あ、あれって…… レオナ: みんな、こんなところで何やってんの リル: レオナ殿……!? フアナ: それはあたしたちのセリフだよ。こんな何もない場所にわざわざレオナが来てるなんて ヴェルメリオ: ……とりあえず暑いし、そこで休みながら話さない? (背景切換...) レオナ: ……それじゃ、フアナたちはペローの足取りを追って、ここまで来たのね フアナ: そう!コミッティの特命を背負ってね! リル: レオナ殿は……何やら、事情がありそうな気配だが、聞いても構わないのか? レオナ: さすがリル、カンがいいなぁ フアナ: えっ、まさか秘密ってこと?友達でしょ? レオナ: そうなの? フアナ: えっ レオナ: そうだとしても……いや、そう思ってくれるならなおさら、 きっと聞いたら止めようとするんじゃないかな レオナ: でもこれは、わたしはやり抜かなきゃいけないことなの。大事な友達のために、ね フアナ: 友達のため……! フアナ: うんうんうん!じゃあ仕方ないよ! リル: 中身も聞かないうちからフアナ殿は何を フアナ: だってー! ヴェルメリオ: ……それは人間さんのためになること? レオナ: ……それは、わからない ヴェルメリオ: ………… リル: しかし、せっかく同じ場所を調べていたんだ。 可能な範囲で情報交換をしたほうが有益だと思うがどうだろう レオナ: そうだね。合理的かも レオナ: とは言っても、わたしの方から言えることは、 この場所に特殊な魔力が宿っている可能性を感じたから、かな ヴェルメリオ: ……特殊な魔力? レオナ: ここはラームス世界から来た子たちが現れた場所なのよ。 だから何かの痕跡があるんじゃないかと思ったの フアナ: レオナもそれが理由でここに!? リル: フアナ殿…… フアナ: えっ、なんかまずかった? リル: まあ、相手はレオナ殿だからな。大方、もう予想はついているだろうし 是が非でも隠さないといけないほどのことでもないが フアナ: あっ!?あたしたちの目的が筒抜けになっちゃった!? レオナ: そういう嘘とか下手くそなところがフアナのいいところだよ フアナ: えへへ…… リル: フアナ殿の言うとおり、こちらはラームス世界の場所だと知ってここに調査に来た。 他に、もう一か所も調べる予定だ フアナ: え、あれっ?さっきあたしに突っ込んだのに、自分でバラしてるじゃん! レオナ: 情報を引き出すために、まず自分から襟を開いた、ってわけね レオナ: 残念だけど、痕跡と呼べるほどのものはなかったわ。 実はもう魔法陣の痕跡は発見してるんだよね ヴェルメリオ: ……魔法陣!?こんなところにも…… リル: なるほど、やはり魔法陣があったか……。 それは誰にでも描ける簡素なものなのか?それとも…… レオナ: 専門家じゃないから確かなことは言えないけど、かなり複雑なものだったね。 後で案内してあげるよ ヴェルメリオ: ……友達って雨依のことだよね。もしかしてレオナ、向こうの世界に行こうとしてる? フアナ: ええっ!? リル: ………… レオナ: あれ、バレバレだったのかな?わたしもフアナのこと、あまり言えないかも フアナ: レオナ、まさか……だって向こうの世界に行くって、その技術はいま…… レオナ: そう、コミッティの機密事項だよね。さすがにその出どころまでは言えないわ、ごめんね レオナ: でも、みんなにはお見通しみたいだから全部話しちゃうか。 わたしはあの子たちが迷い込んだもうひとつの世界に行くつもりだよ。 友達を助け出すためにね ヴェルメリオ: ……わたしは、向こうに行ってきたの。 だからこそ、伝えたいこと、伝えられることがある レオナ: ……! ヴェルメリオ: ……雨依はもう、もとの雨依じゃないかもしれないよ レオナ: あの子と会ったの!? ヴェルメリオ: ……人間さんからも、いろいろ話を聞いてる フアナ: え、でもそれ、この前のコミッティの事情聴取では言ってなかったような…… ヴェルメリオ: ……聞かれなかったから リル: ふふん、ヴェル殿もなかなかどうして、やるじゃないか 170063 - 友情の形 レオナ: これが例の魔法陣。巧妙に隠された痕跡もあるし、特に魔法知識とかもなければ、 こっちに飛ばされた子たちが何が起きたか把握するのは難しいだろうね フアナ: これ……うん、確かにあの洞窟にあるものと似てるかも…… リル: 間違いなさそうだな レオナ: 人間さんくんが姿を消したあの夜、雨依もいなくなった。誰も探してないだろうけど フアナ: それは…… レオナ: わかってるわ。雨依は何の肩書きもない一般人。 そもそも、その存在が表舞台に出てきたこともないし公式記録にもない レオナ: そして天空神殿なき今、あの子の莫大なディマイトをジャコヴァは持て余してる ヴェルメリオ: ……だから、なのかな リル: 雨依殿の変化についてか? ヴェルメリオ: ……すごく自分の感情だけで周りを振り回して、攻撃的になってるみたいだった ヴェルメリオ: ……誰も、あの子のことを見てくれないからなのかな、って レオナ: オトギノクニでの自分の扱いは、あの子は気にしてなかったわ。 そう見えたのならたぶん別の原因……たぶん、人間さんくんじゃないかな リル: やれやれ、相変わらず罪作りな男だな ヴェルメリオ: ……いま、雨依は完全に人間さんの敵になってる。 でもレオナが抑えてくれるなら、きっと間接的に人間さんの助けにもなるはずだから レオナ: だから、協力してくれるってことね リル: この魔法陣は使えるのか? フアナ: 洞窟で見つけた魔法陣の理論で言えば、使えるはずだけど レオナ: ううん。たぶん無理ね フアナ: なんで……? レオナ: これに限らず、たぶんその洞窟にあるものも間もなく、使えなくなるはずよ リル: レオナ殿はもう、この魔法陣の仕組みを把握しているのか レオナ: あくまで推論だけどね ヴェルメリオ: ……ねえ、リル。フアナ。わたしたちとレオナ、手を組んだほうがよくない? フアナ: 確かに……レオナの頭脳が加わってくれたらとても助かる。 その代わり、レオナが向こうの世界に行くのに協力するってことだね レオナ: いいの? リル: フアナ殿も思うところがあるようだからな。問題ないだろう。 ではさっそくだが、小生たちの調査目的を話そう。実は、この地点にペローが―― フアナ: ちょ、ちょっと。それは機密事項だってば リル: 目的を隠したまま協力を仰いでも十分な結果は得られないぞ フアナ: う…… リル: シャルロッテ殿に成果を見せたいのだろう?きれいごとだけで実績は作れない リル: 小生はその場にいなかったが……ペローの授けた策とはいえ、 シャルロッテ殿も覚悟をもってサミットに臨んだと聞くが フアナ: ……っ、わ、わかった。話すよ (背景切換...) レオナ: なるほど、ペローがね…… ヴェルメリオ: ……でもわたし、あまり頭が良くないから混乱してるんだけどラームスっていうのは、 いま人間さんがいる世界とは違う? リル: ラームスのことがまだ分からないことだらけで何とも言えないな ヴェルメリオ: ……でも魔法陣で行き来するのは同じなんだ。なんでもかんでも、魔法陣だね レオナ: なんでもかんでも……確かにそうね フアナ: それでその、洞窟の魔法陣が使えなくなるっていうのはいったい? レオナ: 最初、わたしはこの魔法陣が展開されている場所に意味があると思ってた。 確かに場所も大事なんだけど、たぶん…… レオナ: 確かめたいことがあるから、ちょっと一緒に付き合ってもらえないかな フアナ: もちろん!って、どこへ? レオナ: 調べもの。と言えばあそこしかないでしょ。ビブリオ・アンティーク ヴェルメリオ: …… ヴェルメリオ: ……ちょっと気まずいかも…… (背景切換...) (近づいてくる足音。俺たちは固唾を飲んでそれを待った。 やがて、薄暗い廊下に脚が見えたが――) (思いのほかほっそりした綺麗な足が現れた。) エロース: おっつー 人間さん: エロース!? エロース: 普通に捕まっちゃってるのおもろ。元気?ちょっと痩せた? 人間さん: 痩せるかっ!まだ捕まってから…… 人間さん: ……え、どれくらい経った? ゼウス: さあ…… 人間さん: でも丸一日も経ってないからな! エロース: もうちょっと入っとく?中で筋トレでもすれば効果的かもよ 人間さん: よく映画とかで見るけど!独房の中で筋トレしてるマッチョな囚人! エロース: えーが? 人間さん: いや、そんなことはいいんだ。どうしてここにエロースが エロース: そりゃもちろん(カチリ) エロース: 人間さんっちとゼウスっちを逃がすため、でしょ ゼウス: え!?い、いまどうやって エロース: 鍵を開けたの ゼウス: だ、だからそれをどうやって エロース: 鍵使って開けたに決まってるくない? 人間さん: いや、そうなんだよな。鍵を開けて中に放り込まれたんだからこれを どう壊すかとかより、鍵を開ける方法を考えなきゃと思ってたところなんだ 人間さん: けど、こうもあっさり……? 170064 - 信じる力 エロース: はいはい、出てー。あんまりゆっくりしてられないし 人間さん: そうだな。ゼウス、行こう ゼウス: でも、わたしは……いえ、ここでウダウダやってたら逆に迷惑ですよね。行きましょう エロース: どしたん、ゼウスっち。いつもの元気、なくない? 人間さん: まあちょっといろいろあって…… (背景切換...) (囚われていた地下牢をエロースのおかげであっさり抜け出すと、俺たちは この建物の外を目指して進み始めた。その途中で、事のあらましを伝えたのだが――) エロース: ええーっ!!ゼウスっち、そのテュポっちってやつにぼろ負けしちゃったのー!? 人間さん: しーっ!!いろんな意味で、しーっ!! ゼウス: わたしのことは気にしないでください……事実ですから…… エロース: あと、見つかる心配ないよ。この時間のこのへんの巡回、 うちが代わりにやるって話つけてるから、誰もいないもん 人間さん: そ、そうか……ふたりがそれぞれそう言うなら、まあ…… エロース: でもさ、確かにテュポっちは強いんだろうけどさ。ゼウスっちが負けるわけなくない? ゼウス: そう言われましても…… 人間さん: ピュルテによるとディマイト……俺たちの元の世界にある、 負のエネルギーをまとっていたらしい。だからゼウスの力が通用しなかったのかも エロース: ふうん……ディマイト、かぁ エロース: でもさ、人間さんっちはそれに対抗できるエルマイトっての 持ってるんじゃなかったっけ?ゼウスにあげなかったの? 人間さん: これまでに渡したことはあるけど、あのときどうだったかな。 直前に渡したりはしてないか…… エロース: じゃ、人間さんっちのせいじゃん 人間さん: えっ エロース: そんで?ゼウスっちがテュポっちに突っ込んでいって、見失っちゃったんでしょ? そんとき、どう思ってた? 人間さん: そりゃ心配だったよ。 あのテュポーン相手に単身、突撃なんて。無茶だと思って、急いで探して…… ゼウス: ご迷惑をおかけしました…… エロース: ほっといても勝つっしょ、とはならなかったん? 人間さん: いやでも、すごいパワーだったんだぞ エロース: でもさ、テュポっちもひとりだったんじゃないの? 人間さん: え…… エロース: 1対1だと危ないと思ったんだよね? 人間さん: まあ…… エロース: ほら、それも人間さんっちのせいじゃん 人間さん: え、何が!? エロース: あ、そっか。人間さんっちは別の世界から来てるしピンとこないんかな ゼウス: それって、エロースさんが前から言ってる、あの仮説ですか エロース: 仮説っつーか、ほぼ確でこれは事実だと思うんだけど エロース: あのね、人間さんっち。うちらμはね、誰かに信じてもらうことが力になるんだよ。 だから信民と助け合わなきゃいけないの 人間さん: 信じてもらうことが……? エロース: μが信民とか、みんなの生活とかを魔物から守るでしょ。 そしたら信民は、エロースちゃんなら絶対守ってくれる!って信じてくれるわけ エロース: その力が集まって、うちはまた魔物を追い払うことができるわけ (俺はこれまでの、オーディンやアヌたちと過ごした日々を振り返る。 もしかしたら、と思い当たることはいくつかあった。) エロース: たぶん信民だけじゃなくて、μどうしでもいいだろうしきっと人間さんっちとかピュルテっちでもいいはずだけど。まあ、信民は何万人とかいるから数が違うよね (ヘルならきっとやれる、ティアマトなら絶対勝てる、俺がそう強く信じたとき、必ず勝利に繋がっていたのではないか。目に見えてパワーが上がったこともあった。) (俺はそれをエルマイトだと勘違いしていた。別世界なので安定せず、 時折ランダムにブーストがかかっている、程度の認識だったが……。) (エルマイトの源はポジティブな感情。仲間の勝利を信じるのもまた、 ポジティブな感情の一種だったから、錯覚してしまっていた。) エロース: なんか、ものすごい心当たりありそうな顔してんだけど? 人間さん: うん……そうか、なんかわかった気がする。信じる、力か…… ゼウス: エロースさんの思い付きだと思ってました。でも、人間さんも そんな顔するってことは、前にいたオーディンさんやアヌさんの世界でも? 人間さん: そうじゃないか、って思える場面はいくつかあったよ エロース: わかってくれた? 人間さん: ああ。俺はあのとき、ゼウスを信じないといけなかったのか エロース: そういうこと。つまり人間さんっちのせいで負けたの 人間さん: そうだな。俺の責任だ。ゼウスの力をしっかり引き出せなかった ゼウス: そんなっ、責任だなんて 人間さん: だから (俺はゼウスをじっと見つめる。) 人間さん: ゼウスは負けてない。やっぱり最強なんだよ。俺が信じてさえいれば ゼウス: ……! 170065 - サブスティチューション (彼女は、誰もいない静かな廃墟に佇んでいた。足元には大きな魔法陣が描かれている。) (ゆらり、と揺れるろうそくの炎だけが、その場の唯一の光。 彼女の顔を露わにするには、あまりに弱々しかった。) ???: あーあ……正直、あのおばさん?なのかな? 言ってること、ぜーんぜん共感できないんだよねー。つまんなすぎて。 一周回って気持ち悪いかも ???: まあ、でも。この世界が血にまみれて混沌とするところは見てみたいかなーって思うし。 面白そうでしょ?キャハハハッ ???: 見ててよ……あたしがうまいこと、世界を血祭りにあげちゃうから。ね、ペロー♪ (背景切換...) ピュルテ: あ……ああっ、ド、ドロシーさんっ……! ドロシー: なーに豆が鳩鉄砲くらったような顔してんのよ アヌ: 豆に顔はないんじゃないかな オーディン: あの、この方は……!? ピュルテ: オトギノクニきっての女子力の持ち主、ドロシーさんです! とても心強い、昔からの仲間なんです ドロシー: 自己紹介はあとでゆっくりね。とりあえず、こいつらを大人しくさせましょ ヘラ: なんか拳をゴキゴキ鳴らしてるんだけど……女子力ってなんだっけ…… ピュルテ: あ、でも待ってください!私たちはそのままだと、この世界で戦えないんです。 誰かと縁を紡がないと―― ドロシー: 安心して、ピュルテ。私はいま、気力も体力も充実してるわ。 ついでにμ力(みゅーりょく)ってやつもね ピュルテ: みゅーりょく……?え、もう誰かと既に……? ドロシー: いくわよ!青のレクイエムっ!! アルゲース: オワアアアァァァッ!? ブロンテス: アルゲース!?ナンダ、ミズ、スゴイ、ナミ! ハデス: 水を自在に操り、陸地に突然大波を起こす……!?まさか、これって ピュルテ: 昔からのドロシーさんの得意技ですよ!この場の敵全員を押し流しちゃうんです! ドロシー: そしてーっ、さざなみパーンチ!! ブロンテス: ゴフゥウウウゥゥ!! ハデス: さざ波って小さい波のことじゃないの……?思いっきり振りかぶってたけど…… ドロシー: どんなもんよ! ピュルテ: すごい……さすがドロシーさんです! これならきっと、人間さんのことも助けられる…… ピュルテ: ドロシーさんがそばにいてくれるなら、絶対になんとかしてくれますよね。 私がいなくなっても…… オーディン: え……?ピュルテさん、いまなんて…… ピュルテ: オーディンさん。さっき見た未来に、私はいましたか? オーディン: それは……。え、でも、ドロシーさんも見えなかったので、単純に画角が ピュルテ: 自分でもわかるんです。もうこれ、限界だなぁって。私のメンタルがじゃないですよ。 力を発揮できなくなってきてるんです ドロシー: ピュルテ!?何があったの!? ピュルテ: すみません、ハデスさん。地図を貸してもらえませんか ハデス: え、ええ…… ピュルテ: 皆さん、短い間でしたが楽しかったです。本当にありがとうございました。 人間さんにお別れを言えないのが残念ですが―― ピュルテ: これが最後じゃありませんからね!ドロシーさん、人間さんが 帰ってこれるようにサポート、よろしくお願いします ドロシー: なに言ってるのよ、ここから一緒に戦うんでしょ! そんな弱気な顔、ピュルテらしくないわ ドロシー: いつも腹に何か持ってそうな笑顔はどうしたのよ! 人が言われたくないことを絶妙なタイミングで刺すときの、あの笑顔を見せなさいよ! ヘラ: もうちょっとマシな表情ないの? ピュルテ: ふふっ、そうですよね。こんなの私らしくないかも。 だけど……最後くらい、お役に立ちたいから…… ピュルテ: はああああっ……!! ハデス: これは……!?地図に、赤と青の印が付いてるわ……? ヘラ: しかも動いてるよ、これ! ピュルテ: 赤がエルマイト、青がディマイト…… これで、レーダーの役割を果たすことができるはずです。そう長くは持ちませんが…… ピュルテ: うっ……! ドロシー: ピュルテ! ピュルテ: 後のこと、頼みます…… アヌ: ピュルテ……最後の最後で、すごい置き土産だね ピュルテ: アヌさんは、真面目にがんばってくださいね アヌ: ほんとだ。絶妙なタイミングで刺される ピュルテ: ふふっ…… ヘラ: ピュルテの身体が淡く光って……! アルゲース: ヘヘヘ、コウイウ時ニ敵ガイツマデモ待ツナンテ ブロンテス: ソンナゴ都合主義ハ通ラナイゾ ドロシー: チッ アルゲース: ヒッ!? ドロシー: どうやら私のシャラップパンチとビークワイエットキックを お見舞いしないといけないみたいね…… ヘラ: なんなの、その技 ドロシー: カンザス流よ 170066 - ピンチのときのパンチ ドロシー: おだまりパーンチ!! ブロンテス: グアアアアアアア!? ドロシー: 私とピュルテの熱い友情を邪魔するやつは、徹底的にぶちのめしてやるわ! ドロシー: いえ……テッテ的によ! ヘラ: どういうこと? ピュルテ: 以前、人間さんから聞いたフレーズかと…… 私も人間界で見たことがありますが ドロシー: ふんっ! アルゲース: ウオッ、ナ、ナニヲスル!? ハデス: 速い……!一瞬で相手の後ろに回り込んだわ アヌ: でも、抱きついてどうするつもりなんだろ オーディン: あれで動きを止めた隙に、わたしたちに攻撃しろというメッセージなのでは……? ハデス: そうね、見ているだけってわけにはいかないわ。行くわよ、ヘラ! ヘラ: うん……! ドロシー: はあああぁぁぁぁぁ!! ヘラ: えっ、持ち上げた!? アルゲース: ヒィッ、身体ガ浮イテ…… ドロシー: よいしょおおおおお!! アルゲース: アガアアアァァァァ!? ピュルテ: すごい!バックドロップです!! (※ドロシーとアルゲースは特殊な訓練を受けています。絶対に真似をしないでください。) ハデス: 嘘でしょ……あの巨体を持ち上げただけじゃなく、 そのままのけぞって、背後に落とすなんて…… アヌ: えげつないね……。あれ、確実に首痛めるよ…… ブロンテス: アルゲース……!ウ、ウウ……コイツ…… ドロシー: まだやるのね? ブロンテス: イ、イヤ ドロシー: おだまりパーンチ!! ブロンテス: オゴワァァァアアアァァ! アルゲース: サッキ、シャラップパンチ、ッテ言ッテタノニ! ドロシー: 私は技が多彩なのよ オーディン: ただのパンチにしか見えませんが…… ブロンテス: ニ、逃ゲロ!兄者ニ合流スルンダ! アルゲース: 助ケテ、兄チャン!! ヘラ: 逃げていく…… ドロシー: ふふん、私の女子力全開のナイスバディに 密着されてさすがに理性を保てなかったようね ピュルテ: バックドロップのこと、そんなふうに見てる人はいませんよ アヌ: いやあ……ナイスバディだとは思うんだけどね、うん。スタイルいいよね、うん ドロシー: それよりピュルテ!大丈夫なの!? ピュルテ: あ、はい。元気ではあるんですよ、本当に ハデス: そうだったわ!ピュルテの身体は淡く光ったまま……これってどういう状態なの? アヌ: 限界なんだと思うよ オーディン: 人間さんたちの世界から来た人は、 長くはこの世界にとどまることができないみたいなんです ハデス: 人間さんは例外、ってことね オーディン: はい。それと雨依さんも、たぶん ドロシー: ……それは私もシェイクスピアから聞いていたわ。 けど、久しぶりにピュルテと一緒に戦えると思ったのに ピュルテ: 最後の力は、ここに全部込めました。きっと何かの役に立ってくれるはずです ヘラ: この地図ね ピュルテ: エルマイトとディマイトの所在がリアルタイムで感知できます。 どういった性質なのかまでは分析できませんが ハデス: 大きさと場所が分かるだけでも、十分すぎるわよ。 ということは、この巨大な赤い表示が―― ピュルテ: 人間さんだと思います。近くにも赤い表示がありますよね。 これがたぶんゼウスさんです ヘラ: ゼウスのパワーがこんなにちっちゃいわけ!? ピュルテ: μの力は私には感知できないんです。たぶん人間さんから 少しエルマイトをもらったのでこういう見え方になっているのかと アヌ: ということは、例えば別のμが近くで見張りをしている、とかは考えられるわけだね ピュルテ: さっきの人たちやテュポーンさんはディマイトをまとっているので感知できます。 ほら、これ ハデス: この離れていく2つの印がアルゲースって呼ばれてた奴らね。 他にもぽつぽついるわね…… ヘラ: でも人間さんとゼウスが一緒にいるのは間違いないでしょ。急ごう! ピュルテ: はい……後のことは、お願いします…… ドロシー: ピュルテ! オーディン: 光が、強く……! ピュルテ: ドロシーさん、そんな顔をしないでください。 何も、消えてなくなるわけじゃありませんから。元のオトギノクニに戻るだけです ドロシー: そうかもしれないけど、でも……仲間が消えていくのを見るなんて ピュルテ: 皆さんも、お世話になりました。人間さんをよろしくお願いしま―― ドロシー: ピュルテ! ヘラ: 本当に消えちゃった…… ハデス: 無事なのよね?戻っただけなのよね、本当に アヌ: ヴェルメリオは、そっちに戻ってきたの? ドロシー: ええ。元気よ。だからきっとピュルテも大丈夫 オーディン: それならよかったです……! ドロシー: ピュルテ……あなたの意志は、私が継ぐわ。 絶対に、人間さんを救い出してみせる……! 170066 - ストーリー用 Ⅰ 170067 - 水で結ばれた縁 ヘラ: 地図上では、人間さんはほとんど動いてないみたい ハデス: 捕まっているんでしょうね ヘラ: 早く助けてあげなくちゃ……捕まってるだけなら、もうちょっと動くと思う オーディン: どういうことですか? ヘラ: 一歩も動けないくらい弱ってるんだよ。かわいそうに ハデス: この地図の縮尺から考えたら、そんな細かい動きは反映されないと思うわよ…… ヘラ: わかんないでしょ!縛られたり、宙吊りにされたり、 変な台に乗せられたり、ムチで打たれたり!はぁはぁ アヌ: 念のため聞くけど興奮してるわけじゃないよね? ドロシー: 大体の状況はさっきみんなから教えてもらったけど…… ガイアって本来はそこまでヤバい相手じゃないんでしょ?拷問とかしちゃうような ハデス: 対立っていってもポーズみたいなところあるし、なんだかんだ優しいμよ。 ちょっと歪んでるところはあるけど ドロシー: やっぱりディマイトの影響なのかしらね……。雨依のことも気になるし オーディン: 人間さんと雨依さんは、特別なんですよね。 オトギノクニでもそうだったんですか……? ドロシー: 雨依のことは、正直よくわからないの。 レオナってやつと一緒にいたから、あの子なら何か知ってるかもしれないけど ドロシー: そんなに強い力を持ってるってイメージもなかったわ。 ただ、いつだったか……あのシェイクスピアでさえ怖がっていたのは覚えてる アヌ: 力といえば、ドロシーはいつの間にμと縁を結んだの? じゃないと力を発揮できないはずなんだけど ドロシー: それなら、もうオトギノクニで済ませてきたわ オーディン: オトギノクニで……!? ドロシー: ポセイドンって知ってる? ヘラ: ポセイドン!?え、それって、あのポセイドンのこと? ドロシー: どのポセイドンなのか私はわからないわよ。よくある名前だろうし アヌ: よくあるってことはないでしょ ハデス: この、私達の世界にいるμの名前よ。……いえ、正確には『いた』と言うべきかしら。 あるとき、行方がわからなくなったの オーディン: μが行方不明って結構な大事件なのでは…… ヘラ: もともと自由っていうか、気ままに行動する子だったから。 どこかに旅にでも出たんだろう、なんて噂してたのよ ハデス: それがまさか、異世界に行っていたなんてね…… ドロシー: 事故だったみたいよ?気ままな旅をしてたのは実際その通りだったみたいだし ハデス: あなた……ドロシーはポセイドンと話したのね。縁を紡いだのなら当然なのだろうけど ヘラ: 元気だった? ドロシー: ええ……私が前から知っているポセイドンだったわ (背景切換...) ポセイドン: でね、μの力がないと異世界では何もできないの。 だからおにーさんはすごく苦労してると思う ドロシー: いつだったか、人間さんが女の子に囲まれて鼻の下を伸ばしている映像を見たわ。 あれはきっと、μに協力を求めていたのかもしれないわね トーコツ: 鼻の下を伸ばさなくても協力のお願いはできるよな? ピエドゥラ: しーっ!いま師匠は愛する人のただれた浮気現場について 心の整理をつけているところなんですから! ドロシー: じゃあピュルテやヴェルも向こうでは戦えないってこと? でもヴェルは見た目も何か変わっていたし―― ポセイドン: μと縁を結ぶこと。それが最大の近道だと思うよ ドロシー: 縁を……結ぶ……? ポセイドン: 簡単なことだよ。触れ合うだけでいいの。 別にえっちなことしろってわけじゃないから安心して ドロシー: よかった。いま、完全にそういうことしか考えられなくなってたわ ルビー: ドロシーちゃんでも、そういうこと考えちゃうんだ……。なんかちょっとホッとする…… ポセイドン: 身体を触れ合わせるっていうのが一番オーソドックスかな。 手を握る、抱き合う、踏みつける…… ドロシー: ヴェルはそれを向こうの誰かとやったのね ポセイドン: きっとね。縁を結びさえすれば、持っているエルマイトをμの力に変換できるんだよ ドロシー: でも、変ね…… ポセイドン: 何か気になる? ドロシー: 2つね。1つはポセイドン、あなたは今までどうしてたの?ってこと。 2つ目は、人間さんは今、どうしてるのかってこと ポセイドン: オトギノクニに来てしばらくはオケさん以外とは会わなかったから。 ちゃんとエルマイトを得て、使いこなすまではひっそりと隠れて暮らしてた トリアイナ: 私が具現化したのも、その後のことです。 ですからご主人の、オトギノクニに来たばかりの頃を私は存じ上げません ポセイドン: 使いこなせるようになると、 意識しなければμの力を媒介することもなくなったんじゃないかなぁ ポセイドン: もっとも縁を結んだところで、あたしの力が減るわけじゃないし相手もオトギノクニにいる以上、効果を実感することないし、知らないうちに結んでる可能性はあるけど ドロシー: ……それって、たぶん受け売りの知識よね。そのエロースとかいう友達の ポセイドン: お、鋭いね。その通り ドロシー: 向こうにいるときに、異世界から訪問者がいない限り実践することはできないはずだもの ピエドゥラ: そっか、そうですよね……。さすが、師匠! ドロシー: 大したことじゃないわ。もっと褒めなさい ルビー: 褒めさせるんだ…… ドロシー: 向こうの世界に行ったら、その友達にもよろしく伝えておくわ。だから…… ドロシー: 私と縁を結んで、ポセイドン 170068 - ドロシーの決意 ポセイドン: あたしと? ドロシー: そうすれば、私は向こうの世界で最初から無双できる。そうよね? ポセイドン: 実力を発揮できる、っていうだけで無双できるかどうかは ドロシー: 発揮できるなら、無双できるわよ。誰だと思ってるの。私よ? トーコツ: うおぉ……普段そんなにイキらないくせに、 こういうところで傲慢なくらい自信たっぷりなの、普通に惚れる…… ダークマター: 抱かれたい…… ルビー: ドロシーちゃん、取り巻きが何か変な感じになってるよ。気を付けて ピエドゥラ: 一番変な取り巻きが何を言ってるんでしょう ポセイドン: なるほどね~。確かにエロースは相性も大事って言ってたし。 そういう意味でもありかも ドロシー: 相性? ポセイドン: μと相手の共通点が多いほうがいいんじゃないかって ドロシー: 確かに、ふたりとも水を操るっていう共通点があるわ。 それに自信たっぷりだし、女子力も高い ポセイドン: あー、うん……? ドロシー: 何よ。意外とそこは自信なかったの?大丈夫、ポセイドンは女子力高いわよ ポセイドン: あー、うん…… ドロシー: それにしてもエロースって子はすごいわね。実例がないのに、 研究でそこまで仮説を積み重ねてるなんて。きっとすごくインテリなんでしょうね ポセイドン: ううん、全然。むしろ勉強はできない方だよ。地頭はいいんだろうけど ドロシー: そうなの!? ポセイドン: ただ、あの子はすごく優しい。めちゃくちゃ優しい。優しすぎて、いつも世界全体が幸せになるように考えてる。その結果、勉強が苦手なのに難しい研究を始めたんだ ドロシー: 優しいってレベルじゃないんだけど。 でも、ただの研究好きのインテリより信頼できそうでちょっと安心したわ ドロシー: 向こうの世界でも頼りにさせてもらうわね ポセイドン: ん、じゃあ始めようか。じゃあ目を瞑って ドロシー: こう?触れ合うって、どういう―― ポセイドン: じゃあ今からベロチューをします ドロシー: まってまってまってまってまってまって ルビー: 恥じらうドロシーちゃん、かわいい ポセイドン: あー……うん、やっぱり女子力高いかも…… (背景切換...) ドロシー: ――という感じで私は力を手にしたのよ ヘラ: ベロチューはどうだったの!?感想を聞かせて! 女の子どうしのベロチューについて詳しく知りたい! ハデス: そこに食いつかないで ドロシー: いろいろ聞いていた情報を総合すると―― ドロシー: あなたがエロースね? オーディン: ち、違います……わたしはオーディンです…… ドロシー: あれ?頭が悪いけど優しさの塊って聞いてたから オーディン: リアクションに困ります……褒められてるのか、なんなのか アヌ: しかも地頭はいいけど勉強ができないってポセイドンは表現していたはずなのに、 めちゃくちゃ嫌な要約されてる ハデス: ピュルテは、エロースと縁を結んだみたいだったわ。 ときどき、一緒に行動してたりもしたんだけど ドロシー: じゃあ、そのうち会えそうね (背景切換...) 人間さん: とりあえず牢屋の外には出たけど……ここから先の道順はエロースは把握してるのか? エロース: まかせて!ちゃんと地図を手に入れたんだから。ほらこれ ゼウス: 素晴らしいです!こんなに緻密な地図があるならすぐに脱出できそうですね 人間さん: 見張り対策もしてくれてるっていうし完璧だな ゼウス: トイレの場所まで書いてありますよ。 これなら距離が長くて時間がかかっても安心ですね エロース: もう~!ふたりとも褒めすぎだし。可愛くて賢くて有能なんて、もう~! 人間さん: 有能くらいしか口にした心当たりがないんだけど、まあいいか ゼウス: じゃあさっそく確認してみますね。えーと、現在地は……? エロース: 色分けされてて見やすいでしょ ゼウス: えーと…… エロース: 折り目も工夫されてて、 コンパクトになるのに見たいときは一気に開くことができるんだって ゼウス: あの…… エロース: ん? ゼウス: わたしたちはいま、どこに? エロース: …… エロース: さあ…… ゼウス: 現在地がわからなかったら地図のクオリティが高くても 全然、有効活用できないですよ!? エロース: あれ……?えっと、あれー?うち、どうやって来たんだっけ 人間さん: これは先が長そうだな…… 170069 - 罠も暗号も女子力で ジャコヴァ: ドロシーは出発したか シェイクスピア: ええ、無事に ヴィルヘルミナ: 突然、調査から戻るなり異世界に行くと言い出したときは 何が起こったのかと思ったけれど トリル: まさか、ポセイドンさんがμだったなんて…… ジョカ: しかも契約のようなものまで済ませてくるとはな クラース: その契約がどうこうという話も初耳だったわよね。 いずれにしても、μがこっちにもいるというのは今後の研究に役立つんじゃない? シェイクスピア: 本当に……♪呼び出して、隅から隅まで調べたいわ…… ラヴクラフト: 隅から隅までかぁ。足の指を舐められたいフェチもいるらしいよね エミリー: ピュルテは大丈夫だったの? クラース: さっきベッドに移したわ。ヴェルと同じ状態だとすれば、数日で目が覚めるはずね エミリー: よかったぁ。 いつものメンバーがみんな出払ってていまエミリーだけだし不安だったよぅ ジョカ: しかし……すでにオトギノクニとμの世界が繋がっていたとは。 ポセイドンだけに限らないかもしれないな ラヴクラフト: 気がついたら穴に入っちゃってたなんてねぇ♡ トリル: 次元の穴に、μが、ですよね? ラヴクラフト: そんなことないって信じてたのに、何人もが穴を使ってたんだよぉ? もう信じられなくなっちゃうよね フック: ……ポセイドン殿だけではない、と? ジョカ: な、なんだ。意外と鋭い指摘をしているのか、ラヴクラフトは トリル: 絶対、えっちな意味で言ってると思ってました…… ラヴクラフト: いまの表現をえっちだと感じる時点で、トリルももう、なんていうか、オトナなんだね トリル: や、やめてください! ラヴクラフト: でもさ、考えてみて。未経験だと思ってた幼馴染がふたりを受け入れてたとして…… ふたりだけだから!なんて言い訳、信じられる? ジョカ: 敢えて乗っかるが、絶対他にもいるだろうな ラヴクラフト: でしょ。しかもポセイドンの言葉を信じるなら、たまたま巻き込まれただけ…… クラース: あの子に嘘をつく理由はないわね。奔放だけど、基本いい子だし ラヴクラフト: じゃあ誰が幼馴染を開発したのかな? クラース: エッチなマンガなら、 クズで床上手なイケメンが経験の浅いヒロインを口説き落としてるわよね ラヴクラフト: そうそう、まさに王道だよね ラヴクラフト: よくある展開なら、まだ間に合うタイミングなんだよね。 幼馴染くんが必死で止めて真っ当に付き合うっていう…… でも開発中に写真を撮られて脅されたりもするよ エミリー: 例えがえっちなマンガなのはアレだけど、ラヴクラフトの言う通り…… もう撮影、つまり次の段階のための下準備が進んでるのかも、ってことぉ? ラヴクラフト: うん。問題はほら、そのクズイケメンは誰なんだ?ってこと。 警戒心を解いて、その気にさせて、びっちっちになるくらい開発できちゃうような…… シェイクスピア: ――っ!?まさか エミリー: この場のみんながラヴクラフトの例えでピンときた顔するの結構、 末期な感じがしてエミリーは悲しいよぅ ヴィルヘルミナ: かわいいエミリーは何も知らなくていいのよ ジョカ: エミリーは真っ先にわかってるだろ…… クラース: テクニシャン、つまり術式について詳しい存在…… フック: それも異世界干渉というカテゴリに強い術者となると、人間界という異世界から流入するエネルギー制御を果たしたグランド・リヴィジョンを開発した―― ジャコヴァ: ライブラが関与している疑いがある、と言いたいわけだな? ラヴクラフト: まだ、ガバガバになってないといいね (背景切換...) ハデス: 着いたわ……ここがアディスの監獄内部よ ヘラ: 入口の見張りはなんとかやり過ごしたから、後はゼウスを見つけ出すだけだね オーディン: あっ……見てください、行き止まりですよ……!? アヌ: いや、何かある。これは、暗号か? ドロシー: これで部外者を遮断しているのね。どうりで、入口の警備がゆるいはずだわ ハデス: 『明日を迎える瞬間、天啓に耳を傾けよ。さすれば矢が射抜く先に道が示される』……? オーディン: 壁の前の台座には器、 その内側に文字がいっぱい並んでいますが言葉には見えませんね…… ヘラ: こんなのがあったよ アヌ: 円盤?穴が開いているね ドロシー: それと、矢印が書かれているわ。矢が射抜く先ってこれのことなんじゃない? ヘラ: そっか!ドロシーって知性もあるんだね ドロシー: ぱっと見、ゆるふわ女子だと思うかもしれないけど、実はこれで切れ者なんだから アヌ: ゆるふわだとは誰も思ってないんじゃないかな ハデス: 器よりも円盤のほうが小さいけど……どう使うのかしら ドロシー: むむぅ…… 170070 - いざ、救出へ ハデス: 難しいわね…… アヌ: ねえ、待って。この世界って時計はある? ハデス: クレプシドラのこと? ヘラ: そっか、この器ってクレプシドラなんだ!じゃあどこからか水をくんできて―― オーディン: 水ならドロシーさんが生み出せますよ! ドロシー: どれくらい入れればいいの? アヌ: 明日を迎える瞬間、つまり日付が変わる時刻になればいいんじゃないかな? ドロシー: わかったわ。青のレクイエム! (どばっしゃああぁぁん!!) ヘラ: 出しすぎ―!!! オーディン: 水時計が壊れちゃいましたよ……!? (ギギィ……ンゴゴゴゴゴゴゴ) ハデス: あ、でも壁がせり上がって道が…… アヌ: ま、まあ結果が良ければ…… ドロシー: どんなもんよ。まかせなさいっ ヘラ: ドロシーから知性を感じるとか言った自分が恥ずかしい…… (背景切換...) ハデス: また暗号よ! アヌ: 今度は数字だね。『0+8=3』『46+90=4』 『125+71=???』なんだこれ…… ヘラ: 間違いまくってるけど、たぶん暗号だから普通の数学じゃないんだよね オーディン: あ、頭がパンクしそ―― ドロシー: なぞときパーンチ!!!! (ごわっしゃああああぁぁぁん!) ハデス: 壁を……破壊した…… アヌ: 圧倒的物理…… ドロシー: さあ、行くわよ! ???: オマエカ……サッキカラ暴レテイルノハ…… オーディン: ――っ!?すごいディマイトです!地図にこんなに大きく表示されてます……! ステロペス: 我ガ名ハ、ステロペス……コノ監獄ノ番人ニシテ、ガイア様ノ下僕…… ドロシー: なるほどね。つまり、あなたを倒さなくちゃ前には進めない、 人間さんも助け出せない、ってことね オーディン: 話し合う余地もないほど戦闘態勢に入るのが速い…… ドロシー: 当たり前でしょ。話し合いが通じるような、知性のある雰囲気じゃないじゃない アヌ: 見た目で決めつけちゃだめだって ステロペス: ソッチノ小娘ノ言ウトオリダ。少ナクトモ、オマエニハ知性ヲドウコウ言ワレタクナイ ステロペス: 我ガ苦心シテ作ッタ暗号ヲ、コトゴトク物理デ突破シヤガッテ…… ヘラ: あれ、あなたが考えたの!? ハデス: やはり見た目に惑わされてはいけないわね…… ステロペス: 揃イモ揃ッテ、オマエタチ……。我ハソンナニ頭ガ悪ソウナ見タ目ナノカ? アヌ: ちょっとヘコんじゃったじゃないか。みんなやめてあげなよ オーディン: となると、直接の戦いでも何か策を練っているかもしれませんね。 皆さん、気をつけましょう ハデス: そうね。わかったわ。ヘラも、うかつに飛び込まないで ヘラ: おっけー ドロシー: ふん、関係ないわよ オーディン: ドロシーさん……? (背景切換...) ドロシー: 私たち、どうやってここまでたどり着いたの?こいつの暗号を解いた? いいえ、私の女子力で押し切ったのよ ドロシー: なら、直接やり合うときも同じ。 相手がどんな作戦を使ってきたとしても、それを上回る女子力で押し切ればいい! オーディン: すごいパワー……!周辺に発生する水の量も……! アヌ: 言ってることは完全に開き直りだけど ヘラ: でもやっぱり、かっこいいかも…… ステロペス: クッ……ヤレルモンナラ、ヤッテミロ! ドロシー: 私の力を甘く見ないことね!蒼穹のニヴルヘイムっ!! アヌ: すごい……ステロペスごと全部、水流で押し流しちゃった ヘラ: 本当に力押しだぁ…… (背景切換...) ドロシー: 開けた場所だとこうはいかないけどね。この狭い地下通路で戦うなら、 相手のペースに乗って小細工をいちいち受けるより先手必勝で全力が有効かなって ハデス: え……意外と計算してたのね……!? ドロシー: さあ、先を急ぐわよ。早く人間さんたちと合流しなくちゃ オーディン: あ、あの、待ってください……! オーディン: この、地図を……! ハデス: ステロペスの比じゃないほど巨大なディマイトがものすごいスピードで近づいてるわ! ドロシー: 数日の監禁で人間さんとゼウスは弱ってる可能性が高いわね……だとすれば ドロシー: 作戦変更。合流する前に敵を迎え撃つわ ハデス: ……!わかった、私はもうドロシーに命を預ける。 その信頼に値するだけの実力を見せてもらったわ ヘラ: うん、わたしも……! アヌ: オーディンちゃんは、人間さんを探しに行ってもらえないかな。 展開によっては、エルマイトの補給も必要かもしれないし オーディン: わ、わかりました……! ドロシー: それにしても、こんなディマイト抱えて近づくなんて、どんな化物なのかしら ハデス: やっぱり不安、ですか ドロシー: まさか。わくわくしてるのよ 170071 - 脱獄チャレンジ ゼウス: うーん……困りましたね 人間さん: どんなに正確な地図があっても現在地がわからないと使えない…… 何かの故事成語にありそうな展開だなぁ…… エロース: まあまあ。うちが言える立場じゃないとは思うけど、なんとかなるって ゼウス: エロースさんはポジティブですね。 わたしも結構ポジティブって言われるほうなんですけど エロース: じゃあ、うちらふたりでポジティブ爆散してこー! 人間さん: 爆散ってなんか飛び散って死んでるイメージなんだけど エロース: 死なない、死なない!でも飛び散ってるのはうちのイメージ通りかな。 ポジティブな気持ちをそこら中に撒き散らしながら歩くの ゼウス: どことなくばっちぃ感じしますけど、なるほどです! ゼウス: 具体的には? エロース: や、気の持ちようの話だから ゼウス: でも確かに、エロースさんのおかげで、わたしも元気になってきました! わたしは負けてないっ、わたしは最強っ 人間さん: そうそう、その調子。いつものゼウスらしくなってきたじゃないか ゼウス: 今回はわたし史上、記録的な長さの落ち込みでしたけど…… エロースさんと人間さんのおかげでほぼ復活です! エロース: よかったー!うち、ゼウスっちとは絶対仲良くできる自信あるんだよね 人間さん: 重箱の隅をつつくわけじゃないけど、『ほぼ』っていうのは……? ゼウス: まだちょっと心にトゲみたいに刺さってることがあるので…… エロース: そうなの~……? ゼウス: 人間さんが、わたしを信じる力が足りなくて負けた…… つまりわたしの実力不足が原因じゃない……ってことなんですけど ゼウス: 人間さんに信じてもらえてなかったのが悲しくて!! 人間さん: あっ、いや……ゼウスがどうこうじゃなくて、状況的な分析というか ゼウス: どんな状況でもゼウスなら勝てる!ゼウスは強い!ゼウスは可愛い! そう言い切ってほしいんですけど 人間さん: 可愛い ゼウス: あ、さりげなく混ぜたのにバレました? どうせなら、そういうのも思ってもらいたいなーなんて 人間さん: うん、だから可愛い ゼウス: え……? 人間さん: さっそく実践してるんだけど。戦ってもないのに『強い!』は意味不明だから いま言えることを伝えようかなって。だからゼウスは、すごく可愛い ゼウス: ~~~~~~~っ!? エロース: 人間さんっち、やるじゃーん。 ていうかさ、ゼウスっちのこの反応まで読んでてやってない? 人間さん: ん……?ま、まあ……ちょっと……? エロース: 人間さんっちは女心を弄ぶクズなんだね!元の世界でも相当モテたでしょ! 人間さん: 元の世界……まあ、オトギノクニでは、正直わりとモテたとは思う……。 でもそれは、エルマイトっていう俺が持つエネルギーの影響もあるし 人間さん: 人間界では別に…… エロース: あれ?ピュルテっちと同じオトギノクニって世界の人じゃないの? ゼウス: というか、ここに来る前もμの世界にいたって話じゃなかったです? 人間さん: そこらへんがややこしいんだけど…… (背景切換...) 人間さん: ――という感じなんだ ゼウス: μだけで3つめの世界…… エロース: しかもオトギノクニの前にいた世界、人間界が出身地…… ゼウス: ややこしいですね~! エロース: でも、行く先々で友達作ってんでしょ?なんなら女の子をアレしちゃってるんでしょ? 人間さん: そ、そんなことは…… エロース: コミュ力激強じゃん!うちより強くない? 人間さん: まあコミュ力は……そうなのかもな ゼウス: わたしもすぐ誰とでも仲良くなれる自信があります! エロース: うちも!じゃあ三人ともヤバいじゃん ゼウス: ヤバいですね! エロース: この三人が揃ったら……もしかしたら、本当にうまくいくのかも ゼウス: 何がです? エロース: うちね、もうこの世界で争いを起こしたくないんだ ゼウス: エロースさん……? エロース: みーんな仲良くしてほしくて。本当はさ、ゼウスっちとガイアっちの 対決みたいなのも、なんとかしたいなーって思ってたくらい ゼウス: それって、今回こういうおかしなことになったから、じゃなくてですか? エロース: うん。元々なんか争ってたでしょ? ゼウス: あれは小競り合いというか、なんというか エロース: それでも、争いでしょ。誰かが傷ついてるでしょ ゼウス: う……まあ、ガイアが生み出した新しいμは、わたしが全力で倒しちゃってますけど エロース: ゼウスっちが悪いって言ってるんじゃないよ。 だってそもそもガイアっちが仕掛けてるんだし エロース: そういうのも全部なくしたいんだ。 全員が、穏やかに静かに過ごせる世界にしたいなって 人間さん: エロースは優しいんだな。みんなに優しくありたいんだろう エロース: たぶん、そうなのかな。無理言ってる自覚はあるんだけどね 170072 - 争いを止めて ゼウス: ふと疑問に思ったんですけど エロース: うちのこと? ゼウス: はい。これだけみんなに優しくて、 コミュ力激強なのにあんまり普段はわたしたちと絡まないですよね エロース: んー。うちと仲良くしてほしいんじゃないんだよね。 もちろん嫌われたくないけど、 みんなが仲良くしてるのを眺めてるのが一番っていうか…… ゼウス: なんかガイアよりも慈愛を感じますね エロース: あの人も優しい人なんだよ。 ちょっとμを生み出すってことに歪んだところがあるけど…… エロース: でも、こんなことするような人じゃない ゼウス: ですよね。それはわたしも感じてました。いまのガイアは、普通じゃない……って エロース: 外の世界から干渉を受けてるんだよ。 そのせいで、普段なら絶対しないこともしちゃってる 人間さん: 外の世界からの干渉……!それって俺とか、もしくは雨依…… エロース: ううん。たぶんもっと前からなんだよね ゼウス: えっ?人間さんが来る前にも、誰かここに来てるの? エロース: 誰かが来てるわけじゃなくて、干渉があったってこと。まあ、人間さんっち とか雨依っちが来たのが、その干渉の一環だっていう可能性はあるけど ゼウス: お、おお……?エロースさん、意外と雰囲気のわりに難しいこといいますね エロース: 世界のこと話すと、こんな感じになっちゃうんだよね。真面目モードってやつ? ゼウス: エロースさんは、なんかおかしいって前から気づいてたんです? エロース: みんなに注意してー!っていうほど確実じゃなかったけど 何か起きてるとは思ってたよ。うち、ずーっと世界を眺めて過ごしてるから 人間さん: じゃあガイアをおかしくしているのは、雨依じゃなくてそいつ……? エロース: 雨依っちを利用しておかしくした、のかもしんないけどね ゼウス: 誰が一体そんなことを…… 人間さん: いや、ちょっと心当たりはあるんだ。 これまで俺が行ったμの世界でも大きな争いが起きていた。 その裏には雨依がいた……と思っていたけど ゼウス: そのまた裏に、誰かがいる? 人間さん: 雨依にそんなことをする理由がないんだ。 それに最初に会ったとき、μの世界に来たのは事故だったような雰囲気だったし ゼウス: 人間さんは、雨依さんのことすごく信じてるんですね 人間さん: いやあ……なんだろうな。どことなく親近感があるというか ゼウス: わたしのことは信じてくれないのに? 人間さん: えっ エロース: ゼウスっち、嫉妬とかするタイプなんだ?意外~ ゼウス: そんなんじゃないですけど!なんかズルいじゃないですか エロース: ま、わかるけどね。とにかく、うちが言いたいのは…… ガイアっちも、雨依っちも、本当に悪い子なわけじゃないんだってこと エロース: だからできれば、戦ったりしないで丸く収めたいんだ ゼウス: ……残念ですけど、もうそれは無理かもしれません エロース: そっか。そうだよね…… ゼウス: でも、できるだけ傷つけないようには心がけますね。こんなことになったけど、 わたしも別にガイアも雨依さんも憎んでたりするわけじゃないですから ゼウス: もちろんテュポーンも、タルタロスもです 人間さん: 俺も、それに賛成だな。戦って打ち倒すんじゃない、助けるというつもりで ゼウス: そうですよね! 人間さん: 難しいかもしれないけど、ゼウスならできるよ ゼウス: 信じてる、ですか?それ殺し文句にしようとしてますよね 人間さん: バレたか…… ゼウス: そのためにもまずは―― エロース: まずは? ゼウス: 喋りながら、深く考えずにずっとまっすぐ歩いてますけどこれ合ってます? エロース: いつか端っこに辿り着くかなって…… (背景切換...) ゼウス: 端っこには辿り着いたみたいですけど…… 人間さん: 行き止まり、だな エロース: えーっ、どうしよう!? 行き止まりってことはこの地図の、角っこのどこかってことだよね? ゼウス: 待ってください。何か書いてありますよ。 もしかしてこれ、暗号なんじゃないでしょうか 170073 - 消えない縁 ピュルテ: はっ!? エミリー: あ、よかったぁ。目が覚めたんだねぇ、ピュルテ ピュルテ: えっと、私は確か……そうだ、μの世界に行って、それで ピュルテ: それで……力を使い切って、戻ってきてしまったんでした…… エミリー: もともとヴェルのこともあったし、ずっとはいられないって話だったでしょ。 そんなに落ち込むことじゃないと思うよぅ ピュルテ: そう、ですよね……必ずお別れはある、戻らなくちゃいけない…… 時間は有限、すべてわかっていたはずなのに…… ピュルテ: 私はその中で、一体何ができたんでしょう エミリー: エミリーだったら、ピュルテの顔を見ただけで安心するけどなぁ ピュルテ: 私の、顔? エミリー: あ、別に特別かわいいとかそういうんじゃないんだけど ピュルテ: ひどくないですか エミリー: 人間さんはずっと異世界にいるわけでしょ。 知ってる人に会えるだけで、メンタルは安定するんじゃないかなぁ ピュルテ: それだけでも行った甲斐はあるってことですか エミリー: そういうことぉ ピュルテ: ふふっ エミリー: なになに、エミリーおもしろいこと言ってないよぅ ピュルテ: いえ、実は……μの世界でお世話になった人がいて。 その人と縁を結んだおかげで、あちらでも戦えたんですけど ピュルテ: その人と同じことをエミリーさんも言ってるなぁって気がついて、 よく考えたらちょっと性格も似てるのかも、なんて思ったらおかしくて エミリー: へー。イケメン漁りしてるってことぉ? ピュルテ: い、いえ。ていうか、それは性格じゃなくて行動パターンでは ピュルテ: そういえば……皆さんは? エミリー: シンデレラは本国に一旦帰ってるよぅ。 クレアはお買い物中だからそのうち戻ってくるかな エミリー: それでティンカは……ラームスの子たちに会いに行ってる。 やっぱり今回の事件に関係がありそうだからって ピュルテ: それをティンカちゃんが? エミリー: コミュ力が強いからって ピュルテ: なるほど……心を開かせるために、ですね エミリー: フアナとリル、それにヴェルもなんか調査に行っちゃった。 ペローの痕跡がどうのこうのって ピュルテ: それコミッティで決まった話なのでは…… どうのこうの、みたいないい加減な感じで大丈夫ですか? ピュルテ: でも、そっか……リルちゃんもお出かけしてるんだ…… エミリー: 会いたかった? ピュルテ: 昔から、気持ちが沈んだときにリルちゃんに励ましてもらってたので、つい。 でも甘えてちゃいけないですよね エミリー: 甘えるのは全然いいと思うけどねぇ。 でも、エミリーに甘えてくれないんだぁって思って ピュルテ: 甘える側のイメージが強いんですよね エミリー: そんなこと言わないで、ほらぁ。膝枕してあげるよぅ ピュルテ: あ、いえ、大丈夫ですっ エミリー: そんな警戒することないのにぃ ピュルテ: や、ちょ、待ってくださ…… クレア: ただいま……あっ ピュルテ: あっ エミリー: おかえり~ クレア: 私は何も見なかった……あとはふたりでごゆっくり ピュルテ: なんか変な誤解が生まれてます!? (背景切換...) クレア: なるほど。強引に甘えさせようとしてたと エミリー: ってやってるうちに、楽しくなっちゃってイチャイチャしちゃった クレア: どう見てもエミリーがピュルテを押し倒してるようにしか見えなくて、 あー、エミリーはそこまでいったんだなって エミリー: ひどいよぅ ピュルテ: ひどいのはエミリーさんです クレア: ドロシーとは会ったの? ピュルテ: ええ。そのときに伺ったのですが、ポセイドンさんがμだと…… クレア: そうみたいだね。みんなびっくりしてた エミリー: 他にもいるなら探したいよねぇ。だって向こうに行ったとき、 まず縁を結ぶ相手を探さなくちゃいけないなんてけっこう大変じゃない? ピュルテ: そう思います。私は運が良かっただけで…… エミリー: でも、しばらくは誰も向こうの世界には行けないかもしれないんだよねぇ ピュルテ: えっ?それはどうして…… クレア: あの魔法陣、ずっと使えるわけじゃないみたいなんだ。 たぶん、この前のドロシーが最後だろうって ピュルテ: それじゃ……他に何か方法を考えないと、 人間さんだけが取り残されてしまうじゃないですか……! (背景切換...) フアナ: ふぅー。快適だなぁ、馬車 リル: いいのか?長距離だし、それなりに値段も張るぞ フアナ: いいの、いいの。コミッティの調査なんだもん。領収書を切り放題♪ レオナ: カロラって退任したんだっけ フアナ: そうだよ。カロラもどこか出かけてるみたいだけど レオナ: めちゃくちゃ経費精算のとき厳しかったから。まあ、他の人がやるなら大丈夫かな フアナ: え……震えてきた…… 170074 - 監獄を突破せよ! ピュルテ: 私が向こうで過ごしたときの出来事は、おおよそこんな感じでした エミリー: ヴェルが行った世界もそうだったけど、 やっぱり何か揉め事が起きてたりするもんなんだねぇ クレア: 人は争うもの エミリー: まあ宿命だけどねぇ クレア: でもピュルテが行ってくれて良かったよね。 いろいろ知れたし、エルマイトとかディマイトのこと、私じゃ感じ取れないし ピュルテ: 個人的にも行って良かったと思ってます。 私が未熟なので、結局いろいろ思い悩んで…… さっきもエミリーさんの前で弱音を吐いたりしましたけど ピュルテ: でもどんな心持ちで臨むべきなのか、教わることができましたから クレア: 向こうの、μの人? ピュルテ: エロースさんっていう、とても優しい方です。 きっとあの人なら、あの世界を平和な良い世界にできる気がします (背景切換...) エロース: なにこれ、全然わかんない。むりむり ゼウス: エロースさん、諦めるのが早すぎますって ゼウス: とは言うものの、わたしもさっぱりです…… 人間さん: 壁に描かれた図形……ふむ……。何か法則性がありそうだな エロース: あ、もしかして暗号みたいなやつ? 人間さん: たぶん。関係者は答えを知ってるから、通れるんだろう。 変な物理カギを使うよりもセキュリティレベルは高くなるよな ゼウス: へ~。人間さん、わかりそうなんですか? 人間さん: 一列目の図形を見ると、ちょっと法則性がある感じするだろ。 たぶん、一列目と二列目は解き方の提示なんだ。 だから三列目のこの右下が、どういう図形になるのかわかれば…… ゼウス: すごいなぁ、人間さん。知性派ですね 人間さん: ふふん、まかせてくれ 人間さん: えーと、一列目はここがこうなるから……んーと…… (背景切換...) フアナ: そういえば、一応コミッティ本部には連絡を入れて例の魔法陣が まもなく使えなくなるって伝えておいたけど……よかったんだよね? レオナ: 別に、なんでもかんでも秘密にするつもりはないわ フアナ: 場所だけの問題じゃないって言ってたけど……他にどんな要素があるんだろ ヴェルメリオ: ……魔力なんじゃない?だって魔法陣だし。 魔力を使い切ったら使えなくなっちゃうとか…… レオナ: そっちは秘密。ていうか、まだ仮説の段階だし、なんとも言えないのよ ヴェルメリオ: ……ここでみんなで考えたら答えが見つかるかもよ リル: ヴェル殿はそんなにビブリオ・アンティークに行きたくないのか ヴェルメリオ: ……だって フアナ: えー!なになに?何があったの?聞きたい、聞きたい! リル: フアナ殿……そういうところだぞ…… (背景切換...) 人間さん: うーん……! ゼウス: さくっと解いちゃうかと思ったら、思いのほか長考に入っちゃいました…… エロース: あ。待って。地図くれた人から他にも何かメモもらってたかも! それに載ってるんじゃ―― 人間さん: い、いや、待ってくれ!もう少しでわかりそうなんだ! エロース: だめだよ、人間さんっち。目的を忘れちゃ。 みんなのためにがんばってるはずなのに、謎解きにこだわったら 人間さん: う、うう……そうだよな……。悔しい…… ゼウス: ん?なんか変な音が聞こえません?ドドドドーって…… (ンゴゴゴゴゴゴ……!!) エロース: 本当だ!なんの―― (ドガッシャアアアァァァン!!) ゼウス: うわあああぁぁぁぁ!? エロース: ものすごい勢いで水がー!? 人間さん: 流されるぅううぶぶぶぶごぼごぼごぼ ゼウス: いたた……な、何だったの今の……? もしかして謎解きがハズレだったから罰ゲームで? エロース: まだ答える前だったよ!それに、あんなになってるし ゼウス: あっ!暗号が書いてあった壁が壊れてる!これで楽々通れますね 人間さん: すごく不本意だな……というか、結局答えがわからずじまいだし……気になる…… 人間さん: ん!?いや待て、暗号の壁どころかあれを見ろ! エロース: 外壁にまで穴が空いてる!?やったね、これで楽々脱獄完了! ゼウス: あっ、見てください。あれってハデスとヘラたちじゃないですか? 助けに来てくれたんですよ 人間さん: その割に、みんなして監獄の外へ向かってるのは一体どういう……? エロース: ま、合流すればわかるんじゃない?急いで降りよっか ???: そうはいくか…… ゼウス: ――っ!? ステロペス: コノ俺、ステロペスガ作ッタ暗号ヲ……全部パワーデ押シ切ラレ…… ソノ上、ミスミス囚人ヲ逃ガスナド、許サレナイ…… ゼウス: こいつ、ブロンテス? ステロペス: ソイツハ弟ダナ…… エロース: さっきまでいなかったはずなのに、一体いつの間に現れたんだろ!? ステロペス: 今ノ水流デ押シ流サレテキタンダローガ!クッソォ! ゼウス: あっ、なんか気の毒な感じですか? 170075 - エロースの覚悟 ゼウス: ふふん、この最強のゼウスがいれば、どんな相手も余裕で勝てます! エロース: おっ、ゼウスっちはすっかり自信回復してるね!いいことだよ ゼウス: さあ、どこからでもかかって―― 人間さん: な、なんだ!?爆発音!? ゼウス: ――っ、さっき降りていったヘラたちが攻撃されてる! エロース: 何か罠が仕掛けられていたんだね! ステロペス: ……イヤ? エロース: えっ ステロペス: アンナ爆発スル罠ナンテ用意シテナイ……全部、暗号ヲ解イテ開ケルタイプシカ…… 人間さん: こいつがあの謎を作ったのか……見た目によらないな…… ステロペス: ソレ言ワレルノ二度目ナンダガ ゼウス: じゃあ一体どうして…… (背景切換...) ドロシー: な、なんて破壊力なの!? ハデス: 監獄の外で迎撃したのは正解だったようね。 身動きの取りづらい狭い空間だと、一撃で全員仕留められていたわ ヘラ: でも、どうして……以前やり合った時より格段に強くなってる。 同じテュポーンとは……思えない……! テュポーン: ………… ハデス: ここは踏ん張りどころよ。 このままだと監獄ごと、ゼウスたちが吹き飛ばされてしまいかねない ドロシー: わかってるわ。オーディン、早く見つけ出してよね……! アヌ: オーディンが人間さんと合流したとして、その後は?撤退するしかないよね? ドロシー: 逃げるのは癪ね。ぶちのめして帰りたいわ ヘラ: 好戦的だなぁ…… ドロシー: けど、人間さんとゼウスの消耗具合によっては撤退する。最優先はふたりの無事よ ヘラ: なのに冷静……! テュポーン: 逃さない。誰も。ここで終わらせる (背景切換...) ゼウス: まさか……テュポーン!! 人間さん: (なんだ……?以前とどこか様子が違うような…… 禍々しいというか、何か良くない気配を感じる……) エロース: あれがゼウスっちが負けた相手?やばくない? あんなの普通に負けるって。しょうがないよゼウスっち ゼウス: しょうがなくないですよ!今度こそわたしは必ず勝ちます。 負けるわけにはいきません。仲間の命がかかってるなら!! エロース: お、完全に自信を取り戻したね。 じゃあゼウスっちは、みんなのところに行ってあげて~ ゼウス: え……?エロースさん、いまのわざと煽って……? ステロペス: フン……アレガ、てゅぽーんナラ…… ガイア様ノ、同ジ配下ナラ……俺ハオマエタチヲ行カセルワケニハイカナイ…… エロース: だよねー。 だからゼウスっちと人間さんっちは先に行ってて。ここは、うちが抑える ゼウス: エロースさんが!?でも戦うのは苦手だって…… エロース: そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? 人間さん: また、爆音……! ゼウス: う、ううっ……わ、わかりました!後はお願いします!! 人間さん: ……任せる。絶対にまた、後で会おうな エロース: 人間さんっち 人間さん: ん? エロース: うちのこと、信じてくれるよね? 人間さん: ああ、もちろんだ! ステロペス: 一人ダケ残ルトハ……ナカナカ、覚悟ガ決マッテルジャナイカ……言ッテオクガ俺ハ、見カケニヨラズ暗号ヲ作ッタリスルガ、戦ウトナレバ、見タ目ドオリ強イゾ…… エロース: そんなこと言われたくらいで怖気づくなら残ってないよ。 うちだって、やるときはやるから……ね! ステロペス: 消エタ!? ステロペス: ヌアアアッ!? ステロペス: コイツ……コノ速サデ動キナガラ、正確ニ矢ヲ……!? エロース: まだまだ! ステロペス: グウウウウッ!! エロース: うちね、みんな仲良くしたいから戦ったりするのは苦手だけど…… その苦手って、やりたくないって意味なの エロース: 弱いって意味じゃないからね! エロース: どうしても戦わないといけないなら、手は抜かないよ ステロペス: コレホドトハ……! エロース: ……っ!また、揺れ!? エロース: あれ?でも爆音が聞こえな…… ブロンテス: 兄サン! アルゲース: 兄者! ステロペス: オオ、弟タチ!助カッタ……コノ女ヲ始末シテ、てゅぽーんノ援護ニ向カウゾ! エロース: うわ、やば……さすがにうち、3対1になるとは思ってなかったんだけど。 ねえねえ、誰かひとりくらい、お腹が痛いから見学しますってならない? ブロンテス: 我ラハ常ニ全力! エロース: だよねー!?いや、いいことだと思うよ!? エロース: これマジ……ま、しょうがないかぁ。 うちがここで踏ん張れば、みんなが楽に戦えるんだし……! エロース: やってやろうじゃない! ブロンテス: ヌオオオオオ!! アルゲース: 行クゾオオォォ! アルゲース: ウオッ!? ???: さ、さすがに3対1は無理ありますよ……ですから、その…… オーディン: わたしが助太刀します エロース: オデっち!? オーディン: その呼び方すごく微妙なんですけど…… 170075 - ストーリー用 Ⅰ 170076 - 自分の居場所 (ピュルテが残したエルマイト、そしてディマイトを感知する地図。 それに表示されたのは急接近する超巨大ディマイトだった。) (衰弱が予想されるゼウスと人間さんが合流する前に脅威を迎撃すべく、 ヘラ、ハデス、アヌ、そしてドロシーは監獄前へと飛び出したのだが――) ドロシー: ふん……なかなか禍々しい気配を漂わせてくれてるじゃない。 相手にとって不足なしね ヘラ: テュポーン……!?ゼウスでさえ負けた相手だよ……!? ハデス: 自分を信じるのよ。じゃなきゃ勝てる戦いも勝てないわ アヌ: しかし……どうも、以前に会ったときと雰囲気が違うね ハデス: μとしての力はそう大きく変わっていないわ。だから変化があるとすれば…… ドロシー: ディマイト、ってことね。任せておきなさい、 私の女子力エルマイトで帳消しにしてあげるわ テュポーン: テュポ、みんな、こわす……! テュポーン: こわす、ぐちゃぐちゃ、こわす、ぼろぼろ……! ハデス: 性格まで変わってきてる気がするわ。会うたびに凶悪になってるような……。 一体、何があったの……!? (背景切換...) (その答えは数時間前に遡る――) (背景切換...) (私とタルタロスは、あてもなくアディスの周辺を移動しながら野営を続けていた。 タルタロスによればカンゴクと呼ばれる場所に嫌な気配があるらしい。) (もちろん住んでいる見慣れた人々の安否は気がかりだ。 でも、こうして彼女とふたりでいる時間が、なんだか心地よくて。) タルタロス: ん 雨依: ありがと (タルタロスから焼いた塊肉を受け取る。前はりんごくらいは喋っていたのに、 ついに『ん』だけになった。それがなんだか、距離が縮んだ証のようでうれしい。) 雨依: タルタロスは、表情にあまり出さないけど……しんどくない? タルタロス: 何が? 雨依: 住み慣れた場所ではあるわけでしょ。アディスって。 自分の居場所を追われて転々とするって、メンタルにくるかなって (居場所を追われる――どうしても私は、自分の過去を重ねてしまう。 穏やかだった人生の最初期を過ごした寶月堂のあんこの匂いと。) タルタロス: 別に 雨依: やっぱりタルタロスはタフなのね タルタロス: 自分の居場所って、場所じゃないから 雨依: 哲学?それともとんち? タルタロス: 雨依、食事中 雨依: 私は『とんち』って言ったのよ。大体、想像つくけど タルタロス: そっか 雨依: そっか、で済まさないでよ。ひどい濡れ衣なのに タルタロス: 自分の居場所って、自分が、自分らしくいられるところ タルタロス: 土地とは限らない 雨依: そっか……うん、なるほどね (納得してみせながら、私は彼女の言葉をもう一度、咀嚼する。 自分らしくいられる――過去の私にとってはきっとそうだったけど、 歪んでしまった私が寶月堂に戻っても、違ってしまうのかも。) (なら、私の居場所は――) 雨依: そっか。目の前にあったのかも タルタロス: 何が? 雨依: ううん。なんでもない (手渡された肉にかぶりつきながら、私は少しだけ肩が軽くなった気がした。 自分らしくいられる環境、それが居場所なら……私はもう、孤独じゃない。) 雨依: でも、ずっと逃げ続けるわけにはいかないでしょ? タルタロス: んー…… (逃げ続けてもいい、と言わんばかりの態度だ。) (先日の、人間さん率いるμたちとの戦いでも 互角以上に渡り合っていたのを知っている。 タルタロスは決して、戦えないわけじゃない。強いと思う。) (でもきっと、生来の性格がそれを拒んでいるんだろう。) 雨依: (そう言えばレオナも政治の駆け引きがめんどくさい、 ってコミッティを辞めたんだっけ……?) (ふと、オトギノクニでの日々を思い出す。 レオナもまた、こんな私の傍に寄り添ってくれた貴重なひとりだ。) (きっとコミッティ本部にずっといたら、私はおかしくなっていた。 彼女が連れ出して、ディマイトの供給方法を考えてくれたから だいぶマシな生活を送れたような気がする。) タルタロス: 思い出? 雨依: えっ?な、なに? タルタロス: 雨依が静かで、穏やかな顔してるときは良い思い出に浸ってることが多い 雨依: ……そう? (珍しく饒舌に話したと思ったら、図星を突いてくる。やめてほしい。) タルタロス: そうだ タルタロス: 戻る前にすることって、何?手伝う 雨依: あぁ…… (先日、そんなことをタルタロスの前で漏らした。 でも彼女に手伝ってもらうわけにはいかない。) 雨依: ちょっと難しいかな。しなきゃいけないのは…… 雨依: 贖罪、だから 170077 - 突然の幕切れ タルタロス: 贖罪? 雨依: 私ね、魔物を呼び出せるの タルタロス: …… (いい機会だと思った。この世界ではまだ能力を使っていないけど、 タルタロスが私を信用してくれているからこそ、黙ったままは良くないって。) (どこかで、タルタロスなら私を拒絶しないでいてくれる、 そう信じていたのもあるし、誰かに話したかった。) (魔物を呼び出す能力を得て、ニヴルヘイムの町を襲わせ、 バルドルを傷つけ、エンリルを唆し――人間さんを殺そうとさえした。) 雨依: もう許されようとは思ってない。でも、だからってこのままでいいはずもない タルタロス: ん…… (話し始めたら堰を切ったように言葉が流れ出した。 一部始終を、タルタロスはただ黙って聞いてくれて。) 雨依: どうするべきなのか、まだ私自身もわかってないの。でも、何かしなくちゃって…… タルタロス: 話せば? 雨依: えっ? タルタロス: 雨依の気持ち、話せばいい 雨依: そう、ね…… (向き合うのは、怖い。でもそれから逃げて、 贖罪した気になって終わらせるのは不誠実。タルタロスの指摘は、私の胸に刺さる。) 雨依: 話さないと、前に進まないもんね タルタロス: ……逃げるの、やめる? (あまり表情は動いていないけど、タルタロスの瞳には気遣わしげな色が浮かんでいた。) 雨依: ……そう、かも (戦うことになってはしまったけど、時間が経って冷静になると ゼウスたちとは話すべきかもしれない、とも思っていた。) (タルタロスを狙ったのは誰なのか。お互いに持っている情報を突き合わせれば、 真相も見えるかも。薄々、ゼウスたちはシロなんじゃないかと思えてきていたし。) タルタロス: ゼウスたちを探そうか 雨依: うん。でも、監獄にいるのは違う人なんだっけ? タルタロス: ん……あそこは、いまは近づかない…… ???: 見つけた (ふいに、幼い子どものような声が聞こえた。はっとして振り返る。 なんの気配も感じなかったし、それはタルタロスも同じようだった。) 雨依: えっと…… テュポーン: テュポだよ ガイア: この子はテュポーン。わたしはガイアです 雨依: ガイア……って、確かゼウスと張り合ってμを無責任に作りまくってるっていう…… ガイア: 黙りなさい (いきなり横っ面を叩かれて、私は痛みや恐怖より純粋な驚きで言葉を失う。) ガイア: 誰が無責任ですって? タルタロス: 雨依! 雨依: だ、大丈夫。叩かれただけだから タルタロス: ガイア……どうしたの。そんな人じゃないはず ガイア: よかった。タルタロス、あなたを探していたのよ タルタロス: え……? ガイア: あなたが、必要なの 雨依: タルタロスに何をするつもり!? ガイア: テュポーン テュポーン: やっ (刹那、テュポーンと呼ばれた小柄な子の髪が、 鋭利な刃物のように硬くなってタルタロスの腹部を貫いた。) タルタロス: あ……?う、あ……ごふっ…… (突然の至近距離での出来事に、タルタロスも対応できず、 私も唖然として立ち尽くしてしまう。) テュポーン: ごくごく タルタロス: あ、う、あがっ…… 雨依: な、なに!?なんなのこれ!? (テュポーンが何か身動ぎするたびに、髪がうねる。 そしてタルタロスの豊満な胸が萎み、太ももがやせ細り、頬がこけていった。) タルタロス: こひゅーっ……はひゅーっ…… 雨依: あ……ああ……! (骨と皮だけになっていくタルタロス。 いや、骨さえも溶けてでもいるのか、細くなっていく。 もう呼吸すら難しいのか、空気が抜けるような音だけが響いていた。) (ただ攻撃されたというなら、私も反撃したと思う。 でも、目の前で起きていることが何なのか理解がおいつかず、 震えて見つめることしかできなかった。) テュポーン: んん-っ、ぱくんっ (かぶりつくような擬音を口にするテュポーン。実際には、ほぼ存在が消えかけていた タルタロスの、最後のひとかけらが不気味な髪に飲み込まれたのだったが。) 雨依: タル……タロス……? ガイア: どうかしら、テュポーン テュポーン: ん、いい感じ ガイア: ふふ、私の見立てどおり、やっぱりタルタロスとの相性が良かったのね 雨依: あ、あなたたち……何をしたの……? 雨依: 返してよ!タルタロスを、返して!! ガイア: 黙りなさい、役立たず 雨依: なんのことよ! ガイア: 聖母からの伝言よ。あなたはもう、要らないんですって (ガイアはそう告げると、私の手を強引に握る。) 雨依: 痛っ……!? (そして指先を強く握る。 そう、魔物を呼び出すごとに私が噛んで、少し変色し始めていた、あの指先を。) 雨依: う、あ、あああああっ!? (痛みというよりも、嫌悪感。吐き気。めまい。 そんな症状とともに、私の指先からは青紫色の気体が湯気のように立ち昇る。) 雨依: あああああっ、あっ、んんぅううっ!! (やがてその気体が出なくなったところで、ガイアはもう一度、 私の頬を思い切り叩いた。足元がふらついていた私は、そのまま地面に倒れこむ。) ガイア: 権利は没収とのことよ。 じゃあね、後はアディスで静かにひっそりと暮らすがいいわ。あなたらしく、ね (そしてふたりの姿はかき消えた。) 雨依: あ……あああっ、ああああああああっ!! (残された私の嗚咽だけが、虚しく響く。) 170078 - フアナの葛藤 司書: ヴェルメリオさん…… ヴェルメリオ: ……えっと、その、お久しぶり (互いに視線をそらしながら挨拶するふたり。 その間に漂う気配に、誰しもが何かあったんだろうなと容易に察せられるのだが。) フアナ: ちょ、ちょっとリル?なんなのこの甘酸っぱい空気。 まさかヴェルに限って、浮気なんてことは リル: あるはずないだろう。彼の片思いだ フアナ: ああ、そっか。片思…… フアナ: 片思いーっ!? (静かな図書館にフアナの驚愕が響く。) レオナ: フアナ、しーっ ヴェルメリオ: ……気まずい 司書: あの、ヴェルメリオさん。安心してください。あなたの気持ちは理解していますから (かつて、フェルディナとの攻防で散り散りになったとき、 ヴェルメリオが立ち寄ったこの巨大図書館、ビブリオ・アンティーク。) (その司書を務める彼が、 ヴェルメリオに恋心を抱いたのは出会ってから間もない頃のことだった。) 司書: 以前に会ったときよりずっと大人っぽくなられた。 それに、人間さんともお会いしたんですよ ヴェルメリオ: ……聞いた。オトギノクニの住民になる直前のことだよね (しかし、人間さんへの気持ちが揺らがなかったヴェルメリオは 胸を痛めながらもはっきりと断った。 その後、人間さんもここに立ち寄った際に男どうしのやり取りもあり――) 司書: 望む形ではないかもしれない。 でもきっと、あなたはいまとてもいい恋をしているようですから。 僕が蒸し返して心を乱したりするつもりはありません ヴェルメリオ: ……そ、そっか 司書: だからといって、僕のあなたへの気持ちが消えたわけではありませんけどね? ヴェルメリオ: ~~~~っ!? 司書: さあ、ここへは調べ物に来られたんでしょう、レオナさん。ご案内しますよ レオナ: ありがとー。ここに来るのも久しぶりだわ。知らない間に色々起きてたみたいだけど 司書: いやあ、本しか興味のない堅物が柄にもなく恋をしてうっかり失恋しただけですよ? ヴェルメリオ: ……やっぱり気まずい リル: フアナ殿が騒ぐから…… フアナ: うう、こういうところだよね。あたしに友達がいないの ヴェルメリオ: ……ううん。どっちにしろ無かったことにはならないし。 彼もわたしもキッカケもらえて助かったよ フアナ: ほ、ほんと? ヴェルメリオ: ……フアナのそういう素直なところ、わたしは嫌いじゃないよ。 いい友達になれる気がする フアナ: そっか……♪ フアナ: ん?なれる気がする?いまは友達じゃない……? ヴェルメリオ: ……そういう文脈じゃないってば (背景切換...) レオナ: 探してほしいのはこういう資料なの (レオナは机の上に数枚にわたって記されたメモを広げる。 そこには気象記録天体記録といった文字が並ぶ。) リル: 記録資料が多いんだな レオナ: 探しやすいと思って。学術書関連はわたしが自分で探してみるから ヴェルメリオ: ……確かに、専門知識ないのに本なんて探せないかも フアナ: タイトル見ても、なんならさわりだけ読んでも、 その本が何のジャンルかわからなさそうだもんね レオナ: もし、記録期間が明記されているのなら当然、人間さんくんと ラームスから来た子たちが遭遇した日、っていうのを意識しておいてね リル: わかった。それでは手分けして探そう レオナ: よろしく~。あ、フアナはちょっとこっちいいかな フアナ: え?なんだろ (背景切換...) フアナ: えっと……改まって、どうしたの? (図書館の片隅に手招きしたレオナは、小声でそっと切り出す。) レオナ: どうしたも何も……いつまでとぼけた芝居を続けるの? わたしに雨依を連れ戻せって言ったの、フアナとアイソーポスだよね? フアナ: ちょ、ちょっと……レオナ、外に出よう? レオナ: えー?フアナがそういうならいいけど…… (背景切換...) フアナ: あっつ!!外、あっつ!! (砂漠地帯である砂の国の一角に位置するこの図書館、内部は書物の保管を目的として温度が魔法で保たれているのだが、一歩外に出れば、日中は灼熱地獄だ。) レオナ: だから言ったのに フアナ: いいや、手短に済ませよう。早く冷却魔法が効いてる館内に戻りたい フアナ: ていうかさ、アイソーポスさんの話は別口だから…… コミッティの任務と一緒にはできないよ レオナ: お芝居が上手ねぇ フアナ: いや、向こうの世界に行くなんていうのは、あたしは素でびっくりしたからね!? 雨依を連れ戻してほしいとは言ったけどさぁ レオナ: そしたら行くしかなくない? フアナ: なんか召喚術みたいな感じで戻ってくるのかと レオナ: それは考えてなかったなぁ。 技術的に難しいのもだけど、雨依のそばに寄り添ってあげたかったし フアナ: だからペローの痕跡を調べて、レオナと行き当たるのは予想外だったわけ フアナ: でもさすがに守秘義務じゃないけど、アイソーポスさんの意向を表に出すわけには いかないからさ。みんなの前で『レオナ元気?雨依はどう?』なんて レオナ: ま、言えないかぁ フアナ: それをとぼけた芝居だなんて…… う、ううっ、あたしが友達に平気で嘘つく人でなしみたいだよ レオナ: ちょっと言い方悪かったね、ごめんごめん。 なんかすっとぼけてるのが気持ち悪くて、ついね フアナ: あたしだって、う、うぇええ、みんなに隠し事なんか、ひぐっ、えぐっ レオナ: 泣かないでよ~! (背景切換...) フアナ: ふぁー、涼しい! リル: ん、なんだ。外に出ていたのか? ヴェルエリオ: ……フアナ、泣いてる? フアナ: ち、ちちちちち、違うよ!?これは目から汗が リル: まあ、そうだろうな。というか目から汗が出たのではなく汗が目に入ったのでは? ヴェルメリオ: 滝みたいに汗かいてるもんね フアナ: あ、あはは、そうなんだよね~ レオナ: 汗かきすぎじゃない?わたし、そんなにだよ フアナ: 精神的な原因もあると思う…… 170079 - 魔法陣の条件 ヴェルメリオ: ……もう、夜になってる (資料集めに奔走していて誰もが時間を忘れていたが、 ふとヴェルメリオが窓の外を見るとすっかり暗くなっていた。) 司書: 皆さん、遅くまでお疲れ様です。そろそろ夕食の準備をしてもよろしいでしょうか フアナ: そっか!ごはんまで出るんだ!嬉しいなぁ 司書: 普段はご自分でお願いしていますよ。 併設された宿舎はコンドミニアムタイプなので、そこで皆さん調理されています レオナ: だよね。今日はなんでまた……あっ 司書: 私の料理を召し上がっていただけたらな、と思いまして ヴェルメリオ: ……うん、ありがとう (漂う気配に思わず周囲が沈黙する。 と、司書は何か誤解したのか、慌てて言い添えた。) 司書: あっ、ち、違いますよ。変な薬を入れようとか、そんなことはしませんから! リル: 当たり前だ。小生の目を欺けると思うな。気がついたら即刻斬り捨てる フアナ: 物騒なこと言っちゃだめだよ、ごちそうになるのに 司書: あはは……まあ、ヴェルメリオさんはこれまでもきっと、 そういう危ない目にも遭ってきたでしょうし、ご心配はごもっともですよ ヴェルメリオ: ……大丈夫だよ、リル。この人はそんなことしない。 恋愛対象としては見れなくても、人としては信頼してるから 司書: …… (フォローするヴェルメリオの言葉に、司書は無言で俯く。 それは、思わず温かく緩んでしまった顔をかくすためで。) レオナ: ヴェルも罪な女だね~ (背景切換...) フアナ: いっただきまーす!わぁ、美味しそう! リル: だいぶ資料も集まったが、どうなんだレオナ殿。何かわかりそうなのか レオナ: ん、とりあえず仮説は裏付けられそう。 あの魔法陣で大事なのは場所もそうなんだけど、タイミングが大事なんだよ ヴェルメリオ: ……タイミング? (レオナはパスタを絡めたフォークをくるくると回しながら、得意げに答える。) (すべてをつまびらかにはしない、と言いながらも自分の発見を黙っておけない。 このあたりが彼女の、駆け引きを不得手とする所以だ。) レオナ: 一定の期間しか効力を発揮しないの。それ以外はただの落書きと同じ ヴェルメリオ: ……それって魔力切れとは違うの? レオナ: このタイミングは一定周期でまたやってくる。 そしたら再び使えるようになる、ってわけ フアナ: その周期っていうのは……天気に関係あるってこと? (先ほどまで自分たちが集めていた資料類の傾向を思い返しながら、 フアナは首を傾げた。) リル: まさか、風が吹いたら遅刻して雨が降ったらお休みで、 などというわけではないだろうな ヴェルメリオ: ……なんだっけ、それ リル: 人間さん殿から教わった詩の一篇だ ヴェルメリオ: ……そうだ。旅の途中で渡し船が動かなくてボヤいてたときだっけ。懐かしいね 司書: …… (愛おしそうに目を細めるヴェルメリオの横顔を、司書もまた微笑ましそうに見守る。) レオナ: 半分、正解 リル: 半分も!? レオナ: 条件その1。晴天であること。 風はむしろ雲を吹き散らしてくれるから好材料なんだけど、 雨は空が雲で覆われちゃうからだめ フアナ: もしかして太陽の力? 人間界では太陽の力をエルマイトみたいに変換する魔法があるって……。 これは人間さんくんじゃなくてピュルテから聞いたんだけど リル: それでは一定周期であることの説明がつかないのではないか? 太陽は毎日出ているだろう レオナ: リルは賢いねぇ。でもね、難しい説明は省略するけど、 空にあるものって基本的に動いてるんだよね (本当は、これこそレオナの専門分野だった。いくらでも語れることはあるし、 きっとみんな驚くと予想できたが、話が横道に逸れてしまうだろうと自制する。) レオナ: 全部がそれぞれ勝手に動いてるから、毎日がまったく同じ空にはならないんだよ ヴェルメリオ: ……三日月が満月になるみたいな? レオナ: いいセン リル: ――星か レオナ: そう。それが条件その2 フアナ: 星が魔法陣に影響するの!? レオナ: もともと、太陽や月も含めて星々からはイマジュマイトが地表に降り注いでるの。 まあ、遥か遠くだから影響はほとんどないんだけど レオナ: 代表的なのは太陽の光。 温かくて穏やかな晴れの日は、なんだか気分もいいと思わない? ヴェルメリオ: ……それ、エルマイトなんだ? レオナ: 逆に地下室でずっと何日も研究を続けていたりすると、 すごく陰鬱な気持ちになるし、身体の不調も出てきたりする リル: そんな生活をしたことがないから分からないが…… 確かに、あまり健康的な印象はないな レオナ: つまり結論は、2回のラームス出現、 それに人間さんくんと雨依が消えた時に共通するものがあったわけ レオナ: 晴れていること、そして見える星の種類と角度が一致した。 その星が魔法陣発動に影響を与えてる、ってこと リル: 星が発動条件……何故、制作者は太陽を利用しなかったのだろう。 それなら毎日利用できるというのに レオナ: 秘匿性、だろうね。条件を知るもの以外は使用できない。 ま、他にも理由はあるかもだけど…… (一連の説明を聞き終えたフアナは、おずおずと切り出す。) フアナ: じゃあ、もしかして……その仮説から、別の…… 4つ目の魔法陣を特定することができる……? 170080 - 関係の作り方 ティンカー・ベル: うぇい ピオン: うぇい トルテ: うぇい? ティンカー・ベル: あー、トルテはもっと腰を入れて トルテ: う……うぇい ティンカー・ベル: そうそうそう クーヘン: 何をやってるの、この人たち…… ハンプ: でも楽しそうですよぉ?わたくしも混ざってみたいです メルヴェ: ハンプは、あんな動きしている間にすっ転ぶでしょ ハンプ: 人を運動音痴みたいに言わないでください、心外ですっ オーフェン: わたしも自信ないわ……あんなに動けないかも ティンカー・ベル: はい、それではごいっしょに! 三人: うぇい、うぇい、ふぅ~っ! ティンカー・ベル: いえーい、ハイタッチ! トルテ: は、はいたっち ピオン: なんか陽キャみたいで怖い メルヴェ: ねえ、ティンカ。どういうつもりなの? ティンカー・ベル: どういうって? メルヴェ: 初めてここに来たとき、あなた言ったわよね。 みんなの辛い過去を根掘り葉掘り聞きだすために来たから、って ティンカー・ベル: うん。もう高いごはん奢られちゃったし、 それに人間さんのためにもなるかもだから メルヴェ: それから毎日ここに来るけど…… メルヴェ: バカ騒ぎして帰るだけよね!?なんなの!? ティンカー・ベル: いやいや、いきなり聞いても警戒しちゃうだろうから まずはみんなと仲良くなってからと思って ハンプ: っていうなら、どうして最初から手の内を明かしたんです ティンカー・ベル: だってさ、仲良くなってからその話題になったら、一瞬引くでしょ? 仲良くしたの、そのためだったんだぁ……みたいな クーヘン: やり方次第だとは思うけど、まあ……そうかもね ティンカー・ベル: ティンカもさ、めっちゃノリ良くて仲良くなった男子にさ、ホテル取ってるから……とか言われると一気に萎えるの。うわぁ、楽しかったのに、そっちが目的かぁ……って ピオン: わかる! トルテ: ティンカちゃん、モテるんだぁ ティンカー・ベル: 別に、いくときはいくけど!でもティンカだって、 そういう気分のときと、違うときがあるわけ!ってなっちゃうんだよね メルヴェ: だから手の内を全部最初に明かした? ティンカー・ベル: そ。その上で仲良くなったら、もう全部コミコミで仲良くしてる、ってことじゃん? メルヴェ: 打算的なのか、逆なのか……判断に迷う人ね ティンカー・ベル: というわけで、次はこれやろ、これ! トルテ: なにこれ ティンカー・ベル: 人生ゲームっ!! オーフェン: これなら、わたしも参加できる気がするわ ハンプ: わたくしの商才を見せつけるときが来たようですねっ クーヘン: 商才って、こんなのルーレットの運でしかないでしょ…… (背景切換...) (昔から私は、運が悪い。何かうまくいきそうになると、必ず手をすり抜けていく。 これは両親が健在だった幼少期からそうだった。) 雨依: ……っ、う、あ、ああっ……!タルタロス……っ、う、ううっ、どうして……っ! 雨依: 許せない……絶対に、許せない……! (やっと見つけたと思った私の居場所は、あまりにもあっけなく、 時間にしておよそ数分の間に崩れ去った。) (オトギノクニに来た当初は、ディマイトと言われてもピンと来なかったけどいまならハッキリと分かる。私の全身から、強いディマイトが噴き出しているのを感じる。) 雨依: いまさら……こんなに力が出てきたってしょうがないのに。 私は肝心なときに、何もできない (タルタロスが襲われていたときに、この力を発揮してあのふたりを蹴散らしてやれば、すべて解決できたかもしれない。なのに私は、足がすくんで立ち尽くしてしまった。) (こうしてディマイトが溢れるのは、そんな情けない自分への怒りも原因のひとつかも しれない。だとしたら、あのときすぐ動いたら力不足で返り討ちになっていた? 思考が悪循環に陥りそうだ。) 雨依: でも……このままにはできない……。タルタロスがもう戻ってこないとしても、 このままには……じゃないと、合わせる顔がないじゃない (顔を上げる。いまはまだ静かだ。 でもきっと、どこかでディマイトの波動が感じられるはず。) (平穏に暮らすために、他人を取り込んで自身を強化する必要はない。 きっとテュポーンとガイアは、誰かと戦うために備えたんだ。 必ずどこかで、戦いが起きる。そのときは――) 雨依: ……? (ふと、足元に何かあるのを見つける。それは文字のようだった。) 雨依: これって、タルタロスの……? (土を指で掘り返すようにして刻み付けられた文字。私は語学に疎いけど、感覚的にこの文字を理解することができた。オトギノクニに来てからずっと備わっている能力だ。) 雨依: ……どうして (そこには自分の気持ちを見失わないでと残されていた。) 雨依: タルタロス……あなたは、私にどうしてほしいの……? 170081 - 戦いの幕開け (監獄前でテュポーンを迎え撃ったドロシーたちは、 その圧倒的な力の前に苦戦を強いられていた。) ハデス: ガイアのやつ、テュポーンに何かしたのね、きっと。 じゃないと、ここまで力が変化しているのはおかしいわ ヘラ: 何かって、何……? ハデス: それがわかれば苦労はないわよ……っ (強烈な攻撃が飛んでくるのを、ハデスとヘラはそれぞれ左右に飛び退ってかわす。 受け止めれば吹き飛ばされる結果が明らかだった。) (彼女たちは当然、テュポーンがここに来る前にタルタロスを取り込んで強化している ことを知らない。しかし、知ったところで打開策が見つかるわけでもなかった。) テュポーン: みんな、こわれちゃえ ドロシー: あどけない感じのくせに、ずいぶん過激なことを言うのね……! お姉さんとしていろいろと指導してあげなきゃ……っ、ううううううっ!! (テュポーンの攻撃を正面から受け止めるドロシー。 現状、辛うじて対抗できるのは彼女だけだった。) ドロシー: く……うぅっ、お仕置き、パンチっ!! テュポーン: むんっ (しかし、苦し紛れに繰り出すドロシーの攻撃も、 テュポーンはあえなく弾き飛ばしてしまう。) ドロシー: 聞き分けのない子ね……っ、はぁっ、はぁっ。親の顔が見てみたいわ…… ガイア: あら、呼びました? (ゆったりと歩み寄るのは、まさにテュポーンの生みの親。ガイア、その人だった。) ハデス: あなたは……っ! ヘラ: やっと出てきたね、ガイア! ガイア: 皆さんお揃いで……と言いたいところですが、肝心のアレが見当たらないようですね ドロシー: アレ、ですって? ガイア: あなたたちも知っているでしょう?異世界の力に満ちたあの男を…… アヌ: 人間さんくんのこと、かな。アレとはずいぶんな言い方だね ガイア: 私の使命を果たすため、その男を差し出すのです……! そうすれば手を引いてあげま―― (ガイアの言葉を遮るように、飛来した矢がガイアの頬を掠める。 次いで、その場に声が響いた。) ゼウス: ちょーっと待ったぁ! 最強のわたしをおいて話を進めるの、やめてもらっていいですか!? (場の全員が一か所に視線を向ける。 そこには破壊された監獄の瓦礫に立つ、人間さんとゼウスの姿があった。) (背景切換...) 住民: ええ……あの森の外れにある小さな洞窟ですよね。 確かにあのあたりは最近、何か小屋みたいなのが作られて人が集まってるんですよ (フアナの聞き込みに、村の住民はそう答えた。 彼だけではない、既に数名が同様の証言をしている。) フアナ: そっか……うん、ありがとう (集合場所にフアナが戻ると、ほかの3人は既に集まっていた。 レオナは渋い表情で首をかしげる。) レオナ: その顔だと、フアナもわたしたちと同じ手ごたえかな? (レオナの仮説によって魔法陣があると予想された場所が、 比較的ビブリオ・アンティークから近かったこともあり 彼女たちは実際に足を伸ばすことにした。) (しかし、問題の場所を探索中に不審な集団と小屋を発見。 突入前に周辺で情報収集をしていたのだった。) ヴェルメリオ: ……でも、これで魔法陣がある可能性は高くなったんじゃない? リル: 裏を返せば、そうなるか (4人の情報を総合すると、正体不明の組織が突然、小屋を建設。 周辺を徘徊しているものの、とりたてて危害は加えてこないとのこと。 ただ、小屋に近づこうとすると追い返されてしまうとか。) レオナ: そうだよねぇ。守ってる、って感じだし フアナ: どうする?突撃する? レオナ: 何も悪いことしてないのに? フアナ: それもそうか…… (怪しいから、あるいは魔法陣がありそうだから、などという無茶な理由で 乗り込むわけにはいかない。逆に、レオナたちが衛兵に捕まりかねなかった。) ヴェルメリオ: ……となると、あとは リル: こっそり侵入するしかないか ヴェルメリオ: ……なんか、突入とそんなに変わらないような (背景切換...) リル: いた……住民たちの証言から推察するに、人数はおよそ十数名。 なんとかなりそうではあるが フアナ: あの紋章…… レオナ: 紋章?ああ、小屋の入り口に掲げられてる旗だね。なんか見覚えある? フアナ: 『セレスティアル』だ。 反コミッティ組織として、最近、急に勢力を伸ばしている連中だよ リル: なるほど。では作戦変更だな ヴェルメリオ: ……どうするの? リル: こっそり様子を見に行く必要はないだろう。 ここにはコミッティの副議長閣下がいらっしゃるんだ フアナ: えっ? フアナ: あっ、あたしか! リル: 副議長閣下の勅命により、テロ組織を討伐する。大義名分は揃ったのではないか? レオナ: 権力を振りかざす感じ、わたしは苦手なんだけど…… 予測によると残された日数も少ないし、ここは強行しちゃおっかぁ リル: では……行くぞ! 170082 - 魔法陣攻防戦 リル: 動くな!小生らはインペリウム・コミッティ副議長直轄、臨時特務機関だ! 抵抗すれば斬る! 男1: な、なんだっ!?どうしてここが!? 男2: くそっ、武器をとれ! リル: 抵抗するか。いいだろう。では久しぶりに小生の剣技を披露するとしようか ヴェルメリオ: ……ノリノリだね、リル フアナ: 特務機関に入りたいのかな レオナ: ぼやぼやしてないで、援護するよっ! (名乗りを上げたリルにセレスティアルたち全員が注目し、 武器を手に取って襲い掛かる。フアナに言わせれば、あまりにも素人だった。) フアナ: 単独行動するわけないじゃん。特務機関を名乗ってるのに。 伏兵を気にしないなんて、さすがに頭が悪いというか……まあいいや、ヴェル ヴェルメリオ: ……まかせて (弓に矢をつがえたヴェルメリオは、同時に三本の矢を射かける。 そして、放つと同時にすぐに次の矢を素早く備えた。) (彼女の恋愛指向とは真逆の、広範囲に複数を目がけた攻撃。 敵に当たらずとも牽制になればいい、という乱れ撃ちだ。 狙い通り、敵は混乱をきたす。) 男3: ぐぇええぇぇっ!? 男4: な、なんだ、敵がまだどこかに!? リル: 小生を前によそ見とは、なかなかの度胸だな (次いで、混乱して集中を欠いた目の前の敵をひとり、またふたりと その鮮やかな剣さばきで倒していくリル。 何度かそれを繰り返せば、男たちはみるみるうちに戦意を失っていった。) フアナ: そろそろ心を折りにいくよ。レオナ、大技みたいなのある? レオナ: そういうの作戦開始前に確認したほうがいいわよ?ま、あるんだけど (レオナは道具袋から部品を取り出すと、 あっという間に大砲のような装置を組み立てていく。) レオナ: ヴィンチ・キャノン!発射~っ!! (轟音を立てて発射された弾丸が、 セレスティアルたちの拠点と思しき小屋の屋根を破壊した。) フアナ: おお、すごい!これは大技だね!なにそれ、機械? レオナ: 武器で戦ったり魔法を使ったりするより、 こういう装置を作って戦う方が楽しいんだよね (言いながらレオナは瞬く間に大砲を解体していく。) フアナ: え、もうバラしちゃうの? レオナ: 次はこのあたりが必要になるかなーって (解体した部品を違う形に組み上げていく。 同じ部品で組み替えることで別の装置になる仕組みのようだ。) レオナ: これなら道具がかさばらなくていいからね。 そのうち自動解体できる仕組みを考えたいけど…… フアナ: それは? レオナ: あのへんを狙っておこうかなって (レオナが指し示した先では、大砲の一撃で完全に心が折れた セレスティアルの一部メンバーが逃走を図っていた。) レオナ: レオナちゃん♡ハートキャッチ!発動!! (ボタンを押すと同時に巨大な投網が飛び出していく。 逃げ出そうとしていた数名を包んだところで――) 男5: あががががががが! (網から電流が流れ、中にいた男たちは全員揃って気絶する。) フアナ: えっぐ…… (背景切換...) リル: おそらく、これで全員だろう。個別に聞き取った人数とも合致する (結局、セレスティアルは小屋だけでなく洞窟内部にも配置されていたが その全員を捕縛することに成功。現在は、洞窟の片隅に全員を縛り上げてある。) ヴェルメリオ: ……リル、楽しそうだったね リル: 実戦に勝る鍛錬はないからな 男1: 鍛錬……!?あれが……? ヴェルメリオ: ……セレスティアルの人たち、震えてるからやめてあげて フアナ: うわあ……すごかったなぁ♪あたしの指示、そしてみんなの連携。 これこそ友情の集大成って感じでもう レオナ: んしょ、んしょ…… (尋問するリルたちをよそに、装置を押して移動させているレオナ。 その行動にヴェルメリオが目を止める。) ヴェルメリオ: ……レオナは何してるの レオナ: これがさっきぶっ放した移動砲台だよ。 移動って名前がつくわりに、結構重くて大変なんだよね フアナ: (あれ……簡単にバラせるのに、まだ残しておくんだ……) リル: さて、話を聞かせてもらおうか。隠し立てすると、身のためにならないぞ 男1: ひいいっ…… ヴェルメリオ: ……やっぱりリルってちょっと悪役っぽいよね リル: な、なんだと!?どう考えてもいまの小生は、颯爽と登場した正義の味方だろう レオナ: やっぱりそういうのに憧れがあるんだ? リル: あ、憧れなどと……そういうわけではない。いまの小生に求められる役割を忠実にだな ヴェルメリオ: ……悪役もかっこいいよ リル: ヴェル殿はどうして小生を悪に仕立てたいんだ…… フアナ: それで、どうしてここに拠点を作ってたの? 男1: ……くっ ヴェルメリオ: ……え?くっ、殺せ? 男1: 言ってない、言ってない! リル: ヴェル殿こそ脅しているじゃないか 男1: 俺たちはただ……福音書に従っただけで……詳しいことは把握していないんだ…… フアナ: なにそれ? 男1: これだよ (男が取り出したのは、1冊の書物だった。 表紙に刻印されているのはセレスティアルの紋章――) 170083 - 星屑の福音 リル: これは……ほとんどが白紙じゃないか 男1: 試練を達成するごとに、司教様が福音を授けてくださるんだ ヴェルメリオ: ……ってことは、文字になっている部分は達成した記録? フアナ: 余罪がたくさんありそうだね (厳密には、今回この場所で彼らがしていることについてはまだ違法性は立証されて いない。問答無用で捕縛しても良い、とされている指定組織というだけだ。) (だが、書物には施設の破壊や、強盗などの犯行内容が詳細に記録されていた。 彼らはこの記録が残ることの危うさを自覚していなかったらしい。) リル: 司教様というのは? 男1: さすがに、司教様を売るわけには―― リル: もう一度だけ聞く。司教様というのは? 男1: ひっ (首筋に冷たい刃を当てられ、男が青ざめる。) ヴェルメリオ: ……クール リル: 言い換えたな、ヴェル殿 男1: お、俺たちも、本当によく知らないんだっ。 ただ、組織の上層部も気が付いたら司教様の指示通りに動くようになっていて…… リル: 会ったことはあるんだろう。特徴は 男1: 赤髪で、長さはボブくらい……胸元の露出が多めのドレスみたいな服で、 確か両目の瞳の色が違っていて…… リル: ……なんとなく予感はしていたが、そうか フアナ: リル……もしかして リル: ああ。おそらく、ペローだ ヴェルメリオ: ……ペローがセレスティアルと繋がってる?で、でも、いまペローは捕まってるよね? リル: いつ頃のことだ? 男1: ま、まだ発足して間もない頃だから……ええと…… (リルの予想通り、どうやらペローは投獄される前からセレスティアルに 接触していたらしい。自身が捕まる可能性を予測していたというのか。) リル: あるいは……捕まらないまでも、自由には動けなくなる…… その可能性は見越していたのかもしれないな フアナ: かもね。となると、他にも魔法陣があって、同じように何かしようとしているのかも ヴェルメリオ: ……捕まってなくても、こんなに広い範囲をひとりで回るのは大変そうだし フアナ: 指定の日時が来たら儀式をするように、って指示か…… あれ、でもこれ、ずいぶん先だね (福音書の最後のページを確認していたフアナは首を傾げた。レオナの予想では間もなく有効期間が終わるはずだった。何かするならむしろ急がなくてはいけないはずなのに。) リル: 一定周期という話だったから、次のタイミングを待て、ということかもしれないぞ フアナ: 気の長い話だなぁ……ねえ、レ……え、あの、レオナ? (ふとフアナが視線を移すと、レオナは砲台の影で何やら立ち尽くしている。) ヴェルメリオ: ……そんなところで、何をしてるの? レオナ: いやあ……別に、何もみんなを騙すつもりはなかったんだよ。 ただ、ちょっとこそこそ隠れてただけで (レオナがそう言うと同時に、彼女の足元がぼんやりと青く光る。 それは、砲台の影に隠れていた魔法陣だった。) フアナ: ……っ!? フアナ: (砲台をバラさずにそこに置いたのは、 あたしたちの視界に魔法陣が入って注意を向けさせないため……!?) リル: まさか、本当に向こうの世界に行くつもりか、レオナ殿っ! 何の準備もなしに危険すぎる! レオナ: 準備ならできてるよ (レオナはにっこり微笑んで、傍らの移動砲台を叩く。) レオナ: 向こうではエルマイトが通用しない。向こうのμと呼ばれる能力者の助力を得れば、 力を発揮できる……そうだよね、ヴェル ヴェルメリオ: ……う、うん レオナ: でも、他には特に違いはなさそうだったでしょ ヴェルメリオ: ……たぶん レオナ: わたしはね、雨依を見捨てたくないんだよ。きっとあの子、いまも孤独に苦しんでる。 助けを求めてる。味方になってあげられる存在が必要なんだよ リル: だが、レオナ殿は戦闘が得意なわけでもないだろう!? 武器はその知識のはずだ。書物は持っていけないんだぞ レオナ: 書物がないと引っ張り出せないものは、知識と呼ばないでしょ。 知識が武器と言ってくれるんだったら、もう持ってる (レオナは自身の頭を小突いてみせる。 話しているうちにも、青い光が強くなっていった。) フアナ: でも、どうして……? 星の力がカギなら、こんな洞窟の奥にある魔法陣は動かないんじゃ……? レオナ: 光が地表に届けば大気に……っと、もうゆっくり話してる時間はなさそうかな。 パラケルススによろしく伝えといて。それじゃ―― (レオナの姿がすうっと薄くなる。 次の瞬間、フアナとヴェルメリオをかきわけるようにして、リルが飛び出した。) リル: なら、小生もともに―― (その姿が完全に消える直前、レオナは驚いた表情でリルを見つめていた。) リル: ――っ!? (光は青から黄色に変化する。 そして、レオナに向けて手を伸ばしながら魔法陣に足を踏み入れたリルだが――) ヴェルメリオ: ……あっ!? フアナ: き……えた……? (リルの姿もまた、その場から消えていた。) 170084 - 三兄弟との激闘 (アディス監獄内では、変わらず戦いが続いていた。 ひとり残ったエロースと、駆け付けたオーディン。 3対2の数的不利は徐々にふたりにのしかかっていく。) エロース: えー、ヤバいかもねぇ……意外とこの人たち、ちゃんと強いし…… オーディン: すみません……っ、わ、わたしが本来の力を出せていれば、 もう少し楽な展開になったはずなんですけど…… エロース: いやいや、オデっちは別の世界の人なんだからさ。それ言い出したらキリないし。 ていうか、うちの方が責任重大でしょ エロース: 自分の世界を守らなくちゃいけないのに……うち、戦うの得意じゃないからさぁ (ステロペスたちには大見栄を切ったエロースだったが、 彼女が戦闘向きでないのは性格だけでなく、その能力もだった。) (μとして高い運動能力を誇る彼女は、相手の攻撃を的確にかわし狙った矢は 確実に相手を射止める。しかし、その矢そのものに殺傷能力があまりない。) (もちろんノーダメージではないが、見るからに耐久力の高そうな 彼らが倒れる頃にはエロースは疲労困憊で立っていられないだろう。) エロース: 結局、ダメージソースはオデっち頼みになっちゃってるからね オーディン: ……でも、わたしが……いえ。 お互い、責任を感じて背負い込み合うのはやめましょうか エロース: だね。何も生み出さないし エロース: ん……生み出す……? ステロペス: ソロソロ観念シタラドウダ?俺タチ兄弟ニハ、敵ワナイ…… ブロンテス: ガイア様ニ生ミ出サレテカラトイウモノ、活躍ラシイ活躍ガナカッタケド…… アルゲース: ヤット、日ノ目ヲ見レソウダナ! (オリンポスを襲撃しては逃走し、アディスでは物陰に隠れて タルタロスへの不意打ち一発、かと思えばドロシーに好き放題に暴れられ……。) (実は彼らも、自分たちが実は大して強くないんじゃないかと 不安になりかけていたところだった。) アルゲース: イクゾォ!デヤアアアアアッ!! エロース: うわああぁぁっ!? ブロンテス: ドリャアアアァァァッ!! オーディン: っくううううぅぅぅっ!! (パワーにものを言わせた連続攻撃に、エロースもオーディンもなんとか 直撃を避けるので精一杯だった。だが、ここでカウンターを狙おうなどとすれば――) ステロペス: 甘イッ!! エロース&オーディン: うあああぁぁぁっ!! (隙を突いてステロペスに狙い撃ちされる。 もはや打つ手は残されていないように思えた。) (だが、エロースは先ほど思いつきかけたことをまとめようと、 戦いながらも考え続けていた。) エロース: そっか……なんでうち、正面からやりあおうなんて思ってたんだろ オーディン: エロースさん? エロース: うちにはうちの、やり方ってものがあるのにね オーディン: 何か思いついたんですか? エロース: 人間さんっちが言ってた…… ディマイトは負の感情から生まれてその逆のエルマイトで打ち消すことができる…… オーディン: でも、わたしたちにはエルマイトは扱えないんじゃ…… エロース: たぶんね。でも、うちらは、でしょ オーディン: 他に誰が…… エロース: ディマイトを使えてるってことは、エルマイトも使えると思わない? だから……攻撃じゃなくて、いつもみたいに…… (エロースは矢をつがえ、狙いを定めて構える。) エロース: オデっち、サポートお願い! オーディン: は、はいっ……! アルゲース: マダ抵抗スルツモリカ!身ノ程ヲ分カラセテヤル!! (エロースの行動に気が付いたアルゲースが突進してくるが、 オーディンがその前に立ちはだかり、彼を受け止める。) オーディン: くううううっ!! アルゲース: 生意気ダ!ドケェ!! エロース: そこっ!! ブロンテス: ンガッ (矢はブロンテスの頭に直撃する。とは言っても刺さりはせず、 吸盤のようになった矢じりが彼の額を捉えたにすぎなかった。) (それも数秒もすれば、ぽとりと落ちてしまったのだが……。) ステロペス: ソンナ攻撃デ、ブロンテスガ倒レルトデモ…… ブロンテス: オイ、アルゲース!ヤメロ!! アルゲース: エッ? ブロンテス: 俺ノ大切ナ、オデ姫ニ乱暴スルナ! オーディン: オデ姫……? オーディン: えっ、わたし!? エロース: よしっ……もういっちょ!! ステロペス: ンゴッ エロース: おまけにもう一発! アルゲース: ンギッ (矢を受けたステロペスとアルゲースもしばらく呆然とした後、急に目の色を変える。) ステロペス: オイオイ、オデチャンハ俺ノ恋人ダゾ!オマエニナンカ渡スモンカ オーディン: 恋人になった覚えありませんけど!? アルゲース: ブロンテス兄ィ、コンナ女ノドコガイインダ!俺ノ方ガ絶対、兄ィヲ幸セニデキル!! オーディン: あ、あの、エロースさん?これは? エロース: 最初に目に入った人を好きになっちゃう悪用禁止の 恋愛魔法を矢に思いっきり込めて撃ったの (最初に目に入った相手――その効果により、ブロンテスの突然の行動に驚いて 振り向いていたアルゲースだけが身内に恋する修羅の道を進んでしまったようだ。) オーディン: でもあの、このままだとわたしの身が…… エロース: いいじゃん、モテモテで。ガタイいいから、あっちのほうも期待できるかもよ オーディン: 何言ってるんですかー!?あとわたし、パワーでガツガツされるより、 優しくねっとりじっくりされる方が好きです! エロース: オデっちこそなに言ってんの 170085 - 迫られる選択 エロース: まあまあ、冗談はさておき。 これでディマイトは無効化されたはずだし害はないと思うよ? オーディン: 害はないって、だって―― ステロペス: オデチャンッ、好キッ!ペロペロサセテッ! オーディン: いやああああああ!? (恋しい気持ちが高まり過ぎたステロペスがオーディンにつかみかかると、 反射的にオーディンは剣の柄で突き飛ばしてしまう。 もちろん、そんな攻撃はこれまでまったく効かなかったのだが……。) ステロペス: ホゲエエエェェ!? (ステロペスは廊下の向こうまですっ飛んでしまった。) オーディン: えっ?あ……ディマイトが無効化されたから……? エロース: そういうこと。もうただの、オデっちが好きなだけの、どこにでもいるμだよ ブロンテス: オゲッ (唐突な変化にオーディンが呆然としていると、ブロンテスがえずき始めた。 これにはエロースも驚いて目をみはる。) ブロンテス: オ……ゲッ……ブロロロロロ オーディン: な、なんか吐いちゃいましたよ……!?その魔法、変な副作用とかあるんじゃ エロース: そんな、オーガニックな素材しか使ってないのに!? エロース: あ、待って。これ……ううん、それ (ブロンテスが吐き出したのは、透明な結晶だった。手に取ろうとした エロースだったが、胃液にまみれているので一歩下がって指で指し示す。) エロース: ずっと見えてたんだよね……お腹の中に何かあるなって。 もしかしてこれ、ディマイトのもとみたいなやつかな オーディン: これが……? エロース: 同じものが、あの子にも見えるんだ (壊れた外壁を向くエロース。 その視線の先には、ドロシーたちと激闘を繰り広げるテュポーンの姿。) オーディン: テュポーンさんにも……!? エロース: うん。この人たちよりもずっと大きな塊が見えるんだ。 たぶん……それでディマイトを取り込んでるんだと思う アルゲース: ソンナッ、ブロンテス兄ィハドウナル!? 死ンジャウ!?兄ィガ死ヌナラ俺モ一緒ニ……! エロース: 死なない、死なない。むしろまともになると思うよ アルゲース: ヨカッタ……テュポーンニ勧メラレテ俺タチモ拾イ食イシチャッタセイカト…… エロース: 今回が無事なだけで拾い食いはいつか死ぬからやめようね オーディン: エロースさん……わたしたちも行きましょう! もうぼろぼろですけど、でもここで見てるだけなんて エロース: うん、もちろん!はい、手を握って オーディン: え?あ、エロースさんってそういえば羽…… 待ってください、あの、わたし実はあんまり高いところとか オーディン: 苦手でぇえええええぇぇぇぇぃああああぁぁぁぁ……!! (後には気絶したスペロテス、吐き気が続くブロンテス、 その背中をさするアルゲースが残された。) (アルゲースはブロンテスをいたわりながら、 壁際まで飛んで行ったスペロテスのもとへ行こうと促し、よたよたと歩いていく。) (後に残された透明な結晶体に、人影が近づく。) 雨依: これ…… (彼女には見覚えがあった。間違いなく、 この世界に来たばかりの彼女がばらまいた、あのディマイト結晶体だ。) 雨依: 透明になってるのは、さっきあの子がエルマイトで中和したから……? 雨依: これが……テュポーンをおかしくさせてる……?だとしたら、私が……! (突き付けられた事実に、雨依は顔を覆った。) 雨依: 私のせいで、タルタロスが……!?私が、私が、私が殺した……っ!? 雨依: !? (外から爆音が響く。はっと顔を上げて外を見ると、 テュポーンはさらに勢力を増していた。) 雨依: ……? (かすかな違和感をおぼえ、そのことに気を取られる雨依。揺さぶられた感情の波が小さくなっていった。すると、同時にテュポーンのまとうディマイトもやや収まっていく。) 雨依: まさか……私のディマイトとテュポーンは、いえ、結晶体は連動しているの……? (遠くから見ていてもテュポーンの力は絶大だった。 ゼウスと人間さんが合流しているようだが、それでも苦戦している。) 雨依: (私がディマイトをもっと高めたら…… あの人たちは絶対に、テュポーンに勝てない……) (感覚的にそう悟る雨依。その瞳が、さらに動揺で揺れる。) (圧倒的な破壊力で彼らを襲うテュポーンの、 その背中に見覚えのある影が浮かび上がっていた。) 雨依: え……タル、タロス……!? (それは、タルタロスの顔だった。 見間違いなどではない、くっきりと彼女の輪郭が見てとれる。 雨依の口内は乾ききって、うまく声も出せずにいた。) 雨依: まだ、タルタロスは生きている……テュポーンの中に……! 雨依: だとしたら、テュポーンが倒されるってことは、タルタロスも…… だめ、助けなくちゃ……! (テュポーンを倒させないための方法は明らかで、とても簡単だ。 彼女のディマイトと連動しているのだとすれば。) 雨依: でもそれは……人間さんを殺す、ってこと…… 170086 - 圧倒するテュポーン (テュポーンの猛威は、俺たちが束になっても敵わない、 そんな絶望感を時が経つごとに植え付けていた。) ハデス: なんなの、この強さは…… アヌ: まずいね。あまりにも力の差がありすぎる (テュポーンひとりに対して、こちらは6人。戦力としてほぼカウントできない 俺を除いても、数的有利は明らかなのだが、そんな気配はまるで感じられない。) ヘラ: あの髪の毛が厄介なんだよね (テュポーンはひとりでも、 自在に動く髪が次々に俺たちの攻撃を受け止め、そして反撃してくる。 おそらく本体のように思考することはなく条件反射なのだろうが――) ハデス: うああああぁぁっ!! ゼウス: ハデスっ!! (ひとつひとつがテュポーン本体から供給される強力なディマイトをまとっており、 単体でも強力な相手だ。その間もテュポーンは自分の攻撃を緩めない。) (数え方としてはテュポーンひとりだろうが、 髪の毛を1体の魔物と数えれば圧倒的な数的不利とも言えるだろう。) ドロシー: みんな、諦めるんじゃないわよ!必ず突破口があるわ! (敗色濃厚となりつつある中でもみんなの心が折れないのは、これまで 苦難を多く乗り越えてきた、経験豊富なドロシーのアジテーションが大きい。 しかし、それもいつまで続けられるか――) エロース: みんな、おまたせっ! オーディン: か、かなり苦戦しているみたいですけど……微力ながら、わたしも戦います! (次いで、エロースとオーディンが合流を果たす。 ということは、あのステロペスたちを倒したということだろう。 ただ、彼女たちも無傷ではない上――) エロース: うわぁっ!?や、やばっ、何なの、この子 (先ほどの理屈で言えば、数的不利は解消されていない。 彼女たちほどのμが数百はいる大軍勢でないと抑えきれないだろう。) オーディン: 正面から挑んでもとても太刀打ちできませんよ……!何か、手を打たないと アヌ: それを考えてるんだけどね。そもそも、どうやってテュポーンはこれだけの強化を 短期間で果たしたのか、それがカギになるはず…… ゼウス: もう、わたしは負けません……!ひとりじゃ、ありませんからね! ゼウス: アヌさん、隙を突く方法がわかったら教えてください! わたしが全部、試してみます! アヌ: 全部って、思いついたこと片っ端からやるつもり!? ゼウス: どれが正解か選んでる余裕はないですよ アヌ: ……背に腹は代えられないか 170087 - 自分の気持ち (アディス監獄から出た私は、遠巻きに戦況を見つめていた。さすが、アヌの推測は正しい。何故この短期間で強化されたのか、その答えを私は知っている。) 雨依: タルタロスを……犠牲にして……! 雨依: (でも、それを知ってるからって私に何ができるの……? それよりも、もしここでテュポーンが倒されたらタルタロスは……?) (文字通り、一心同体となってしまっているのだから、 当然タルタロスも今度こそ私のところに帰ってくることはないだろう。 やっと見つけた、一度は失ったと思った親友の手を自ら放すなんて――) (背景切換...) タルタロス: 自分の居場所って、自分が、自分らしくいられるところ タルタロス: 土地とは限らない (背景切換...) 雨依: 自分の、居場所…… (私は襲われる前の彼女との会話を思い返す。そして――) (自分の気持ちを見失わないで) (いまわの際に残したその言葉は、明らかに私に向けたものだった。) 雨依: 居場所も、気持ちも、わかんないよ……! タルタロスがいなくても居場所は消えないってこと!? 雨依: 私らしくって、なに……?どうしたら、私らしいの? だって自分勝手で、ネガティブで、すごく嫌な女なのに……どうしろっていうの…… 雨依: 嫌な女で、いいってこと……? ゼウス: 負けられませんっ……!みんな、諦めちゃだめです! ドロシー: そうよ!勝てない相手なんていないの! 勝敗はね、勝つことを諦めたほうが負けるのよ! 雨依: みんなポジティブね……。 当たり前か、人間さんのエルマイトをもらってるんだもんね (背景切換...) 雨依: 私はどうしたらいいの…… (頭のどこかで声が聞こえる。私はどちらにつくべきなのか。 タルタロスか、人間さんか。) (でも、どちらも正解だとは思えなかった。) (テュポーンが勝ってもタルタロスは戻ってこない。 逆に、私が戦ってもテュポーンに勝てる保証もない。 私はディマイトだけ持て余してる素人なんだから。) 雨依: 私には何もできない…… 雨依: こんなはずじゃ、なかったのに…… (『甘みという味は優しさでできているんだよ』) (背景切換...) (私の脳裏に、かつて聞いた言葉が蘇る。それはまだ、私が幼い頃の記憶――) 170088 - 甘さの成分 雨依: お父さん、お菓子作るの嫌になっちゃわないの? 雨依の父: どうして? 雨依: だって毎日、早起きしてお台所も暑くて汗かいて、 首も痛いのに一生懸命練り切りも作って 雨依の父: うーん……そうだねぇ…… 雨依の父: 甘みっていうのはね、優しさでできてるんだよ 雨依: えっ? 雨依の父: 悲しいとき、辛いときに甘いものを食べると心が柔らかくなるんだ。 お父さんがやめちゃったら、その人は悲しいままなんだよ (背景切換...) 雨依: 甘さは……優しさで…… (父の言葉を反芻する。) (これまで思い出したこともなかった何気ない記憶なのに、 どうしてこんなタイミングで出てきちゃうんだろう。) (背景切換...) ヘラ: はぁっ、はぁっ、まだまだ……。 ゼウスが戦ってるのに、ひとりで先に倒れるなんて…… ヘラ: うわああぁぁっ!! テュポーン: テュポ、どんどん力出る。みんな、壊す オーディン: テュポーンさん、目を覚ましてください! アヌ: 目を覚ます、って……彼女は操られてるの? オーディン: 事情はわかりません。でも会うたびに印象が変わるなんて、 きっと本来のテュポーンさんじゃないんですよ アヌ: 操られてる……あるいは、なにかの影響を受けている……? 短期間で強化されたのも、そのせい…… (背景切換...) 雨依: (ああ……ごめんね、人間さんたち。私がここで葛藤しているせいで、 またディマイトが増えてる。そのせいでテュポーンも強くなって…… 雨依: (どういう理屈なんだろ……でも本当に私のディマイトと連動しているみたい) (そこで私は、ひらめいてしまった。) 雨依: あのひとを助けて……タルタロスにひどいことをした連中に一矢報いて…… そうだ、これなら私は…… (自分の手のひらを見つめる。震えていた。) 雨依: マキも、これくらい怖かった? (その場にいるはずもない友人に語りかける。そう、友人。 いろいろあったけど、私はマキといまでも友達のつもり。) 雨依: お父さん……マキ……タルタロス。私に、勇気をください (ポケットから小さな袋を取り出す。ほんの数粒だけ残っていた金平糖を口に含んだ。) (レオナの工房を借りて本格的な手順で作ったときの、最後に残っていた一口。 お父さんの味には及ばないけど、優しい甘みが広がる。) (背景切換...) 雨依: ――っ、そこまでよ!! (次の瞬間、私は戦場に飛び出していた。 頬には涙が伝っていた。何の涙なのかは自分でもわからない。) 170089 - 決断 テュポーン: みんな、こわす。あばれる (宣言通り、テュポーンの広範囲な攻撃が、俺達を薙ぎ払うように襲う。) エロース: 人間さんっち、伏せて! (エロースの声に素早く反応したおかげで直撃は免れるが、 伏せた俺の背中を激痛が走る。) ヘラ: うわああぁぁっ!! オーディン: なんて強力な攻撃……っ! アースガルズにいるときのわたしでも、こんなのをまともに食らったら……! (暴れる、というテュポーンの宣言通り、その攻撃はこれまで以上に凄まじいものだった。 彼女のディマイトは加速する一方で、とどまることを知らない。) (彼女の持つ雰囲気からして、ディマイトの供給元のほとんどは本人の感情ではなく 外的要因だろう。しかし、一体どうやって……。) ドロシー: 仲間はどんどん消耗してる状況でさらにパワーアップですって……!? オーディン: このままじゃ、もう全滅です……! ハデス: さすがにこれは……太刀打ちできないわ……! ゼウス: 諦めてどうするんですか、ハデス! ヘラ: だけど、本当にめちゃくちゃだよ、あいつ…… ねえ、いざというときはゼウスだけでも逃げてよね!? アヌ: いよいよ覚悟を決めないといけないかな……約束守れなくて、ごめんね……キ…… ハデス: ――っ!何か来るわ!この強力な気配、まさか!? 雨依: ………… (空中に浮かぶ雨依の姿。最後に見たときのまま、どこか禍々しい出で立ちだ。) 人間さん: これ、見てくれ……! ドロシー: ピュルテの地図が!? (ピュルテの感知能力を受け継いだ地図は、 そこに巨大なディマイトの反応を表示させていた。) (戦闘中に地図を見る余裕などなかったが、 いま確かめるとテュポーンとほぼ同等のディマイトを持っている。) ヘラ: そ、そんな……もう、無理だよ…… (どこか悲しげな表情でこちらを見下ろす雨依。 彼女は懐からそっと果物ナイフを取り出した。) ゼウス: あれで攻撃してくるんでしょうか……? エロース: あんなナイフ、普通は大したダメージにならないと思うけど、 ディマイトめっちゃ入ってたらやばいのかも ドロシー: でも、待って。あの子……泣いてる……? 雨依: ……結局、私が行き着く答えってこれしかないのね (雨依は手にしたナイフを握り、そして自分の首元に押し当てた。) 人間さん: ――っ!? 170090 - さよならの前に 人間さん: 何をしてるんだ、雨依! 雨依: これが私が行き着いた答えなんだ ガイア: あなた……どういうつもりですか? こんなところまで、ノコノコと顔を出して……もうお役御免になったのですよ 雨依: …… ガイア: テュポーン!まず、そいつを片付けなさい テュポーン: わかった 雨依: 黙って!! テュポーン: うわぁっ! ガイア: くうううぅぅっ!? (雨依が叫ぶと同時に、全身から青紫の稲妻がほとばしり、 ガイアとテュポーンの身体を直撃する。) ゼウス: まさか……一撃でテュポーンたちの動きを封じた……? アヌ: ダメージは通ってない。気休めというか、時間稼ぎ程度の影響しかなさそうだね。 あれほどの攻撃だっていうのに 人間さん: 雨依、どういうつもりなんだ。まずそのナイフを置けって 雨依: そこにいるテュポーンは、私がばらまいたディマイト結晶を身体の中に含んでいる ハデス: ディマイト結晶……? 雨依: そして、私の大事な友達、タルタロスそのものも アヌ: μが、μを、取り込んでいる、だと……? 雨依: そして理屈はわからないけど、テュポーンのディマイトは 私の持つディマイトの波に比例している (ディマイト結晶とやらの出どころが気になるところだ。 そこに連動するカラクリがあるのかもしれない。だが、いまはそんなことよりも――) 人間さん: もしかして雨依は、俺達にとどめを刺しに来たんじゃなくて 雨依: 助けたいの (あふれる涙を拭い、雨依は俺の顔をまっすぐ見つめる。) 雨依: だから、私が死ぬ ゼウス: ……っ!? 人間さん: …… 雨依: 私が死ねば、ディマイトは当然ゼロになる。比例している結晶体も無力化されるわ 雨依: 素のテュポーンだけが残る。タルタロスを取り込んでいたとしても あなたたちが束になれば勝てるでしょ ドロシー: そんな……そんな選択って 雨依: ただ単に絶望して死ぬわけじゃないのよ。 死ねばあなたが助かる、そのために決めたことだから 雨依: 人間さん……。ごめんなさい 人間さん: やめろっ!雨依っ!! 170091 - 挺身 (雨依がまさにナイフの刃を引こうというとき、 突風のような、強烈な衝撃波が俺達を包む。) (視線を移すと、そこには怒りの表情を浮かべたテュポーンが空中に漂っていた。) テュポーン: テュポ、おこった ドロシー: 雨依のさっきの攻撃で動けなかったんじゃないの!? アヌ: さすが、回復も早いか…… テュポーン: ガアのめいれい、テュポ、ぜったいやる。なのにじゃました。おこってる (テュポーンが手のひらをかざすように広げると、 彼女の髪の毛もすべてがその一点に集中して、先端を向ける。) (その空間に黒い魔力の球体が出現し、それはまたたく間に巨大化していった。) 雨依: これ……!?全部ディマイト!? ガイア: 残念でしたね。確かに結晶体はあなたと比例している。 しかし生まれたディマイトは多少、蓄積もできるのですよ ガイア: 大した量ではない……でも連動する、 同じだけの力を持つ相手ならその僅かな差がものを言いますからね……! テュポーン: やああああっ!! 雨依: !! 雨依: 間に合わない……っ! (膨らんだ攻撃はもう放たれる瞬間だった。 いまからナイフを引いて私が死んでも人間さんたちは――) 雨依: それなら、私は……っ! (私は全速力で地上へと向かい、 そして人間さんとテュポーンの間に立ちはだかる。) 人間さん: 雨依っ、ダメだ!! 雨依: (ここまできても、あなたはまだ私を止めてくれる。 そんな人だから、こんなに好きになったのかな) (私の持っているディマイトをすべて使うつもりで、障壁を展開する。 次の瞬間、強烈な衝撃波が私を襲った。) (背景切換...) (私の身体は闇に包まれる。激しい嘔吐感。) (詰めが甘かった。私は黙って人知れず死ぬべきだった。) 雨依: (それもエゴ、なのかな……私が死んだことを知っていてほしいっていう……) 雨依: (でも……これで私は、あなたを助けられたよね……?) (全身が引き裂かれるような痛み。本当に散り散りになっているのかもしれない。 お父さんも、こんな感覚だったのだろうか。) 雨依: もう失うことにも慣れてしまった――でも 雨依: あなただけは、助けたい 170092 - 生まれ変わってもあなたを (すさまじい爆風は、全員の身体を吹き飛ばした。 俺は、近くの樹に叩きつけられ、痛みに悶絶する。) (でも、痛い。生きている。) 人間さん: みんな……無事か……っ! ゼウス: は、はい、なんとか…… (よろめきながら応えるゼウス。他の面々も立ち上がる姿が見られた。 爆風はあったが、攻撃そのものは当たっていない。それはつまり――) 人間さん: 雨依っ!! オーディン: あっ、人間さんっ……! (俺は爆心地、つまり雨依が立っていたはずの場所へ駆け出す。 既に遠目に彼女の姿が見当たらないことは明らかだったが、反射的にそうしていた。) 人間さん: …… ドロシー: 結局、あの子の考えていた通りになったわけね。他に……方法はなかったのかしら エロース: そんな……!こんなことって (雨依がいたはずの場所には何も残っていなかった。 ただ、彼女の身につけていた衣服の切れ端が散っているだけ。) 人間さん: 雨依…… テュポーン: テュポ、おこった。また、じゃまされた。もうゆるさない (テュポーンから放たれる怒りのオーラが、まるで大気を震わせたかのようだった。) ハデス: テュポーンが……!ねえ、雨依が身体を張って弱体化されたはずでしょう!? ヘラ: それでこの迫力って……! ゼウス: 雨依さんの犠牲に応えないといけません。わたしは一歩も退きませんよ (雨依のディマイトと比例しているという、 彼女の仮説がそもそも正しかったのかどうかも検証できない。 でも、彼女の犠牲を無駄だったとは言いたくなかった。) 人間さん: ここで全員が生き残ることができれば、理屈がどうだろうと雨依は―― ガイア: 愚かですね。崇高なる理念に逆らうからこんなことになるのです ゼウス: 崇高なる理念…… ガイア: 正しく、美しく、等しい世界の実現……それこそがあの方の―― オーディン: ……っ!?この光は……! アヌ: ――上だ 雨依: ………… (はっと上空を見上げると、そこには雨依の姿があった。 生きていたのか、という安堵はもちろんあったが 彼女のその姿に俺を含め全員が戸惑いを隠せない。) (彼女が身にまとっていたのは漆黒の衣のはずだった。しかし、いまは――) (神々しいほどの純白だった。) 170093 - たどり着いた答え (ふわりと降り立った雨依は、静かに微笑んで胸の前で手を組むとそっと目を閉じた。) (背景切換...) 雨依: 私……何かわかったような気がするの 人間さん: え……? 雨依: ずっと思ってた。どうして私は生きているんだろうって。 こんなに辛い思いばかりするなら、死んでしまいたいって 雨依: そんなふうに考えてしまう自分のことも嫌で、どうしようもなくて、 溜め込み続けた感情が、ディマイトになっていったんだと思う 雨依: オトギノクニに来て……やっと必要とされて嬉しかった。 私はここにいていいんだ、居場所があったんだ……って (そこまで言って、雨依はちらりとこちらへ視線を送る。) 雨依: あなたが来るまでは 人間さん: エルマイトの存在か…… 雨依: エルマイトは善、ディマイトは悪――そう定義されてから私はまた肩身が狭かったわ。 でもやっと気づけた。ディマイトもエルマイトも同じなんだって (その話は聞いたことがあった。 元はイマジュマイトというエネルギーで、 それが二種類あることが発見されたのだという。) 雨依: 私の中に眠る力はディマイト。それは変えられない。 けど、コントロールすることはできる。簡単なことだったの。私の感情次第 雨依: いろんなことに迷い続けたけど、やっと答えが見えたの 雨依: 私はあなたを、あなたの大切な人たちを、守りたい 雨依: そのために戦う―― (背景切換...) ガイア: テュポーン!大丈夫です、あの子が生きている以上、あなたのディマイトは健在、 もう一度さっきの攻撃を仕掛ければ今度こそ全滅できます テュポーン: うん、やる (テュポーンが攻撃動作に入る。 しかし、雨依は落ち着き払った様子でこちらを振り返り微笑んだ。) 雨依: 許されようとか、もう考えてないから。ただ、守りたい人のために……戦うね (再びテュポーンが先ほどと同じ様な攻撃を放つ。はっとして俺たちは身構えるが――) 170094 - 雨依の覚醒 ゼウス: みんな、伏せてください! (先ほどのような衝撃波がまた襲ってくる。 そう予測するゼウスの声に反応して全員がその場で身を伏せる。しかし――) ドロシー: え……? アヌ: 攻撃が、かき消された…… (一切の衝撃もなく、雨依の目の前でテュポーンの攻撃が消滅する。 何も起こらなかったのように。) テュポーン: え……あれ……? 雨依: もう、ディマイトは残ってないんじゃない? (雨依がテュポーンの方向に手をかざすと、 びくんと身体を震わせてテュポーンは微動だにしなくなり、ただ立ち尽くしていた。 その瞳は虚ろで、何も映していないようだ。) ガイア: テュポーン……!? ヘラ: あのテュポーンが……こんなに簡単に……? ドロシー: 雨依とテュポーンのディマイトが連動しているのが本当なら、 きっと雨依がコントロールしたことでゼロになったのよ 人間さん: (確かに、電池の切れたおもちゃみたいだ…… 連動していたことがテュポーンにとっては完全に仇になったわけか) ガイア: そんな、テュポーンが…… ハデス: ここまでよ、ガイア。これ以上はもう戦う必要もないでしょう ガイア: …… ガイア: いいえ、まだです。ここで引き下がるわけにはいきません。 私自ら手を下してさしあげましょう エロース: ガイアっち!どうしてそこまでして争うの!? ガイア: 愛しい我が子を戦わせて、私だけ高みの見物というわけにはいかないでしょう……? 生み出したのは私、それが母の責任というものです オーディン: ガイアさんもかなり強いんですか……? ヘラ: 直接戦ったことなんてないから、よくわかんないのよ ドロシー: せっかく雨依が活路を開いてくれたんだから、 ここで弱気になるわけにはいかないわよ! ゼウス: ですね!いきますよっ、やああぁぁっ!! ガイア: 残念ですが、私に攻撃は通用しませんよ (回避行動をせずに待ち構えるガイア。ゼウスの剣の切っ先が彼女の身体に 触れようというところで、小さな光の障壁が出現した。) (障壁と剣が接触した瞬間、小さな火花が迸り攻撃を弾く。) ゼウス: うあっ!? ハデス: くっ……ヘラ、援護するわよ! ヘラ: わかった! エロース: オデっち、うちらも! オーディン: はいっ……! (次々と攻撃を仕掛けていくμたち。しかし、そのすべてがことごとく弾かれてしまう。) ゼウス: どうなってるんです……!? ガイア: 私はこの世界の理をすべて把握しています。あなたたちが使う攻撃も含めて 170095 - μの力、人間界の力 アヌ: 理を、把握している……? ガイア: どういう力が、どういった法則で攻撃となって具現化しているのか。 それを読み解けば、無効化することは可能なのです ヘラ: そんなのめちゃくちゃだよ……! アヌ: なるほどね……。キは世界と一体化してしまったけど、 もし実体を残していれば、こういう感じだったのかも オーディン: 感心している場合じゃないですよ……っ ドロシー: なら、私の攻撃はどうかしらねっ!! (言うや否や飛び掛かるドロシー。しかし、その拳も――) ドロシー: くっ!? ヘラ: ドロシーの攻撃も効かない!? ガイア: あなたの攻撃もまた、μの力によるものです。 どうやら、ポセイドンに何かされたようですね ドロシー: そっか……μの力をもらってこっちでも戦えてるわけだから、 私の攻撃もみんなと同じ扱いになるわけね…… 人間さん: だとしたら、残されているのは…… 雨依: 私だよね ガイア: 同じことです。μの力はすべて把握しています。あなたもタルタロスを通じて―― 雨依: ううん。タルタロスは私に何もしていない。誰の力も借りていないの ガイア: ……?そんなことが……? 人間さん: なるほどな。じゃあ俺の出番でもあるわけだ オーディン: 人間さんには無理ですよ! だってヘルの話では、最初に遭遇した魔物に大苦戦してたって 人間さん: μの力が必要だったからな。でもいまは、状況が違う。 それに雨依ひとりに任せっぱなし、ってわけにもいかないだろ (剣を抜き、ガイアに向かって構える。そして雨依に視線を送った。) 雨依: ほんと、そういうところ 人間さん: 性分なんだ 雨依: 安心して。守ってみせるから (黒から白へと変化した雨依の装束が翻る。 それを合図に俺が走り出すと、すぐ横を魔力の弾丸が飛んで行った。) ガイア: ……っ! (それをガイアはひらりと身をかわして回避する。 続く俺の剣も、軽やかなステップでかわした。 どうやら、その特殊な能力を差し引いても戦闘能力は持っているらしい。) (だが、彼女の行動はこちらの狙い通りだった。) 人間さん: (やはり……。ガイアが世界の理を把握しているというのなら、俺たちの攻撃だって 無効化できる可能性はある。しかしそれは、やってみないとわからないものだ) 人間さん: (前例がないのに賭けに出るのはリスクが大きい。 だからガイアは障壁を発生させるのではなく、物理的に回避した) 人間さん: (俺の攻撃なんて、通用しない―― そう思っていても万一を考えて回避せざるを得ないんだ。 けど、回避を続ければ必ずどこかで隙が生まれる――) 雨依: そこまでよ、ガイア ガイア: ――っ!? 170095 - ストーリー用 Ⅰ 170096 - 勝利の余韻 (μの力を一切無効化するガイアだったが、縁を結んでもいない 俺と雨依なら戦えるはず。そう考えて二人がかりで攻撃を仕掛けた。) (ガイアの心理は微妙だったはずだ。 雨依の戦闘能力は、ゼウスたちと戦ったときの情報で把握しているだろう。 一方、俺はこのギリシャ神話の世界に来てからまだ戦っていない。) (無効化できるのか、どれほどダメージを受けるのか、予想できない。 この状況で彼女は安全策をとり、能力を使わず物理的にかわす。 しかし、必然的にふたりを相手にすれば隙は生まれ――) 雨依: そこまでよ、ガイア ガイア: ――っ!? (雨依からの魔力弾の数が減ったところで、彼女の意図を察して俺は攻勢を強めていた。 その回避に集中していたガイアは雨依の動きを察するのに一歩遅れる。) (背後に回った彼女の手のひらには、既に特大の白く光る魔力が集まっており――) 雨依: 残念だったわね (強烈な魔法攻撃を受けたガイアは、その場に倒れ伏していた。) ドロシー: 勝った……!?やった、やったわ! アヌ: やるねぇ、人間さん。 大して戦えないのに参戦するって言ったのは、漢気だけじゃなかったわけだ 人間さん: ああ。でも戦えないとはいっても一応、隙を作れるくらいにはがんばっただろ。 これでも毎日、剣術の訓練はしてたんだからな (ガイアがどちらかというと術者タイプだったのも幸運だった。 相手がゴリゴリの騎士や戦士だったら、この作戦は通用しなかっただろう。) ゼウス: すっかり、いいところを持っていかれてしまいましたね ハデス: 結果よければ、でしょ。生き残れたことにまず感謝しなくちゃ ヘラ: ゼウスが無事なことが何より大事だし ゼウス: もちろんです。 わたしは最強なので、自分の手柄にこだわったりしない余裕ってものがあるんですよ オーディン: これですべて終わり、でしょうか ガイア: う……うう…… エロース: お、ガイアっちが目を覚ましたみたい 雨依: 待って (背景切換...) 雨依: ……たぶん、ガイアもディマイトに支配されていると思う。私の力で打ち消してみるわ (雨依は祈るような姿勢でガイアに向き合う。 彼女の身体から放たれた光が、周囲を白く照らし――) 170097 - 友との再会 ガイア: ……っ、わ、私は……いったい、何を…… ハデス: やっぱりディマイトの影響を受けていたのね。 たぶん、最初の方からそうだったんでしょ ヘラ: ほんと?これも演技ってことはない? ゼウス: さすがに違うと思いますよ エロース: ガイアっち、どう?ちゃんと話せる?何があったか教えてほしいんだけど ガイア: エロース様……?いえ、ゼウスまでお揃いで、いったい何があったのです? ドロシー: 何も覚えていないの? ガイア: はい……。あ、いえ、うっすらと何か記憶があるような……? 確かテュポーンとブロンテスがアディスに行って…… ガイア: その後は、ぽつぽつと断片的な記憶があるだけで…… どんな状況だったのかは、はっきりとは…… 雨依: ディマイトというエネルギーがあるんだけど、 それに思考を左右されてしまう状況だったみたいね ガイア: それってもう 雨依: ええ。乗っ取られていたと言っていいでしょうね (ガイアに答えた後、雨依は深々と溜息をついた。) 雨依: あなたが正気じゃなかったおかげで、感情に任せて殴ったりせずに感情をコントロールできている……とも言えるけど、ますます、私の感情のやり場がなくなってしまったわ エロース: なに?感情がどうとかって。雨依っちはそんなにガイアっちにおこなの? 雨依: 雨依っちって。魔女じゃないんだから ハデス: ……そういえば、タルタロスはどこにいるの?もしかして、関係ある? (確かに、あれほど仲の良さそうなふたりだったのだから、 この大事な場面に一緒にいないのは不自然とも言える。) 雨依: タルタロスは……テュポーンに同化させられたわ。ガイアの手で ガイア: えっ、私が……!?た、確かに、タルタロス様の持つ要素は テュポーンに融合させれば大幅に補完できる性質なのだけど…… ゼウス: ドウカ?ってどういうものかわかりませんけど、 それじゃあタルタロスさんはいなくなってしまったんですか……!? 雨依: ……そうよ (雨依が現れたときに、あれほど思い詰めていた理由のひとつが理解でき、 俺も納得した。やっと見つけた親友を失ったというのなら、 死を選ぶことのハードルも下がっていただろう。) ガイア: 融合したμは元に戻せます。私なら、すぐに 雨依: え……? (ガイアは、まだ虚ろな目で立ち尽くしているテュポーンに歩み寄ると、 手にした秤をその頭上に掲げると、目を閉じて何かつぶやく。) テュポーン: おぶっ (すぐにテュポーンがえづいたかと思うと、小さな種のようなものを吐きだした。 続いて、透明な液体を吐き出していく。) (種は、その周囲に飛び散った水分を次々に吸収していき、 あっという間に膨らんでいったかと思うと――) タルタロス: ……? 雨依: タルタロス! 170098 - 謝罪の言葉 アヌ: なんというか……友達ふたりの大切な再会シーンなんだろうけど、 もうちょっとキレイなものにならなかったのかな オーディン: アヌさんっ……空気を読んでください……! (アヌが言うことはもっともだが、本人たちはそんなことは見なかったと 言わんばかりに、ひしと抱き合って再会を喜んでいた。) 雨依: よかった……!本当によかった、タルタロスが無事で……! 私、もうおかしくなりそうだったのよ タルタロス: ん 雨依: ねえー!感動の再会なんだけど!よくわかんない液体まみれでも ハグしてるんだけど!もうちょっと言うことあるでしょ! ヘラ: あ、やっぱり液体のことは雨依も気にしてたんだ (文句を言いながらタルタロスの肩を小突く雨依。でも、その表情は晴れやかだった。) (むしろ、不満は口に出さずに内に溜め込んでいそうな印象だったので、 雨依が気兼ねなくそんなふうに軽口を叩いている姿が、どこか新鮮に感じられる。) 雨依: 本当に……よかった……! タルタロス: ごめん。心配させた 雨依: ううん、いいの。それより私も、謝らなきゃ タルタロス: なんで 雨依: 違うの、タルタロスにじゃなくて―― (雨依はこちらに歩み寄ると、ぺこりと頭を下げた。) 雨依: まずゼウスとか、ここにいるみんな。 最初に会ったときブチギレで暴れ回って……ごめんなさい ゼウス: あ、いえ……あれは誤解しても仕方ない状況ですし ハデス: というか、そういう意図で練られた策略だったわけでしょ 雨依: それから、本当はアヌだけじゃなくてエンリルとかエンキとか、あの世界のみんなに謝らなきゃいけないけど……仲たがいにつけこんで、引っ搔き回してごめんなさい アヌ: んー、たぶん別にみんな怒ってないと思うけど。まあ、気持ちは受け取っておくね 雨依: それにオーディン…… オーディン: あ、あのっ、そのことはわたしも謝りたくて……っ! わたしが未来視に振り回されて、雨依さんを追いつめてしまいました。 あれはお互い様というか、だからその、えっと 雨依: ……そんな風に思ってくれてたんだ オーディン: 本当に、わたしもずっと謝りたかったんです 雨依: 最後に、人間さん。いっぱい傷つけようとしたし、迷惑もかけたよね 170099 - まだ、終わっていない 雨依: 許されようだなんて思ってない。でも、もうこれ以上は何もしないから、 安心してほしいなって。そういう意味で、謝らせて 雨依: 謝っても謝りきれないけど、ごめんなさい 人間さん: 俺は最初から、自分が受けたもろもろは許すつもりで追いかけてきた。 他のみんなのことは、いま謝ったわけだし 雨依: 人間さん…… 人間さん: こうして再会できたことが、ゴールじゃないしな。 これからもお互い関係は続いていくんだから 雨依: これっきり二度と会ってなんてもらえないと思ってた ドロシー: そんなつもりなら、ここまで追いかけてこないわよ。ね、人間さん 人間さん: そういうことだな。 ああ、もしここにいない人に謝りたいならハブタウンって場所があるぞ (ハブタウンという存在について説明する。 まだ、この世界からは繋がっていないが、たぶん可能なはずだ。) 雨依: そうね。自分で謝りに行かなくちゃいけないわよね。 そう考えたら私、やるべきことができたかも 雨依: 目標とか無縁の人生だったから、なんかちょっと新鮮かも (雨依は目尻に涙を浮かべながら微笑む。 きっと彼女には多くの葛藤があって、乗り越えてきたんだろう。 まだ、そんな彼女の背景についてもまだ何も知らない。) (これからようやく腰を落ち着けて接する時間が作れるだろう。 もっと彼女への理解を深めたい。率直にそう感じていた。) エロース: ねえねえ、雨依っち。なんか話題ちょっとずれちゃうんだけどさ、 雨依っちが謝ってることって、全部自分で決めたことなん? 雨依: あ、ううん……。私が感情的になったり、自分で仕掛けたこともいっぱいあるけど…… 連絡取ってきて、指示してきたやつはいる エロース: やっぱりそうなんだね。ちなみにそいつ、どんな―― 雨依: あ……? (それは突然のことだった。おそらく魔力弾の類だろう。 鋭く細く絞り込まれた、強烈な一撃がまるで銃弾のように雨依の胸元から飛び出した。) (それが背中から撃たれて貫通したのだと理解するのに、一瞬時間がかかる。) 雨依: く……はっ……! (雨依は口からわずかに吐血しながら、その場に倒れた。) 170100 - 黒幕の存在 (全員が、魔力弾が撃ち込まれたと思しき方向へ視線を向ける。) テュポーン: …… (自らの凶行を隠すつもりもないのか、 テュポーンは人差し指を向けたまま、こちらを睨んでいた。) ガイア: テュポーン!どうしたのです、何故こんなことを! 人間さん: 雨依、しっかりしろ! (慌てて、倒れた雨依を抱き起こす。胸元からの出血がひどい。 何か臓器を貫かれたのかもしれない。こんな傷、現代日本でも危険だというのに。) テュポーン: もう使い物にならなくなったので処分したまでですよ ゼウス: ……!? テュポーン: せっかく能力を与えてやったというのに、 崇高な理念を理解せず自分の感情に振り回されるばかり…… ヘラ: な、なに……?テュポーンの喋り方、なんか急に変わったけど ドロシー: ……たぶん、喋ってるのはテュポーンじゃないわね 雨依: そう……ぞうの、せい……ぼ…… (雨依が力なく、そうつぶやく。おそらく彼女が言おうとしたのは創造の聖母――) 人間さん: この一連の事件の黒幕、か…… 雨依: あれは、止めなきゃ、だめ…… 雨依: ごふっ!ごほ、ごほごほっ! 人間さん: わかった、もう喋らなくていい。後は俺たちが必ずなんとかするから 雨依: あれだけ……悪い、こと……いっぱいしてきたのに…… 最期は、あなたの……腕の中で死ねるんだね…… 雨依: ふふっ……世の中、案外チョロい……の、かも……ごぶっ…… 人間さん: 雨依! (雨依が意識を失う。慌てて脈を測るが、まだ彼女の鼓動は続いていた。 だが予断を許さない状況であることは間違いない。) テュポーン: ふっ……その役立たずに抑え込まれていた、 このボディのディマイトが戻ってきたようですね…… ドロシー: ……っ!さっきまで感じていた圧力がまた! オーディン: 本当にディマイトが戻ったんですか……? エロース: 雨依っちの力で打ち消していたわけだから、 本人が気絶したらさっきまでと同じ状況になっちゃうんだろうね ヘラ: でも、なんであいつ、雨依のこと狙ったの? 雨依が死んじゃったら、ディマイトも消えるのに エロース: たぶん……別の供給ルートがあるんだよ。聖母とかってやつが、テュポーンの意識ごと乗っ取ってるってことは、直接、そいつからディマイトを送り込まれてるのかも タルタロス: ……雨依 170101 - μたちの怒り (雨依のディマイトが絶大であることは既にわかっていた。 おそらく、俺のエルマイトと同レベルだろう。) (創造の聖母が供給する量はどれほどか未知数だったが、 おそらく雨依に匹敵するレベルの量であることは容易に察せられた。) ヘラ: うあああぁっ!! オーディン: くううううっ!! (次々に襲い来る攻撃は、先ほどと同じかそれ以上の威力。μたちは蹂躙されていく。) (俺は雨依の身体を抱きかかえて、身を守ることしかできなかった。) 人間さん: (それでも……こんな状況でも、俺はみんなの勝利を信じぬかなきゃいけない……! それが力になるはずだから) (頭ではわかっていても、圧倒的な力の前に信じることが どれほど難しいかを痛感させられる。) タルタロス: 雨依を……よくも……!許さない……っ! ガイア: あの子を……テュポーンを、道具のように使うなんて……! 私が助けてあげなくちゃ……! (タルタロスも、ガイアも、普段は感情的になるタイプには見えないが、 いまだけは怒りを露わに攻撃を繰り返す。) (もっとも、ガイアは牽制程度の攻撃にとどめているが、そんな配慮も不必要だと 思えるほど、彼女たちの攻撃はテュポーンに何も届いてはいなかった。) テュポーン: 愚かなμたち……信じる力などというものが、 どれほど無意味で儚いものなのか、実感するといいでしょう テュポーン: 人は信じているなどといっても、いつかその感謝も信心も忘れ去って しまうものなのです。それよりも確実なのは、人の生々しい感情…… テュポーン: その差をとくと味わうがいい……! ドロシー: ぐっ……!一撃が、こんなに重いなんて! アヌ: タルタロスとかガイアが同時に操られなかっただけ、まだマシだけどね…… エロース: たぶんだけど、ディマイトを一気に失ってテュポっちは放心状態みたいに なってたでしょ……。あれが付け入る隙を与えちゃったのかも (確かに、タルタロスと同化したまま操られていた可能性もあるわけで、 それに比べればマシと言えるのかもしれないが…… そんな楽観的な見方ができる状況ではなかった。) (頼みの綱は雨依だったのだが、不意打ちで命すら危うい。) 人間さん: 雨依……っ (そのときだった。) (ふいに、空を切る音がいくつも聞こえたかと思うと、どこからか飛来した 機械のような装置が、テュポーンの自在に操られた髪の毛先にいくつも接着する。) ドロシー: え……あれは何……? テュポーン: むっ……? (そして、稲妻のような光が、機械から発せられた。) テュポーン: ぐあああぁぁぁぁっ!? 170102 - 天才の合流 (それは見た目通り、雷撃だった。髪の先端は焼け焦げ、黒くなっている。) テュポーン: はぁっ、はぁっ、い、いったいこれは……うわあああぁぁっ!! (雷撃は断続的に続き、テュポーンを苦しめていた。) ハデス: いったい、あれは何なの……!? レオナ: わたしが開発した最新兵器だよ。 自動追尾で着弾できるから、ああいうウネウネした敵にはもってこいなのよ ドロシー: えっ!?レオナ!?どうしてここに! レオナ: 詳しい話は後。とりあえず雨依を見せて、人間さんくん 人間さん: あ、ああ…… レオナ: どういう状態? (俺は雨依の身に起きたことを伝える。レオナはそれを聞きながら患部に触れ、 まるでエコー検査に使うような装置を雨依の腹部に当てる。) レオナ: 心臓近くの大きな動脈がやられてるね。出血がずっと止まってないでしょ? 人間さん: あ、ああ…… (いや、ようなではなくまさにエコー検査らしい。 彼女は小型のモニターを見ながら、装置を当てる角度を変えて確認する。) レオナ: 胸部を切開して血管を修復する。人間さんくん、助手をお願い 人間さん: わ、わかった (こんなところで外科手術なんて無茶苦茶だが、他に方法はない。 さらにその助手を任されるなんて重責がすぎるが……) (執刀医はあのレオナだ。彼女の創造期を思えば、これ以上ない存在だろう。 おそらく、人体のすべてを熟知している。) レオナ: これ、麻酔。胸元に針を刺していって レオナ: こっち心臓の動きを計測する機械。点滅したら教えて 人間さん: 脈拍まで測れるのか…… 人間さん: (すごいな……実際に外科手術なんて見たことないけど、ものすごい手際の良さだ。 これなら雨依はきっと……いや、絶対に、助かる……!) (戦闘の状況を気にする余裕はなく、どんな戦いが展開されているかわからなかった。) (ただ、テュポーンの苦悶の声もときどき聞こえていたので さっきまでのような一方的な苦戦ではなさそうだ。) レオナ: ここを縫い合わせて…… うん、これでひとまず出血は止まったしあとは安静にして経過観察だね。 心臓本体がやられてなかったのは不幸中の幸いだよ (不幸中の幸いというなら、それはレオナの存在そのものじゃないか、と思うのだった。) 170103 - 反撃の狼煙 (雨依の治療が一段落したところで、戦闘に目を向ける。 辛うじて均衡を保ってはいるものの、みんなの顔には疲労が色濃く滲んでいた。) ドロシー: ふぅっ、はぁっ、さすがに、ずっとこんなの相手にするのは現実的じゃないわね…… (ドロシーですら、彼女にしては弱気な発言だ。誰もが膝をついて肩で息をしている。) (その中でひとり、堂々とテュポーンに相対し立ち続けるのは――) ゼウス: 人間さん、雨依さんの様子は? 人間さん: 治療は終わった。容態も安定しているみたいだ。ただ戦わせられる状態じゃないぞ ゼウス: もちろんです。ただ……ディマイトを抑え込むことはできそうでしょうか (判断がつきかねてレオナに視線を送る。) レオナ: どうやって抑え込んでいたかにもよるけど、 精神コントロールの類なら本人の気力次第かな ゼウス: 激しい動きはなかったですし、わたしが見る限りそういう方法だった気がします レオナ: 全身麻酔は使わなかったから、目を覚ますまでにそこまで長い時間は かからないと思う。でも死にかけたからね、いますぐってわけでもないわよ ゼウス: いえ……ありがとうございます。 おかげで希望が見えてきたので、もうちょっとがんばれそうです (俺はそのやり取りを、驚きをもって見守っていた。) (ゼウスは雨依の力ありきで戦おうとしている。 悪く言えば他力本願だが、この状況では妥当な判断だ。 驚いたのは、何でも自分がやろうとするはずのゼウスの言葉だからだ。) 人間さん: まさか時間稼ぎをするつもりか……?いつ雨依が目を覚ますかもわからないのに ヘラ: そ、そうなの!?だめだよゼウスっ ハデス: ゼウスだって、もうボロボロなのよ!? ゼウス: でも、やるしかないですよ 人間さん: ゼウス……! ゼウス: 大丈夫です。わたし、最強ですから (微笑んでそう言うなり、ゼウスはテュポーンに向かって駆け出す。 そして手にした愛剣を振るう。) ゼウス: はああぁぁぁぁっ!! テュポーン: 愚かなμですね……まだ抵抗するというのですか? 素直に従えば、清く正しい世界の新しい住民として、迎え入れることだってできるのに ゼウス: 大きなお世話ですよ。わたしの世界は、いまのこの世界だけですから! 170103 - ストーリー用 Ⅰ 170104 - 胸突き八丁 ゼウス: はぁっ! テュポーン: 力の差がわからないほど未熟ではないでしょうに (ゼウスの攻撃を、髪の一部でいとも簡単に弾くと、 バランスを崩したところをすかさず連続攻撃を食らわせる。) ゼウス: うああああっ!! (時間稼ぎが目的だとしても、あまりに一方的な展開だった。 ヘラもハデスも、言葉を失う。) ゼウス: くうっ! (地面にたたきつけられるゼウス。それでも彼女はすぐに立ち上がった。 身体はとうにふらついている。) ヘラ: もうやめて!ねえ、降参しよう。ゼウスが死んじゃったら、わたしは……っ ゼウス: なに言ってるんですか。降参なんて、わたしに一番、縁がない言葉ですよ ヘラ: だって!ねえ、人間さんも!ゼウスを止めてよ! 人間さん: ゼウス…… (ゼウスと目が合う。身体はボロボロなのに、その瞳にはまだ光があった。) ゼウス: 止めますか? 人間さん: いや。ゼウスなら大丈夫だ。俺は信じてる ヘラ: 人間さんっ!? 人間さん: だって、最強なんだろ? ゼウス: はい! (この絶望的な状況でも、ゼウスは希望を見失ってはいない。 その屈託ない心からの笑顔で、俺も彼女を信じられる。 大丈夫だ。この戦いにゼウスは勝利できる。) (いくら信じる力が源になるからとわかっていても、 根拠もなく不安を押し殺して信じるのは至難の業だ。 でも、彼女のその前向きな様子は、俺にとって十分信じるに値する。) ゼウス: はああぁぁぁぁっ!! テュポーン: 本当に懲りないですね。頭が足りないんですか? ハデス: ……こんなところで、くすぶってる場合じゃないわ。いくわよ、ヘラ ヘラ: う、うん……足手まといになるかもしれないけど、 それでも、ゼウスひとりで戦わせられない……! ドロシー: そうね。私としたことが手を休めて見守ってるだけなんて。いくわよ! オーディン: わ、わたしも……残る力をすべて出し切ります! アヌ: ここが、がんばりどころってやつかなぁ 人間さん: みんなも……。ゼウスに感化されて、あと少し戦うだけの気力が戻ってきたのか エロース: いい感じじゃん。ゼウスっちのことを、みんな信じてるんだよ。 ついていけば間違いない人なんだ、って テュポーン: 小賢しい……!雑魚が集まったところで何も生まれません。 さっさと、その半端に抱いた希望ごと消し飛ば―― テュポーン: し……て……? (周囲を光が覆ったかと思うと、 テュポーンが操っていた髪は、1本、また1本と萎れていく。) 雨依: 待たせたわね 170105 - 決着 人間さん: 雨依……!大丈夫か、立てるのか レオナ: 長い時間はもたないだろうけど、いまだけはね 雨依: さあ、ゼウス。後は頼んだわよ (話しているうちにも、テュポーンの勢いは明らかに落ちていた。 テュポーン本人ならいざ知らず、借り物の身体では 急な変化にも対応しきれないようで、ことごとく攻撃を受けている。) テュポーン: バカな……あの女、あの傷でどうやって生きて…… レオナ: この子はね、天才レオナ様と友達なわけ。 何したって、何度でも復活しちゃうんだから 雨依: そう何度も死にかけたくはないけどね テュポーン: くっ……仕方ない、ここはこのボディを持ち帰って、次の機会を…… ガイア: させません! タルタロス: そこ! テュポーン: ぐうううっ!? (タルタロスが一撃を食らわせたところで、 ガイア、そしてタルタロスが素早く後ろに回り込んだ。) タルタロス: 雨依を傷つけた報い、受けてもらう ガイア: テュポーンの身体を好き放題に使った罰もですよ テュポーン: な……は、放しなさい! (ふたりに羽交い締めにされたテュポーンは、完全に身動きできなくなる。) タルタロス: ゼウス! (背景切換...) ゼウス: まかせてください! (タルタロスの短い叫びに呼応したとき、既にゼウスは攻撃態勢に入っていた。) (テュポーンに向かって真っすぐ突進し、そして――) ゼウス: やああああぁぁぁぁっ!! テュポーン: ……っ!! (背景切換...) (強烈な一撃を本体に受けたテュポーンは、 苦悶の表情を浮かべ、口から黒い石のようなものを吐き出す。) オーディン: エロースさん、あれって……! エロース: 結晶体だよ! (石は、空中にしばらく浮遊していたかと思うと、 周囲に黒い液体を飛び散らせ、同時にそのものは透明になっていく。 そして完全に透明な石になった途端、勢いよく砕け散った。) ガイア: テュポーン! (そのまま意識を失うテュポーン。 羽交い締めにしていたガイアは、そのまま抱きかかえる。) ガイア: よかった……無事です。傷ついてはいますが、大丈夫。これならちゃんと治せます ドロシー: いまの黒いのがディマイト結晶ね? 雨依: ええ。私が託されたものと同じだったわ。それが透明になって壊れたってことは アヌ: テュポーンのディマイトも解消された、ってことだね ヘラ: ってことは…… ゼウス: はい!勝ったんですよ!わたしたち、最強ですから! 170106 - 行って、帰って (――コミッティ直轄領・人間さん宅――) (背景切換...) ヴェルメリオ: ……はい、お茶 フアナ: あ、うん。ありがとう クレア: 人間さんのおうちなのに当たり前に食器の場所とか 把握してお茶出してくるの、冷静に考えるとちょっと怖いね ヴェルメリオ: ……妻だから ピュルテ: はっ!確かにすごく奥さんっぽい! クレア: ピュルテ、落ち着いて フアナ: でも人間さんくんの留守中にたまり場みたいに使ってるの、ちょっと申し訳ないなぁ ピュルテ: たまり場って言い方がよくないですよ!これは作戦会議……みたいなものですし ヴェルメリオ: ……とりあえず、あの変な組織はみんなやっつけたけど フアナ: 『セレスティアル』だね。取り調べが進んでいるところだけど…… 思っていた以上に規模が大きくなっていたみたい クレア: フアナのお手柄だね フアナ: ってことになってるけど、この状況だと素直に喜べないかな…… ピュルテ: レオナさんと、リルちゃん……ですよね。無事だといいんですけど ヴェルメリオ: ……わたしやピュルテと違って、今回はふたりだから。きっと助け合ってる クレア: あのふたりって仲良くできるのかな ヴェルメリオ: ……しばらく一緒に行動してたけど、別に悪くはなさそうだった ピュルテ: リルちゃん、あれで意外と社交的というか、人当たりはいいんですよ。 初対面の人とも普通に話せますし ヴェルメリオ: ……レオナも、研究者って感じしないくらい話せるし フアナ: ヴェルは研究職に何か偏見でもあるの……? ピュルテ: ふたりは誰と縁を結ぶんでしょう。ちょっと気になります クレア: ピュルテは一通り会ってるんだもんね ヴェルメリオ: ……人間さんが気に入りそうな子はいた? フアナ: チェックするのそこなんだ…… ピュルテ: ヘラさんはゼウスさん大好きなので、人間さんがどうこう以前に あまり親密には……むしろ、そのゼウスさんと仲が良かったんですよね ヴェルメリオ: ……負けられない。もっとお色気を磨かなきゃ クレア: ヴェルの向上心ってすごいよね ピュルテ: でもお風呂上りにすっぽんぽんでウロウロする感じの人なので お色気タイプかというと、ちょっと フアナ: 大胆だなぁ。人間さんくんはそれを見てたの? ピュルテ: それはもう、食い入るように ヴェルメリオ: ……帰ってきたらお説教だね 170107 - 死闘のその後 テュポーン: ガア、見て。なんか飛んでる ガイア: あれはカモメという鳥ですよ。海に流れ着いた動物や魚を食べて暮らしてるんです テュポーン: ひろいぐいだ ガイア: 真似してはいけませんよ ハデス: なんというか……すごく、親子よね…… ドロシー: まあ実際、親子みたいなものなんだし オーディン: あ、あんなに激しく戦ったのが嘘みたいですよね……いくらディマイトが 影響していたといっても、あんなに無邪気な方だったなんて……テュポーンさん…… 雨依: 良くも悪くも純粋無垢で、何も知らない子だったからこそ外から入ってくる ディマイトに影響されやすかったのかもしれないわね エロース: あーね。自分の価値観とか主張とか薄そうだもんね タルタロス: 私も? 雨依: あー。テュポーンとはまた違うけど、ある意味そうかもね タルタロス: ……ふうん タルタロス: 雨依、見て。カモメだ。拾い食いだ 雨依: なんでテュポーンの真似してるのよ。なに、タルタロスは私と親子になりたいわけ? タルタロス: 全然 テュポーン: まねっこだ!タルルがテュポのまねっこしてくる! タルタロス: まねっこだ テュポーン: ううーっ! エロース: タルタロスって名前が全然言えてないのおもろ 雨依: そんなこと言ってないで止めなさいよ。タルタロスったら、大人げないわよ テュポーン: テュポもおとなだよ、うい。毛の生えたおとな 雨依: そ、そうなの!? テュポーン: ぼーぼーだよ レオナ: ふむ。確かに毛の有無っていうのは生殖機能の発達と連動するわけで 視覚的に成熟しているかどうかの判断基準にはなり得るわね 雨依: ていうか、こんなところで何を言い出すのよ! ガイア: テュポーンが言ってるのはたぶん髪の毛のことですけどね エロース: そりゃぼーぼーだわ ゼウス: なんか……全部きれいに終わって平和になったんだな、 って感じがしていいですね。こういう空気 人間さん: そうだなぁ…… ドロシー: わかるわ。戦い終わった後の仲間との時間って、何にも代えられないのよね アヌ: 仲間…… ドロシー: 何よ、仲間だと思ってなかったの? アヌ: や、そういうふうに呼び合うのがちょっと新鮮で。そっか、仲間かぁ ヘラ: わたしとゼウスは仲間というよりカップルですけどね ゼウス: いいですね、それ ヘラ: えっ、ゼウス!?そ、それじゃあ ゼウス: わたしも人間さんとカップル、人間さんと雨依さんもカップル、 雨依さんとタルタロスさんもカップルってことですよね ヘラ: そうじゃなくてー! 雨依: なんかただれた関係の集団に聞こえるからやめなさいよ 170108 - 再会の夜 テュポーン: おいしい! (背景切換...) ヘラ: そんなに喜んでもらえたなら作ったかいもあるわね ハデス: ヘラはこんな感じだけど家庭的なところあるのよ ヘラ: こんな感じってどんな感じ!? 雨依: 逆に、他に料理とかできそうなのガイアくらいじゃない? ゼウス: わたしとハデスはヘラがいるので、もうおまかせですからね 雨依: テュポーンは当然として、タルタロスは料理というか…… タルタロス: 芋は煮て食べる 雨依: 衛生的に火を通すのを料理というかどうかよね。 あとエロースはギャルっぽいから無理だろうし エロース: 確かに得意ではないけど、その決めつけちょっと腹立つ ドロシー: 私は得意よ。なんなら明日は私が作りましょうか 人間さん: いけない、ドロシー。他人の家にお邪魔するときは、 その家の人にキッチンは任せるのがマナーなんだよ。いま、そう決めた ドロシー: いま? レオナ: わたし、味覚って見方してないからなー。 何度で熱したら、表面が炭化するのか、みたいな感じだし 人間さん: 実験…… 雨依: で、他の世界から来てるふたりは、引きこもりとニートだから論外 オーディン: ひ、引きこもりじゃないです……! アヌ: みんなに謝らなくちゃ……!とか言ってた口がいうこと? 雨依: それはそれ、これはこれ。きちんと謝りたいと思ってるけど、 一生頭が上がらない、みたいなのは違くない? アヌ: まあ、私もそういう方が付きあいやすくていいけど テュポーン: おかわり! ガイア: まあ、もう食べたんですか?ちゃんと噛むんですよ (背景切換...) 人間さん: ふう……一気に食卓がにぎやかになったなぁ 雨依: そうね。考えたら私、こんなに大勢でごはん食べたのなんて子どもの頃以来かも (食事を終えて部屋に引き上げる俺についてきた雨依は、事もなげに部屋に入ると、 前触れもなくこちらの首筋にキスしながら身体をぴったりと寄せてくる。) 雨依: 私じゃ……嫌……? (ふたりきり、というシチュエーションではあるが、 あまりにも流れるように距離を詰めて来るので、つい慌ててしまった。 もちろん拒否する意図などない。) (雨依の細い腰に手を回して、しっかりと抱きしめた。) 170109 - オーディンの異変 レオナ: うん。あくまでも可能性だけどね。 ふたりは相反する力の象徴みたいな存在なわけだし (部屋で雨依と話しているうちに、彼女の口から 結ばれない運命という単語が飛び出した。 事の真偽を確かめるべく、こうしてレオナを呼び出したのだが――) 雨依: そうよね。いくらコントロールできるといっても、 私は存在からしてディマイトの塊なんだもん。人間さんと一緒になんて―― レオナ: いやいや、別にこうして一緒に部屋にいるくらいなら、 どうってことないと思うよ。さすがに 人間さん: 現に、この瞬間に何も起きてないしな レオナ: 過度な接触――特に身体の関係を持ったりすると、ちょっと話は変わってくるけど 人間さん: それも別に何も――あっ 雨依: ……っ レオナ: え?あっ、えっ、そういう?えっと、うん、そっか レオナ: だとしたら、ふたりが本気でそれぞれの力を全開にしたとき、 何かが起きる……ってことかもね。それってかなりレアケースな気がするけど 雨依: じゃ、じゃあ、普通の恋人がするみたいなことなら、問題ないってことね! レオナ: 恋人になったの? 雨依: そうじゃないけど…… レオナ: そうじゃないのに、したの? 人間さん: い、いや……まあ…… レオナ: まあ人間さんくんの貞操観念はいいとして、そこまで神経質にならなくてもいいのかもしれないね。ただ……ふたりがいなくなったオトギノクニはかなり不安定になってる 雨依: えっ……なんで……!? レオナ: 詳しいことはまだ分かってないけど、たぶん世界が慣れてしまったのよ。 ふたりがいること、そのものに 人間さん: ということは、もしかして…… 俺と雨依が同時にμの世界に迷い込んだのは偶然じゃなくて 雨依: 誰かが意図したこと!? レオナ: 可能性はあるわよね 雨依: だとしたら『誰か』じゃない。きっと『創造の聖母』よ―― 人間さん: なるほど…… (俺と雨依は、互いに顔を見合わせる。 彼女の険しい表情はきっと鏡映しで、俺もそんな顔をしているに違いない。) 人間さん: 俺たちの手で 雨依: うん、絶対に 人間さん・雨依: 世界を守り抜く! 敵を叩き潰す! 全員: …… 雨依: え? 人間さん: なんて? レオナ: や、ふたりとも言ってることは大体同じだから大丈夫 人間さん: !? 雨依: え、ちょっと、なにこれ……!? (急に強烈な光に照らされたかと思うと、部屋のど真ん中に空間がぽっかり空いていた。 高さは床から天井まで約2メートル、幅は約3メートルくらいか。) 人間さん: なんだ、これ…… 雨依: 反対側からは普通の部屋に見えるわ (ど真ん中なので、当然その裏側を覗くこともできるのだが、 この空間は片面からしか見えないらしい。) レオナ: これ、もしかして……穴の向こう、オトギノクニじゃない? 170110 - 裏切りの行方 ジャコヴァ: それでは改めて、第4号委員フアナ副議長を、コミッティ特務機関統合司令に任ずる フアナ: あはは……な、なんか照れるなぁ ジャコヴァ: この人事に異議のある者はいますぐこの場で名乗り出るように。でなければ―― ジャコヴァ: その口を永遠に閉じろ シンデレラ: もちろん不満なんてないわ。今回の功績は誰もが認めるところでしょ ジョカ: うむ。セレスティアルの一支部を壊滅させ、全員捕縛。 さらに別世界に通じる魔法陣も確保した フアナ: レオナとリルが飛んで行っちゃったけど…… クラース: それは自分たちの意志でしょ?フアナの過失じゃないわよ フック: それに魔法陣の使用可能期間の特性についても解明しましたから。もっとも、理屈がわかっただけで、星々の動きから別の場所を特定できるのは、レオナだけでしょうが フアナ: えへへ……いっぱい褒められて、ちょっともじもじしちゃうな。でも、うれしいよ ラヴクラフト: もじもじしてるのは、びちょびちょだからでしょ? エミリー: やめなよぅ。フアナ、そういうアドリブ本当に苦手なんだから エミリー: でも立派になったねぇ。友達としても鼻が高いよぅ フアナ: とっ……!?え、エミリ~っ!! エミリー: うわっぷ!?いきなり抱き着かないで! ヴィルヘルミナ: まあ、統合司令なんて大げさな肩書きがついたけど、任務はこれまで通りね。 ペローの足跡を追って―― 青龍: た、大変だよ~! ジョカ: む、青龍?どうした (コミッティ特務機関11番隊所属青龍) 青龍: あ、あのっ ヴィルヘルミナ: 会議中よ。よっぽどの用件なんでしょうね? ジョカ: おい、変な圧をかけてやるな。どうした、青龍。落ち着いて話せ 青龍: そ、それが……ペローが……脱獄しちゃったんだ! フアナ: え……!? ヴィルヘルミナ: なんですって!? ジャコヴァ: …… シェイクスピア: そんなバカな……ペローが収監されているのは最深部の特級独房。 あのレオナ先生が開発した最新鋭のセキュリティが生きている…… ジャコヴァ: セキュリティを解除するには? シェイクスピア: 13種類の認証コードを登録しなければできないわ ジャコヴァ: 更新はされていたのか?私は最初から覚える気がないが シェイクスピア: 私が引き継いでから一度は変更したはずだけど……。 待って、ジャコヴァ。それってつまり ヴィルヘルミナ: コードを知っている存在が手引きをした……!? 170111 - ふたりの帰還 人間さん: オトギノクニだって……? レオナ: あれ見て 人間さん: え? (レオナが斜め上を指す。空間の向こうは森のようだった。 そして木々の影に見えたのは、遥か高くまでそびえる建物群。 中でもひときわ大きなそれは――) 人間さん: コミッティ本部……!? 雨依: なんとなく見覚えがある気がしてきたんだけど、 コミッティ本部があのくらいの大きさに見えるって、もしかして レオナ: うん。ここは雨依と人間さんくんが消えた、あの森よ (背景切換...) ゼウス: じゃあ元の世界に戻れるってことですね!おめでとうございます! エロース: いやあ、うちも見せてもらったけど、すごいわ。 本当にμの力がほとんど感じられないの ガイア: ゼロではないんですか? エロース: たぶんポセっちがいたりするからじゃない?そうなんでしょ、ドロっち ドロシー: ええ。ポセイドンがμなのが本当だってことは私自身が証明してるし、 確かにオトギノクニにいるわ タルタロス: そっか。よかった、雨依 雨依: うん…… テュポーン: うい、げんきない。きのこたべて 雨依: ありがと、でもいらない…… ガイア: テュポーンも食べてはいけませんよ。それどこで拾ったんです ハデス: そうね。帰れるのはいいことだけど、でも 雨依: お別れ……になっちゃうもんね…… ヘラ: う……さすがにちょっと寂しくなる…… アヌ: とりあえず私はついていくけどね ゼウス: えっ!?オトギノクニに、ですか!? アヌ: だって家に帰れないし。ここにいても、いいっちゃいいけど ドロシー: 正直、問題は何も解決してないわ。戻れたから全部オッケー、じゃない。 これからも何かあるかも。アヌは切れ者だし、そのときいてくれたら助かるわよね アヌ: おお……私って、ドロシーにそんな評価されてたんだ レオナ: わたしんち、部屋空いてるから泊まる? オーディン: あ、あの……じゃあわたしも…… ゼウス: じゃあみんなで行きましょうか!楽しみですねっ。 旅行ですよ、旅行。まずは一緒にお風呂に入りましょう エロース: ゼウスっちは本当に楽しい子だねー。でも…… ガイア: ええ、それはリスクが高すぎますね ゼウス: ええっ!?わたし、何も変なことしませんよ。なんですか、リスクって 170112 - 善悪の足取り カロラ: また、なーんもなさそうな町だな フェルディナ: そういうこと言わないでよ、カロラ姉さん。住んでる人たちがいるんだから カロラ: そんな配慮ができるようになったのか、おまえも シャルロッテ: とはいえ、ニーチェさんはこの町に何の用事があったのでしょう カロラ: 特徴はないけど、わりと人口は多そうだからな。なんか、紛れたかったんじゃね? 誰も自分のことなんて気にしない、みたいな フェルディナ: ってなると、聞き込みをしても成果が上がらないかもしれないわね。 よそ者が来なかったか、なんて聞いても誰も覚えてないんじゃないの シャルロッテ: ふう……これは骨が折れそうな予感ですわ (背景切換...) カロラ: よーっす。おばちゃん、日替わり定食3つ。あとちょっと話、いい? おばちゃん: はいよ。なんだい、旅の人たちかい?見ない顔だねぇ カロラ: ん…… フェルディナ: え…… シャルロッテ: いま、なんて? おばちゃん: 旅の人たちかい、って フェルディナ: その後よ!見ない顔って言ったわよね おばちゃん: そりゃあ客商売だもの。 よく来るお客さんと一見さんくらい、見分けられなきゃしょうがないでしょ カロラ: ……ここ最近、あたしらみたいに見ない顔が来なかったか? 店の中だけじゃなくて、町でもいいんだけど おばちゃん: そりゃあ、こんな田舎でもぽつぽつとは来るわよ シャルロッテ: えっと……ど、どうしましょう。私たちもニーチェさんの外見的な特徴を知りませんわ カロラ: いや おばちゃん: なんだい、このメモ。ああ、こういう人が来なかったか、ってことだね フェルディナ: それどうしたのよ!? カロラ: ニーチェんち管理してたおばあちゃんに聞いておいたんだよ シャルロッテ: さすがカロラ姉さま……見た目に反して優秀ですわ カロラ: ケンカ売ってんのか おばちゃん: ああ、この人ね。確かに来たよ。二人連れだったねぇ フェルディナ: 二人!?連れがいたの!? おばちゃん: なんかヒラヒラした服着た女の子だったよ。 ぴょろんってした髪型で、ああ、きれいな脚してたねぇ フェルディナ: いったい何者なの……そいつは…… カロラ: あたしらより先にニーチェを見つけだしたのは間違いない。 こいつは、匂って来たな…… 170113 - 戻ってきた日常 (――コミッティ直轄領内・レオナ別邸――) (背景切換...) 雨依: ふわあぁ……ねえレオナ、朝ごはんは? 人間さん: レオナなら朝からアトリエにこもってるよ 雨依: きゃあっ!?人間さんっ!どうしてここに……って、あっ 雨依: そっか、一緒にオトギノクニに帰ってきたんだっけ 人間さん: 俺も朝起きたときは一瞬わかんなかったよ 雨依: もう最悪……髪ぼさぼさだし、すっぴんだし、 お腹かきながら出てくるところ見られるなんて…… 人間さん: なんかごめんな…… 人間さん: いやーでも、さすがレオナだよな。 家に行くってなったときはてっきり黒鉄の国まで行くのかと思ってたから 雨依: 例の森からあんなところまで行ってたら相当な長旅よ。 さすがにレオナも家に来る?なんて言わないでしょ 雨依: あれ……みんなは? 人間さん: ドロシーの案内で町を散策しに行ったよ。いままで俺がしてもらってたことの逆だな レオナ: おはよー、雨依。その格好のまま寝たの? 雨依: 普通に寝落ちした。レオナは完全にオフモードじゃん レオナ: 失礼ね。オフじゃなくてクリエイターモードって言ってよ 雨依: なんか作ってんの? レオナ: なーいしょ。発明系じゃなくてアート系とだけ言っとく。 ていうか顔くらい洗えば?すごいブサイクだよ 雨依: ひどい! (だれかきたよ、めんどくさいなーだれかきたよ、めんどくさいなー) 人間さん: えっ、なんだ!?レオナの声がどこか別の場所から レオナ: あー、玄関。インターホン鳴らすとこの音が流れるのよ。誰かな、まだ昼前だよ 人間さん: ピンポンの代わりか……個性的すぎるだろ…… フアナ: 久しぶりー!人間さんくん!! レオナ: なんかうるさいのがきたわよ ピュルテ: すみません、お邪魔します 人間さん: ピュルテ!無事だったか、よかった ヴェルメリオ: ……わたしもいるから 人間さん: みんな元気そうでよかった。安心したよ クレア: それはこっちの台詞だよ。変わらないね、人間さん レオナ: お茶でも飲むー? フアナ: わーい!お願い!いいなあ、いいなあ。友達の家……♪ ヴェルメリオ: ……あっ 雨依: なによ ヴェルメリオ: ……雨依も、戻ってきたんだね 雨依: えっ……?まあ、その、うん ヴェルメリオ: ……どうしたの? 雨依: なんか、肩透かしというか……ううん、なんでもない 170114 - ディマイトとの付き合い方 フアナ: あ、一応これが本題なんだけど レオナ: なに、人間さんくんの顔を見に来ただけじゃないの? 人間さん: 『コミッティ本会議証人喚問状』……ま、当然か 雨依: これって私が犯した罪について責められるの……? 人間さん: 雨依が償うべきはμ世界のみんなだから。ここでは考えなくていいよ ピュルテ: でも、呼ばれてるのに大丈夫なんですか? 人間さん: 何が起きたのか状況を把握したいって話だろ。そもそもμ世界は コミッティの管轄じゃないんだからそこで起きたことを裁かれるいわれはないし 雨依: さすが人間さん……!頼りになる! レオナ: まあ実際、伝えておかないとまずいし。創造の聖母のこととか 雨依: そうよね……あいつ、何が目的なのかしら ヴェルメリオ: ……この一連の事件の黒幕、っていうことだよね レオナ: さらに裏がいないとも限らないけどね フアナ: いやだなぁ。早く解決して、みんなでまったり過ごしたいよ レオナ: そんなカチッとした格好の人が言うことじゃないけどね。どしたの、それ フアナ: あ、えーと、これは クレア: コミッティ特務機関、統合司令に任命されたんだって フアナ: えへへ、照れるなあ 人間さん: そんな肩書、初めて聞いたよ。 何番隊とかにわかれてる組織をその名の通り統合するのかな フアナ: そういうこと!これまでは委員の護衛が主な任務だったけど 敵が何者なの明らかになってきたからね レオナ: やられる前にやれ、ってことね ピュルテ: 敵は何らかの方法でディマイトを得ているはずです。 雨依さんだけが供給源ではなく―― ピュルテ: あれ? 雨依: なに? ピュルテ: そういえば、あんなに強烈に感じていた 雨依さんのディマイトがほとんど感じられない……? クレア: 失くなっちゃった? 雨依: ああ、違うの。私ね、コントロールできるようになったの。 自分だけじゃなくて、周りも含めてね フアナ: 周りも!?じゃあ、ディマイトに染まった敵が襲ってきても 雨依: ディマイトの分は私が打ち消すことができるわ フアナ: 最強じゃん! レオナ: 本人が言うほど単純じゃないとは思うけどね。まだまだ心配なのよ 雨依: 大丈夫だってば レオナ: なら、このパラケルススからもらっておいた薬は、もう要らないかな? 雨依: ……そうね。敵との戦いはまだ油断しちゃいけないかもだけど、 自分のことくらいは本当にコントロールできるわ レオナ: ん。よく言ったね、雨依 170115 - まだ、終わりじゃない レオナ: それじゃ、これも要らない? 雨依: これ…… レオナ: パラケルススの家に少し残っていたのをもらってきたんだけど 人間さん: それは……金平糖? 雨依: ええ。私の大好きなお菓子 人間さん: ずいぶん渋い好みなんだな。でも、素朴で美味しいよね 雨依: じゃ、今度作ってあげる 人間さん: 素人が作れるものなのか?すごいな 雨依: 素人かどうかは微妙、かな?楽しみにしてて ピュルテ: 金平糖と聞くと、リルちゃんのことを思い出しますね ヴェルメリオ: ……わたしたちが最初に旅したとき、リルはフェルディナにそそのかされて、 ディマイト入りの金平糖をばらまいてたんだっけ 雨依: そんなことに使われてたの?……それって私が作ったものなのかしら レオナ: たぶんウィラがコミッティの方針に従って作ったやつだよ。 雨依が作り終わったものにディマイトを込めるのは手間だし フアナ: あれ、リルといえば…… ピュルテ: 出かけてるんですか?オーディンさんたちも来ていると聞いたんですが 雨依: ええ。オーディンたち三人のμはドロシーに案内されて そのあたりの町を散策してるはずよ ヴェルメリオ: ……三人の、μ? レオナ: 本当は全員で来ようとしてたんだよ。 どんどん穴は縮んでいくし、早く決めなきゃっていうんであれこれモメたんだけどね 雨依: さすがにあの世界のμが一気にいなくなるのは危険だから、 代表でひとりだけ、ってことにして…… ピュルテ: い、いえ、そうじゃなくて!人間さんたちが戻ってきたと聞いて すっかり安心していましたが、あの、リルちゃんは? 人間さん: え?リルは、来てないけど レオナ: 待って。あのとき、わたしを止めようと向かって来てたけど あのあと、リルも転移した……!? フアナ: てっきりレオナといっしょにいるんだとばかり思ってた……まさか、違うの!? レオナ: わたしは雨依たちに合流するまで、ずっとひとりだったわ ヴェルメリオ: ……そんな。じゃあ、リルは? (背景切換...) (乾いた風が大地を撫でていく。 テルツォ公国も湿度の低い乾燥地帯だった、と彼女は思い起こす。) リル: まいったな……。レオナ殿と同じ地点に転移するものと決めつけていたが……。 早くレオナ殿、あるいは人間さん殿に合流しなくては ???: うわぁー!助けてくれぇー! リル: !? (視線を上げると、どうやら魔物の群れらしきものに襲われる、 数人の男たちの姿があった。行商だろうか、荷車には多くの荷物が載せられている。) リル: ふん…… リル: 小生は重要な使命を背負った身。寄り道をしている場合ではないのだが…… 魔物: ――――ッッ!? 男: お、おお……!!一撃で……!? リル: 民の危機を見捨てて騎士を名乗る資格はない。 なに、小生にかかればこの程度、μの力などなくとも足止めにすら、ならないからな ???: 先を……越された…… リル: ん? ???: 助け……感謝する…… リル: 気にするな。ところで貴君、ただものではないようだが パイフー: パイフー……ここのμ…… (背景切換...) ???: 役立たずの雨依を始末できなかったのは面倒ですが…… 既にことは進んでいますからね…… ???: もう、第二の理想郷は作られ始めている…… 今度こそ私は、君臨するのです……!正しき者の象徴として!